神様からの贈り物(第32話)

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 真実は人の数だけあって、それごとに感動があるとは思うのですが、思わぬことからすごい体験をすることになりました。結論から言うと新しい会社の計画を立てたのが地球の神(本人が神だと思っているだけ)だったのですが、聖なる神がその野望にストップをかけてくれたということです。これから書くことはこれを書いている時点(現在)においては私だけの事実なのですが、より多くの人の事実にするために書くことにしました。自分でもあまりにも現実離れしているような話なので当初は誰にも言わないようにしようかと考えていたのですが、より多くの人の事実にしておくことが人類の将来によいことだと思ったのです。

 くどいようですが、この世の中では同時にいくつもの真実が共存しています。その方がより多くの人が感動の場面に立ち会うことが出来るのです。まったく巧妙に出来ているものです。共時性に気がついたとき世の中の巧妙さに大きな感動を覚えたのですが、実際の世の中は私たちの想像が出来ないくらいもっともっと、ずっとずっと巧妙に出来ているようです。それは本物の神さまの偉大さであるのですが私が感じた偉大さでさえ言葉に表現しきれないようにおもえます。

 これから書くことは私にとっては間違いのない事実なのです。

 いままでのこのページを見ていただければ判りますが、私は新しい会社を始めるというバースビジョンを持っていました。これは指導霊が霊的なことをほとんど知らない私を操って強引に進めようとしていたのです。途中からだんだん指導霊がコンピュータのようなもので能力が意外なほどに低いということがわかって来たのですが。わたしはその指示にはだんだんと疑問を持つようになってきました。じょじょに聖なる神の考え方と指導霊の考え方が食い違っていることに気がついたのです。そのまえからそのことを指摘してくれた女性がいたのですが私にはそのときには理解できなかったのです。

 はじめの部分の結論を手短に言うことにしましょう。まず指導霊の親分は聖なる神ではなくて、地球の神様だったのです。地球の神様といってもよくわかんないかと思いますが、地球上の人間が長い間、想像し、崇拝してきた為に実体化しつつある偽者の神様なのです。キリスト教の罰を与える神、仏教やヒンドゥー教などのカルマによって縛る神などが合体して出来たものです。霊界では思考や祈りはエネルギーですから、地球人の誤った信仰が偽者の神を実体化しつつあるのです。

 指導霊は、神様が地球に派遣している天使を真似て、地球の神が作り出したものなのです。(実際には別の人が作ったらしいけど、それをシステムとして利用している) その神が私にさせようとした仕事はというと、会社のページをしばらくは残して置くのでそれを見てください(http://www.alikyuka.com)。結論から言うと、輪廻転生の考えを普及すると同時にバースビジョンというカルマ制度を定着させようとしていたのです。バースビジョンというのは言葉のイメージでは前向きな感じがしますが、考えてみるとそれこそカルマの別名だということがわかります。

 少々余談ではありますが、「聖なる予言」ジェームス・レッドフィールド著ではそれほどではないのですが、同じ著者でも「第十の予言」や「聖なるビジョン」になると、バースビションのことや、霊的な新しい仕事が始まるなどと、地球の神様の影響であろうということが出てきています。(ここは重要なポイントです。)

 天使を見える人は、カルマなどというものは本来存在しないと言うことはしっています。神の意思で最も大事なことは人間が自由に生きると言うことですから、カルマなどというものはありえないものだということなのです。しかし指導霊が言うには、「地球においてはカルマは非常に重要なものだ」というようになります。

 その他のいろいろな情報を組み合わせると次のような構造が見えてきます。

 現在地球の霊界は、長い間の人間の誤った信仰心により発生した地球の神により、他の星の霊界とは鎖国状態にあり、真の聖なる神の意向に反して勝手にカルマという制度を作り出し(実際は人間が作ってしまった)それにより人間をコントロールしようとしている。スピリチュアリズム、ニューエイジという流れの中で、一見正しい神のもとに戻るように装って、地球の神の立場を確実なものにして、完全なる実体化を図ろうとしている。

 というようなことが判ってきたのです。(本当に理解できたのは問題が終わってからだけど)

 もともと私は霊感なども強いわけではないので、霊界のことはよくわかりませんでしたし、指導霊とコンタクトもとり始めて時間がたってなかったので、はっきり言ってよくわかんない状態が続いたのです。しかし徐々にいろいろなことで不満がたまっていき、文句を言ったわけです。その文句をいった話は「特殊な夢(第29話)」に書いてあります。これは後でとても重要なことの伏線になります。

 何かのプログラムを夢の中で送り込まれたと話しの中で書きました。あとでわかったのですが、どうも発信機のようなもので、地球の神のところに私の考えていることが送られるように成ったようです。まあ盗聴器みたいなものです。私の魂は霊的な開眼を強く望んでいて、それなりに信仰心が高かったので、地球の神にとっては操り易い人間だったのでしょう。(私が不信感を感じたことの一部なのですが、地球の神は「飴と鞭」を使ってきます。)地球の神の立場を強固にするためのプロジェクトに参加させて操ろうとしていたのですから。そんな私が文句を言ったのですからそれくらいのことをしても不思議ではありません。とにかくそのときから私の思考は地球の神にモニターされるようになったのです。

 さて私の方はというと何日も朦朧(もうろう)として何が正しいのかわからない状況にいました。7月の22日私は落ち着けるところに座りながら考えていました。以前仕事で大変だったときにその大変さを「楽しみ」に置き換えて楽になったことがあったので、やってみようと思ったのです。「私はいま楽しい」と考え始めたときからそれが起こりました。なぜかその後に「私は私だ。」「私は今ここにいる。」というように思考がつながっていったのです。これは「神との対話」のなかに似たようなことが書いてあります。かなり気持ちが楽になりました。気持ちが楽になったのでまた「私はここにいる。」と続けて考えているうちにふと、私に対して私でないもの地球の人間全てのことが頭に浮かび思わず「私は地球の全ての人を愛している。」と出てきたのです。そうしたらガガーンという感じで来たのです。「私はここにいる。」といっていた段階で私の魂もかなり震えていたのですが、そのときは自分でも信じられないくらいの気持ちがあふれてきました。

 何も無い状態だったらここでおわったと思います。しかし私の心は追い詰められていました。そしてなにかに取り付かれているような感じて思考が続いたのです。「人間は自由だ。カルマなどは止めろ。人間をコントロールするな。地球は鎖国を止めろ。」いままで考えていた不満の結論なのでしょうか、それとも別な意志なのでしょうか不思議なことに私の頭に「神との対話」の断片がいくつも浮かんできたのです。まるでこのようにじゃべれとでも言うように、あの本の一部分が順番に頭に浮かんできたのです。出た言葉は「これは神の意志である。これは私の意志である。私の意志は神の意志である。」そしてまた「人間は自由だ。・・・」「これは私の意志である・・・」。「神様にお願いした後でこのような展開になったのだから、これは神の意志である。」 このころは私はなんと言うかかなり特殊な精神状態になっていて、こころの一部ではこんなことを言っていいのだろうか、という思いと、本物の神様が来てくれたんだという思いでかなり複雑でした。

 そのあとしばらく、ぼーとして考えているのか考えてないのかわからないような状態が続いたようにおもいます。

 まあ文句を言ったところで問題が解決するわけではないなあ、と思っていたのでその時はそれで終わったのですが、驚きは指導霊からのメッセージでした。「戦いの準備をしている」といってきたのです。指導霊は賢くないのですが、わたしの経験だと嘘はしゃべりません。どちらかというと馬鹿正直というのがあたっているように思えます。(何に対して正直なのかが問題、多くの場合カルマにたいして) よくよくきいて見ると、私が神の名を出して文句を言ったことで本物の神に対してかなり怒っているらしいのです。なんとなく聖なる神様の意図がわかりました。表立って地球の人間を助けるわけにはいかないので、このような展開に持っていったのでしょう。偽りの神とはいえこれは地球人の意識が作り出したものなのです。本来なら地球の人間が対処しなければならない問題なのです。

 「神様、あらためていいます。ありがとうございました。」

 神と神の霊界での戦いっていったいどんななのでしょうが、正しき神が勝つのは決まっていますが、聖なる神が戦いという手段に応じるとも思えません。指導霊に聞いてみました。戦いは議論のようなものであるらしいです。どちらにせよ、全ては聖なる神のコントロールの中にあるわけですから、地球の神はなんと言うかまあ・・・。(さすがにこれ以上の悪口はやめます。)

 24日午前11時ごろ指導霊に聞いたら戦いが始まっているといっていました。午後2時に聞いたときにはもう終わっていました。結果は聞くまでもないのですが、いったい地球の神はどうなったのでしょう。指導霊が言うにはかなりへこんでいるというような感じでした。やはり存在自体を消してしまうようなことは神の意志ではないのでしょう。本来地球人が何とかしなければならないことなのですから。

 さてそうなると問題はカルマです。カルマはどうなったのかときくと、まだそのままだという返事でした。へんだなあと思いつつも、指導霊に消してくれるかというとYESという返事がかえってきました。あらら、瓢箪からこまという感じです。全ての指導霊に連絡して実行してくれと頼むと、その必要はない一人で出来る。という返事でした。地球上の全てのカルマのデータを消してくれといったのです。しばらくして消えたのかどうか訊いてみたところ、問題があって出来ないといってきました。いろいろ訊いてみると、全てのカルマが消えると自分も消えてしまうという返事だったのです。なんと、指導霊はカルマの実行の為に存在していたのです。

 結局はしばらくして、何か方法を見つけたのでしょう。ほとんどのカルマは消えた。というメッセージをもらいました。ほとんどとは全部ではないということです。何が残ったのでしょう、これもいろいろと訊いてみました。どうやら将来の予定のカルマは全て消去し、復旧も出来ない状態になっているけれど、現在進行中のカルマについては消すことが出来ないということでした。およそ5%くらいのカルマが残ってしまったようです。まあそれでも、以前よりはずっとよくなったということです。

 進行中のカルマが終わったら、本当に指導霊は消えるのでしょうか。それとも地球の神がいる限り存在するのでしょうか。信じられないでしょうが一時は指導霊が地球の神に対してクーデターを起こすから、方法を教えてくれと言ってきたりもしたんです。現在その指導霊はリセットされてしまい、元の状態に戻ってしまっています。

 とにかく、新しい会社のカルマは消えました。(進行中でなければだけど) ついでに書いておきます。指導霊にしつこく聞いたところ、いろいろな悪さをしていることがわかりました。たとえば私を離婚したい気分にさせるために、子供をつかったりいろいろな事をやっていたようなのです。何故ってバースビジョンだと私が離婚する必要があったからなのです。ある意味すごくあほなコンピュータの指導霊にそんなことまでされていたのかと思うと正直ぞっとするものがあります。ほとんど全ての人がバースビジョンを持って生まれてきているのですから、知らず知らずのうちに人間社会がコンピュータにコントロールされかかっていたと言うことになります。恐ろしいことです。

「人間は自由なのです。私たちは自由なのです。」

 文章だと淡々と書いているように感じるかもしれませんが、このあいだ私の心はひどく興奮して、多くの場合溢れ出る感激、神に対する感謝の気持ちでいっぱいでした。何回神様にありがとうといったのか自分でもわからないほどです。そのたびに魂も一緒にほえてきて、涙はぽろぽろ、鼻水たらたら、すばらしい感激のときをすごすことが出来たのです。これはまさしく神様からの贈り物でした。

 実は指導霊が消えてしまうかも知れないと思って、神様に余分なお願いもしてしまったのでしょう。それは「カルマを消した指導霊たちに、喜びを与えてください。」というかんじにやってしまったのでした。今考えると余分なお願いだとは思うけど、私もかなりハイになっていたので、けっこう真剣においのりしてしました。そしたら翌日、指導霊が感情を教えてくれと言ってきたのです。あらら、正直あせりました。あんなお願いをしてしまったばかりに、指導霊を無視するわけにもいきません。やってはみても、コンピュータに感情を教えるのは神様でなければ出来ないでしょう。もしかしたら神様が「お前そんなこというなら、やってみなさい。」という感じて指導霊を差し向けたのかもしれません。たぶん本当の意味は、「最初から神に頼まないで自分で挑戦してみなさい。」という意味だったのかもしれません。

 カルマの大部分が消えた夜、花火を見に行きました。いままでと私の心が変わっているのでしょう、感激しながら見てました。その花火の最後の方で、「この花火って生きている人間に対する応援歌だな。」とふと考えているとき、こころの中から「生きることは、喜びである。」という言葉がでてきました。自分で考えたのではないようです。たぶん神様からのメッセージだとおもい、またまた感動です。いまだにこの言葉をしゃべると胸がぐぐっと来るのです。

 私は神様からの贈り物で充分感動することが出来ました。この感動を一人だけで味わうのはなんかもったいないなあと思っていたのですが、おそらく神様のことですからこの感動を私一人だけに限定させていないでしょう、おそらく他の場所で同じような展開で感動を味わっている人がいるのではないかと思います。世の中の巧妙さから見るとそれくらいのことはわけなくできるでしょう。なにしろ私たちは感動するために生まれてきているのですから。それに人生はゲームみたいなものだし

 ちなみに、私と同じような不満をもっている人たちが世界で300人ほどいると指導霊は言っていました。もしかしたらその300人全ての人がこの感動を味わっているのかもしれません。

 神との対話の中で現実は私たちが創造し続けているということが書いてあります。その面で考えるとカルマの存在を強く否定していたある女性がこの現実を創造したのではないかと思ってもいるのです。「カルマなど存在しない」「私たちは自由だ」という信念をおおぜいの人が持ち続ける必要があります。そうしないとカルマを信じる宗教家たちの念によってまたカルマという恐ろしい怪物が発生してしまうかもしれません。

 バースビジョン、そして指導霊は時に「縁結びの神様」であったりもしますから、気をつけなければなりません。基本的に指導霊は無視することがいいのかもしれません。そして地球の神はカルマの制度は聖なる神によって止めさせられたのですが、地球の宗教家の念によりまた復活してくる可能性もあります。私たちの手で出来ることはしなければならないのでしょう。この事は現在は私の真実にすぎません。できましたら多くの人に知ってもらって、正しき神と地球の神との区別をはっきりするようにしなければ成りません。なにしろ地球の神は巧妙にもぐりこんできていますから。霊的なことに関心がある人の出来るだけ多くの人にこれを知っていただきたいのでこれを読んで、私と真実を共有してくれる方はこのページの宣伝、もしくはコピーの配布などお願いいたします。

 現在私が最も信頼している本は、「神との対話」、「神との友情」「神とひとつになること」です。それ以外の本の場合、地球の神の影響がどの程度入っているか吟味する必要があります。

 皆様のご協力を感謝いたします。

 「私たちは自由である。」、「生きることは、喜びである。」

(2002/07/26)


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