はやし浩司

失敗談コーナー
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はやし浩司

失敗談コーナー(文の推敲はしてありません。)

大失敗……「お前はうちの女房を、妊娠させたア!」

 ある朝、ふとんの中で寝ていると、一人の男が私の部屋に飛び込んできて、こう言いました。
まだ独身のころで、私は六畳一間のアパート(?)に住んでいました。そしてこう怒鳴ったので
す。「お前は、うちの女房を妊娠させたア。どうしてくれる!」と。
 寝耳に水とはまさにこのこと。驚いて仰天していると、その様子から察したのか、男はこう言
いました。「すまん、すまん、カマだった」と。
 話を聞くと、こうです。その男の妻、つまり私の生徒の母親ですが、その前の夜、その男(夫)
とはげしい口論をして、家を飛び出してしまったというのです。で、その男は、てっきり妻が私の
ところへきたと思ったというのです。男はこう言いました。「うちの女房は毎日にように、お前の
話をしている。母親懇談会に出席している。しかも幼稚園から帰ってくると、お前の話しかしな
い。それでオレは、うちの女房が、お前のところに逃げていったと思った」と。「妊娠した」という
話は、カマだったとも。つまり男は私とその妻との関係を疑って、カマをかけたというのです。
 以来、私は、毎日開いていた母親教室を、週1回にしました。親といっても、相手は夫のいる
女性です。そういう配慮が足りませんでした。ハイ。

……この話は、あまりおもしろくありませんでしたか? まだほかにも、いろいろ失敗をしまし
た。

大失敗……「貴様かア、いらんこと言うな!」

 ある朝、ほかの先生たちと園庭で園児を指導しているときのこと。一台の大型乗用車が幼稚
園の横に止まりました。何ごとかと思ってみていると、一人の男(五〇歳くらい)が、つかつかと
やってきて、いきなり私に、「お前が、はやしかア!」と。私が「ハイ」と言いかけたとたん、その
男は、いきなり私に殴りかかってきました。「いらんこと、言うな! バカヤロー」と。
 私は数発殴られ。そのまま地面に倒されてしました。しかし何がなんだか、さっぱりわけがわ
かりません。男はそのまま、クルリと体を外へ向けて出て行きました。そこへほかの先生たち
が寄り集まってきて、「どうしたの?」「どうしたの?」と。私にも思い当たるふしがありません。
が、やがて事情を、一番年配のT先生に話していると、T先生が、「わかった! それはまずい
わよ」と。理由はこうです。
 幼稚園に一人、いつも忘れ物ばかりしてくる園児がいました。名前は、忘れもしない、I君とい
う男の子でした。本当に忘れ物ばかりしてくるのです。そこでその前日、そのI君の母親に電話
をし、「忘れ物が多いようです。どうか、けじめのある生活をしてください」と言ってしまったので
す。ふつうなら何でもない会話ですが、そのI君の母親には、その「けじめ」という言葉が悪かっ
たようです。
 実はそのI君の母親というのは、私を殴った男の、愛人でした。多分私からの電話のあと、そ
の母親は男に、「くやしい」とか何とか言ったのだと思います。フィクションもまじえて、不安定な
立場を、男に訴えたのかもしれません。ともかくも、その母親の言葉に動かされた男が、「あの
はやしめ」ということになって、私を殴りに来た……。その母親にしてみれば、「けじめのある生
活」という言葉は、彼女の心を突き刺す言葉だったのですね。これも配慮が足りませんでした。

……以来、私はいろんな家庭をもった、いろんな人がいるということで、家庭問題については、
たいへん慎重になりました。
 
大失敗……「私、先生と結婚する……」

 一人、たいへん乱暴な女の子(年中児)がいました。あいさつがわりに、私をキックするので
す。まあ、それほど痛くないので、私はそれほど叱ったりはしませんでしたが、そのときのは、
少し痛かった……。そこで思わず、その女の子にこう言ってやりました。「君のような乱暴者と
は、結婚してやらないからな。おとなになってから、ぼくのことを好きだと言っても、ムダだよ。
結婚するなら、そこにいる吉田さんのような女の子がいい」と。吉田さんが最前列に座ってい
て、目についてから「吉田さん」という名前を出しました。
 ところがこの一言が、思わぬ波紋を広げてしまいました。ほぼ一週間後のこと。神谷さんとい
う母親がやってきて、私にこう言いました。「先生、吉田さんがね、私はおとなになったら、はや
し先生と結婚するんだと、本気で悩んでいますよ」と。つまり私が何気なく冗談で言った言葉
で、吉田さんが悩んでいるというのです。「これはまずいことを言ってしまった……」と考えてい
たら、そこへたまたま吉田さんのお父さんが、吉田さんを迎えに来ていました。そこで私は吉田
さんのお父さんを呼び止めて、こう言いました。
 「いやあ、すみませんでした。この前、吉田さんに結婚すると言いましたが、あれは冗談で
す。どうか許してください」と。
 が、事件が起きたのはその夜のことでした。自宅に吉田さんのお父さんとお母さんが、突然
やってきて、「どういうことだか、説明してほしい」と。
 ……皆さんは、ここまで読んで、どうして大事件になったか、その理由がわかりますか? 実
はこういうことです。
 私は「吉田さん」と、年中児の女の子のことを頭に置きながら、「……吉田さんに結婚すると
言いましたが……」と言いました。しかしお父さんは、「吉田さん」というのは、自分の妻のことだ
と思っていまったのです。私はこの世界へ入ってから、子どもの名前は、名字で呼ぶようにして
います。(名前で呼ぶ先生も多いですが……。)私からその話を聞いた父親は、家に帰ってか
ら、「どういうことだ!」と妻に攻め寄ったのだと思います。それで困った母親が、「一緒に説明
を聞きにいこう」ということになって、私の家にやってきたというわけです。
 
……子どもに言う冗談には、注意しましょう。

大失敗……「あんたを、名誉毀損で訴える!」

 ミステリー事件なみの大事件は、ちょっとした一言から始まった。それはこんな一言だった。
 ある日、子どもたちが帰る時刻になって、一人ぼんやりとイスに座って、外をながめていたと
きのこと。山川さん(小4女児)が、また教室へ戻ってきた。「どうしたの?」と聞くと、「クツがな
い……」と。深刻な表情だった。そこで教室の外へ出て、クツをさがしたが、クツはなかった。子
どもの世界ではよくあることで、私はそれほど気にせず、「誰かがまちがえてはいていったのだ
ろう」くらいに考えていた。が、そうであるなら、クツが一足残るはずである。しかしクツは残って
いなかった。そこで私はスリッパを用意し、「今日はこれをはいていきなさい」と指示した。
 が、それから様子がおかしくなった。近くの駐車場で山川さんの帰りを待っていた母親が教室
へやってきた。そして娘のクツがないことがわかると、ワナワナと震え始めたのだ。「先生、こん
なところでも……」と。
 実は山川さんは、学校でも、執拗なもの隠しに悩まされていた。カバンやノート、スリッパや給
食道具は言うにおよばず、体操着や通知表まで隠されていた。山川さんのお母さんは、娘の
転校まで考え始めていた。教室でクツがなくなったのは、そんなときだった。
 が、私はそんなこと、知る由もなかった。知らないまま、「そう言えば、外で一人女の子が待っ
ていましたが……」と話した。山川さんの友人の清水という女の子だった。私はその清水という
女の子(そのときは名前も知らなかった)を頭に思い浮かべながら、「多分、その子がクツのこ
とを知っているのでは……」と言ってしまった。内心のどこかでは、清水という女の子が、クツを
隠したかもしれないという思いはあるにはあった。こうしたいたずらは、子どもの世界ではよくあ
ることだ。私も年に一、二度は、クツを隠される。そしてたいていそのまま、クツは出てこない。
 が、そのことを話すと、山川さんの母親も、山川さんも、黙ってしまった。清水という女の子j
は、山川さんの一番の親友だというのだ。しかも山川さんのものがなくなるたびに、清水という
女の子が最後の最後まで学校に残って、そのなくなったものをさがしてくれるというのだ。
 で、その夜は、そのまま終わったが、翌朝一番に、清水という女の子の母親から電話がかか
ってきた。そしていきなり、「あなたを名誉毀損で、訴えます」と。話を聞くとこうだ。「あなたはう
ちの娘を、犯人扱いしたというではありませんか。証拠もないのに、そういうことを言うとは許せ
ません。私の祖父は、県の要職までした人です。あんたを名誉毀損で訴えます。ついては、話
を聞きたいので、時間をつくってください」と。
 私は「犯人」という言葉は使っていないと説明したが、相手の母親は、いきりたっていた。で、
言われるまま、その夜、教室に集まってもらうことにした。出席者は、山川さんの両親。それに
清水という女の子と、その母親。もう一人、オブザーバーで、本山という母親もいた。しかしこの
本山という女性が曲者だった。私の味方のフリをして、私から内輪の話を聞きだし、その話を
すべて清水という女の子の母親に話してしまっていた。その少し前、本山という母親は私に電
話をかけてきて、あれこれ動きを聞き出していた。それはともかくも、異様な会合がその夜、開
かれた。
 私は、テープレコーダーを用意した。相手は、裁判所へ訴えるというのだ。こちらも、当然、そ
れなりの覚悟と用意はする。私とて、法律に無知という人間ではない。そしてそのテープレコー
ダーをまわしながら、会合を進めた。
 
 最初は、言ったの言わないのの、押し問答になった。もしその段階で、清水という女の子が
犯人(この言葉は好きではないが……)ということになると、学校でのもの隠しの犯人もその子
ということになってしまう。清水という女の子の母親も必死だ。で、話し込んでいくうちに、私はそ
の女の子にときどき話しかけた。すると、その清水という女の子が、いくつかのことを話した。
「教室の玄関には入っていない」……だから、クツ置き場までは行っていない。
「時間をみたら、5時だったので、すぐ家に帰った」……教室の周りでは遊んでいない、と。
 しかしこの話はあきらかに矛盾していた。玄関まで、しかもかなり奥のほうまで入らないと、時
計は見えないはずである。私は鋭く、それをついた。「あなたはどこで時計を見たの?」と。
 すると女の子は、「外から見た」と言い張った。そこで会合にいた全員が、一度外へ出て、時
計の見える位置まで動いてもらった。が、どこでも時計は見えなかった。見えなかったばかり
か、玄関のかなり中、しかもクツ置き場を越えて、ドアのところまでこないと時計は見えないこと
がわかった。とたん、清水という女の子の母親の様子がかわった。それまで私に向けていた矛
先を、一挙に娘に向け始めたのだ。険悪な雰囲気をす救ったのは私だった。私は、こう言っ
た。「まあ、いいじゃないですか。私のほうは、わかってもらえればそれでいいのです。子どもた
ちも皆、仲よくやってくれれば、それでいいのです」と。
 翌朝一番に、清水という女の子の母親から電話があった。そして母親は、うってかわったよう
なやさしい声でこう言った。「どうか、あのテープは、処分してください。お願いします」と。

 この事件で、私は一つの教訓を学んだ。その一つ。こうした執拗な「いじめ」の背景には、必
ず嫉妬がからんでいるということ。この事件でも、できのよい山川さんと、そうでない清水という
女の子の関係がある。山川さんは背も高く、美人で人気者。一方、清水という女の子は、ずん
ぐりしていて、男の子からも相手にされないタイプ。清水という女の子が、山川さんにどのような
思いをもっていたかは、容易に察しがつく。
 もう一つの教訓は、こうした執拗な「いじめ」事件では、一番最初に、一番身近にいる人間を
疑えということ。たいていすぐそばにいて、いじめの機会をねらっている。もちろんこういうふう
に一方的に決めてかかるのは正しくないかもしれないが、子どもの世界も、おとなの世界と似
ている反面、おとなの世界よりすっと単純な論理で動く。私はそれを学んだ。
 ただ一言言いたいのは、自分の娘が疑われて怒った気持ちはわからぬでもないが、あれほ
ど大声でいきりたち、私を虫けらみたに誹謗していたにもかかわらず、清水という女の子の母
親が、翌朝一本の電話だけで、事件を終わらせてしまったことだ。礼儀に欠けるというか、常
識知らずというか、もう少していねいな詫びが、私にあってもよかったのではないか。今、つくづ
くとそう思う。

……この話では、文中、本山という母親の話をはぶいたが、この事件を拡大して喜んでいたの
は、実は本山という母親だった。この女性が、事件をおもしろおかしく増幅させ、結局、山川さ
ん、清水という母親の間の対立を激化させていた。今思い出しても、ぞっとする……!!

 
 

 

以下制作中