否定派の態度、考え方

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 さて、否定派と言ってもいろいろと考えられます。例えば、超能力はあると思うけれど魂などはない、とかその逆のケースとか、また、神の存在に対しての考え方なども既存の宗教観がらみの問題になってしまい収拾が付かなくなってしまいます。

 私が思うには、魂の問題と超能力の問題は非常に密接な関係であると考えているのですが、これも人によってはお互いに全然関係の無いものであり、それぞれに付いての検討が必要に成ってしまいます。しかしそれぞれの問題は後日の文で私の考えを説明しますが、今回は両方(魂、超能力、そして神)を否定している人達の態度について考えます。

 私がここで念頭においている否定派の人は、おもに50歳以上の65歳くらいの人です。この年代の人達の中に、否定派の人が多いのです。40歳以下の人達の中にいる否定派の人達は、否定派とは言っても「もしかしたらそんなことがあるかもしれない。」という気持ちを持っているので頭からそれを否定するようなことはあまりしません。本当は中間派と言った方が良いと思うくらいです。

 さて、いよいよこの否定派の人の話なのですが、否定派の人は基本的にこの様な話に興味を示しません。また人によってはこの様な話が出ると特に否定的な態度をとります。それは、何か怖がっているような印象を与える時すらあります。

 早い話、この様な否定派の人達は存在しないことを決めて掛かっていると言うことです。もしも、誰かがこの種の話を説明(説得ではない)しようとするだけで、その話をする人を嘘つきだと思いこんでしまいます。話のはじめから「こいつは嘘を言っている。」と考えながら聞いているのです。当然、相手はすぐに話をやめてしまいます。すると否定派の人は自分の考えが正しかったので話が終わった(論破した)と考えてしまいます。実際には、聞く耳を持たない人間に話をしてもしょうがないと相手が話をやめただけなのです。

 実際のところ、論理的に否定派が否定を立証出来るわけない(このことは前から何度かふれてます。)のにまるで勝ち誇ったかの印象を与えるのはこの様な話の流れ(いつも全く同じと言うわけではない)によって起こります。

 では明確な根拠も無いのになぜ否定派の人達はこの様な信念を持っているのでしょうか?幾つか理由が考えられます。

(1)親などから、そのように教えられたから。
(2)「幽霊やお化けを怖がるのは、子供だけで、大人はそんなものは怖がらない。」と言う意識があるから
(3)占いや神頼みは昔の人間のやったことで、科学の時代の現代人としてそのようなものを信じているとみっともないと思うから
(4)ほかの否定派の人の意見を聞いたから(ちょっと前には多数派だった)
(5)占いや超能力などで偽物をみて、「やっぱり全部うそっぱちだったんだ」と考える

 どちらにしても、長年の間そう思いこんでいたことだし、長い間の経験の蓄積で否定的な意見に成ったとしても、全然不思議なことではありません。
 もっとも否定派の多い年代の人達は、前後の復興から高度成長の時代に生きていた人達です。この時代は日本では科学の躍進の時代でした。新しいものが外国からどんどん入って来て、科学万能だと考えられていました。(今もそうだけど、昔ほどではない。)科学で理解出来ないものは無いと多くの人が思っていました。その結果、当時の科学で解明されていないものは全て否定されることに成ってしまいました。

 例えば医学でもこの様なことは顕著でした。当時は西洋医学全盛の時代で、東洋医学も偽物扱いされていました。当時の日本人には西洋から来たものは本物で、そうでないものは偽物だという意識がありました。

 例えば、ハリ麻酔なども今でこそ常識として認知されていますが、当時はかなり冷たい目で見られていました。理由は簡単です。科学的に解明されていなかったからです。これは今でもかなり残ってますが、実際に現象が起こるか(この場合麻酔が掛かるか)どうかよりも、解明されているかどうかの方に基準が行ってしまっています。

 気孔も同じです。気孔の場合はいまだに「気」の存在を認めていない人も多いようです。これに付いては、科学的なアプローチがされて気の存在を示すデータなどもあるのです。しかしこれとて、否定派の人がデータを偽物だと決めつけて見たら何も証拠にはなりません。確認するためにはどうしたら良いかと言うと、貴方が実際に気孔師の処へ行って実際に治療を受けて見るのが一番です。それでも信じられない人もいるかもしれませんが、信じる信じないはもうその人の問題です。ここでネックなのは、否定派の人は滅多にそこへ行こうなどと思わないことです。つれて行くだけでもやっかいなのでそこまでやろうという人はあまりいないとおもいます。

 私はここで、紛らわしくて誤解されそうなのでことわっておきます。ここでは客観的に見た否定派の人のことを書いているだけです。それ以外のことを信じろとは言っていません。ここで言えるのは、否定派の人を説得するのは大変だと言うことです。

 この文章を読んでいる貴方は、おそらく否定派では無いと思います。否定派の人はこの様な文章は余程の理由が無ければ読まないからです。(私の文章のページが共通して持っている矛盾です。)

次回のテーマは、「客観的な見方」を予定してます。

(1997/04/06)


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