特殊な夢(第29話)

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 前話でかいたような、テレパシーで送られてくるメッセージは瞑想がうまく出来るとその中で体験することが出来るようです。あいにく私は瞑想がうまくないので夢の中での体験に今のところ頼るしかないようです。そもそも夢の中でメッセージを受け取るということはそれほど珍しいことでは無い様で本などでそのことを見ることができます。ただ私の場合、本でも書いていないような、ちょっと特殊な夢を見たのでそのことを書いておきます。

 ことの顛末をある程度書かなければわかりにくいので、ごく簡単にそれまでのいきさつについて触れておきます。新しい会社の設立について私のバースビジョンに組み込まれていたものですから、指導霊が一生懸命、私をその方向に誘導していたのですが、私の成長が追いつかないためか、かなり重要な部分で問題が発生してしまったのです。もともと私は何がなんだかよくわからない状態で、導きにしたがっていたのですが、私の顕在意識というのかヨガ風に言えばエゴが、現世的な常識から抜け出せないために心の一部では不信感も持っていました。

 で、何があったかというと、霊が私に言っていたようには成らなかったのです。実際のところ霊が嘘を言ったのかどうかちょっとわからないですし、通常だと霊魂は嘘をつかないとは思うのですが、少なくとも私の顕在意識にとっては、嘘を吐かれたように感じてかなりの衝撃だったのです。それになぜかわからないのですが、バースビジョンのことを考えていると不思議な怒りの感情が沸いてくることがあったりして、なにかバースビジョンの決め方に対してなにかこだわりのようなものを自分が持っているのかも知れないなどと思ったりもしていたのです。

 ちょっと分かりにくいので、簡単に書くと、私が生まれてくるときに計画していた私の人生計画が今の社会的な通念からいうと少し外れていて少しばかり無理があると思っていたのです。それを実現できるように霊が誘導してくれているのですが、そもそもバースビジョンの組み立てに問題があったのではないかと、疑問というか不満を持ったわけです。要するに私は不満を持っていたわけです。

 で、これからが本題です。私はその不満を友人と飲んでいるときに神の名をだしてぶつけたのです。こんなかんじです。「おい神様、こんなバースビジョンでこんな展開なんておかしいじゃないか?こんなのありかよう。」というような風に言葉に出してしゃべっていたのです。本に書いてあることをそのまま信じれば、二人以上集まった場所で神を話題にすればそこに神の場があらわれる、ということなので、あえて友人のいる場所で言ってみたわけです。

 まあ言っては見たものの、だからどうなるとか考えていたわけでもないし、その場はそれで終わってしまったのです。そして問題の特殊な夢はその後見たのです。これを読んでいる人は私の夢の中に神様が現れたのだと想像している人も多いと思いますが、それははずれです。というかもしかしたら神様も来ていたのかも知れないのですが、たぶん他の霊(スピリット)だと思います。その霊は指導霊ではありません。もし指導霊ならそんなことする必要ないからです。

 さて問題の夢の中でなにがおこったかと言うことなのですが、簡単に言うと誰かが私の記憶を調べに来たのです。おそらく霊の中でもそのような苦情などに対して実際のところをチェックする機構があるのでしょう。もしかしたら、神様が直接来たのかもしれないのですが、そう考えるよりも霊界にかなり複雑な役割分担がされていて、その担当霊がきたと考えるのが自然な感じです。

 もう少し具体的にその時の感じを書きましょう。夢の中でふと気がつくと、私の今までの記憶が取り出されているのがわかりました。それも今回私が不満に思った一連の出来事に関係すること全て、だいたい半年前くらいの間のことなのですが、いくつかのブロックに分けられて順番に相手に渡されていくのです。全てと書いたのはその時々の出来事の原因と結果(因果といってもいいかも)、私の考えたことなどなど、おまけにその時の私が意識できなかった私の気持ちまで全てなのです。私自身その時点ではよくわかっていなかったこと、時に出来事と出来事との関連性なども恐ろしいくらい明瞭に整理されて、その中には一遍の不明瞭さもないのです。その夢の間、私はというと自分の記憶に納得しながら、上手に整理するとこんなにも明瞭になるのかという思いで、渡されていくその記憶を感じているのです。そして気分はものすごい明瞭さの中でかなりいい気分になっていました。

 この経験からいくつかの気づきを得ることが出来ました。最初に感じたのは私の無意識の中に記憶されているものがすごく量的にも多いし、私自身では意識というフィルターにより、私自身とその周りの出来事をかなりぼやけた状態でしか認識できていないことです。たとえて言うと、このときの私の記憶が人間の普段の状態だとすると、私たちが通常持っている認識力はまるでかなりの酒を飲んでろれつが回らなくなってきているくらいの状態なのです。指導霊などが私たちを見るとき、この夢の中で調査に来た霊と同じような方法で捉えていると思われます。私たちの心の裏まで、すべてお見通しというのはこういうことなのでしょう。酔っ払った本人よりも、しらふの傍観者の方がその人をよくわかっているという感じでしょうね。このことは前回書いた「真実について」でかいたようなことも関係していそうです。

 もうひとつにていることですが、私たちの記憶は意識とは裏腹にかなり明確に残されているのではないかと思えることです。ただ残念ながらまた思い出すときには、フィルターを通してぼやけてしまうわけですが。過去の記憶を振り返って思い出しているときに、そのときには気づかなかったことが見えてきたりするのは、無意識の中にはしっかりと記憶されているせいなのかもしれません。

 さて、もうひとつ大事なことがわかります。神様に苦情を言ったら、神様もしくはその代理のものが来たのです。最初に書いた「二人以上集まった場所で神を話題にすればそこに神の場があらわれる」ということがある程度正しいことであると言うことがわかりました。苦情を聞いてくれるといっても何かしてくれるというわけではないのですが、私たちが神様と呼びかければ、それは何かしらの信号のような役割をはたして、聞いてもらえるのです。

 もしも神様に何かをお願いしてもそれが私たちの成長に関係ある場合などは聞いてくれないのでしょうが、成長に関係なく、バースビジョンや指導霊などの考えなどに矛盾しない相談事なら手助けをしてくれるかもしれません。たとえば、あまりよくない霊により災いをこうむっていたりした場合など、神様の名前を言葉に出して助けてくださいと言えばたぶん助けが来てくれるでしょう。試してみる価値はあります。(こういった経験は私はないですけど)

 夢の中で私の記憶を渡したわけなのですが、これには二つの可能性があります。霊が私の記憶の中を整理しながら引き出して言ったという可能性と、私の魂が私自身の記憶をさながら証拠の提出みたいにブロックごとに渡していた可能性です。当初は前者の方だと思っていたのですが、もしかしたら後者の考え方の方が正しいのかもしれません。そうだとすると人間も魂のレベルではかなりの能力があるということになります。真相はわかんないですけどね。

 実は、この特殊な夢に続きがあるのです。次の日なのですが、こんどは私の中に何か送り込まれて来ているのです。直感的にこれはプログラムだなと感じました。前日私が提供したのは記憶というデータなのですが、こんどはデータではなくプログラムなのです。明らかに違うのは、記憶というデータの場合はその内容が私にもある程度わかったのですが、こんどのプログラムは全くなんだかわかりません。ただコンピュータで言うところのプログラムに相当するものだということはわかりました。(そのように教えられたのかも) このプログラムのダウンロードは2回に分けて行われました。同じものが2回なのか、別なものなのかはわかりませんでした。ただ1ブロックの記憶を渡すときはすぐに終わったのに、今回は一回が少し時間がかかったような気がしています。その間の私の気分なんですが、前日の明瞭さに似てはいるものの、なんと言うか賢さとでも言うのかやはりかなり心地よいものではあまりした。

 自分の中のプログラムを書き換えられているというのは、現世的に考えるとちょっと不安でもあるし、不快なものです。なぜって自分自身を変えられてしまうのですから。そのときもほんのちょっとだけそんな気持ちを持ったのは確かです。そして思ったのは、「起きたら私の中の何かが変わっているかも。変な風に変わったら嫌だなあ。」というものです。そして起きた後、自分を観察してみたのですが、全くといっていいほど変わった感じはしませんでした。たぶん変わっていてもそれに気づくような変え方はしないでしょうね。

 このプログラムの話は多くの人には受けいられないと思います。だって人間はコンピュータではないのですから。でも、よく考えると一概にそうだとは言えない部分もあるのです。それはまたあらためて、別なときに書きます。いまはこのように考えておいてください。神様がその気になるのなら、人間一人の性格を変えることなどぞうさもないことなのです。

 もしも私の何かを変えたなら、ついでにもう少し勤勉に性格を変えてくれたらよかったなどと考えたのは、ずっと後のことです。なにしろ私の性格もなかなか問題ありですから。なまじ輪廻を繰り返してアイデンティティが確立してくると、わがままになってくるような気がしたりしてます。(このわがままは現世的な意味でね。)

(2002/07/09)


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