感情の文法 (第108話)

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 感情、フィーリングとは、魂の言葉であると今まで何度か書いてきたのですが、それに関してささやかな追体験をしました。それについて書きます。

 先日私は横になって、うとうとしていました。実際は目をつぶって見えてくるものを探っていたと言った方がいいのかもしれません。その時にふと、自分自身を愛することが出来ているのだろうか?と思い、心の中で「私は私を愛している」と何度か繰り返したのです。するとなじみのある感情が湧いてきました。人を愛していると感じたとき、あるいは「いとおしい」と言う方があっているのかも知れませんが、その時の感情がおこったのです。

 すこし話が横道にそれますが、この「いとおしい」という気持ちは、おそらく愛の感情の少し変形したもので、以前はこの感情は自分自身の無力感などの別の感情に変り易いものなので、あまり感じたいとおもう感情ではなかったのです。しかし最近はこの感情の発生もとが「喜び」とかなり近いことがわかってきたので、この「いとおしい」という気持ちをネガティブな方に変えずに、喜びに変えることが出来ると言うことがわかってきました。まあ簡単に言ってしまえば、「愛」の変化した「いとおしい」という感情を、もっと変化させて不快なものにしてしまうのではなく、また「愛」の方に近づけてやればいいと言うことなんです。(言うのは簡単なんですが、その時の精神的なコンディションにかなり左右されてしまいます。)

 話をもどします。その「いとおしい」という感情なんですが、これを言葉に直すと「私はその人を愛しています。」というような意味になります。もう少し細かく説明すると、「いとおしい」というものは愛そのものではなく、愛していることを表明するという意味なのです。だから厳密に言うと「いとおしい」と言うのは、「私はその人を愛していることを表明します。」というように言葉で訳すのが正しいように思えます。っと、話をもどしたつもりでもどったなかったようです。(笑)

 最初の説明で私が感じた「いとおしい」に話をもどします。心の中で「私は私を愛している」と繰り返していたときに湧いてきた感情なんですが、なぜか”ちょっとこれは違うなあ”と思ったのです。その直後面白いことが起こったのです。その「いとおしい」という感情のごく一部が変化して、別の感情に変ったのです。直感的に理解したのは、変ったのはごく一部で、それも最初の部分なのです。その「いとおしい」の意味は、「私はを愛していることを表明します。」という意味だったのです。

 久々に探求者としての私の登場です。それで理解してのは感情にも文法があるということなのです。だから少し変るだけで意味が変るのです。もう一度書くと、最初の感情は「I say I love you.」だったのですが、ごく一部(文頭)が変ることで、「I say I love me.」になったのです。私はそれまでは魂の言葉である感情は、何となく漠然としたものなのかと思っていました。しかしその様に感じたのは私が明確にそれを理解できなかったからで、実際はかなり論理的な文法により構成されているものであると言うことが理解できたのです。

 実をいうと、私にとって「I say I love me.」の感情は今までには馴染みのなかった感情なのです。(表面意識での)私の記憶では、今までこの感情は感じたことはなかったのです。ほんの僅かの違いなんですけどね。この感情が心の中に出たということは、私はようやく自分自身を愛するということを表明することが出来たと言うことなんです。一度でもそのような感情を体験すると魂にはその記録が残されます。魂はそれを忘れないのです。だから私が「I say I love me.」を感じたことは、私は自分を愛することが出来た、あるいは自分を愛する準備が整ったと言うことなのです。

 その後感じたことはですが、自分自身を愛することとは、「自分が本来の自分自身でいること」なのです。それが自分自身を愛することなのです。何も人の目を気にすることなどないのです。自分自身が自分であり続けるために、やりたいことをやり、やりたくないことはやらないようにすることが大事なのです。それが自分自身を愛すると言うことなんです。(書いていて涙がぼろぼろ流れてきました。ひさびさです。)

 最後にもう一つ、その時に感じたことを書いておきます。感情の文法の中では固有名詞はそこには存在しないようです。ですからこの時の場合に変化したのは目的語であり、"you"が"me"に変ったわけなのですが、この場合の"you"というのは、自分以外のものという意味であり、"me"が自分自身と言うことなのです。おそらく別に"all"という目的語はあると思うのですが、それ以外に目的語になるものはあまりないと思われます。そういった意味では、魂語はある意味シンプルな面があると思います。と言っても言葉には出来ないものもたくさんある様なので、簡単にシンプルと言って良いのかどうかわからないですが。

 目的語の種類が少ないなどの言語体系の違いは、魂(精霊)と私達の発想の違いに現れているようにも感じられます。

(2003/11/03)


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