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私がはじめて発表した、知能ワーク教材です。
(「主婦と生活」1974年付録)
この中で発表したいくつかのワークは、
その後、東京の私立小学校の入試問題の
定番となりました。右がその一例です。
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私がはじめて発表した作品なので、ここに掲載しておきます。 |
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なぜなぜ学習子ども百科(学研)全12巻
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「TOM」学習ブック、全10巻、指導 |
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コンピュータ教材
「もじ・数・英語・漢字シリーズ」を
指導・制作しました。 |
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「ピアノえほん」シリーズは、全部で4種類あります。
クリスマスのプレゼントなどに喜ばれました。
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上の「ピアノえほん」の前世代版です。
これは全部で8種類ほど制作されました。
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私が29歳のときに書いた本です。
この本は全国の医学部の教科書にもなりました。
このあと「経穴辞典」を同じ体裁で出版しました。
7年間かかりました。
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この本を最後に漢方の世界から足を洗いました。ドクターでない私が
医学書を書くことに限界を覚えたからです。
この本のあと、飛鳥新社は、「磯野家の謎」という本を出版し
空前のベストセラーを記録しました。 |
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創刊企画に参画させてもらいました。
1978〜87年まで「知恵遊び」を協力させて
もらいました。この雑誌は、「なかよし学習」と合わせて
毎月47〜8万部も売れました。
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創刊企画を一からした雑誌です。
当時毎月27〜8万部の売れ行きを示しました。
このとき編集長の大塚薫氏が、横浜のアメリカンハイスクールで
みつけてきたのが、西田ひかるさんです。
当時まったく無名の高校1年生でした。 |
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ハローワールド創刊に先立つパーティで。
左が私、右が西田ひかるさんです。予算がなくて、
それで無名だった西田さんにアイドルになってもらいました。
ただし横浜のアメリカハイスクールでみつけて
きたのは、私ではなく、編集長の大塚薫氏です。
このとき西田さんは、高校一年生。パーティで
たまたま隣の席でしたので……。
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「まなぶくん幼児教室」(学研)の上級版、中級版を制作しました。
各24巻、計48巻の大作です。全国の幼児教室で教材として
使われました。下はその付録のガイドブックです。
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この3冊の本を書くとき、出版社が「予算がない」と
言うものですから、イラストも自分で書きました。
私の最初の本格的な格言集となりました。 |
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飛鳥新社で出した本です。この直後、「磯野家の謎」の本の中で
紹介してもらい、そのおこぼれで、多少、売ることができました。 |
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ほかにもいろいろな本を書いてきました。
この本は生協ルートで販売された本です。
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パソコン教材も、制作しました。
ほかに「ジャックとえいごの木」(1)
ジパング漢字の島
スモッカと知恵の木(形)
スモッカと知恵の木(数)などを制作しました。
ほか、幼児向けカルタ、ゲーム、教育教材、
ワークブック、知能テストなど。 |