努力 (第154話)

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 書こうと思う内容がたまっていて、うっかりすると収拾がつかなくなってしまいそうです。本当は大きなテーマをいくつか抱えているのですが、とりあえず軽い話を書いてしまって、その後でじっくり取り掛かろうと思います。早いとこ書かないと忘れてしまうんです。^^;

 今日は努力について書きます。簡単に言ってしまえば、単純に努力することが美徳だと考えてはいけないと言うことなのですが、このような話はうっかりすると大きく誤解されてしまいます。まあ、それならそれでしかたないでしょう。出来るだけ細かな違いについて明確になるように書きますが、その部分は読みながらくんでください。

 発明王エジソンの話は有名ですよね。「発明とは、1%のひらめきと99%の努力だ」という言葉です。昔から努力の大切さを説明するときに良く引用される言葉なのです。「天才であるエジソンでも99%も努力しているんだ。努力なくして何事もなしえない。」というのがその説明の意図なのでしょう。これって、はっきりいって変なんです。大事なのは1%のひらめきなのです。1%のひらめきが無いといくら努力しても同じような結果にはならないんですよね。

 じっさいのところ、1%のひらめきを得る為に50%の努力をして、ひらめきの後、それを形にするのに49%の努力が必要だというなら、まだ理解できる話なのです。もっともひらめきを得るのにどれくらいの努力が要るのかというのも個人差がある話なのでまあこの比率について考えることは意味があることではないですよね。

 さて、今回何故このようなテーマを書いているのかというと、間違いだらけの常識のなかで、「努力が大事だ」と言うのがあり、それをまともに信じている人達のおおくが、報われない生活をしているからなのです。ちょっとまってよ、そんなことではいつまでたっても良くならないよということなんです。

 問題は、努力を目的解決の為にするのではなく、どうしたら良いか判らないから、とりあえず努力しておこうというようなケースが多いからなのです。それは、努力することを目標と勘違いしてしまっていると言うことなのです。そして、その根底には他力本願という被害者意識に基づいたおかしな思考があるのです。もう少し詳しく書きますね。

 「私は一生懸命努力してきた、この努力はいつか報われるだろう。神がいるならきっとこの努力を認めてくれるに違いない。」こんなところで持ち出してくる神というのは、その人が勝手に考えている神であるわけなんですが、まあ、神という言葉までは意識しなくても、努力していれば、自分以外の何かが、その努力を認めてくれ、人生が上向くのではないか、というように考えているのです。

 表面には出ていなくても、他力本願的な考え方があるのなら、その努力は決して報われることは無いのです。本当の努力とは、自分の力で何とかするということなんです。それを発想の段階からとんでもない勘違いをしてしまって、おまけに、「努力とは、嫌なことでも我慢して続けること」という様に考えていたりするのです。それは完全に違いますよね。

 ちょっと極端に感じるかも知れませんが、誤った努力についての考え方をまとめて見ると、「嫌なことでも我慢して頑張って続けていれば、いつかその努力が認められて、誰か(神様)が何とかしてくれる、もしくは運がむいて来る。」 こんな感じですよね。これが地球人の集合意識的な努力の解釈なのです。さて、個々での間違いをあらためて指摘しましょう。「神との対話」の中でも、神は好きなことを、やりたいことをしなさいと言っているんです。誰も嫌なことを我慢してまで続けろとは言ってはいないんです。

 私が神ならこういうでしょう。「貴方は努力した。努力することを目標にして、立派に努力した。貴方はもうすでに自分自身の目的ははたしている。それ以上に何を望むのかね。貴方はもうなりたかった自分になっているんだよ。」 努力を目標にしていると、これで終わってしまうんです。実際には、努力が報われないからと神を呪う人なんと多いことでしょうか?生活を改善する為にどうしたら良いかわからない、だからとりあえず努力しよう。というのは、このバリエーションですね。ついでにいうと、一生懸命節約するというのも似たようなものなのです。問題の本質を履き違えて、金の無い自分を作っているだけなんです。(浪費を進めているのではないですよ、考え方の問題です。)

 あらためて書きます。努力が無意味だといっているのではありません。努力は必要なんです。しかしそれは自分のやりたいことに対して努力すべきだし、自分自身の目標を明確に持って、そのために自分自身で何とかするというのが正しい努力なのです。目標の無い努力などは、全く無意味なのです。むしろ何もせずにボーっとしていた方がずっと良いのです。その方がいろいろな気づきがあるし、人生というものを考えることが出来ますから。

(2004/08/06)


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