本「神との対話」(第33話)

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 あれから1週間以上がたちました。なんとも不思議な出来事で話をしてもまともに信じてくれる人はまずいないでしょう。第32話を書いてもう終わりにしようかとも思ったのですが、指導霊(ガイド)が私たちの生活に深く入り込んでいることを考えるとやはり黙っているわけにはいかないようです。私の体験を信じなくても少なくとも指導霊の実態を知ってもらう必要はありそうです。しかしその前に、現在私が最も信頼していて、話の展開のベースになっている本のことを書いておかなければなりません。

 指導霊は私が使命をはたせるように何冊かの本を読むように薦めてきました。多くは本屋で何気なく見たときに読む必要があるなあと感じたり、たまにはここらへんに何か重要な本があると感じて探して見つけ出すというようなこともありました。とくに印象深いのは「第十の予言」(ジェームス・レッドフィールド、角川書店)です。今思えばこの本はいつも本屋に並んでいて大体そのシリーズの最初の本「聖なる予言」と一緒に売られています。私が何かを感じてそれを探したときには「聖なる予言」が売れてなくなっているときでした。指導霊は「聖なる予言」ではなくて「第十の予言」「聖なるヴィジョン」を読ませたかったようです。結局のところこの2冊には地球の神(偽者)の影響が入っていたからです。

 「神との対話」(ニール・ドナルド・ウォルシュ、サンマーク出版)は違っていました。何度も店頭で販売しているのを見かけたのですが、なかなか買う気には成りませんでした。それでも行くたびに見かけるので買ってみたわけなのですが、今思えば明らかに指導霊はこの本を進めてはいませんでした。むしろ読むなというように私に働きかけていたようにも感じています。

 さて私が「神との対話」を読んだとき、不思議なことに気がつきました。読んでいると頭に何か不思議な感じがするのです。あとで判ったのですが、読んでいるだけで頭の部分のチャクラが活性化して来ているのです。そのうちに頭のてっぺんの髪の毛が何かチリチリと蟻か何かが這い回っているのか、静電気のようなもので髪の毛が動いているのかというような感じまでしてきたのです。他の本で調べたら頭の部分はアジナというチャクラで頭のてっぺんがサハスラーラというようです。とにかく読んでいるだけでチャクラが活性化してくるのですから、この本は本物だと考えざるを得なくなったのです。他の本を読んでいてもこのような体験は今までいちどもありませんでした。

 余談ですが、感受性の強い目覚めた女性の場合には、それが胸に響いてくるかどうかで正しいことかそうでないのかが判るようです。私の場合ははっきりいってかなり鈍い方なので、そのように物事を感じ取ることが出来ません。私の予想ではあるのですが「神との対話」を読んだときに、そのような女性は何か感じることが出来るのではないかと思います。

 神といってもいろいろとあるわけで、多くはパワーのある霊魂が自ら神と名乗ったり、自分で神だと思っていたりでそれについては簡単には言えないのですが、「神との対話」に出てくる神とは、聖なる神、集合無意識、創造主などいろいろな言い方は出来ますが、世界の最初からいたほんまもんの神様です。「神との対話」は自動書記をした著者であるニール氏のフィルターを通してるとはいえ、その他の文献、たとえば聖書などで何重にも解釈のフィルターがかかっているものよりもはるかに信頼できるものなのです。私はこの本を全面的に信じております。

 この本とこの本の続編である「神との友情」「神とひとつになること」の中で神様は何を言っているのでしょうか、もちろん読む人ごとに重要なポイントが違っては来るのですが、私にとって重要な部分について整理してみます。

輪廻転生

 これについては、明らかに書いてあります。何度も何度もそれに関係することに触れています。

カルマについて

 通常言われているようなカルマについてははっきり否定しています。それに加えて「やらなければ成らないことはひとつもない」という言い方で、カルマの考え方と矛盾している部分は多く見られます。

指導霊(ガイド)について

 指導霊については、全く触れていない。むしろ「私が送ったのは天使だけだ。」と明言している。すなわち指導霊は聖なる神とは関係がないことを言っている。(指導霊などは在るべきではないという様にとれる)

人生の選択について

 人生における重要な選択は自分で行うのが良いと言っている。人間の持つ創造力に関して、たえず選択を続けているということにも力を入れている。これは現実は自分で作っていることを認識させ精神的自立を求めている。(依存ではなくという意味)

人間の神に対する勘違いについて

 人間が作り出した神に対するイメージを正している。そしてその考えが多くの人間の創造力で実体化しかけていることにも少しだけふれている。

宗教について

 キリスト教での罰を与える存在としての神を間違えた考え方であるとなんども力説している。聖なる神が人間を罰することなど無いと明言している。仏教などのカルマなどの考え方が違っていることは、カルマのところでふれている。(ニール氏がキリスト教圏内で生活しているので仏教的なことなどへの批判は少ない)

地球について

 宇宙の中でも、地球はかなり霊的に遅れた部分であることを言っている。今の地球の政治や経済、宗教、人間の価値観などをみれば遅れていると言われても至極当たり前で、この状態で進歩しているなどとと考えるのはよほどの馬鹿であるとしかいえないと思います。(私の意見) 当然、科学的にも遅れているわけなのだけど。他の進歩した星から見ると地球は悪い見本であり、「どうしてこんなに成っちゃったんだろう。」というように見られていることを書いている。

 今回の事に関しては、思いつくままに書くと大体こんなところでしょう。これらのことと指導霊が言ってきたことの相違点などを考えていくと、この前書いたような結論になるのです。とくに確実なのは指導霊が聖なる神が使わしたのではなく、神が望んでもいないカルマというもので人間をコントロールしていたということは大事だと思います。指導霊を人間より上の存在だとしてありがたがっている人たちもいるので困ってしまいます。彼らに私たちの生活に干渉する権利などはないのです。

 この次に、「地球の神」の陰謀について、もう少し判り易く書いてみようかと思います。前回の話をよく読めば書いてあるんですけど、整理してみることにします。

(2002/08/04)


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