笑い (第84話)

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 先日テレビの番組の中で、綾小路きみまろ氏が少しだけ映りました。あれは漫才と言うのかな、(なんというのか良くわからないけれど) ごく短いフレーズがのあと、ゲラゲラと大笑いしているおばさんたちの姿が画面に映し出されていました。それを見た瞬間、心の奥から笑いの感情がこみ上げてきました。私にとっては久々の笑いの感情で、それはとっても軽やかで、喜びとか幸せなどのしみ込む様な、あるいはじわっと沸いてくるものではなく、羽が生えて今にも飛んでいってしまいそうな軽くて明るい感情でした。

 「この笑いの感覚はしばらく忘れていたなあ、あらためて笑いと言う感情も気持ちの良いものだなあ。」と考えたのでした。数日後、CDを借りてきて聞いてみたのです。テレビのときは一瞬だったけど、CDならじっくり笑えると考えていたのです。ところが聞いてみたけどそれほど面白くは無いのです。もちろんそれなりに面白いのですが、羽の生えたような笑いの感覚が出てこないのです。

 結局のところ、私は漫才が面白かったのではなく、ゲラゲラ笑っているおばさんたちに感応して笑いの感情を味わっていたのです。言ってみれば、本当に面白いのは、笑っている人の笑顔だったのです。もちろん言うまでも無いことですがあらためて書いておきます、笑っている人が変な顔とか、おかしな顔をしていたから楽しかったのではないのです。人の笑顔が私の笑いを誘ったのです。

 あらためて考えて見ました。ゲラゲラと大笑いしているとき、涙が流れてきますよね。笑うことにより涙腺が緩んだと考えることも出来ますが、本当は魂が笑っているからなのです。心の奥からのくったくの無い笑いには涙がつきものなのです。逆にいうと。いくら笑っているつもりでも涙が出てこないとき、それは表面意識の働きによる、ごく表面的なものであると判断しないとならないのです。もちろん最初は表面の笑いがきっかけになるでしょう。そのあと心がリラックスしていれば、じきに魂が共鳴してきます。そうなったら大いに笑いましょう。魂からの笑いは、魂をより活発化させます。それは同時に自分の創造力を活発にするになります。別な言い方をすると、勘が強くなり、運がついてくると言うことなのです。

 「笑う門には福来る。」と言うのは、結局このことを言っているのでしょうね。笑うことにより、人生が上向くということは、充分に納得できることだったのです。

 このようなことを書いている私がいつも笑っているかと言うと、そんなことは無いのです。私は心の探求者ですから、あまり笑ってばかりもいられません。(笑)

 結局のところ何が楽しいって、人の笑顔が一番楽しいんです。だから何人かで笑い出したりすると笑っている理由など関係なしに楽しくなるのです。もちろんその笑いで誰も傷ついていないことが大事なのです。もしその状況で誰かが傷ついているとしたら、本心からの笑いは出来ないことになります。本心からの笑いとは、魂の笑いですから、その笑いにネガティブな要素があったら魂はそれを許さないのです。少なくとも私の魂はそうなのです。

 本当の楽しいとは、みんなで楽しんでいる状態です。考えてみるとなんと安上がりなことでしょう。笑っている人がいれば、あとは何もいらないのです。極端に聞こえるかも知れませんが、もし世の中の人が同時に全員が笑い出したら、それだけで地上は天国になるのです。笑いが笑いを呼び、楽しさが楽しさを生む。なんとすばらしいことでしょう。

 とは言っても、全員がいっせいに笑い始めることなどは残念ながら不可能なことなのです。でも、でもですよ。少なくとも誰かが笑い出さないと、そして少しでも多くの人たちが笑い出さないと、いつまでたってもここは天国にならないのです。もちろん大切なことは笑いだけではありません。喜びも同じなのでしょう。明るくポジティブに生きること、それがこの地上を天国に変える唯一の方法なのです。

 余談ですが、私は次のような体験をしています。昔書いた文章ですがリンクをつなげておきます。実はこの時の一瞬の喜びは、霊的な夢を見たときの気持ちよさに勝るとも劣らないものだったのです。
模型屋の本音、「みんなでウインク」

(2003/05/22)


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