戦争について (第70話)

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 読者の方からメールを頂きました。その一部を転載いたします。

今世界は戦争一色ですね。毎日毎日その話で持ちきりです。
心が痛みます。悲しいですよね。

なぜ戦争はこの世から無くならないのでしょうか。
皆、誰でも「戦争」はいやだと思っています。正しい事だとは思っていないでしょう。なのに何故起きるのでしょうか。
確かに10人10色考え方、受け取り方も違いますがその中で調和する事で戦争がなくなることは無いのでしょうか。
戦争は人間に何をもたらすのでしょう。
歴史的に見てもどんな意味があるのでしょうか?

絶対に避けられないものですか。
望月さまの思いを(私が)理解出来る言葉で教えていただければと思います。 何とか戦争回避の道は無いものでしょうか?

 ご質問ありがとうございます。このメールは単に読者の方からの質問というだけでなく、私の魂が私に今度の戦争についてもう少し真剣に考え、そして必要な人に説明するようにという指示だと解釈しました。ある意味では世の中の仕組みを説明する上でかなり良い例だとも言えるのです。

 ちなみに時間がたってからこのページを読む人もいると思うので、現在の状況を簡単に説明しておきましょう。アメリカとイギリスがイラクに攻め込んでバグダットの南80キロまで攻め込んで本格的な戦闘が昨日くらいから始まったという状況です。まだ戦争の名前も決まっていない状況なのです。第2次湾岸戦争とでも言うのかも知れませんが

 実は今度の戦争について私はあまり大きな関心を持っていませんでした。ある程度直感的にその意味を理解してそれ以上突っ込んで考える必要も感じていなかったのです。直感的に感じたことと言うのは、文章で考えたと言うのではなく、漠然とその意味を理解したと言うことです。これからそれを文章に直して書くことにします。なるべく理解し易くというリクエストなので出来るだけ心がけますが、人によってはこの考え方を受け付けられない人もいると思います。(実際はいつも理解し易く書くようにつとめているのですが。)

 さていきなり混乱させてしまうかも知れませんが重要なことなのでそれから説明します。まず戦争と言うものを「良い」「悪い」で考えてしまうと重要なポイントから視点がずれてしまうと言うことです。もちろん戦争というのは非常に原始的で幼稚な行為なのですが、現時点の地球の発展レベルから言うとどうしても避けて通れないものなのです。この言葉を別な言い方で言うと、まだまだ人間の中に戦争が悪いことだと考えていない人が大勢いるということでもあります。

 もう一つ前提になる重要な要素があります。全ての出来事にはその視点ごとに非常に様々な側面があり、一つの側面だけを見てそれを評価することは出来ないと言うことです。戦争のように非常に大勢が関わる出来事ですから、それこそ非常にたくさんの意味(側面)があるということになります。言ってしまえば、戦争に関与する人たちだけでなくそれを見ているそれぞれの人にとって、みんなにそれぞれの意味があることだと言うことです。それは悪いことばかりではないのです。確かに一番表面に出てくる側面だけを見ると、今回の戦争は不幸でしかないのですが、より広い視点から見ると人類にとってプラスの要素もたくさんあるのです。

 ではその様々な側面について質問にそって書いてみましょう。

なぜ戦争はこの世から無くならないのでしょうか。
 この質問に一番ダイレクトに返事をすると、「まだまだ人類が未熟だから」と言うことになります。幼稚園児が何人かで遊んでいると、時たま喧嘩をします。それと同じことをおとなは戦争という形で表現しているのです。読者の中には人類を幼稚園児と同じだと私が書くと心外かも知れませんが、じっさいのところ人類の成長レベルは残念ながら幼稚園なみでしかないのです。

 もう少し砕いて書いてみます。喧嘩をした幼稚園児になぜ喧嘩したのかと聞くと、「だって○○ちゃんが、こんなことしたんだよ。」とか、「だって、○○ちゃんずるい」とか、「こんなこといったよ」などなどいろいろな理由が出てくるでしょう。いったい今の戦争とどこが違うのでしょうか。始末が悪いのは、おとなは武器を持っていることです。武器という危ない玩具を手放すこともできません。そんなことは無い、おとなには良識と言うものがある。と反論する人もいるかも知れませんが、本当に良識を持っているのでしょうか?その良識と思っているものもまだまだ底が薄いと言うのが残念ながら実情なのです。

 人類は長いこと戦争を繰り返してきて、ようやく約半数の人が戦争はいけないことだと気が付いてきました。しかしまだまだその気づきはたりません。その説明をしましょう。実は戦争だけでなく争いごと全てが本当は良いことではないのです。人と人が争って本当の平安があるのでしょうか。これは今の社会全体に潜在している問題です。たとえば学歴偏重も立派な争いをうみます。資本主義経済で、お金を持った人間が社会をコントロールして何が悪いんだ、と、考えていること自体、もっている金の量で争っているのです。優劣を競うということ自体にその問題があります。まして勝てば官軍などと考えていたり、勝つ事は良いことだと考えていることに大きな問題があるのです。

 まあ要するに、人類の未熟さが戦争と言う形で表に出て来たの言うのに過ぎないのですが、しかしもうちょっと霊的な意味で補足をしましょう。地球の(霊的な)大気の中に人類が日々争うことで、決して好ましくないエネルギーが発散されています。これは地球上のほとんどの人が知らず知らずに作り出してしまっているのですが、その原因は上に書いたような社会的な未熟さが原因なのです。そのエネルギーはさながらスモッグのように地球の表面を取り巻いているのです。その好ましくないエネルギーはどこかで燃やしてしまわないとたまる一方で地球はもっと悲惨な状況になってしまいます。というかある程度以上の濃度になるとどこかで燃え出すと言う方が正しいのです。この観点でいうと戦争は人類の好ましくない思念エネルギーの捌け口になっても居るのです。

 わかりやすく言い直します。地球上のどこかで起こる戦争や紛争は、全て地球人が日々作り出している好ましくない闘争的なエネルギーが燃料となっているのです。このエネルギーにより戦争がおこるというのはある意味しかたないことで、摂理にかなったことなのです。ここで大事なことを確認しておきましょう。戦争の本当の責任は、当事者であるアメリカ、イギリス、イラクにだけあるのではありません。言ってみれば人類全てがその戦争のおおもとの原因を作り出しているのです。このことを多くの人間が理解しないと戦争はなくならないということなのです。

皆、誰でも「戦争」はいやだと思っています。正しい事だとは思っていないでしょう。なのに何故起きるのでしょうか。
 残念ながら、戦争を正しいことだと考えている人たちがまだまだおおぜいいます。目的が正しければ戦争は許されると考えている人たちです。これについてももう少し説明しましょう。日本でさえ僅か60年前までは、勝てる戦争なら良いと考えている人が大勢居ました。自分たちが負けないのなら戦争やっても良いよと考えていたのです。正直いうと、私自身子供のころはそんな風に考えていたのです。戦争自体の善悪よりも戦争のメリットについて見ていたのです。国益とかがなにものよりも優先されていたのです。この程度の理解レベルだったのが第2次世界大戦により、かなりの人が戦争はいけないことだと気づきました。それでもまだまだ気づいてない人もおおぜいいるのです。

 今回、開戦に当たってフランス、ドイツ、ロシアが反対に回りました。それはそれぞれの国益も絡んでいることは事実なのですが、それよりも大事なことは世論調査でそれらの国が日本と同じように戦争反対を主張しています。もちろんこの中にも理由があるかないかを問題にしている人たちが混ざっているわけで、戦争絶対反対という意見の人が全てではないのは残念ではありますが。それらの戦争反対の世論が多かった国は全て戦争により大きな被害を受けた国なのです。第二次世界大戦で負けたドイツはもちろん、フランスは勝つには勝ったけれど、一時はドイツに占領されてしまって、一時は国家の存亡さえも危うくなりかけたのです。もちろんフランスの国土は戦場になっています。ロシアもドイツと戦って非常に大きなダメージを受けています。ロシア(旧ソビエト)の戦車には女性や子供がのって戦っていたのです。ドイツもロシアも何百万人と言う日本を上回る戦死者を出しているのです。ついでに書いておくと冷戦時代ソビエトが軍備拡張に努力したのは戦争に対する恐れからであるとも考えられます。その点アメリカは国益重視の姿勢は変わっていません。

 前にも書いたように、人間は痛い思いをなかなか物事を学べません。それは国家も同じなのです。アメリカもイギリスもともに自分たちの国土を本格的に占領されるようなことは無いのです。それは言い方を変えると、アメリカもイギリスも戦争することによって痛い目にあわないといつまでたっても戦争が悪いことだとの気づきにならないのです。これは国家(国民、民族)の学びの為の戦争であるという側面もあるということになるのです。このことに限って言うと、今回の戦争でアメリカとイギリスが痛い目にあえば主要国の学びは一通り終了することになるのですが、果たして人類がそれだけで学び取ってくれるかは神のみぞ知ると言うことでしょう。もうおわかりでしょうが、911の連続テロ事件もアメリカの学びの為であるという側面も間違いなくあるのです。

 ちょっと話が横道になったので戻しましょう。ブッシュ大統領はさかんにアメリカの正義を言っています。もちろんはたから見ると言いがかりにしか見えないのですが、本人はいたって真面目です。今のアメリカにとって戦争で勝利することは正義なのです。実はこの正義と言うものがくせものなのです。前にも書いたのですが正義と躾(しつけ)という言葉は私の最も嫌いな言葉なのです。ともに自分の価値観を他人に押し付けるものだからです。紛らわしいのですが、何を正しいというか、何を悪と言うのかはまったく個人個人の自由です。それが個性となるのですからそのこと自体を否定すべきではありません。ただその為にでもあるのですが、やってはいけないことは、自分の正しさを相手に押し付けることなのです。もし自分の正しさを相手に求めるとしたら、相手にもその行為を認めることになります。いいかえれば、人の価値観を押し付けられることになり、それは自分自身を否定することにつながってしまうからなのです。

 人類の未熟な部分がここにも現れています。正しく世の中を理解しているのなら正義を振りかざすという行為は実は最も恥ずべき行為なのです。正義という言葉は争いを意味するのです。まだまだこのことに気が付いている人が少ないのが残念です。

確かに10人10色考え方、受け取り方も違いますがその中で調和する事で戦争がなくなることは無いのでしょうか
 調和が進めば戦争など考えることも出来ないレベルになります。それよりも個人どうして争うことも全くなくなります。争いというものの無意味さを全ての人が理解しているのですから。しかしその段階までにはまだまだ気の遠くなるような道程が必要になります。今はその調和に至るまでの間に体験しなければならないことの一つとして戦争があるのです。

 言い方を変えると、成長(真の調和)の為に戦争の体験が必要だから、戦争が起こっているのです。戦争がなくなるのは人類がある程度のレベルまで成長すれば自然となくなります。とりあえず大規模な戦争が起こらなくなるくらいのことはそんなに遠いことではないかも知れません。それも人類の成長の度合いに掛かっています。

戦争は人間に何をもたらすのでしょう。
 戦争はやはり非常に愚かな行為で、決して歓迎できるものではありません。それには重大な欠点があります。しかしその説明は後にしてそうではない側面を先に書くことにします。

 戦争の意味には様々な側面があると書きました。これは様々なメリットもあるということでもあります。すでにいくつかのメリットを書いていますが、それらは人類的、国家的規模はもとより、それに関係する人、関心を持つ人すべてにとって意味のあることなのです。きわめて大雑把にいえば、全て成長の為のチャンスなのです。

 ごく初歩的なことなのですが、確認しておきます。命にとって肉体的な死というものはそれほど意味のあることではありません。死んでしまってもまだまだ道は長いのですから、大勢の人が戦争の犠牲になり尊い命を落とすというのは、現世的な感覚であって、本当の意味では被害者はいないのです。ちょっと乱暴に聞こえると思いますが、ある意味戦争というものは学びのためのデパートのような意味合いもあったりするのです。

 全てのメリットを挙げることは出来ないのでいくつか思いつくまま書いてみます。

 戦争に限らず親しい人の死というものはその人の成長にとってとても重要なきっかけになることが多いのです。非常に悲しい思いもするでしょう。しかしそれによって生命(せいめい)というものを考えざるをえません。その人の魂の目覚めの為に必要なきっかけにもなるのです。

 なぜこのことを最初に書いたのかもう少し詳しく説明しましょう。残念なことに多くの人間が魂の存在について気が付いていません。それは自分が誰であるのかも気が付いていないということです。その場合は命はまだ種というか、卵子とでもいうのでしょうか、まだ完全に目覚めて精神的な活動を開始していないのです。この状態ではまだ本格的な魂の成長が始まっていないのです。もちろんすでに魂が目覚めていて、表の意識がそれを認識していない場合もあるのですが、そういうのではなく魂自体がまだ眠ってしまっているのです。これはいくら永遠の生命(いのち)であるといってもある意味ではまだ生まれていないのと同じことなのです。親しい人の死や場合によっては自分自身の死によって始めて自分の本質が生命(いのち)であることに気が付くのです。いってみればそこは魂の誕生の場でもあるのです。(少々大げさかもしれないけど)

 ドラマは死別以外にもいろいろと起こりえます。勝利の喜びを体験できる人もいるでしょう。逆に敗北を味わう人もいるでしょう。大きな不安のあとで、大きな安心を感じる人も考えられます。別離も、そして再会のドラマもあります。危機の中で、家族に対しての愛を再確認することもあるでしょう。使命の為に命を投げ出すというドラマもおこります。そして大事なことは争うことの無意味さを、許すことの大切さを理解する人もいるでしょう。実に様々な体験のドラマが内在されているのです。

 ちなみに勝利の喜びなどは争いが無ければ体験することは出来ません。ある意味原始的な世界でのみ体験できることなのです。このようなことを考えると現在の地球もまんざら捨てたものでは無いのです。私が地球が素晴らしいところであると感じる要素の一つでもあります。

 反戦運動を頑張っている人たちも大勢います。もちろんこのような人たちの中でもドラマがおこります。そしてそれはより霊性の高い理解へとつながっていくのです。また戦争を悪と考えない人に対して教師の役割もしているのです。反戦運動も大いに頑張って欲しいものです。

 さて、デメリットについても書かないとあまりにも片手落ちになります。戦争の一番の問題点は「苦しみ」をもたらすことです。悲しみは成長につながることがあるのですが、苦しみは何も生み出しません。苦しみにより魂までもが傷ついてしまうのです。この傷は何らかの方法で癒される必要があるのです。また「怒り」などの感情をおこします。怒りなどはいつでも体験できることですから、必要以上に怒りの感情がおこることは望ましいことではありません。そして恐怖という人々を愛から遠ざけてしまうものもそこには存在することになるのです。

 また予期せぬ突然の死を迎える人が出てくる為、死にたいしての準備が出来ないうちにあの世に旅立たなければならないこともおこります。その様な場合、本人が死というものを自覚して、あの世に適合するまでに時間がかかったりするのです。

歴史的に見てもどんな意味があるのでしょうか?
 余談ですが、この質問をした読者の方は意識していないと思うのですが、質問の項目はどれもポイントを付いた重要なものなのです。そして、その順番にも意味があります。私も答えを書いているうちに、質問がかなり計算されたものであると感じたわけです。世の中におこることは本当に何でもないことのように思えても実は非常に上手く計算されているというものが非常に多くあります。この場合も私は質問に答えていくだけで自然と説明の流れが出来るようになっているのです。(こういう余談の文章は余分ですが)

 さて歴史的にどのような意味があるのかということに関して、テレビで解説されているような現世的な解説はいらないと思います。ご質問の意味はもう少し深いところにどのような意味があるのかということだと解釈させていただきます。

 これも最初の方に書いたようにいろいろな意味があるわけで、そのうちの一部だけ思いつくまま書いて見ます。学びや体験に関係した意味はもうすでに書きました。まだ他にも解釈はできるのです。私は好きではないのですが、カルマと言う観点からも説明することが出来ます。イラクが湾岸戦争でクウェートに侵略戦争をおこしました。イラクはその行動の責任を取らなければ成りません。またクルド人に対して行った虐殺行為の責任もあります。一方アメリカ側では、今回は(石油の利権からみの)完全なる侵略戦争です。当然近いうちにその償いが求められることになります。それがどのような形で現れるかは今後の歴史が教えてくれるでしょう。というのがカルマ的な解釈です。

 さてもう少し視点を広げて見ましょう。人類はその成長の過程で今までも何回も戦争を繰り返してきました。そしてそのたびに少しずつ戦争の愚かさに気づく人が増えてきています。それこそ戦争が悪いことだと多くの人が考えるようになったのは最近のことなのです。何度も似たようなことを書くことになるのですが、人類が戦争の愚かさを見にしみて感じるまで戦争がおこるのです。そしてある意味今回の戦争ですくわれるのは、個人個人の反戦運動の盛り上がりに加えて、他の国家からの反対の意思表示があったりしました。それなりに人類は進歩してきているとも言えるのです。それにはマスコミなども一役かっていることも事実なのです。

 アメリカも戦争反対の世界的な世論があるので、あまり非人道的なことは出来なくなっています。30年ほど前のベトナムでは、一つの村を皆殺しというようなことまでアメリカはやっていたのですから。世界中がアメリカの起こす戦争を監視しているわけで、それは平和への重要な一歩であることは間違いありません。

 さてさて、これから書くことはちょっと書いて良いかどうか迷うところですが、書いてしまいましょう。なぜブッシュが戦争を起こしたのでしょうか? もうすこしわかりやすくいうと、ブッシュの父親が大統領のときに湾岸戦争がありました。その息子が大統領になって今回の戦争を起こしたのは偶然だと思いますか?なぜブッシュの側近に石油産業で稼いでいる人たちが多いのでしょうか? なぜ、911事件がブッシュが大統領になってからおこったのでしょうか、それによってアメリカの反アラブの意識が盛り上がってきてしまいました。

 偶然だと思いますか?世の中に本当の意味での偶然などは無いのです。あえて言ってしまえば、運命という意図によりブッシュは戦争を始めるように誘導されてしまっていたのです。おそらくブッシュの身の回りでは全てのことが開戦にむけて事態が進んでいたのです。とくに父子の問題までここに絡んでくるというのはちょっとやりすぎだと言いたいところです。父子でもって大統領をやっていて、息子は親を超えようと思うかもしれません。また親の汚名を返上したいと思っているのかもしれません。ただでさえ親のブッシュがやった湾岸戦争の評価が分かれているところで、息子のブッシュは何を考えるでしょうか? 実は父子の間の感情的な問題は多くの場合非常に複雑で根の深いものがあります。息子ブッシュにとって何が本当に正しいことなのかなどと考えるのでもなく、父子の感情的な問題に流されてしまうのはある意味当たり前のことなのです。

 じゃいったい何がブッシュを戦争に導いたのでしょうか? 摂理という答えも出来るかも知れません。地球人の集合意識ともいえます。アメリカ人の集合意識とも言えます。私としては断言できませんが、カルマというものの問題と同じところにこの意志決定者がいるのだという気がして成らないのです。荒っぽい言い方で確信を持っていえるわけではないのですが、この戦争はおこるべくしておこるように仕組まれたものなのです。(ちょっとここまではっきり書いてしまうのはちょっと後味の悪いものがありますが、それも私の役割の一つかも知れません。なにしろ私は神々を批判するものなのですから)

 ふと思ったのですが、私はメッセンジャーとしての宣言をしています。もしかしたらこれは神から書くようにとの指示だったのかもしれません。誰かが書かせたのか、自分で書いているのか本当のところは解らないけれど、まああまり気にしないようにします。もとは全て同じ生命(いのち)なのですから

絶対に避けられないものですか。
望月さまの思いを(私が)理解出来る言葉で教えていただければと思います。何とか戦争回避の道は無いものでしょうか?

 さて最後の質問です。この質問は私たちには何が出来るのか?ということですね。とても大事な質問です。まず良くないエネルギーのところで説明したように、私たちの日ごろの考え方にも責任があるのです。とは言ってもこれにはそれなりの魂の成長が必要なことなのですぐに出来るわけではありませんが、少なくとも日ごろから霊性を上げるように心がけて少なくとも自分からはその様なエネルギーを出さないということが大切です。

 それからもう一つ大事な、しかも有効な方法があります。それは「祈り」です。祈りというものはものすごいパワーを持っています。それも人の為に祈るとき、多くの見えない意識体がおおぜい協力してくれます。祈りというものは自分自身に関してのものは自分の成長に関係あるものしか力を発揮しません。しかし自分以外の人の為に祈ることは本人が思っている以上にパワーが発揮されます。それに祈っている人の霊性の向上にも役立つのです。

 単に世界の平和について祈るのも良いのですが、今の状態だと戦争で苦しんでいる人たちのために祈ることが良いと思います。とくに亡くなってしまった人がその死を素直に受け入れるように、そして被害者になった人たちが、怒りや憎しみを出来るだけ持たないように祈ってあげるのが良いと思います。その様な祈りは霊界側から人間を手助けしてくれようとしている多くの善意の意識体に力を与えることになります。それはより多くの人の気づきにつながるし、そして汚れた見えない大気を浄化する働きも期待できるのです。

 もちろん現世的には反戦運動に参加してみるのも大事なことであるのは間違いありません。

わたしも改めてここで、出来るだけ多くの人が気づきを得られるように祈ります。
本当は戦争などという体験をしないで、争うことの愚かさを知るのが一番良いことなのですが、、、
(2003/03/25)


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