完璧 (第142話)

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 今回は「完璧」という言葉について書きます。この完璧という言葉の意味は二種類あります。この二つの意味をごっちゃにしていると、解るものもわからなくなってしまう可能性があります。

 まずひとつめの「完璧」なのですが、これは世間でいう100点満点、非のうちようが無いという意味です。この意味は一般的なので全ての人が理解できるはずです。そしてもう一つの「完璧」なのですが、これは人によっては理解しにくいかもしれません。たとえば霊的な夢の中で、瞑想の途中で、はたまた何かの気づきの最中に、この世の中は「完璧」だと感じるのです。これは先ほどの完璧とは少し意味が違っていて、「今のままで何も問題が無い」という意味の完璧なのです。

 それでは、ぞれぞれの完璧についてもう少し突っ込んでみます。最初の完璧は理想像という言い方にも変えられます。英語だとパーフェクト(perfect,perfection)ですね。この完璧というものは私達の意識の中でものすごい弊害のもととなっているのです。くどくなると思いますが、詳しく書きますね。この完璧という意味にはすべての最高峰という意味があるのですが、実はそれ自体に大きな矛盾を抱えているのです。というのは最高峰になったとき、もうそれ以上、上には上れないということなんです。それはもうそれ以外の何ものにも変化できないということを意味します。この変化できないものという意味は、そのものは成長出来ない、拡大できないということを意味するのです。成長することが出来なくてなんで完璧なんでしょう。全く変化できないということは、それだけで過去のものという意味にもなるのです。そして、それはそのものには大した価値が無いということでもあるのです。

 さて、なんか屁理屈を聞いているような気がしませんか?でも本質はその様なものなのです。もっとはっきりいえば、変化しない完璧というものは、理屈の上でも存在し得ないのです。もう少し言い方を変えましょう。理想像としての完璧にはいつまでたっても到達出来ないのです。そこに到着したとたん、そこは理想像の完璧ではなくなってしまうのです。もっと簡単に言えば、最高峰の完璧というものはありえないもので、それをゴールに考えたとき、いつも自分より100メートル前方を目標に走り続けるようなもので、永遠に走っても100メートル前方の目標もずっと移動し続けますから、結果はわかりますよね。絶対に到達できないのです。

 この完璧というゴールは絶対にたどり着けない場所なのですが、それに向かって走り続けている人たちがいます。宗教家の中でも修行に重きを置いている人たちもそうですし、地球の神々もそうなんです。この観点でシルバーバーチなどを読んでみてください。理想像という幻に縛られ、それに向かって延々と成長しようと考えているのです。彼らが有りもしない理想像に向かって延々と努力をしてきたように、その発想は今生きている私達の社会の中にも深くしみ込んでいるのです。自分以外の神という有りもしない理想像を勝手に作り上げて、それに向かって延々と修行しなければならないと考えているのです。それが宗教の姿勢なのです。

 まあ自分達がそれを承知で、好きでやっているのなら別にかまわないんですけど、その影響は今生きている人間の深層意識にまで影響を与えていますからそこが問題なのです。たとえば自己嫌悪や罪悪感、これほど自分自身を傷つけるものはありません。それなどもありもしない理想像が一役買っているのです。自分などには出来ないという無力感もゴールが見えないのですから感じるのもある意味当たり前なのです。これらの現象の全てが自分が神であることを思い出すための障害になっているのです。

 ではこの完璧という誤解、それはどこから出たのでしょう。もともと宇宙は完璧であるというような場合、二番目の意味での完璧をいうのです。その完璧を誤解したんです。言葉で説明し切れなかったものですから、言葉で考える私達にとって誤解もしかたないものだともいえます。まあその誤解が積もり積もって完璧信仰という形で、地球の周辺に様々な影響を与えてしまっているのです。もちろん地球の霊界という精神監獄もそういったもので出来上がっているんです。

 ここまでことをすでに知っていたり、読んで充分理解したのなら、もう精神監獄から抜け出すこと出来ますよね。有りもしない理想像の完璧を追い求めている人たちは、結果的に「べき論」がつよくなるのです。なにしろみんなで理想像に近づくのが良いと考えていますから、回りの人も巻き込んである意味迷惑なことなのです。あらためて書いておきますね。シルバーバーチなどあまり鵜呑みにしないほうが良いのです。もちろんそれが好きならそれは貴方の自由なんですが

 さて二番目の完璧について説明しないといけないですよね。もちろんこちらの方が本題なのです。

 一番のポイントは私達には無限という時間があるということなのです。そしてゴールなども無いと言うことなんです。考えてもらえば容易に理解できると思いますが、両方とも同じ意味なんですよね。では何故それが完璧につながるのかということなのですが、無限の時間があるということはいくらでも好きにして良いよという意味なんです。いくらでも寄道してかまわないという意味でもあります。そして無限という時間があるのですから、全ての人が自分で決めたゴールにたどり着くことが出来るということでもあるのです。

 それらは言い方を変えると、いくら失敗してもかまわないということだし、もっというと失敗は必ず成功の為の教訓、基礎になるわけだし、失敗の経験があるためにより成功のときの喜びも大きくなるわけです。だから大いに失敗すればいいんです。もちろん成功もね。先ほどしたように英語に変えるのなら、ノープロブレム(No problem 全く問題なし)なのです。

 それに無限の時間があるということは、全ての人が成長途中にあるということも意味します。だれもまだ成長を終わらせていないのですから、当然のことなんですよね。だから私達が成長の途中であってもそれが当たり前だし、それでいいんです。今何をしようと、全て自分の成長につながるという意味なんです。わかりますよね。無限の時間というのは全ての人の成功を保証しているのです、それが完璧でないわけがありません。

 宇宙には無限の時間がある。実はそれだけで全ての問題は解決しているのです。だから宇宙は今のままでいいんです。それ以外に変える必要は無いのです。といっても宇宙は無限に変化を続けるわけなんですが、それだからこそ完璧だといえるのです。それが二番目の完璧なのです。

 もちろん宇宙の完璧さは他の要素も含まれています。たとえば誰でもが真になりたい自分になれる、全ての人の創造が活かされている、そして矛盾するような真実も今という一瞬の中で両立するといった完璧さも含まれているのです。

 結局のところ、後者の完璧から導き出されるのは、「今は今で何の問題はない」ということであり、それは「今」を大事にしていけば(別にしなくてもいいけど)、おのずと自分がなりたい物になっていけるということなんです。そして今いる自分も大きなプロセスの中では完璧に過去の自分が反映されたもので、今の自分もプロセスの途中としては全く完璧なのです。

 もともと直感的な理解であるものを、あえて言葉で説明するのはちょっと難しいものがあります。でもこの作業はやっておいた方が良いのです。というのは私達の頭脳は言葉で考えています。少々違っていてもそれに近いものを言葉として理解するのも助けにはなるのです。

最後にちょっとお遊びで、式を書いてみます。

地球の霊界などの式(我々が知らず知らずにとらわれていた理解)
∞(実際はありもしない理想の神の姿)−自分の今の現状=これからクリアしなければならない課題

もっと広い宇宙での一般的な理解
今の時点で完璧な自分+(あるがままでおこる自然な成長X∞(無限の時間))=∞(限りなく成長しつつもまだ変化しえる自分)

貴方は、どちらを選びますか? どうぞお好きなほうをお選びください。時間はたっぷりありますから。

(2004/06/27)


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