序章

 現在、コンピュータの発達にはめざましいものがある。

 大量のデータを蓄え、それを瞬時に処理して役立つ情報にかえたり、膨大な計算を短時間でやってしまったり、複雑な判断を必要とする機械の制御を間違いなく行ったりするなど、手間のかかる仕事を人の替わりに実行するコンピュータは、既に現代社会にとって無くてはならないものになっている。

 特に、パーソナルコンピュータと名付けられたマイクロCPUを持つコンピュータは、ひと昔前の大型コンピュータを遥かに凌ぐ性能とコストパフォーマンスによって、社会の隅々までいきわたつつある。

 そして、企業はこぞってコンピュータのダウンサイジングを実行し、管理の分散化をはかっていた。

 したがって、いまや、コンピュータと言えばパソコンのことを指すと思っている人が少なくない。

 このパソコンの普及の蔭に隠れてしまい、注目度はいま一つとなっているが、大型コンピュータ、即ちスーパーコンピュータの開発競争がいまでも欧米及び日本の間で激しく行われていることを忘れてはならない。

 スーパーコンピュータとは、勿論それだけではないが、その時点で最も処理速度の早いコンピュータであると解釈してもいい。

 そして現在、最も早いコンピュータのクロックサイクルはおよそ1000メガヘルツほどであると言われている。即ち、1ナノ秒(10億分の1秒)の間にCPUは一動作することになる。(人が計算として認識している現象はこの動作の複数の組み合わせによるもの)

 ところが、光の速度は一秒間に30万kmだから、例え光速で電流が流れる(実際はもっと遅い)としても数十センチの配線をすると一動作分の時間が消費されてしまう勘定になる。

 従って、処理速度を更に上げるのは非常に難しい。

 しかし、その困難さを解決する方法として、二つの手段が有力視されている。一つは並列処理コンピュータの採用である。複数のCPUを持つコンピュータであれば、処理を分散して速度を上げることができるのだ。

 そして、もう一つはCPU自身のアルゴリズムを変えることである。

 だが、一口にアルゴリズムを変えればいいとは言っても、簡単なことではない。現在あるCPUは既に人間の叡知を結集して作られたものであり、それ以上のものをすぐにおいそれと考え出せるものではない。

 政府はこの開発競争に遅れをとってはならないと考えたのか、はたまた他の意図があったのか判然としないが、異例の資金援助を開発する機関や企業に行なった。

 そして数年、葵精工という中堅の一企業が、あるプログラム言語と特殊な処理アルゴリズムとの組み合わせで、いままでとは異なるコンピューターシステムを構築し、世界中の注目を集め始めた。

 この物語はそのような背景のもとに始まった。

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