ラムサの教え (第90話)

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 先日、ラムサの教えというものを教えてもらいました。ラムサという人は、昔地球に住んでいて、アセンションして神々の一人として存在している人です。アセンションとは、覚醒して地球での体をもったまま神々の世界にまでいけるようになることです。

 ラムサは地球出身の神なのですが、もちろん私が今まで書いてきた地球の宗教の神々とは別の存在です。彼は世の中の仕組み、人間の体の仕組み、そしてアセンションへと至る方法を教えています。「神との対話」に書かれていることと非常に良く似ています。というか同じ事を別の言い方で説明しているのですが、個人的なことについてはより具体的に説明してくれています。

 私は通信販売で本を2冊買いました。その本を読んでいるとき、きましたねー。(笑) 頭がエネルギーが溜まってくる感じ、「神との対話」を読んだときもそうだったのですが、その時以上だったのです。細かく言うと、「神との対話」のときは、頭全体が締め付けられるようで、頭のてっぺんに蟻が歩いているような感じだったのですが、今度はそれに加えて後頭部が充血するような感じがしました。当然のことながら、この反応は私の魂が反応を起こしていると言うことで、これは間違いなく本物であるという確信が出来ました。

 読んでいるうちに、私の後頭部の反応が何であるのか、最近感じていた体のごく些細な異常、それに時々気が付いたとときに夢で見ている光がキラキラと踊っているようなものはなんなのか、それまで疑問に思っていたことのほとんどがそこに書いてあったのです。

 まあ読んでみてうれしい反面、あまりにも的確に疑問に対しての答えがのっているので、これからのこのページのあり方について迷いも出てしまったのです。だって重要なことは全部そこに書いてあるんですから。「神との対話」のように私が解説を入れる余地など全く無いような感じがするのです。

 最近のこのページのスタンスとしては、私が実際に経験したことや考えたことで、私自身の真実として受け入れられることのみを書いていたのです。これは要するに私はこのページに書くことでそれを私の真実として受け入れることを行ってきたのです。知識を得ても体験を通さないとそれは自分のものになりません。それは自分自身の真実にならないと言うことなのです。私がこのページに何かを書くということは、それが私の行動として、その体験を真実にする為に必要なことだったのです。

 「神との対話」もそうなのですが、いろいろな知識がのっています。それは最初はまだ知識でしかありません。それを体験にまで持っていく為には、その間に何らかの行動が必要になります。私の場合はページを作ることなのですが、他の人の場合は誰かに話をすることが大事なのです。もちろん私と同じようにページを書くことでも良いのです。それにより自分の奥のほうに事実として確定させる為の体験の準備が出来るのです。

 さてラムサの本を読むことで重大な選択肢が私の前に現れたのです。私にとってはラムサによって新しい選択肢が見えてきたと言うことなのですが、これは新しい選択肢を私が考え始めたから、私の真実の中にラムサが現れてきたと言うことでも在ります。

 その二つの選択肢と言うのを説明します。一つはこの世を幻想だと知りつつ、目いっぱい幻想を楽しむことです。もうひとつは幻想の世界から抜け出すことをめざす道です。この二つは考え方に大きな違いがでるのです。細かいことはうまく書けませんが、たとえば花を見たとき、目いっぱい美しいと感じるのか、ただそこに在るなと捉えるかの違いなのです。別な言い方をすると、自分自身で善悪をもってそれに生きるのか、それとも善悪などの判断を止めてしまうのかという様な違いなのです。

 たぶん本当は両立するんですよね。ただ今の私の理解だとどうしても道が分かれてしまうのです。幻想を楽しむ道の方が確実な感じがします。でも、もう生まれ変わりをしたくないという気持ちも強いのです。それにだれものにも邪魔されない真の自由が欲しいとも思っています。その為には幻想から抜け出すことが必要なのです。

 まあなるようにしか成らないのかもしれません。結局は自分は自分以外の存在にはなれない訳で、今は「今」を大事にするしかないようです。(この「今」と言うのも実際はかなり難解なのですが)

 「ラムサ」のことは検索で簡単に調べることが出来ます。「神との対話」に書いてあることが全て当たり前のことの様に思えるようになっているのなら、読んでみるのも良いかも知れません。私がここでお勧めする訳にはいかない気がします。なぜって真実は人により違うのですから、、読むかどうかご自分の心に聞いてみてください。

(2003/06/15)


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