写真とデータと完走記をもとに私のRun日記をご覧ください。まだまだアップ途中でアップップでごめんなさい。

今でも忘れない1996年、新春(もう今から7年前になります)。『新しい年のちかい』と題して子どもたちに誓いを決めさせ、教室背面に掲示していった。(どの教室でも見られる風景であろう)

 子どもたちに「誓いは、実現させるためにある。自分の誓いは掲示していつでも見られるようにするだけでなく、友達にも、宣言してしまうとやらざるを得なくなる。今年は、有言実行の年にしよう」なんて語っていた。もうすぐ、最上級生になる5年生への投げかけの言葉であった。

 教室に掲示し、その誓いが実現すると自分はどんな人になってるか想像させ、そのために具体的な自分の行動の姿を上げさせていったのである(この手法は『1分間ティーチャー』(S・ジョンソン、C・ジョンソン著、向山洋一訳、ダイヤモンド社刊に詳しい)

 掲示と発表が終わったあと、子どもたちからの襲撃が担任めがけてあった。

 「ところで、先生の今年の誓いはなんでしょうか?」

私は、実のところ、???であった。幾つか自分の今年のやりたいことはあったのであるが、子どもに何を示すかははっきりもっていた訳ではなかった。

 私は、少々、苦し紛れに答えた。

「そうだな、今年は、駿府マラソン10キロにでも参加してみようかな」

(40代に足が届きかけ、サッカーをやっても、途中で呼吸が荒くなることに体力の衰えを感じ、もう少し、何とかしたいと思ってはいたのだ。)

 コレに対して、子ども達。「先生もちゃんと掲示しておいて下さいね。」

 私は、その挑発に乗って、よせばいいのに、10キロ挑戦だけでなく、夢はでっかく、フルマラソンにも挑戦!などと書いてしまったのであった。

 これは、現実にどうなったか?

 その都度、新年の誓いの進捗状況を確かめるとともに私も、具体的に走ることを子どもに示すことが日々の生活で求められることになった。何せ学級の誓いは『有言実行』だったのだから。

 私は、結局、10キロレースに出場し、さらに、調子にのって、フルマラソンに参加し、地獄を見つつも5時間以内完走のフィニッシャーTシャツをゲットし、子どもたちにそれを見せ、語ることもできた。それが、嵩じて、今では走ることは私の生活の一部にしっかりと根付くことになったのである。

 子どもたちはどうであったか?

 現在高校2年生になった彼、彼女たちは、誓いを大切に自分の夢に向かって進んでいる子が多いように伝え聞く。テニス全国ランキング上位の子、百人一首高校チャンピオンを目指している子、英語の力を伸ばそうと海外留学に出かけている子…と。

 教室のささやかな試みが人生を左右するようなことにもなるかと思うと身が引き締まる。小さな一歩を具体化し、そして、絶えず、励ましてあげたい。勿論、自分自身をも。

私がおじさんランナーになった訳
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