馬鹿みたいな幸せ (第109話)

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 ラムサの学校に行ってきました。簡単には説明できないくらいいろいろな事を体験し、そして今までの知識の裏づけを知ってより「知っている状態」に近づいたのは大変な収穫でした。今はここに書きたいと思っていることは沢山あるのですが、それはいずれ徐々に書くことにします。と言ってもラムサの教えの内容自体は、あまり詳しく書くわけにはいかないのです。と言うのも、私がそこで手に入れたものはあくまでも私の真実であり、そこにはどうしても理解レベルという壁があり、ラムサの教えそのものには成らないのです。今後私がラムサのことを書いてもそれは全て私の体験と言うフィルターを通したものであって、決してラムサの教えそのものには成らないのです。ですからへんに誤解を受けてラムサの教えがゆがんで伝わってしまうのは困るので、私はあくまでラムサの学校で習った私の体験を書くのです。

 さて、今回の本題に入ります。本当に沢山の収穫があったわけなのですが、私にとってかなり貴重だったものは「幸せ」に対する理解なのです。(もちろん現実の創造の仕方やヒーリングの方法や理屈も習ったのですがそれは機会をみて、私が体験を通して消化した部分のみあらためて書きます。)

 結論から書きます。幸せとは第4のシール(俗にいうハートのチャクラだけど微妙に違うみたい)が活性化している状態のことだと言うことです。その時々の第4シールの活性の程度により幸せの感じ方が変るのです。幸せを感じたかったら第4シールにエネルギーを送り込んでやればいいのです。ただそれだけで幸せを感じることが出来るのです。なにも幸せの原因などいらないのです。

 タイトルの「馬鹿みたいな幸せ」というのは、ちょっと誤解されかねないのでもう少し説明すると、幸せを感じる理由など何もなくても、たとえば私が誰かに非難されていたり、目の前に悲しみにくれている人がいたとしても、要するに現実として私の前に現れたなにがあっても、第4シールに意識を置いてエネルギーを送り続けていれば幸せでいられるのです。その印象が「馬鹿みたいな幸せ」なのです。私がその幸せの状態を選択している限り私は幸せで居られるということなのです。

 以前に「幸せになる方法 (第72話)」で書いたこととまあ同じと言えば同じなんですが、そのやり方をマスターした為に、本当に簡単に幸せを感じることが出来るようになったのです。もうちょっと説明が必要なようです。意識のレベルを第4シールに置く為には「今」にいる必要があります。人によってはこれがけっこう難しいことかも知れませんが、まあ将来の心配をしないで、もし問題などがあっても現在の状態は単なる一時的な状態に過ぎないと考えることで、意識を今の状態に置くことが出来ます。

 さて、「今にいる」状態に成るとき意識レベルは第4シールより上にもっていく必要があります。その方法は、自分のことを愛していると感じたり、感謝の気持ちを持ったり、他の人を祝福するような気持ちを持つことです。もしも攻撃的な意識でいたり、人のことを羨むような気持ちを持ったり、人をコントロールしたいとおもったり、何かを人のせいにするようなことをすると、意識のレベルは第2とか第3シールになってしまいます。そうなると第4シールは活性化してこないのです。そのような時は「ゆるす」ということがその解決策になることが多いと思われます。

 実は第4シールを共鳴させるような周波数をもった音楽を聴くことも手っ取り早いのです。リラックスしてそういう曲を聴くことにより意識レベルを変えることが出来ます。どんな曲が良いのかというと、人により若干の違いがあるようなのですが、まあ聞いていてやさしい気分になれるようなものがいいと思います。慣れないうちはすこし大き目の音で聞いていた方がいいです。と言うのも身体の細胞に共鳴を起こすのですから、からだにも聞こえるくらいの音であった方が良いのです。本当は大きい音が望ましてのですが、身体に共鳴させる意識で聴いていればそれほどの音量でなくても良いと思います。第4シールが共鳴する音楽は別に静かな曲ばかりではありません。本当は元気な曲のほうが共鳴の効果は高いようですが、どの曲が第4シールと共鳴し易いか見つけるのが難しいので目安としてやさしい気分になれるものと説明しています。実際に試してみるのが一番かも知れません。

 参考に書いておきますが、第5シールが共鳴している場合などでは、喉(のど)に違和感を感じたり、開放感を感じたりするのです。第6シールの場合は、かすかな耳鳴りのような音を聴くことになります。これは音が大きすぎて耳鳴りがするものとは違います。第6シールが活性化しているときは、ブーン、とかキィーンという音が聞こえるのです。もちろんその様な曲も良いのですが、今回の目的は第4シールです。涙がなぜかこぼれてくるというようなものを探したいものです。

 いったんこの状態になったと思ったら、今度はその気持ちを盛り上げていくのです。身体の胸の部分に関心をもっていきます。まあ意識を向けるということなんですが、基本的に意識(関心)を向けたところにエネルギーが流れていきますから、それをやることによって第5シールを活性化させるのです。

 たぶん最初には、しみじみと幸せな気持ちが湧いてくるでしょう。涙も流れてくるかもしれません。この涙というものについて、説明をしておかないと成りません。今まで涙は魂からのサインであると私は思っていました。それはその様に思って観察していると、魂からのサインのように見えます。その様に思っているとその様な現実が作られていきますから、決して間違いではないのですが、より大きな視点から客観的に捉えたとき、涙は第4シールが活性化しているというサインであると言うほうが正しいのです。そして多くの人がワクワクと感じているものも同じく第4シールが活性化しているサインであると考えたほうが合理的なのです。

 涙について補則すると、涙を魂からのサインだと考えているとちょっと問題があります。上手くいえないのですが、たまたまの第4シールの活性化に惑わされてしまって、とんでもない(意図的ではない)現実を作ってしまう可能性もあるのです。涙と魂からのサインだと思っているとそれが必要以上に重要なことだとおもえてきます、それは魂あるいは精霊がその方向に自分を導いているように見えるのです。その様におもって魂を観察していると、観察者効果という現象がおこって、それに矛盾しないような現実を作り上げてしまうのです。正直に書くと私は今までこの部分を誤解していました。魂も内なる神も私達に指示はださないのです。導きもしません。その様に思っているとその様に見える現実を自分で創造してしまうと言うのが実際のところなのです。

 人生という筋書きのないドラマを楽しもうと思った場合、涙を魂の声と判断して現実を(そして過去生の記憶までも)作り上げて、そのドラマを楽しむのは別にいっこうに問題はないのです。しかし、真剣にアセンションしたい、あるいはもっと大きな真実を知りたい、地球での限られた理解範囲での限定されたドラマから抜けだしたい、真のマスターになりたいと思ったときは自らの意志で自分自身の現実を創造していることをしっかり自覚することが必要なんです。その時には、涙は単なる第4シール活性化のサインでしかないのです。

 これはワクワクについても同じことが言えます。ワクワク感が私達の道を指示しているのではなく、ワクワク感を感じるときは、第4シールが活性化しているので望みが現実化しやすいと考えるのが正しいのです。だれも貴方の道を指示したりはしないのです。路を決めているのはあなた自身なのです。ワクワクを感じたときは、第4シールが活性化して、それを現実として創造しやすい状態に成っていると解釈しましょう。ワクワクについてはただそれだけの意味なんです。けっして貴方の現実の創造の方向性を指示するものではありません。

 涙とワクワクについては重要なことなので、少々くどく書きました。そして今まで私自身が誤解していたことをここに書いておきます。その誤解に気づいたことで、私は精神的な自由を手に入れたのです。そして同時に、自分の選択に対して自分に絶対的な責任があるということをあらためて認識したのです。言い方を変えると、今まで何かにコントロールされていたような感じを僅かながら感じ続けていたのですが、誰も私達をコントロールしているのではないと言うことなんです。それに気づいたとたんに私は誰からもコントロールされることはなくなったのです。

 書いているうちに、タイトルとは全然別な話になったような気もしますが、まあそれはそれで良いでしょう。何しろ私は私自身を深く愛していますから、少々のことは気にしません。

PS.「私は私を愛している」という言葉は、とてつもなくすごい言葉だと最近思い始めています。

(2003/11/15)


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