集合意識の選択 (第98話)

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 さて、いよいよ第2部の実質的なスタートです。あらためて書くと第1部は思いのほか早く終わりました。そもそも第2部があるとは思っていなかったのですから、第1部がずっと続くのかと思っていたのです。それが実質的には数年で通過してしまったわけで、意外な結果ではありました。第2部がいつまで続くのかというとこれもちょっと解りません。ただ今の感じだとそう簡単には終わらないだろうと思っています。まあ10年、20年は当たり前として、100年以上掛かるというのも充分にありえることなのです。

 かなり長期にわたると思われる第2部で一体どの程度このコーナーに書くことがあるのでしょうか?たぶん書くこと自体はある程度まで行ったらそれほど多くなくなっていくとおもいます。でもとりあえず、しばらくはどのようにアセンド(アセンションすること)までたどり着くのかという大体の道程をここで説明するつもりでいます。今回ここで書くのは、その最も最初のステップなのです。ちなみに私はアセンドにいたる道程はある程度理解しています。それは第1部がそれを私に知らしめる為の役割をしていたのですから。また、それを知らないでアセンドするなどといえるわけも無いです。

 さてまず最初にすることは集合意識の選択なのです。このことの意味自体は第1部を良く理解していないと理解が難しいかと思います。この後で書くことの意味が解らなかったら、第1部に戻って読み直してください。まずこの世界は幻想の世界であることを理解しましょう。そして自分も現実を創造していていること、そして現実の創造とは、ある意味自分自身の幻想を創造しているのだということをある程度理解する必要があります。まあこれが実質的な第1ステップなのですが、まあこれはアセンションしなくても必要な理解なのです。

 私達の現実を作り出しているのは、地球人の集合意識と呼ばれるものです。これは人間の常識と言い換えても間違いではないのです。皆がそう思っているから、そのようになる、その様な現実が創造され続けていくということです。誰かが死を克服して死なない人生を手に入れる為には、この集合意識の影響を極力回避する必要があります。(まあこれが一番厄介なことなのですが)

 自分自身の創造を意図的にすることによりある程度は人類の集合意識に対抗することはできます。これは自分自身が本当に自由でありさえすれば、何でも出来るのですからそのような現実を作ればいいのです。しかしここで問題があります。たった一人でいろいろと想像することにより創造したとしても、その力は限られたものであるのです。結果的にきわめて個人的な自己の内面の世界でのみ死を克服したということで終わってしまうのです。まあ言ってみれば現実の創造のレベルまで持っていくのは大変だということなのです。

 ここで相手にしなければ成らないものは人類の集合意識です。もちろんそれを変える必要は無いし、そこから逃げ出すのですが、その為には自分自身の足場と成る代わりの集合意識を用意する必要が出てくるのです。なぜ代わりの集合意識なのかというと、個人の意識だけだとパワー不足だし、それにうつろいやすいからなのです。

 この世の中は、地球人全体が影響を受けている人類の集合意識と個別のグループや集団の集合意識が共存して存在しているのです。もちろん宗教なども集合意識が出来上がっているのです。ここで大事なことは、いくつもの集合意識が混在している中でも人間にアセンドが可能だと考えている、あるいはアセンションは誰でも可能だと考えている集団の集合意識に参加し、そこに重心を移動させるのです。

 まあ簡単に言ってしまえば、アセンションが可能だと考えている人と付き合うことが大事なのです。そしてアセンションに関する情報を共有することで、徐々に集合意識が出来てきます。それに「ラムサの学校」などに参加するのは最も手っ取り早い方法です。

 あらためて書いておきますが、スピリチュアルな人たちでも、アセンションや不死が可能だとは考えていない人たちが殆どなのです。その様な人たちはいくら能力があってもそれなりの現実から逃れることは出来ません。たとえその人たちがハイアーセルフやひかりのことを言っていても、神との対話を理解していても、その人たちが所属する集合意識の中でアセンションを認めていなかったらそれは現実にはならないのです。それらはアセンションを真剣に考えている人たちとそれなりに言動が似ているので区別がつきにくいかも知れません。もちろん死を前提に生を考える生き方も悪いわけではないし、そこにはそこの真実があるのですから、端で何も言うことは出来ません。ただそれらを自分の真実にするかどうか?それが自分の限界を決めてしまうのです。

 あくまでも個人的な意見なのですが、せっかく苦労して集合意識から抜け出したとして、まだまだ大きな制限をもった真実に成るだけなので、その意味では誰が一番制約の無い真実を持っているのかには、最初の段階で良く吟味した方が良いと思います。どの真実を選択するのかということは、その人の限界を決めてしまうことになるのですから。(もちろんどれを選ぶのも全くの個人意志なのです)

 結局のところ、アセンションするために最初にしなければ成らないのは、何を自分の真実にしたいのか良く考えて、どの集合意識に重心をおくのかという「集合意識の選択」が大事なのです。(私はラムサを選んだのです。)

 真実は選ぶことが出来るものなのです。

(2003/07/14)


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