夢での研修会 (第167話)

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 最近みる夢が以前とは少し変ってきています。簡単に言うと、夢の中でトレーニングをしていることが多いのです。少し前は、夢の世界で何かの研修会のようなものに参加していることが多かったのですが、トレーニングでは全く私一人だけで、何かやっているのです。

 ついでといっては語弊があるかも知れませんが、夢のことも書いておきます。私達が夢を見ている時は、多くの場合私達の意識はそれなりの活動をしています。それなりという書き方は誤解のもとになりそうです。実際は私達という存在が、より自分自身の本質に近い状態でいるのが、夢を見ているときなのです。そして、夢の中でリアルな感じがあるときなどは、実際に意識はそういう世界に行っているのです。

 私達の意識はもともと自由な存在です。そして起きているときよりも寝ているとき、要するに身体の制約から抜け出しているときにより自由である本来に近い状態にいるのです。起きているときには、制約が多すぎてしまうんですよね。それは身体の制約もあるし、集合意識の影響、そして何よりも変質してしまった私達の表面の意識自体がもっとも大きな制約になっている訳です。まあ簡単に言ってしまえば、夢の中での自分の方がより本質に近い自分だと考えることが出来るのです。

 夢の中で明確に理解したことがおきると解らなくなってしまうことは良くあることです。多くの人は、夢で理解したことなどは本当のことではなく、ただ何かを理解したつもりになっただけだと考えると思います。起きた後で何を理解したのか思い出せないので、もともと夢の中では何も理解しなかったのだと考えてしまうのです。それはハッキリいって間違いなのです。夢の世界の私達の方が、起きているときの表面意識よりも何倍も賢いのです。その結果、私達の夢の中で活躍している潜在意識では理解できても、表面の意識では理解できないと言うことが頻繁に起こるのです。それが表面の意識からはどのように見えるでしょうか?理解できないものは無いと同じなのです。というのは本当に理解できないというのは、そういうもの(概念など)の存在すら認識できないからなのです。

 余談ついでに、大事な法則として書いておきます。「私達は理解できないものは認識できない。そこには何も無いとして見える。だから何も無いと思ったところには、まだ理解できていないものが存在するという可能性はいつも大いにある。」ということなのです。これは私達の意識に起こる本質的な現象なのです。

 話を少し戻します。夢の中で理解したことはもう潜在意識はそれを知っています。そしてそれを魂はしっかり覚えています。それを表面意識は簡単には理解出来ないのですが、それを知りたいと思っていれば段々と知ることが出来るようになるのです。でも、それには少々時間が掛かるかも知れません。例えば何かの文章を読んだときなど、頭や胸に何らかの反応があったときなどは、もうそのことは知っているんだと言う潜在意識からの合図だと考えることも出来るのです。

 話を進めます。私達の表面意識の気づきの程度にあわせて私達の夢の役割は変ってきます。それを別の言い方で書くと、私達が寝た後でどのような事をするのかということは、起きているときの意識もかなり影響を与えているということなのです。起きているときの希望にそって、夢の中で行うことが変ってくるということなのです。例えば何かを知りたい、理解したいと考えていたのなら、寝ているときにそれが可能になるように、精神的な活動が行われるのです。もし自分自身の癒しを望んでいたのなら、やはり自分自身の癒しの為の夢を見るのです。

 さて、私の夢の話に戻ります。しばらく前までは、研修会に参加している夢をよくみていました。それはどういうことを意味していると思いますか?それは実際に夢の中のどこかで研修会に参加していたのです。しかし、その研修会で何を習っていたのかはわからないのです。このように考えてください。私達をサポートしてくれている存在たちの中で、寝ている間に身体から抜け出した私達の意識を集めて研修会を開いてくれる担当がいるということなのです。それは起きているときに知りたいと思っていたことを可能にする為に、夢の中で体験しているのです。

 少し理解し易いように、もう少し補足します。例えば起きているときに実際に何か霊的な研修会などに参加したとします。そのような時、大体頭にエネルギーが上がっていって充血したような感じになることあります。また、後頭部に何かしらの反応を感じる人もいるかもしれません。実はそのような時、講師がどのような事を言っているのかなどはあまり重要では無いのです。霊的な集まりの場合、サポートしてくれる存在たちが集まってきます。私達の潜在意識はその様な存在から必要な知識やトレーニングなどを受けているのです。

 去年、夢ではなく実際に私が体験したことなのですが、エネルギーのコントロールの仕方をテーマにしたワークに参加したことがあります。その時の私はエネルギーのコントロールに大きな関心を持っていて、非常に楽しみにしていったのです。そのワークのなかで、講師の話は私の希望とは全然違って、私からみるとどうでも良いようなことしか話をしていなかったのです。私が知りたかったことはほとんど話題にもならなかったのです。正直に書くと何かすごく損した気分でした。楽しみにしていた分余計にがっかりしたというのが私の率直な印象だったのです。でも、そのワークの間、私の後頭部はずっと何かに反応していたのは感じていたのです。さて結果はどうだったでしょうか。その後、自然にエネルギーのコントロールが出来るようになったのです。それは当初期待していた以上の成果があったのです。

 ある意味では、貴重な体験だったのかも知れません。講師の話が頓珍漢だった為に、結果的に他の誰かからそれを習ったのだということが理解できたのですから。その誰かというのは、先ほど書いた霊的なサポートをしてくれる存在である可能性がすごく高いのは言うまでもありません。それ以外に考えられるのは、その時の参加者の中にその様な指導が出来る潜在意識の持ち主が入っていたという可能性もあるのですが、それも本質的には同じようなことを意味しているのです。

 それと同じようなことが、夢の中の研修でおこっていても全く不思議なことでは無いのです。それは私達の霊的な成長に関して、いかに手厚いサポート体制の中にいるのかということは、だれでもいつかは理解できるでしょう。彼らは無償でそれをやってくれているのです。それは彼らの愛であり、私達はその様な愛の中にいるのです。私がわざわざ私に会いに来てくれる人に話をしながら、私(と私の潜在意識)が出来る情報伝達をするのは、そういう意味では当たり前のことなのです。もともと私がそうしてもらっているのですから。

 実際にいろいろなワークや研修会に参加するのは費用の面でもなかなか大変なものがあります。もちろん余裕があるのなら、そういうものに参加するのは良いことだと思います。その時に明確な目的意識を持っていれば、気づかないうちにも効果が期待できます。でも余裕が無かったなら、夢での研修会も良いかと思います。(当然ながらお金かかからないし) さて、どうしたらそういうものに参加できるのでしょうか?それは思考と態度で何を知りたいのか、どの部分で成長をしたいと思っているのかを表明する必要があります。愛の原則として、それを望まない人にそれを与えることはしないのですから、当たり前のことなのです。そして貴方が発している思考の周波数に応じてどのような研修に参加できるのかが、自然と決まってくるのです。

 大事なことなので、もう一度書きます。それを望んでいるということが明確である必要があります。そこで必要なことは霊的に向上したいという意志なのです。そうでない人は、その様な研修会に参加することは無いのです。この文章を読んでも実感を感じないという人も多いかもしれません。気が付かないでその様な研修に何度も参加している人もいるかもしれません。なかなか寝ているときのことなので把握は難しいものなのです。もし、研修を受けていると夢の中で気づいたら、そこから立ち去らないでください。(ほかの事を考えると別の場所に移動してしまいます。)

 もともと夢の世界での話しなので、信じられないという人もいるかと思います。まあ、私はその様に感じる夢をみているということとして読んでもらってもかまわないです。夢でのトレーニングについて書こうと思っていたのですが、話がそこにいくまでに長くなってしまいました。次回に、もう一つのタイプの夢について書くことにします。

 この場で、サポートしてくれている存在たちに、あらためて感謝を表明しておきましょう。ありがとう。

(2004/09/20)


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