宣言 (第44話)

魂の部屋に戻る

 私が「神との対話」を読んだのは今年の3月です。本が発売になってかなりたっているのですが、それまでの間は霊的なことに興味を持っていなかったため読む気もなかったのです。それまでも気まぐれに霊的なことや占いに興味を持つことも何度かあったのですが、そういうものってしばらくやっていいると、だんだん嫌気がさしてきて普通の生活に戻っていました。だいたい半年くらいが今までのパターンのように思えます。今回も指導霊が何やかやで私の生活にちょっかいを出してきて、既に半年を超えています。今回も何度か嫌気を感じています。そもそも眼に見えないようなものに思いをめぐらすというのは、なかなか面倒なものであります。

 何でこのようなことを書いているのかというと、今日こんなことを考えたのです。

 将来、宇宙の仕組みとか霊的なことを教える科目が出来て、学校で何時間もかけて勉強するようになるのでしょう。そうしたらなんと退屈で嫌な時間になるだろうなということを考えたのです。まあもともとおくが深くてその気になればなかなか面白いものも学校の授業で扱うと途端につまらないものになってしまいます。歴史など暗記することなど物事の本質から言うとほとんど意味の無いものをやらせているので、歴史が得意だと言う人でもそれは歴史のテストが得意だということで、自分の価値観を形成する上で、あるいは広い視野に立てる為などに必要な歴史感というものを育てるようなことはほとんどされていないようにも思います。

 私が生まれ変わって、学校で創造システムのことや霊的なことを習うようになったとしたら、私は嫌で嫌でしょうがないだろうなと思うのです。だってこんなめんどくさいことを誰が好き好んで教わろうとするでしょうか?それにおそらくクラスに何人か変に出来るやつがいて、何々とコンタクトが取れたとか、ひとつであることを実感したなどと、言いそうで、それでさも自慢げに「みんな同じなんだよ。」とか言うのを聞かされたらたまったものではありません。

 こんなページを書いてる私がこんなことを書くのは変だと思うかもしれませんが、私にとっては少しも変な感じは無いのです。まあ結局は私が変人であるという証拠になるのかもしれませんが。まあ、愚痴はこれくらいにして、本題にいきましょう。創造システムにアクセスするための特殊コマンドである「宣言」について書きます。

 言葉には特別なエネルギーがあることは「神との対話」でもはっきり書かれています。思考のエネルギーと言葉のエネルギーでは波動のレベルが異なっていて宇宙に与える影響が大きいということです。(前話の書き方とちょっと違うけど同じことだからあまり気にしないでね。)その言葉の中で特別な意味があることばが用意されています。それが「宣言」というものです。これも本の中でかなりはっきり書いてあります。最初は日本語でも良いのかなあ、と疑問にも思ったのですが、結論から言いましょう。日本語で出来ました。まあ本が訳された段階でコマンドとして登録されたのか、発言したときの思考が分析されてコマンドとして解釈されるのかはよくわかんないものはありますが、基本的にこのような問題を扱うときに、変に科学的に分析しようなどと考えると、建物がぼんやりでも見えているのに、土台(建物の基礎)の分析だけしてあれこれ言って一生を土台を確認することで終わってしまいます。(科学者は思い切って視点を変えるべきです。)

 今日は余談がおおいかも。^^; こんな気分のときもあります。

 さて、私の場合ですが、なんと三つも宣言をしてしまったのです。最初の二つはまだ状況がよくわからないのにもかかわらず宣言をしてしまったのです。最後のは「私はメッセンジャーである。」という宣言で、これは今までも何回かは触れています。問題は最初の二つです。

 「神との対話」を読んでしばらくしたときでした、理由は忘れたのですが、指導霊に怒りを覚え「馬鹿やろう。」と怒鳴ったことがありました。その時不思議なことに、奇妙に心が晴れ晴れして、すがすがしい気分になったのです。なんとも言いようの無いすがすがしさなのです。その後数日して、今度は神の悪口を言ったのです。このころはまだ神の事もよくわかっていなかったのですが、とにかくどの神というわけでもなく悪口を言ったのです。そしたらまた例のすがすがしさが起ったのです。

 「このすがすがしさはいったいなんだろう。」と、数日考えていたのですが、結論として「神との対話」に少しだけ書かれている、私たちの道案内の仕組みだということに考えが至ったのです。本の中で「楽しいことをしなさい。」といっていたり、心の中に道案内がいるというように書かれていることです。ようするに、私たちが何かをしたとき、何か不思議な「すがすがしさ」を感じるようなことがあったのなら、それは私たちと私たちの魂にとって何か重要な行動をしているということなのです。言ってみれば神様(もしくは魂)が私たちが何か行動したとき、「ああ、それだよ。それ。」と言っているのです。

 神の悪口を言ったら、なぜかすがすがしくなった。普通なら、ちょっと悩みますよね。私に与えられたテーマって、私の魂の課題はいったいなんだ?と思いますよね。またしばらく考え込んでしまいました。結局あまりよくわからないまま、宣言をしてしまったのです。それは「私は神を批判するものである。これがわたしである。」と言うやつです。当然ですがこの時はまだ地球の霊界の問題点などは全然気づいていなかったし、地球の神と聖なる神の区別もよくわかっていなかったのです。ただ、「まあ成長の段階で神を批判する時期も必要らしいから、私もその時期なのかも知れない。」ていどの考えで宣言してみたのです。

 宣言をした時、おどろいたことに私の魂が吼え始めました。(胸の奥から込上げてくる魂の声のこと) それまで静かに考え事をしていて、何も興奮するような状態でもないのに、魂が急に反応してきたので私もちょっとびっくりです。そのころは今の私のように頻繁に魂の声が出てくるわけではなかったですから、「あらら、なんかたいへんな事をしてしまったのかな?」と思ったのです。

 とにかく「神との対話」に出てくる宣言は、よく意味がわからないけど何か意味があるのだなあと気が付いたのです。本の中ではこのように書いてあります。

ほかのひとに、「これがわたしである」と宣言しなさい。「これがわたしである」というのは、宇宙で最も力強い宣言だ。あなたが何を考え、何を語るにしても、「これがわたしである」という言葉をきっかけにものごとが動き、体験できるようになる。「神との対話1」4章

 べつの本には、「これがわたしである」という言葉で、宇宙が動き出す。というような書き方もしているのです。私の場合誰かに話しかけるのではなく、独り言だったのですがそれでも全然問題なかったようです。

 私としては、「神を批判するものである」と宣言してしまって、魂の反応から何か普通ではない状態になっていると思ったのですが、内容が内容だけにちょっと不安を感じてしまいます。それでちょっと意味合いを薄めようかと思って、もう一つ宣言をしたのです。この心理はわかっていただけますよね。^^

 「私は探求者である。これが私である。(私はこういうものである)」というのが、追加でした宣言です。やはりこれも魂の反応があって、どうやら宣言として成功したようでした。

 私はあまり意味が判らずに、いっぺんに二つの宣言をしてしまったのですが、それこそ意味が判らないのでしばらくして宣言をしたことなども忘れてしまっていたくらいなのです。ずいぶん後になってこの宣言の意味というか効果が出てきたのですが、それに気づくのにもまたしばらくかかったりしたのです。

 あらためて整理してみましょう。私はふたつの宣言をしました。それは、「私は神を批判するものである。これがわたしである。」「私は探求者である。これが私である。(私はこういうものである)」です。この宣言をした結果が、「神様からの贈り物 (第32話)」の出来事につながっていったのです。そしてそれは現在でも宗教の神を批判する立場として続いているのです。

 私の場合ちょっと特殊な事情があって、あのような宣言をするように誘導されたのではないのかとおもっていますが、まあそれはまたこんど、時間のことを説明するときにでもふれようかと思います。何はともあれ、私は自分自身で宣言をして、その効果を体験するということが出来たのです。一つの出来事がいろいろな意味を持っているのは、まあ驚きというか何というか、宇宙の仕組みに感謝しないといけないですね。

 メッセンジャーの宣言は最近です。これも魂の反応があったのですが、このときは反応があって当たり前というような感じでとらえていました。実はその前から知らず知らずのうちに行動を通して「メッセンジャー」の宣言をしてしまっていたような感じもしていたのです。というのは、このページを書き続けるときに、えらそうにも他の人の為に情報提供すると書いたり、別のところで宇宙の秘密を説明するなどと書いてしまったので、それが結果的に「メッセンジャー」の宣言に近いものに成っていたのです。それでも改めて宣言するときにはちょっと勇気が要りましたね。なにしろ既に効果を体験しているのですから。

 宣言をするときには、それなりの覚悟を決めて、よく考えた上でやりましょう。わたしが何者でありたいのか、何者として行動するのか、どんな存在で在るのか、そういうことをしっかり確認してからしたほうがいいと思います。ただ何も考えずに言っただけでは宣言としては効果が出ないかも知れません。宣言をした後で魂の反応があったのなら、それは魂の了解であって、それなりの結果が期待できると思います。そのあとは頑張って「あるがまま」でいれるように選択をすれば良いのです。

 追記、このページを書いたことで、私の宣言がまた強化されてしまうような気がしないでもないのですが、まあそれはそれで良いとしましょう。なぜなら文章にもエネルギーがあるのです。^^)
(2002/09/17)


魂の部屋に戻る