悪魔たち

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 「魂の部屋」もだいぶ話が進んできました。はじめの方からここまでこのページを読んでいる人はかなり少なくなったと思います。元々興味がないひとは当然の事ながら、今までの話に付いていけないと感じた人はもうここは読んでいないと思います。と言うことで、私も遠慮なく思ったことを書きます。

 前回の話で、「悪魔」にふれました。要するに「悪霊」の事です。この「悪魔」という言葉も「神」という言葉と同じようにいろいろなイメージでとらえられています。と言っても「悪魔」などいるわけがないと思っている人もいるかと思います。結局のところこれは定義の問題で厳密には「悪魔」と言う言葉は適していないかも知れません。しかし、「神」と対立する物と言う意味を重要視するのであればこの「悪魔」と言う言い方も不自然ではありません。

 前回「悪魔」とは、悪の属性の「霊」だと書きました。言い替えれば悪い「魂」と言うことです。私たち人間の本質が「魂」であることを考えると、人間の悪人と「悪魔」の違いは、3次元の肉体を持っているかどうかの違いであると言えます。ここで問題なのは、確信犯的に悪事を働こうと思った場合、3次元の肉体を持たない方が有利であると言うことです。人間の悪人と発想は同じでも、その実行のしかたはいろいろ変わって来ます。

 「悪魔」にもやはりいろいろなレベルがある訳で、低俗な「霊」の場合たいがいの場合は人間に憑依してその人間を不幸にすることが一般的なようです。もちろん憑依された人間をいっぺんに破局に向かわせる場合だけでなく、さながら「貧乏神」のようにその人間の幸運を奪ってしまうケースもあるようです。

 昔から「こっくりさん」などをやってはいけないと良く言われるのは、これらの「悪魔」達を呼び寄せてしまうからです。また適切な指導者もなく、うかつな方法で「悟り」を開こうなどと考えるとこの危険があるようです。

 力の強い「悪魔」は、超能力(もちろん人間から見て)などの「神掛かり」的な事も出来ますから、「神」と間違えてしまうこともあります。いわゆる「邪教」と言う奴です、「ブードゥー教」などのように人をのろい殺す事などはこの「悪魔」の力を借りているのだと考えられます。(善の属性の「霊」がこのような事をするのは考えにくい)

 「悪魔」などというものは想像上の物だと思われています。いろいろな物語や絵画、漫画にも出てきます。それらは「悪魔」と言うものに、無理矢理に姿形を付けた物で実際にそのような形をしているわけではありません。これらの事は「神」の姿を想像して作ってしまったのと同じ事が言えます。ちなみにあらためてここでことわる必要はないと思いますが、漫画などに悪魔が出てくるからそんな物は存在しないのだ、などと考えるのは明らかな錯覚です。漫画などに出てきても出て来なくても、その存在には少しも影響がありません。むしろ可能性としては、漫画などに出てくるように「神」と「悪魔」の闘いが続いているという事も考えられます。漫画家の潜在意識を通して、高次元の世界の闘いなどが表現されていたりするのかもしれません。

 さてここからが今回の本題です。私たちの「魂」は神につながっていると言うことと同じように、私たちの「魂」の中に「悪魔」の心があり得ると言うことです。人間の「悪の心」は言い方を変えれば、「悪魔」と本質的に同じ物であると言うことが出来ます。人間の「魂」は、「神」のものにも「悪魔」のものにもなり得ると言うことなのです。

 このような言い方をすると、改めて「善と悪って、いったいなんだ?」と言う疑問が出てくると思います。(ここで言う「善」とは「正義」と意味は違います。)この疑問の答えはあまり考えすぎると出てきません。

 簡単に言ってしまいます。「攻撃的な種族には永遠の繁栄はあり得ない。」と言うことです。この事自体は何も難しい理屈ではありません。種族の中でそれぞれの個別の利益の為に争いをくり返す種族は、必ず自滅への道を進んでしまいます。「自己の利益(楽しみ)の為に他を攻撃する。」要するにこれが悪なのです。

 「善」は当然この反対です。共存共栄を考えること(共生ともいう)きわめて単純な事です。結局全ての事(方便、教え、戒め)はここから始まるのです。

 現在の人間の社会を考えると、一部で「善」の動きはありますが、基本的には「悪」がのさばっています。実は上に書いたように自滅の道をたどりかけているのに、ああだこうだと理屈を付けて、暴力(環境破壊なども含む)などを正当化しようとすること、これ自体がすでに「悪」の思想なのです。

 人間の「魂」は基本的には「善」のものなのです。「悪」は自らを滅ぼすものである事に気づかないでいるのです。これに気が付けば、いずれは人間の「魂」は「善」に戻ることが出来ます。(残念ながら今の人類は、私を含めて「悪」の意識が強いです。まわりがそうだからそのことに気づくことが難しい。)

 言ってしまえば、人類はまだまだ未熟です。現に自らを破滅に追い込んでしまうそうな危険をたくさん抱えています。例えば科学も、道徳も将来もっともっと進歩していきます。今の状態で人類が一人前の種族であるなどと考えるのは殆ど「錯覚」なのです。(思い上がりと言った方が正しいかも)

 実は、この事を言い替えれば、我々にはもっと明るい未来の可能性があると言うことです。解っていると思いますが、今の人類を肯定してしまうのは、「もっと明るい未来の可能性」を否定すると言うことです。

 実際のところ「魂」に存在を認めない人には、人間の寿命より魂の寿命の方がずっと長いと言うことは理解出来ません。そのような人にとっては「永遠の繁栄」などと言っても何も意味を持ちません。結局、目先の視点でものごとを考えてしまいます。この事が「悪」を容認する一番の理由になってしまっています。

 「悪」が「善」に勝てない理由は、「悪」自体が自らを滅ぼすものであるからと言うことで、理解して頂けると思います。あまりにも簡単な事なのですが、この簡単なことを今の人類で解っている人が少ないのが残念です。

(1997/07/05)


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