第三の眼 (第36話)

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 しばらく前から、かなり真剣に瞑想をやっています。まだまだ初歩の段階なのですが、今の時点でわかったことを書いておきます。

 とりあえず私の瞑想の目的は、私の魂もしくは内なる神アートマンと出会うことを目的にしています。私は前にもいんちき占い師の所で書きましたが瞑想とかは苦手な方です。というのも俗に第三の眼といわれる見る能力がちょっと苦手だからです。それでもいろいろやりたい事の手助けになるのかと思い挑戦しているわけです。

 さいきんやっとある程度意識的に第三の眼を使えるようになりました。(なかなかうまくいかないけど) まず最初は第三の眼って何だろう?というレベルからのスタートでしたし、なかなか出来なかったのでちょいと苦労しましたが、出来るようになってすこしわかってきました。これから挑戦しようという人の参考になればうれしいですね。

 第三の眼は超能力の源とかいろいろな言われ方をするようですが、第三の眼は基本的にセンサーの役割で力の源泉とは別のものです。わかりやすく言うと、人間が夢を見るときに使っている眼のことなのです。第三の眼は人によっては自然に発達していて、見るという行為のときに普通の眼と同じように使っていたりもするようです。このような人には、これから書くことは当たり前であると同時に、かえって二つの見方の区別がつかないのかもしれません。(比較的女性の方がこの能力は高いようです。)

 もともと夢を見るときに自然に使っている能力で誰にでもある能力なのですが、それを起きているときに使うことにより、より意識的に霊界の情報とか、自分自身の内側とかを探索出来るようになるのです。

 眼をとじて、まぶたの内側を見た場合に画像が見えてきたときにふた通りの見え方があります。一つは視神経の回路を使った見かたで、もう一つが第三の眼を使った見かたです。先の方はたぶん誰でも出来ると思うのですが、まず頭で考えて、まぶたの裏側に絵を書くように画像を作っていく方法です。たとえばりんごをイメージしたときに、全体の形がこんな風で、ここに枝がついていて、こんな色をしていて、ここにふくらみがある。などというように一つずつ考えてまぶたの裏側にお絵かきするような感じです。これが一般的な方法で私はこの方法でしか瞼の内側に画像を見ることしか出来ませんでした。

 もう一つの第三の眼を使った場合、りんごを思うだけでちゃんとりんごの画像が出てきます。調子のいいときには本当にリアルに写真でも見ているかのように出てきます。まあ簡単にいえばりんごの夢を見ているわけです。この第三の眼は何に使えるのかというと、割といろいろな使い方が出来るようです。たとえば霊をみたり、心や身体の調子を見たり、もちろん瞑想中にいろいろなものを見るとき、そして幽体離脱したときの見かたも多分これだと思います。(私はまだ出来ないけど) たとえば風邪をひいて調子が悪かったときなど、ふとヘドロのような汚物がイメージに浮かんできたりします。これなどは心の中のあまり良くないエネルギーを第三の眼がとらえたのだと思います。

 もともと夢を見るときに使っている能力なので、基本的に見たいと思うものは見えてしまうのです。難しいのはそれが単なる願望とか、恐れから自分で見てしまったものなのか、霊界などからの非常に微弱なエネルギーを感じ取って画像としてみているのかを区別することでしょうか。そこら辺はなんともいえないものがあります。結局本人がどのようにそれを捕らえるかしかないのかもしれません。

 さて、ではこの第三の眼を使えるようにするのかということなのですが、とりあえず瞑想をしてみるしかないようです。それでリラックスして画像が出てくるのを待ちます。その時に頭で考えて画像を作るやり方はしないほうが良いです。頭の中での回路が違いますから最初のうちは無理して画像を作らないようにしないといけません。

 人によっては私と同じようになかなか出来ないと思います。じっと瞑想しているうちにうたた寝に近い状態になったときに夢を見るかも知れません。その時の見え方を出来るだけ覚えておきましょう。(言うはやすしですね) 瞑想していてもなかなか見えてこない場合頭のてっぺんを内側から覗いて見るのも手かもしれません。視神経のテリトリーから外れたところを見回してみて(普通の眼では見えない所のこと)もしそこに何か見えたらそれを見続けましょう。なにが見えていてもかまわないです。もしかしたらいつも形を変えているものかもしれません。とにかく見続けることが第三の眼を鍛える方法だと思います。(えらそうに書いてはいても私もまだこの段階)

 ある程度慣れてきてもまだまだすぐには鮮明な画像は見ることが出来ません。見てはいても実は霧の状態を見ているのかもしれません。第三の眼が働いていても霧のようなものを見ているという場合が多いからです。そのようなときには、その霧を何とかして振り払わなければなりません。たとえばその霧が晴れているのをイメージしたり、小さな塊に集めて横にどかしたりしてとにかく第三の眼の眼前からどけてしまわなければ成りません。

 その霧は一体なんでしょうか。たぶん自意識が生み出した障害物です。毎回違ったタイプの障害物が現れるようで、あるときは壁のように行く手をさえぎられる感じもしたりします。壁のように感じた場合は何とか穴をこじ開けるか、意識の向きを変えて壁から離れます。障害物がとれると非常に明確な画像が現れます。毎回ここまでいける訳ではないのですが、ヨガの本によるとここまでは瞑想の基本らしいです。どうもこれがすんなり出来るようになるともっと違った世界にいけるようにも思います。

 ついでに私のここまでの途中経過も書いておきましょう。瞑想を始めたころは全然わかんなかったのですが、深呼吸を繰り返しているとチャクラが活性化してくるのがわかります。私の場合、最初に頭のチャクラがそして頭のてっぺん、そして喉の部分になります。喉のチャクラが活性化してくると何というか、咳をしたくなるというか、変な感じで、我慢しているとすごく苦しくなってきます。あまりに痛い感じで瞑想どころではないようにも思えてしまうのですが、しばらくして解決方法がわかりました。頭を上げ気味にして喉のところができるだけ広くなるような姿勢でいるとかなり防ぐことが出来ます。それまではあまり姿勢などは気にしなかったのですが、それからは少なくとも背筋はなるべく伸ばしているようにしています。(基本的に正式に習ったわけではないので、楽な姿勢でやってます。)

 もひとつついでに書いておくと、喉のチャクラが活性化するようになったころ、一度ものすごくまぶしい光を見ました。「あっ、まぶしい」と思って思わず意識を横に向けたらもう見えなくなってしまいました。このときはわりと深い瞑想状態になっていたのでしょう。皮肉なことにこの後で、第三の眼で見ることを覚えたのですが、今度は瞑想中に夢を見るようになってしまったので、その時のように深い瞑想状態になりにくくなってしまったようです。たぶんまだ見ることに意識が行き過ぎているからだとおもいますが、意識しないで第三の眼が使えるように成ってきたらまた見ることが出来るのだろうと考えています。

 ちなみに私の場合、「瞑想」(内藤景代著、実業之日本社)を参考に読んで瞑想をやっています。瞑想にじっくり取り組みたい人は読んでみるといいかもしれません。(スクールもやっているけど東京なので行ったことはないです。)

(2002/08/25)


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