クンダリーニの昇華 (第100話)

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 なんとこのページもついに第100話になりました。良くここまで来たものです。最初からこんなに続くと知っていたら、途中で嫌になっていたかもしれません。でもこれも長い長い私達の旅のことを考えると、ほんの一瞬のことなのでしょう。

 アセンションの為に、何をしなければ成らないのかということを、ごく簡単に書いておきます。これは本人の意識が許すのならこれは誰にでも可能な道筋なのです。

 まずこの世の中に対する理解が必要です。この段階では、完全に知っているわけではないのですが、それを知ろうとする意志と態度が必要になります。それが解ってくると生き方がすこし変わってきます。そして徐々に「今に生きる」という状態ですごす事が多くなります。これは「喜び」や「幸せ」を感じて生活をすることでもあります。その状態でいると、徐々に自らの神である精霊と魂と表面の意識が近づいてきます。そしてそれはいずれ自らを一つの意識として統合するということなのです。人によってはこの統合の状態をとりあえずのゴールと考えているケースもあるのですが、それはそれでかまいません。その後は、死を克服しこの世に生きながら別の世界にもいくというアセンションをする為に自分自身の真実を作り上げることが必要になります。

 これらの過程の中でも重要な位置づけにあるのが、クンダリーニの覚醒なのです。これも他の能力と同じように誰でもが潜在的に持っているものなのですが、このクンダリーニの重要なことは、これ自体が能力というのではなく、これによってもともと持っていた潜在的な能力が使えるようになるということなのです。前にも書きましたがアセンションする為には、脳を100%ちかく活性化する必要があります。これは潜在的に持っている能力は全て使えるということを意味します。アセンションするために必要な視点の高い世界観をもつこと、持てる全ての能力を使えるようになるということが、アセンションへの道なのです。

 言い方を変えると、潜在的な能力の全てを使うことを自分自身に対して許すということが必要なことなのです。ここでは細かく書きませんが、自分自身に対して能力を使うことを許すということが、その能力を使う為の条件なのです。そして、それを自分に許せるかどうかに必要なものが、視点の高い世の中の理解なのです。だれか能力が高い人がいても、その人の視点が低いと、自分自身にそれをすることを許せないのです。

 さて本題のクンダリーニの説明に入ります。とりあえず概略の説明の為に「ラムサの教え」から引用します。

 クンダリーニとは、古い言葉で、古代の法則の中では、あらゆる人の中には眠っている蛇あるいは眠っている龍(ドラゴン)がいるとされていた。そして、それは、龍や蛇の生命エネルギーであり、背骨の一番下にとぐろを巻いて眠っている。古代の教えではこうも言われている。この蛇が目を覚ますと、ある途方も無くすばらしいことが起きると。このエネルギーは第一、第二、第三シールから来るエネルギーとは同じものではない。このエネルギーは膨大な量の量子(クオンタム)のようなものだ。そして、それはある極めて特別なことのため、つまり人類の進化のために隠され、とっておかれたものなのだ。

 説明はまだ続くのですが、続きは簡単に書きます。要するに背骨の下の部分のエネルギーを背骨にそって頭部まで持っているのです。(このことは「神との対話」にもごく簡単ながら出ています。) それにより眠っていた能力(その多くは超能力と呼ばれています)が使えるようになるのです。そしてこのエネルギーは、自分の精霊と表面意識を統合させる為のエネルギーになるのです。まあいってみれば、このクンダリーニのエネルギーにより、私達は真の自分自身になれるということです。それは私達が完全に神であるということを理解できるという意味でもあるのです。

 さて私の場合の体験を書くことにします。もちろんまだ進行形ですが、今年に入って前立腺のあたりにひどい痛みが走り、念のため病院に行って検査をしたのですが、何も異常は無く、結果的にクンダリーニの兆候だということが判ったのです。どうもこのことは私の魂はあらかじめ承知していたことのようで、どうやら今までのことはこのクンダリーニ覚醒の準備的なことだったようなのです。

 ちなみにクンダリーニの昇華がおこったとして、その時に得られる能力はその時点で自分に許していたものだけになります。たとえば人の心を読むことはいけないことだと考えている人にクンダリーニの覚醒があったとします。その人はその能力を得ることは無いのです。それどころかその関連のテレパシーやチャネリングの能力まで選ばなくなってしまうのです。もちろんこのような能力があるのも通常は良し悪しなのでそれが悪いことだとは言わないのですが、ことアセンションなどを考えている場合、自分の能力を最大限に出したいわけで、何とももったいないことに成ってしまいます。

 おそらく、このクンダリーニの昇華はそれほど珍しいことでないのだと思います。ただその時に自分に潜在的な能力があることを知っていなかったり、許していなかったりする為に、それほどの結果につながらないことも多いように思えます。それにそれを知らない為に、せっかくその兆候があっても、原因不明で下腹部が痛いとかでその後の覚醒を拒否してしまうケースもありそうです。ただその場合でも全く変化が無いというわけではなく、勘がよくなるとか、運が強くなるとかの拒否されないものは残りそうです。

 さてここで重要なことなのですが、痛みがあったりするのは、体の中にクンダリーニのエネルギーがスムーズに流れていないためらしいのです。まあ言われて見ればしごくあたりますのことなのです。これを逆に言えば、もともとエネルギーが通り易い人の場合で、少な目のエネルギーの量であったのなら、特に痛みも無く全く自覚症状の無いケースも考えられると言うことに成ります。というのは、わたし自身の痛みの具合を観察していると、そのエネルギー量もその時によりまちまちな感じがするのです。とくに自覚が無いのにいろいろな能力をもっていたりする場合は、このようなケースだと思います。

 これを読んでいる人の中で比較的多くの人は、このクンダリーニのことを聞いても自分には関係ないと考えているかもしれません。でもちょっと気にしておいて欲しいことがあります。私の場合、何故それが起こったのかということなのですが、自分自身の魂のことを意識しだして、そしてだんだんと「今に生きる」ということが出来るようになってきた為に、それが起こり始めたといえるのです。クンダリーニを瞑想や呼吸法により意図的に起こす方法もあります。ただ私は面倒なことは嫌いなのでその様なことは特にやってはいなかったのです。それなのにそれが起き始めたということは、誰でも「内なる神」や魂のことを意識して、「今」に生きていればそれが起こり始めるということなのです。要するに精神的に充実した日々を送りはじめてしばらくすると、その様なことが起こりえるのです。けっして他人事だとは言えないのです。もしその時がきたら、折角のチャンスを逃すことはありません。また特に能力は要らないと言う人でも、運が強くなるということだけでもラッキーなのです。これはその人の創造力が強化されると言うことでもあります。

 私はここしばらく私の痛みを観察していました。それで判ったことは、静かにしていて、自分の精霊もしくは魂と同じ事を考えているとそのエネルギーが増えてくるのです。もちろんこれには善悪などはありません。魂と同じ事を考えている、もしくは、おなじ気分でいるときにそうなるのです。これは私が自分自身の統合をしたいと思っていますから、かなり都合の良いことなのです。それは自分の潜在意識がなにを考えているのかが、わりと簡単にわかるということなのです。

 魂と同じ事を考えている状態とは、結局のところ「今」に焦点を当てている時でもあります。喜びや幸せを感じているときでもあります。まあ言ってみれば、魂と同調(歩み寄り)しているということで、その結果として、その様なエネルギーが身体の方にも流れてくると考えることも出来ます。そしてこのエネルギーがたまって来て、昇華すると、結果として表面の自我と潜在意識と魂が一体化することになるのです。

 別な言い方をすると、表の自分と内なる自分(神)とは、それなりの心掛けでいれば、いずれは一体化するとことが出来ると言うことなのです。

(2003/07/29)


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