堕天使 (第39話)

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 なんと言ったら良いのか、私としては異例の3日連続のアップになります。私の霊的なドラマはこの前の一件で終わったと思っていたのですが、まだまだ続きそうです。つい最近メッセンジャーの宣言をしたときは、今度は現世的なドラマを期待していました。正直、霊界がらみのドラマはちょっとうんざりぎみです。

 第40話を書いたのが昼過ぎだったのですが、夜になってなんか不安な感じがしていたのです。何かあるのかなあと思って誰かいるかと聞いてみたら、天使が来ていました。何かメッセージがあるのかどうか訊いてみたのですが、特に無いということです。用がないのに来るのは変だなあと思っていろいろと訊いてみたのです。(いろいろ知るためにはいい機会ですから)

 例によってカードでいろいろと質問したのですが、どうも様子がおかしいのです。昨日の精霊と言うことが違うのです。天使も精霊も同じクループに属していると思ったので不審な感じがしたのです。とりあえずカードと直感で悪戦苦闘しながらある程度の情報を聞き出しました。

 天使が私のところに来たのは、昨日の書き込みが原因のようです。私のページの読者が霊界にもいたのかと思うと少し愉快なきもするものです。しかし、攻撃的ではないもののどうも内容に対してクレームをつけたかったようです。特に一般的な神についてふれた部分が良くないと言っていました。天使がその様なことを言うのはちょっと不思議な気がしたのですが、間違えているところがあるのなら訂正しようと思い細かくきこうとしたのですが、どうもはっきりしません。それでもいろいろ訊いているうちにあることがわかりました。

 私が言っている「地球の神」は天使の一人だったようです。(たぶん本人は神を名乗りながらもまだ天使のつもりでいるのだと思いますが) 私のところに来た天使に地球での不自然な転生について意見を聞いたところ、最初は問題が無いと言っていました。しかし「聖なる神」がそれを望んでいないということを知っているのかときくと、知っていると言うのです。「地球の神」もそれを知っていると言っていました。しかし直すつもりは無いとも言うのです。

 私は天使は仲間だと思っていましたから、はっきり言ってかなりショックを受けました。天使が「聖なる神」の意向を無視して、自ら神を名乗り、地球の輪廻転生に不当な介入をしているのですから。これが私の創造したドラマとして考えてもちょっとやりすぎだと思えるし、私が体験しているのは、幻想の中の幻想ではなくて幻想の世界の中の事実なのかも知れないと思えたのです。今まで、あのときの出来事がどっちであるのか半信半疑でしたから。

 もともとかなり貧弱なコミュニケーションしが出来ないので、ひとつひとつ確認してしかなければなりません。まず天使なので「神との対話」に出てくる神は本物の「聖なる神」であることを認めました。(これはある意味収穫です。)そしてその中ので出てくる神の意志と、現実の地球の輪廻転生の現状が違っていることも認めました。この前の一件以降表向き強要はしなくなったようですが、まだ干渉していることは確かです。

 いったん話が飛びますが、どのように食い違っているのか簡単に書いてみます。まず「聖なる神」は瞬間、瞬間に魂が成長し変化していくことを望んでいます。その考えだと(現世での)長期間にわたってカルマやバースビションで行動を制限することはおかしいのです。おまけに本人の魂が望んでいないバースビジョンを押し付けている例もあります。(偶然ではないと思いますが、前日に偶然そういうケースを知るというミニイベントがあったのです。) 私の経験では、私の行動と私の魂の意見が一致しているとき、ある種独特の喜びを感じることが出来ます。バースビションで行動を誘導することによって、その人はその喜びを味わうことが出来なくなってしまうのです。

 実は、「神との対話」の中のかなりの部分は、地球の霊界批判でもあるのです。そのつもりで「神との対話」を読んでみると、ここでもかここでもかという具合に現状の輪廻転生がおかしいということが出てくるのです。客観的に見て、今のカルマの制度はやりすぎです。同じ様な言葉で「カルマの法則」と言ったり「因果律」といわれたりする、宇宙の絶対法則はあるのですが、それだけで魂は充分成長するだけの機会を得ることが出来るのです。無理して「カルマの法則」の時間的なスケールを大きくしたようなバースビションを強制する必要は全く無いのです。同じ人間同士で何度も殺しあうとか、同じ失敗を何度も繰り返すとか、それはその様な状況を何度も指導霊たちが作り出してきたから起こる事なのです。本来、魂は一度の失敗である程度成長しているのですから、何度も何度もまるで罠にはまったような結果になる可能性が高いことを、何回もの人生をかけて行うのは愛とは遠くはなれた行為だと言わざるをえません。(少なくとも私はそう思います。)

 このようなことを考えて、天使に伝えた後、天使はいなくなってしまいました。図らずも私は霊界に対してのメッセンジャーもやってしまったのです。

 私は「聖なる神」を信じているから大丈夫だとは思うのですが、それでもちょっと不安です。本当はちょっとどころかすごく不安な気分になります。こんなときは「聖なる神」からのプレゼントである「神との対話」を見るにかぎります。何気なく開くと大概の場合、その時の私に必要なメッセージが出ているのはいままで何度も体験していますから、神様の意見を聞くつもりで本を開いたのです。出てきたのは、「あるいは死後は神のもとに戻り、一体となるというはっきりしたした信念を持っていれば、魂は決して「死」を悲しんだりしない。その場合の死は、輝かしい瞬間、すばらしい経験だ。」という文章でした。これって「いつでも戻っておいで」と言うようにとれます。思わず涙がポロポロ、久々の感激の嵐でした。今のままの地球ならもう生まれ変わりたくないと少し前から考えていたのですから。

 でもしばらくして考えたのは、このまま逝ってしまったら、まるで私だけ一人で逃げ出したみたいに成ってしまう。とりあえずまだ暫くは身体がもつだろうから、もうちょっとこの世でかんばってみようと言うことでした。メッセンジャーとしてページを作って、この世の中は見る視点によっては幻想だと説明して、最後のつもりで人生を楽しんで、その後どうするのか、その時に相談して決めよう。と、魂に問いかけたら、魂は大いに賛成してくれたのです。

 ここまで書いて、何か忘れているなあと思い出しました。そうですタイトルの「堕天使」です。「堕天使」という言葉のもともとの意味は知らないのですが、私が思うには、天使が自ら神を名乗った瞬間から、天使は「神」になるのではなく「堕天使」になるのだと言うことです。ここまではっきりと「地球の神」の批判をしても良いのかと思うけど、これは私にとっては客観的な観察の結果なのです。(本当はかなりの部分「聖なる神」の影響なのですが)

 残念なことに、地球の8割の人間は「堕天使」にコントロールされているのです。(内心ちょっと書きすぎかなあと思っていたりもするんです^^) (2002/09/03)


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