質問の答え(動物と食べ物) (第111話)

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 ご質問を頂いていました。メールをもらったのがラムサの学校に行く前だったのですが、そのあといろいろあって遅くなってしまいました。質問の内容はというと正直今まで私が余り関心を持っていなかった方面のことであり、明確な返事が出来るかどうかわからないのですが、それこそそれに関して思ったことをつれづれに書いてみることにします。

 いつものようにメールの一部を貼り付けます。

現在仕事で動物(特に猫)と向き合うことが多く、自分自身も猫2頭と暮らしているせいもあり、動物の存在について考えてしまうことがあります。
人間は動物とどのような関係であるのが自然なのか、また動物(伴侶動物も含めて)の存在の目的とはなんなんだろうと。
同居中の猫を見ていると、縁あってうちに連れてきたからには幸せになって欲しいな、と何気なく思うのですが、じゃあ猫の幸せってなんなんだ、ということになるわけです。
動物は人間をいろいろな面からサポートするために存在しているとすると、飼主の成長を助けるのが飼い猫(飼うという言葉はあまり好きじゃないのですが、便宜上使わせていただきます)の本望というか、目的なのでしょうか?
しかし、人間に飼われている動物には霊的な能力はない、との記述も目にしますので、いわゆる伴侶動物の存在そして彼らの幸せとは何なのか、教えていただきたいのです。

 この質問に答えようとすると、肝心な動物のことではなくすべての「存在の目的」ということに私の思考が向いてしまいます。動物に限らず、私達を含め、天使も、精霊も一体何の為に存在しているのでしょうか?「存在する」という究極の事実の前において、私達と猫などの動物に一体どのような違いがあるのでしょうか?猫の存在の目的を考えることは、私達の存在の目的を考えることと同じように厄介なことかも知れません。

 今の私には明確な答えは出せません。しかし関連のあることをいくつか挙げて見ることにします。全てのものはエネルギーから出来ています。そして全てのエネルギーには意志が存在するとも聞いています。これは鉱物である岩にも意志があるということを意味しています。ただこの場合の意志があっても、明確なアイデンティティを岩が持っているということではありません。ただその形を維持するというエネルギーの意志の力が働いていると考えるのが妥当なんでしょう。

 いきなり鉱物の話になってしまいましたが、動物の話に戻りましょう。動物と鉱物の違いは魂を持っているかどうかと言うことに成りそうです。さてでは動物と私達人間では何が違うのでしょうか?いろいろな側面から見ることが出来そうですが、最も大きな違いは、今使用している肉体とそれに含まれている脳にあると言うことに成ります。でもそれらは単に今使用している乗り物の違いであり、生命(いのち)というレベルではなんら違いがあるとも思えないのです。もちろん個人的なアイデンティティの部分ではかなり状況が異なっているとも言えるのですが、広い視点にたつとその違いは本当に微々たる物でしかないように思えます。

 話が遅くなりましたが、動物の霊に関してはシルバーバーチがある程度参考になるかと思います。あちら側の中間レベルの視点での見方がこのケースでは適していると思えるからです。もう少し動物の霊などについて詳しく知りたかったら、シルバーバーチの霊訓で探すことが出来ます。ごく簡単にポイントを書いておくと、私達は個別に魂をもっています。動物の場合はその種ごとにひとつの魂を共有していて、基本的には成長することにより人間にも成りうると書いてあります。

 話をもどします。くどいようですが頂いた質問の中で私が最も気になったのは「存在の目的」という言葉です。はたして何らかの目的があるのでしょうか?動物に目的があるとするならその目的は私達の「存在の目的」でもあります。実をいうと、私は頭ではわかっているのです。ただ、まだ納得していないのです。簡単に言うと、すべての世界を作る(構成する)為であるということなんです。もう少し深い考察が必要になりそうにも思いますし、ちょっとばかり考察してもその答えは得られないのかも知れないのですが、まあとりあえず次回から「存在の目的」について考えてみることにします。(すでに考えている途中なんですが、ここに書くにはちょっと長くなりすぎるような気がします。)

質問の続きです。

それとちょっと絡むのですが、自分には必要ないなと思い私は肉類をほとんど食 べません。
海外に住んでいた頃はいたって普通のことだったのですが、日本で肉を食べないというと「何か宗教やってるの?」と聞かれてしまうのでちょっと隠れキリシタンならぬ、隠れベジタリアンみたいになっちゃってます(笑)
以前何かでアルコールは波長を緩めるので、霊性を高めるのなら飲まない方がいいと読んだことがあります。
幸い私もお酒はまったく受け付けないので苦労はないのですが、やはり霊性を高める食べ物や逆に下げる食べ物(嗜好品)なんていうのもあるのでしょうか?
タバコやカフェインなんかも何か影響を及ぼすのですか?

 食べ物に関しては、何が良くて何がいけないのか、私の体験ではなく、ほとんど受け売りなのであまり自信はないのです。ただ本来は人間と言うものは雑食性ですので、とくに肉を食べてはいけないとかというようなことはないと思っています。もちろん食べなくてもいっこうにかまわないのですが。

 もともと食べ物は肉体を維持することが目的で摂取します。しかしそれでさえ、精神の力に比べればたいした問題ではないように思います。というのもエネルギーをコントロールすることを覚えそれを使いこなせれば、何も食べなくても生活できるし、ラムサが言うにはお腹いっぱい食べて飢え死にすることもできると言っているくらいです。まあそのレベルまで行くのは簡単ではないでしょうから、とりあえず必要な栄養素をある程度はとらないとならないわけです。

 肉食については、神との対話では腐った肉を食べることについておかしなことだと書いてあった記憶があります。なら生の肉ならかまわないのかといえば、別にかまわないのでしょう。大事なことは何にせよ、必ずしてはいけないこととか、しなければいけないことなどは無いということの方が優先度は高いと思うのです。それでもあまりに偏った食生活を続けていれば、当然の成り行きとしてそれなりの結果がおこるとは思います。基本的には食べたいものを食べると言うのが一番だとおもいます。神との対話でも、その様なことは書いてありました。

 自分の身体が必要としているものを摂取することが大事なのですが、その為には好き嫌いはちょっとまずいかもしれません。とくに問題なのは「好き」の方だとおもいます。ある特定のものが好きなために、体が何を必要としているのかというサインを見逃すことになってしまうかもしれません。身体が甘いものを欲しがっているのか、油分を欲しがっているのか、たんぱく質を欲しがっているのか、時にはすっぱいものが食べたくなるとか、あまり気にしないで食べたいと自然に思ったものを食べるのが身体の為のような気がします。

 ベジタリアンに関しては肉を食べなくても、いっこうにかまわないとおもいます。たんぱく質などは他にもとることが出来ますから。ただ本当は肉を食べたいと思っているのだけれど、それは良くないことだと考えて食べないでいるのなら、それはちょっと疑問符がつきます。単純に食べたいものは食べた方が良いのではないかと思うのです。しかし別なケースもあります。肉を食べるとその人の精神衛生上良くないと言う場合です。肉をたべると言うことは動物を食べると言うことですから、嫌だと思うのなら食べなければ良いと思います。精神的なものの方が優先度は高いのですから、それが気になるなら食べない方が良いとおもいます。(結局、好きにすれば良いということになります)

 酒と煙草についてなんですが、どこで聞いたのか忘れたのですが、「煙草は身体に良くないが、酒は精神に良くない。」という言葉が印象に残っています。精神の優位性、重要度を考えると酒の方が問題が多いと思っています。もしもどちらかを禁止にするのならば、断然酒を禁止にすべきだと思うのですがどうも世の中はその逆の方向に向かっているようです。

 私は相手が酒飲みである場合には、スピリチュアルな話はあまりしないようにしています。なぜって仮にその様な話を相手が理解したとしても、酒を止めさせることは出来ないですから。私の偏見であるかも知れませんが、酒飲みは今生はその人なりのドラマを生きていけば良いのではないかと思っています。もしその人がアセンションなり地球での生活を終わりにしたいと考えているのなら、はじめから酒を飲まない人生(体質)を選んだはずだと思っているのです。(かなり独断と偏見に満ちいてると思われそう)

 あとの趣向品についてなのですが、あくまでも私の見解であまり根拠はありませんが、コーヒーやチョコレートが良いように思えます。いぜんどこかのHPで精神に良い趣向品のリストがあるのを見たのですが、たしかそこにもコーヒーとチョコレートがのっていたとおもいます。そのページがどこだったのか忘れてしまいました。でも結局は好きなものを食べていれば良いのだとおもいます。むしろ良し悪しを気にしずぎることの精神的な影響の方が害が大きいのではないかと思うのです。

(2003/11/24)


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