栗林誠一郎BIOGRAPHY

身長:
173cm
体重:
57kg(90年のデータですので変わっていると思いますが)
血液型:
不明(ご本人の弁)
星座:
クールで自由を愛する水瓶座
趣味:
料理、食べ歩き、旅行
性格:
子供っぽい?(笑)お茶目です・・・
好きな食べ物:
カレー、回転寿司、甘いもの、焼き肉
得意料理:
ほうれん草カレー
お友達(笑):
イヌ、イルカ(^^)
好きなアーティスト:
ビートルズ、スティービーワンダー、ボズ・スキャッグス、TAKE6etc
好きなベーシスト:
ポール・マッカートニー、スティング

1965年
2月11日
東京は新宿に生まれる。姉二人、栗林家の長男として(と思う)誕生。
1966年

ビートルズ来日。
4歳くらい

ピアノを習い始める。週に1回1時間ほど。中学校の終わりまでやらされていた。よくサボってた(笑)
小学校時代

学校から帰るとランドセルを置いてすぐに遊びに出かけ、暗くなるまで(7〜8時くらいまで)戻らないような子供だった。
11歳

年の離れた姉(12歳違うそうです)にビートルズのレコード「アビー・ロード」をもらう。学校から帰るとビートルズを聴いて、そのままビートルズを聴いて寝る、宿題はやらない、という毎日。
中学校時代

ベースを買ってもらう。(グレコのヴァイオリンタイプで、ブラックナイロン弦を張っていた)ビートルズのコピーバンドを始める。
16歳

高校に入学するも校則検査に引っかかり(かなりのワル(笑)をやっていたとか・・・)「やめる!」と宣言。ほんとにやめて、姉の友人のツテもあり、単身L.A.に留学。4年間を過ごす。
はじめてつき合った女の子の名前は「ブレンディー」栗林さんは向こうの人たちには「セイブロー」(やあ、というあいさつの意)と呼ばれていたとか。
20歳

帰国。自分の音楽を日本で試してみたかった。
2年間、デモ・テープ作り。
1987年
22歳
5月21日
TUBEのアルバム『SUMMER DREAM』の「Stay in my eyes」「憧れのハワイ航路」で作曲家としてデビュー。
12月2日
『渚のカセットvol.1』で、ボーカルを初披露。
1988年
23歳
6月22日
『渚のカセットvol.2』でも作曲・ボーカル・コーラスとして参加。
8月
TUBEのツアーにベーシストとして参加。TUBEのビデオ「熱帯夜LIVE−夕方チャンス到来−」に、その姿が収録されています。
1989年
24歳
3月21日
オムニバスアルバム『プレイヤーズ・ポール・ポジションvol.1』では、作詞・作曲・ボーカルだけでなくベーシストとしても参加。
春畑道哉のソロアルバム『Smail On Me』でも、ナイスな発音の英詞ボーカルを披露。
6月21日
『プレイヤーズ・ポール・ポジションvol.2』では、ビーチボーイズをカバー。
「Good Vibration」「KOKOMO」のコーラスは聴きほれます。
7月21日
『渚のカセットvol.3』では、亜蘭知子さんとのデュエットなどもあり。
11月21日
アルバム『LA JOLLA』で、ついにソロデビュー!!
『プレイヤーズ・ポール・ポジションvol.3』にも参加。クリスマスアルバムということでワム!をカバー。
1990年
25歳
4月4日
1st.Sg「白いMY LOVE」リリース。’90カネボウ化粧品夏のイメージソングでした。カップリングは「It's My Treat」
B.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」リリース。この頃たくさんTV出演していた。
5月21日
2nd.Al『SUMMER ILLUSION』リリース(6ヶ月ぶり)
9月25日
『Royal Straight Soul』レコーディング日。
12月19日
B.B.クィーンズ『パーティー』「ギンギラパラダイス」リリース。
12月31日
B.B.クィーンズとしてレコード大賞受賞。紅白出演。
1991年
26歳
1月10日
『Royal Straight Soul』リリース。スティービー・ワンダーを2曲カバー。必聴!
2月6日
3rd.Al『You Never Know』リリース(9ヶ月ぶり)
2月7日
ファーストライブを渋谷クラブクアトロで行う!(アルバムリリースの次の日だったんですね)
3月21日
『ベストオブ渚のオールスターズ』リリース。
7月3日
B.B.クィーンズ『真夏のB.B.クィーンズ』リリース。
10月4日
TBSラジオ「B.B.クィーンズのキンキラセンセーション」最終回。栗林さんは増崎さん、望月さんと「噂のオールスターズ」のコーナーを担当していました。
11月6日
2nd.Sg「Good−bye to you」リリース。関西テレビ・フジテレビ系”おんなの企業サスペンス”「ホテルウーマン」挿入歌。カップリングは「Just let me go」(アルバム未収録)
11月21日
『ホテルウーマンサウンドトラック』にも「Good−bye to you」収録。
12月7日
六本木PIT INNでの増崎さんのライブ(300人動員)に、ゲストとして出演。
12月16日
4th.Al『Good−bye to you』リリース(10ヶ月ぶり)
1992年
27歳
12月2日
『ウーマンドリームサウンドトラック』に「さよならには届かない」を収録。空白の一年ですね・・・。
1993年
28歳
3月
ZYYGのレコーディングスタート。94年5月までつづく。
4月7日
5th.Al『会わなくてもI Love You』リリース(1年4ヶ月ぶり)
5月19日
ZYYGシングル「君が欲しくてたまらない」でデビュー。
6月9日
ZYYG,REV,ZARD&WANDS「果てしない夢を」リリース。(オリコン初登場2位)栗林さんはカップリングの作曲を担当。
11月10日
ZYYG、2nd.Sg「風にまぶしい」リリース。
11月21日
『Royal Straight SoulVvol.1』でビートルズをカバー。
1994年
29歳
3月4日
ZYYG、3rd.Sg「壊したい現実」リリース。
3月26日
『愛と疑惑のサスペンスED曲集』に、「遠く離れても」を収録。
4月23日
ZYYG、4th.sg「NO RETURN LOVE」リリース。
7月13日
ZYYG、Al『GO-WILD』リリース。これを最後に脱退。
10月21日
6th.Al『遠く離れても』リリース(1年6ヶ月ぶり)

この年、年間の作曲家シングルセールスで、栗林さんは6位でした(売り上げ金額23億1000万円、売り上げ数237万枚、代表作は「こんなにそばに居るのに」「永遠をあずけてくれ」)数字にするとあらためてすごいですね。ちなみに、1位小室哲哉、2位桜井和寿、3位織田哲郎、4位大黒摩季、5位飛鳥涼でした。
また、91年くらいからつけていたピアスが、『遠く離れても』では見られません。似合っていたのに、どうしてやめてしまったんでしょうね。もう若くないと思ったのか・・・(笑)←失礼
1995年
30歳
2月
この頃、栗林さんのアルバムを初めて聴いてはまりまくる。ちょうどCDTVのOP曲でWANDSの「Secret Night〜It's My Treat〜」が流れててすごくびっくりしました。
5月〜8月
アルバムのレコーディング。
8月28日
ZARDのシングル「サヨナラは今もこの胸に居ます」で、作曲・ゲストボーカル。カラオケをよく聴きました(^^)
10月
なんの前触れもなく、「J-ROCK」のEDでBarbieの「クリスマスタイム」が流れ始める。はじめは名前の読み方もわからず、どう聴いても栗林さんなのに・・・と悩みました(^^;)
11月1日
7th.Al『Rest of My Life』リリース(1年ぶり)
11月22日
Barbie、1st.Sg「クリスマスタイム」リリース(オリコン初登場35位)
11月29日
2度目のライブ「Rest of My Life」を新宿日清パワーステーションで行う。
1996年
31歳
4月
アルバムレコーディングを開始。
「J-ROCK」でBarbie「LOVE〜眠れずに君の横顔ずっと見ていた〜」がED曲として流れ始める。
6月9日
Barbie、2nd.Sg「LOVE〜眠れずに君の横顔ずっと見ていた〜」リリース。
11月25日
『Barbie first』リリース(オリコン初登場33位)
12月
「J-ROCK」のEDで再び「クリスマスタイム」が使われる。
暮れにひどい風邪をひいて、レコーディングを一週間ほど中断。
1997年
32歳
3月26日
8th.Al『No Pose』リリース(1年5ヶ月ぶり)
4月
「J-ROCK」のOPで「Words」が流れ始める。
「名もない想い出」は「吉本御前様パーティー」のED。
キャンペーンで甲府、浜松、名古屋、大阪、神戸、京都などをまわる。各地のラジオなどに出演。
6月12,13,19日
初のライブツアー「No Pose」で、名古屋クラブクアトロ、大阪クラブクアトロ、東京日清パワーステーションと3カ所をまわる。
1998年
33歳
8月5日
9th.Al『Frosted Glass』リリース(1年4ヶ月ぶり)
9月13日,22日
LIVE TOUR’98 ”Frosted Glass”、13日(日)大阪CLUB QUATTRO、22日(火)渋谷CLUB QUATTRO

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