意識について (第80話)

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 意識について書きます。これはやはり今回の一連の出来事で学んだことなのです。そして同時に神様についての説明でも有ります。神様というよりも、ただ神と書いたほうがこの場合は良いのかも知れませんね。「様」をつけると何となく読んでいる人が擬人化してしまいそうな気もします。

 神は非常に大きな存在なので、とても簡単な言葉では説明できません。神の側面のいくつかは私たちでも認識できるのですが、そのうちでも代表的な意識の奥にある、「神の意識としての側面」の説明でもあります。最初に断わっておきますが、神の意識は私たちの心の奥にあります。ただこれが神の全てではありません。なにしろ神は「全てのもの」なのですから、心の外側にももちろんいるわけです。いまこのページを読んでいる人が、なぜここを読んでいるのか、その理由も、いきさつも、そしてその結果も、そして読んでいる貴方も、実は全て神の一部なのです。これって言葉では説明出来ないんですけど、また何か機会があったら挑戦して見ます。

 さて本題にいきます。今回はちょっと絵を作ってみました。言葉だけの説明より少しはわかりやすくなると思います。

 最初の図は、意識と無意識の関係と肉体との関係の図です。もちろんこの図は説明の為の概念的な図なので細かいところは気にしないでください。重要な部分は文章の方で説明をします。

 言葉の場合、人により定義が異なっていることが多いです。たとえば「心」と言った時どの部分を指すのか、精神とはどの部分なのか等、こういった言葉の定義の話から始めてしまうと訳がわからなくなってしまうので、もし言葉の意味が私とは違って考えていた場合はご自分で適当な言葉に置き換えて考えてください。

 とは良いながらも全く言葉を使わないのでは説明も出来ないので簡単にここだけの定義をしてしまいます。左の図の山のようになっている部分が「心」です。心は私たちの考えていることなどで通常に認識できる部分である意識領域と無意識領域に別けられます。ボリューム的には無意識の領域の方が意識の領域よりもかなり大きいのです。

 図の上の部分から説明します。山の上に赤い線で覆いが掛かっています。これは肉体を現しています。これは別に書かなくても良いのですが、心に比べると肉体的な問題はほんの表層的なものに過ぎないのであえて書きました。私たちの肉体は3次元という制約の中で存在しているわけで、次元的な制約を受けることの無い「心」の方がずっとボリュームが大きいのです。

 さて白い線で意識領域と無意識領域を分けてあります。もちろんこの境界線は明確なものではありません。また時とともに大きくなったり、小さくなったりもします。たとえば、忘れていた昔の思い出を思い出したりした時、無意識の領域にしまってあった思い出が意識の領域に上がってきます。また意識の拡大という成長の過程でこの領域はだんだん大きくなっていきます。

 さて、これからが大事なことなのですが、無意識の領域は場所によって色が変わっています。この色はわかりやすくする為につけただけで、実際に色が付いている訳ではありません。色の違いは異なった意識を表しています。それは心の中のいろいろな側面を表しています。そして過去生の記憶や想い、またたぶん未来の記憶もこの中にあります。それらのいろいろな意識は全部ひとりの心の中なのですが、それぞれが別々な意識として存在しています。前話で書いたインナーチャイルドがこのわかり易い説明になります。これらは表面意識が認識していても認識していなくても心の中に存在しているのです。そしてそれらは他の意識とは明確なさかいなど無くつながっているのですが、それでいてそれぞれ独立した存在で居続けているのです。


 無意識の部分をあえて別けると左の図のようになります。グレーの点線はもちろん明確なものではありません。(余談ですが、心の問題に限らず本当は全てのものに明確なさかいなどは無いのです。)

 表層無意識の領域は私たちの生活から生ずるいろいろなものが入っています。たとえば、癖であるとか、何かの思い出とか、世間常識という物差しもこの部分に入っていたりします。この部分は意識領域に近い部分なので、ごく簡単に意識して思い出したり、癖のように知らず知らず行動に影響を与えたりします。また今生でのトラウマなども比較的軽いものはこの部分に存在しているのです。

 無意識の領域の深い部分には「魂の領域」があります。この図ではあまり大きくは感じないと思いますが、実際はかなり広い領域で、それこそいろいろなものが入っています。たとえば過去生での記憶や意識もここにあります。私の場合、蛇が苦手なのですが、その原因となった過去生の記憶などもここの部分に入っていて今の私に影響を与えたりもしているのです。またここまで深いところに来ると明確な意識をもった存在(変だけど明確な意識を持った無意識)もあります。要するにこれが「私の魂 (第65話)」などで私が「彼ら」と呼んだ存在です。

 この魂の領域はかなり深い部分なので、人によっては意識できないことも多くあります。また表面意識とは少し距離があるので、表面意識とは全く別なことを考えてもいるのです。またそれらの存在は表面意識である私たちより、ずっといろいろなことを知っています。いろいろな体験が残っているのです。

 とは言ってもこの魂の領域の状態には個人差があるようです。たとえば経験(輪廻転生の回数など)が少ない場合などは、この部分の意識もあまり活発には活動していないようです。まだ目覚めていない状態でいるのです。その場合はこの部分には想いを中心にしたものが主に存在するだけなのです。

 余談ですが、ここを読んでいる方の魂はほとんどの場合活発に活動していると考えられます。なぜかというと、貴方をこのページに導いたのは貴方の魂なのですから、、(神様が導いたという言い方も出来るのですが、それは説明がちょっと難しい)

 さて魂の領域からもっと奥に行くと、だんだん表面意識の自分とは別なものになっていきます。奥に行けば行くほど、意識は他の人と共通する部分が出てきます。要するに無意識の奥のほうは他の人とつながっているのです。ずっとたどっていくとそれこそ膨大な意識につながっているのです。その意識の全てが、神の意識でもあるのです。

 言い方を変えると、私たちの意識は神の意識の一部であるし、同時に全体の意識としての神の意識に繋がっているとも言うことが出来るのです。


 さて次の図は、私たちが成長していく途中の段階を示しています。言うまでも無く、私たちの成長は私たちの意識の成長でもあるのです。当然のことながら私たちの意識の構造に変化が出てくるのです。

 これには二つの要素があります。ひとつは表面意識の拡大により無意識の浅い部分が意識領域に現れてきます。これはより本当の自分を思い出すとか、瞑想などにより文字通り表面意識で自分の深い部分を理解するなどでおこります。また、自分の心をじっくりと観察することで自分自身の意識領域を拡大していくことが出来ます。また過去生を思い出すなどで、無意識レベルの想いなどを表面意識にもってくることも含まれます。まあこれにはいろいろな方法があると思うので自分にあったやり方で、自分を知れば良いと思います。

 もう一つの要素の方が多分重要なのだと思います。魂の領域と集合無意識(神の意識)との境界線がなくなることです。もともと明確なさかいなどはなく、奥にいけば行くほど神の意識に近づいて行くのですから、魂の成長によって、魂は神の意識に近づいていくのです。

 この境界線はもともと存在するものではなく、自分たちが神から離れているとおもっているために作り出してしまったものなのです。これは魂の成長により自然になくなっていくのです。とは言っても全く魂しだいというだけでもないようです。表面意識で神との一体感を感じるとか、出来るだけ正しく神のことを理解することによって、魂が拡大し、やがてはその境界線も無くなっていくのです。上手い言い方が分からないのですが、表面意識がそれに気づくことで、魂に力を与えるというか、体験を手伝うというか、何らかの形で表面意識の現世での体験がそれの手助けになるのです。


 この図がおそらく現世に生きている間の理想形だと思います。魂の一部は表面意識と合流し(表面意識が充分に認識できるということ)、一部は神の領域になってしまいます。もともと神の一部なのでこの言い方もちょっと変な感じもするのですが、雰囲気で理解してください。意識領域も拡大し、魂領域は無くなってしまいます。魂が神になるのですから、当たり前といえば当たり前なのですが、このようになったとき、私たちは、「肉体と精神と魂」で成り立っている人間から「肉体と精神と神」でなりたった存在になるのです。霊肉一体とヨガでは言うようです。

 この状態は、私たちが「聖なる神」になるということではありません。神々の一員になるということです。(この違いは今までに何度か書いています。) もちろんいずれは全てのものが一つになるのですが、それはまだずっと先の話です。

 重要なことが最後になってしまいました。最終的な図では心の中のいろいろな色がなくなっています。これは全てなくなってしまうものではありません。ただトラウマのようなものは開放されて、昇華されているのであえて色をけしたのです。たとえば、インナーチャイルドが意識として心の中に存在していました。それを癒して開放してやれば、そのインナーチャイルドはいなくなるのです。というか神の思い出として無害な経験として残るだけなのです。これも経験としてはおそらく必要なものなのですが、大事なのは開放して初めて聖なる経験として残すことが出来るのです。心の癒しはとても大事なことなのです。

 ついでに書いておきますと、この色の部分には色々なものがありえます。過去生ではたせなかった願望、やはり生まれる前の約束や契約、あると思っている人の場合は否定的なカルマ、過去生のトラウマももちろん入りますし、物質的なものへの執着であったり、こだわりであったりもするのです。(だから約束はしないほうが良いのです。)

 結局のところ私たちは体験を続けながら、心のお掃除(癒し)も同時にしていかないとならないのです。くどいですが、心の傷を解決(真の意味の癒し)をして初めて一つの体験の終了になるのです。心の傷に触れるのはつらいけれど、それは自分の為にもやらないとならないことなのです。今生の傷は出来るだけ生きている間に解決したいものです。

(2003/05/08)


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