はやし浩司

さらに…01-5-7
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作品の内容(一部)です。
無数の作品を手がけてきました。

私がはじめて発表した、知能ワーク教材です。
(「主婦と生活」1974年付録)
この中で発表したいくつかのワークは、
その後、東京の私立小学校の入試問題の
定番となりました。右がその一例です。
  私がはじめて発表した作品なので、ここに掲載しておきます。
なぜなぜ学習子ども百科(学研)全12巻
          「TOM」学習ブック、全10巻、指導

コンピュータ教材
「もじ・数・英語・漢字シリーズ」を
                  指導・制作しました。

「ピアノえほん」シリーズは、全部で4種類あります。
クリスマスのプレゼントなどに喜ばれました。

上の「ピアノえほん」の前世代版です。
これは全部で8種類ほど制作されました。
私が29歳のときに書いた本です。
この本は全国の医学部の教科書にもなりました。
このあと「経穴辞典」を同じ体裁で出版しました。
7年間かかりました。
この本を最後に漢方の世界から足を洗いました。ドクターでない私が
医学書を書くことに限界を覚えたからです。
この本のあと、飛鳥新社は、「磯野家の謎」という本を出版し
              空前のベストセラーを記録しました。
創刊企画に参画させてもらいました。
1978〜87年まで「知恵遊び」を協力させて
もらいました。この雑誌は、「なかよし学習」と合わせて
毎月47〜8万部も売れました。

創刊企画を一からした雑誌です。
当時毎月27〜8万部の売れ行きを示しました。
このとき編集長の大塚薫氏が、横浜のアメリカンハイスクールで
みつけてきたのが、西田ひかるさんです。
           当時まったく無名の高校1年生でした。
          ハローワールド創刊に先立つパーティで。
左が私、右が西田ひかるさんです。予算がなくて、
それで無名だった西田さんにアイドルになってもらいました。
ただし横浜のアメリカハイスクールでみつけて
きたのは、私ではなく、編集長の大塚薫氏です。
このとき西田さんは、高校一年生。パーティで
たまたま隣の席でしたので……。

「まなぶくん幼児教室」(学研)の上級版、中級版を制作しました。
各24巻、計48巻の大作です。全国の幼児教室で教材として
使われました。下はその付録のガイドブックです。
この3冊の本を書くとき、出版社が「予算がない」と
言うものですから、イラストも自分で書きました。
           私の最初の本格的な格言集となりました。
 飛鳥新社で出した本です。この直後、「磯野家の謎」の本の中で
 紹介してもらい、そのおこぼれで、多少、売ることができました。
ほかにもいろいろな本を書いてきました。
この本は生協ルートで販売された本です。
パソコン教材も、制作しました。
ほかに「ジャックとえいごの木」(1)
ジパング漢字の島
スモッカと知恵の木(形)
スモッカと知恵の木(数)などを制作しました。

ほか、幼児向けカルタ、ゲーム、教育教材、
               ワークブック、知能テストなど。