未来の予定 (第45話)

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 創造システムがどのように我々の未来の選択肢を用意するのかという問題について書こう思います。が、これがちょっと厄介なのです。はっきり言ってまだよく判らないのです。それに私たち側にも問題点がある為、その理解と説明はかなり難しくなります。これが解るようなら、宇宙の仕組みのほとんどを理解したことになるのではないかとも思えるくらいです。それでも私が理解していることと、何を解らないのかも書いてみることにします。

 創造システムを理解するうえで最も難解だと思われる部分なんですが、この難解さは私たちの自意識との価値観の違いが障害になっています。悪いことに私たちの自意識の中には長い間の宗教の影響で宇宙の本質と異なった考え方が根付いています。おまけにもっと深刻なのは魂までもその影響を受けてしまってもいるようです。

 と、数日前に書いたのですが、どうも気に入らなくてそのままにしていました。今日になって少し答えが見えてきたので訂正しながら説明を続けようかと思います。まず「宇宙の本質と異なった」と書いたのですが、もともと宇宙自体が私たちの創造の結果なので、宇宙の本質などというものは存在しないのです。宇宙自体は私たちが思い描いた宇宙が存在しているのです。これは集合意識として大勢の人間の意識で作られているためにかなり強力な創造力で作られていることになります。(宇宙自体はもともと存在しているけど、私たちの創造により今の形になっていると考えられます。)

 「宇宙の本質」というのをあえて言葉で書くとすると、「多様性」ということに成るでしょう。いろいろな宇宙が有り得るし、実際その宇宙の住人の認識で宇宙自体も全く別なものになってくるということなのです。ですから、我々がいくら我々の宇宙の本質を突き詰めても、それはあくまでも我々の集合意識を調べることになるだけなのです。言い換えると宇宙自体も我々の創造物なのです。ちょっと説明が難しいのですが、このことが私たちの未来の選択肢を想像システムが作り出すときにどのような手順で、あるいは基礎として作成するのかに影響が在るのです。

 「本質と異なる考え方」というのは、これは「宇宙の本質」ではなくて、それよりもう一つレベルの高い意味であえて言えば「生命の本質」とでも言うのでしょうか、「ある特定の命が、他の命をコントロールすることは出来ない。」というようなより本質的なものに対する矛盾なのです。

 ちょっと但し書きが必要かもしれません。ここで宇宙といっているのは私たちが住む3次元の宇宙の話です。これは小宇宙と言った方がいいかもしれません。他の時空、次元にはまた別の宇宙が在るのです。魂は別の時空に移動できますからそこで生まれ変わることも出来ます。ただそこは私たちの今住んでいる宇宙の中ではないし、全く別な物理法則で成り立っているとも考えられるのです。くどいですが言いかたをかえると、私たちの集合意識が地球の周りに宇宙を作り出していると考えることが可能なのです。ちょっと極端な言い方なのですが私たちの地球と私たちの小宇宙はいったいであるといってもそれほどの誤りではないと思われます。

 出来るだけ簡単にわかりやすく書こうとは思っているのですが、少しずつ解ってくるとそのたびに説明が難しくなっていくのを感じます。まあ理解できなかったらごめんなさい、私の説明がへたなのです。それに完全に正しいと確信がもてるわけでもないので、あまり気にする必要は無いと思います。ただ、この後の創造システムの手順を考えるときその様なことが前提になっているということは承知していてください。

 さて少しずつ本題に近づいていきましょう。私が難解だと考えていたのは、「この難解さは私たちの自意識との価値観の違いが障害になっています。」と最初の方で書いたのですが、システムが現実の選択肢を用意するための基本公式のようなものと、私たちの潜在意識が創造しているものとの区別が難しいと考えていたからなのです。しかし創造システムに基本的な法則が組み込まれていているのではなく、その法則自体も私たちの集合意識の反映であるということに気が付いたのです。解り易く言うと、システムは何かの原因となる選択肢を作成したと同時に、その必然的な結果を未来の予定としてデータに加えます。その必然的な結果というものも実は私たちの集合意識(世の中の常識)で考えた結果が用意されるのです。あえて言えば、創造システムの中の基本的な公式ですら私たちが創造したものなのだと言うことです。

 現実におこすのは大変なことなのでしょうが、これは次のようなことも意味します。「私たち地球人の意識ががらっと変われば、私たちの小宇宙の原理や構造までも変わるし、原因と結果の対応などの原則までも変わってくる。」ということです。

 ではいよいよ核心の部分に入りましょう。創造システムのごく基本的な格となる部分はおそらく物凄くシンプルな構成になっていると思います。というのは完全なものはいつでもシンプルなものですから。へんに凝っているものは、凝っているゆえに完全ではないのです。「simple is best」という言葉は大好きです。ちなみに嫌いな言葉は、「正義」と「躾(しつけ)」です。どちらも自分の誤った価値観を人に強要するものですから。

 さて、そのシンプルな部分とは何かというと、同じレベルのエネルギーは引き寄せられる、相手に送ったエネルギーは返ってくる、このふたつは間違いありません。もうひとつ、同じ種類でプラスマイナスが逆なものも互いに引き合う、というものもあると思うのですが、今の時点では確証が無いです。ここにこだわっていると先に進めないので、次に行きます。もし解ったらどこかのページで書こうと思います。(実はこの部分だけで数日費やしてます。)

 上に書いたシンプルな部分こそは、どこの小宇宙に行っても通用する原則だとはおもうのです。言ってみれば、大宇宙の法則、あるいは神の法則と言ってもいいかもしれません。創造システムの基本的な処理はこれから始まると考えられます。

 さていよいよ現世的な見方で、創造システムを想像してみます。これから書くステップは私がこうであろうという想像です。もともと私たちの次元からでは完全に理解できるものではないので、総合的に考えた結果だとして読んでください。インスピレーションや共時性で教えられたものも加味しているのですが、部品は色々と解っていても全体として完全にはつながっていないのです。

 まず、私たちのリクエストや思考がエネルギーとして創造システムに送られます。そのエネルギーは先ほど書いた大宇宙の法則により、互いに引き寄せあうものを選び出します。本当は選ぶと言うより勝手にエネルギーがくっついて、新たなエネルギーが発生すると考えた方が自然です。「神との対話」の中で、トムとマリーのエネルギーの干渉によってトマリーが出来るというたとえがのっていますが、これと同じような現象がおこると思います。これは普段の生活で少しでも関係が在る人の全てとこの現象はおこっていると思われます。ただ波長が合わなかったりすると非常に影響力の小さなもので終わってしまうのでしょう。もしも全くの単独で成り立つ「要請」などの場合はそのエネルギーそのものが影響を与えることになります。

 とにかく、他の人との関係における創造の場合は、トマリーのようなエネルギー、因果律とも言われる人から帰ってきたエネルギー、そして本人の希望などの単独なエネルギーなどの第1ステップのエネルギーの加工が行われます。ここまでは用意される選択肢のアウトラインでまだ細かいことは決まっていません。この段階で既に過去において自ら、もしくは他の人が作り出したもの、たとえば過去の原因による結果のエネルギーと一緒にされます。この結果としてのエネルギーを自らの意志により作り出した物であると認識することにより、それを変更することが出来るようですけど、これはマスターレベルの話です。

 次のステップで、そのエネルギーをもとに具体的な未来の予定を立てるのですが、その際にまず既に在る未来の予定が参考にされます。その予定の中で自然に実現される方法が選ばれます。もしもそのエネルギーが弱くて自然な形で実現することが出来なかった場合、それはエネルギーとして残されいずれ実現できる時を待つことに成ります。極端な例でたとえば、「もうこんな人生は嫌だ死んでしまいたい。」と思っていた人は、その気持ちがエネルギーとして残されていて(だんだん増え続けていく場合もありそうだけど)、近くに「人殺しをしたい」と思った人が来たときに何か事件がおきたりするのです。もしその人が殺人犯に合わなければ、それはそれで事故で死んだり、遭難したり、窓から落ちてきた花瓶の直撃で死んだりするのです。もちろんこのケースはかなり極端なケースですが、通常「死にたい」と思うのではなく、「もうこんな生活は嫌だ」とか「一からやり直したい」とか思っていてそれがネガティブなエネルギーであったとしても同じことが起るのでしょう。(同じ事を考えていてもポジティブであるのならそんなことは無いと思うけど、文章にすると同じになってしまう) 実はもう人生を充分堪能したから、いつ死んでも良いと魂が思っているケースもあるのでしょう。アイルトン・セナなどは満足して死んでいったのだと思ったりするのです。

 出来事の創造については、良い言い方が解らないのですが、なるべくしてなるように組み立てられるのだと思います。それなりの公式のようなもので組み立てられるのです。その時、3次元の物理的な常識による結果も当然考慮されるわけです。もう一度書くと、3次元の物理法則と同じ結果を出す多次元の法則があって、これはまあ公式のようなもので、通常の場合、未来の予定を組み立てるときに計算されるのです。この公式の中にも私たちの集合意識によるものがあるのです。簡単に言うと、私たちが「こうすると、こうなる」と信じていることがおきるのです。これは言いかたを変えると、私たちは余程強い意志を持っていないと集合意識の影響を受けてしまうということです。それは私たちの希望にそわない現実を作り出してしまう可能性もあるのです。(ただし集合意識と私たち個人の意識との境目も多くの場合かなり曖昧なのですが)

 ともあれ、用意された出来事は、私たちの行動(選択)により確定します。その確定は未来の変更の確定を意味するわけで、未来の予定が書き換えられることになるのです。

 未来が変更されたとき、その自然な結果としてやはりエネルギーが残る事が考えられます。この結果としてのエネルギーも、私たちの集合意識が働いてくるのです。たとえば誰かが犯罪を犯したとします。その行動(選択)の結果として、警察に捕まるという可能性のエネルギーが発生すると考えていいのでしょう。これは犯罪者の意識が作り出すものではなくて、私たちの「悪いことをすると警察につかまる。」という常識(集合意識)がそのエネルギーを作り出していると考えることが出来ます。そのエネルギーは先ほど書いた、結果としてのエネルギーとして、次の創造に持ち越されるのです。余談ですが、もしも犯人がより強い意思で捕まらないと考えているのなら、その意志の強い間は捕まらないのだとも言えてしまうのです。

 当たり前ながら補足をしておきます。私たちの行動を通しての直接の創造行為も、未来の予定を変えてしまいます。たとえば木を切れば未来の予定の中でのその木はなくなってしまいますし。森林を燃やしてしまえば森林はなくなってしまうのです。実際のところ私たちの意識や無意識をとおした創造行為は大きな被害を及ぼすことは無いのですが、行動を通しての直接的創造行為(環境破壊も破壊された状況の創造です)の方がずっと大きな被害を及ぼすのです。多くの森林がなくなってしまった結果は、無常にもそのまま創造システムの働きにより温暖化現象などにつながっていくのです。創造システムを悪者にしているわけではないです。システムは忠実に結果を計算しているだけなのですから。

 とまあ、創造システムのこの部分では私が理解していることは、こんなところかもしれません。ポイントは未来の予定が在ること、またそれを私たちが変える事が出来ると言うこと。同時にまだ実現されていない出来事や可能性などもエネルギー(データとして考えることも可)として残っていること、新たにより強いエネルギーを創造システムに送ることにより、未消化のエネルギーは結果的に意味をなさなくなるということでしょうか。そして残っているエネルギーもそれを自分の物だとして考えると、それを選ばなくてすむようになるということです。(これが出来ると人の将来までも変えられるということ)

 今回の話は、かなりめんどくさい話になってしまいました。自分で読み返していて、頭が痛くなったりして ^^;

(2002/09/23)


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