マザーコンプレックス&溺愛
埼玉県のHRさんより、夫の母親依存性に
ついてのメールがありました、それについて
考えてみます。
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こんばんは、今日も浦和は熱帯夜で、寝苦しい夜になりそうです。
ところで、またまた、どうしようもない悩みですが、聞いてください。
私たち夫婦は、結婚して5年になりますが、いつも同じような事で喧嘩をします。
結婚前から、何か主人に対するわだかまりのようなものがあって、いつも葛藤を繰り返していま
す。
主人の実家がすぐ近くにあり、まめに連絡をしてくれたり、夕食を皆で食べたり、いつも気にかけ
てくれて、とてもよくしてくれる両親です。週末になると、電話がかかってくるので、断るのも悪い
し、それほどの理由もないので、いつもどこか行きたくても、結局我慢(と、言っては悪いのです
が、たまには、私たちだけで、出かけたいのです。)してしまいます。
私にとっては、それが大きなストレスとなって、せっかくの休日が、台無しになる事もあります。な
ぜなら、主人は休みも少なくて、たまの休みといえば、いつも実家へ行ったり、行事があったり
で、結婚してから、私たちだけで出かけた事は、ほとんどないような気がします。
主人は、仕事で、家の事はまかせっきりで、近くに両親がいて、心強い事も多いのですが、あま
りにも頼りすぎというか、もっと自分たちの時間を持ちたいと思うのは、私の我がままでしょう
か?
主人は、絶対に親に逆らう事はなく、とてもいい子です。結婚前は、わたしといるより、家族とい
るほうが安心しているように見えました。旅行先で、母親に「今着いた」とか、何度も電話をした
り、新婚旅行も冗談だったのか、一緒に行きたいとまで、言ってました。
(結局、行きませんでしたが。)そんなことがあったからか、少しマザコン?と、思った事も多々あ
ります。
両親も、主人はもちろん、私も息子の事も気にかけてくれますが、あまりに干渉がひどいと、うん
ざりすることもあります。(すみません、愚痴になりました。)
そんな両親に素直に甘えればいいのでしょうが、一方では、もう少し自分たちで行動させてほし
いし、結婚したのだから、そろそろ自分たちでできる事はしたいと思っています。それは、両親に
ではなく、主人にいいかげん気づいて欲しいと思います。いつも、それがうまく主人に伝わらなく
て、困っています。
人それぞれ、結婚に対する価値観は違うと思いますが、親とのかかわりも大切ですが、結婚した
本人同士が、新しい家庭を築くのも大切だと思うのです。先生は、結婚について、どう思われま
すか?
両親との距離感というか、男性からみて、どう思われますか? やっぱり、私の我がままでしょう
か。
(8月10日・浦和市・HR)
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HRさんへ、
親子の依存性というのは、相互的なものです。親に子どもへの依存性があるときは、同じよう
に子どもにも親への依存性があります。(親に依存性があるため、子どもの依存性に甘くなり、
それが時間をかけて、相互性をもつわけです。)
HRさんのケースでは、夫と実家の母親の関係が、まさにその相互依存の関係です。こういうケ
ースでは、子どもは、「自分は親孝行で、親思いの、理想的なこども」と思いこんでいるもの。一
方、親は親で、「うちの息子はできのいい、孝行息子」「私は人一倍親の愛情にあふれたいい
親」と思いこんでいるものです。もっとはっきり言えば、子離れできない親、親離れできない子ど
もの、いわゆるベタベタの関係でありながら、互いにそれを「すばらしい関係」と錯覚します。
しかし、ここが問題ですが、たいていは、こうした依存性そのものが、親子の、人生観の基本に
なっていることが多く、それを否定すると、それこそ、たいへんなことになりますから注意してくだ
さい。HRさんについて言えば、夫に対して、「親をとるか、妻をとるか」の択一を迫ることになりま
す。実際、こういうケースで、それが原因で離婚したり、あるいは妻側が、自殺未遂にまで追い込
まれたケースがあります。夫にしてみれば、「親が第一、妻は第二」、あるいは、「どんなことがあ
っても、子どもは親のめんどうをみるべき」「そのため妻が犠牲になってもかまわない」ということ
になります。
こうした日本人独特の親子関係は、「根」が深く、簡単には解決しません。さらにHRさんの夫の
ように、マザコン(失礼!)的な男性のばあい、生まれながらにして、そういう子どもになるよう、
体のシンまで、相互依存性がしみこんでいますから、本人がそれに気づくことすら、むずかしい
のです。
しかし症状としては、まだ軽いほうです。私の知っているケースでは、実家へ帰るたびに、妻の
目を盗んで、こっそりと母親と風呂に入ったり、母親のふとんの中で寝ていた男性がいました。
新婚旅行にすら、本当についてきた母親もいました。はたから見れば、おかしな関係ですが、本
人たちから見れば、ほかの人たちのほうがおかしく見えるのです。そういう意味では、まさにカル
ト的ですね。
さて、こういうケースでは、どうするか、ですが、幸いなことに、目下、別居しているのですから、
問題の一つは解決しています。
つぎにマザコン的であることを、どうやって夫に気づかせるかですが、今までのケースでは、こ
れは不可能とさえ言ってもよいでしょう。気づかせるにしても、一〇年単位の長い、時間がかかり
ます。ここにも書いたように、夫の人生観の基本にもなっているからです。私の知人の中にも、こ
のタイプの男性は少なからずいます。五〇歳以上の男は、多かれ少なかれ、たいていこのタイプ
の男とみてよいようです。たいていはマザコン的であることを、「親孝行」という言葉を使って、ご
まかします。
そこで今度はあなた側の選択ということになります。そういう夫と環境を受け入れるか、受け入
れないかの選択です。で、こういうケースでは、受け入れるしかないですね。あきらめて……。し
かし改善策はないわけではありません。こういう環境を、あなたとあなたの家族のために利用す
るのです。「悪いこと」と決めてかかるのではなく、よい面をみつけて、あなたのために利用する
のです。HRさんが書いておられるように、「安心のための保険」のように考えてはどうでしょう
か。
ただ私が一番心配するのは、人間の心はカガミのようなものですから、多分(というより、確実
に)、あなたの夫の母親は、あなたに対して、よい印象をもっていないということです。あなたの側
からみれば、「疲れる。ストレスがたまる」ということですが、夫の母親にしてみれば、「できの悪
い嫁」ということになります。これが高じると、泥沼の、嫁VS姑戦争に発展しますから、ご注意く
ださい。そうなると、ストレスは、底なしにたまります。
ひとつの方法は、あなたにそれだけの勇気があるならの話ですが、思い切って、母親と話し合
ってみるという手もあります。しかしこのばあいも、母親がそれを理解するかどうかという問題が
あります。反対に、あなたのほうが、はじき飛ばされてしまうかもしれません。そういう意味で、ベ
タベタの相互依存の関係にある親子に、割って入るのは、たいへん危険なことです。
やはり、あなたの立場では、受け入れるしかないかもしれません。それこそ一〇年単位で、自
分の気持ちを伝え、一〇年単位で、夫に気づいてもらうしかないでしょう。悪いことばかりではな
いので、思い切って目をつぶるところは、つぶる……。この問題だけは、本当に「根」が深いで
す。いくつか原稿を張りつけておきますから、どうか、参考にしてください。
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子育て随筆byはやし浩司
あなたの夫のマザコン度診断
あなたの夫のマザコン度(母親への依存性)の診断をします。依存性は、それ自体、自立性と対
照的位置にある問題で、このテストで高得点だった人ほど、自立心の軟弱な男性とみます。
☆ あなたの夫は、日ごろから、どの程度、母親と連絡を取りあっていますか。
ささいな日常的なことまで報告し、母親の判断で行動している……5点
何かできごとがあると、母親に報告したり、電話をかけている……3点
ほとんど母親を無視している。妻と相談して決めている……0点
☆ あなたの家計について、あなたの母親はどの程度把握していますか。
すべて母親任せ(自営業)、あるいはほとんど把握されている……5点
給料は母親から渡される(自営業)、あるいは母親が干渉してくる……3点
母親はいっさい関係ない。母親も干渉してこない……0点
☆ あなたの夫の人生観はどうですか。
親孝行をすることを第一に考え、それ以外は考えられない……5点
妻よりも、母親の立場を、日ごろから尊重している……3点
妻を第一に考え、母親と妻と対立するときは、妻側に立つ……0点
☆ あなたの夫の生活のリズムはどうですか。
すべてが親中心で動いているふう。妻はあくまでも夫の付属品……5点
何をするにも、母親が目立つ。ときどき妻の立場がなくなる……3点
母親の存在感はほとんどない。母親は母親で勝手に生活している……0点
☆ 今までのあなたの生活で、いくつ当てはまりますか。
・ 結婚式、会場などは親に相談して決めた。
・ 新居の生活などは、そのつど親に相談して決めた。
・ 子どもの名前は、親に相談して決めた。
・ 子どもの行事には必ずといってよいほど母親が口や顔を出す。
・ あなたの夫はあなたよりも、母親の味付けのほうを好むようだ。
以上、五個当てはまる……5点
三個当てはまる……3点
〇個あてはまる……0点
☆ あなたの夫の母親への隷属性はいかがですか。こんな状況を想定してみてください。あなた
が夫と子どもたちだけで、旅行を計画していました。で、その数日前になって母親から電話があ
り、母親も、一緒に旅行に行きたいとあなたの夫に言ったとします。そのとき、あなたはそれを渋
ったのですが、そのとき、あなたの夫は……
母親も連れていくと言う。妻であるあなたが反対することはできない。……5点
一応あなたに相談するものの、母親を連れて行くことになる……3点
家族旅行だからということで断る。わだかまりも残らない……0点
マザコンタイプの男(夫)といっても、外見からはわからない。結構外の世界では、ダンディ(男
っぽく)で、仕事をバリバリするような人でも、家庭へ入ると、マザコンタイプの人はいくらでもい
る。(このタイプの男性は、かえって外の世界では反対の自分を演ずることが多い。)
で、多くの女性は、結婚してみて、夫の素顔を知ることになるが、問題は、夫にも、また夫の母
親にも、その自覚がないこと。たがいに理想の親子関係だと思っていることが多い。中には、ベ
タベタの依存性を、外の世界に向かって、誇る人もいる。「新婚旅行には、母親も連れていって
あげました。母親も、西ジャワの夕日を見たいと言いましたので」と。新婚旅行先から、母親に、
その日のできごとを、毎日報告していた夫もいた。脳のCPU(中央演算装置)が、狂っているた
め、そうなる。……そういうことが平気でできる。
一方、母親は母親で、保護意識が強くなる。保護と依存は、ちょうど表と裏の関係にある。だか
ら何かにつけて、「保護」の名のもとに、夫とあなたの生活に干渉してくる。このタイプの母親にし
てみれば、妻は夫の付属品でしかない。だから妻が夫の母親の意に反したことをしようものな
ら、母親は、夫に向かって、「あんな女、離婚しなさい」となる。
さてこのテストで、合計点15点以上なら、あなたの夫は、かなりのマザコンタイプの男とみてよ
い。もしそうなら、まず夫自身に、自分がマザコンタイプの男であることを気づかせる。しかしこの
問題は、ここにも書いたように、脳のCPUの問題でもあり、かつ夫の人生観と深くからんでいる
ため、それを気づかせるだけでも容易ではない。恐らく、このテスト結果を見せただけで、このテ
ストと私に、猛反発するに違いない。「あなたは日本人の美徳である、親孝行を否定するのか」
と、怒ってきた男性すらいた。
この問題だけは、一〇年単位で考える必要がある。
(02−8−11)
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どうしてうちの子を泣かすのですかア!
子育ては子離れ(失敗危険度★★★★★)
●そのうちメソメソと……
子育てを考えたら、その一方で同時に、子離れを考える。「育ててやろう」と考えたら、その一
方で同時に、「どうやって手を抜くか」を考える。そのバランスよさが子どもを自立させる。こんな
ことがあった。
帰りのしたくの時間になっても、D君(年中児)はそのまま立っているだけ。机の上のものをしま
うようにと指示するのだが、「しまう」という言葉の意味すら理解できない。そこであれこれ手振り
身振りでそれを示すと、D君はそのうちメソメソと泣き出してしまった。多分そうすれば、家ではだ
れかが助けてくれるのだろう。が、運の悪いことに、その日にかぎって、たまたま母親がD君を迎
えにきていた。D君の泣き声を聞くと教室へ飛び込んできて、私にこう言った。「どうしてうちの子
を泣かすのですかア!」と。
●遅れる「核」形成
このタイプの親は、子どもの世話をするのを生きがいにしている。あるいは手をかけることが、
親の愛の証(あかし)と誤解している。しかし親が子どもに手をかければかけるほど、子どもはひ
弱になる。俗にいう「温室育ち」になり、「外に出すとすぐ風邪をひく」。
特徴としては、@人格の「核」形成が遅れる。ふつう子どもというのは、その年齢になるとその年
齢にふさわしい「つかみどころ」ができてくる。しかしそのつかみどころがなく、教える側からする
と、どういう子どもなのかわかりにくい。A依存心が強くなる。何かにつけて人に頼るようになる。
自分で判断して、自分で行動をとれなくなる。先日も新聞の投書欄で、「就職先がないのは、社
会の責任だ」と書いていた大学生がいた。そういうものの考え方をするようになる。B精神的にも
ろくなる。ちょっとしたことでキズついたり、いじけたり、くじけたりしやすくなる。C全体に柔和でや
さしく、「いい子」という印象を与えるが、同時に子どもから本来人間がもっているはずの野生味
が消える。
●何でも半分
人間の世界を生き抜くためには、ある程度のたくましさが必要である。たとえばモチまきのと
き、ぼんやりと突っ立っていては、モチは拾えない。生きていくときも、そうだ。そのたくましさを、
どうやって子どもに身につけさせるかも、子育てでは重要なポイントとなる。もしあなたの子ども
が、先のD君のようであるなら、つぎのような格言が役にたつ。
「何でも半分」……子どもにしてあげることは、何でも半分にして、それですます。靴下でも片方
だけはかせて、もう片方は自分ではかせる。あるいは服でも途中まで着させて、あとは子どもに
任す、など。
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「先生、私、異常でしょうか?」
溺愛ママの溺愛児
「先生、私、異常でしょうか」と、その母親は言った。「娘(年中児)が、病気で休んでくれると、
私、うれしいのです。私のそばにいてくれると思うだけで、うれしいのです。主人なんか、いてもい
なくても、どちらでもいいような気がします」と。私はそれに答えて、こう言った。「異常です」と。
今、子どもを溺愛する親は、珍しくない。親と子どもの間に、距離感がない。ある母親は自分の
子ども(年長男児)が、泊り保育に行った夜、さみしさに耐え切れず、一晩中、泣き明かしたとい
う。また別の母親はこう言った。「息子(中学生)の汚した服や下着を見ると、いとおしくて、ほお
ずりしたくなります」と。
親が子どもを溺愛する背景には、親自身の精神的な未熟さや、情緒的な欠陥があるとみる。
そういう問題が基本にあって、夫婦仲が悪い、生活苦に追われる、やっとのことで子どもに恵ま
れたなどという事実が引き金となって、親は、溺愛に走るようになる。肉親の死や事故がきっか
けで、子どもを溺愛するようになるケースも少なくない。そして本来、夫や家庭、他人や社会に向
けるべき愛まで、すべて子どもに注いでしまう。その溺愛ママの典型的な会話。
先生、子どもに向かって、「A君は、おとなになったら、何になるのかな?」母親、会話に割り込み
ながら、「Aは、どこへも行かないわよね。ずっと、ママのそばにいるわよねエ。そうよねエ〜」と。
親が子どもを溺愛すると、子どもは、いわゆる溺愛児になる。柔和でおとなしく、覇気がない。
幼児性の持続(いつまでも赤ちゃんぽい)や退行性(約束やルールが守れない、生活習慣がだら
しなくなる)が見られることが多い。満足げにおっとりしているが、人格の核形成が遅れる。ここで
いう「核」というのは、つかみどころをいう。輪郭といってもよい。子どもは年長児の中ごろから、
少年少女期へと移行するが、溺愛児には、そのときになっても、「この子はこういう子だ」という輪
郭が見えてこない。乳幼児のまま、大きくなる。ちょうどひざに抱かれたペットのようだから、私は
「ペット児」と呼んでいる。
このタイプの子どもは、やがて次のような経路をたどる。一つはそのままおとなになるケース。
以前『冬彦さん』というドラマがあったが、そうなる。結婚してからも、「ママ、ママ」と言って、母親
のふとんの中へ入って寝たりする。これが全体の約三〇%。もう一つは、その反動からか、やが
て親に猛烈に反発するようになるケース。ふつうの反発ではない。はげしい家庭内暴力をともな
うことが多い。乳幼児期から少年少女期への移行期に、しっかりとそのカラを脱いでおかなかっ
たために、そうなる。だからたいていの親はこう言って、うろたえる。「小さいころは、いい子だっ
たんです。どうして、こんな子どもになってしまったのでしょうか」と。これが残りの約七〇%。
子どもがかわいいのは、当たり前。本能がそう思わせる。だから親は子どもを育てる。しかしそ
れはあくまでも本能。性欲や食欲と同じ、本能。その本能に溺れてよいことは、何もない。
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ママ診断
あなたは溺愛ママ?
●三種類の愛
親が子どもに感ずる愛には、三種類ある。本能的な愛、代償的な愛、それに真の愛である。本
能的な愛というのは、若い男性が女性の裸を見たときに感ずるような愛をいう。たとえば母親は
赤ん坊の泣き声を聞くと、いたたまれないほどのいとおしさを感ずる。それが本能的な愛で、そ
の愛があるからこそ親は子どもを育てる。もしその愛がなければ、人類はとっくの昔に滅亡して
いたことになる。
つぎに代償的な愛というのは、自分の心のすき間を埋めるために子どもを愛することをいう。一
方的な思い込みで、相手を追いかけまわすような、ストーカー的な愛を思い浮かべればよい。相
手のことは考えない、もともとは身勝手な愛。子どもの受験競争に狂奔する親も、同じように考え
てよい。「子どものため」と言いながら、結局は親のエゴを子どもに押しつけているだけ。
●子どもは許して忘れる
三つ目に真の愛というのは、子どもを子どもとしてではなく、一人の人格をもった人間と意識した
とき感ずる愛をいう。その愛の深さは子どもをどこまで許し、そして忘れるかで決まる。英語では
『Forgive & Forget(許して忘れる)』という。つまりどんなに子どものできが悪くても、また子ども
に問題があっても、自分のこととして受け入れてしまう。その度量の広さこそが、まさに真の愛と
いうことになる。
それはさておき、このうち本能的な愛や代償的な愛に溺れた状態を、溺愛という。たいていは親
側に情緒的な未熟性や精神的な問題があって、そこへ夫への満たされない愛、家庭不和、騒
動、家庭への不満、あるいは子どもの事故や病気などが引き金となって、親は子どもを溺愛す
るようになる。
●溺愛児の特徴
溺愛児は親の愛だけはたっぷりと受けているため、過保護児に似た症状を示す。@幼児性の
持続(年齢に比して幼い感じがする)、A人格形成の遅れ(「この子はこういう子だ」というつかみ
どころがはっきりしない)、B服従的になりやすい(依存心が強いわりに、わがままで自分勝
手)、C退行的な生活態度(約束や目標が守れず、生活習慣がだらしなくなる)など。全体にちょ
うどひざに抱かれておとなしくしているペットのような感じがするので、私は「ペット児」(失礼!)と
呼んでいる。柔和で、やさしい表情をしているが、生活力やたくましさに欠ける。
●子どもはカラを脱ぎながら成長する
子どもというのはその年齢ごとに、ちょうど昆虫がカラを脱ぐようにして成長していく。たとえば
幼児だと、満四・五歳から五・五歳にかけて、たいへん生意気になる時期がある。この時期を中
間反抗期と呼ぶ人もいる。幼児期から少年少女期への移行期と考えるとわかりやすい。しかし
溺愛児にはそれがなく、そのためちょうど問題を先送りする形で、体だけは大きくなる。そしてい
つかそれまでのツケを払う形で、一挙にそのカラを脱ごうとする。しかしふつうの脱ぎ方ではな
い。たいていはげしい家庭内騒動、あるいは暴力をともなう。が、子どもの成長ということを考え
るなら、むしろこちらのほうが望ましい。カラを脱げない子どもは、そのまま溺愛児として、たとえ
ば超マザコンタイプの子どもになったりする。結婚してからも実家へ帰ると母親と一緒に風呂へ
入ったり、母親のふとんの中で寝るなど。昔、冬彦さん(テレビドラマ『ずっとあなたが好きだっ
た』の主人公)という男性がいたが、そうなる。
●じょうずな子離れを!
溺愛ママは、それを親の深い愛と誤解しやすい。中には溺愛していることを誇る人もいる。が、
溺愛は愛ではない。このテストで高得点だった人は、まずそのことをはっきりと自分で確認するこ
と。そしてつぎに、その上で、子どもに生きがいを求めない。子育てを生きがいにしない。子ども
に手間、ヒマ、時間をかけないの三原則を守り、子育てから離れる。
(診断テストは、省略)
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依存心をつける子育て
森進一の歌う歌に、『おふくろさん』がある。よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多
い。しかし……。
「溺愛児」というときには、二つのタイプを考える。親が子どもを溺愛して生まれる溺愛児。それ
はよく知られているが、もう一つのタイプがある。親を溺愛する溺愛児というのが、それ。簡単に
言えば、親離れできない子どもということになるが、その根は深い。Nさん(女性)は、六〇歳を過
ぎても、「お母さん、お母さん」と言って、実家に入りびたりになっている。親のめんどうをあれこれ
みている。親から見れば、孝行娘ということになる。Nさん自身も、そう言われるのを喜んでい
る。いわく、「年老いた母の姿を見ると、つらくてなりません。もし魔法の力が私にあるなら、母を
五〇歳若くしてあげたい」と。
話は飛ぶが、日本人ほど子どもに依存心をつけさせることに、無関心な民族はないとよく言わ
れる。欧米人の子育てとどこがどう違うかを書くと、それだけで一冊の本になってしまう。が、あえ
て言えば、日本人は昔から無意識のうちにも、子どもを自分に手なずけるようにして子どもを育
てる。それは野生の鳥をカゴの中に飼い、手なずける方法に似ている。「親は一番大切な存在
だ」とか、あるいは「親がいるから、あなたは生きていかれるのだ」とかいうようなことを、繰り返し
繰り返し子どもに教える。教えるというより、子どもの体に染み込ませる。そして反対に、独立心
が旺盛で、親を親とも思わない子どもを、「鬼っ子」として嫌う。あるいは親不孝者として、排斥す
る。
こうして日本では、親に対してベタベタの依存心をもった子どもが生まれる。が、それは多分に原
始的でもある。少なくとも欧米的ではない。あるいはあなたはよい歳をして、「♪おふくろさんよ、
おふくろさんよ……」と涙を流している欧米人が想像できるだろうか。むしろ現実は反対で、欧米
人、特にアングロサクソン系のアメリカ人は、子どもを自立させることを、子育ての最大の目標に
している。生後まもなくから、寝室そのものまで別にするのがふつうだ。親子という上下意識がな
いのはもちろんのこと、子どもが赤ん坊のときから、「私は私、あなたはあなた」というものの考え
方を徹底する。たとえ親子でも、「私の人生は私のものだから、子どもにじゃまされたくない」と考
える。
こうした親子関係がよいか悪いかについては、議論もあろうかと思う。日本人は日本人だし、欧
米人は欧米人だ。「♪いつかは世のため、人のため……」と歌う日本人のほうが、実は私も心情
的には、親近感を覚える。しかしこれだけはここに書いておきたい。親思いのあなた。親は絶対
だと思うあなた。親の恩に報いることを、人生の最大の目標にしているあなた。そういうあなたの
「思い」は、乳幼児期に親によって作られたものだということ。しかもそれを作ったのは、あなたの
親自身であり、その親も、日本という風土の中で作られた子育て法に従っただけに過ぎないとい
うこと。言いかえると、あなたの「思い」の中には、日本というこの国の、子育て観が脈々と流れて
いる。それを知るのも、子育てのおもしろさの一つかもしれない。さて、もう一度、『おふくろさん』
を歌ってみてほしい。歌の感じが前とは少し違うはずだ。
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ペットのような子ども
(自立できない子ども)
母親のAさんは、入るクラスをまちがえたのではないかと思うくらい、自分の子ども(年中児)が
幼稚に見えた。柔和でおっとりしているが、覇気がない。皆がワーワーと騒ぐようなときでも、ニコ
ニコしているだけ。子どもというより、赤ちゃんに近いという印象を受けた。が、Aさんは、それを
二月生まれのせいにした。「うちの子は、早生まれだからだ」と。
溺愛と過保護。それに手をかけ過ぎると、子どもは特有の症状を見せるようになる。ちょうど膝
に抱かれたペットのような子どもになるので、私は勝手にペット児(失礼!)と呼んでいるが、そう
いった感じになる。このタイプの子どもは、人格の「核」形成が遅れる。核というのは、いわば「つ
かみどころ」をいう。子どもというのは、その年齢になると、その年齢にふさわしいつかみどころ
ができてくる。しかしペット児には、それがない。幼稚に見えるのは、そのためである。
このタイプの子どもの指導が難しいのは、親にその自覚がないこと。溺愛を「深い愛」と誤解
し、子どもを過保護にし、手をかけることを、「子どもを大切にすることだ」と誤解している。あるい
はそれを親の生きがいにしている。たとえばこのタイプの子どもは、後かたづけができない。皆
が机の上のものをカバンにしまうというときも、どうしてよいかわからず、突っ立っているだけ。そ
こで先生が、「早くしまおうね」と何度も促すと、今度はメソメソと泣き出してしまう。泣けば誰かが
何とかしてくれるということを、このタイプの子どもはよく心得ている。だから泣く。が、それも親は
わからない。子どもが泣いたことだけを取りあげて、「どうして泣かすのですか!」と、先生に食っ
てかかってくる。
子育ての第一目標は、子どもをたくましく自立させること。この一語に尽きる。そういう視点に立
つと、Aさんの子育ては、完全に道からはずれている。そればかりではない。このタイプの子ども
は、(手をかける)→(ひ弱になる)→(ますます手をかける)の悪循環の中で、ますますひ弱にな
っていく。が、この段階でも、それに気づく親はいない。子どもがひ弱なのは、生まれつきのもの
で、育て方に原因があるのではない、と。子どもが小学校に入学したとき、先生に「指導のポイン
ト」を書いて渡した母親がいた。「うちの子は、こうこうですから、こういうときには、こう指導してく
ださい」と。あるいは息子(小六)が修学旅行に行った夜、泣き明かした母親もいた。私が「どうし
てですか」と聞くと、「うちの子はああいう子どもだから、皆にいじめられているのではないかと、
心配で心配で……」と。
このタイプの子どもは、やがて豹変するタイプと、その後「いい子(?)」のままでおとなになるタ
イプの二つに分かれる。私は七対三の割合とみているが、豹変するといっても、ふつうの変化で
はない。激しい家庭内暴力を伴うことが多い。子どもというのは、成長の段階で、カラを脱ぐよう
にして大きくなる。そのカラを脱ぐべきときに脱がなかった……。それが大きなツケとなって返っ
てくるというわけである。
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