■おもしろい「ことばの由来」 閑人だから、注意していると、あれこれ雑学が耳にはいる。「サンドイッチ」はよく知られているように、18世紀のイギリスでサンドイッチ伯爵がトランプをやりながら片手で軽食を摂れるように考案したそうだが、なんと日本でも寿司の「鉄火巻き」は、鉄火場(博打場のこと)で勝負しながら食べる軽食として考案されたものだそうだ。ついでながら、「タラバがに」はタラの漁場で取れるから、この名がついたのだという。(1月8日記)
■元日早々の失敗 油断大敵 頂門一針 脚下照応 以災為福!(1月2日記)
■5本指の靴下 5本指の靴下を履きだして2,3ヵ月経つ。わたしは脊髄の圧迫骨折と太腿の筋衰弱のため自立歩行ができず、シルバーカーというのを推してヨチヨチ歩いているのだが、せめて杖で歩けるようになりたい。そこで毎日、入居者参加のダンベル体操のほか、週一回の整形病院リハビリ、機能回復訓練士が部屋にきてやってくれるリハビリ、あんまなど励んでいるのだが、脚を鍛えるために、5本指の靴下が役立つのではないか、と思いついたのだ。
戦前の日本は都会でこそ靴が普及していたが、農村では縄ぞうりが主だった。都会でも家は畳だったから裸足もしくは足袋である。そのころは足の指はもう少し開いていた。それだけ安定していたわけだ。そして足の指は手の指ほどではないがそれぞれの個性を持っていた。
靴が普及しだしてから、足の5本指はくっついてしまった。足の親指だけは随意に動くが、あとの4本は全く個性を失った。個性を失い、くっついてしまった5本指にそれぞれの靴下を履かせるのは容易ではない。だが毎朝苦労して履かせ、それで動き回っているうちに面白い変化に気付いた。
蹠(セキ=足首からした、足のうら)の力が分るようになってきたのだ。意識すると5本の指がしっかりと大地を踏みつけているようなイメージが浮かんでくる。まさに「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」だ。全体主義は一丸となって力を発揮するようだが、それは本当の力ではない。やはり個性を活かさなければ・・・・、となんだか説教臭くなったからここでやめよう。(12月10日)
■イクメンが男の遺伝子を変化させる 昨今は「イケメン」より「イクメン」のほうがいいそうだ。イクメンは育児をする男性のことで、このことば、市民権を得つつある。わが老人ホームの介護士Hさんはこの春、二人目の女児を得たが、風呂はもちろん、育児一切を夫人の手伝いではなく自分の仕事としていそしんでいる。携帯電話の写真を嬉しそうに見せてくれるおやばかでもある。かれのイクメンぶりは珍しいことではなく、昨今の若い父親に共通しており、これが二,三百年つづくと、遺伝子に変化を生ずるのではないか。
そもそも日本人男性の生殖に関する遺伝子は「種付け」だけになっているのではないか。一方、生殖に関する女性の遺伝子は受精・妊娠・出産・育児が刻み付けられている。女性のほうが丈夫にできており、男より長生きするのは当然だ。男は種付けがすめば役割が終了する。女のような強さは必要ないのである。「イクメン」が定着すれば、男ももう少し平均寿命が延びるであろう。(11月12日)
■草の根の心を失った「菅さん」は「官さん」になってしまった。こうなったらまた一騒ぎ起きるがいい。わたしは「政治の変」が続発した昭和初期に多感な少年時代をおくったせいか、騒ぎ大好き人間になってしまった。で、いま期待しているのは小沢さんの動きである。小沢さんが、検察とマスメディア連合体の執拗なキャンペ−ンによって悪玉のレッテルを貼られ、国民の脳裏にそれを定着させてしまったことは、いまここで改めて喋喋する暇はない。騒ぎ大好きな不届き老人の期待は、小沢さんが自民党のなかのリベラルに手をつっこみ、民主党のなかのリベラル派と新党を結成する、というのはどうだ。早くしないとアジアの急速な変化についていけなくなるぞ。(11月11日)
■中国はタコ(蛸)である 中国の対日政策は変幻自在、日本人にとって分かりにくい。そこで日本のメディアは「内部の権力闘争のあらわれ」だとか、「民衆の不満が党や政府に向けられないよう抗日にむかわせている」とかいつも紋切り型の解釈をしているが、いずれも本質をついていない。中国の対外政策は一本槍ではないのだ。タコの手は8本だが、中国はそれ以上に多数の手を持っており、必要に応じて次々に繰り出す。一本の手で殴りかかり、別の手で握手をすることも可能だ。長期的には五千年の歴史、短期的には百年の被侵略という屈辱の歴史によって育まれた本能的なものであろう。あの手、この手は使うが、相手の本質を嗅ぎ取る本能もある。こちらは一喜一憂、右往左往せず、といって、一本槍ではない柔軟で筋のとおった政策を貫く必要がある。(11月1日))
■「縁」の不思議 落語家の志ん生はよく噺のまくらに「つまづく石も縁のうち」といった。自然との出会いも「依而如件」。まして、人と人との出会いはまったく「縁は異なもの味なもの」である。世界の人口は2010年現在で推定70億、日本では女性が多いが、全世界でみるとほぼ男女同数らしい。しかもそのなかで偶然にも一対の男女が夫婦となる。縁の最たるものだ。そこまででなくても、人と知り合うということ、70億人のなかで知り合った相手というのは、好むと好まないは別として、やはり縁である。この不思議は大事にしたい。
ベッドに入ってから考えた。90年の人生で濃淡はあれ「知り合った」人間はどれだけになるだろう。家族から初めて小学校の同窓、中学校の・・・と順次想い浮かべているうちに、まだ社会へ出る前に眠ってしまった。
■霧で見えない峠 ひたすら峠をめざして登り続けてきた。ときどき足を留めて、上ってきた道を振り返るのだった。次第にふもとへの視野が拡がってゆくのが楽しみでもあった。ただし、目指す峠のほうは霧がかかってさっぱり見えないのであった。。
だがごく最近、思いがけない異変がおきた。2月に満90歳となってから8カ月経つのだが、感覚として、いつのまにか峠を越えてしまっている。はてな、どんな峠であったかなと思って振り返ってみても、峠は霧がかかっていて見えないのだ。面妖なことがあるものだ。晩期老人の意識感覚なのである。まさか死の予告であるまいが・・・。(10月11日)
■秋立ちて隣りは付き合いにくき国 なにせ中国は百年あまりの永きにわたり外国の侵略と侮りを受けた後遺症がある。とくに古代いらい文字をはじめ文化を伝えた日本にたいしては強いコンプレックスを抱いていることは理解しなければなるまい。それにしても対応が難しい隣国だ。しかも地球に住む70億人の5人に一人が中国人であり、一衣帯水、ということは引越しができないということだ。ゆめナショナリムに陥らぬことだ。(9月26日)
■期待と失望は同じものかも。期待すれば失望し失望はまた期待を生む。小沢さんに期待していたのだが、失望してしまった。菅は官に引き摺られることになりそうだ。善良な老人は普通、変化を嫌うものかもしれないが、わたしはなぜか”変化大好き”であり、”乱”を好む”のである。
振り返れば、わたしの十代から二十代は変と乱のなかにあった。昭和6年、満州事変は小学校6年の秋だった。山手線の内回り貨物線を満載の兵士が次々と運ばれていった。515事件、血盟団事件、226事件・・・・・・生臭い乱と変がつづき、日常になっていた。一方、小中学校ではいわゆる大正デモクラシーの名残りであるリベラルな雰囲気であり、矛盾を矛盾とは感じなっかった。"変と乱”の中毒だったともいえる。
57歳の老年初期に差し掛かったとき、縁あって中国政府の出版部門に招かれ、毛沢東死後のケ小平による改革開放という中国史上にも稀な「変化」の時代に、内部からその激変を体験できた。
話は現在に戻る。老人ホームに蟄居する身では自らは動けない。で小沢さんに期待したのだ。かれなら普天間問題を根底から覆すことができるのではないか。また小泉式の官から民へではなく、新しい民のかたちをつくりあげるのではないかと期待したのだが。(9月18日=日中15年戦争勃発の日。一昨年わたしが老人ホームへ入居した日)
■ホームの三階へ移転した。従来の二階では隣家の屋根しか見えなかったが、今度は箱根山の稜線が乙女峠から三島の山裾までなだらかに下がってゆく景観が抜群だ。野生のサルが出て話題を呼んでいるのは、おおかたあのへんだろう。窓外は一変したが居住者の相互関係も一変した。早い話、ここ三階はシャッターの下りた商店街のようにヒッソリしている。二階は巣鴨の地蔵どおりのようにザワザワしていた。仕分けられたのではなく、自然に差ができたのだ。人間観察も新展開だな。(9月12日)
■やはりからだを動かさなければダメらしい。この1週間来、午前のダンベル集団体操のあと、思い切って廊下で杖歩行の訓練を始めた。「老い疲れ」がやや回復してきたような気がする。やはり頭のなかでウジウジしていては退嬰的になるばかりだ、と改めて思う。(9月2日)
■どうも「夏疲れ」だけではなさそうだ。「老い疲れ」という造語がピッタリな心身の疲れである。腰の痛みで動くのが億劫だし、よろず「気合い」も入らない。生存期間のカウントダウンもこの月末であと1年4ヶ月になるが、更新しないで終わりになるような予感もする。「ご贔屓」の民社党もパッとしないしなあ。(8月19日)
■政治が面白くなくなってきた 思えば鳩山さんは華があった。理想主義である。普天間問題で揺れていたが、理想を何とか実現しようとする揺らぎであった。長年の安保体制がそう簡単に崩れるものではない。かれは孤軍奮闘であった。ヤマトンチュウ(大和人)一般は自分の痛みとは思わず、マスメディアは安保アタマで凝り固まり、鳩山の応援ところか、アメリカの意向を伝えるだけに終始した。(7月26日)
■マスコミが連日のように選挙結果の予測を報道しているが、これは世論誘導になっている。日本人は何をするにも独自の意見より、お隣りさんを気にする習癖をもっているのではあるまいか。帰国子女が学校で孤立するのもその謂いである。(7月7日)
■分かります岡田監督の心境 サッカ−日本チームを率いた岡田監督の今後は引く手数多だろうが、『週刊朝日』によると、自分に対する周囲の評価が、あまりにも激しく乱高下するのに嫌気?がさし、隠遁を考えているという。分かるような気がする。マスコミはちょっといいと天ままで持ち上げ、悪いと地獄まで引き下ろす。国民一般がそれによって評価を変えてゆく。
スポーツだけではない。政治も同様だ。選挙の予想評価も信用できない。自分の眼をもたないとひきずられる。クワバラクワバラ!(7月2日)
■戦前、正確にいえば昭和十年代前期、「衆愚」という言葉がよく使われた。わたしたち学生仲間でも議論のさいには「お気に入り」言葉だった。民主主義を否定する場合の決まり文句だった。いまにして思うと、大正時代に芽を出し始めたデモクラシーを否定して軍部独裁の全体主義を鼓吹するための呪文だった。政党政治はあるにはあったが、政争にあけくれ、若者から見れば、まさに「衆愚政治」だと思われ、「賢人政治」実は天皇に名を借りた「大政翼賛政治」そして開戦への道を開いたのであった。
こうした歴史を背景にして、いまの政治、選挙を考えてみる。世論調査という道具に支配された、「衆愚政治」と考えるのは極論だろうか。巨大マスコミの誘導するままに横並び思考で浮動票の大波が動いてゆく。短命内閣は国民自身が作り出しているのではないか。40万部週刊誌(2種)の見出しを見るとゾッとする。政治家を茶化し、下半身の下司下世話噺で売らんかなが見え見えだ。血圧が上がり腰が痛みだした。これにて一休みする。(6月27日)
■サントリー王国の大企業病 遅まき入力した「ボケモン日記6月1日」をご覧下さい。参考までに無回答に終わったサントリーの社長あてに出した書簡を「雑文」のコーナーに入れた。103歳はいまや珍しいことではなくなったが、当ホームのTさんは、同じ明治40年に発売した赤玉ポートワインを飲んでいる。そこが珍しいことなのだ。私の独りよがりだろうか。
■鳩が飛んでいった。贔屓すじの一人としては残念だ。負け惜しみに聞こえるだろうが、マスコミが煽った”大勢”に負けたといえる。あれだけマイナス点のみ集中的に報道する青嵐が吹けば、飛べなくなったのも故なしとしない。
後継者が誰だろうと、鳩失速の原因をよく分析し、反省して修正すべき点は修正し、再チャレンジに挑戦してほしい。積み残しは多いが、とく報道されなかった多くの方策は実現してほしい。例えば、NPOに対する寄付金を免税にする案=個人や法人のNPO寄付金を所得からではなく、納税額から控除し、納税者が税金か寄付金か選択できるようにする。地味だが効果は大きい。もちろん、明治いらい官僚体制変革、仕分けの後始末、派遣対策、日米の戦略突合せ、ロシアとの交渉などなど問題は山積している。わたしは永田町スズメではないから、後任は分からないが、とにかく、支持率回復は結果としてでるものだ。回復のためにテレビ視聴率と同様の愚はしないほうがいい。(6月2日))
■鳩山総理が抱く沖縄基地負担軽減の秘策! 23日,鳩山総理は沖縄で県外移転の断念を謝罪した。世論はもちろん轟々と責任を追及している。鳩イメージが沖縄始め国民に過大な期待を持たせた罪は大きい。だが、ここで下がったのでは鳩が泣く。一部ミニコミで伝えられる「海兵隊の訓練地を本土に分散する案」の実現に努めてほしい。
これは海兵隊の訓練地を九州6県に飛行場がある自衛隊基地に順々に動かすというのだ。このローテーション運用が実現すれば、沖縄の負担は多少は軽減されるだろう。そのうえで、地元が歓迎しているテニアンの飛行場を整備し、海兵隊をまるまる移す。これは日米それぞれの政権に関わりを持つ共同シンクタンク要員であるH教授から取材した、”ミニメディア”『週刊朝日』が報道したものだ。鳩山さんの頭にはこれもあるのではないか。
同誌は朝日新聞とは相反する記事を掲載していていま面白い。因みに同誌は検察批判でも徹底している。新聞とは系統の全く違う「朝日出版」の発行で、同社は朝日社内にある別法人であり、社長も別で社員は出向ではなく、給与体系も異なる不思議な社内別会社なのだ。部数は最近急増しているが10万部そこそこでミニコミといってもいい。週刊文春と週刊新潮は40万台で競っており立派なマスコミである。部数の拡大には、新聞でも雑誌でも、言葉は悪いが”衆愚”を引き付けなければならないのだ。先見力のある故大宅壮一がテレビ創成期に吐いた警句「一億総白痴化」、あにテレビのみならんや。いかん、話が横道に入ったので、今夜はこれで寝ます。(5月24日)
■わが部屋の珍品二つ 珍品というより珍名というほうが正確だ。「コボレーヌ」と「ポイット」。前者は実は尿瓶である。瓶の口に薄い袋がついており、これを挿入すると、使用後、倒しても中身はこぼれない。つまりコボレーヌだ。後者は大きめな屑箱で離れていてもポイッと捨てられる。つまりポイットだ。それにしてもこの名称、いかにも日本人の好きなカタカナ語、ここに極まれろといっていい。
漢字・ひらがな・カタカナの3種併用は、世界にもあまり例のない便利な表記法である。漢字は中国原産だが、ひらがな・カタカナは日本特産だ。とくにカタカナ語は外来語を表すのに便利である。もちろん、原語の発音そのものは表現できないから、”それらしい”というだけで当の外国人に通用しないのは致し方がない。明治いらい日本は先進的だった欧米文化を急ピッチで取り入れられてきた。いまは日本古来のように思われている漢字・漢語は第一次外来文化であった。前世紀いらいの欧米文化導入は、史上、第二次外来文化といってよかろう。敗戦いらいの65年間、カタカナ語は激増、辞書掲載語の2割近い。
日本語を乱すという心配もよそに、”カタカナ語=しゃれた”というイメージはわれわれに強く焼き付けられ、名だたる企業名から果ては尿瓶、紙くず箱にいたるまでカタカナ化している現象は一体、是か非か。みなさん、どう思いますか? (5月20日))
■民主党の支持率低下と「世の大勢」 その前に先ずテレビの視聴率を考えてみる。テレビ草創期、辛辣な評論家だった大宅壮一(1900〜1970年)は「一億総白痴化」という名言を吐いた。昨今のテレビはそれが至言であったことを実証している。 内閣の支持率はこれとは違い、「民意」を示している。民意は「世の大勢」である。この[大勢]が正しいものかどうかは,歴史が判定するほかない。そこで近現代におきた「世の大勢」と歴史が評価した後世の判定結果を検証してみる。
まず有名なのが1905年(明治38年)、日露戦争終結時の「世の大勢」だ。日本は苦戦したが辛勝、アメリカ・ローズベルト大統領の仲裁で、1905年米国南東部のポーツマスで講和会議を開いた。日本首席全権は小村寿太郎、ロシア帝国はウイッテ。日本は@朝鮮半島での日本の既得権承認Aロシア保有大連、遼東半島の清国からの租借権譲渡B長春〜旅順間ほか鉄道敷設権の譲渡C樺太南部の譲渡・・・を内容とする日米講和を勝ち取った。ところが、「連戦連勝」という報道に湧き立っている「世の大勢」は満足せず、日比谷で「講和条約反対」の大会を開き、「賠償金」やロシア領「沿海州」の割譲を要求した。だが政府は知っていた。日本の戦力は限界にきており、「世の体制」に従っていたら、底力を持つロシアに巻き返されることを。そこでローズベルトの仲裁を幸いにこの条件で妥結したのだった。
次に「世の大勢」研究の実例は、全面的な日中戦争開始の1937(昭和12年)から太平洋戦争勃発の1941(昭和16年)まで4年間の「世の大勢」だ。私は当時、学生で、その戦争へ向かう大勢を体感している。閉塞感を抜け出したい気持ちが国中に充満し、「大本営発表。本日未明、帝国海軍航空部隊ははハワイ真珠湾の米国軍艦船を急襲・・・」に始まる緊急ラジオ放送に狂喜乱舞した。いまから見れば狂った「世の大勢」であった。
さて現代に戻る。自民党が惨敗し民主党が大勝した昨年選挙の「大勢」は、政治の基盤変化を願うものであった。それから短期間のうちに「世の大勢」は変化し、内閣支持率は20数%に急落した。なぜか? 小沢幹事長の起訴問題、普天間問題の難航、鳩山総理の発言ブレなど、期待が大きかった分、失望が大きいのである。この不満が目下の「世の大勢」である。
そこで今回のこの「大勢」を検証してみよう。前以て断っておくが、私は鳩山民主党に期待はしている。だが、アバタもエクボに見える程ベタ惚れしているわけではない。
今回の低下の過程を見ていると、新聞を主とするメディアの力が大きい。そのメティアは、小沢問題でいうと、検察のリークどおりに報道することに終始し、この報道姿勢に批判が噴出した。(朝日新聞と週刊朝日が正反対の論陣を張ったことは興味深い)。検察は法廷維持は困難にため不起訴処分つぃ、一件落着かと思えた。ところが検察は土俵を変えて再挑戦した。検察審査会が「不起訴不当」の決定をしたのだ。検察審査会は選挙人名簿から抽選で選ぶから「民意」と思われているが、全員一致で決定というから眉唾ものだ。抽選の方法も公開されていないし、任命後、検察の誘導がなかったとはいいきれない。さらに沖縄問題。メディアは鳩山の「八方塞り」を報道するだけで、完全な「日米安保アタマ」から抜け出せず、基本である安保見直しには論及していない。
こう見てくると、現在の「世の大勢」とういう怪物は、戦争まで助走路をとなった1935〜41(昭和10〜16年)ごろの「世の大勢」を誘導した当時のメディアを思い出さずにはいられない。 以上、杞憂であればいいが慄然とする。
老脳から搾り出した独断偏見、ご批判はあろうが、ご辛読多謝。なお日記の更新も遅れているが、これはご容赦願いたし。(5月17日)
■調べてゾッ! 在日米軍基地の網 新聞が報道しないからインターネットで検索して驚いた、いや寒気がした。なんと本土にも北海道から宮崎まで1都、1府、22県に米軍専用施設57ヵ所、自衛隊との共同利用施設28ヵ所がある。軍人2万2千人、軍属・軍属含めると約5万人がいる。この他に沖縄には、4万5千の米軍関係者がいるわけだ。三沢基地、横須賀軍港などは有名だが、共用も含めて80ヵ所の米軍基地がある。そして軍人軍属、家族含めてほぼ10万人が高速道路・ガス・水道など無料、固定資産税も免除の特権下で暮らしている。なんのことはない、10万人の都市をまるごと食べさていることになる。まこと、日本人は大らかなものだなあ。(5月14日補記)
■在日米軍基地は何処にどのくらい? 沖縄だけに目が向けられているが、その他、長崎、神奈川、青森はじめ各地にあるのが日常化いているため、国民は不感症になっている。その由来・戦略的意味・住民の反応、地代の行先、経済的影響など是非知りたい。因みに、わたしの住む冨士山麓は半分以上が自衛隊演習場に囲まれており、米軍キャンプもあり、広大な土地が軍用地になっている。その地代は年々各地の財産区に入り巨額の保有資産になって、豪邸が建ち並ぶ地区もある。実体は殆ど知られていない。(5月5日)
■なぜ新聞は「安保」そのものを問題にしないのか? 「蟷螂(トウロウ)の斧」(カマキりが前足で刃向かう=力のないくせに力むことのたとえ)とはいえ、納税人として黙っていれれない。民主の支持率低下を騒ぎ立てる前に、また普天間の行先を八方塞りという前に、新聞は、なぜ安保=日米安全保障保条約廃棄、もしくは改訂を問題にしないのか? 沖縄基地はアメリカにとって東アジア戦略のかなめとされている。海兵隊は、名称から連想する「帝国海軍の陸戦隊」とは全く違い、陸・海・空三軍の総合戦力を持ち、有事のさいにまず現場に駆けつける目的で、台湾海峡に事あれば、2時間で到達し、展開できるそうだ。一方、日本にとって、沖縄基地はどんな意味があるのか? 国民が日本人本土東北アジアの安全を考える資料を提供してほしい。(5月1日)
■沖縄の戦略的な位置 一室きりのわが家だが、壁に世界地図・日本地図・中国地図が貼ってある。身は老人ホームの陋屋に伏すとも志は天下にあり、の心意気。先日、ボンヤリ見ていて改めて気がついた。沖縄の位置についてである。ここにコンパスの片足をおいて半周を描けば、日本・韓国・北朝鮮はもちろん、中国全土がスッポリ圏内だ。ここはまさに、中国のしかもここは腹、ヘソのすぐ前に匕首を突きつけたようなものだ。一方戦力を強めつつある中国海軍も、沖縄列島の隙間を抜けなければ太平洋に出て行けないのだ。いまのところ、中米関係はいい。しかしどんな国でも国家権力は笑顔と牙の両方を持っている。白でもあり黒でもある。アメリカは中国へ牙をむいたとき、直ちに海兵隊を送り込める。この拠点をただ「交渉」だけで日本へ返すはずはない。今必要なのは知恵だ。わたしがメシダネにしてきた『孫子の兵法』に「示計の術」がある。相手が動かざるを得ないような形を示すのだ。さきの日中戦争で帝国陸軍は八路軍にこの手でしばしばやられた。さて具体策だが、深夜疲れたのでいずれ日を改めて。(4月19日)
■天間基地問題と新聞 新聞の報道も何してるんだ! 八方塞りで新聞記事もあれもダメ、これもダメと報道するばかりで、アメリカ頭でしか報道しない。結局、アメリカの日本州でいろというのか。なぜ、世界地図を拡げ、日・中・韓・ロ・米を含めて、東北アジアの平和を保障するための方策を論じないのか。新聞には「社会の木鐸(ぼくたく)」という役割もあったはずだ。
■止めてほしいもの‐2 旧制中学同クラス44人、90歳超えて元気に話合えるのは私と山崎君2人だけになった。かれは以前直腸ガンで袋を腹部につけて外出もしている。さらに胃ガンとなり、昨秋手術をし、結果を克明に記録している科学者だ。先日、電話会談をしていて、談「止めてほしいもの」に及んだら即座に「ハンコ」だという。確かに文具店で誰でも買えるハンコを役所の提出文書にまで押させるのは非合理も甚だしい。
身近なことから止めていこう。私は本欄でも「大臣の呼称」「元号」「夫を妻が主人という習慣」など廃止を呼びかけてきた。うち「元号」については談話室で賛否両論が出た。ほかに言葉仕分けで、廃止すべきものがあれば、談話室でうかがいたいものだ。(4月15日)
■バリア(障害)は必要だ バリアフリーは老人にとって必要だ。だが、その反面、家をバリアフリーにして安心して歩き、転んでしまったという実例もる。バリアの必要性も知っておく必要があるのだ。障害は抵抗力をつける。わたしは腰椎の圧迫骨折で腰が痛いため、毎日、老人ホームの日課である手足の筋肉強化体操に参加し、さらに個別に自室で按摩してもらい、筋肉を鍛えている。その過程で筋肉強化のシステムを知った。筋肉は圧迫を加えることで繊維が傷つく。それを修復しようとする細胞の働きで再生する。だから高齢化しても筋肉は動かしていり限り強化できるらしい。逆に、若くても、例えば寝たきりになって動かさなければ筋肉は、退化する。
飛躍するが心の働きも似ている。萩原朔太郎は心に悩みがなくなれば詩はつくれないといった。古代中国の大歴史家司馬遷は、無実の罪を得て「宮刑」(男子は生殖器を緊縛して腐らせ宦官にし、女子は筋を切除、機能を奪う、死刑につぐ重刑)に処せられ、その屈辱をバネにして膨大な古代史『史記』を完成、多くの実例をあげて「人は心に鬱するところがあって大仕事をする」といっている。バリアには本体を強めるという作用もある。老いは辛い。それをバネにして老後を楽しもう。バリアは老人にとって必要でもある。
■普天間基地の移転先、手を挙げる県はないのか! 基地移転に総論は賛成だが、自分達の利害が及ぶ各論では反対というのでは、道理に悖る。わたしは冨士山麓の自衛隊演習地近くに住んでいるが、移転先の候補の一つに手をあげたい。東冨士演習場を持つ忍野町は手をあげている。だが、関連3市長はいちはやく「受け入れ反対」を決議した。実は当地住民に聞くと、なんと二人に一人は「受け入れ」賛成なのだ。治安はキチンと対策をとればいい。騒音が難儀だが、ここは年に二回、沖縄米軍の実弾射撃が実施されており、「対策を講ずる」という条件つきでもいい。地域が活性化すつというプラスもある。何より、大戦でも大きな犠牲を払わせた沖縄県民との同胞意識で苦労を分かちあおう。
その意味でなぜ鹿児島県は手を挙げないのだろうか。鹿児島・島津藩は400年前、琉球に侵攻して琉球王国は温存したものの、中国と並んでこれを属領にした。鹿児島藩72万石のうち、15万石は琉球であるだけでなく、島津藩が裕福だったのは、琉球からの収奪と琉球を通じての貿易によるところが大きい。また卑近な例では焼酎の原型は米を醸造発酵させた沖縄の泡盛であり、焼酎は鹿児島で米のかわりに麦、芋、雑穀などを材料にしたものだと聞いた。それはともかく、鹿児島は今こそ恩返しと罪滅ぼしのために手を挙げるべきではないのだろうか。(10・3.29)
■日韓 歴史認識の溝を埋めようとするよりも、溝の原因を理解するほうが先決だと思う。第二回目の日韓歴史共同委員会が3月23日、報告書を公表した。竹島問題、、戦時下の強制連行、教科書制度などで考え方の違いが目立った、という。これは悪いことではない。問題はこの先だ。溝を無理に埋めようとしたら逆に深まるだけだ。それより、互いに相手の立場を理解しあうような努力が大事なのだ。夫婦だって溝はある。溝を相互理解することから良き関係が生まれる。歴史的対立を何世紀も続けてきたドイツとフランスは戦後半世紀近い努力が実って共にEUを結成している。もともと日本列島と朝鮮半島のホモサピエンス(現生人類)は同根なのだ。同根であるために逆に嫌いあう要素と親しみあう要素が表裏の関係にある。(10.3・25)
当今、元首の在位年を元号として公文書でも日常生活も常用しているのは日本国だけだ。殆どの国が「西暦」を使っており、なかにはマホメット暦、佛暦、存在を示すために国名(中華民国暦のように)もあるが、やはり主として西暦を使用している。輝かしい日本文化を継承するためだとしても、不便極まりないだけでなく、日本人の世界史、日本史を含めて自分たちの歴史認識能力を損ない、島国根性を持続させる役割を担っている。
実生活でも元号は不便極まりない。たとえば「石油ショック」で狂乱物価、トイレットペーパー買占め騒ぎなどが起きたのは昭和48年だが、それが今から何年前だか知ろうとすれば、すぐには分からない。「日露戦争」が明治37,8年だと知っていても何年前かとなると、もっとややこしい。ましてそのとき世界でどんなことが起きていたかということになると、計算が三代にわたり皆目見当がつかない。
かくて日本人の歴史オンチが増幅される。百害あって一利なし。誰も言い出さないのが不思議だ。(10・3・21)
■こんな拗ね者の投書を取り上げてくれたのは昨今、一味違った報道で株を上げている東京新聞3月5日付の「ひろば」だ。題して”「大臣」の呼称 権威の象徴”ーー無職 村山孚 90 静岡県。以下その全文である。
行政刷新担当相の枝野幸男さんが「大臣と呼ばないで」と要請したという、2月27日付政治面の報道に、「わが意を得たり」の思いだ。元来、「大臣」の名称は奈良〜平安初期の律令時代に生まれた、「みかどにかしづくおとど」であり、王政復古の明治政府が「日本帝国」の権威付けに復活させたものだ。民主主義を標榜する「日本国」には、ふさわしくないと思っていた。
生活のなかにもおかしな名称が多い。夫を「主人」というのも、その一つ。日本語を習いたての中国人女性に「女性は召使いではないのに、なぜ主人というのですか」と聞かれ、返事に窮したことがある。(3月5日)
■マスコミのはしゃぎすぎだとと思うのは、冬季オリンピックである。こんどはサッカーか。民主の小沢追求も「検察リークに乗っていると批判されながら報道の中心としてきた。それはいいとしても、広い目配りがされず、よろずハシャギすぎである。テレビや出版社系の大週刊誌は申すに及ばず、近ごろ大新聞には個性と広く深い取材がなく、面白くない。(3月3日)
■普天間移転を交渉する前にすべきことがある。それは日米間の「世界戦略、とくに東アジア戦略」の衝き合わせだ。沖縄基地がなぜ必要なのか。沖縄でなければならないのか。迂遠なようだが、ここから仕切りなおしてこそ、いままでの小判鮫国ではない、対等の関係が築けるのではないか。
もう一つ、日本人、いや大和ンチュウ(沖縄人が本州人のことをいう)が沖縄の歴史を知ることだ。鹿児島島津藩が琉球王国を侵略してから去年で400年になる。島津藩の財政が豊かだったのは沖縄収奪が大きく役立っている。それでも、島津藩は琉球王国をつぶすことはなかった。明治新政府は廃藩置県のとき、王国を滅ぼして沖縄県とした。しかもこれをナント「沖縄処分」と称している。去年で130年になる。この歴史を知らない人が多い。そのうえ、1945年の沖縄戦で死者24万5千人のうち、沖縄県民は15万人といわれている。しかもいま観光客を迎えて大らかな沖縄人、その心情を無視してよいはずがない。(3月1日))
■新発見! 人それぞれの「生年”歴史圏”」というと大げさだが、面白いことを思いついた。夜、寝床に入ってから「よく生きてきたもんだなあ」と感慨にふけっているとき、フト、わが生年である1920年(大正9)にコンパスの脚を置き、今日までの90年を180度まわすと生まれる前90年。つまり1920マイナス90イコオル1830年である。そこで気になって起きだし、年表を開いてみた。ナ、ナント、徳川11代将軍家斉の時代、前後して大塩平八郎の乱、シーボルト事件、イギリス船の出没、外国船打払い令など徳川末期を象徴する事件が相継ぐが、明治維新までは40年余り前の時代、それがわが歴史圏の端であったのだ。ペルリの来航や坂本竜馬の活動などは、圏内のうんと内側であった。わが視野が広がり、楽しくなった。
だれでも歴史圏がある。手っ取り早くいえば自分の歳を二倍して2010年からひけばいい。50歳の人だったら1910年からが生年歴史圏に入る。明治43年、韓国を日本に併合した年、大逆事件があり、外国ではトルストイが死んだ。日露戦争勝利から5年経っていた。
75歳の人は・・・年表片手に試みてはいかが?
■(続・なぜ女性の・・・)イクメン男性の急増 イケメンをもじって「イクメン」というそうだ。「育児をする男性」のことである。いままで殆んど男が手伝いもしなかった育児をこまめにやるのだ。わが老人ホームの介護スタフにもこの「イクメン」がいる。31歳の男性Hさんで2女の父親、下の女の子は生まれたてだ。この赤ちゃんを授乳以外のすべてをHさんが引き受けている。かれの楽しみはいつまで一緒に入浴していられれるかということである。
こうした「イクメン」はいまやどこにもいるらしい。ジックリ考えた。これはたまたまという社会現象ではなく、ヒト発達史上のできごとで、遺伝子が完全に変化するまで何世紀もかかるだろうが、その端緒なのはあるまいか。つまり、オスの機能が種つけだけでなく、子育てにも及ぶというヒトの種にかかかることである。老人の妄想と嗤うなかれ。わが「卒寿」(日記参照)記念の大発見である。(2月9日記)
■なぜ女性のほうが強靭か 先日、昨年の自殺者数が公表された。ウロ覚えだが、また増えて3万3千人で、男が2万3千人にたいし、女1万人で圧倒的な差だ。平均寿命も周知のように女が強い。その原因を三日三晩考え抜いて結論が出た。
生活習慣などとの関係はなく、実は種の保存にかかわることで、哺乳動物としてのヒトが発生すると同時に起きた現象である。卵子を持つメスは受精したあと、妊娠し出産し、子育てをしなければならぬ。そのたに強靭なからだでなければならぬ。一方、精子を持つオトコの役割は「種つけ」である。それさえ済ませばあとは無用なのだ。あとはどこかへいってしまう。うまくいけば、別のメスに出会い、気にいられれば種つけをする。昆虫の蟷螂などは弱いオスは蛋白源としてメスに食われてしまう。
ここで付言しておく必要がある。以上は、メスというものの生物的機能の側面をみただけで、個々の女性が出産できるかどうかということとは関係ない。女体機能という問題なので、個々の女性がが妊娠するかどうか、ということとは関係ない。(つづく)2月2日記
■大相撲の楽しみかたが増えた。一つは、特別場所「協会場所」である。2月1日、理事選挙だが、談合選挙の通例を破り、元貴乃花が反対を押し切りって名乗りをあげた。この大勝負、貴乃花が勝っても負けても、ようやく大相撲利権協会の改革が始まる。本場所より特別場所が楽しみになってきた。
もう一つ、モンゴルを始めとする「中央アジア出身力士」の進出である。この正月場所の結果で見ると、小結以上9人(引退の千代大海をのぞく)の内訳は日本3人、モンゴル4人、、ブルガリア1人、エストニア1人である。この三役だけでなく、以下の幕内31人を見ても、日本20人、モンゴル8人、グルジア2人、ロシア1人であり、三月場所の番付で多少は変化するにせよ、この流れは変わるまい。これをどう受け止めるか、だ。
「国技なのに日本人が少なくなって」と嘆くのも尤もだがが、それでは根性が狭い。多民族になったことはいいことだ。少なくとも東・中央アジアに眼を向けて見よう。中国、韓国・モンゴル・旧ソ連各国にも夫々の相撲」がある。とくにモンゴルは国技とういうより、国民一般の行事でもある。いっそのこと、日本で各国お国ぶり相撲大会でも開いたらどうか。日本相撲協会は部屋任せにでなく、外国人力士に親切に日本の伝統・文化としての教養を教えたらどうか。貴乃花新理事にも期待する。(1月28日)
■理想と現実 老人ホームのわが狭い部屋の壁に、書と文字絵が並べて貼ってある。書は「三国志」の悪役(史実は名将であり詩人)曹操の作で、わたしが北京時代に友人あら贈られた隷書の額だ。「老驥伏櫪 志在千里 烈士暮年 壮志不已」(名馬は老いて厩に伏せっていても、思いは千里を駆けている。意気壮んな人は晩年になっても意気込みはなくならない)という、つまり老人の理想を詠んだ励ましの詩だ。
「文字絵」はやはり北京時代に、万里の長城へいったとき売店で、一円だかで買った布切れだ。絵の輪郭が文字になっている中国独特のもので、道士の全身が文字で描かれている。民間の俗謡で「老来難」から始まり調子がいい。意訳すれば「歳と取るのは辛いもの。耳が遠くて話が通ぜずトンチンカン。拭いても乾かず鼻水流れ、歯が抜けてヨダレ止まらず、夜明けを待っても夜は明けず、一夜に小便7,8回、咳はうるさく痰汚いと娘や孫にも嫌われる・・・」この調子で老醜のさまを延々とつづける。そして最期は「だがな若者よ、いずれお前の番が来る」で締めくくる説教節なのだ。つまりは老人の現実である。
わたしはベッドに横たわり、この二枚をおぼつかぬ眼で往復させている。現実と理想、どちらが欠けても老人商売はつづけられない。(1月24日)
■あと710回の晩飯 元日にあたって、あと「730回の晩飯」という課題を出した。ということは「2年は生きていられるかな?」ということである。もう20日経つから残り710回だ。実はこれ、山田風太郎(1922〜2001)の顰(ひそみ)にならったものだ。かれは「あと1000回の晩飯」というエッセイを書いた。でもそれから5年あまり生きたから”公約違反”になるが、別に確約したわけではないから違反にはなるまい。わたしは、こんどの2月で満90歳になる。この”公約”どおりなら92歳までということのなるが、そこまで行かずにダウンするかもしれない。うまくすればそれ以上保つかもしれないが、そときは更新すればいい。どっちにしても、これこそ天地自然にまかせるほかはない。(1月20日)
■小沢と検察の喧嘩四つ相撲は眼を見張る。そこで不思議なのは、メディアが「検察の異状な強制捜査」といいながら、その異常さについて何の報道も批判も加えていないことだ。革新政治が予算という具体化をどう進めるか、という重要な時期を選んで、強引な捜査に踏み切ったのはどういう狙いなのか。まさか、自民党の復活を狙っているのではなかろう。ひとえに検察権力の権威を示すためである。これを無視されたためにカッとなったとしか思えない。
検察はおのれの権威を守るために、国家百年の計を無視したのか。後世の歴史家が批判したとしても、遅いのだ。
そこでメディアに期待したいが、検察を怖れているのか、触れようともしていない。結果として善良なる国民は、希望をもちかかけた政治に絶望し、日本再生の道は遠くなる。若手のジャーナリストよ、奮起する者はいないのか。このままではわたしも死に切れぬ。なんとかして見届けるまで生き抜くぞ。(1月18日)
★掲示板に投稿がすくないので、わたしが入力をこころみましたが、ややこしくてできませんでした。桑田さんに聞き、出てくる記号のとおり(大文字半角)を入力すれよいと分かり、入力できました。「掲示板」運営の企業が、迷惑入力を防ぐため、チェックしているようです。どうかトライしてみてください。(1月17日)■
■「男は黙ってサッポロビール」
もう30年近くなるだろうか、新聞の全面広告にキリツとした三船敏郎がジョッキを美味そうに飲んでいる写真に大きな文字で「男は黙ってサッポロビール」というコピーがあるだけだった。覚えているかたもいるだろう。わたしがとくに記憶しているのはこれが夫婦喧嘩のタネになったからだ。わたしは黙って食事しているのが嫌いで、いつも何か話題を見つけては話しかけるのだ。こどもたいちはふたりともとっくに自立していて、二人で黙々と食しているのは気詰まりだし美味くない。ところが敵はオシャベリが嫌いで、はかばかしく返事ところか、反論したりする。それでよく口喧嘩になった。
このときも、わたしは新聞を横目に見て「男は黙ってサッポロビールか」と嫌味たらしく自嘲した。これがまた敵の逆鱗に触れたらしく、例にも増して口喧嘩になってしまったのだった。たしかに当時は男の無口が美徳とされていた。
いまでも組織内で生きてきた男たちは、組織を離れると無口になる。自分の体験しか話題がない。女たちと違って横との関わりが薄かった後遺症でもあるだろう。わが老人ホームでは入居者の三分の二は女性でよくオシャベリしているが、男は少数派のせいもあるだろうが、ほとんど口をきかぬ。食堂でも黙って箸と口だけ動かしている。わたしはこうなると逆に意地になってしゃべりまくり、あるいは顰蹙を買っているかもしれない。(1月17日記))
■改装の弁
2月早々、満90歳になってしまう。正直いってからだは辛い。故障だらけだ。そもそも耐用年数はとっくに切れているのだ。木なら枯れ木である。水を吸い上げる力もない。よほど手入れをしなければならぬ。エイッと力こめなければ駄目である。
だが賞味期限は死ぬまであるはずだ。ただそれにも「エイッの力」を要する。この喫茶店は自分が元気をだすために必要なのだ。しかし力は微々としている。日記のように定期のものは無理だから、調子のいいときに入力するよう簡素化した。この頁のこの欄に、エッセイのようなものを細々と入力してゆくつもりである。
そのための改装だが、残念ながら力不足なので、80歳になってパソコンを始めてときから、まる10年指導を受けてきた林真奈美さん(この間に結婚された)に来駕を請い、きょう午前中に2時間近くかけ、ほぼ注文どおりに改装してもらった。
客人には「談話室」として「掲示板」を活用していただきたい。遺憾ながら書き込んでくださる人は少ない。桑田さん、八兵衛さんはじめ常連さんには感謝している。枯れ木が水を吸い上げる手助けを願います。(1月12日記)