宜保愛子さんの能力について

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 今回は、宜保愛子さんの能力と「リーディング」について書くつもりでいます。しかし、ここで重要なことがあります。前回の占いのことでは、霊魂があるのかどうかは問題にはなりませんでした。普通の占いは、霊魂の存在とは直接関係がありません。そのが宜保愛子さんの話になると、霊魂の問題を抜きにしては検討できません。ちなみに、「リーディング」も霊魂とはあまり関係がないように思います。

 ということで、霊魂に関して前置き的な説明が必要になります。本当はこの事だけで1ページ必要なのかもしれませんが、まえから書いているように一人一人が自分で調べるしか本質的な解決方法がないのでごく簡単に私の見解を書いて話を進めます。

 私は霊魂というものは存在すると思っています。そして、その霊魂は輪廻転生をくり返していると思っています。この霊魂とは、死者の魂という意味だけではありません。生きている人間にも魂はあるのです。そして死んだ後、魂がどうなるのかは良く解りません。人間が死んだ直後のことは、臨死体験者の発言などの最大公約数をとればある程度予測が出来るのですが、その後どうなるのかは私には解らないのです。(いくつかの資料はあるのですが、私としては保留の状態です。)

 当然のことながら、魂の存在を認めていない人もいるわけで、絶対に魂の存在を私が断言することは出来ないのですが、(仮に断言しても、認めない人は認めない)私としては、「臨死体験」というキーワードで本を数冊、目を通すことをおすすめします。なぜなら「臨死体験」をテーマにした本は、比較的客観的に書いてあるからです。(神霊関係には、とんでもなく主観的で非論理的なものもあります。)

 余談ですが、最近気が付いたのは、魂の存在を否定しようとする文献があまりないということです。(もちろん私が知らないだけかもしれませんが)理由としては、魂があってもなくても自分には関係ない。と、思っている人が多いからかも知れません。また、昔からの風習(葬式など)を無意味に否定することは得ではないと考えているのかもしれません。

 今のは余談でした。どちらにせよこれから書くことは、私がいろいろな本などから信用できるものを選んで、それを組み立て直したものです。別な言い方をすれば、私が立てた仮説なのです。で、ようやく本題です。

 宜保愛子さんの能力については、世間からは2種類の批判が出ていると思います。 その批判の一つは、能力自体がインチキであり全ていかさまであると言う考え方です。そしてもう一つは、宜保愛子さんが交信してしている霊は低俗なものであり、あんなものの言うことは信じてはいけない。と言うものです。この二つの批判について、それぞれ私の見解を書こうと思います。

 まず、最初の批判ですが、これは後の方の批判に比べるとずっと世間の常識に近いものです。まず、霊魂の存在を否定して考えた場合、どちらにせよ宜保愛子さんの関連のことは、全て嘘っぱちに見えてしまいます。また、テレビなどで見せた彼女の能力を整理しないと全く整合性のないものに見えてしまい。それが批判の基となってしまっています。

 私の見解では、彼女は霊と交信出来る。ただこれだけで、彼女の能力はほとんど(全てではない)説明出来ると思っています。前回の占いのところで、占いでは詳しいことまで解る訳はないと私は断言しました。しかし、宜保愛子さんはある特定なことに付いてはかなり詳しく解説します。これはどうしてでしょうか?疑問に思う人の方が多いと思います。この答えは実に簡単です。彼女の交信した霊が知っていたことなのですから。

 ここのところが彼女が誤解を受ける一番の要素であると思うのです。一般の人から見ると、昔のことや行ったことがない遠くのことをズバリと言い当てるのですから、まるで彼女が予言者であるかのように見えます。あるいは、信じない人には、彼女が予言者を装っているように見えるはずです。彼女自身ではもちろん自分で予言が出来るなどとは言ってはいないのですが、このようなことに馴れていない普通の人には、彼女の言葉は正しく理解されません。

 彼女のことをまるで予言者のように勝手に思いこんだ人々は、彼女に「じぁ、これはどうだ。あれはどうなる?」などというレベルの質問をすることになります。そんなこと、彼女に解るはずはありません。(またまた、そのことを知っている霊と交信できれば答えを出せるとは思うけど)そして、彼女がいくらそのことを説明しても、思いこんでしまった人達は納得しません。まるで、ちょっとでも人の出来ないことが出来る人は全能の超能力者だと考えてしまいます。すると今度は「何だ、こんなことも判らないのか、じぁ今までのもインチキだろう。」と言う結論に走ってしまいます。一般の人(この問題にあまり興味のない人)の見解では、ある意味では無理のないことかもしれません。なぜなら、彼女の言っている意味が理解出来ないからです。

 結局彼女は世間からインチキ扱いされてしまうことになるのです。私は、彼女が微力ながらも(彼女の力はこの世界ではそんなに強いものではないようです。)さまよえる霊を慰めてきたのに、このような仕打ちを受けてしまうのですから、心から同情しています。

 もう一度、書きます。彼女は霊と交信が出来るだけなのです。この交信は「感じる」という交信方法をとっていますから、まるで見てきたかのように説明することが出来るのです。そして、霊が知っていることだけが彼女に分かる全てなのです。断じて彼女は予言者などではありません。あえて言えば、普通の人より霊感が強いと言うだけなのです。

 さて、もう一つの批判については霊についてちょっと説明が必要でしょう。私にも霊界のことは良く解らないのですが、(もちろんそれについての文献などもいくつか読んでいるけれど、私の中で保留状態です。)霊と言っても、それは別に神様ではありません。特に死んだばかりの霊は、まだ煩悩も持っていて、普通の人間と同じような思考をしているようです。だから、霊が嘘をついたりすることも別に何ら不思議なことではないのです。

 ふたつめの批判の根拠はここにあります。彼女が交信している霊は極めて人間に近いレベルの霊なのです。信仰宗教の中には上位霊との交信を売り物(失礼な言い方ですが。)にしているところが複数あるようです。そのような場合、低俗な霊が寄りつかないように結界を張ってから上級霊と交信をしています。(これも私としては保留状態)

 このような人達は、彼女の交信している相手のレベルの低さを問題にしているのです。また、彼女が特別な信仰や修行も無しにその種の能力を持つことに、疑問とか、やっかみとか宗教の教義に対する細かい矛盾点など複雑な気持ちを持っているようです。この細かいことまではちょっと解りません。

 さてふたつめの批判に対しての私の見解なのですが、彼女は宗教的なことをほとんど言っていません。また、上級霊と交信したなどとも言っていません。先祖を敬いましょうとは言っていますが、どこかの宗教に偏ったことを言ってはいないし、むしろ自分の能力は宗教と関係がありません、と言っているのです。彼女が宗教のことを言わないことは、迂闊に言えないと言う要素もあるのですが、それよりも実際のところ、彼女は宗教とは関係がないと言うことの方が本質だと思います。霊の話になると宗教と一緒くたに考えてしまうのは、彼女のことを予言者だと考えるのと同じ過ちなのです。

 けっきょくのところ、ふたつ目の批判はある意味では正しいと思います。しかし、別に彼女自身で否定しているわけではありませんし、むしろその内容の真偽よりも、彼女に対してこのような批判をすること自体、ただ難癖をつけているだけにしかすぎないように見えます。

 私からみると、彼女の行動や能力、そして彼女の出来ないことは、それまでの私の見解とかなり一致しています。彼女がもしイカサマであるのなら、細かい発言や能力について様々な矛盾点が出てくるはずなのですが、私からみる限り彼女の能力及びそれについての彼女の発言などは納得出きるものなのです。変に宗教的な思いこみが彼女の中にないだけに彼女については信憑性を感じているのです。

 長くなってしまったので、「リーディング」については、次回にします。

(1997/05/01)


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