仁和寺 飛涛亭、遼廓亭

京都市左京区黒谷

西翁寺 澱看席(重要文化財 江戸時代)


 

西翁院入口にある京都市による案内板には、次のように書かれています。
『西翁院
当院は大本山金戒光明寺の塔頭寺院である。
天正12年(1584)藤村源兵衛西翁院宗徳
居士によって、明蓮社光誉清玄上人を開祖
として創立されたもので、本尊に春日作の
阿弥陀如来をまつる。
 有名な茶室「反古庵(ほうぐあん)」は
宗徳居士の後嗣宗佐の養子となった久田氏
出自の藤村庸軒によって貞享二、三年(16
85〜6)の頃に建てられたもので、遠望でき
る景勝の地にあり、はるか淀、山崎方面を
臨みうるところから「淀看席(よどみのせ
き)」とも云われる。
 庸軒は諱を当直(まさなお)、字を微翁
庸軒または反古庵と号した。薮内家に学び
古田織部の流れをくみ、小堀遠州や千家中
興の元伯宗旦に従ってその蘊奥(うんおう)
を極め、庸軒流として一家をなした。庸軒
の茶室には書院式の傾向と侘形式とを合せ
持ち、一方織部の弟子、笹屋宗貞(泉州堺
の茶人)の中襖の茶室を模したことから、
茶室「宗貞囲(そうていかこい)の席」と
も云われている。
京都市 』


 この中に書院式の傾向とありますが、これは拝見できませんでしたが茶室に続いた部分が書院造りになっているためのようです。

 この茶室を拝見して興味をしめすのは、私にとっては室内よりも茶室外観にありました。「澱看の席」は、本堂(書院)の床と茶室の床が同じ高さになっているために茶室の土台を漆喰塗にして、いわゆる亀腹と云うそうですが基盤を高くし、その上に茶室を乗せています。そのために躙口が高くなり、その下に大きな乗石が配置されています。
 また、躙口の前から約4mほど差掛屋根というものを張出して土間廂つくっています。その差掛屋根の下には自然石を使った踏石が点々と配置されており、その先端に「袈裟形」という蹲踞(つくばい)が据えられています。
 室内はゆっくりと充分に拝見出来ないが、この屋外は堪能できます。
 さて、その茶室内部ですが、特色は道安囲(宗貞囲)と天井にあります。天井は全てが総屋根裏のために床の落掛の上の小壁が高くなっています。写真でも分かるように大きくなった小壁の中央に華鬘形の板額を掲げて調和を図っています。考えたものですね。
 道安囲と宗貞囲はほぼ同じと考えられます。宗貞囲について茶道辞典(淡交社刊)から引いてみますと「堺の平野宗貞の所持していた茶室の形式で、道安囲と同様の構成を示していたという」と出ています。
 

 





















  

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