知っている状態 (第102話)

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 「知っている」ということに関しては二つの要素があります。どちらも同じ知っているという言葉を使うのですが、一方は「精霊が知っている」に関すること、もう一つは個人個人の真実に関することで、この二つを区別して考えることが話を理解するうえで大事なことなのです。

 まず「精霊が知っている」について説明します。精霊(私達の内なる神のこと)は全てのことを知っていると「神との対話」でも書かれています。でもこれは私達が何かを知ってるということとはちょっと意味が違うのです。実は精霊には記憶力が無いのです。記憶力が無いのに全てのことを知っているって事はどういうことなんでしょうか?もう少し詳しく書くと、記憶を担当しているのは魂(たましい)なのです。ですから精霊は魂と一緒になってはじめて個の存在として体験を蓄積することが出来るのです。

 ではなぜ「神との対話」の中で、全てのことを知っていると書いているのでしょうか。それは「神の思考(第91話)」でも書いたのですが、精霊は宇宙の全ての思考とつながっているのです。だから何でも知りたいことはそこから引き出してくることが出来るのです。全てのことを知っていると言うのはこのことを言っているのです。まあ言ってみれば大百科辞典というのか、全てのことのデータペースとでも言うのでしょうか。そのデータのことあるいはそのデータの保管場所のことをライブラリーと呼ぶこともあるようです。

 さてさて、また疑問が出てくると思います。私達は何故すべてのことを知っているのではないのでしょうか?全ての精霊に知る能力があるのなら、全ての精霊は同じなのでしょうか?精霊に個性は無いのでしょうか?

 精霊が全てのことを知っていると言うのは、もっと別な言い方をしたほうが的を得るのです。それは精霊は知りたいことは何でも知ることが出来るという言い方です。精霊は疑問や質問を持つことではじめて答えを得ることが出来るのです。何も疑問に思わなかったり、質問もしなかったら、そのことを知ることは無いのです。何を知りたいのか、これって意外と重要な要素なんです。知りたいと思わないことは知らないですむということなんです。それにより個々のちがいが出てくるのです。

 このことを少しだけ別の角度から言うと、答えを知ると言うことより、質問をすることの方が大変で重要なことなのです。全ての質問について答えはやってきます。それはすぐではなくても、いずれ答えを知ることが出来ます。でも問題(質問)は、自分で考えないといけないのです。それは待っていても来ないのです。ここの部分は多くの人が勘違いをしています。質問をする能力、疑問に思う能力が本当の知る能力なのです。だから私は全ての悩める人たちに祝福を送りたいのです。今、悩んでいる、今、疑問を持っているということは、いずれ答えを手にするということなのですから。

 また、今私が知っていることは、かって私が知りたがったことだともいえるのです。今の貴方は、過去において知りたかったことは全て知っているのです。でも今、全てを知っているわけではないのです。それは質問をしていなかったからなのです。(答えを無視していたのという可能性も無いことは無いのですが) これはいかに疑問を持つこと、問題を持つことが大事なのかということでもあります。的確な質問をするってのは、本当に大変なことなんです。

 ちなみに魂は自分のそれまでの体験を知っています。これは個人的な事実をしっていると言うことなのです。精霊が全宇宙的なことを知り、魂が個人的なことを知っている、その両方が合わさってそれそれの人の個性になっているのです。だから「魂は何でも知っている」のです。誤解の無いように補足で書いておきますが、これらの全てを表面意識としての我々が知っているというわけではありません。表面意識が知るという状態に成る為には、またもう一つ自我のフィルターがあり、それによりもっと制限された知識しか現れてこないのです。

 もう一つの知っている状態について書きます。これについては「神との対話」にも書いてありますがラムサの方がより詳しく書いてあります。これは真実が個人個人で異なるということと大きな関係があります。

 まず最初に確認しておかなければならないことは、この世の中にあるもの全てはもとは思考から生み出されたものであるということです。ちょっと乱暴に聞こえるかも知れませんが、私達が考える全てのもの、全ての概念、そして思考から生まれた全てのものは、そのものとして存在しています。それらは誰かがそれを真実だと認めることにより、そこに真実として存在するのです。それはその人がそれが真実であると知っているという状態にあるということなのです。

 私の頭の中では、すっきりと収まっている事なのですが、いざ文章で説明するとなるとちょっと厄介な感じもあります。もういちど別な言い方をして見ます。この世の中には考えうるありとあらゆるものが存在しています。それは誰かが考えることで、その概念やイメージが出来るのですが、それは時間の無い世界の視点から言うと、考えた瞬間からすでに存在しているものになっているのです。だからそれは私達が考えうる全てのものがすでに存在しているという結果になるのです。

 その存在しているものは、とんでもなくバリエーションが多くて、他のものとは完全に矛盾するようなものが沢山あるのです。まあ考えられるもの全てが存在するのですから、矛盾があるのは当たり前ですよね。ひとつの世界では収まるわけは無いのです。で、大事なことは、私達がそのとんでもなく沢山あるバリエーションの中から、自分の世界のものを選んできて、それで自分自身の独自の世界を構成しているということなのです。みんなそうしているのです。

 沢山の中から自分自身の世界に選んでくるものは何でしょうか。それはその人が知っているものだけを選んで来るのです。それは「その人がそういうものがあることを知っているものだけがその人によって選ばれる」ということなんです。それにより、その人なりの世界の整合性が作られるのです。(わかり易い説明が難しい)

 ですから、この知るということは、その人にとってそのものがその人の世界に存在するということを意味するのです。これは世の中の絶対的な法則であって、どんな場合にも当てはまるのです。(神の側面の一部だと考えることも出来ます。) その人の現実の中にそれが現れてくるためには、そのことを知る必要があるのです。この知ると言うことは、信じているということより確信に満ちたもので、その存在を疑わないということなのです。それが「知っている状態」ということなのです。信じているというのは、これから知ろうとしているということを意味しているので、まだ知っている状態には成っていないということなのです。

 例をあげて説明しないとわかりにくいと思いますが、これはこれから知ろうとすること全てに当てはまるわけで、何を例にあげるか迷うところです。例は何でも良いのですが、ヒーリングを例にして見ましょう。全ての人はヒーリングで自分や人を癒す潜在能力を持っています。これは全ての人が持っているのです。でも実際にはそれが出来る人と出来ない人に分かれるわけなんです。どこが違うのかというと、出来る人はそれまでの体験を通して、自分にその能力があるということを知っているのです。その為その人の真実の中で、その人がヒーリングできるという現実が出来るのです。それを知らない人にとっては、自分にそんな能力があるというような現実は起こらないのです。その人にとっては、ヒーリングで人が癒されるということは真実ではないし、現実にその様な局面に直面することもまず無いのです。

 上の文章を読んで、「じあ、私にもヒーリングが出来るんだ。」と考えた人がいたとしますよね。その人は今ここで、自分にヒーリングの能力があると言うことを考えたわけです。でもまだすぐには出来るようにはなりません。まだ知っていないのです。そう思ったり、そう信じたりしても、まだ知った訳ではないのです。確信にはまだなっていないのです。実際に体験して、たとえば誰かを癒してみて、それが出来てはじめて、自分にそれが出来るということを知ることになります。それが「知っている状態」なのです。(まあ実際にはやり方を教えてもらうというようなことも必要なんですが)

 紛らわしいのは私達が普段使っている、「知っている」とはちょっと意味が違うということなんです。でもここが大事なのですが、全てのことは私達の使う意味での「知る」から始まるのです。いろいろな知識やノウハウを知り、それを体験を通して「知っている状態」にまで持っていく、そうするとそれがその人の真実になるのです。結局は、「真実は知ることから始まる」(何を知るかで選べる)ということでもあるのです。

 今日の部分はちょっと理解が難しいかも知れません。わからない部分があったらメールで聞いてください。(もしかしたら質問することの方が、答えるより難しいという体験をするかも知れませんね。)

(2003/08/13)


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