リーディングについて

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 さて、今回は「リーディング」の話です。「リーディング」とは文字通り読むことなのですが、何を読むかというと、それが問題です。その事などについての私の見解を書きます。

 前々回の占いの話と似てはいるのですが、「リーディング」に付いては、私は占いの場合と全く違ったアプローチをして考えています。というのも、雑話で書いたように私はふとしたきっかけで、日本人の「リーディング」能力の持ち主であった、「藤田こととめ」さんに見てもらったことがあり、その時に預言されたことが怖ろしいくらいに当たっていたからです。

 今ここで、その時私が何を言われて、それがどの程度当たっていたかを説明すると大変な作業であるばかりか、極めてプライベートな内容まで説明しなければなりません。また、仮にかなり詳しく書いたところで、信じない人はどのように書いても信じないのでここで詳しく触れることはしません。ごくごく簡単に書きますと、私の子供たちのことや、仕事のことなどをいわれたわけですが、20年近くたってその正しさに驚いています。

 実はというまでも無いのですが、いきなり「貴方はこの仕事では、成功しませんね。」と言われて、その言葉を素直に信じる人はいません。私の場合はこのケースでした。もともと占いなどには興味があったので、話の内容を一生懸命きいてはいたのですが、別に信じて聞いていたわけではありませんでした。

 しかし、20年近く経つうちに徐々に言われたことが現実に成って行くので、昔の言葉を信じざるを得なく成って来ました。

 実際のところ、そんじょそこら占いとは本質的に全く違うものであることを認めざるを得ませんでした。ですから「リーリング」については、当たるのか当たらないのかという側面ではなく、どうしてあたるのか?というのが私の関心事であるわけです。私は人生の約20年間の私の体験を通して確信しているのですが、これを誰かに信じろとはいえません。信じない人が「そんなことは、作り話だ。」と決めつけたらどんな話でも話はそこで終わりです。興味のある人は自分で調べましょう。

 さて、本題です。「リーディング」で有名なのはアメリカの「エドガー・ケイシー」さんです。彼の場合は、催眠状態に入った後で誰かに質問をされるとそれに対する返事のかたちで預言をします。また預言の終わった後に意識が戻ったときにはその時の記憶が無かったようです。ここがいろいろな意味で重要なことなのです。

 ここからは例によって私の仮説です。「藤田こととめ」さんと「エドガー・ケイシー」さんの共通点なのですが、いずれも他の人からの質問に答えるかたちで預言を行います。この事は予言者であっても誰かに聞かれなければ先のことは分からないということでもあります。これは予言者が全てのことが解るのではないということなのです。少々余談ですが、この事にかんしては、宜保愛子さんの場合と同じような誤解を受けてしまっています。自分の身に危険が迫っているかなどということは、誰かに聞かれでもしなければ解らないのです。

 共通無意識という考え方があります。これについては真偽が判らないのですが、「リーディング」の説明するためには、ある程度可能性のある考え方であると思います。共通無意識というのは、全ての人の意識が深層意識のずっと奥の方でつながっている(全ての意識は一つのものより発生している)という考え方です。たとえば、テレパシーなどもこの仮説で考えれば簡単に説明出来ます。(テレパシーの科学的な研究も始まったばかりですが、その能力があることは既に確認済みだと思います。)

 「藤田こととめ」さんの「リーディング」は催眠術ではなく、自ら瞑想状態に成ることで行われます。また、先ほど書いたようにやはり質問に答えるようにして行われるています。「藤田こととめ」さんの講演の中で、第3次世界大戦があると預言したことがあると言っていました。これは、質問者に関連の質問をされてその言葉が口から出たそうです。そのあと質問者が「そんな馬鹿な。」と言って質問を別の話に変えてしまったので、それ以上詳しいことは判らなかったらしいです。

 本人でも判らないのなら「今からでも、同じ質問でやって見れば良いのではないのか?」と、聞いていた私は思ったのですが。(当時から信じていたわけでは無い)どうも後から同じようにやってもその事が出てこなかったらしいのです。この理由は正直いって良く解りません。後の時には第3次世界大戦の危険が回避されていたのかも知れませんし、まだまだ将来のことで第3次世界大戦が預言通りに起こるのかも知れません。

 今の話で想像出来ると思いますが、「リーディング」の能力は「藤田こととめ」さんよりも、「エドガー・ケイシー」さんの方が高かったのでは無いかと想像出来ます。理由の一つとして、「エドガー・ケイシー」さんは自らの死も預言しているのです。

 私が思うのには、「エドガー・ケイシー」さんの場合は催眠状態で、共通無意識の情報を読みとっていたのですから、ある意味では完全な無意識に近い状態であったと考えられます。それに比べて「藤田こととめ」さんの場合は、いくら自分で無意識の状態に成っても完全にはなりきれません。占いと同じように自分の意識の中の障害物が邪魔をすることも多くあったと思えます。第3次世界大戦を再び預言出来なかったのはこのせいかも知れません。(私の将来のことを読みとることなどは、わけなく出来たのですが)

 私が考えるには、「リーディング」は基本的にはそれほどの違いは無いようです。同じように意識の奥の方から「感じる」という言語で情報を引っ張り出してきているように考えています。ただ違うのは「リーディング」の方が意識のずっと奥深く(共通無意識かも?)の情報を引っぱり出して来るために、精度や確実性が高いのでは無いかと思っています。

 多くの人の疑問点(そして私の疑問点)として、「未来は決められているのか?」と言うものがあります。「エドガー・ケイシー」はその「リーディング」の中で、未来は変えられると言っています。しかし未来が全く無規則に変わっていくとは考えられません。そうであるならば、預言など出来るわけ無いのですから。現に私の場合を考えても結果として預言されたように成ったわけで、その事を考えてみると次のような考えに至ります。

「未来は決して完全に決められたわけではない。自分の(人間の)行動の結果として変わることもある。しかし人間には未知の法則のようなものがあり、どうしてもその法則の影響を受けてしまう。「リーディング」などでは、その法則にそって未来を予測しているのだ。」

 何度も言っていますが、これは私の仮説です。そしてこの仮説は証明されることもないし、同じように否定される根拠もありません。興味のある人は自分で研究してみて下さい。興味のないひとでたまたまここを読んだ人は、こんな風に考えている人間もいるんだ、という風に考えていただければ良いと思います。

 話が進んで行くと、ますます仮説の比重が高くなっていきます。次回、今日のテーマの共通無意識と魂の関係について書いてみます。次回は完全に私の想像の部分に入って行きます。

実は、しばらく前にご感想のメールを頂いています。このメールの中で本が紹介されているので、次次回にその感想などを書こうかと思います。まだ読んでないので、ちょっと先になるかも知れません。

(1997/05/01)


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