指導霊は私が使命をはたせるように何冊かの本を読むように薦めてきました。多くは本屋で何気なく見たときに読む必要があるなあと感じたり、たまにはここらへんに何か重要な本があると感じて探して見つけ出すというようなこともありました。とくに印象深いのは「第十の予言」(ジェームス・レッドフィールド、角川書店)です。今思えばこの本はいつも本屋に並んでいて大体そのシリーズの最初の本「聖なる予言」と一緒に売られています。私が何かを感じてそれを探したときには「聖なる予言」が売れてなくなっているときでした。指導霊は「聖なる予言」ではなくて「第十の予言」「聖なるヴィジョン」を読ませたかったようです。結局のところこの2冊には地球の神(偽者)の影響が入っていたからです。
「神との対話」(ニール・ドナルド・ウォルシュ、サンマーク出版)は違っていました。何度も店頭で販売しているのを見かけたのですが、なかなか買う気には成りませんでした。それでも行くたびに見かけるので買ってみたわけなのですが、今思えば明らかに指導霊はこの本を進めてはいませんでした。むしろ読むなというように私に働きかけていたようにも感じています。
さて私が「神との対話」を読んだとき、不思議なことに気がつきました。読んでいると頭に何か不思議な感じがするのです。あとで判ったのですが、読んでいるだけで頭の部分のチャクラが活性化して来ているのです。そのうちに頭のてっぺんの髪の毛が何かチリチリと蟻か何かが這い回っているのか、静電気のようなもので髪の毛が動いているのかというような感じまでしてきたのです。他の本で調べたら頭の部分はアジナというチャクラで頭のてっぺんがサハスラーラというようです。とにかく読んでいるだけでチャクラが活性化してくるのですから、この本は本物だと考えざるを得なくなったのです。他の本を読んでいてもこのような体験は今までいちどもありませんでした。
余談ですが、感受性の強い目覚めた女性の場合には、それが胸に響いてくるかどうかで正しいことかそうでないのかが判るようです。私の場合ははっきりいってかなり鈍い方なので、そのように物事を感じ取ることが出来ません。私の予想ではあるのですが「神との対話」を読んだときに、そのような女性は何か感じることが出来るのではないかと思います。
神といってもいろいろとあるわけで、多くはパワーのある霊魂が自ら神と名乗ったり、自分で神だと思っていたりでそれについては簡単には言えないのですが、「神との対話」に出てくる神とは、聖なる神、集合無意識、創造主などいろいろな言い方は出来ますが、世界の最初からいたほんまもんの神様です。「神との対話」は自動書記をした著者であるニール氏のフィルターを通してるとはいえ、その他の文献、たとえば聖書などで何重にも解釈のフィルターがかかっているものよりもはるかに信頼できるものなのです。私はこの本を全面的に信じております。
この本とこの本の続編である「神との友情」「神とひとつになること」の中で神様は何を言っているのでしょうか、もちろん読む人ごとに重要なポイントが違っては来るのですが、私にとって重要な部分について整理してみます。
今回の事に関しては、思いつくままに書くと大体こんなところでしょう。これらのことと指導霊が言ってきたことの相違点などを考えていくと、この前書いたような結論になるのです。とくに確実なのは指導霊が聖なる神が使わしたのではなく、神が望んでもいないカルマというもので人間をコントロールしていたということは大事だと思います。指導霊を人間より上の存在だとしてありがたがっている人たちもいるので困ってしまいます。彼らに私たちの生活に干渉する権利などはないのです。
この次に、「地球の神」の陰謀について、もう少し判り易く書いてみようかと思います。前回の話をよく読めば書いてあるんですけど、整理してみることにします。
(2002/08/04)