地獄について (第159話)

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 地獄というものなど、もともと存在しないものなので今まであまりページで書こうとは思っていなかったのですが、すこし意見を聞かれたのを切っ掛けにして、それに関係することを書こうかと思います。

 いきなり話がそれるのですが、私達の意識はかなり複雑な構造になっているようで、私達の潜在認識の部分でも神により近い部分と、私達の表面の意識に近い部分があります。俗にハイアーセルフとよばれている、自分自身の本体はどちらかというと表面の意識に近い部分なのだと私は考えています。もともといろいろな言葉で表現されているし、人によってその言葉の定義も違うわけで難しいものがありますが、「神との対話」では、魂という言葉で全部まとめてしまっているようにも思えます。まあ何を言いたいのかというと、私達の潜在意識の全てが神のように何でも知っている状態ではないし、それ自体が成長している途中なのだと言うことを書きたかったのです。

 さて、魂の中でも私達の意識に近い部分は私達の過去の経験の影響をかなり受けているのです。もともと経験により魂は自分を思い出し体験しているのですから、人間でいるときに学んだことなどの影響を受けるのは当たり前なんです。そこにこの地獄というものが関係してきてしまうのです。

 さて「神との対話」のなかでも、「ラムサ」も、地獄などという特定の場所などは無いとハッキリ書いています。私自身もそんなところなど存在しないと言うことはなぜか知っていたのです。しかし、地獄というものの存在を信じている人も多いのです。そして恐れているのです。何故でしょうか? それは魂もそれを恐れているのです。ちょっと意外に思う人も多いと思うので、最初の説明をしたのです。というのは、私達の潜在意識のある部分は過去での人生体験の影響をうけているのです。過去において何ども繰り返された人生の中で地獄の話で何度も何度も脅かされていた為に、そこにいったことはないし、行きたくもないけど世界の何処かに地獄という場所があるのかも知れないと考えていたのです。その過去生の記憶は潜在意識の中にも残ってしまっているのです。

 魂の中でも神に近い部分は、そんなところなどは存在しないということは知っています。しかし、過去生の影響を強く受けている部分では地獄というものがあるという意識が残っているのです。私が自分自身を観察しているときも、その時々でどの部分の反応を感じているのかで、時として矛盾したものを感じたりすることもあるのですが、それも私達の複雑さをあらわしている事だと考えて良いと思うのです。さて、ここで疑問を感じた人もいるかと思います。「同じ自分の中で、地獄など存在しないと言うことを知っている部分があるのならば、その部分がそれを知らない部分に教えれば良いのではないか?」というような疑問を持つと思うのです。少し話がそれるのですが、この部分はそれなりに重要なので少し詳しく書くことにします。

 私達は、自分自身を知るということを旅の目的にしています。それはいくつかのステップで実施されているのです。まず自分自身で考えたり、他の存在からそれを教えてもらうことで、概念をえるのです。そしてその概念を元に出来事を創造して、実際にそれを体験するのです。そしてその体験を通してそれを知り、完全に知ったことが自分自身の既知の部分ということになるのです。自分自身を知るというのは、このようなステップの繰り返しなのです。まあ簡単にいうと、実際に体験しないと自分自身の真実には成らないと言うことなのです。

 さて、魂の一部が持っている「地獄」というものの誤った考え方は、長い間の繰り返しで、ある程度それを知った状態に近くなっているケースがあるのです。それを自分自身のもっと神性の高い部分がそれを治そうとしても、それは出来ないのです。なぜなら、地獄というものを教えられたときに、地獄に行きたくないという自分をそれなりに体験してしまっているのですから、それはある種の体験として残っているのいるのです。すでに体験してしまったものを修正するのですから、その為には別な体験により、それを上書きする必要があるのです。簡単に言うと、人間として生きているときに受け入れてしまった考え方だから、人間として生きているときにそれを修正しないとならないと言うことなのです。これは「地獄」に関するものばかりでなく、好ましくないと自分で判断した自分自身の真実を変える為には、こちらの世界に生まれてくる必要があると言うことなのです。

 さて、話を整理します。要するに魂の一部が「地獄」の存在を信じている場合があるということを言いたかったのです。それは宗教の神々が地獄があるというようなことを言ったり、霊能力があるにも関わらず、地獄というものがあると考えている人がいることからもわかります。それらの人にとっては地獄というものは真実になりかかっているのです。もしそれを信じていた場合、その人は自分自身で地獄を作ってしまうこともありえるのです。(その地獄はあくまでも個人的な地獄で他の人には影響は無いです。)

 またまた余談気味なのですが、カルマについても上に書いた説明が同じように当てはまるのです。実際に影響を与える(魂が受け入れる)可能性は、地獄よりカルマの方が多いでしょうから、カルマの方がより大きな問題ではあるのですが、理屈は同じことなのです。

 さて、ここでハッキリ書いておきましょう。地獄という特別な場所があると考えている人は、理解レベルが低いと言う事なのです。

 霊能者(詐欺師の場合もある)や宗教関係者で、何々をすると地獄に落ちるという人も世の中には良くいるのですが、その人たちははっきり言って間違っている訳です。(断言してはいるけど、その人たちを攻撃しているわけではない) まあ、その人たちもまだ成長の途中なのでしかたないのですが、私から見るとその人たちは二重の間違いを犯しているのです。

 間違いの一つは、地獄など無いのですから、明確ですよね。そしてもう一つは、地獄に落ちるなどと人を脅すような言い方をすることなのです。愛とは安心でもあります。「相手を安心させることは、愛の行動なのです。」 もし誰かがその人なりの善意でもって話をしていたのだとしても、相手に不安を与えた段階で、その善意は愛ではなくなるのです。それは地獄という脅迫になるのです。そしてその様な脅迫をされた人の魂の一部が、地獄というものを信じていた場合、その人に与える影響は相当大きなものになるのです。

 このことはしっかり覚えておいてください。というのは、簡単に地獄に行くと脅したり、カルマがどうのこうのという人は理解レベルが低いのですから、そういう人の話は信用しない方が良いということなのです。それはハッキリとした目安に成ります。もしその様な人が何か言って来たとしても、まともに取り合わないほうが良いのです。変な言い方ですが、そんな人たちの言うことを聞くより、たとえ失敗でも自分の考えで行動する方が何百倍も価値があることなのです。

 さて地獄を怖いと感じている人はどうしたら良いのでしょうか?表面の意識に近い部分の魂が地獄と言うものを恐れている場合、表の意識とは関係なしに地獄という言葉に不快な印象を感じるかもしれません。それは言い方を変えると、過去において地獄という言葉で脅かされた人生があって、その時の心の傷が潜在意識の中に残っている、ということなのです。まあ一種のトラウマのようなものなんです。その様な場合、今回生まれてきた目的の一部にそのトラウマの解消が入っている可能性もあるのです。ここを読んでいる人の中にもその様な傷を持っている人もいるでしょう。もしそうであっても、あまり気にしないでください。今回の人生ではなく、過去生でのいたいけな子供の頃の体験がもとになっていたりするのですから、しかたないことなのです。

 とりあえず、今回の人生で地獄というものが無いということを体験するにはどうしたら良いのでしょう。このように考えてください。「神は愛である。神は喜びである。愛は許しである。愛は安心である。だから永遠の苦しみの続くような地獄のような場所は神がその様な場所は作るはずが無い。」、そして「地獄という言葉で脅す人たちは、人を恐怖でもってコントロールしようとするレベルの低い人間(存在)である。その様な言葉になどには惑わされない。」 とりあえず、表の意識でこのように考えてください。その様に考えていたら、何か些細な出来事が起こり、知らない間に地獄など存在しないと言うことを経験するのです。まあ簡単に言ってしまえば、地獄など存在しないと考えているだけで、自動的にそれが体験になり、魂の傷も癒されていくのです。大事なことは、今の表面の意識で明確にそれを考えることなのです。思考が体験のチャンスを創造し、自然に必要な経験は終了するのです。それが終わったら、地獄という言葉を聞いても、「馬鹿なことを言っているなあ」という程度にしか感じられなくなります。

 最後に書いておきます。人にしたことは、自分自身にしたことに成ります。地獄という言葉を使って人を脅かした人は、いずれ自分が脅かされることになるのです。だから、人を脅かしているような人をみても、むやみに攻撃しないでくださいね。その人はいずれ自分で脅かされることを身をもって体験するのですから、むしろ同情してあげるくらいの方が良いかと思います。それに理由はなんであれ、人を攻撃すれば、自分が攻撃されることになるのですから。それぞれの人のそれぞれの体験だと、感謝(祝福)して終わりにしてしまいましょう。

(2004/08/26)


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