時と空間 (第47話)

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 予定を変えて、創造システムの説明のもう一つのポイントである、時間と空間について説明したいと思います。

 「大いなる全てのもの」(聖なる神)は、相対性の領域を作りました。その相対性の領域は、創造システムによって維持されているのです。簡単に言うと、相対性の領域にある、時間も空間も創造システムにより作られているということなのです。そして時間も空間も実際には無いのです。空間という言葉は次元と置き換えても全く同じです。

 さて、時間というものは無い、あるいは全ての時間は永遠の今である、とか過去も現在も未来も同時に存在している、など色々な言い方がされるのですが、これは見る視点によってどれも正しいのです。それとほとんど同じように空間についても言うことが出来るのです。

 余計に分かりにくくなると困るので、どんどん説明を続け増しよう。今までの説明で創造システムのことを理解してくれている方にはいらない説明なのですが、あらためて書きます。

 創造システムは私達に「今」のデータを送り続けています。このデータには、今あなたの目の前には机があるよ、右側には花瓶がおいてある。というようなデータを送ってきているのです。実際には見えているイメージ(画像)であったり、音のデータであったり、触感の情報だったりするのですが、これはテレパシーみたいな高度なデータ伝達方法で知らせてきていると考えられます。その「今」についてのデータを私たちが捉えて今の現実として認識しているのです。

 予備知識の無い人にいきなりこのように言っても理解できないかもしれませんが、おそらくここを見に来るくらいの人は在る程度のベースを持っていると思うのでそのまま続けます。

 時間というものを理解し易いように、ある人が100年前に行ったとして説明します。その時間移動の方法は「根性」です。^^ さて時間移動の直前までその人は現在にいます。創造システムはその人に現在の情報を送ってきています。ですから当然のことながら、その人は現在の自分の周りの景色を見て、身の回りの音を聞いています。ところがその人が根性で100年前に行ったとたん、創造システムは100年前の情報をその人に送ってくるのです。創造システムには過去のデータも全て入っているのですから、システム内のパラメータだけ切り替えればデータを100年前の物に切り替えることが出来るのです。たったそれだけのことでその人は100年前の世界に行けるのです。

 さて100年前に行ったその人がその時代で何か重大なことをやったとします。その場合どうなるのでしょうか。その行動の結果として、100年前のデータが書き換えられます。そしてそれは何を意味するでしょうか。それは現在にいる私たちにとって100年前のデータが変ると言うことに成るのです。ただそれだけなのです。もともと過去のデータも未来のデータも、いつも書き換えられているのでそれほどたいした問題にはならないのです。そんなものなのです。これは前世のその人が何か行動を変えたとしても同じことがおきます。過去のデータが書き換えられたことによって現世に影響が出るのではないかと考えることも出来るのですが、その心配は無いと思われます。もし大きな影響が出るようなら前世の人間の行動を制約してしまうことになるのですから、これは「愛は自由である」との根本原理に反することになるのです。ですから創造システムの調整能力で上手くおさめられてしまうはずです。そうでなかった場合は創造システムの価値が半減してしまうのです。

 そんな馬鹿なとお思いでしょう。しかしそんなものなんです。現実と言うものは無くて、全てが幻想なのですから。なんか説明になっているような、なっていないような気がすると思うでしょう。時間というものはもともと幻想の中の産物なのですから、普通の人間が想像するようなはっきりしたものではないのです。

 我々が思っているような時間というものは無いのですから、今も私達の過去生では自分の魂の一部が生活しているし、来世の自分も存在しているのです。それぞれが創造システムからその時代の情報を受け取って生活しているということなのです。

 余談にはなりますが、「神との対話」の読み方について一言書いておきます。おそらく多くの人があの中で説明されていることの多くはたとえ話や比喩であると考えていると思います。でもそんなことは無いのです。あの本に書かれていることのほとんどのことは、文面どおり素直に受け取って間違いが無いのです。最初に読んだときに意味が判らないとそれを比喩や言葉のあやとして片付けてしまうのが人間の癖なのです。何度も繰り返し呼んでいるとだんだんそのままの意味であることがわかってくるのです。実際あの本には、言葉のあやのような部分は非常に少ないのです。

 次元(空間)についても同じことが言えるのです。送られてくるときにその人の位置の情報が送られてくるのですから、その時に送られてくる場所の情報が3次元のようであったり、4次元のようであったりするのです。

 たとえば意図的に行う「幽体離脱」を考えて見ましょう。私は子供のころの臨死体験のとき以外には、体験したこと無いのですが、これなども思考のエネルギー(どのチャクラなのかな?)が創造システムに働きかけて、肉体の居る場所以外のデータを送るようにさせているのです。それにより意識だけでどこにでも行くことが出来て、その情報も引っ張ってくることが出来るのです。考えようによっては自らの意志で「幽体離脱」が出来るということは、自らの意志で創造システムに働きかけていることになるのです。これはある意味すごいことです。意図的に奇跡さえも起こせる一歩手前まで行っているということなのです。

 ついでに書くと奇跡とは、創造システムにエネルギー(データ)を送り、通常では起らない現実を作成することです。いってみれば創造システムに自由自在にエネルギーを(自分のものとして)送ることが出来るのならば、それこそ何でも出来るのです。死んだ後で生き返ることも出来るし、時間や空間を移動することも出来るのです。奇跡が意図的に起こせる人は、この世の中が幻想であることを知っていて、創造システムに思い通りの指示を出せるだけの精神的なパワーがある人なのです。「マーフィーの成功法則 (第37話)」で書いた私が思い出しつつある霊的な夢にこのことも含まれていたように思います。(知らない間に話がそれてしまった^^;)

 さて例えで説明した方がわかり易いと思います。わかり易いという意味ではこれから書くことが今回の話の中心であると思います。上の説明でよく判らなくてもあまり気にする必要は無いです。

 私達の幻想の世界はゲームのようなものなのです。非常に運が良いことに現在ではインターネットを使ったオンラインゲームがあります。それを考えると私達の世界が見えてきます。あくまでもこれは理解し易くするための例えですからあまり深く考えすぎないようにしてください。

 私はここ数年ウルティマオンラインというゲームで遊んでいました。知らない人の為に簡単に説明します。ゲームの中には仮想の世界があり、そこで我々プレイヤーはそれぞれのキャラクターをつくり参加するのです。このときは当然コンピュータをインターネットでつなげて、その会社のシステムにつなげるのです。その仮想の世界では同時に数千人のプレイヤーがゲームに参加していて、他の人と一緒に狩に行ったり、物を作って商売したり、はたまたプレイヤー同士で戦ったりするわけです。泥棒も出来るし、着るものを染めてファッションに凝ることなども出来たりするのです。

 さてゲームをやっているときには、私達のコンピュータにはそのプレイしているキャラクターの居る場所のデータをシステムから送ってきます。もしも誰かが近づいてきたのなら、その人のキャラクターが近づいてくる情報をプレイヤーのコンピュータに送ってくるので、コンピュータの画面でそれが表示されるのです。コンピュータの中でキャラクターを歩かせると、その座標データがシステムに送られ新しい場所のデータを送ってきます。これって今まで説明してきた、創造システムが「今」を送ってくることとほとんど同じなのです。ゲームの中ではブリタニアという仮想の世界が出来ていて、そのあちこちで色々な人が色々なことをしているのですが、これを現実の世界に当てはめると地球上で色々な人がそれぞれ活動していて、近くに居る人や物、連絡とっている人以外の情報は私達の「今」の情報の中には無いのです。(ついでに書いておくと、エネルギーなどを感じる場合は私達の本体が直接感じていて、創造システムは関与していないと思われます。これはちょっと自信なし)

 ゲームをしているとき、プレイヤーである私たちは自宅のコンピュータの前に居ます。自宅に居ながらゲームの空間で遊んでいるのです。それは私達の肉体と魂の関係と同じなのです。私たちは創造システムから今のデータを受け取って、それを現実として認識して生活しているのですが、本当の私たちはその幻想の世界に居るわけではないのです。いろいろな言い方が出来るのですが、わかりやすくいうと、私達の魂はいつもこの現実に見える世界とは別なところに居ながらゲームを楽しんでいるのです。おそらく意識の本体もそれに近い状態でいるのですが、ゲームに没頭しているためその事に気が付かないでいるのです。魂がいる場所ってここを読んでいる方なら大体察しが付くと思います。私の好みの言い方だと「神様と一緒にいる」ということなのです。

 ただゲームと根本的に違うこともあります。私達の場合は行動の選択権は意識が持っています。あえてゲームで言うと、キャラクターが意志を持って勝手に行動していて、魂は出来事の創造をしてコントロールしようとしているのです。多くの場合うまくいっていないようですが。

 私たちは、本当はここにはいないのです。空間もまるでゲームでのバーチャルな空間のように創造システムによって作られたものなのです。次元というものも単なる概念的なもので、それほど深い意味を持つものではないのです。実際私たちが現実としてとらえている宇宙も3次元と言うのでは話が合わないですし、3次元から4次元にシフトするというものも単に概念的に認識する空間が増えることに過ぎないのです。

 ちなみにゲームの話ですが、最近はその会社がいろいろと余分なシステムを追加してしまって、結果的に自由度がかなり低くなってしまっています。これってまるでカルマのようです。

(2002/09/27)


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