大切なもの (第35話)

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 いつかこの霊界を含んだ世の中の構造について私なりの見解を書きたいと思います。いろいろと可能性を考えていると少しずつヒントをもらえているのを感じています。それにこの前の出来事の意味も、またより深く理解出来てきたので、それについてもいずれ触れたいと思います。というのはこの前の出来事の現象から、世界の構造を探るヒントもあったりしてなかなか興味深いものがあります。(まだ書いていないけれど普通だと想像できないくらいのことがいろいろあったのです。)

 いま私はバースビジョンというカルマから自由になりました。しかしながら私の魂は輪廻転生の普及についてこだわりを持っているのは確かのようです。それとは別に地球の神の企みのことをもう少し普及させなくては成らないかとも思うし、この上に書いたようにこの世の中の構造を研究して「幻想論」というのも書いてみたかったりしているのです。

 この三つのうちのどれをやって行こうかと迷っていたりするのですが、結局すべてやるのか、何もやらないのか私と私の魂がどのような未来を創造していくのか自分のことながら興味深いものです。

 ということには全く関係なく、今回は私は何に価値観を置いているのかということにふれて見たいと思います。これはいずれ「幻想論」の一部になるかもしれません。

 この「大切なもの」については、現世的な見かたによった私の以前の価値観と、霊界を含めた宇宙(大宇宙ということにします。)の構造までを頭に入れた説明と両方できるので、あえて両方を書いてみることにします。

現世的な価値観

 全て形あるものはいずれなくなっていきます。もしも歴史に名前を残しても、いつかはその歴史すらもなくなってしまうのです。これは現世的な見かたをしても少し視野を未来に広げてみればすぐにわかることです。いま誰かがいくらお金をたくさん持っていようが、どんな貴重品を持っていようがそれは時間の経過とともに意味がなくなってしまいます。これはものの価値を考えるときに時間をその要素の一つに考えることは出来ないということであります。

 ではいったい何が大切なのでしょう?全てのものはいずれ亡くなってしまいます。自分の身体でさえいずれなくなってしまいます。むしろ一瞬で消えてなくなってしまうものの中に大切なものがあるのではないかというように思えてきます。「気持ち」「想い」こそ大切なものであり、その時々の「思い出」や気持ちを大切にしていきたいと思っています。そのように考えている人は多くいると思います。

 少しだけ追加すると、「思い出」というのは過去のことであり、むしろ「思い出」を思い出しているときの気持ちの方が「今」の物なのですから、実は気持ちという感情の方がより重要であるし、またその感情がつらいものであっても生きている証として感じ取れることが大事だと言うことに成ります。

大宇宙の構造を考えての価値観

 こちらの方が本題になりますが、結論は現世的なものと大きくは変わりません。大宇宙では時間はこちらとは違います。過去、現在、未来の全ての時は同時に存在しています。そして全てのものが変化を続けています。ということは、過去の出来事もどんどん変わっているということです。たとえば、あの日あの時、誰かと愛の言葉を交わしたという過去があったとしても、もしかしたらその事実さえも消えてなくなってしまうことがありえるのです。

 時間ということが関係してくると、現象としての事実は事実として全くあてにならないものであると言うことに成ります。これは現世的な価値観で出した結論をもっと強烈にした結果になります。とにかく存在として確認できることは「今」という瞬間でしかないのです。(厳密にはごく最近の過去の瞬間のこと)

 たとえば過去生において誰かを傷つけたとしても、その過去さえ今残っているのかどうかも判らないのです。ついでに言うと、過去の出来事に起因してカルマを持つということは、確たる根拠のないものに対して責任を感じることになるのです。ですから創造主たる「聖なる神」は過去にとらわれるなと何度も言っています。大宇宙の仕組みを理解していればカルマなどということはありえないのです。(俗にカルマの法則と言われる因果律は別のものです。)

 結局のところ、確実なのは今という瞬間だけしかないのです。「過去のことはもう確定したことで変わることがない」という誤った現世的な認識によって物事を考えているとこの事はなかなか理解できないかもしれません。ついでに書くと「地球の神」は人間の想像が作り出したものであるため、この時間に関しての概念は理解できていないようです。もともとカルマをベースにして成り立っているのですから、大宇宙の根源的なものとは相容れないものがあるのです。

 もう一つ大事なことがあります。いずれ「幻想論」で詳しく書こうと思っていますが、簡単に言うとある意味ではこの世の中の物は全て幻想だという見方が出来ます。そうすると本当に大切なものは「今」あってしかも物ではないもの、そうです、気持ち、感情、想いなどという霊的な存在の重要なファクターなのです。

 大切なのは「今の気持ち」、とくに「今を喜ぶ」という気持ちです。この時忘れてはならないことは、過去も未来も不確定ではあっても必ずあるということです。矛盾してるようにとられてしまうかもしれませんが、「今」があるためには必ず「過去」があり、そして「未来」も続いていくのです。

 広い大宇宙の中のこの場所に今こうしている。そして過去何回も人生を重ねて、つらい事もあっただろうし、楽しいことも驚いたことも恐怖したことも、いろいろな経験をしてきて、そしてこれからもいろいろな経験が待っている。そして必ず栄光と感激の時も待っている。そして今はここにいる。ここにいるのは確かな事実で、それは自分以外のおおぜいの人や霊のおかげであるし、この恐ろしいほど巧妙に作られた世界の中で、人生のドラマを体験し、今こんな思いに浸っている。これは「神様の贈り物」以外のなにものでもない。「私は今、幸せである。」

 とまあ、こんな風にいつも思えたら本当に幸せなんだけど、たまにしか出来ない自分がなさけない。(^^)

(2002/08/17)


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