孤独感 (第153話)

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 真に覚醒したマスターは孤独な存在です。それは何かに意識がしばられることを嫌うからなのです。それは自分自身を制約し、自分の能力を大きく減じてしまうことになるのです。アセンドして完全に覚醒したマスターになろうと思ったら、この孤独感という感情を克服する必要があります。これはある意味では非常に重要なステップであることは間違いないことなのです。

 さて、私達の全てが一つの生命(いのち)を構成しているわけで、その本質のある場所は、どこでもない場所、というか場所の無い場所にあるわけで、そこでは全ての物が重なり合って(畳み込まれて)存在しているわけです。だから、もともと本当の意味で孤独でいることなどは全く不可能なことなのです。その意味では孤独というものも幻想であるのですが、実際には孤独な状況も必要になったりするのです。

 簡単に言ってしまうと、周りのものに影響されたくないとき、自分自身の意識が何かにとらわれることを避けたいときなど、意識してそのものとの関わり合いを制限する必要が出てくるのです。本当は正しい説明では無いのですが、わかり易くいうと、「自分自身の絶対性を維持するために、自らを孤独な状況に置く」ということになります。ここで大事な理解があります。このような孤独の状態でマスターたちは孤独感を感じているでしょうか。決して感じてはいないはずです。孤独をマスターしツールとして使っているのですから、孤独感を感じる必要は無いのです。もっともそのクラスになるといっでも全ての物との一体感を感じているのでしょうから、孤独感などというものもいらない心配なのでしょう。

 とはいっても、覚醒を目指している途中に於いては、この孤独感の克服ということは重要な問題になるのです。誤解の無いように書いておきます。私達が、深い満足感を感じている時、喜びを感じている時、幸せを感じている時、全ての物との一体感を感じている時などの祝福すべき時には孤独感などというものはありえないのです。しかし現状の社会の中で生きているということは、いつもその状態でいられるということでは無いのです。むしろ特別な瞬間以外のときに、どのように考え、どのような態度で生きているのかということが覚醒には大事な要素なのです。孤独な状態が必要になり、その時の孤独感を克服しなければならないのはなんでもない普通の状態でこそ必要になるのです。

 さて孤独感というものを考えて見ましょう。もともと孤独というもの自体が幻想なのですから、そこで感じる孤独感というものは、当然のことながら、その状態をどのように捉えるのかという問題以外の何ものでもありません。実際にあることなのですが、例えばパーティや宴会などに参加しているときに、ひどい孤独感を感じたりすることもあります。この孤独感はいったいなんでしょう。これは今の自分自身のままでは、この集団に入っていけないという意味なのです。その様なことをあらわしているサインなのです。くどいですがもう一度書きます。孤独感のようなフィーリングを感じたとき、それは自分自身の中で自分を変えてそれに参加するか、自分を変えないでそこに参加することをやめるか、どっちを選ぶのか?という選択を迫るサインなのです。

 どっちが正解でしょう。どちらも正解になりえます。その集団が自分自身の望んでいる状態であったら、思い切ってそれに飛び込むのも方法なのです。しかし多くの場合、意識レベルが低かったり、常識という物差しでしかみていない集団だったり、不安や不足を根底となる思考にしている集団だった場合、それに参加するのは好ましいことではありません。自分を変えてまでそれに参加する価値などは全然無いのです。特に覚醒を目指しているとなるとほとんどの場合、後者になるのです。もしレベルの低い集団に自分をあわせたら、それは覚醒の道から大きく後退したことになってしまうのです。このような場合は、むしろ孤独感を自分が成長している証だと考えて、内心で喜んでいるくらいの方が良いのです。

 孤独感というものは、悪いものではありません。それは単に自分とその周りの存在との状態を表しているフィーリングだと理解する方が正解なんです。だからそれ以上のことをそこから導き出す(評価する)必要は無いのです。

 わかっているかと思いますが、あらためて確認しておきます。孤独感を感じていても良いのです。むしろ孤独感から逃げ出すために本来の自分自身を見失ってまで、誰か(何か)に迎合する方が問題なのです。それは孤独感を克服したということではなく、孤独感に負けたということなのです。この違いはわかりますよね。マスターとは孤高の存在なのですから。

 覚醒への道が孤独感との戦いであると認識した場合、その戦いは真の自分自身(の信念)を守りとおせるか、誘惑に負けて他の存在に自分自身の一部を明け渡すかという戦いだということになるのです。自分自身を維持できたとき、それは孤独感を克服したということになるのです。(克服するのは孤独感なのです。孤独は幻想だと見破るのです。)

 むしろ孤独感を感じたとき、自分は覚醒への道を進んでいるのだと喜びをもって考えましょう。いずれ孤独というもの自体がありえないものだとわかるのまでの間ですから。

(2004/08/05)


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