はやし浩司

2002−11〜
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はやし浩司

子育て随筆(301〜400)

子育て随筆byはやし浩司(301)

子どもの問題、親の問題

 子どもがある朝、突然、「学校へ行きたくない!」などと言おうものなら、たいていの親は、狂
乱状態になる。それまでは意識したことがなくても、そのとたん、学歴信仰、学校神話、受験競
争が、どっと怒涛(どとう)のように、親にのしかかる。

 もっとも親が狂乱状態になるのは、親の勝手。親の問題。しかしこの段階で、ほとんどの親
は、それを自分の中に収めることができない。できないまま、不安や心配を、子どもにぶつけ
てしまう。極度の不安状態が、妄想を呼び、その妄想がさらに混乱状態に拍車をかけることも
ある。「このままでは、うちの子はダメになってしまう!」「落ちこぼれてしまう!」と。

 もしこの段階で、親が、子どもに向かって、「あら、そうね。だれだって、ときには学校なんか
行きたくないこともあるのよ」「休みたかったら休みなさい」「お母さんと、いっしょに、動物園でも
行かない? きっとガラガラよ」とでも、言うことができれば、そのあと、子どもの症状は、それ
ほど重くならないですむかもしれない。が、そうはいかない。ある母親は、トイレに逃げ込んだ
子どもを、ドライバーでドアをはずし、そこからひきずり出して学校へ連れていった。子どもは、
大声で泣き叫んで、それに抵抗した。

 この段階で、さらに悲劇的なのは、親自身に、子どもの症状を悪化させているという自覚がな
いこと。ほとんどの親は、「子どものため」と思いつつ、無理に学校へ連れていったり、叱った
り、説教したりする。この無理が、本当のところ、不登校の最大の原因と言ってもよい。

 が、親にはそれもわからない。子どもの言い分だけを真に受けて、「学校が悪い」「先生が悪
い」「友だちが悪い」と言い出す。そして子どもに向かっては、「どうして学校へ行かないの!」と
叱ったりする。……あとは、この繰り返し。その結果、本来、数週間ですむはずだった不登校
が、数か月になり、数年になる。こうした心の問題は、症状をこじらせればこじらすほど、立ち
なおるのに、時間がかかる。

 ではなぜ、親は、そうまで狂乱状態になるか、である。とくに日ごろから、エリート意識が強く、
教育熱心で、完ぺき主義の親ほど、そうなる。単純に考えれば、それだけ学歴信仰なり学校神
話の信奉者ということになるが、どうもそれだけではないようだ。

 その理由は、要するに、このタイプの親は、他人の不幸を笑うことで、自分の幸福を実感す
るという傾向が強いということ。子どもの世界には、「他人の子どもを笑った分だけ、自分の子
どもが同じ立場に置かれたとき、その親は数百倍苦しむ」という大鉄則がある。もっと言えば、
このタイプの親ほど、ものの考え方が自己中心的で、自分のことや、自分の子どものことしか
考えない。そして他人が不幸になればなるほど、あるいは他人が不幸な目にあえばあうほど、
相対的に、自分は幸福だと思う。もともと学歴信仰には、相対的価値観がともなう。「私は四
番。あの人は、一〇番。だから私のほうが優秀」と。だから、いきおい、心に余裕がなくなる。そ
して自分の子どもが、その「不幸な立場」(本当は不幸でも何でもない)に置かれたりすると、狂
乱状態になる。

 そこで今度はあなた自身のこと。

 あなたは絶対に、他人の不幸を笑ってはいけない。不幸の最中にいる相手を、さげすんだり
してはいけない。「ああ自分の子どもでなくて、よかった」と、喜んでもいけない。胸をなでおろし
てもいけない。仮に今、あなたの子どもに、何も問題がなくても、今、あなたがすべきことは、相
手の立場で、ものを考え、その悲しみや苦しみを共有することだ。しかしそれはあなたが今度、
その立場に置かれたとき、(いつかそうなる可能性は、じゅうぶんあるが)、あなたの悲しみや
苦しみを軽くするためではない。そんな薄っぺらい目的のためではない。

 あなたが今、他人の悲しみや苦しみを共有することによって、あなたは自分の心を、広くする
ことができる。それは未来のためではない。やがてやってくるかもしれない、悲しみや苦しみに
対する準備でもない。まさに、今のあなたのためである。というのも、この種類の問題は、姿や
形を変え、大小さまざま、ごく日常的にやってくる。つまりそのつど、親としてのあなたの心は、
試される。が、そのためだけでもない。

 残念ながら、子どもの不登校の問題で私のところへやってくるほとんどの親は、自分のこと
や、自分の子どものことしか考えていない。それはわかるが、その度量の狭さというか、浅さを
感ずると、アドバイスするほうも、どうアドバイスしてよいかわからなくなる。その親の人生観そ
のもののカベというか、それを感じてしまう。しかしそのカベの問題は、子どもの不登校がもつ
問題とは比較にならないほど、大きい。学歴信仰や学校神話に、コリコリにかたまっている人
を、どうやって説得しろというのか? どうやって親の人生観や価値観を変えろというのか?

 子どもに何か問題が起きると、親は、自分と切り離して、それを子どもの問題と位置づける。
しかし本当のところ、子どもの問題のほとんどは、このように親の問題である。それに気づくか
どうかは、結局は、親自身の度量の広さというか、深さの問題ということになる。そのために、
「今」、あなたは身の回りを見て、いろいろな問題で苦しんだり、悲しんだりしている親や子ども
の立場になって、その問題を共有する。もちろんそういうことをしておけば、あなたやあなたの
子どもが、同じような問題をかかえ、同じような立場に置かれたとき、その問題を、もっと軽くす
ますことができる。しかしそれとて、あくまでも、結果にすぎない。大切なのは、「今」、あなたの
度量を広くし、深くすること。

人間が本来的にもつ「やさしさ」は、そういう度量の広さ、深さから生まれる。そういうやさしさ
が、あなたの心にあふれたとき、あなたは子どものすべての問題から解放される。問題が問題
となる前に、問題そのものが、粉々に粉砕(ふんさい)される。もちろん子どもの不登校など、
何でもなくなる。仮にあなたの子どもが不登校児になっても、ウソのように軽く、すますことがで
きる。
(02−11−11)

●他人の不幸をおもしろおかしく、話題にしてはいけない。
●他人の不幸を、できるだけ共有し、その人の立場で考えてあげよう。

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子育て随筆byはやし浩司(302)

親として……

 久しぶりに、二一歳になった息子が、Y市から帰ってきた。夜、遅く、帰ってきた。何やら、夜
中までバタバタとしていたが、理由はわからなかった。が、よく朝、書斎で一仕事すまして、息
子の部屋をのぞくと、仰天! 私は自分の目を疑った。息子の顔が二つある!

 よく見ると、もう一つの顔は、若い女性の顔だった。しかし二つの顔が、頬を寄せあい、うれし
そうな顔をして並んでいた。つぎの瞬間、私は、もう一度、「ひどい乱視になった!」と自分の目
を疑ったが、まちがいなく、もうひとつは若い女性の顔だった。

 居間へ行くと、ワイフが朝食をつくっていた。私はワイフに何と言おうかと迷いながら、こう言
った。「……おい、彼女と寝てるぞ!」と。ワイフは瞬間、驚いたふうだったが、「へえ」と言った
きり、黙って笑った。

 こういうとき親は、どう反応したらよいのか。……というより、私の反応だが、私はこう思った。
「私も若いころ、好き勝手なことをしたが、こいつ(息子)のやることは、何かについて、私がし
たことより、二〜三年、早い」と。「まあ、オヤジがオヤジだから、偉そうなことは言えないな」と
も。

 私は基本的には、恋愛は、息子たちの自由に任せている。どこでどんなことをしようが、私の
知ったことではない。ただときどき、「いくら夜遅くまで遊んでもかまわないが、女性を泊めては
いけない」とだけは、話している。しかしそれも原則論。子どもも二〇歳を過ぎたら、自分で考え
て行動すればよい。

 しかしそれにしても、時代が変わった。私の時代でも、ガールフレンドとつきあっている仲間
はいるにはいたが、自宅に連れてきて、いっしょに寝るということはなかった。で、その私が、そ
ういう息子を許すのは、私の意識が変わったというよりは、「性」そのものへの考え方が変わっ
たことによる。昔、今東光(こんとうこう)という作家がいた。その今東光は、私がある日、病院
へ見舞うと、こう話してくれた。「しょせん、性なんて、無だよ」と。そのときは、「そうかなあ」と思
ったが、それからほぼ三〇年。私も年齢とともに、そう思うようになってきた。本人たちが、自分
で自分の行動に責任をもてば、それでよいのでは……。どうせ無なのだから……。親がとやか
く言っても始まらない。

 私は、置き手紙を書くと、ワイフと山荘へ行くことにした。「どうせ、あいつら昼過ぎまで寝てい
るだろうから」と。ワイフも、「私たちがいないほうが、気が楽でしょうね」と。

 そうそう、その置き手紙には、こう書いた。「Eへ、山荘にいるから、気が向いたら、ガールフ
レンドを連れておいで。何かごちそうするよ」と。しかし息子は、来なかった。夜遅く家へ帰ると、
息子はひとりで家にいた。「ガールフレンドは?」と聞くと、「もう、(東京へ)帰った」と。それで、
この話は終わり。いや、ただ一言、「大切な女性だったら、きちんと紹介しなよ」とだけ、私は言
った。それでこの話は、本当に終わり。
(02−11−11)

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子育て随筆byはやし浩司(303)

正田氏のこと

 私は日豪経済委員会の全額給費留学生として、オーストラリアのメルボルン大学に留学し
た。その委員会の、人物交流委員会の委員長をしていたのが、正田英三郎氏だった。現在の
美智子皇后陛下の父親だった。委員会は、東京商工会議所の中にあった。当時、正田氏は、
N製粉という会社の重鎮だったが、いつもその会議所の一室が連絡先だった。そのときは理
由がわからなかったが、東京商工会議所は、大通りをはさんで、皇居のまん前にあった。その
とき、美智子妃殿下は、何かとたいへんな時期にあったという。今になってみると、「それで正
田氏は、あそこにいたのか……?」とは思うが、本当のところはわからない。

 その正田氏、会いに行くと、いつも近くのソバ屋へ連れていってくれた。今から思うと、何かま
ちがったことをしたのではないかという気持ちになるが、私はまさにこわいもの知らずだった。
それほど立場の違いを意識せず、いろいろな話を聞いた。

 が、正田氏がどんな話をしたかは、ここには書けない。書くつもりもない。これからも書かな
い。ただ何度目かに会ったとき、ふと私が、「どうして私を留学生に選んでくれたのですか?」と
聞くと、正田氏は、瞬間、ソバを食べる手を休め、ジロリと私をにらんでこう言った。「浩司(ひろ
し)の『浩』が同じだろ」と。私は「なんだ、そんなことか……」と、内心ではがっかりしたが、その
ころその浩宮殿下は、六歳くらいではなかったか。かわいい盛りだった。それについて、正田
氏は、「孫にも自由に会えんのだよ」と、ポツリと言った。

 おかげで私は、留学先では、とんでもない世界に入ってしまった。私が寝泊りすることになっ
たメルボルン大学のIHカレッジは、各国の皇族や王族の子息ばかり。あるいはその国でも、け
たはずれの金持ちの息子たちばかりだった。このことは、「世にも不思議な留学記」(「はやし
浩司のサイト」に収録)に書いた。で、私は、そういう(ふつうでない仲間)とつきあううち、彼らに
は、一般庶民が知る由もない、これまたけたはずれの重圧感があることを知った。無責任な庶
民は、ただ一方的に、そういう皇族や王族たちを祭りあげるが、しかし肝心の皇族や王族たち
がそれを望んでいるかどうかということについては、あまり考えない。この「あまり考えない部
分」が大きければ大きいほど、かえって、そういう皇族や王族を苦しめることもある。

 たとえば今、その正田英三郎氏らが住んでいた、旧正田邸をどうするかという問題が浮上し
ている(〇二年一一月)。まわりの人たちは保存を訴え、また軽井沢の人たちは、軽井沢への
移築を希望している。しかし肝心の美智子皇后陛下は、「固辞している」(報道)という。「固辞」
というのは、「かたく断わる」という意味。もっとはっきり言えば、「取り壊してほしい」と言ってい
る。私はこういうケースでは、美智子皇后陛下のお気持ちを、最優先すべきだと思う。まわりの
庶民が、自分勝手な判断で、「美智子皇后陛下は喜ぶハズ」という、「ハズ論」だけで、ものごと
を考えてはいけない。

 私はここで「正田氏がどんな話をしたかは、ここには書けない」と書いた。数年前、その正田
氏がなくなっているから、なおさらである。しかし私の印象では、もし正田英三郎氏が生きてい
たら、美智子皇后陛下と同じことを言うだろうと思う。正田英三郎氏はそういう人だったし、美
智子皇后陛下は、その正田氏に、全幅に愛されていた。美智子皇后陛下の気持ちが、正田氏
の気持ちとまったく同じと聞いても、私はそのとおりだと思う。正田氏にはお世話になりながら、
結局は、私は何も恩返しはできなかったが、今、こうして美智子皇后陛下の気持ちを擁護する
ことが、精一杯の恩返しの一つだと思う。

 たいへん微妙な問題なので、この話はここでやめる。ただ当時の私は、あまりにも若すぎた。
何がなんだかさっぱりわからないまま、がむしゃらに生きていた。本当のところ、当時は、正田
氏からあれこれ聞きながらも、本当にそれを理解していたわけではない。また理解できるだけ
の能力も経験もなかった。多分、というより、まちがいなく、正田氏の目に映った私は、「アホな
学生」でしかなかった。今ここで、「正田氏」の名前を出すこと自体、本当なら許されないことか
もしれない。
(02−11−11)※

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子育て随筆byはやし浩司(304)

エディプス・コンプレックス

 ソフォクレスの戯曲に、『エディプス王』というのがある。ギリシャ神話である。物語の内容は、
つぎのようなものである。

 テーバイの王、ラウルスは、やがて自分の息子が自分を殺すという予言を受け、妻イヨカスタ
との間に生まれた子どもを、山里に捨てる。しかしその子どもはやがて、別の王に拾われ、王
子として育てられる。それがエディプスである。
 そのエディプスがおとなになり、あるとき道を歩いていると、ラウルスと出会い、けんかする。
が、エディプスは、それが彼の実父とも知らず、殺してしまう。
 そのあとエディプスは、スフィンクスとの問答に打ち勝ち、民衆に支持されて、テーバイの王と
なり、イヨカスタと結婚する。つまり実母と結婚することになる。
 が、やがてこの秘密は、エディプス自身が知るところとなる。つまりエディプスは、実父を殺
し、実母と近親相姦をしていたことを、自ら知る。
 そのため母であり、妻であるイヨカスタは、自殺。エディプス自身も、自分で自分の目をつぶ
し、放浪の旅に出る……。

 この物語は、フロイト(オーストリアの心理学者、一八五六〜一九三九)にも取りあげられ、
「エディプス・コンプレックス」という言葉も、彼によって生みだされた(小此木啓吾著「フロイト思
想のキーワード」(講談社現代新書))。つまり「母親を欲し、ライバルの父親を憎みはじめる男
の子は、エディプスコンプレックスの支配下にある」(同書)と。わかりやすく言えば、男の子は
成長とともに、母親を欲するあまり、ライバルとして父親を憎むようになるというのだ。(女児
が、父親を欲して、母親をライバル視するということも、これに含まれる。)

 私も今までに何度か、この話を聞いたことがある。しかしこうしたコンプレックスは、この日本
ではそのまま当てはめて考えることはできない。その第一。日本の家族の結びつき方は、欧米
のそれとは、かなり違う。その第二。文化がある程度、高揚してくると、男性の女性化(あるい
は女性の男性化といってもよいが)が、かぎりなく進む。現代の日本が、そういう状態になりつ
つあるが、そうなると、父親、母親の、輪郭(りんかく)そのものが、ぼやけてくる。つまり「母親
を欲するため、父親をライバルとみる」という見方そのものが、軟弱になってくる。現に今、小学
校の低学年児のばあい、「いじめられて泣くのは、男児。いじめるのは女児」という、逆転現象
(「逆転」と言ってよいかどうかはわからないが、私の世代からみると、逆転)が、当たり前にな
っている。

 家族の結びつき方が違うというのは、日本の家族は、父、母、子どもという三者が、相互の依
存関係で成り立っている。三〇年ほど前、それを「甘えの構造」として発表した学者がいるが、
まさに「甘えの関係」で成り立っている。子どもの側からみて、父親と母親の境目が、いろいろ
な意味において、明確ではない。少なくとも、フロイトが活躍していたころの欧米とは、かなり違
う。だから男児にしても、ばあいによっては、「父親を欲するあまり、母親をライバル視すること
もありうる」ということになる。

 しかし全体としてみると、親子といえども、基本的には、人間関係で決まる。親子でも嫉妬(し
っと)することもあるし、当然、ライバルになることもある。親子の縁は絶対と思っている人も多
いが、しかし親子の縁も、切れるときには切れる。また親なら子どもを愛しているはず、子ども
ならふるさとを愛しているはずと考える、いわゆる「ハズ論」にしても、それをすべての人に当て
はめるのは、危険なことでもある。そういう「ハズ論」の中で、人知れず苦しんでいる人も少なく
ない。

 ただ、ここに書いたエディプスコンプレックスが、この日本には、まったくないかというと、そう
でもない。私も、「これがそうかな?」と思うような事例を、経験している。私にもこんな記憶があ
る。

 小学五年生のときだったと思う。私はしばらく担任になった、Iという女性の教師に、淡い恋心
をいだいたことがある。で、その教師は、まもなく結婚してしまった。それからの記憶はないが、
つぎによく覚えているのは、私がそのIという教師の家に遊びに行ったときのこと。川のそば
の、小さな家だったが、私は家全体に、猛烈に嫉妬した。家の中にはたしか、白いソファが置
いてあったが、そのソファにすら、私は嫉妬した。常識で考えれば、彼女の夫に嫉妬にするは
ずだが、夫には嫉妬しなかった。私は「家」嫉妬した。家全体を自分のものにしたい衝動にから
れた。

 こういう心理を何と言うのか。フロイトなら多分、おもしろい名前をつけるだろうと思う。あえて
言うなら、「代償物嫉妬性コンプレックス」か。好きな女性の持ち物に嫉妬するという、まあ、ゆ
がんだ嫉妬心だ。そういえば、高校時代、私は、好きだった女の子のブラジャーになりたかっ
たのを覚えている。「ブラジャーに変身できれば、毎日、彼女の胸にさわることができる」と。そ
ういう意味では、私にはかなりヘンタイ的な部分があったかもしれない。(今も、ある!?)

 話を戻すが、ときとして子どもの心は複雑に変化し、ふつうの常識では理解できないときがあ
る。このエディプスコンプレックスも、そのひとつということになる。まあ、そういうこともあるとい
う程度に覚えておくとよいのでは……。何かのときに、役にたつかもしれない。
(02−11−12)

●夫婦が仲よすぎるのも考えもの? ひょっとしたら、あなたの子どもは、そういうあなたたち
夫婦を見ながら、さみしく思っているかもしれない。

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子育て随筆byはやし浩司(305)

無能な教師ほど、規則を好む

 イギリスの教育格言に、『無能な教師ほど、規則を好む』というのがある。耳の痛い格言であ
る。

 もう一五年ほど前になるが、ある私立中学校の生徒手帳には、校則として、こう書いてあっ
た。「ブラジャーは、W社製のものはダメ……、前ホックのものはダメ……靴下は白で、模様の
線は一本まで……」と。

 今でも、こういうこまごまとした校則を決めている学校は少なくない。しかしブラジャーなど、だ
れがチェックするのか? 靴下の線の数など、それが教育とどういう関係があるのか? 当時
すでに、学校の風紀(この言葉は好きではないが……)が乱れ始めていたので、学校は学校な
りに頭を痛めていたのだろう。こういう問題は、どこかで歯止めをはずすと、一挙に、それこ
そ、洪水がなだれこむかのように、わけがわからなくなってしまう。とくにこの日本では、「自由」
の意味すら本当にわかっていない人が多い。だから「どんな服装でもよい」などと学校側がいう
と、「人に迷惑をかけなければ何をしてもよい」という論理ばかりが先行して、あとはメチャメチ
ャになってしまう。

 それはわかるが、しかしこうした日本の常識も、世界では通用しない。私がオーストラリアへ
学生で行ったころは、向こうの高校生でも、大学生でも、ブラジャーを身につけている女子学生
など、ほとんどいなかった。みんな乳首の形を外へ出したまま、平気でブランブランさせてい
た。ミニスカートも流行していたが、歩いていても、座っていても、その下のパンティなど、隠そう
ともしなかった。性文化の違いといえばそれだけのことだが、なれない私は、最初のころは、目
のやり場に困った。

 もちろん多くのグラマースクール(寮生活を中心とした、私立の中高一貫校)には、制服があ
ったが、そういうところでは、靴下そのものまで制服化されていて、「線は一本まで……」という
問題はなかったように思う。仮にオーストラリアで、そうした校則を破れば、即、退学処分にな
る。「自由がない」というのではない。「自由というのは、それだけきびしいものだ」ということ。そ
ういう意識が、彼らには徹底していた。

 どちらにせよ、子どもをしばるには、規則は便利なものだが、しかし規則が多いということは、
それだけ子どもを信じていない、あるいは信じられないということになる。そして規則が多くなれ
ばなるほど、指導する側は便利だが、子どもにとっては、窮屈(きゅうくつ)な世界になる。が、
それだけではない。規則が多くなればなるほど、子どもは自ら考えるということをしなくなる。考
える力そのものを、奪ってしまう。そしてさらに、規則を口実に、責任のがれをするようにもな
る。「規則どおりしていたのだから、私の責任ではない」と、先日も、どこかの外務官僚が、そう
言っていた。北朝鮮からの脱北者が、中国にある、日本領事館に逃げ込んだときのことだ。

 学校はともかくも、家庭の中では規則はつくらない。それは家庭教育の鉄則と言ってもよい。
規則がないから「家庭」と言う。だから冒頭の格言をもじるとこうなる。
 『無能な親ほど、規則を好む』(失礼!)と。
(02−11−12)

●家庭の中では、規則をつくるのをやめよう。
●家庭の中では、たがいの信頼感で、たがいを律しよう。

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子育て随筆byはやし浩司(306)

ハラ・ドキ・ストレス

 私はプロバイダーのウィルス・チェック・サービス(VCS)を受けている。そのため送信するメ
ール、受信するメール、すべてがその対象になる。またパソコンごとに、それぞれウィルチェッ
クのソフトを入れている。さらにパソコンを、ホームページ作成用、メール用、仕事用と使い分
けている。が、それでも、こんな事件が起きた!

 ある日、いつものようにメールを開くと、プロバイダーから、「ウィルスメールが届きました。削
除しました」と。そこでそのモを開くと、何と、差し出し人は、何と「この私」!

 ウィルスの種類は、「W32・Kxx」というのだ。驚いてプロバイダーに連絡すると、すぐ調べて
くれた。その結果わかったことは、こうだ。

 だれかのパソコンにウィルスが侵入した。そのウィルスが、そのパソコンの中にあった私のメ
ールアドレスを盗み、それを差し出し人にして、あちこちにウィルス入りのメールを発信した。そ
の一つが、私のところにもきた。「多分、そうではないか?」とは思っていたが、実際、こういう
事件が起きると、それから受けるストレスはたいへんなものだ。もし私のパソコンが原因だった
ら……と、いろいろと考えてしまった。

 こうしたストレスは、恐らく人類が、コンピュータ時代になってはじめて経験するものではない
か。ハラハラドキドキの、「ハラドキ・ストレス」だ。昔もあるにはあったが、もっとゆるいテンポの
中で、それがあったと思う。今のように、ものごとが何でも、瞬時、瞬時に動いてしまうということ
はなかった。そのためハラドキストレスが、高密度になった?

 しかしそのため、コンピュータとのつきあい方を誤ると、精神そのものがおかしくなる。実際、
おかしくなった人はいくらでもいる。いや、その前に、「コンピュータはもうこりごり」といって、や
めてしまう人も多い。私も、ウィルスが入るたびに、リカバリーを繰り返し、そのたびごとに、精
神がおかしくなってしまった。もともと精神がタフでないから、そうなる。症状としては、つぎのよ
うなものがある。

☆アドレナリンの異常分泌……急激に強いストレッサー(ストレスの原因)が与えられると、副
腎髄質からアドレナリンの分泌が高まる。その結果、脳や筋肉の活動を高めるため、酸素を
すみやかに送ろうと、心拍が高くなる。動悸がはげしくなるのは、そのため。まさに冷や汗をか
くような状態になり、精神が緊張状態になって、ピリピリしてくる。

 しかしこれも「なれ」の問題。何度も経験していると、免疫性ができてくる。リカバリーするの
も、どこか事務的になってくる。めんどうはめんどうだが、「またか……」という思いだけで、すむ
ようになる。しかしw32のようなウィルスは、困る。瞬時に、メールアドレスにあるすべての人に
迷惑をかける。たいていはそのパソコンの中の、ファイルを破壊したりする。だから困る。

 それにしても、いつまでこのハラドキストレスは、つづくものやら。パソコン歴だけは、もう三〇
年近くになるが、このハラドキだけは、一向になくならない。ワープロが出回ったときも、かなり
の分量の原稿を書いたところで、コンセントがはずれてしまったことがある。そのときも、冷や
汗をかいた。昔なら、機械を分解して、自分でなおすということもできたが、パソコンではそれも
できない。それだけに余計にハラドキストレスがたまる。まあ、そういうものだという前提で、こ
の機械とつきあうしか、ないようだ。みなさん、いっしょに、あきらめよう!
(02−11−12)

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子育て随筆byはやし浩司(307)

人間のコース

 あなたの頭には、どういうコースが入っているだろうか。それを知るためには、まずあなた自
身が、どのようなコースを経て、今に至(いた)ったかをみればよい。あなたは、つぎの三つのう
ちの、どれに近いコースを歩んできただろうか。

(1)しっかりコース……小学校、中学校、高校、大学、就職と、まあまあ順調に進んできた。そ
の途中でも、ほどほどの成績だった。学校を長期にわたって休んだこともないし、そういう意味
では、親にとっては、楽な子どもだったと思う。
(2)乱れコース……ときどき長期にわたって学校を休んだことがある。何か、事件を起こして、
そのつど、学校に呼び出されたこともある。あまりまじめな子どもとは言えない。勉強は嫌いだ
ったし、どこかツッパッて生きてきた。就職先も苦労したし、今もその延長線上にある。
(3)メチャメチャコース……学校を退学になりそうな事件を起こしたこともある。長期欠席は、
よくした。転校も経験した。あるいは退学になったことも。定職など、考えもしなかった。そういう
意味では、自分の過去は、今に至るまで、メチャメチャだった。

 問題は、(1)のような過去をもっている人である。(2)や(3)ではない。(1)だ。こういう人は、
無意識のうちにも、自分の頭の中に、「あるべきコース」をつくってしまう。それ自体は悪いこと
ではないが、今度は、自分が親になったとき、同じように無意識のうちにも、自分の子どもを、
そのコースの中に、当てはめようとする。そして子どもが、同じように順当に、そのコースの中
に収まればそれでよいが、そのコースからはずれたとき、それに対処できなくなってしまう。

 一般論からいえば、少年期から青年期にかけて、サブカルチャに触れた子どもほど、それか
ら立ちなおったとき、より柔軟性のある常識人になる。「サブカルチャ」というのは、日本語に訳
すと、「下位文化」のことをいう。その時代の支配的文化に対して、非行など、ある特定の集団
的文化のことをいう。むしろそういうサブカルチャを経験することなく、「いい子」で終わってしま
った子どもほど、あとあと、おとなになってから、いろいろな問題を起こすことがわかっている。
だからといって、サブカルチャを肯定するわけでもないし、子どもに非行をさせろということでも
ない。

しかし同じ親でも、若いころ、挫折し、失望し、さまざまな悩みを経験した親ほど、子どもに対し
て柔軟性をもつ。仮に子どもがある日突然、「学校へ行きたくない」と言っても、「あら、そう。無
理して行くことないわよ」と言ってすますことができる。こういうおおらかさが、子どもの心に風穴
をあける。

 そこであなた自身は、どうかを考えてみてほしい。もしあなたが(1)のようであったとするな
ら、あなたはほかのコースを知らないだけに、狭い料簡(りょうけん)で、子育てをしてしまう危
険性がある。確率からいけば、成功するより、失敗する可能性のほうが高い。このことは、私
のエッセーをとおして、これからも何度も説明することになると思うが、人間には、もともとコー
スなどない。あるはずもないし、またあってはならない。もしそのコースがあるとするなら、それ
はそのときどきに、カルチャ(上位文化)が、自分たちにつごうがよいように、勝手に決めただ
け。子どもの可能性は、もっと大きく、その進むべき道は、もっと柔軟性に富んだものである。
そういう観点から、もう一度、子どもの世界をながめてみる。これはあなたのためというより、ま
たあなたの子どものためというより、あなたと子どもの絆(きずな)を太くするためである。
(02−11−12)

●子どもをコースに押し込めてはいけない。親は、そのつどすべきことはするが、その限度を
超えてはいけない。また親ができることには、限界がある。その限界に謙虚になることこそ、子
育てで失敗しないためのコツである。

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子育て随筆byはやし浩司(308)

映画『シュレック』を見る

 息子がレンタルビデオ店で、『シュレック』を借りてきた。ちょうど夕食後で、何となく見始めて
しまったが、これがおもしろかった。すべてが奇想天外で、それでいて、ほのぼのとしたぬくもり
に包まれていた。すばらしい映画だった。私は書斎のパソコンに電源を入れたまま、結局、最
後まで見てしまった。ストーリーなどは、まだ見ていない人も多いと思うから、ここには書かな
い。しかし、ああいう映画を考え、実際に作ってしまうアメリカの映画産業には、ただただ脱帽。
拍手。感嘆。子ども向け映画とはいえ、一本、スジの通った哲学すら感じた。

 「文化」ということをいうなら、現在、アメリカ(USA)が、世界の頂点に君臨している。たとえば
これはひとつの例だが、アメリカで日本の本を出版しようと思うなら、一度、英語に翻訳しなけ
ればならない。それを出版するかどうかを決めるのは、アメリカである。しかしアメリカでひとた
び出版されると、その本は自動的にヨーロッパに入り、各国語にそれぞれ翻訳される。

 今のところ、アジアの中では、日本が頂点に君臨している。中国で本を出すときも、わざわざ
中国語に翻訳する必要はない。台湾にせよ、中国本土にせよ、相手の国々が翻訳してくれる。
そして一度、中国語に翻訳されると、その本は、東南アジアも含めて、アジアの各国でそれぞ
れ翻訳されて出版される。

 私は日本人だから、こうした優位性は、アジアの中では大切にしたい。そしてできれば、アメ
リカにも優位でありたい。アメリカの出版社が、こぞって日本へやってきて、「どうかアメリカでも
出版させてほしい。ついては翻訳のほうはアメリカでする」と言ってくれるような時代がきたら、
すばらしいと思う。日本の文化人たちも、おおいに励まされることと思う。

 さて、映画については、もう言わずもがな。アメリカ映画が、ほかの国々をダントツに引き離し
て、世界の頂点に君臨している。まさにアメリカ映画の独壇場ということになるが、それを迎え
撃つ日本映画の貧弱さを思いやると、何ともやりきれない気持ちになる。国策でも何でもよい
から、日本も国をあげてがんばらないと、このままでは、アメリカの一方的なひとり勝ちになって
しまう! つまり日本文化そのものが、アメリカ文化に駆逐(くちく)されてしまう! 何とかなら
ないものかと思うが、『シュレック』のような映画を、さりげなく作ってしまうアメリカには、どうす
れば対抗できるのか。もちろん日本もすばらしい映画を作っている。アニメ映画などは、世界で
も高い評価を受けている。しかし何といっても、数が少ない。世界へ出ていく映画の数というこ
とになると、すでに中国映画や、韓国映画にすら完全に負けている。好き嫌いもあるが、インド
映画にすら負けている。

 またまたグチになるが、道路や箱物建設はもうよいから、日本政府も、もう少し「文化」のほう
に、予算を回したらどうか。このままではますます差がついてしまう。日本政府は、たとえば第
二東名高速道路に、一一兆円(総事業費10兆7600億円)という膨大な予算をつけている
が、そういう高速道路を作ったところで、いったい、いくらのお金が日本へ入ってくるというの
か。またそれでどれだけの日本の文化が高揚され、世界に輸出できるというのか。日本もこう
いう時代になったのだから、そろそろ中身の充実を図らねばならない。

 国の優劣は、文化の高さで決まる。人間の優劣そのものと言ってもよい。昔、日本列島改造
論が華やかりしころ、全国に、いわゆる土地成金と呼ばれる人が続出した。そういう人たちの
家を訪れてみると、御殿のような立派な屋敷の中に、キジや鹿の剥製(はくせい)を並べてあっ
た。鎧(よろい)かぶとを並べている家もあった。が、肝心の家主は……(この部分は、書けな
い)。しかしいくら立派な、御殿のような家に住んでいても、それをもって、その人がすばらしい
人とは、言わない。人間の優劣は、もっと別の視点から判断されるべきである。同じように、国
の優劣も、もっと別の視点から判断されるべきである。
 
 だからといって、アメリカ文化が優秀だとか、すぐれているとは言いたくない。しかしアメリカ人
は、そう思っている。うぬぼれていると言ってもよい。オーストラリアの友人も、ときどき、メール
でそう書いてくる。「オーストラリアは、もう完全にアメリカの支配下に入ってしまった。いつもア
メリカにこうしろ、ああしろと指図されている」と。日本は彼らにとっては異文化であるがゆえ
に、そこまではアメリカに侵襲されてはいない。しかしもう、風前のともし火(?)。『シュレック』を
見て、おもしろいと思ってしまっただけに、その感がますます強くなった。
(02−11−12)

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子育て随筆byはやし浩司(309)

●動機づけで決まる、子どもの方向性

虫メガネをまず、私が使ってみせる。それを見ていて、子どもたち(幼稚園児)が、「見せて!」
「見せて!」という。しかしすぐには見せてはいけない。こう言う。「子どもは、がまんしなさい。こ
ういうのは、おとなが使うものだから……」と。で、しばらく私が、いろいろなものを見たあと、「こ
れは、すごい、へえ、これはすごい!」と。少し演技っぽく声を出してみせる。子どもたちは、今
度は、「見せろ!」「見せろ!」と言い出す。そうしてテンションを高めておいたあと、ころあいを
みはからって、「じゃあ、見せてあげよう」と言って、虫メガネを渡す。子どもたちは、ギャーギャ
ーと喜びながら、虫メガネをのぞく……。これを動機づけという。こうした動機づけが、うまくいく
と、子どもたちは、自分のもつ力で、前向きに伸びていく。そうでなければ、そうでない。

 それについて書いたのが、つぎの原稿。「週刊E'news浜松」に書いた記事から、転載する。

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■連載:子育てワンポイントアドバイス by はやし浩司 

●No.39「動機づけの四悪」

 子どもを勉強を遠ざける四悪に、無理、強制、比較、それに条件がある。能
 力を超えた学習を押しつけることを無理。時間や量を決め、それを押しつけ
 ることを強制。無理や強制が日常化すれば、子どもが勉強嫌いになって当然。
 さらに……。

 「A君はもうひらがな書けるのよ」とか、「お兄ちゃんはあなたの年齢のと
 きには、算数は一〇〇点ばかりだったのよ」というのを、比較という。この
 比較は一度クセになると、あらゆる面でするようになるから注意する。勉強
 嫌いになるだけならまだしも、子どもから「私は私」というものの考え方を
 うばう。

 日本人は本当に他人の目をよく気にする。長くつづいた封建時代の名残(な
 ごり)とも言える。他人と違ったことをすることができない。あるいは自分
 と違ったことをする人を、排斥する。そして幸福感も相対的なもので、「隣
 の人よりいい生活だから、幸せ」「隣の人より悪い生活だから、不幸」とい
 うような考え方をする。ここでいう「比較」というのは、そういう日本人独
 特のものの考え方と深く結びついている。

 つぎに「条件」。「成績があがったら、自転車を買ってあげる」「一〇〇点
 をとったら、お小遣いを一〇〇〇円あげる」など、何かの条件をつけて子ど
 もを釣るのを、条件という。この条件も、一度クセになると、習慣になるか
 ら注意する。が、それだけではすまない。条件が日常化すると、子どもから
 「勉強は自分のためにするもの」という意識をうばう。そして子どもが小さ
 いうちはまだしも、この条件はやがてエスカレートし、中学生になると、バ
 イク。さらに大学生になると、自動車となる。そうなればなったで、苦労す
 るのはあなた自身だ。実際、今、親に感謝しながら高校に通っている高校生
 はいない。大学生でも少ない。中には、「親がうるさいから大学へ行ってや
 る」と豪語する高校生すらいる。そうなる。

 子どものほうから何か条件をつけてくることもあるかもしれないが、そうい
 うときは、「あなたのためでしょ」とはねのける。こういう毅然(きぜん)
 とした態度が、結局は子どもを自立させる。

 ともかくも無理、強制、比較、それに条件は子どもを手っ取り早く勉強させ
 るにはよい方法だが、それだけに弊害も大きい。
(02−11−13)

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子育て随筆byはやし浩司(310)

私立中学校の入試問題

 小学六年のK君は、今度、東京のA中学校を受験するという。分厚い問題集に取り組んでい
る。その中の一問。「我こそは……」と思う人は、チャレンジしてみてほしい。制限時間は、せい
ぜい、一〇分。

(問)クイズ番組で、10問のクイズに、12人の解答者が答えました。正解すると、1問につき1
点の点数がもらえ、最高点は10点で、最低点は4点で、どちらも1人ずつでした。また7点以
上の人は7人いて、その平均点は8点でした。7点以下の人は、9人いて、その平均点は6点
でした。解答者12人の得点をすべて、点数の高い方から順に書きなさい。

 一読しただけで、ギブアップした人も多いと思う。一度、学校から離れた人なら、なおさらだ。
しかもこの問題は、いわゆる教科書で習う数学の問題の、外にある。学校で習う数学が得意
だからといって、この問題が解けるとはかぎらない。私はその解き方を教えながら、いろいろな
ことを考えた。

●これはできる・できないをためす問題というよりは、頭のよさをためす問題といってよい。そ
れはわかるが、では、「頭のよさ」とは何か。
●そこで一〇人の小学六年生に、この問題を解かせてみた。うち二人は、考える前からギブア
ップ。三人がしぶしぶながら、問題に取り組み始めた。残りの五人は、「やってやる!」と飛び
ついてきた。こうした違いは、いったいどうして生まれるのか。
●解き始めたうちの一人は、頭をかかえて、押し黙ってしまったが、それとは対照的に、もう一
人は、適当に答えを入れて、ああでもない、こうでもないと言い始めた。考えるというよりは、脳
に飛来する、「カン」に頼っているというふうだった。こうした違いは、いったいどうして生まれる
のか。

 まず「頭のよさ」だが、問題に切り込んでいくタイプと、問題そのものから逃げてしまうタイプが
ある。問題に切り込んでいくタイプは、四方八方に触手をのばし、全体から問題をしぼり込んで
いく。遺伝子的な要素も無視できないが、切り込んでいくタイプは、考えることを、楽しんでいる
かのように見える。私自身は、考えることが好きだから、そういうときの子どもの心理がよくわ
かる。それはパズルを解くような楽しさといってもよい。つまり「頭のよさ」というのも、その子ど
ものもつ習慣(クセ)によって決まる部分が大きい? 

 つぎにいつまでも考えるタイプと、すぐギブアップしてしまうタイプがある。そこで登場するの
が、忍耐力ということになる。よく誤解されるが、「うちの子は、一日中サッカーをしているから、
忍耐力があるはず」と考える人がいる。しかしそれは、忍耐力とは言わない。好きなことをして
いるだけ。子どもにとって、忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。たとえば
今、あなたの子どもに、台所の生ゴミを始末してほしいと言いつけてみてほしい。そのとき、あ
なたの子どもが、「ハイ」と言って、何のためらいもなくできれば、あなたの子どもは、忍耐力の
ある子どもということになる。すばらしい子どもということになる。

 もともと「考えること」には、ある種の苦痛がともなう。それはたとえて言うなら、寒い日に、ラ
ンニングにでかけるようなものかもしれない。その苦痛を乗りこえる力が、忍耐力ということに
なる。その忍耐力がない子どもは、「いや」「できない」と言って、考える前から、問題を放棄して
しまう。言いかえると、考える子どもにするには、どこかで忍耐力を養っておく必要がある。その
忍耐力がないまま、子どもに勉強を強いると、それはその子どもにとっては、苦痛以外のなに
ものでもない。

 三つ目に、「カン」に頼ること。しかし「カン」は論理ではない。使い方をまちがえると、思考そ
のものが、乱舞してしまう。頭にひらめいたことを、つぎつぎと口にするため、そのときどきにお
いては、おもしろいことを言う。しかしそれが解答にはつながっていかないことが多い。ほかの
分野、たとえば芸術などの分野では、有効かもしれない。要はバランスの問題ということになる
が、しかし論理のともなわない「カン」は、危険でさえある。ときに、それまでにできかかった論
理を、メチャメチャに破壊してしまうこともある。

 さて、最初の数学の問題について。つぎのように考える。

(1)7点以上が、7人、7点以下が、9人だから、7点の人は、(7+9)−12=4(人)となる。
(2)10点が1人、7点が4人だから、9点、8点の人は、合計で2人。その2人の合計点は、7
×8−10−7×4=18(点)。18点になるということは、8点の人はいないことになる。つまり9
点が2人。
(3)同じように考えると、6点、5点の人は、4人。合計点は、22点となる。この組み合わせに
なるのは、6点が2人、5点が2人しかない。
(4)だから答は、10、9、9、7、7、7、7、6、6、5、5、4点
 みなさんも、一度、あなたの子どもに、この問題を見せてみてほしい。あなたの子どもは、ど
のような反応を示すだろうか。もし、「よし、やってやる!」と言い、黙々と、取り組み始めたら、
解ける解けないは別として、それだけで、あなたは自分の子どもを、すばらしい子どもというこ
とになる。ほめてあげてほしい。そうでなければ、家庭教育のあり方を、かなり真剣に反省した
らよい。コツは、「なおそう」とか考えないで、「今の状態をより悪くしないこと」だけを考えなが
ら、数年単位で、「前よりよくなったかな」というような状態をつくりながら、子どもを前向きにひ
っぱっていく。
(02−11−14)※

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子育て随筆byはやし浩司(311)

自己中心性と盲目性

 自己中心的になればなるほど、盲目性が現れる。病的な自己中心性は、精神そのものを病
んだ人によく見られるが、それを薄めた形での自己中心性は、程度の差こそあれ、たいていの
人に見られる。

 もともと自己中心性は、過信、誤解、独断、偏見、偏屈、がんこという、その人本来の性質の
上に、社交回避、社会性の欠落などが重なって、その人の「思い込み」によって始まる。たいて
いは妄想性を伴う。

 何年も前のことだが、一人の母親が、突然、私のところへきて、こう叫んだ。「あなたは、息子
がしたプリントで、まちがっているのに、丸をつけている。これはどういうことか!」と。一見、穏
やかそうな声だったが、その裏に、燃えるような怒りを感じた。見ると、まちがえた個所には、
紙で切り張りがしてあって、子どもの字で、正しい(?)答が書きこんであった。そこで私が、「子
どもが一生懸命したら、それでいいではないですか。多少、まちがっていても、一生懸命したこ
とをほめるために、丸をつけます」と言うと、「そんないいかげんなことを!」と、今度は本気で
怒り出してしまった。子どもの方を振り向くと、その母親は、こう叫んだ。「あんたは、こんな問
題もできないの!」と。

 このケースでも、母親は、自分の教育法が絶対正しいと思い込んでいる。そしてその思い込
んだ分だけ、他人の話に耳を傾けない。もう一つの例だが、こんなこともあった。

 あるワークブックの検討会でのこと。私も含めて、何人かの小学校教師がそこにいた。私た
ちはある出版社で、新しいワークブックを企画していた。机の上には、他社が制作した、二〇
冊近いワークブックが並んでいた。それを見ながら、その中の一人が、突然、こう言い出した。

 「このワークブックには、自分でつくる問題が含まれていない。だからこのワークブックは失格
だ!」と。

 たとえばよく現場では、子ども自身に、「4たす5の問題になるような、話を考えてごらん」と子
ども自身に、問題を考えさせることがある。その教師は、そういった問題がないから、「このワ
ークブックはタダメだ」と。そしてつぎつぎと、「このワークブックもダメ」「しかしこのワークブック
には、それがあるからいい」「このワークブックもダメ」と。
 
 ものの見方が、近視眼的というか、狭いというか、ほかにもその教師はいろいろ言ったが、話
を聞いているうちに、私は何ともいえない、閉塞(へいそく)感を覚えた。こうしたワークブックを
評価するときは、いろいろな角度から検討し、評価しなければならない。たとえそれが重要な部
分ではあっても、決してすべてではない。

 こうした自己中心性が強ければ強いほど、当然のことながら、社交範囲が狭くなる。それだ
け許容範囲が狭くなる。あるいは社交範囲が狭くなるから、自己中心が強くなるということもあ
る。しかしそれは、その親だけの問題に、とどまらない。当然のことながら、自己中心性が強く
なればなるほど、子どもに対しては、何かにつけて押しつけがましくなり、それが原因で、親子
関係を破壊することも多い。このタイプの親は、子どもに向かって、「ダメ」「いけない」「〜〜し
なさい」という命令口調が多いので、それがわかる。何でも、子どもを自分の思いどおりにしよ
うとする。

 こうした自己中心性を防ぐためには、親自身が心の風とおしをよくしなければならない。その
ためには、いろいろな会にでたり、いろいろな活動をしなければならない。……ということになる
が、実際には、そう簡単なことではない。この先のことはまだよくわからないが、自己中心性の
問題は、もう少し根が深いように思う。いろいろな活動をよくしている人でも、自己中心的な人
はいくらでもいるし、活動をしていなくても、そうでない人もいくらでもいる。このつづきは、また
別の機会に考えてみる。
(02−11−15)
 
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子育て随筆byはやし浩司(312)

大和なでしこ

 「大和なでしこ」とはいうが、世界へ出てみると、同じ女性でも、まったく異質なことがよくわか
る。たとえば「強い」と言えば、中国の女性。夫婦喧嘩(げんか)でも、夫が妻に暴力を振るうと
いうよりは、妻が夫に暴力を振るうというケースが、多い。夫が逃げ回るということも、よくある
そうだ。そう言えば、中国の女性は歩き方も、どこか男性的。肩をいからせて歩く人が多い。こ
れはあくまでも私の印象だが……。

 もっともこうしたケースは、日本でもふえてきた。しかしその原点として、夫婦についての考え
方そのものが違う。たとえば中国では、夫婦でも、金銭感覚がたがいにたいへんシビア。夫が
稼いだものは、夫のもの。妻が稼いだものは、妻のものという考え方をするらしい。日本では、
一度、混在させ、そこから共同で使うという方式をとるところが多い。「夫のお金、妻のお金」と
いう考え方を、あまりしない。

 で、オーストラリア人をあちこち案内しているとき気づいたが、オーストラリア人は、レストラン
へ入って、勘定をすますとき、たいてい夫のほうが払う。そういうオーストラリア人から、ある
日、反対に質問された。「どうして、日本では妻が払うのか」と。そこで何人かの人に聞いてみ
たが、日本でも最近は、夫が払うケースもふえているそうだ。で、私も聞いてみた。「どうしてオ
ーストラリアでは、夫が払うか」と。

 そのオーストラリア人は大学の教授をしているが、こう話してくれた。「オーストラリアでは、夫
の地位が低い。だからサイフを握ることで、夫は、自分の地位を確保している」と。たとえば家
計についても、そのつど妻が請求し、その額を夫が払うというしくみをとっているという。その教
授だけの意見で、そう決めつけるのは危険なことだが、しかし欧米では、たいてい夫が払う。ア
メリカでもイギリスでもそうだ。ほんの少し前も、アイルランドから帰ってきた人がいたので聞い
てみたら、アイルランドでも、そうだそうだ。

 一言で、「家族」というが、そのしくみは、国によって、かなり違うようだ。そして当然のことなが
ら、意識も違う。日本式の家族観は、決して、世界の標準ではないし、一方、世界の標準を、
日本の家族に当てはめることはできない。それぞれの国には、ぞれぞれの家族観があり、そ
れぞれの国には、よい面もあれば、悪い面もある。ただこの時点で注意しなければならないの
は、日本の家族観が世界でも最高であるという見方だけはしてはいけないということ。

 ……と言いつつ、なんと言っても、生まれ育った国の家族観が、その人にとっては、もっとも
居心地がよい。私もそうだ。そういう家族観の中でみると、私にとっては日本の家族観が、一
番体に合っている。夫婦についてみても、私は男だから、どうにもこうにも中国式の家族観は、
私には合わない。……と、考えて、またまた、では、日本の女性たちは、それでよいのかという
問題にぶつかる。仮に、こんな世界を想像してみよう。

 その国では、妻の「力」だけが、やたらと強く、主に妻が働きに行き、夫は家で家事をしてい
る。そして夫は、妻が仕事から帰ってくるのを待って、食事を用意する。そこへ妻が帰ってくる
と、居間の中央にデーンと座り、夫にこう言う。「おい、あんた、お茶!」と。それを聞いた夫は、
しずしずとお茶を用意し、「ごくろうさま」と言う。が、お茶が少しぬるかった。それを見て妻が、
こう怒鳴る。「何よ、このお茶は!」と。

 もし私のワイフが、そういう女性だったら、私は一も二もなく、離婚する。まちがいなく離婚す
る。離婚して、自分の人生を生きる。

 ……というところで、またオーストラリアに話を戻す。一〇年ほど前だろうか、オーストラリアの
若い女性(二五歳くらい)と、このことについて話しあった。その女性は、こう言った。「オースト
ラリアでは、夫が妻に、『ヘイ、ティー!』などと言おうものなら、それだけで離婚事由になる。し
かし実際には、そういう夫はいない」と。

 で、そのあと、ことあるごとに、オーストラリアの友人に話を聞いてみると、中には、「ヘイ、ティ
ー!」と、妻に言う夫もいることがわかった。「まったく、いないわけではない」とも。しかしさらに
話を聞くと、意識のレベルそのものが違うということがわかってきた。「たまには、そういう言い
方をするときもある」ということらしい。

 ……ここまで書いて、「やっぱり、日本はいい国だ」と書くつもりはない。ないが、しかしときに
は、世界を見て、男女の立場を逆転させて、ものを考えるということも、大切なことかもしれな
い。自分の姿がよりよく見えてくる。
(02−11−16)

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子育て随筆byはやし浩司(313)

ストーカー

●ストーカー
 もうあれから何年になるだろうか。私も、ある女性(当時三五歳)にストーカーをされて、困っ
たことがある。親切の押し売りというか、その女性は、頼みもしないのに、あれこれと私の世話
をしてくれた。どこでどう調べたのかはわからないが、私がアルバイトでしていた家庭教師先ま
で知っていて、ある夜、それが終わると、その女性は、外に立って、私を待っていた。手にはカ
サをもっていた。驚いて「何か?」と声をかけると、「雨が降ってきたので、もってきました……」
と。

 こういうことが重なると、心底、肝を冷やす。が、それからもストーカー行為は断続的に、続い
た。相手は、いつも、偶然会ったというような体裁をつくりながら、私の周囲にまとわりついた。
当時、私はすでに結婚していたし、相手の女性には、夫も子どももいた。で、ワイフに相談する
と、「相手の夫に話したら」ということになった。が、本当に「偶然かもしれない?」という迷い
が、まだどこかに残っていた。

 そんなある日、何かの大会があって、生徒たちの競技会の応援にでかけたときのこと。帰り
道、ふと見ると、その女性がニコニコ笑いながら、そこに立っていた。これにも、実のところ、心
底ゾーッとした。で、足早に逃げようとすると、すぐあとを追いかけてきた。で、歩調をゆるめ
て、私はこう言った。「これ以上、私につきまとったら、すべてあなたの夫に話しますよ」と。とた
ん、その女性は、私の視界から消えた。

 が、このあとから、事件が起きた。こんどは、いやがらせが始まったのだ。あることないこと、
悪口を言いふらすようになった。一番困ったのは、私がほかの女性と不倫をしているといううわ
さだった。そのほか、職場にとめておいた、自転車に穴をあけられたこともある。(これについ
ては、その女性がしたとは断言できないが、状況証拠はいくつかある。)もっとも、その女性が
言ったことぐらいのことでは、私にはほとんど影響がなかった。が、そのときから、私は、女性と
いうより、人間が本性的にもつ問題を考えるようになった。

●こうした愚劣さの原因は?
 私を好いてくれる女性は、実のところ、めったにいない。顔が顔だし、スタイルも悪い。ムード
もなければ、センスもない。が、その女性は、私のどこが気に入ったか、私を好きになった
(?)。しかし私は、それを拒絶した。その瞬間、愛情が、嫉妬にかわり、さらにそれが憎しみに
変わった(?)。しかしこのタイプの憎しみは、執拗(しつよう)につづく。私のばあいも、その女
性の「カゲ」が消えるまでに、半年近くもかかった。

 問題は、では、なぜ、人間は、ときとして、そうした愚劣なことをするか、である。動物的とは
言うが、動物だって、そこまでしない。しかし知的生物であるはずの人間はそこまでする。なぜ
か。

 私はこう考えた。あくまでも仮説だが、人間には、もともと、そういう本性がある。そしてそれ
が、何らかのきっかけで、呼び起こされる、と。脳の欠陥というよりは、脳の機能障害によるも
のである、と。もっと言えば、ストーカー行為をする人にしても、嫉妬に狂って、それが憎しみに
変わったとき、その人の脳は変調する、と。わかりやすく言えば、心の病気にかかった、と。だ
から、こうした人たちに、「まともな話」をしても、意味はない。まともな話そのものが、通じない。
理解できない。「病識」そのものがない。病識というのは、自分が病気であるという意識である。
それはちょうど、風邪をひいて熱を出している子どもに向かって、英語を教えるようなものだ。

 と、考えると、今度は、自分の問題になってくるのがわかる。「心の病気」ということになると、
私も、あなたも、そういう状況になれば、「病気」になるかもしれない。私だけが無縁ということ
は、ありえない。この文を読んでいる、あなただってそうだ。そこで病気に対して、健康診断が
あるように、実は、心についても、似たような健康診断があっても、よいということになる。その
方法はあるのか。また、それは可能なのか。またそれを防いだり、治療するには、どうしたら、
よいのか。

●心の健康診断
 私はここまで書いて、ある事実に気づいた。中国語には、「瞑想(めいそう)」という言葉があ
る。「沈思黙考」という言葉もある。私は、瞑想にせよ、沈思黙考にせよ、それが重要なものだ
とは、あまり考えたことがなかった。若いころ、禅道場で、座禅の修業をしたことがあるが、そ
のときの印象が、あまりよくなかったこともある。しかし今、ハタと、瞑想の重要さに気がつい
た。

 心の健康診断をするには、静かな環境の中で、静かに自分を思いやるのがよい? しかも
その時間は、ある程度長いほど、よい? 心理学の世界では、チェックテスト方式による自己
診断テストというものをする。しかしそれでは、すべての「心の病気」には、対処できるとはかぎ
らない。心の病気は無数にあり、またそれぞれが無数に形を変える。しかし瞑想すれば、自分
で、心の変調に気づくことができる。
 
 方法としては、まさに座禅がある。その座禅だが、「禅」の目的は、本当のところは何も知らな
い。縁があって、福井県にある永平寺へは、何度も行ったことがある。そこで何度も説明を受
けたことがある。しかし本当のところは何もわかっていない。そのわかっていない私が、「禅」に
ついて、安易な解釈を加えることは許されない。しかしひとつの目的として、禅の中には、そう
いった方法が、すでに、組み込まれているのではないか。少なくとも瞑想を通して、心の診断を
することも、ムダではないような気がする。

 で、私はここまで書いて、短い時間だが、瞑想のまねごとのようなものをしてみた。目を閉じ
て、静かに自分と対峙してみる。すると、最初はモヤモヤとした落ちつかない自分が現れてく
る。その一つずつのモヤモヤが、実は、ひとつの手がかりになる? たとえばとても気分のよ
いときのモヤモヤと、そうでないときのモヤモヤを比較してみればよい。そうすると、そのときど
きにおいて、そのモヤモヤの内容が、微妙に違うのがわかる。その違いがわかれば、ひょっと
したら、心の診断法として、応用できるのでは?

 この方法は、これから先、自分なりに応用してみる。そして何らかの形で、また書いてみた
い。今は、この程度しか言えないが、それほど大きくは、道を踏みはずしてはいないように思
う。要、検討課題ということか。

●その女性のばあい
 さて、そのあと、その女性がどうなったかは知らない。一度だけ、駅前ですれ違うのを見たこ
とがある。が、それだけである。多分、向こうのほうが先に気がついたのかもしれない。うつむ
きかげんに、足早にその場を去っていった。

 考えてみれば、私だって、あまり偉そうなことは言えない。学生時代、好意をいだいた女性
を、追いかけたこともある。ひとつまちがえば、そのままストーカーになっていたかもしれない。
だれにでも、そういう要素があるという前提で、この問題は考えたほうがよいのではないだろう
か。はっきりしたことは言えないが、今の私はそう思う。
(02−11−15)

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子育て随筆byはやし浩司(314)

 孤独の淵(ひち)で、ひとり苦しんでいる人がいる。だれにも相手にされず、だれからも相手に
されず。夫ですら、彼女に見向きもしない。会話はもちろん、ない。寝室も、ベッドも、そして食
事の時間も別。そういう人だから、どこへ行ってもトラブルつづき。近所の人との口論も絶えな
い。

 偏屈な人だ。がんこで、自分勝手。他人の話に耳を傾けないから、早トチリばかりしている。
そして思い込みで、相手を非難したり、あるいは攻撃したりする。そのため、ますます敵をつく
る。孤立する。そしてますます自らを孤独の淵に追いやる。

 が、こういう人を救うのは、容易ではない。(「救う」などという言葉を安易に使うのは赦されな
いことだが……。)接し方をまちがえると、その人が本性的にもつ毒歯にかまれてしまう。無理
難題をもちかけてきては、こちらを困らす。世間的な言い方をすれば、そういう人とは、かかわ
りを、もたないほうがよいということになる。実際、そういう人とかかわりをもつと、あとがたいへ
ん。かなり強い精神力がないと、その人を救うどころか、こちらも気がヘンになってしまう。

 私は職業がら、たとえば育児ノイローゼの母親に接することが多い。育児ノイローゼにも、い
ろいろあり、また程度の差もある。子どもに過関心になるレベルから、精神状態そのものがお
かしくなる人もいる。また相談といっても、受け方をまちがえると、真夜中でも電話がかかって
きたりする。そしてそのたびに、怒鳴られたり、反対に泣きつかれたりする。そういうとき私は、
相談にのっているというよりは、どこか自分が試されているような気分になる。自分自身の人
間性を、だ。

 私はどこまで寛容であるべきなのか。
 私はどこまで寛容でいることができるのか。
 また、私はどうして寛容でなければならないのか。

 仕事としてそれをしているなら、「収入」という面で、まだ救われる。何とか自分をごまかすこと
ができる。しかしそれがまったくない状態だと、「どうして私がこんなことをしなければならないの
か」と、そればかりを考える。いや、あるいはもし私がクリスチャンなら、天国へ行けるという希
望も生まれるかもしれない。「心が飢えた人は幸いなれ。なぜなら彼らは神の王国を与えられ
るだろう」と。が、私にはそれもない。

 私はその人が、孤独の淵で、苦しんでいるのがよくわかる。しかし皮肉なことに手を差し出せ
ば出すほど、それがおかしな方向に進んでしまう。何だか、私が、その夫婦を破壊しているか
のような立場になってしまう。そう言えば、夫が、私を見る目つきも、どこか変わってきた。どう
すればよいのだと思いつつ、どうすることもできない。ただ私は、正直言って、この一週間間、
その人から電話がないことに、ホッとしている。そういう自分ではあってはいけないと思いつつ、
しかしそういう自分になってしまう。
(02−11−17)

●安易に、「神様」や「仏様」のまねをしてはいけない。善人ぶって、神様や仏様のまねをして
はいけない。かえってその人を苦しめることになる。その人の心を、もてあそぶことになる。善
人ぶることなら、だれにだってできる。知ったかぶりの顔をして、穏やかな表情をしていればよ
い。しかし本当にむずかしいことは、自分の中の「悪」と戦うことだ。しかしそれは本当にむずか
しい。私のような凡人には、なおさらだ。いつか自分もその悪と戦うことができるようになった
ら、私は善人になれるかもしれない。今のところ、その自信は、まったくないが……。

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子育て随筆byはやし浩司(315)

わずらわしい世界

 情報の時代というが、本当に、この世界、わずらわしい。昨夜も、居間でお茶を飲んでいた
ら、若い女性から電話がかかってきて、息子の電話番号を教えろ、と。私が断ると、「何を偉そ
うに!」と。勝手に他人の家に電話をかけてきて、「何を偉そうに!」は、ない。

 ひとり静かに生きることは、一見、楽なようにみえて、楽ではない。「一日」という時間帯をみ
ても、ひとり静かでのんびりできる時間のほうが、少ない。つぎからつぎへと、いろいろな事件
が起きる。そのほとんどは、向こうからやってくる。できるなら、そういうわずらわしさから、解放
されたい。しかし、それは死ぬまで、不可能だろう。ただ私のばあい、朝、五時ごろ目が覚め
て、それから七時、八時まで、こうして原稿を書いているが、その時間ほど、「ひとり」でいられ
る時間はない。貴重な時間だ。しかし、それでわずらわしさが消えるわけではない。

 こうしたわずらわしさがあれば、それと戦うしかない。受け身になったとき、そのわずらわしさ
は、ストレッサーとなる。問題は戦い方だ。しかしひとたび情緒が不安定になると、それも簡単
ではない。子どものばあい、大きく分けて、三つのタイプに分かれる。@攻撃型、激情型、暴力
型、A内閉型、オドオド型、萎縮型、B執着型、こだわり型、依存型。思いついたまま書いたの
で、正しくないかもしれないが、要するに、大声を出して暴れるタイプと、グズグズして引きこも
るタイプ、それにモノにこだわって、それを異常にこだわるタイプがある。

 おとなもそうで、私のばあいは、@の攻撃型と、A内閉型の間をいったりきたりする。精神状
態がフワフワし、自分でもつかみどころがなくなってしまう。爆発しそうな自分を必死でこらえた
り、反対に、電話に出るのも、おっくうになったりする。あるいはときどき、Bのモノにこだわると
きもある。そういうときは、それまでほしかった高価なものを、パッと買ったりする。それで気分
が晴れることもある。あとはカルシウム剤をたっぷりと飲んで、風呂に入って、よく眠る。「明日
は明日の風が吹く」と、そう思いながら、床につく。

 昨日も一日、何かとわずらわしいことがつづいた。そのため朝なのに、少し頭が痛い。しかし
考えても始まらない。「何とかなるだろう」と、自分をなぐさめながら、前に進むしかない。がんば
りましょう。がんばります。では、みなさん、おはようございます。
(02−11−16)

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子育て随筆byはやし浩司(316)

子育てポイント

●命令より、理由づけ

 子どもに指示を与えるときは、命令より、理由づけを大切にする。「手を洗いなさい」ではな
く、「手が汚れているね。どうしたらいい?」と。「歯をみがきなさい」ではなく、「歯をみがかない
と、虫歯になるわよ」と言う。

 日本語の特徴というか、日本では、子どもに指示を与えるとき、どうしても命令口調になりや
すい。一方、英語国では、命令口調が少なく、反対に、理由づけが多い。仮に英語国で、子ど
もに何かを命令したりすると、反対に「命令しないで」と言い返されたりする。私も昔、オーストラ
リアにいたころ、ガールフレンドに何かのことで命令したことがある。そのとき、私は「私はあな
たの奴隷ではないから、命令しないで」と言われてしまった。
 
 そこであなたの今日、一日の会話を思い出してみてほしい。あなたは子どもと、どんな会話を
しただろうか。そしてその会話はどんなものだっただろうか。親意識が強く、権威主義的な親ほ
ど、子どもに対して、命令口調が多くなる。さて、あなたは、どうか?


●文字学習の前に、正しい発音

 世界広しといえども、幼児期に発音教育をしない国は、それほどない。が、この日本では、そ
の発音教育を、ほとんどしない。あるいはあなたは保育園や幼稚園で、発音教育をしている先
生の姿を見たことがあるだろうか。

 たまたま先ほども、わらび餅売りの車が家の前を通り過ぎた。隣のT市(愛知県)からやってく
るわらび餅売りだが、T市の人たちは、独特の発音をする。「わらび〜もち、早く来ないと、いっ
ちゃうよ〜」と言うのだが、それが、「ウェラビィー、メォチ〜、ヒェヤクゥ〜、コネエェ〜ト、イッチ
ャウイヨ〜」と聞こえる。

 こういう発音を、一方で野放しにしておいて、子どもに向かって、「正しく書きなさい」はない。
ちなみに、「昨日」を、「きのう」と正しく書ける年長児は、ほとんどいない。たいていは、「きの
お」「きの」「きお」とか書く。そういうときは、一度、一音ずつ音を区切って発音してみせるとよ
い。「き・の・う」と。そのとき、手をパンパンとたたいてみせるとさらに効果的。

 ただしい発音は、文字学習の基礎である。文字学習に先立って、あるいは、文字学習と平行
してするとよい。口をしっかりと動かしながら、息をしっかり吐き、一音ずつ区切って言うとよ
い。


●文字は使って生きる

文字の目的は、「書くこと」ではない。「自分の意思を伝えること」である。こんなわかりきったこ
とが、この日本では、逆転している。たとえばどうしてこの日本には、いまだに、トメ、ハネ、ハラ
イが、あるのか。その上、書き順まである。ある程度の約束ごとは大切なことだが、しかしそれ
ばかりにこだわっていると、肝心の「自分の意思を伝えること」が、おろそかになってしまう。

 もちろんだからといって、トメ、ハネ、ハライ、それに書き順を無視してよいというのではない。
ただそれにも程度というものがある。それにこうまで情報化時代が進んでくると、「書く」という意
味そのものが変わってくる。たとえば私はこうして文章を書いているが、すべてパソコンを使っ
て書いている。

 こういうことを言うと、「日本語の美しさがそこなわれる」と反論する人が、必ずといってよいほ
どいる。「子どものころ、正しい書き順を教えておかないと、あとがたいへん」と言う人もいる。し
かし三〇年ほど前、こんな議論もあった。

 当時、「今どきの子どもは、ナイフで鉛筆も削れない」と、よく批評された。そのとき私はこう反
論した。「ナイフで削らなくても、鉛筆削りがある。鉛筆削りで削れば、ずっと早く削れるし、時間
も節約できる。鉛筆を削るときは、鉛筆削りを使えばよい」と。

 これはナイフの話だが、その時代ごとに、こうした議論が、打ち寄せる波のように、それぞれ
の分野で起こっては消える。このトメ、ハネ、ハライも、そのひとつかもしれない。(あるいはそう
でないかもしれない?)私は個人的には、もう書き順も、適当でよいのではと思っている。


●もとの木阿弥

 『もとの木阿弥(もくあみ)』という言葉がある。いろいろやってはみたが、結局は、もとに戻っ
てしまうという意味である。苦労や努力が、水のアワになってしまうことをいう。

 子育てをしていると、そういう状況によく陥(おちい)る。私の世界でも、こんなことがあった。

 小学三年生の子どもだったが、まだ掛け算があやしかった。そこで小学二年生のクラスに入
れてみた。その子どもは、それまで「算数は、わからないもの」と思っていたらしい。しかし一年
レベルをさげたことで、むしろ生き生きと勉強し始めた。で、半年もすると、その勢いもあって、
やがて何とか、小三レベルの学習も、こなすようになった。そこで私は小三クラスへ移した。
が、そのとたん、親の無理が始まった。

 親は、「もっと、もっと……」と、子どもに勉強を強いるようになった。ワークブックもどっさりと
買い込んだ。とたん、その子どもは、オーバーヒート。かえって前よりも、勉強嫌いになってしま
った。そして一度、こういうつまづき方をすると、二度目がない。四年生になったとき、親のほう
から、「もう一度、学年をさげて教えてみてほしい」と言ってきたが、子どもがそれを受けつけな
かった。そしてそのまま私の実験教室へこなくなってしまった。

 子どもには子どもの「力」がある。その力を見極め、ほどほどのところであきらめるべきこと
は、あきらめる。この「あきらめ」が、子どもの心に穴をあけ、子どもを伸ばす。子育てをしてい
て、あきらめることを恐れてはいけない。でないと、結局は、『もとの木阿弥』になってしまう。
(02−11−16)※

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子育て随筆byはやし浩司(317)

視神経交叉(こうさ)について

 読者の方から、視神経交叉はなぜあるかという質問をもらった。なぜか?

 「視神経交叉」というのは、単純に言えば、右眼球でとらえた映像は、左脳(間脳)に。左眼球
でとらえた映像は、右脳(間脳)に、それぞれ格納されることをいう。視神経が、左右に交叉す
ることを、視神経交叉という。しかし実際には、右眼球でとらえた左側の映像は、一度反転され
て、右脳に格納される。右眼球でとらえた右側の映像は、一度反転されて、左脳に格納され
る。わかりにくいが、まとめると、こうなる。

  右眼球でとらえた左側半分の映像→右脳に
  右眼球でとらえた右側半分の映像→左脳に(交叉)
  左眼球でとらえた右側半分の映像→左脳に
  左眼球でとらえた左側半分の映像→右脳に(交叉) 

 たとえば今、左目を閉じて、右目だけで、パソコンの画面を見たとする。そのときパソコン全
体が、あなたの目に見える。しかし実際には、そのパソコンの右側の部分は、左脳(間脳の中
の視覚野)に映った映像、パソコンの左側の部分は、右脳に移った映像である。それが左右
の大脳半球どうしが、うまく連絡しあって、一枚の連続した映像を脳の中に映す。左目も、同じ
ようにして、脳の中に映像を映す。

 では、なぜこのように、視神経の一部は交叉しているのか。右眼球でとらえた映像は右脳
で、左眼球でとらえた映像は左脳で、それぞれ映し、脳の中で映像を合成すれば、それでじゅ
うぶんである。しかし実際には、複雑に交叉している。その理由は、なぜか、と。それが読者か
らの質問である。

 いろいろな仮説が成りたつ。「うまく立体映像を結ぶため」「左右どちらかの脳がダメになって
も、眼球で受ける映像が無事なようにするため」など。しかしひとつのヒントとして、こんな話が
ある。

 カメラがある。そのカメラには、映像を写すレンズ(目)と、距離をはかる目がある。距離をは
かりながら、焦点をあわせる。同じように、人間も、ものを見るときには、この二つがうまく同調
しないと、見ることができない。さらに人間の目のばあい、二つの目を使って、それが立体映像
になるように見える。こう考えると、人間には、本来、三つの目があるのが望ましいということに
なる。一つの目で、距離を知り、残りの二つの目で、その距離にあわせて、焦点を結び、立体
映像をつくる。しかしその働きを、二つの目だけでする。そのために、左右の眼球は、映像を
分割して、左右の脳に、その映像を送っているのではないか。もし、右眼球がとらえた映像を
右脳だけが、左眼球がとらえた映像を左脳だけが認識していたとすると、立体映像を結ぶ前
に、焦点が合わなくなってしまう? あるいはどうやって焦点を合わせるか? 左右が別々に焦
点を合わせていても、まずい。焦点を合わせるためには、同じ画像を、同じ画面に映してみる
必要がある。そこで人間の脳のばあいは、左右の眼球から送られた別々の画像を、中央で張
り合わせることによって、焦点を合わせている?

さらにもし、右眼球がとらえた映像を右脳だけが、左眼球がとらえた映像を左脳だけが認識し
ていたとすると、左右の眼球が、別々に動いても、問題がないことになってしまう。ご存知のよう
に、人間の目は、左右、同時に、同じように動く。動くことによって、ひとつのものを静止して見
ることができる。結論を言えば、視神経交叉は、左右の眼球が、同時に、同じものに焦点を合
わせ、かつ立体映像を結ぶることができるようにするため、ということになる。

 あまりよい回答になっていないかもしれないが、私はそう考えた。もっとも、これは完全に、私
の専門分野外のことであって、ここに書いたのは、あくまでも、一つの仮説にすぎない。それに
教育の世界では、こうした理由づけは、ほとんど意味をもたない。「なぜ、指は一〇本なのか」
「なぜ、ヘソは、腹にあるのか」「なぜ、生殖器と排便器は、近接しているのか」など。長い進化
の過程で、必要なことだけが生き残り、そうでないものは、捨てられ、あるいは退化した。何か
理由はあるはずだが、その理由はともかくも、私たちは、「そうである」という前提でものを考え
る。「視神経は、脳にとどく過程で、交叉している」というのなら、「交叉している」という前提で考
える。「なぜ、そうなのか」ということを考える前に、「だからどうしたらいいのか」と考える。それ
が教育の原点でもある。たとえば自閉症の子どもがいる。なぜ自閉症になるのかということを
考える前に、どうすればその子どもがよくなるかを考える。それが教育の原点でもある。

 話がそれたが、おもしろいテーマだった。何かしらパズルを解くようなスリルを感じた。みなさ
んなら、どう答えるか。
(02−11−17)

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子育て随筆byはやし浩司(318)

子育てポイント

●『やけどをした子どもは、火を恐れる』

 これはイギリスの格言。子どもというのは、何かのことで、一度失敗すると、自分では、なかな
かその失敗を克服することができない。とくに幼児期はそうで、この時期のつまずきは、そのあ
と大きな影響を与える。

 たとえば今、年中児でも、「名前を書いてみよう」と声をかけただけで、体をこわばらせる子ど
もは、一〇人中、二人はいる。中には、涙ぐんでしまう子どももいる。原因は、家庭での無理な
学習が考えられる。しかしそれで問題が終わるわけではない。このタイプの子どもは、そのあ
と、(逃げる)→(ますます苦手になる)の悪循環の中で、文字からますます遠ざかってしまう。
そして一度、こうなると、その悪循環を断ち切るのは容易ではない。

 日本でも昔から、『坊主、憎ければ、袈裟(けさ)まで憎い』という。もともとの意味は、坊主が
憎いと、その袈裟まで憎くなるという意味だが、この格言を裏から読むと、こうなる。「袈裟をみ
ただけで、坊主への憎しみがわく」と。こうしたつまずきが原因で、そのあと、「文字を見ただけ
で、勉強が嫌いになる」ということもありうる。そういう意味でも、幼児期の学習は、慎重にす
る。


●山には登らせる

 低い山だと思っていても、登ってみると、意外に遠くが見えるもの。登る前に、その山に登る
ことがムダだとか、そういうふうに考えてはいけない。いわゆるマイナス思考の人は、何でもや
るまえに、「あれはダメだ、これはダメだ」と逃げてしまう。

 同じように、子ども自身が、いろいろな山に登りたがるときがある。もう二〇年近くも前のこと
だが、ある母親からこんな相談を受けた。その息子(高二)が、アメリカで夏休みを過ごして帰
ってきた。そのあと、その息子が「高校を中退して、アメリカへもどる」と言い出したというのだ。
そこで私に、「何とか、思いとどまらせてほしい」と。

 その高校生は、ホームスティをしたことで、「山」に登った。そして遠くの景色を見た。その結
果、「アメリカで高校生活を送りたい」と。今のように、まだ海外留学がポピュラーな時代ではな
かった。学歴信仰も、根強く残っていた。高校を中退するということが、考えられない時代だっ
た。その母親は、さかんに、「このままでは、うちの子は、中卒になってしまいます」と泣いてい
た。

 しかし山に登るのも、子ども。そこで子どもがどんな景色を見るかは、本当のところだれにも
わからない。親にもわからない。だからその段階で、親は子どもの人生は、子どもに託すしか
ない。親としてはつらいところだが、そういう「つらさ」に耐えるのも、親の役目ということになる。
また子どもが大きくなればなるほど、一方で、そういうつらさがふえる。

 先の子ども(高二)だが、親の言うことを聞いて、そのまま日本の高校に通った。私が説得し
たわけではない。直接、面識があった子どもではないので、そのあと、その子どもがどうなった
かは知らない。


●やればやるほど、空回り

 子どもに何か問題が起きたとする。すると親は、その問題を解決しようと、何かをする。それ
は当然にことだ。しかしそのとき、ときとして、何かをやればやるほど、ものごとが空回りしてし
まうことがある。子どものために何をしているはずなのに、それが子どもの心に響いていかな
い。こういうときの鉄則は、ただひとつ。それ以上、状態を悪化させないことだけを考えて、時
の流れを待つ。

 子育てがカベにぶつかると、たいていの親は、そこが「底」だと思う。だからそこを基準にし
て、子どもを「なおそう」と考える。しかし「底」の下には、さらに「別の底」があり、さらにその下
にも「別の底」がある。たとえば娘が門限を過ぎて帰ってきたとする。すると親は、それをなおそ
うと娘を叱ったり、説教したりする。が、いっこうにそれがなおらない。これがここでいう「空回
り」。

 そこでさらに親が叱ったりすると、今度は、娘は外泊をするようになる。これがここでいう「別
の底」。あるいは家出ということにもなりかねない。集団非行を繰り返すようになるかもしれな
い。これも「別の底」。

 子育てをしていてその空回りを感じたら、こうした「別の底」に落ちる前兆として、警戒する。
子どもというのは、一度その「別の底」に落ちると、あとは、つぎつぎと別の底に落ちていく。そ
こで、ここにも書いたように、一度、その底を感じたら、「なおそう」と思うのではなく、今の状態
を悪化させないことだけを考えて、一年単位で(一年でも短いほうだが……)、時の流れを待
つ。


●「やればできる」は、禁句

 たいていの親は、「うちの子は、やればできるはず」という。しかし、(やる・やらない)も、力の
うち。「やればできるはず」と思ったら、「やってここまで」と思い、あきらめる。やればできるは
ずと、子どもを責めたてることほど、子どもを苦しめるものはない。

 子どもの可能性を否定しろと言っているのではない。ともすれば、暴走しやすい親の期待に
ブレーキをかけろと言っている。というのも、親というのは、子どものよい面だけを見て、それを
基準にものを考える傾向が強いからである。いつもは七〇点くらいしか取れない子どもが、た
まに一〇〇点をとってくると、「やっぱり、うちの子はすごい」と思うことはある。しかし「どうして
今回は一〇〇点なのかしら」と疑問に思う親はいない。

 こんなことがあった。

 ある日、一人の中学生(中二・男子)が、父親につれられてやってきた。そして父親はこういっ
た。「うちの子は、中学一年のとき、(二〇〇人中)、三〇番になったことがある。うちの子に
は、そういう力があるはず。どうかそれを伸ばしてほしい」と。

 そこで少し教えてみると、とてもその力がないことがわかった。そこで私は父親に手紙を書い
た。「私のところでは、とてもご期待にそえるような指導はできません。申し訳ありませんが、お
断りします」と。

 こういう手紙を書くと、どういう書き方をしても、親というのは、激怒する。デパートで販売拒否
にでもあったかのような怒り方をする。その父親もそうだった。「偉そうなことを言いて、お前は
何様のつもりか!」と言って、その父親は電話を切った。


●ユーモアでしつける

 ユーモアは、子どもの心を開放させる。『笑えば、子どもは伸びる』が、私の持論でもある。子
どもをしつけるときは、このユーモアを大切にする。

 たとえば私のばあい、授業中、なかなか手をあげようとしない子どもには、「パンツにウンチ
がついているなら、手をあげなくていい」と言う。「ママのオッパイを飲んでいるなら、手をあげな
くていい」とも言う。フラフラと歩き回っている子どもには、「おしりにウンチがついているのか?
 おしりがかゆいから、歩いているの?」と言う。あるいは「パンツをかえてあげるから、おいで」
と、やさしく声をかける。

 指しゃぶりをする子どもも多い。そういうときは、「おいしそうな指だね。先生にもなめさせて」
と声をかける。あるいは、「そういう指のしゃぶり方をするから、幼稚、幼稚って、バカにされる
んだよ。いいか、もっとかっこうよくしゃぶりな」と言って、指のしゃぶり方を教える、など。鼻くそ
をほじっている子どもには、「おいしそうな鼻くそだね。先生にも、食べさせて」と声をかける、な
ど。

 いろいろな言い方があるが、こうした言い方をすることによって、トゲトゲしさがなくなる。子ど
もも、聞く耳をもって、こちらの話を聞いてくれる。が、一方、頭ごなしの命令や、禁止命令は、
方法としては手っ取り早いが、ほとんど、効果はない。それだけではない。命令や禁止命令が
多くなると、子どもは、自分では考えることができなくなってしまう。時とばあいには、こうした命
令も必要だが、しかしできるだけ少なくしたほうがよい。
(02−11−17)

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子育て随筆byはやし浩司(319)

相手にしたくない人たち

 今日、鍼灸師をしている友人(四五歳)と話をした。その中で彼はこう言った。「ぼくらの世界
では、初対面のとき、この人とはつきあっていいか、どうか、即座に判断しなければなりませ
ん。それをまちがえると、あとで大やけどをします」と。そこで私が、「具体的にはどういう人を避
けるのですか」と聞くと、ズバリ、「頭のおかしい人」と。

 教育の世界にも、同じような話はあるが、少し角度が違うようだ。間に子どもがいるため、親
がおかしいからといって、それが直接、教える側に影響がおよぶということは、まずない。しか
しやはり、このタイプの親は、警戒するにこしたことがない。ちょっとした誤解が、とんでもない
問題を引き起こすことがある。その中でも、とくに印象に残っている母親がいる。

 ある日、参観会のとき。その母親は、父親と夫婦できていた。男性はその父親だけだった。
そこで私はアドリブで、その父親に授業に参加してもらった。あらかじめ用意した教材と原稿を
渡し、先生の役をしてもらった。

 そのときは、そのときで、結構、なごやかな雰囲気で授業は流れた。母親も笑って見ていた
はずである。が、その夕方から、その母親から猛烈な抗議の電話がかかってきた。「よくも、う
ちの主人に恥をかかせたわね!」と。ふつうの電話ではない。ネチネチと一時間以上もつづい
た。「どうすればいいですか?」と聞くと、「もとに戻せ!」と。が、それで終わったわけではな
い。翌日も、その翌日も、電話がかかってきた。さすがのワイフも、電話のベルが鳴るだけで、
体をワナワナと震わせるようになってしまった。

 この女性が、どういう心の病気にかかっていたかは知らない。しかしふつうでないことは、たし
か。こうした母親にからまれると、かなり神経が太い人でも、まいる。心底、まいる。その向こう
に、得たいの知れない、不気味な恐ろしさを感ずるからだ。

 現在、こうした親にからまれて、心を病む幼稚園や保育園の教師は多い。H市のばあい、た
いていどの幼稚園にも、一人や二人、精神科の医院へ通っている教師がいる。長期休暇をと
っている教師もいる。ある幼稚園の園長が、こっそりとこう教えてくれた。「青い色の封筒を見
ただけで、体を震わせる教師もいます」と。何でもときどき、その幼稚園に、青い色の封筒の手
紙が届くという。ある母親からのものだが、いつも執拗にああでもない、こうでもないと書いてく
るのだという。

 その鍼灸師をしている友人は、こう言った。「患者さんで、そういう雰囲気を感じたら、私はす
ぐ、別の医院を紹介して、そちらへ回すようにしています」と。で、私が、「教育の世界ではそこ
までしませんね。学校の先生なら、なおさらできません」と言うと、「そりゃあ、たいへんですね」
と言って笑った。私も笑った。
(02−11−18)※

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子育て随筆byはやし浩司(320)

老後

 「リストラ」と簡単には言うが、それは、その人の全人格を否定することに等しい。ただ単にク
ビになるイコール、職を失うというだけではすまない。たいていの人は、リストラされると、「自分
の人生は何だったのか」と、思い知らされる。過去を振り返っても、何もない。積み重ねてきた
ものが、何もない。それを知るのは恐ろしいほどの衝撃だ。

 若い人はまだよい。リストラされても、「また仕事をさがせばよい」と考えることができる。しか
し五〇歳も過ぎて、リストラされると、その衝撃は、はかり知れない。過去のみならず、未来を
も否定される。「どうやって老後を過ごせばいいのだ」と。それを考えただけで、絶望的になる。
残りの人生は、まさに「残りの人生」。若い人には、「残りの人生」と言われてもピンとこないだ
ろうが、いわゆる先細りの人生をいう。ゴールには、死が待ち構えている。

 中高年の男性の自殺がふえている。年間三万人余(〇一年・三万一〇四二人)とも言われて
いる自殺者のうち、中高年の自殺は、七五%以上をしめる(〇一年・警察庁)。また自殺者の
七割が、男性と、男性が圧倒的に多い。理由は、「健康問題」(四〇%)、「経済、生活問題」
(三二%)と、自殺率は、失業率とリンクしているという。失業率が高ければ高いほど、自殺率
が高くなるという。
 
 こういう数字を見て、ドキッとするのは、私自身もその予備軍のようなものだからか。リストラ
とまではいかないが、この長引く不況の中で、仕事は先細り、そういう状態に加えて、明日(い
や、今日にでも)病気か事故にあえば、それで万事休す。自分で選んだ道とはいえ、私の身分
や収入を保障してくれるものは、何もない。ときどき、自分が薄い氷の上を、恐る恐る歩いてい
るように感ずるときがある。その氷の下では、老後や死が、「おいで、おいで」と手招きしてい
る。

 実際、私のばあい、もともと不安神経症があるので、少しリズムが変調すると、言いようのな
い焦燥感を覚えることがある。精神状態が、フワフワしてしまい、自分でもつかみどころがなく
なってしまう。ただ救われるのは、そういう状態になっても、病識(自分が病気だという自覚)が
あること。もしなかったら、精神病院に入院しなければならないかもしれない。だからそういう状
態に、自分を追い込まないように、極力、注意を払っている。

 が、災難というのは、こちらが望まなくても、向こうからやってくる。「どうしてこの私が巻き込ま
れねばならないのか」という災難も多い。人間社会で生きるということには、こういう問題が、い
つもついて回る。決して、無難ではありえない。そういう災難にも、注意を払わねばならない。

 さてさて、これからの老後をどう組み立てるべきか。まあ、いろいろやってはみたが、結局
は、私は何もできなかった。「お前は何をやってきたのか」と聞かれても、その答が出てこな
い。そして「お前はこれから先、何をするのか」と聞かれても、その答も出てこない。「どうしたら
いいのかなあ」と思いつつ、何とか、今日を無事に過ごして、明日につなげる。結局は、そうい
う生き方になってしまう。願わくば、天寿をまっとうして、死ぬまで朗らかに生きたいと思うが、し
かしその自信は、まったくない。ときどき、「このまま眠るように死ぬことができたら、気が楽に
なるだろうな」と思うこともふえた。

 年間三万人余ということは、一日平均、八四人ということ。一時間あたり、三人から四人の人
が、命の火を自ら消していることになる。こういう数字を見て、他人ごとに思える人は、それだ
けで幸福な人かもしれない。
(02−11−19)

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子育て随筆byはやし浩司(321)

悲しき人間の心

 母親に虐待されている子どもがいる。で、そういう子どもを母親から切り離し、施設に保護す
る。しかしほとんどの子どもは、そういう状態でありながらも、「家に帰りたい」とか、「ママのとこ
ろに戻りたい」と言う。それを話してくれた、K市の小学校の校長は、「子どもの心は悲しいです
ね」と言った。

 こうした「悲しみ」というのは、子どもだけのものではない。私たちおとなだって、いつもこの悲
しみと隣りあわせにして生きている。そういう悲しみと無縁で生きることはできない。家庭でも、
職場でも、社会でも。

 私は若いころ、つらいことがあると、いつもひとりで、この歌(藤田俊雄作詞「若者たち」)を歌
っていた。

 ♪君の行く道は 果てしなく遠い
  だのになぜ 歯をくいしばり
  君は行くのか そんなにしてまで

 もしそのとき空の上から、神様が私を見ていたら、きっとこう言ったにちがいない。「もう、生き
ているのをやめなさい。無理することはないよ。死んで早く、私の施設に来なさい」と。しかし私
は、神の施設には入らなかった。あるいは入ったら入ったで、私はきっとこう言ったにちがいな
い。「はやく、もとの世界に戻りたい」「みんなのところに戻りたい」と。それはとりもなおさず、こ
の世界を生きる私たち人間の悲しみでもある。

 今、私は懸命に生きている。あなたも懸命に生きている。が、みながみな、満ち足りた生活の
中で、幸福に暮らしているわけではない。中には、生きるのが精一杯という人もいる。あるいは
生きているのが、つらいと思っている人もいる。まさに人間社会というワクの中で、虐待を受け
ている人はいくらでもいる。が、それでも私たちはこう言う。「家に帰りたい」「ママのところに戻
りたい」と。

今、苦しい人たちへ、
いっしょに歌いましょう。
いっしょに歌って、助けあいましょう!

 若者たち

             
       君の行く道は 果てしなく遠い
       だのになぜ 歯をくいしばり
       君は行くのか そんなにしてまで

       君のあの人は 今はもういない
       だのになぜ なにを探して
       君は行くのか あてもないのに

       君の行く道は 希望へと続く
       空にまた 陽がのぼるとき
       若者はまた 歩きはじめる

       空にまた 陽がのぼるとき
       若者はまた 歩きはじめる

            作詞:藤田 敏雄

 そうそう、学生時代、NWという友人がいた。一〇年ほど前、くも膜下出血で死んだが、円空
(えんくう・一七世紀、江戸初期の仏師)の研究では、第一人者だった。その彼と、金沢の野田
山墓地を歩いているとき、私がふと、「人間は希望をなくしたら、死ぬんだね」と言うと、彼はこう
言った。「林君、それは違うよ。死ぬことだって、希望だよ。死ねば楽になれると思うのは、立派
な希望だよ」と。

 それから三五年。私はNW君の言葉を、何度も何度も頭の中で反復させてみた。しかし今、こ
こで言えることは、「死ぬことは希望ではない」ということ。今はもうこの世にいないNW君に、こ
う言うのは失敬なことかもしれないが、彼は正しくない、と。何がどうあるかわからないし、どうな
るかわからないが、しかし最後の最後まで、懸命に生きてみる。そこに人間の尊さがある。生
きる美しさがある。だから、死ぬことは、決して希望ではない、と。

……いや、本当のところ、そう自分に言い聞かせながら、私とて懸命にふんばっているだけか
もしれない……。ときどき「NW君の言ったことのほうが正しかったのかなあ」と思うことがこのと
ころ、多くなった。今も、「若者たち」を歌ってみたが、三番を歌うとき、ふと、心のどこかで、抵
抗を覚えた。「♪君の行く道は 希望へと続く……」と歌ったとき、「本当にそうかなあ?」と思っ
てしまった。
(02−11−20)

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子育て随筆byはやし浩司(322)

口うるさい親

 ただ口うるさいだけなら、子どもに、それほど大きな影響はない。「カバン、もって!」「ハンカ
チは、もったの?」「お知らせは、どう?」「学校に遅れるわよ!」と。

 影響があるとするなら、せいぜい子どもに免疫性ができること。親の指示に、鈍感になる。保
育園や幼稚園でも、先生が何かを指示しても、自分勝手なことをしている、など。

 この「口のうるささ」に、「押しつけ」が入ると、子育てそのものがおかしくなる。ゆがむ。口うる
さくあれこれ指示しながら、その指示を、子どもに押しつけようとする。この押しつけが強けれ
ば強いほど、それはそのまま過干渉、過関心になる。

 とくに自己中心的な親、がんこな親ほど、注意する。このタイプの親は、もともと住む世界が
狭く、その世界だけでものごとを考える。「自分は絶対、正しい」という過信のもと、その返す刀
で、「あなたはまちがっている」と言う。もちろん独断、思い込みが強く、他人の話に耳を傾けな
い。

 私が知っている母親に、Rさん(四〇歳)がいた。話せば長くなるが、何かにつけて私に相談
してきた。そこで私がアドバイスすると、それについて、ああでもない、こうでもないと反論してき
た。だからいつも最後は、「だったら、はじめから、私に相談しないでください」という言い方をす
るしかなかった。一度は、「そこまで言うなら、自分で教えてみたら」と、喧嘩(けんか)別れをし
たこともある。

 もっともこのRさんは、そのあとしばらくして、アルツハイマー病になってしまったから、今から
思うと、それがその初期症状だったかもしれない。アルツハイマー病になる人は、四〇歳前後
で、約五%というから、二〇人に一人。決して、少ない数ではない。

 一般的には、親が口うるさければうるさいほど、子どもは、自分で考える力をなくす。善悪の
判断にうとくなり、常識ハズレになりやすい。ものの考え方が極端になり、バランス感覚をなくす
こともある。「バランス感覚」というのは、ものごとの是非を静かに考え、判断し、その判断に従
って行動する感覚のことをいう。昔、「私、結婚して、はやく未亡人になって、黒い喪服を着てみ
たい」と言った女子高校生がいた。そういうような考え方をするようになる。

 どうであるにせよ、口うるさいのは、子どもにとっては、あまり好ましいことではない。できるだ
け、親の指示は少なめにするのがよい。
(02−11−20)

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子育て随筆byはやし浩司(323)

【北朝鮮、日本に宣戦布告す!】

●月●日早朝、突然、ピョンヤン放送が、日本中を、震撼せしめた。北朝鮮が、一方的に、日
本の宣戦布告をしたのだ。「いわく、本日をもって、わが国と同胞は、日本帝国主義に対して、
正義のための宣戦を布告する」と。

 この布告を受けて、日本中は、大騒動。それまで「そこまではしないだろう」とタカを食ってい
た評論家も、顔色を失った。いや、そういう状態になっても、「これはおどしだ」「援助がほしい
ための威嚇だ」と主張人もいた。しかしそれはおどしではなかった。

 その日の午後一二時きっかりに、東京湾の岸辺で、核爆弾が炸裂(さくれつ)した。大きさは
推定で、一メガトン。その一発だけで、東京都の東半分は、完全に吹き飛んでしまった。自衛
隊は航空機、ミサイルによる攻撃を警戒していたが、まさか漁船の中に核兵器をしのばせてく
るとは! 北朝鮮の攻撃は、まさに日本の虚をついたものだった。

 が、この状態になっても、日本の自衛隊は、北朝鮮に対して、手も足も出せなかった。第一、
指揮命令系統が、完全にマヒしていた。そこでアメリカ軍ということになったが、アメリカ軍はま
ったくと言ってよいほど、動かなかった。韓国国防省が、アメリカ軍の動きをけん制したから
だ。アメリカ軍が動けば、北朝鮮が、つぎに韓国に向けて核兵器を使うかもしれない。あるいは
すでに北朝鮮の工作員によって、核兵器がソウルの中心部に、持ち込まれているかもしれな
い。韓国はそれを恐れた。加えて不思議なことに、三八度線をはさんだ北朝鮮軍は、静かなま
まだった。

 日本の経済活動は、完全に停止した。混乱が混乱をよび、何がなんだかわからないまま、刻
一刻と、時間ばかりが過ぎた。が、その一方で、大阪、名古屋、福岡の大都市からは、何百万
人もの人たちが、郊外へのがれようと、怒涛のように動き出した。「生物兵器が使われる」「つ
ぎの攻撃は大阪だ」というデマが、人々の心を不安にさせた。その上、自衛隊が反撃しように
も、反撃のしようがなかった。またその兵器ももっていなかった。だいたいにおいて、敵そのも
のが、見えなかった。

 ゆいいつ九州管区の自衛隊が、関東管区にかわって行動をはじめたが、それとて、東京が
消滅してから半日もたってからだった。臨時参謀本部が福岡市の郊外に設置されたが、指揮
命令系統がマヒしている状態では、何もできなかった。「領海を侵犯して侵入する北朝鮮艦を
撃退(げきたい)せよ」という指令一号が発令されたのは、東京が廃墟になってから、一二時間
もたってからのことだった。

 ……これは、私の架空小説だが、今の北朝鮮が日本に攻撃をしかけてくるとしたら、こうした
シナリオになるのでは? 宣戦布告の理由など、何とでもつけられる。もともと常識が通る国で
はない。

【戦意のない日本国民】

 私は数年前、タイのバンコクを旅行した。そこではお決まりの観光コースで、あちこちを見て
回った。その途中でのこと。ときどきトラックに乗った兵士の姿を見かけたが、その精悍(せい
かん)な顔つきというか、彼らがもつ緊張感に驚いた。私と視線があっても、(当然だが)、ニコ
リともせず、私をにらみつけた。

 それから二か月後。たまたまH市の航空自衛隊基地で、航空際があった。私はワイフとでか
けたが、今度は、その「たるみぶり」に驚いた。タイの兵士の様子がまだ脳裏にしっかりと残っ
ていたこともある。いくら「祭」といっても、軍隊独特の緊張感など、どこにもなかった。私が見た
自衛官は、まさに制服を着たサラリーマンといったふう。それほどゆるんだ人はいなかったが、
どの自衛官の顔は、みな、どこか頼りなかった(失礼!)。

 これも同じような話だが、〇一年の一〇月。アメリカのブッシュ大統領が、「ここ数日のうち
に、新たなテロがある」と警告したその朝、私とワイフは、飛行機に乗って、成田からヒュースト
ンへ飛んだ。そのときのこと。成田では、計三回の荷物検査と、ボディ検査を受けた。しかし帰
りに、アメリカで飛行機に乗るときは、一回だけだった。

 回数だけをみると、日本の成田のほうが厳重に思う人がいるかもしれない。しかし実際に
は、反対。日本では、三回検査したが、なごやかな雰囲気で、型どおりの検査をしているだけと
いった感じ。しかしアメリカでの検査は、ちがっていた。三〇歳くらいの若い女性が私とワイフを
検査したが、カバンのフチの中まで調べられた。横には、M16のカービン銃をもった兵士が、
二人立って、こちらを見ていた。「もし、ここで走って逃げ出せば、その場で射殺されるだろう
な」と私は感じた。つまりそれほどの緊張感があたりにただよっていた。

 決められたことはする。しかしそれ以外は、しない。自分の権利は守る。そしてその権利が侵
されたときは、猛然と反発するが、しかし他人の権利には、無頓着、無関心。こうした受動的利
己主義が、今、日本中に蔓延(まんえん)している。そしてそれが日本人の国民性になりつつあ
る。まさに管理型社会の、特徴の一つと言ってもよい。

 ……こう書くと、「東京が核攻撃されたら、自衛隊が動くだろう」と言う人がいる。しかし先の阪
神大震災のとき、神戸の町が燃え、数万人が生きたまま焼き殺されたときも、日本の自衛隊
は、「命令がない」という理由だけで、半日以上も動かなかった。火事を消すこともしなかった。
自衛隊を責めているわけではない。こうした傾向は、今、日本全体をおおっている。たとえば日
本の犯罪検挙率は、過去最低どころか、先進五か国の中でも最低。ちなみに、日本の犯罪検
挙率は、一九八八年には、六〇%前後だったが、二〇〇〇には、二三・六%と、ドイツ、フラン
ス、イギリスについで、第四位になってしまった(アメリカが第五位)。元検事のD氏は、「不況が
原因」(読売新聞)と、チンプンカンプンなことを言っているが、同じような不況に苦しんでいるド
イツでは、逆に検挙率が上昇し、五三〜四%になっている。

【日本、戦わば……】

 不安と混乱の中で、二四時間が過ぎた。しかし時間がたつにつれて、さらに深刻さがました。
影響は国際社会にまでおよぶようになった。それまで一ドル、一二〇円だった円は、一ドル、
三四〇〇円まで下落。その段階で、円は、国際為替市場で取引停止となった。

 銀行は閉鎖され、同時にすべての商取引も停止もしくは中止。列車は止まり、通信網も機能
を失った。ほとんどの店は閉店になったが、中には、暴徒に襲撃される店も出てきた。人々
は、わずかな食料を求めて、争い、殴りあった。すべての道路は、自動車であふれかえり、完
全にマヒ。人々はつぎの攻撃を恐れて、ただひたすら徒歩で、郊外へと逃げた。が、ちょうどそ
のころ、今度は、大阪湾で、二発目の核爆弾が、炸裂(さくれつ)した。規模こそ、東京湾のそ
れの一〇分の一程度だったが、これで日本の命運は決まった。

 しかしこの段階でも、アメリカ軍も、何ら行動に移すことができなかった。日米安保条約を発
動するにも、発動する一方の当時者がいなかった。さらに東京と大阪で使われた二発の核爆
弾は、その残留物質の照合から、旧ソ連から第三者を経て、海外へ流失したものとわかった。
そのため北朝鮮が国家として、日本を攻撃したという証拠がなかった。しかもすでに日本の首
都が攻撃されてしまった今、何を「防衛」するというのか。無益な議論ばかりがつづいたが、そ
の議論をまとめる力すら、もう日本には、なかった……。

【そうならないために……】

 残念ながら、今の日本に、北朝鮮と戦うだけの力はない。兵力にしても、サラリーマン化した
日本の自衛隊と、徴兵制で鍛えられた北朝鮮軍とでは、比較にならない。しかも日本の自衛隊
は、三〇万人程度。かたや北朝鮮の正規軍は、一〇〇万人から二〇〇万人。ふつうの軍隊で
はない。人間ロボットとして、徹底的に洗脳されている。さらにこの日本の中には、すでに一〇
〇人から一〇〇〇人単位の工作員がしのび込んでいるという。そういう連中が、どんな破壊工
作をするか、わかったものではない。いろいろ言う人もいるが、こういう段階になると、アメリカ
様々である。トラの威を借りるというが、現在の今でも、北朝鮮と対等に会談できるというのも、
その「威」があるからではないのか。もしアメリカのうしろ盾がなかったら、少なくとも軍事的に
は、対等ではありえない。

 今の日本は、ここに書いたような状態にならないよう、まず北朝鮮を追いつめないこと。つぎ
にまた日本に宣戦布告させるような口実を与えないこと。方策としては、強硬に出ようとするア
メリカのなだめ役を演ずればよい。「まあまあ、アメリカさん、そうカッカしないで、少しは北朝鮮
の立場で考えてあげましょう」と。そして結果的には、今の金正日体制を少しずつ、崩壊させる
ようにもくろむ。あんな体制は、世界のためにも、また北朝鮮の人々のためにもならない。その
ために、まさに生かさず、殺さず、しかし外交的には、ノラリクラリと相手をかわすのがよい。外
交にはまったくの素人だが、私はそう考える。
(02−11−20)

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子育て随筆byはやし浩司(324)

同じ「バカ!」でも……

 「言葉の暴力」というのがある。「暴力」だから、言い方によっては、子どもは、キズつく。ばあ
いによっては、心的外傷(トラウマ)になることもある。しかし、そうでないケースもある。いつも
キズつくとは限らない。そのちがいは、どこにあるのか。

 私は愛情と、信頼感の二つをあげる。

 たとえば親が子どもに、「バカ!」と言ったとする。そのとき、その言葉の裏に、@絶対的な愛
情と、A絶対的な信頼感があれば、子どもの心はキズつかない。しかしそれがないと、キズつ
く。

 ここで「絶対的」というのは、「疑いを抱かない」という意味。「疑いを抱かない」というのは、
「そういうことを考えもしない」という意味。たとえばよく若い男女は、「私を信じて……」「ぼくは、
君を信じているよ……」という会話をする。しかしそういう会話をすること自体、たがいを信じて
いないということを意味する。本当にたがいに信じあっていたら、「信じて」とか、「信じている」と
か、そういう言葉は使わない。疑っているから、使う。

 親子もそうで、この絶対的な愛情と、信頼感が、たがいの間にあれば、「愛している」とか、
「信じている」などという言葉は、使わない。(欧米人のように、あいさつがわりに、「愛している」
と言うのは、別だが……。)

 一方、子どもは子どもで、この絶対的な安心感に包まれている子どもは、ドシッとした落ち着
きをみせる。態度も大きく、どこかふてぶてしい。反対に愛情不足や家庭不和など、精神的に
不安定な環境で育った子どもは、どこかセカセカとしている。愛想はよいが、その割には、心を
開かない。心を許さない。

 さて、あなたはどうか。あなたの子どもは、どうか。子育てをしていると、つい会話の中で、き
びしい言葉を使うこともある。「バカ!」というのも、そうだ。そういうとき、親は、あとになって、
「ひどいことを言ってしまった」と反省することもある。が、そのときのキーポイントは、愛情と信
頼感。この二つがたしかなものであれば、それほど、気にすることはない。が、それがなけれ
ば、……。この先は、あなた自身が、考えてみてほしい。
(02−11−22)※

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子育て随筆byはやし浩司(325)

老後(2) 

 おととい、Nペイントという、日本でも一、二を争うペンキ会社で、会長をしていたというT氏
が、久しぶりに我が家へ寄ってくれた。一五年ぶり? 玄関で会ったとき、「お元気ですか」と言
いかけたが、思わず、その言葉がのどの奥に引っ込んでしまった。T氏は、すっかり老人ぽくな
ってしまっていた。

 居間でしばらく話していると、やがて年齢の話になった。私が「五五歳になりました」と言うと、
「いいですねえ、これからですよ」と。私が驚いていると、こうつづけた。「ちょうどバブルのころと
いうこともありましてね。私が本当に自分の仕事ができたと思うのは、五六歳から六三歳まで
のときでした。頭も体も、すこぶる快調で、気持ちよく仕事ができました」と。

 実のところ、私は、自分でも実感できるほど、体の調子がよい。昨日も講演先の小学校で、
階段を三段とびにのぼっていたら、あとから追いかけてきた校長が、「足がじょうぶですね」と
ほめてくれた。「はあ、自転車で鍛えていますから」と答えたが、そのおかげというか、健康に
は、これといって、不安なところはない。ダイエットしたおかげで、どこか頭の中もスッキリしてい
る。

 私は年配の人が、私に向かって、「若くていいですね」と言うときは、いつもそれを疑ってしま
う。「本当にそうかな?」「なぐさめてくれているのかな?」「お世辞かな?」と。五五歳になった
私の印象としては、「先が読めない」という不安感のほうが強い。「これからはガンになる確率
がぐんと高くなる」とか、「これからはすべてが先細りになる」とか、そんなことばかり考える。よく
ワイフは、「あなたは、見かけは若々しいけど、中身は老人ぽい」と言うが、本当にその通りだ
と思う。

 ルソー(フランスの思想家、一七一二〜七八)が、『エミール』の中でこう疑問を投げかけてい
る。多分、これを書いたとき、彼も今の私と同じ、五〇歳代だったのだろう。

 「一〇歳では菓子に、二〇歳では恋人に、三〇歳では快楽に、四〇歳では野心に、五〇歳
では貪欲に動かされる。人間はいつになったら、英知のみを追うようになるだろうか」と。

 あのルソーですら、「貪欲に動かされる」と。いわんや私をや……と、居なおるわけではない
が、五五歳というのは、ちょうど、「そうであってはいけない」「しかしそういう自分も捨てきれな
い」と、そのハザマで悩む年齢かもしれない。まだ野心の燃えカスのようなものも、心のどこか
に残っている?

 T氏はさかんに、「まだまだ、これからですよ」と言ってくれたが、「これから先、何ができるの
だろうか」という思いも、また強い。またそういう思いとも戦わねばならない。「貪欲さ」がよくない
とはわかっているが、しかしそれがなくなったら、生活の基盤そのものが、あやうくなる。働い
て、仕事をして、稼ぎを得て、それで生きていかねばならない。私のばあい、悠々自適(ゆうゆ
うじてき)の年金生活というわけにはいかない。いわんや「英知のみを追う」などというのは、夢
のまた夢。

 そうそうT氏は別れぎわ、こうも言った。「林さんは、いいねえ。道楽が多くて……。私なんぞ、
人間関係のウズの中で、自分を支えるだけで精一杯でした」と。しかしこれは、T氏一流の、私
への「なぐさめ」と理解した。
(02−11−22)

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子育て随筆byはやし浩司(326) 

指は便利な計算機

 人間がなぜ十進法を使うようになったかといえば、指が十本だったから。もし人間の指が、三
本や四本だったら、三進法や四進法になっていたかもしれない。

 幼児は、ものを計算するとき、指を使う。親が教えるときもあるが、だれに教わるということも
なく、使い始めることもある。これは「数」を、「具象化」するためである。たとえば「2+3」は、
「○○と○○○」と具体的に図形化し、それを数えて計算する。そういう意味では、計算をする
とき、指を使うことは、悪いことではない。むしろ子どもがある程度、ものを数えられるようにな
ったら、指の使い方を教えるとよい。で、そのとき、つぎのような指導をすると、あなたの子ども
は、計算に強い子どもになる。

(1)指を見ないで、数を具象化させる……たとえばあなたが、子どもに「4!」と言い、子ども
に、頭の上で、指を4本のばさせる。このとき、子どもに自分の指を見させてはいけない。なれ
てくると、子どもは、即座に、7とか9をつくることができるようになる。
(2)早数えの練習をする……「ヒトツ、フタツ、ミッツ……」から、「イチ、ニ、サン……」、さらに
は、「イ、ニ、サ……」と、数えられるように練習する。たとえば1から10までを、「イ、ニ、サ、
シ、ゴ、ロ、シ、ハ、ク、ジ」と、数えさせる。さらにそれができるようになったら、数を信号化させ
るとよい。「ピッ、ピッ、ピッ……」と。具体的には、手を早くパンパンと叩かせて、それを数えさ
せる。
(3)年長児になったら、指から、今度は、丸を描かせるようにして、計算させる。たとえば「2+
3」は、丸を二つと、三つを描かせ、それを数えさせる。少しめんどうだが、めんどうだと思うか
ら、今度は、子どもは頭の中で数え始める。それをねらう。

 なお計算力があるからといって、算数の力があるということにはならない。計算力と、算数の
力は、まったく別のものである。計算力は訓練で伸ばすことができるが、数の力を伸ばすの
は、容易ではない。

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子育て随筆byはやし浩司(327)

話のタネに、……北朝鮮の教育制度

 あの北朝鮮という国は、日本から見ると、何もかもヘンな国だが、教育制度は、日本のそれ
と、それほど、違わない?

 ただ大学を卒業しても、就職先は、国が決めるという。職業選択の自由はないらしい。以下、
重村知計著「北朝鮮データブック」(講談社現代新書)より、おおまかなところを拾ってみる。

●子どもは満四歳になると、二年制の幼稚園に入る。
●六歳からは、小学校にあたる、人民学校に入る。
●その人民学校を終えると、六年制の高等中学校に入る。ここまでが義務教育。
●大学進学は、成績と、出身成分によって左右され、また党幹部の子弟が優先される。とくに
金日成総合大学には、党幹部の子弟が優先的に入学する。
●人民学校では、金日成の革命活動や革命歴史が主要科目になっている。
●高等中学校でも、同様の科目が主要科目になっていて、これらの科目の成績が悪いと、大
学進学はむずかしい。
●北朝鮮の大学数は、二八〇校で、大学生は、三一万四〇〇〇人。金日成総合大学は、一
五の学部に分かれ、学生数は、一万二〇〇〇人。
●高等中学校六年生の五月に、全国統一の学力試験が行われる。試験の結果と成績は、各
道や市、郡別に発表される。この試験の成績に従い、地方教育機関が、それぞれの受験生に
対して受験できる大学を決める。
●北朝鮮の入試競争倍率は、工学部で七倍。医学部では一〇倍になるという。
★大学入試に失敗すると、子どもたちは、自動的に軍隊に入隊することになる。
★大学を卒業すると、職場は地区の党委員会が決定し、個人の職業選択の自由はない。
●党機関や政府機関に勤務できれば、ある程度の生活や住宅が保証される。
●北朝鮮の学生がもっとも、あこがれる職業は、外交官と貿易商社の社員、だそうだ。

 こういう流れをずっとみていくと、北朝鮮という国が、実に巧みに、体制にとってつごうのよい
人間だけを選別しているのがわかる。つまり「教育」と言いながら、その実態は、まさに「人間
選別」。しかも党幹部にとっては、何からなにまで、つごうがよいようにできている。よく「北朝鮮
は、金正日に独裁国家」というが、実は、その恩恵にあやかり、甘い汁を吸っている党の幹部
たちこそが、金正日体制を支えている。

 しかし考えてみれば、この日本だって、北朝鮮と、それほど違わない? この表の中の(★)
の部分をのぞけば、日本の教育制度そのものといってもよい。たとえばこの日本では、一度、
公務員になれば、あとは死ぬまで身分と収入が保証される。社会のしくみそのものが、何から
なにまで、役人と呼ばれる人たちにとって、つごうがよいようにできている。

日本が民主主義国家と思っているのは、日本人だけ。日本を一歩離れてみると、日本の民主
主義が、欧米のそれとはまったく異質なものであることがわかる。日本は奈良時代の昔から、
まさに官僚主義国家。上から下まで官僚主義国家。が、それが日本人にはわからない? 恐
らく北朝鮮の人たちだって、自分たちの国は、民主主義国家だと思っているに違いない。北朝
鮮の正式名称は、「朝鮮民主主義人民共和国」。意識というのはそういうもので、その国だけ
に住んで、外の世界を知らないと、自分たちがどういう意識をもっているかさえわからなくなって
しまう。

 話がまたまた過激になってしまったが、あの北朝鮮ほど、戦前の日本の亡霊を引きずってい
る国はない。戦前の日本、そのものと言ってもよい。あるいはどこがどう違うというのか。で、そ
の日本は、敗戦により、今の民主主義(?)をアメリカから注入されたが、悲しいかな、肝心の
日本人自身は、戦前の日本を、いまだかって一度も清算していない。反省もしていない。だか
らある部分は、民主主義的にはなったが、また別のある部分は、戦前のまま残ってしまった。
今に見る官僚主義が、そのひとつということになる。
(02−11−22)

●北朝鮮の独裁体制を笑う前に、私たち日本人は、真の民主主義国家をめざそう!

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子育て随筆byはやし浩司(328)

「だれも、私たちの未来を禁止することはできない」
(No one can forbid us the future.)

 そのときはわからなくても、歳をとるとわかるというようなことはよくある。英語とて例外ではな
い。 

 有名な政治家に、レオン・ガンベッタ(Leon Gambetta、1838−82)がいる。フランスの
政治家である。彼は、これまた有名な言葉を残している。それが、
 
 No one can forbid us the future.

 である。

 もともとフランス語だった言葉を、英語に訳したものだから、この英文が正確なものであるか
どうか、少し心配なところがある。しかし私はこの言葉の訳に、ずいぶんと悩んだ。直訳すれ
ば、「だれも、私たちの未来を禁止することはできない」ということになるが、しかしそれでは、
意味がわからない。

 この文では、「forbid」が、重要なカギを握っているのがわかる。私が知っている意味は、ここ
に書いた「禁ずる」という意味。そこで念のため、あらためて手元の辞書を調べてみると、やは
り「禁ずる、許さない」という意味しかない(大修館書店版の「ジーニアス英和辞書」)。たとえ
ば、「She forbade me to join the party.(彼女は私がその仲間に加わるのを禁じ
た)」というような使い方をする(同辞書より)。

そんなわけで、私はいつだったか、若いとき、この文をはじめて読んだとき、「どうしてこんな言
葉が、それほどまでに有名な言葉なのだろう」と、不思議に思ったのを覚えている。しかし、こ
の文の重要なカギは、実は、「forbid」ではなかった。カギは、だれでも知っている単語の、「fut
ure(未来)」のほうにあった。

 「自由」とは何か。好き勝手なことを気ままにすることを、自由と考えている人は多い。しかし
これは誤解。もともと「自由」という言葉(中国語)は、「自らに由(よ)る」という意味である。自分
で考え、自分で行動し、自分で責任をとることをいう。しかしだからといって、それがそのまま英
語でいう、「liberty(自由)」のことだと考えるのは正しくない。たとえば英語で「自由」というとき
は、「自分の意思に従って行動できる人間としての基本的権利」をいう。そこでもう一歩、この
考えを押し進めると、「自分の意思に従って行動する」というのは、「自分の未来は、自分で決
める」ということであることがわかる。言いかえると、私たちが自分の未来を決めるとき、だれに
もさしずされてはいけないということ。またそんな権利はだれにもないということ。もちろん自分
の未来を禁止されるなどということは、絶対にあってはいけない。

 そこでもう一度、先の英文を読み返してみると、今度は、スンナリと意味がわかる。つまり「だ
れも、私たちの未来を禁止することはできない」というのは、たとえばあなたが自分の意思で行
動しようとするとき、それを「そうしてはダメだ」と、禁止することは、だれにもできないというこ
と。それがどんな未来であれ、その未来を決めるのは私たち自身である。そしてそれこそが、
「自由」の意味だ、と。何でもないような言葉だが、この言葉は一方で、まさに、「自由」の基本
原理を説明しているのがわかる。

 私もこの年齢になって、英語でいう「liberty(自由)」の意味が、おぼろげながらわかるように
なった。そういう点では、私は若いときから、「自由だ、自由だ」と思ってはきたが、本当のとこ
ろは、その意味がわかっていなかったことになる。が、このところやっと、自由の意味がわかっ
てきた。と、同時に、はじめて、このガンベッタの言葉の意味がわかるようになった。

 「だれも、私の未来を禁ずることはできない」というのは、もう少しわかりやすく言うと、「私の
未来は、自分で決める。それをさまたげる人は、だれもいない」ということになる。「自由論」の
一つとして考えてみた。
(02−11−22)

●本物の「自由」とは何か。みんなでそれを考えてみよう。

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子育て随筆byはやし浩司(329)

私の料理

 私は、よく自分で料理をする。しかし同じ料理をつくったことがない。いつも何か新しい料理に
挑戦する。そしてたいてい、いつも(当然だが……)、失敗する。方法は、こうだ。

 まず仕事の帰り道に、本屋で料理の本を立ち読みする。その種の本は、めったに買わない。
そしてその本の中から、「これは!」と思う料理を選ぶ。そしてその作り方を、読んで暗記する。
ときどき、本屋を出たところで、紙切れにメモすることはある。

 そして数日内に、(たいていは翌日に)、その料理を、自分で作る。私が選ぶ料理は、まあ、
そんなわけで、「とんでもない料理」(ワイフ談)ばかり。日本でもめったにお目にかかれないよ
うな日本料理とか、アフリカや中近東の料理とか。先日は、イラン料理をつくったし、つぎにどこ
の名物料理か忘れたが、「ほうろく鍋」というのも作った。このほうろく鍋のときは、野菜の水分
が、底に敷いた塩をまざってしまい、大失敗。塩からくて、とても食べられなかった。

 もちろん定番もある。ニンニクライス、雑炊、ビーフステーキ、チャーハンなど。こまごまとした
技術が必要な料理は苦手。おおざっぱに、火を使って作る料理が得意。あるいはその場にあ
る材料を使って、即座に作る。知恵を働かせ、機転をきかせてつくる。昔、『料理の鉄人』という
テレビ番組があったが、そんなわけで、あの番組だけは、毎回、欠かさず見た。

 ほかに、ほとんどできあがっているレトルト(パウチ)食品を、もとの原型がわからないほどま
でに加工して作ることもある。説明書など、ほとんど、読んだことがない。そうそう私がつくるカ
レーライスは、絶品だ。最近は、タイ風の味つけに、ココナツミルクを入れる技術を身につけ、
山荘などにくる客人などに喜んでもらっている。

 もうひとつの私の料理の特徴は、ほとんど食器を使わないこと。道具もあまり使わない。これ
はあとで洗うのがめんどうだから。今夜の夕食も、私が作ったが、使った皿は、二枚だけ。あと
はフライパンと箸だけ。見るに見かねて、ワイフが、スープを自分で作ったが、それだけ。何品
か作るときも、大きな皿に並べて盛りつける。

一応、ワイフはいつも、「おいしい」と言って食べてくれるが、本当のところは、わからない。今
夜の料理も、実のところ、名前がつけられないほど、不思議な料理だった。あえて言うなら、タ
イ風焼きそばシーフードチャーハン。その料理を食べながら、たがいに、「今度、○○というレ
ストランで、△△を食べようね」「北海道のラーメンを食べてみたいね」と、そんな話ばかりして
いた。ハハハ。
(02−11−23)

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子育て随筆byはやし浩司(330)

心のメカニズム

*****************
少し不謹慎な話で恐縮だが、セックス
をすると、言いようのない快感が、脳
全体をおおうのがわかる。これはセッ
クスという行為によって刺激され、脳
にモルヒネ様の物質が放出されるため
である。しかしこういう快感があるか
ら人は、セックスをする。つまり、種
族を私たちは維持できる。同じように、
よいことをしても、脳の中で、同様の
変化が起きる? それについて考えて
みた。
*****************

 まず、数か月前に私が書いたエッセーを読んでみてほしい。この中で、私は「気持ちよさ」と
か、「ここちよさ」という言葉を使って、「正直に生きることの大切さ」について書いてみた。

●常識の心地よさ 

 常識をみがくことは、身のまわりの、ほんのささいなことから始まる。花が美しいと思えば、美
しいと思えばよい。青い空が気持ちよいと思えば、気持ちよいと思えばよい。そういう自分に静
かに耳を傾けていくと、何が自分にとってここちよく、また何が自分にとって不愉快かがわかる
ようになる。無理をすることは、ない。道ばたに散ったゴミやポリ袋を美しいと思う人はいない。
排気ガスで汚れた空を気持ちよいと思う人はいない。あなたはすでにそれを知っている。それ
が「常識」だ。

 ためしに他人に親切にしてみるとよい。やさしくしてあげるのもよい。あるいは正直になってみ
るのもよい。先日、あるレストランへ入ったら、店員が計算をまちがえた。まちがえて五〇円、
余計に私につり銭をくれた。道路へ出てからまたレストランへもどり、私がその五〇円を返す
と、店員さんはうれしそうに笑った。まわりにいた客も、うれしそうに笑った。そのここちよさは、
みんなが知っている。

 反対に、相手を裏切ったり、相手にウソを言ったりするのは、不愉快だ。そのときはそうでな
くても、しばらく時間がたつと、人生をムダにしたような嫌悪感に襲われる。実のところ、私は若
いとき、そして今でも、平気で人を裏切ったり、ウソをついている。自分では「いけないことだ」と
思いつつ、どうしてもそういう自分にブレーキをかけることができない。私の中には、私であって
私でない部分が、無数にある。ひねくれたり、いじけたり、つっぱったり……。先日も女房と口
論をして、家を飛び出した。で、私はそのあと、電車に飛び乗った。「家になんか帰るものか」と
そのときはそう思った。で、その夜は隣町のT市のホテルに泊まるつもりでいた。が、そのと
き、私はふと自分の心に耳を傾けてみた。「私は本当に、ホテルに泊まりたいのか」と。答は
「ノー」だった。私は自分の家で、自分のふとんの中で、女房の横で寝たかった。だから私は、
最終列車で家に帰ってきた。

 今から思うと、家を飛び出し、「女房にさみしい思いをさせてやる」と思ったのは、私であって、
私でない部分だ。私には自分にすなおになれない、そういういじけた部分がある。いつ、なぜそ
ういう部分ができたかということは別にしても、私とて、ときおり、そういう私であって私でない部
分に振りまわされる。しかしそういう自分とは戦わねばならない。

 あとはこの繰りかえし。ここちよいことをして、「善」を知り、不愉快なことをして、「悪」を知る。
いや、知るだけでは足りない。「善」を追求するにも、「悪」を排斥するにも、それなりに戦わね
ばならない。それは決して楽なことではないが、その戦いこそが、「常識」をみがくこと、そのも
のと言ってもよい。

●なぜ気持ちよいのか

 少し話が専門的になるが、大脳の中心部(大脳半球の内側面)に、辺縁系(大脳辺縁系)と
呼ばれる組織がある。「辺縁系」というのは、このあたりが、間脳や脳梁(のうりょう)を、ちょう
ど包むようにフチどっていることから、そう名づけられた。

 その辺縁系の中には、認知記憶をつかさどる海馬(かいば)や、動機づけをする帯状回(た
いじょうかい)、さらに価値判断をする扁桃体(へんとうたい・扁桃核ともいう)がある。その扁桃
体が、どうやら、人間の善悪の感覚をつかさどっているらしいことが、最近の研究でわかってき
た。もう少しわかりやすく言うと、大脳(新皮質部)でのさまざまな活動が、扁桃体に信号を送
り、それを受けて、扁桃体が、麻薬様の物質を放出する。その結果、脳全体が快感に包まれ
るというのだ。ここに書いたケースで言えば、私が店員さんに五〇円のお金を渡したことが、扁
桃体に信号を送り、その扁桃体が、私の脳の中で、麻薬様の物質を放出したことになる。

 もっとも脳の中でも麻薬様の物質が作られているということは、前から知られていた。そのひ
とつに、たとえばハリ麻酔がある。体のある特定の部位に刺激を与えると、その刺激が神経を
経て、脳に伝えられる。すると脳の中で、その麻薬様物質が放出され、痛みが緩和される。私
は二三、四歳のころからこのハリ麻酔に興味をもち、一時は、ある研究所(社団法人)から、
「教授」という肩書きをもらったこともある。

 それはそれとして、麻薬様物質としては、現在数十種類ほど発見されている。その麻薬様物
質は、大きく分けて、エンドルフィン類と、エンケファリン類の二つに分類される。これらの物質
は、いわば脳の中で生産される自家製のモルヒネと思えばよい。こうした物質が放出されるこ
とで、その人はここちよい陶酔感を覚えることができる。

 つまりよいことをすると、ここちよい感じがするのは、大脳(新皮質部)が、思考としてそう感ず
るのではなく、辺縁系の中にある扁桃体が、大脳からの信号を得て、麻薬様の物質を放出す
るためと考えられる。少し乱暴な意見に聞こえるかもしれないが、心の働きというのも、こうし
て、ある程度は、大脳生理学の分野で説明できるようになった。

 で、その辺縁系は、もともとは動物が生きていくための機能をもった原始的な脳と考えられて
いた。私が学生時代には、だれかからは忘れたが、この部分は意味のない脳だと教えられた
こともある。しかしその後の研究で、この辺縁系は、ここにも書いたように、生命維持と種族維
持だけではなく、もろもろの心の活動とも、深いかかわりをもっていることがわかってきた。そう
なると人間は、「心」を、かなりはやい段階、たとえばきわめて原始的な生物のときからもって
いたということになる。ということは、同属である、犬やネコにも「心」があると考えてよい。実
際、こんなことがある。

 私は飼い犬のポインター犬を連れて、よく散歩に行く。あの犬というのは、知的なレベルは別
としても、情動活動(心の働き)は、人間に劣らずともあると言ってよい。喜怒哀楽の情はもち
ろんのこと、嫉妬もするし、それにどうやら自尊心もあるらしい。たとえば散歩をしていても、ど
こかの飼い犬がそれを見つけて、ワンワンとほえたりすると、突然、背筋をピンとのばしたりす
る。人間風に言えば、「かっこづける」ということになる。そして何か、よいことをしたようなとき、
頭をなでてやり、それをほめたりすると、実にうれしそうに、そして誇らしそうな様子を見せる。
恐らく、……というより、ほぼまちがいなく、犬の脳の中でも、人間の脳の中の活動と同じことが
起きていると考えてよい。つまり大脳(新皮質部)から送られた信号が、辺縁系の扁桃体に送
られ、そこで麻薬様の物質が放出されている!

●心の反応を決めるもの

 こう考えていくと、善悪の判断にも、扁桃体が深くかかわっているのではないかということにな
る。それを裏づける、こんなおもしろい実験がある。

 アメリカのある科学者(ラリー・カーヒル)は、扁桃体を何らかの事情で失ってしまった男性
に、つぎのようなナレーションつきのスライドを見せた。そのスライドというのは、ある少年が母
親といっしょに歩いているとき、その少年が交通事故にあい、重症を負って、もがき苦しむとい
う内容のものであった。

 そしてラリー・カーヒルは、そのスライドを見せたあと、ちょうど一週間後に再び、その人に病
院へ来てもらい、どんなことを覚えているかを質問してみた。

 ふつう健康な人は、それがショッキングであればあるほど、その内容をよく覚えているもの。
が、その扁桃体を失ってしまった男性は、スライドを見た直後は、そのショッキングな内容をふ
つうの人のように覚えていたが、一週間後には、そのショッキングな部分について、ふつうの人
のように、とくに覚えているということはなかったというのだ。

 これらの実験から、山元大輔氏は『脳と記憶の謎』(講談社現代新書)の中でつぎのように書
いている。

(1)(扁桃体のない男性でも)できごとの記憶、陳述記憶はちゃんと保たれている。
(2)扁桃体がなくても、情動反応はまだ起こる。これはたぶん、大脳皮質がある程度、その働
きを、「代行」するためではないか。
(3)しかし情動記憶の保持は、致命的なほど、失われてしまう。

 わかりやすく言えば、ショッキングな場面を見て、ショックを受けるという、私たちが「心の反
応」と呼んでいる部分は、扁桃体がつかさどっているということになる。

●心の反応を阻害(そがい)するもの

 こうした事実を、子育ての場で考えると、つぎのように応用できる。つまり子どもの「心」という
のも、大脳生理学の分野で説明できるし、それが説明できるということは、「心」は、教育によっ
て、はぐくむことができるということになる。

 そこで少し話がそれるが、こうした脳の機能を阻害するものに、「ストレス」がある。たとえば
ニューロンの死を引き起こす最大の原因は、アルツハイマー型などの病気は別として、ストレ
スだと言われている。何かの精神的圧迫感が加わると、副腎皮質から、グルココルチコイドと
いう物質が分泌される。そしてその物質が、ストレッサーから身を守るため、さまざまな反応を
体の中で引き起こすことが知られている。

 このストレスが、一時的なものなら問題はないが、それが、長期間にわたって持続的につづく
と、グルココルチコイドの濃度があがりっぱなしになって、ニューロンに致命的なダメージを与
える。そしてその影響をもっとも強く受けるのが、辺縁系の中の海馬だという(山元大輔氏)。

 もちろんこれだけで、ストレスが、子どもの心をむしばむ結論づけることはできない。あくまで
も「それた話」ということになる。しかし子育ての現場では、経験的に、長期間何らかのストレス
にさらされた子どもが、心の冷たい子どもになることはよく知られている。イギリスにも、『抑圧
は悪魔を生む』という格言がある。この先は、もう一度、いつか機会があれば煮つめてみる
が、そういう意味でも、子どもは、心豊かな、かつ穏やかな環境で育てるのがよい。そしてそれ
が、子どもの心を育てる、「王道」ということになる。

 ついでに、昨年書いたエッセーを、ここに転載しておく。ここまでに書いたことと、少し内容が
重複するが、許してほしい。

●子どもの心が破壊されるとき

 A小学校のA先生(小一担当女性)が、こんな話をしてくれた。「一年生のT君が、トカゲをつ
かまえてきた。そしてビンの中で飼っていた。そこへH君が、生きているバッタをつかまえてき
て、トカゲにエサとして与えた。私はそれを見て、ぞっとした」と。

 A先生が、なぜぞっとしたか、あなたはわかるだろうか。それを説明する前に、私にもこんな
経験がある。もう二〇年ほど前のことだが、一人の子ども(年長男児)の上着のポケットを見る
と、きれいに玉が並んでいた。私はてっきりビーズ玉か何かと思った。が、その直後、背筋が
凍りつくのを覚えた。よく見ると、それは虫の頭だった。その子どもは虫をつかまえると、まず
虫にポケットのフチを口でかませる。かんだところで、体をひねって頭をちぎる。ビーズ玉だと
思ったのは、その虫の頭だった。また別の日。小さなトカゲを草の中に見つけた子ども(年長
男児)がいた。まだ子どもの小さなトカゲだった。「あっ、トカゲ!」と叫んだところまではよかっ
たが、その直後、その子どもはトカゲを足で踏んで、そのままつぶしてしまった!

 原因はいろいろある。貧困(それにともなう家庭騒動)、家庭崩壊(それにともなう愛情不
足)、過干渉(子どもの意思を無視して、何でも親が決めてしまう)、過関心(子どもの側からみ
て息が抜けない家庭環境)など。威圧的(ガミガミと頭ごなしに言う)な家庭環境や、権威主義
的(「私は親だから」「あなたは子どもだから」式の問答無用の押しつけ)な子育てが、原因とな
ることもある。要するに、子どもの側から見て、「安らぎを得られない家庭環境」が、その背景に
あるとみる。さらに不平や不満、それに心配や不安が日常的に続くと、それが子どもの心を破
壊することもある。

イギリスの格言にも、『抑圧は悪魔を生む』というのがある。抑圧的な環境が長く続くと、ものの
考え方が悪魔的になることを言ったものだが、このタイプの子どもは、心のバランス感覚をなく
すのが知られている。「バランス感覚」というのは、してよいことと悪いことを、静かに判断する
能力のことをいう。これがないと、ものの考え方が先鋭化したり、かたよったりするようになる。
昔、こう言った高校生がいた。「地球には人間が多すぎる。核兵器か何かで、人口を半分に減
らせばいい。そうすれば、ずっと住みやすくなる」と。そういうようなものの考え方をするが、言
いかえると、愛情豊かな家庭環境で、心静かに育った子どもは、ほっとするような温もりのある
子どもになる。心もやさしくなる。

 さて冒頭のA先生は、トカゲに驚いたのではない。トカゲを飼っていることに驚いたのでもな
い。A先生は、生きているバッタをエサとして与えたことに驚いた。A先生はこう言った。「そうい
う残酷なことが平気でできるということが、信じられませんでした」と。

 このタイプの子どもは、総じて他人に無関心(自分のことにしか興味をもたない)で、無感動
(他人の苦しみや悲しみに鈍感)、感情の動き(喜怒哀楽の情)も平坦になる。よく誤解される
が、このタイプの子どもが非行に走りやすいのは、そもそもそういう「芽」があるからではない。
非行に対する抵抗力がないからである。悪友に誘われたりすると、そのままスーッと仲間に入
ってしまう。ぞっとするようなことをしながら、それにブレーキをかけることができない。だから結
果的に、「悪」に染まってしまう。

 そこで一度、あなたの子どもが、どんなものに興味をもち、関心を示すか、観察してみてほし
い。子どもらしい動物や乗り物、食べ物や飾りであればよし。しかしそれが、残酷なゲームや、
銃や戦争、さらに日常的に乱暴な言葉や行動が目立つというのであれば、家庭教育のあり方
をかなり反省したらよい。子どものばあい、「好きな絵をかいてごらん」と言って紙とクレヨンを
渡すと、心の中が読める。子どもらしい楽しい絵がかければ、それでよし。しかし心が壊れてい
る子どもは、おとなが見ても、ぞっとするような絵をかく。

 ただし、小学校に入学してからだと、子どもの心を修復するのはたいへん難しい。修復すると
しても、四、五歳くらいまで。穏やかで、静かな生活を大切にする。
(02−11−23)

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ここまでの原稿に関連して、この八月にマガジンで配送した原稿を、送ります。前に読んでくだ
さった方は、とばしてください。

子育て随筆byはやし浩司

性善説と性悪説

 胎児は母親の胎内で、過去数十万年の進化の過程を、そのまま繰り返す。ある時期は、魚
そっくりのときもあるそうだ。

 同じように、生まれてから、知能の発達とは別に、人間は、「心の進化」を、そのまま繰り返
す。……というのは、私の説だが、乳幼児を観察していると、そういうことを思わせる場面に、
よく出会う。たとえば生後まもなくの新生児には、喜怒哀楽の情はない。しかし成長するにつれ
て、さまざまな感情をもつようになる。よく知られた現象に、「天使の微笑み」というのがある。
眠っている赤子が、何を思うのか、ニコニコと笑うことがある。こうした「心」の発達を段階的に
繰り返しながら、子どもは成長する。

 最近の研究では、こうした心の情動をコントロールしているのが、大脳の辺縁系の中の、扁
桃体(へんとうたい)であるということがわかってきた。確かに知的活動(大脳連合野の新新皮
質部)と、情動活動は、違う。たとえば一人の幼児を、皆の前でほめたとする。するとその幼児
は、こぼれんばかりの笑顔を、顔中に浮かべる。その表情を観察してみると、それは知的な判
断がそうさせているというよりは、もっと根源的な、つまり本能的な部分によってそうしているこ
とがわかる。が、それだけではない。

 幼児、なかんずく四〜六歳児を観察してみると、人間は、生まれながらにして善人であること
がわかる。中に、いろいろ問題のある子どもはいるが、しかしそういう子どもでも、生まれなが
らにそうであったというよりは、その後の、育て方に問題があってそうなったと考えるのが正し
い。子どもというのは、あるべき環境の中で、あるがままに育てれば、絶対に悪い子どもには
ならない。(こう断言するのは、勇気がいることだが、あえてそう断言する。)

 こうした幼児の特質を、先の「心の進化」論にあてはめてみると、さらにその特質がよくわか
る。

 仮に人間が、生まれながらにして悪人なら……と仮定してみよう。たとえば仲間を殺しても、
それを快感に覚えるとか。人に意地悪をしたり、人をいじめても、それを快感に覚えるとか。新
生児についていうなら、生まれながらにして、親に向かって、「ババア、早くミルクをよこしやが
れ。よこさないとぶっ殺すぞ」と言ったとする。もしそうなら、人間はとっくの昔に、絶滅していた
はずである。つまり今、私たちがここに存在するということは、とりもなおさず、私たちが善人で
あるという証拠ということになる。私はこのことを、アリの動きを観察していて発見した。

 ある夏の暑い日のことだった。私は軒先にできた蜂の巣を落とした。私もワイフも、この一、
二年で一度ハチに刺されている。今度ハチに刺されたら、アレルギー反応が起きて、場合によ
っては、命取りになるかもしれない。それで落とした。殺虫剤をかけて、その巣の中の幼虫を地
面に放り出した。そのときのこと。時間にすれば一〇分もたたないうちに、無数の小さなアリが
集まってきて、その幼虫を自分たちの巣に運び始めた。

 最初はアリたちはまわりを取り囲んでいただけだが、やがてどこでどういう号令がかかってい
るのか、アリたちは、一方向に動き出した。するとあの自分の体の数百倍以上はあるハチの
幼虫が、動き出したのである!

 私はその光景を見ながら、最初は、アリたちにはそういう行動本能があり、それに従っている
だけだと思った。しかしそのうち、自分という人間にあてはめてみたとき、どうもそれだけではな
いように感じた。

たとえば私たちは夫婦でセックスをする。そのとき本能のままだったら、それは単なる排泄行
為に過ぎない。しかし私たちはセックスをしながら、相手を楽しませようと考える。そして相手が
楽しんだことを確認しながら、自分も満足する。同じように、私はアリたちにも、同じような作用
が働いているのではないかと思った。つまりアリたちは、ただ単に行動本能に従っているだけ
ではなく、「皆と力を合わせて行動する喜び」を感じているのではないか、と。またその喜びがあ
るからこそ、そういった重労働をすることができる、と。

 この段階で、もし、アリたちがたがいに敵対し、憎みあっていたら、アリはとっくの昔に絶滅し
ていたはずである。言いかえると、アリはアリで、たがいに助けあう楽しみや喜びを感じている
に違いない。またそういう感情(?)があるから、そうした単純な、しかも過酷な肉体労働をする
ことができるのだ、と。

 もう結論は出たようなものだ。人間の性質について、もともと善なのか(性善説)、それとも悪
なのか(性悪説)という議論がよくなされる。しかし人間は、もともと「善なる存在」なのである。
私たちが今、ここに存在するということが、何よりも、その動かぬ証拠である。繰り返すが、もし
私たち人間が生まれながらにして悪なら、私たちはとっくの昔に、恐らくアメーバのような生物
にもなれない前に、絶滅していたはずである。

 私たち人間は、そういう意味でも、もっと自分を信じてよい。自分の中の自分を信じてよい。
自分と戦う必要はない。自分の中の自分に静かに耳を傾けて、その声を聞き、それに従って
行動すればよい。もともと人間は、つまりあらゆる人々は、善人なのである。
(02−8−3)

参考文献……『脳と記憶の謎』山元大輔(講談社現代新書)
      『脳のしくみ』新井康允(日本実業出版社)ほか

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子育て随筆byはやし浩司(331)

三男の挫折(ざせつ)

 ある日、突然、三男から電話がかかってきた。受話器を取ると、いきなり泣き声で、こう言っ
た。「パパ、ごめん」と。

 どうやら単位を取り損(そこ)ねて、落第したらしい。「留年するのか?」と聞くと、力のない声
で、「うん」と。しかし私は、それを喜んだ。……と言うより、うれしかった。

 三男は、何かにつけて、順調に育ちすぎた。すべてが、順調だった。赤ん坊のときから、ほと
んど手がかからなかった。幼稚園に入ってからあと、それから高校三年生になるまで、子育て
で困ったという覚えがない。いつの間にか、勝手に成長したという感じ。不謹慎な言い方になる
かもしれないが、ときどき「子育てがこんなに楽でいいものか」とさえ、思ったことがある。この
印象は、ワイフも同じで、そのことを話すと、ワイフも、「私もそうだった」と。

 その三男が落第? 理由はすぐわかった。あれほど「待て!」と制したのに、車を自分で買っ
てしまった。私には内緒だった。そしてそのローンを払うために、バイトまたバイト。三年生にな
ってからも、バイトつづきで、勉強どころではなかったらしい。その上、大学祭の実行委員まで
したという。「車のローンは残っているのか?」と聞くと、これまた泣き声で、「もう、車は、コリゴ
リ……」と。

 三男が大学へ入ってからというもの、私は三男が、急速に、俗化していくのを感じた。何とい
うか、日本の社会全体がもつ、大きな流れの中に吸い込まれていくような感じだった。それが
悪いというのではないが、大学を卒業したあとは、どこかの大手の建設会社で、サラリーマン
になる……というふうに、考え始めているのがわかった。しかし私は、こういう生き方に、大きな
疑問を感じていた。

 私は学生のとき、何も迷わず、自らを与えられたコースの中に押しこめた。大学生といって
も、受験生の延長のようなもので、そういう意味では、本当によく勉強した。大学三年生のころ
は、毎日、下宿で、七、八時間は勉強した。それに英語も好きだったから、時間があると、ただ
ひたすら図書館やアメリカ文化センターで、英語の勉強をつづけた。

 そのおかげというか、その結果というか、就職先も、三井物産と伊藤忠商事の二社に内定し
た。おまけに、留学生としての奨学金も手にすることができた。卒業するときは、地元の北国新
聞に、地方欄の約三分の一を使って、紹介までしてもらった。当時を振り返って、私ほど、ラッ
キーな学生はいなかったと思う。しかし、今、それが、本当に私にとってよかったのかどうかと
いうことになると、わからない。どこかおかしかった。どこかもの足りなかった……。

 私が学生のとき、ひとり、こんな仲間がいた。知人程度の仲間だが、彼は、二年生から三年
生に進級するとき、休学届けを出して、一年間、北海道へ行ってしまった。当時の私には信じ
られない行動で、私はその男の頭を疑った。みなも、「あいつは、狂った」とうわさした。

 しかしこの年齢になり、あのころを振り返ってみると、彼のほうが、正しかったのではないか
と、思うようになった。私はほかのほとんどの仲間と同じように、何かに追い立てられるようにし
て勉強ばかりしていた。意識したわけではないが、コースからはずれることを、何よりも恐れ
た。いや、コースからはずれた人生など、考えられなかった。

 が、この私の考えは、まちがっていた。オーストラリアのメルボルン大学にン留学して、それ
がわかった。「洗脳」という言葉があるが、私はまさに、日本の社会の中で、しかも子どものとき
から、洗脳されつづけてきた。しかし洗脳された人は、自分が洗脳されているとは、絶対に気
づかない。洗脳というのは、そういうもので、脳の中枢部分がいかれるから、それに気づくこと
はない。

 その洗脳を、私は三男の中に、ずっと感じていた。順調であっただけに、いつの間にか、三
男は通俗的なものの考え方ばかりするようになった。その少し前も、こう言った。「ぼくは、卒業
したら、今の学歴をうまく生かして、仕事をする」と。三男は笑いながら、そう言ったが、それを
聞いた私は、心底、ゾーッとした。

 私は三男にこう言った。「落第、よかったね。一年間、休暇のつもりで、いろいろ自分で考え
てみるといいよ。好きなことをすればいい」と。その言葉が、三男にはよほど意外だったらしく、
「じゃあ、怒ってないのか?」と。私はすかさず、こう言った。「お前は、今まで、よくがんばった。
ここらで一休みするのもいいと思う。一休みして、自分さがしをしてみたらどうだろう。健康だ
し、お前には、自由がある。あせって、人生の階段を登ることはないよ。こんな言い方はヘンに
聞こえるかもしれないが、一年間の有給休暇をプレゼントするよ」と。

 その日の夜遅く、三男は車で帰ってきた。私に電話するまで、よほど眠られぬ夜を過ごしたら
しい。帰ると、すぐさま自分の部屋に入り、そのまま翌日の昼過ぎまで寝ていた。私とワイフ
は、「バカなヤツ」「バカな子ね」と言いあって、笑った。

 そうそう私の知人の中に、こんな男性がいる。友人の弟だが、四二歳のときにリストラされ
た。そこで彼はそのとき手にした退職金で単身、マレーシアのクアラルンプールに行き、しばら
く仕事をしたあと、中古のヨットを買ったという。私がその話を友人から聞いたときには、「クア
ラルンプールで知りあった、フランス人女性と、インド洋を航海しているころだ」ということだっ
た。

 私はめったに、人をねたまない人間だが、この話を聞いたときには、「上には上がいるものだ
なあ」と感心すると同時に、その「ねたみ」を感じた。「人生は、そうでなくちゃあ」とも思った。

 まじめであることは、それ自体は美徳だが、しかしまじめであるだけが人生ではない。そうい
えば、最近、私の教え方も少し変わってきたように思う。生徒が、「先生、まちがえたア!」と言
ったりすると、私はこう言う。「あのね、勉強なんてものは、適当にすればいいんだよ。適当でい
いんだよ。だいたいできれば、それでいいの」と。
(02−11−24)

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子育て随筆byはやし浩司(332)

人間の重み

 ときとして、幼児でも、わかったようなことを口にすることがある。先日も、一人の子ども(年長
児)が、「人生、楽もあれば、苦もあるさ」と。私がふと、「人生には、いろいろあるからね」と言っ
たときのことだ。

 もちろんその子どもは、本当に、その意味がわかって言ったわけではない。この言葉は、あ
るテレビドラマの主題歌の歌詞だし、それにそれをその子どもに教えたのは、そのドラマを見
ている家族なのだろう。つまり受け売り。

 一方、先日、何かの会議(愛知万博懇談会)で、養老孟司(ようろうたけし)という、医学者と
同席させてもらったことがある。日本を代表する医学者である。その養老氏が、ふと、こう言っ
た。「人体の中は宇宙です」と。そのときはあまり意味がわからなかったが、その言葉の重みと
いうか、それがズシンと、こちらの胸に響いた。

 この違いは、どこからくるのか。音声として耳に届く言葉は同じなのだが、あるいは同じように
意味のある言葉(?)なのだが、受け取る私の方の印象が、まるで違う。

 そこで登場するのが、「人間の重み」である。昔は、「貫禄(かんろく)」と言った。「身に備わっ
ていえる威厳。堂々とした風格」(日本語大辞典)という意味だが、どうもそれとも違うように思
う。日本を代表する哲学者のY氏にしても、直接会って話をしてみると、どこかひょうひょうとし
ていて、気さくなおじさんといった感じの人物だ。養老氏にしても、もし通勤電車の中で会った
ら、そこらのおじさんと、まったく区別つかないだろう。服装も質素だったし、会ったときは、髪の
毛もボサボサだった。貫禄があるかないかということになれば、まったくない。

 が、違う。明らかに違う。しかしそれは、人間の違いというよりは、ひょっとしたら私の先入観
の違いによるものなのか。相手が幼児だと、「意味のあることを言うはずがない」という思いで
聞いてしまう。しかし養老氏ともなると、「何か意味があるはずだ」という思いで聞いてしまう。私
も結構、権威主義的なものの考え方をするところがある。無意識のうちにも、相手を、「上下関
係」で区別してしまう。が、それだけでは、説明できない。

 言葉というのは、いわば、火山の噴火のようなものではないか。小さな噴火でも、その下に、
巨大なマグマがたまっているときもあるし、反対に、大きな噴火でも、その下のマグマが意外と
小さいときもある。私が「違い」として感ずるのは、表面的な噴火ではなく、そのマグマなのだ。
子どもが、「人生、楽もあれば、苦もあるさ」と言ったところで、そのマグマをまったく感じない。
しかし養老氏が、「人体の中は宇宙です」と言うと、その下に巨大なマグマを感ずる。それが
「人間の重み」ということになるのかもしれない。

 こう考えていくと、もう結論が出たようなものだ。自分という人間を重くするためには、そのマ
グマを大きくすればよいということになる。しかしここで誤解してはいけないのは、重くするの
は、あくまでも自分のためである。人にどのような印象を与えるかは、あくまでも結果であって、
目的ではない。が、こういうことは言える。マグマが大きくなればなるほど、ささいなことで動じな
くなる。迷わなくなる。そしてそれが生きる原動力になる。つまりその分、自分の人生をより有
意義に生きることができる。

 で、問題は、いかにすれば、そのマグマを大きくすることができるか、だ。それについては、こ
れからの課題としたい。
(02−11−24)

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子育て随筆byはやし浩司(333)

子育てポイント

●夢を、子どもに託さない

子どもに夢をもつのは、悪いことではない。この夢があるから、子育ても、また楽しい。しかしそ
の夢が、過剰にふくらんだとき、その夢は子どもを苦しめる。何が苦しめるかといって、親の過
剰期待ほど、子どもを苦しめるものはない。

少し前だが、ある雑誌社から、原稿依頼をもらった。「小学校入学をひかえて、あいさつのでき
る子どもにするにはどうしたらいいか」「学校で友だちと仲よくできるためには、どうしたらいい
か」、それについて書いてくれ、と。

 しかしこんな原稿など、書けない。自分ができないのに、どうして子どもに、それをしろと書くこ
とができるのか。あいさつなど、したければすればよいし、したくなければしなくてもよい。アメリ
カのある地方では、ニコッと笑うのがあいさつになっているし、オーストラリアでは、顔をややか
しげながらあいさつをする人も多い。

 さらにこんなことを言ってくる親もいる。「子どもには、立派な人間になってほしい」と。

 「立派」というのは、社会的名誉や地位のある人をいうのだろう。そこで私はその親に、こう言
った。「子どもに立派になってほしかったら、お母さん、あなたがまずその立派な人になってみ
せることです」と。

 さらにこんなことを言う親もいる。「夫は、学歴がないため苦労をしています。息子にはそうな
ってほしくないので、何とか学歴をつけさせてあげたいです」と。さらに「私は英語を話せないか
ら、子どもには英語を話せるようになってほしい」と。

 親は、それぞれの思いの中で、子育てをする。しかし『子どもに夢は託さない』が、子育ての
鉄則。もし「夢」があるなら、親は自分で自分の夢を追求する。自分が過去にできなかったこと
を嘆くのではなく、今、できる夢、あるいはこれからできる夢を追求する。そういう前向きな姿勢
が子どもに伝わったとき、子どもは、子どもで自分の夢を追求するようになる。それだけではな
い。

 親が子どもの人生の中で生きようとすればするほど、親は自分の姿を見失う。そして自分の
時間を、ムダにしてしまう。どこまでいっても、子どもの人生は子どものものであるように、親の
人生もまた、親の人生でなければならない。


●「今」を生きる、二つの意味

 「今」を生きるということには、二つの意味がある。一つは、未来のために、「今」を犠牲にして
はいけないということ。もうひとつは、過去を振りかえり、悔やんだり、後悔してはいけないとい
うこと。

 日本人は、無意識のうちにも、未来のために現在を犠牲にしながら生きている。子どものと
きから、幼稚園は小学校へ入るため、小学校は中学校や高校へ入るため。そして高校は大学
へ入るためと教えられている。だから社会へ入ってからも、この考えから抜け出ることができな
い。たまの休みでも、その休みを楽しむ前に、休みが終わってからの仕事のことを心配する…
…。

 同じように、過去に振りまわされてはいけない。よく「私は、若いとき、もっと勉強しておけばよ
かった」とこぼす人がいる。しかしもし、そう思うなら、今、すればよい。勉強するのに、時期な
ど、ない。早いも、遅いもない。さらに深刻な例としては、「今の夫と結婚しなければよかった」と
言う人もいる。しかし本当にそう悩むのなら、離婚すればよい。が、離婚できないというのであ
れば、現状を受け入れ、その中で生きていけばよい。いつまでも過去をズルズルと引きずって
生きてはいけない。

 どちらにせよ、日本人は、「今」を生きるのが、苦手な民族である。どうしてそうなったかという
ことについては、いろいろな説が考えられるが、そのひとつが、大乗仏教の影響ではないかと
思う。大乗仏教では、いつも「結果」を重んじる。「死に際の様子で、その人の人生がわかる」と
説く宗教団体さえある。

 しかし考えてみてほしい。今、あるのは、「今」だけ。過去など、どこにもない。未来など、どこ
にもない。あなたがどんな過去をもっているにせよ、過去は過去。そんなものに振りまわされて
はいけない。またたとえ結果が悪くても、それが、最後の結果だと思う必要はない。大切なこと
は、それを乗り越えて生きていくこと。あるいはそのときどきを、懸命に生きていくこと。

 ある母親は、息子(中三)が、高校受験に失敗したあと、私にこう言った。「ムダでした」と。
「小さいときから、算数教室や音楽教室へ通わせたりしましたが、すべてムダでした」と。

 そこで私はその母親にこう言った。「あなたは子育てをしながら、人生を楽しんだはずです。
子どもが生きがいを与えてくれたこともあるでしょう。だからムダだったなんて、言わないでくだ
さい」と。

 どちらにせよ、つまり、「(過去に)ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔しながら
生きるのも、未来のために現在を犠牲にして生きるのも、愚かなことである。大切なのは、
「今」という時間の中で、精一杯、自分を輝かせて生きること。あなたもそうだし、子どももそうだ
し、子育ても、またそうである。


●今を生きられない人たち

 「今」を生きるということは、簡単なことではない。とくに、そういう生き方を知らない人にとって
は、簡単なことではない。

 こんなことがあった。私の知人が、今度リストラで、それまで勤めていた会社をクビになった。
が、その知人は、その翌週から、仕事さがしを始めた。そこで、私はその知人に、こう言った。

 「失業手当が出るなら、どうしてそれで、目いっぱい、遊ばないのか。ぼくなら、半年ぐらいか
けて、外国を回ってみる」と。

 それに対して彼は、「林君、君はそう言うけど、不安で不安で、家の中で遊んでいるわけには
いかないのだよ」と。

 私も学生時代、テスト週間になると、テストが終わったあと、どうやってその休みを過ごそう
か、そればかりを考えていた。が、いざテストが終わってみると、結局は何もしなかった。できな
かった。

 同じように、社会へ出てからも、仕事に追われているときは、休暇になったときのことばかり
考えていた。しかし休暇になると、今度は、仕事のことばかり考えていた。しかし考えてみれ
ば、これほど、中途半端な生き方はない。最近でも、こんなことがあった。

 昔、いっしょに仕事をしたことのある仲間の知人が、こう言った。「私は、定年退職をしたら、
日本中を、車で、一周してみたい」と。

 しかしその知人は、退職しても、日本中を、車で、一周するなんてことはしないだろうと思う。
退職したらしたで、今度は、再就職の心配ばかりをするにちがいない。生きザマというのはそう
いうもので、ある時点から、急に一八〇度、転換できるものではない。

 そこで私はその知人にこう言った。「車で一周したいなら、今からすればいい。手始めに、紀
伊半島を一周するとか……。定年まで待つのはいいけど、そのとき、今のような健康があると
はかぎらない。あるいは何か不幸があるかもしれない。今、できることは、今、しておけばいい」
と。

 そこであなたの子どものことを、振りかえってみてほしい。あなたの子どもは、月曜日から金
曜日まで、学校に行く。なぜ学校へ行くかといえば、土曜日や日曜日に、自分のしたいことをす
るためである。しかしその土曜日や日曜日に、あなたの子どもが家の中でゴロゴロしていると、
きっと、あなたはこう言うに違いない。「明日の宿題はすんだの?」「今度のテストはだいじょう
ぶなの?」「勉強しなさい!」と。

 こういう生きザマが、子どものころから日本人の基本になっているから、日本人は、それ以外
の生き方を知らない。そしてそれが死ぬまで、つづく。「やっと楽になったと思ったら、人生も終
わっていた」と。しかしこれほど、愚かな生き方はない。


●『よい魚は、下を泳ぐ』

 『よい魚は、下を泳ぐ』というのは、イギリスの格言。子どももそうで、すぐれた才能や能力の
ある子どもは、どちらかというと、目立たず、静かに成長する。印象に残っている子ども(年中
児)に、D君という子どもがいた。

 最初、D君が教室へ入ってきたとき、そのあまりの「静かさ」に、私は何か問題のある子ども
と誤解してしまった。しかしそれは誤解だった。D君にとっては、まわりがあまりにも幼稚なた
め、やがて、その雰囲気になじめだけということがわかってきた。

 そこで私はD君を年長児のクラスに入れてみた。しかしそこでも、D君にはもの足りなかった
らしい。で、さらに小一のクラスにいれてみた。すると今度は、水を得た魚のように、生き生きと
勉強し始めた。

 そののち、このD君は、小学三、四年生のころには、中学の数学の勉強まで自分で終えてし
まった。教えるといっても、特別なことをしたわけではない。「自分で教科書を読んで、わからな
いところだけもってきなさい」という指導で、じゅうぶんだった。

 実際、こういう子どもがいるのは、事実。「遺伝子そのものが違う」とさえ思ってしまう。私の経
験では、レベルの違いもあるが、その年齢の子どもとの学習が無理と思われる子どもは、一〇
〇〜一五〇人に一人はいる。さらにD君のような子どもも、三〇〇〜四〇〇人に一人はいる。
同学年の子どもを、一〇〇万人とするなら、このタイプの子どもは、全国に一万人はいること
になる。勉強ができなくて苦しんでいる子どももいるが、このタイプの子どもは、勉強がつまらな
くて、苦しんでいる。しかもその苦痛は、想像以上のものである。さらに悲劇的なことは、教師
によっては、そういう子どもの能力が理解できず、「生意気だ」とか、「親が無理に勉強ばかりさ
せている」と、誤解するケースも多い。日本の教育には欠陥がたくさんあるが、これもそのうち
の一つと考えてよい。

 さてその「よい魚」だが、このタイプの子どもには、共通した特徴がある。@目つきが静かに
落ちついている。A目つきが鋭い、B人並みはずれた集中力がある、C思考がきわめて柔軟
で、幼児の段階でも、おとなのユーモアが理解できる、など。


●幼児教育は、種まき

 幼児にものを教えるときは、すべからく、『種まき』と思うこと。教えても、その効果をすぐに求
めてはいけない。またここが大切だが、中には芽を出さない種もある。そういう種があっても、
無理をしてはいけない。そういう種もあるという前提で、子育てをするとよい。

 たとえば文字や数にしても、この時期、大切なのは、(できる・できない)ではなく、子どもがそ
れを(楽しんだか・楽しまなかったか)である。楽しめば、それでよしと考える。あとは子ども自
身の「力」を信ずる。そういう前向きな姿勢が育っていると、やがて子どものほうから、「ママ、
字を教えて!」と言ってくるようになる。

 まずいのは、ギスギス教育。中には、たった一時間、カタカナを教えただけで、子どもに、「ど
うしてできないの!」と叱る親がいる。短気といえば短気だが、どこかギスギスしていて、余裕
がない。

 もっともこういうことは、何千人も子どもに接したことがある私にはわかるが、母親にはわから
ない。またそれを理解せよといっても、無理かもしれない。よく『となりの家の芝生はよく見える』
(イギリスの格言)というが、何かにつけて、となりの子どもというのは、よく見えるもの。自分の
子どもに何か問題があったりすると、たいていの親は、「どうしてうちの子だけが……」と悩む。

 しかしこれはまったくの誤解。どんな子どもにも、何らかの問題がある。問題のない子どもな
ど、絶対に、いない。そのため、その家族は、その問題と必死になって戦っている。それがあま
りあなたに伝わってこないというのは、問題が小さいからではなく、その家族が、一方で、必死
になって隠しているからにほかならない。

 話が脱線したが、要するに、子どもに何かを教えるときは、「適当」であるのがよい。一〇教
えても、頭の中に入るのは、そのうちの五くらい。あるいはそれ以下でもよい。そしてやがて身
につくのは、一か二。あるいはそれ以下でもよい。そういうおおらかさが、子どもを伸ばす。子
どもの表情を、明るくする。

*********************************
私の教室の来年度の生徒の募集を、1月からします。
とくに来ていただきたいのは、幼稚園、保育園の、年長児、年中児の
みなさんです。1月以後、見学は自由にしていただけるようにします
ので、おいでください。子どもの「笑い声」を、大切にした教室です。
詳しくは、
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page044.html
まで、どうぞ!
*********************************
(02−11−24)

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●頭のよい子ども(中日新聞投稿済み)

 人間の能力は平等ではない。平等でないことは、しばらく子どもたちに接してみるとわかる。
たとえば頭。頭のよい子どもは、本当に頭がよい。そうでない子どもは、そうでない。遺伝子そ
のものが違うのではないかとさえ思うときがある。数年前に、東京のS中学に入ったD君(小
六)も、そしてそのあと同じようにS中学へ入ったN君(小六)も、そうだった。小学四年を過ぎる
ころには、中学レベルの勉強をしていた。小五のときは、英語も勉強していたが、進学塾では
中学二年生と一緒に勉強していた。しかもその進学塾でも、トップクラス。このタイプの子ども
は、教科書と参考書だけを与えておけば、自分で学習してしまう。「わからないところがあった
ら、聞きにきなさい」という指導だけで、じゅうぶんである。二〇年ほど前に教えたことのあるM
さん(年長児)も、そして一五年ほど前に教えたことがあるH君(年長児)も、そうだった。

幼稚園児や保育園児で、箱の立体図(見取り図)をほぼ正確に模写できる子どもは、まずいな
い。四〇人、あるいは五〇人に一人、それらしい箱を描く子どもはいるが、あくまでも「それらし
い箱」である。しかしMさんもH君も、その箱を描いた! もしあなたの子ども(園児)が、箱の
立体図を正確に描くことができたら、数百人、あるいはそれ以上の中の一人と、喜んでよい。

 こういう恵まれた子どもの特徴は、目がいつも輝いていて、それでいて目つきが静かに落ち
着いているということ。ジロリと見つめられると、威圧感すら覚える。このタイプの子どもは、子
どもだからといって安易に扱ってはいけない。実際には、扱えない。接していると、子どもであ
ることをつい忘れてしまう。O君(小三)という少年もそうだった。彼は中学一年生の教科書すら
自分で理解してしまった。あるとき私がふと、「二つの辺の長さとその間の角度がわかれば、そ
の三角形の面積は計算できるよ」と独り言を言ったら、やさしい声でこう言った。「先生、ぼくに
そのやり方、教えて……」と。

 こういう頭のよい子どもに出会うと、その子ども自身が、人類の財産のように思ってしまう。実
際私のところを巣立っていくときは、私はこう言うようにしている。「君の頭は、君のものであっ
て、君のものではない。みんなのために使ったらいい」と。が、残念ながらこの日本では、こうい
う子どもを伸ばす機関がない。理解もない。このタイプの子どもにとっては、ふつうの学校へ行
くことは、まったく勉強ができない子どもが学校へ行くのと同じくらい、苦痛なのだ。先にあげた
D君もそうだった。幼稚園児のとき遊戯などをさせると、ブ然としていた。私も最初の数週間
は、何か問題のある子どもだと誤解していた。が、彼にしてみれば、そういうことをすること自
体、耐えられなかったのだ。

 日本でこのタイプの子どもが唯一生きる道があるとすれば、都会の進学校と言われる学校
へ入ることでしかない。しかし結果からみると、結局は日本の受験勉強に巻き込まれ、受験と
いう方法でしか、力を伸ばせない。そしていつか日本の部品として、社会の中に組み込まれて
しまう。これはたとえて言うなら、絹の布で鼻をかんで、そのまま捨てるようなものだ。日本の教
育には、こういう矛盾もある。

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子育て随筆byはやし浩司(334) 

幼児の伸びは、階段的

 幼児は成長するにつれて、さまざまな変化を見せる。それは当然だが、しかしその伸び方を
観察してみると、一次曲線的に、なだらかに伸びるのではないのがわかる。ちょうど階段をの
ぼるように、トントンと伸びる。

 たとえば年中児(満四歳児)をしばらく教えてみる(蓄積期)。しかしすぐには、変化は起きな
い。中にはまったく反応を示さない子どももいる。が、そういう時期(熟成期)が、しばらくつづく
と、ある日を境に、突然、別人のように変化し始める(爆発期)。同じようなことはたとえば、言
葉の発達にも、見られる。生まれてから一歳半くらいまで、子どもはほとんど言葉を話さない。
しかしある日を境にして、急に言葉を話すようになり、一度話すようになると、言葉の数が、そ
のあと、まさに爆発的にふえ始める。

 これをチャート化すると、つぎのようになる。

 (蓄積期)→(熟成期)→(爆発期)

 教える内容にもよるが、たとえば文字にしても、満四・五歳(四歳六か月)までは、教えても教
えても、教えたことがどこかへそのまま消えてしまうかのような錯覚にとらわれることがある。し
かし満四・五歳を境に、急速に文字に関心を示すようになり、そのまま、たいていの子どもは、
とくに教えなくても、ある程度の文字が読み書きできるようになる。
 
 こうした特性を知っていれば問題はないが、知らないと、親はどうしても、無理をする。その無
理が、かえって子どもの伸びる芽をつんでしまうことがある。文字にしても、満四・五歳にひとつ
のターゲットをおき、それまでは、「文字はおもしろい」「文字は楽しい」ということだけを教えて
いく。具体的には、子どもをひざに抱いてあげ、温かい息をふきかけながら本を読んであげる
とよい。こうした積み重ねがあってはじめて、子どもは、文字に対して前向きな姿勢をもつよう
になる。

 私も、幼児を教えるようになったころ、こうした特性を知らず、苦労をした。何とか効果を出そ
うと、あせって無理をしたこともある。しかしやがて、そうではないことを知った。(蓄積期)や(熟
成期)には、無理をせず、教えるべきことは教え、言うべきことは言いながらも、あとはその時
がくるのを待つ。それがわかってからは、教える側の私も気が楽になったし、子どもたちの表
情も、みちがえるほど、明るくなった。

 このことは家庭教育についても言える。子どもに何かを教えようとするときも、教えるべきこと
は教え、言うべきことは言いながらも、あとはその時がくるのを待つ。決して、あせってはいけ
ない。決して無理をしてはいけない。その時がくるのを、辛抱づよく待つ。これは子どもの学習
指導の、大鉄則と考えてよい。
(02−11−24)

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子育て随筆byはやし浩司(335)

幼児は、音で文字を読む

 文字を覚えたての子どもは、目で見ただけでは、その文字の意味はわからない。この時期、
幼児は、一度、文字を「音」にかえ、その音を自分で聞いて、その文字の意味を理解する。わ
かりやすくいえば、この時期の子どもは、黙読ができない。

 もう少し専門的に説明すると、こうなる。

 右利き児のばあい、約九二%が、言語中枢は、左脳にあるとされる。(右利き児でも、七%
が右脳に言語中枢がありとされ、左利き児のばあいは、五四%が右脳に言語中枢があるとさ
れる。)

 まず耳から入った言葉は、左半球の聴覚野に入って、そこで言葉として認識される。そしてそ
の情報はそのまま、隣にある側頭平面にある言語中枢に送られ、そこで言葉として翻訳され
る。

 一方、黙読として見た「文字」は、網膜から視神経を経て、大脳皮質部の視覚野に送られる。
そこで情報は、一次視覚野、二次視覚野、さらに三次視覚野を経て、必要な情報だけが、大
脳連合野に送られる。

 ここから先は、情報によって、どの大脳連合野が担当するかが分かれる。たとえば空間的な
関係は、頭頂葉連合野、ものの形に関する情報は、側頭連合野などが担当する。文字は、い
わゆる「パターン認識」ということになるから、常識的には、側頭連合野の担当ということにな
る。ここでまず文字の形を分析し、認識する。が、それだけでは、まだ文字として、理解される
わけではない。さらにその段階から、その文字の形に対応する「音」を、記憶の中から拾いだ
し、さらにその音をつなげて、言葉として理解する。

 おとなの脳の中では、瞬時にこうした一連の作業がなされるため、音読も、黙読も、同じよう
なレベルで理解されるが、しかし複雑さということになるなら、黙読のほうが、はるかに複雑な
経路をたどることになる。つまり音読と、黙読は、最終的に大脳連合野で理解されるまでに、ま
ったく別の経路をたどるということになる。さらにわかりやすく言うと、音読と黙読は、まったく異
質のものであるということになる。

 こうした一連の脳の働きは、つぎのような現象によっても、裏づけられる。

 たとえば、算数の文章題を、黙読では理解できない子どもがいる。このタイプの子どもは、足
し算の問題なのか、引き算の問題なのかさえわからないため、勝手に数字をあちこちつなげ
て、メチャメチャな式を書いたりする。しかしそういう子どもでも、「声を出して一度、問題を読ん
でみてごらん」などと指示して、一度、声に出して読ませると、「わかった!」と言って、その問題
を説くことができる。

 そんなわけで、子どもが文字を読めるようになったら、今度は、どこかで黙読の練習を少しず
つ始めるとよい。具体的には、「口を閉じて読んでごらん」と指示すればよい。

 なお、小学三、四年生になっても、まだ音読のクセが残っているようなら、一度、その問題
を、別の紙に書き写させてみるとよい。音読しないと、文字が理解できない子どもも、同じよう
に指導する。
(02−11−24)※

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子育て随筆byはやし浩司(336)

子どもの世界

 子どもには、三つの世界がある。家庭を中心とする、家族とのかかわりをもつ世界。これを
第一世界という。つぎに、保育園、幼稚園、さらには学校を中心とする、先生や友人とのかか
わりをもつ世界。これを第二世界という。そして家庭や学校から離れて、同年齢の仲間を中心
とする、友だちとのかかわりをもつ世界。これを第三世界という。

 最近では、これら三つの世界のほか、ゲームやパソコンを中心とする、バーチャル(仮想現
実)の世界も生まれてきた。これを第四世界というが、これについては、ここではふれない。

 子どもがまだ幼いあいだは、第一世界(家庭)が大きく、またそれがすべてである。しかし子
どもが保育園や幼稚園へ通い始めると、やがて第二世界(園や学校)が大きくなり、ついで、外
での第三世界(交友)が大きくなる。と、同時に、相対的に、第一世界が小さくなる。

 子どもというのは、それぞれの世界で、まったく別人を演ずることが多い。どの世界の子ども
が、本当の子どもであるかということを考えても意味はない。また一つの世界だけを見て、その
子どもを判断してはいけない。家庭の中では、だらしなくても、学校という世界では、模範生
(?)ということは、よくある。あるいはさらに学校では模範生(?)でも、友だちの間では、陰湿
ないじめを繰りかえし、嫌われているということもある。

 こうした子どもの特性を理解したければ、あなた自身はどうであったかを思い出せばよい。あ
なただって、親に見せる姿、先生に見せる姿、それに友だちに見せる姿は、それぞれ別の姿
であったはずである。今の今でも、家庭の中で見せる姿、職場で見せる姿、そして友人に見せ
る姿は、それぞれ違っているかもしれない。問題は、こうした違いがあることではなく、そうした
違いを、それぞれの場所で使い分けながら、人は、生活しているということ。

 もっともこうした「違い」は少なければ少ないほど、よい。この私でも、仕事をしているときも、
友だちと会っているときも、家族といっしょにいるように、それが気楽にできたらよいと思う。し
かし現実には、それはできない。できないから、ときには、疲れる。

 ……という話はまたの機会にして、結論だけをここに書く。

(1)一つの世界だけを見て、子どもを判断してはいけない。
(2)子どもが大きくなるにつれて、「家庭」はしつけの場から、心をいやし、心を休める「いこい
の場」になることを忘れてはいけない。
(3)子どもの姿を正しく知るためには、@子どもが、どんな友だちとつきあっているかを知る、
A先生に対しては、「聞きじょうず」になり、子どもの情報を正しく入手する。

 このうち、(3)に関連して、自分の子どもが、外の世界で、何かトラブルを起こすと、たいてい
の親は、「うちの子は悪くありません。友だちにそそのかされただけです」などという。そういうケ
ースももちろんあるが、そういうときは、まず自分の子どもを疑ってみる。とくに「私の子どもの
ことは、私が一番、よく知っている」という親ほど、そうする。自分の子どもを疑うことはつらいこ
とだが、あなたの子どもについて言うなら、あなたが知っている面より、知らない面のほうが、
はるかに多い。

 また先生に対しては、いつも聞きじょうずになること。先生と自分の子どもについて話すとき
は、自分の子どもでも、他人と思って話す。そういう姿勢があれば子どもを、より客観的に見る
ことができる。そして先生も、そのほうが、いろいろ話してくれる。

 これに関連して、以前書いた原稿を、二つここに添付する。

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@友を責めるな、行為を責めよ(中日新聞掲載済み)

 あなたの子どもが、あなたから見て好ましくない友人とつきあい始めたら、あなたはどうする
だろうか。しかもその友人から、どうもよくない遊びを覚え始めたとしたら……。こういうときの
鉄則はただ一つ。『友を責めるな、行為を責めよ』、である。これはイギリスの格言だが、こうい
うことだ。

 こういうケースで、「A君は悪い子だから、つきあってはダメ」と子どもに言うのは、子どもに、
「友を取るか、親を取るか」の二者択一を迫るようなもの。あなたの子どもがあなたを取ればよ
し。しかしそうでなければ、あなたと子どもの間には大きな亀裂が入ることになる。友だちという
のは、その子どもにとっては、子どもの人格そのもの。友を捨てろというのは、子どもの人格を
否定することに等しい。あなたが友だちを責めれば責めるほど、あなたの子どもは窮地に立た
される。そういう状態に子どもを追い込むことは、たいへんまずい。ではどうするか。

 こういうケースでは、行為を責める。またその範囲でおさめる。「タバコは体に悪い」「夜ふか
しすれば、健康によくない」「バイクで夜騒音をたてると、眠れなくて困る人がいる」とか、など。
コツは、決して友だちの名前を出さないようにすること。子ども自身に判断させるようにしむけ
る。そしてあとは時を待つ。

 ……と書くだけだと、イギリスの格言の受け売りで終わってしまう。そこで私はもう一歩、この
格言を前に進める。そしてこんな格言を作った。『行為を責めて、友をほめろ』と。

 子どもというのは自分を信じてくれる人の前では、よい自分を見せようとする。そういう子ども
の性質を利用して、まず相手の友だちをほめる。「あなたの友だちのB君、あの子はユーモア
があっておもしろい子ね」とか。「あなたの友だちのB君って、いい子ね。このプレゼントをもっ
ていってあげてね」とか。そういう言葉はあなたの子どもを介して、必ず相手の子どもに伝わ
る。そしてそれを知った相手の子どもは、あなたの期待にこたえようと、あなたの前ではよい自
分を演ずるようになる。つまりあなたは相手の子どもを、あなたの子どもを通して遠隔操作する
わけだが、これは子育ての中でも高等技術に属する。ただし一言。

 よく「うちの子は悪くない。友だちが悪いだけだ。友だちに誘われただけだ」と言う親がいる。
しかし『類は友を呼ぶ』の諺どおり、こういうケースではまず自分の子どもを疑ってみること。祭
で酒を飲んで補導された中学生がいた。親は「誘われただけだ」と泣いて弁解していたが、調
べてみると、その子どもが主犯格だった。……というようなケースは、よくある。自分の子どもを
疑うのはつらいことだが、「友が悪い」と思ったら、「原因は自分の子ども」と思うこと。だからよ
けいに、友を責めても意味がない。何でもない格言のようだが、さすが教育先進国イギリス、と
思わせるような、名格言である。

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A先生と話すときは、わが子は他人(自著より転載) 

●話しにくい親たち
 親と話していて、「うちではふつうです」「K塾では問題がありません」と言われることぐらい、会
話がしにくいことはない。たとえば、私「このところ元気がありませんが……」、母「家ではふつう
です」、私「どこかで無理をしていませんか」、母「K塾では問題なく、やっています」と。

 先生と話すときは、わが子でも他人と思うこと。そう思うことで、親は聞き上手になり、あなた
の知らない子どもの別の面を知ることができる。たとえば子どもが問題を起こしたりすると、ほ
とんどの親は、「うちの子にかぎって!」とか、「友だちに誘われただけ」とか言う。しかし大半
は、その子ども自身が主犯格(失礼!)とみてよい。子どもを疑えということではない。子どもと
いうのはそういうもので、問題を起こす子どもほど、親の前では自分を隠す。ごまかす。

 溺愛ママと呼ばれる母親ほど、親子の間にカベがない。一体化している。だから子どもに何
か問題が起きたりすると、母親は自分のこととして考えてしまう。先生に何か問題がありますな
どと言われたりすると、自分に問題があると言われたように思う。思うから、「子ども(私)には
問題はありません」となる。しかしこういう盲目性が強ければ強いほど、親は子どもの姿を見失
う。そして結果として、子どもの問題点を見逃してしまうことになる。

●先生は本音でほめる
 先生というのは、学校の先生も塾の先生も限らず、子どもをほめるときには、本音でほめる。
しかし問題を指摘するときは、かなり遠慮がちに指摘する。つまり何か先生のほうから問題を
指摘されたときには、かなり大きな問題と思ってまちがいない。そういう謙虚さが、子どもの問
題を知るてがかりとなる。言いかえると、子育てじょうずな人というのは、一方で聞きじょうず。
自分のみならず、自分の子どもをいつも客観的にみようとする。会話をしていても、「先生の意
見ではどうですか?」「どうしたらいいでしょうか?」「先生はどう思いますか?」という言葉がよく
出てくる。そうでない人はそうでない。中には、「あんたはいらんこと、言わないでくれ」と言った
母親すらいた。しかしそう言われると、教師としてできることは、もう何もない。
(はやし浩司のサイト:http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/)
(02−11−24)

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子育て随筆byはやし浩司(337)

UFOロマン

 テレビ番組で、かいま見た、UFO映像。
 ある宇宙船の窓から、偶然写った映像らしいが、こんなものだった。

 視界には地球全体が写っている。そこへ右のほうから、ゆっくりと白い点が移動してくる。ゴミ
のような感じがしないでもないが、それ自体が白く光っている。が、突然、その白い点が、鋭角
に方向を変えて、今度はやや上昇ぎみに右上方に移動する。とたん、地球のほうから、白い光
線(ビーム)が、発射される! 先の白い点は、速度を変えることもなく、悠然(ゆうぜん)と、右
の方向に飛び去っていく。もし白い点が方向を変えなければ、その白い光線に当たっていたか
もしれない。そういう位置関係にあった。

 この映像は、過去、数回にわたって、あちこちのテレビ番組で紹介されているので、見た方も
多いと思う。もっともこの種のUFO映像は、ニセモノが多いので、まずもって本物かどうか、疑
ってかかる必要はある。しかしいろいろなUFO映像を見てきたが、私は、このUFO映像は本
物だと思う。思うから、ここではその先を書く。

(1)UFOが鋭角に方向転換できるのは、なぜか。
(2)白い光線が発射される直前に、UFOは、方向転換をしている。なぜ方向転換したのか。
(3)白い光線は、どこから発射されたか。明らかに地上から発射された感じがする。
(4)白い光線の正体は何か。レザー光線とはどうも違うようだ。白い光跡を残している。
(5)どうやって、白い光線を発射した人(?)は、UFOの存在を知ったか。そんな宇宙用レーダ
ーが、あるのか。
(6)どうやってUFOは、前もって、白い光線が発射されるのを知ったか。UFOは、明らかに白
い光線を回避している。
(7)なぜUFOは、反撃しなかったか。UFOは、そのまま悠然と飛び去っている。
(8)なぜ、白い光線を発射したのか。敵対関係にある人(?)がそうしたと考えるのが妥当だ
が。
(9)白い光線が、敵対意識をもったものであるとするなら、たがいにどういう関係なのか。

 時間にすれば一〇秒足らずの映像だったが、私の頭の中には、つぎつぎと疑問がわいてき
た。そしてそれらを考えているうちに、やがて、私の頭の中は混乱状態になった。順に考えて
みよう。

(1)UFOが、未知の推進装置をもっているらしいことは、前からよく言われている。ふつう高速
で急に方向転換すれば、中にいる生物は、G(加速度重力)で体がバラバラになってしまうはず
である。
(2)UFOは、前もって回避行動に出ている。ということは、自分にレーダーが照射されたこと
を、事前に知ったことになる。アメリカ軍の戦闘機も、よく敵からレーダー照射されたとき、その
照射に応じて、そのレーダー基地を爆撃するということがよくある。それと同じに考えてよいの
か。
(3)白い光線は、明らかに地上から発射されたよう。一つの番組の中で、「(アメリカの)エリア
51から発射されたようです」と言っていたが、真偽のほどはわからない。
(4)レザー光線が、宇宙で、白い光跡を残すだろうか。あるいはもっと物質的な光線だったか
もしれない。光の速さで、UFOに向けられたというよりは、明らかに速度感があった。光の速さ
なら、瞬時に宇宙を横切り、そういう速度感はないはずである。
(5)UFOを地上で発見したとしても、宇宙を航行するUFOをどうやって発見したのか。巨大な
宇宙用レーダーはすでに、存在するのか。
(6)UFOは、ここにも書いたように、明らかに回避行動をしている。回避行動をしたということ
は、UFOはその白い光線を恐れたということになる。
(7)UFOは、そのまま飛び去っていったが、どうして反撃しなかったのか。反撃しようと思えば
できたはず。しかし反撃しなかったということは、もともと相手にしていないか、あるいは反撃し
ないほど、平和的なUFOだったということになる。
(8)人間とUFOの関係なら、敵対関係ということもありうるが、人間がUFOを相手にして、勝て
るわけがない。
(9)宇宙人対宇宙人の関係なら、話がわかる。地球へやってくる宇宙人は、一種類でないと
は、よく言われている。もしそうなら、その宇宙人どうしが、戦闘状態にあると考えてよいのか。

 もし私が宇宙人なら、人間など、相手にしない。それはちょうど、人間が、インドネシアのジャ
ングルで、オラウータンを見るようなものではないか。オラウータンに石を投げつけられたくらい
で、反撃などしない。

 それにもし宇宙人が、人間に対して敵意をもっていたとするなら、とっくの昔に人間は、絶滅
していたはずである。映画『インディペンデンス・デイ』の中では、宇宙人たちは強力な火器を使
って、人間を滅ぼそうとしたが、ああいった武器を使う必要はない。生物兵器や化学兵器を使
うだろう。遺伝子兵器を使う可能性だってある。生殖器官をダメにしてしまえば、人類は一〇〇
年で滅亡する。

 が、宇宙人は、人間の前に、まだ姿を現さない。理由はいくつか考えられる。一つは、数その
ものが、絶対的に少なくて、人間には対抗できないということ。もう一つは、ここにも書いたよう
に、人間をはるかに超越していて、人間を相手にしていないこと。そしてもう一つは、……。

 実は、「神」は宇宙人ではなかったかという説もある。私も若いころ、東洋医学を勉強してい
たとき、当時の人間が知るはずもない記述をその中に見つけ、驚愕(きょうがく)したことがあ
る。太古の昔(正確には、新石器時代)から、別の知的生命体が、人間に何らかの影響をおよ
ぼしていたということは、じゅうぶん、考えられる。もし今、ここで宇宙人が現れたら、宗教、哲
学など、世界中が、そのままひっくりかえってしまうかもしれない。宇宙人は、そのことを知って
いる。だから、姿を現さない?

 もっとも、宇宙人が姿を現すようになったら、人類も含めて、地球そのものが最期のときを迎
えたと考えてよい。「最期」になれば、宇宙人も、人間に隠れている必要など、ない。言いかえ
ると、まだ姿を現していないということは、人間には、希望が残されているということになる。

 秋の夜は、星空が美しい。私は山荘の庭先で、小さな焚き火をしながら、そんなことを考え
た。これはあくまでも、ロマン。秋の星空を楽しくするための、ロマン。
(02−11−25)

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子育て随筆byはやし浩司(338)

心は、おとな

 幼児は、たしかに未熟で未経験だが、決して「幼稚」ではない。心はおとな。私の幼児観をか
える事件に、こんなことがあった。

 ある日のこと。Kさん(年長女児)は、いつもとはまったく様子が違っていた。私が何か問題を
出すと、「ハイ」と言って元気よく手をあげた。ふだんは静かで、ほとんど手をあげない子どもで
あった。理由はすぐわかった。その日、たまたま休みをつくって、Kさんのお母さんが、参観に
きていたのだ。

 私はKさんをほめ、つづいて、みなに、手をたたかせた。すると、そのKさんが、スーッと細い
涙を流したのだ。私はてっきりうれし泣きだろうと思ったが、しかしそれにしては、おおげさであ
る。そこで授業が終わったあと、廊下で、私はKさんに、こう聞いた。「どうして泣いたの?」と。
すると、Kさんは、こう言った。

 「私が先生にほめられたから、お母さんが、喜んでいると思った。お母さんが喜んでいると思
ったら、涙が出てきちゃった」と。Kさんは、自分のことで涙をこぼしたのではなかった。お母さ
んの心になって、涙をこぼしたのだ。

 だいたい「幼稚」という言葉がおかしい。おとなの世界でも、相手をバカにするとき、「おまえ、
幼稚だな」というような言い方をする。そこで私はある日、年長児の子どもたちに、こう言ってみ
た。

 「君たちは、幼稚、幼稚って、言われるけど、悔(くや)しくないか?」と。すると、子どもたちは
みな、「悔しい、悔しい」と言った。(本当に意味がわかっていて、そう言ったかどうかは、わから
ないが……。)

 私は、実のところ、NHKの幼児向け番組などで、指導者が、「お手々をブラブラブラ」とか、
「おなかを、ポンポンポン」などと言っているのを見ると、思わず、「幼児をバカにするな!」と叫
びたくなる。私は幼児教育を三〇年以上しているが、いまだかって、幼児をそういうふうに、指
導したことは、一度もない。あるいはあなたが、だれかにそういう指導をされたら、あなたは黙
って、それに従うだろうか。

 そうそう、先日、何かの取材で、近くの、特別擁護老人ホームへ行ってみたら、そこでも同じ
ような指導をしていた。どこか頭の鈍くなった老人を相手に、若い指導員が、「ハーイ、お手々
を、前に〜イ。イチ、ニ、サン……」と。それを見て、私は何だか、とても悲しくなった。私もやが
て、ああいう世界に入るのか、と。
(02−11−25)

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子育て随筆byはやし浩司(339)

マガジンの読者

 最初は、(?)というような思いで発行したマガジンだが、そのうち読者の方がふえ始め、少し
ずつやる気が出てきた。読者の方の数が、ふえるというのは、実際、大きな励みになる。……
なった。

 しかしこのところ、どういうわけか、読者の方の数が、ほとんど、ふえなくなってしまった。とた
ん、自分でもわかるほど、やる気が、しぼんでしまった。で、一度、こういう状態になると、マガ
ジンを発行することに加えて、そういう自分とも戦わなければならない。やる気のなさを乗り越
えるというのは、そう簡単なことではない。

 そこである読者の方(埼玉県在住Mさん)に、そのことを相談すると、その方が、こんなメール
を送ってくれた。

●「マガジン低調です」のくだり……はやし先生らしくありません。2週間読者が増えず、発行意
欲減退とのこと……。今現在、固定読者数が確保されている状態です。これこそが、ファンの
数が、減っていない証明で、何らペシミストになる必要性さえ無い事になります。ファンは、み
な、はやし先生の"文筆をもって裁く"心の叫びを待ち望んでいます。確かに読者が、増え続け
るに越した事はないでしょうが……。先生、元気出して下さいネ! 1ファンとして、心より応援
しています。

 よく子どもでも、成績がさがったりすると、やる気そのものをなくす子どもがいる。「今度の、テ
スト、自分なりにがんばってみたけど、ダメだった……」と。そういうとき私たちは、「気にしない
で、今、やるべきことをしよう。それでいいよ」と、子どもに言う。この言葉を自分に向かって言う
なら、「気にしないで、今、やるべきことをしよう」ということになる。しかし、どうもそれだけでは
ないようだ。どうも、それだけでは、心の中がスッキリしない?

 その一つ。「本当に読んでもらっているのだろうか」「本当に役にたっているのだろうか」という
不安が、いつもつきまとう。「何かしら、ムダなことをしているのではないだろうか」という迷いも
ある。それはたとえて言うなら、観客のいない舞台で、ひとり芝居(しばい)をしているようなもの
だ。たしかに数字の上では、読者数は五〇〇人とか、六〇〇人とかになっているが、その実感
がほとんど、ない。仮にその数字が、五〇〇〇人とか、六〇〇〇人とかになっても(そういうこ
とはありえないが……)、この状態は同じだろうと思う。

 そこでワイフに相談すると、「あんたのマガジンは、量が多すぎるわ。それで嫌われたのよ。
しばらく休刊にしてみたら」と、恐ろしいことを言う。「休刊?」と聞き返すと、「しばらく休んで、ま
た別のマガジンを発行すればいい」と。なるほど。そういう方法もある。たとえ読者の方の数は
少なくても、三〇人、三五人、四〇人……と、ふえていくほうが、楽しい。やりがいがある。そこ
で再び、埼玉県のMさんに相談してみると、今度は、こう励ましてくれた。

●はやし先生のメルマガを読んでいて感じたのですが、周期的に気分が落ち込んだりすること
がありますか? 私からのメールで、「先生はいつも元気でいて下さいネ!」なんて言ってしま
いましたが、間違っていました。御免なさい。いつも元気でいたら、心も体もオーバーランしてし
まい、負荷がかかり、かえって体調を崩してしまいますよネ! 心がHIのときは、心のおもむく
ままに思索、随想すれば良く、LOのときは、英気を養う為に、ゆっくりと休養し、エネルギー充
電の為の手法(瞑想、ストレス発散法など)を実践すれば良いのですね! 自分を大切に、決
して無理しないのが、秘訣ですネ! 心の健康は、こうした陰と陽のバランスを保ち、バイオリ
ズムにあわせた自然体、恒常性維持に努める事が大切ですネ! ……(中略)……友達の友
達は友達の輪:最初に私にはやし先生の本を貸してくれた友人が、なんとメルマガ登録したと
メールがありました。大切な読者が、1人増えましたネ!おめでとうございます!! では、お
休みなさい。 

 たしかにこのところ、わずらわしいことがつづいて、LOになっていた。それが本当の原因かも
しれない。まあ、結論は、これからはあまり数字にこだわらないで、マイペースで、マガジンを発
行していこうということ。それに今まで、私のマガジンをあちこちの方に紹介してくれた人も多
い。そういう人の助けがあったからこそ、読者もふえた。今、ここでやめるわけにはいかない。
その先に何があるかわからないが、今は、こうしてやってみるしかない。結果は、あとからつい
てくる。

【読者のみなさんへ、】
 これからも、よろしくお願いします。いろいろ迷ったり、悩んだりしますが、どうかお許しくださ
い。このマガジンが、みなさんの子育てで、何かのお役にたてれば、こんなうれしいことはあり
ません。今しばらく、このままつづけてみます。よろしくお願いします。みなさんが読んでくださっ
ていることについて、感謝しています。とくに今まで、読者の方の紹介など、いろいろご協力くだ
さったことについて、心から感謝しています。ありがとうございます。
(02−11−25)

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子育て随筆byはやし浩司(340)

いい子ぶることのたいへんさ

 ある女性(四五歳)からの相談。「私の母は七五歳になりますが、いまだに、私たち子どもに
さえ、心を開きません。私にさえ、ウソをつき、見栄をはり、自分を飾ります。そういう親に対し
て、いい子ぶることに疲れました」と。

 親が親であり、子が子であるのは、たがいが、深い愛情でつながっているから。またそれだ
けに思い出も深く、大きい。しかしその親子でも、絆(きずな)が、切れるときには切れる。決し
て不変なものでも、絶対的なものでもない。よく「親子の縁は切れるものではない」などと言う人
がいるが、そういうふうに、ものごとを決めてかかってはいけない。

 その女性も、通俗的な常識に、かなり苦しんだという。「そうであってはいけないという自分
と、毎日のように戦いました」と。具体的には、たとえばこんな事件があったという。

 その女性は、実家から二〇キロくらい離れている、隣の町のW市に住む男性と結婚した。熱
烈な恋愛のあと結婚だった。だからその女性にしてみれば、幸せな結婚だった。しかし母親に
は不満だった。その第一。嫁ぎ先に、夫の両親がいたこと。それに「格式が違った」(女性談)と
いうことだった。母親は、ことあるごとに、娘のその女性にこう言ったという。「あんたは、向こう
の親をめんどうみるために、結婚したようなものじゃない。だったら、私のめんどうは、だれが
みてくれるの。それにあんたは、もっといい家の人と結婚できたはず。もったいないことしたわ
ね」と。

 その女性の夫も、同じように感じていたのかもしれない。ことあるごとに、夫は夫なりに、その
母親に尽くした。しかしそれがやがてエスカレートし、いつの間にか、少しずつだが、生活費ま
でめんどうをみるようになった。母親は夫に先だたれ、そのときすでに一〇年近く、ひとり暮らし
だった。さみしさもあったのかもしれない。

 しばらくすると夫側の両親も、つづけてなくなってしまった。そんなとき、夫が、中国の上海へ
技術指導に行くことになった。その女性も、いっしょについて行くことにした。そこでその女性
は、母親に、もろもろの重要書類と、権利書、それに貯金通帳などを預けた。「母なら安全だと
思ったからです」と。

 しかし「安全」ではなかった。半年後に一時帰国してみると、母親はその女性夫婦の通帳から
勝手に、お金を引き出し、その大半を使ってしまっていた。屋根瓦の修理費や、部屋の改装費
などに、そのお金をあてたという。そこでその女性が、「どうして使ったの!」と責めると、母親
は、平然とこう言ったという。「親が、先祖を守るため、子どもの財産を使って何が悪い!」と。

 それからというもの、その女性は、毎日、地獄のような日々を過ごした。「親だと思わなけれ
ばならない」「親だとは思えない」という二つの、気持ちの板ばさみになった。そこでしばらく音信
をひかえていると、そのつど、母親から電話がかかってきて、今にも死にそうな声で、「帰ってき
ておくれ」「帰ってきておくれ」と。一度は、本当に死にそうな声だったので、その女性はあわて
て帰国したという。「しかし母は、ピンピンしていました。私はそのピンピンとした姿を見て、驚い
たほどです」と。

 その女性は、こう言う。「私も、親戚の人たちの目を意識して、できるだけいい娘を演じようと
思ったこともありますが、もう疲れました」と。そしてごく最近も、電話で話すと、こう言った。「も
う、親戚の人たちにどう思われようが、気にしなくなりました。どうせ私は悪者に思われている
のですから。それでいいのです」と。

 親子といえども、基本的には、一対一の人間関係。人間関係である以上、こわれるときに
は、こわれる。親も、そして子どもも、「親子であるという関係」に、決して甘えてはいけない。親
にとってはきびしい言い方かもしれないが、親とて、いつか、一人の人間として、子どもに判断
されるときがくる。問題は、そういうときがくるということではなく、そういうときがきてもよいよう
に、親は親で、自分をきたえておかねばならないということ。何がみじめかといって、自分の低
劣な人間性を、子どもに見抜かれることくらい、みじめなことはない。私は、こう言った。

 「日本人は、『親』という言葉に、とくべつの意味を感じます。またその言葉に、とくべつの幻想
をいだきます。そして親を不必要に美化したり、絶対化したりします。もちろんすばらしい親もた
くさんいます。ほとんどがそうかもしれません。しかしだからといって、すべての親がそうである
と考えるのは、明らかにまちがっています。あなたはあなたで、いいと思います。あなたのこと
を親不孝な悪い娘と思う人がいたら、そう思わせておけばいいのです」と。
(02−11−25)

(注)この母と娘の話は、以前にも書いた。本人のプライバシーの問題もあるため、そのつど、
内容を少し変えている。そのため以前書いた内容と、多少違うかもしれないが、許してほしい。

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子育て随筆byはやし浩司(341)

よく泣く子ども

 一〇年ほど前に書いた本の中で、私は「よく泣く子ども」をつぎの五つのタイプに分けた(「子
育て格言、ママ一〇〇賢」)。

(1)感受性が強いタイプ 
(2)過保護児タイプ
(3)情緒不安定タイプ
(4)萎縮児タイプ
(5)精神的に未熟なタイプ

 ずいぶんときびしい言葉を使っている。自分でも、そう思う。当時の私は、まだ「子育てのやさ
しさ」を知らなかった。今の私なら、泣いている子どもを、こんなふうには分類しない。それにつ
いては、もう少しあとに書くことにして、その本に従って、よく泣く子どもについて、考えてみる。

(1)感受性が強いタイプ 
 子どもは大きく、@敏感児とA鈍感児(知的な活動が、鈍感というのではない)に分けて考え
る。神経が繊細な子どもと、そうでない子どもと思えばよい。敏感児のうち、さらに神経が過敏
になり、ふつうの指導がなじまない子どもを、過敏児という。昔の言葉を借りるなら、「神経質な
子ども」ということになる。
 このタイプの子どもは、いつも精神が緊張状態にあって、ささいなことで、突発的に泣き出し
たりする。子どものばあい、精神が緊張状態にあるかどうかは、抱いてみればわかる。抱いた
とき、そのままスーッと体をすり寄せてくるようなら、よし。しかし緊張状態にある子どもは、心を
許さない。許さないから、抱いても、それをがんこに拒絶したりする。敏感児であるにせよ、鈍
感児であるにせよ、その子どもがもって生まれた気質と理解して、無理をしないこと。

(2)過保護児タイプ
 過保護児は、社会性がないため、何か自分の処理できないことがあると、混乱状態になる。
ふつう子どもが泣くときは、@ワーワー泣きながら攻撃的な姿勢を見せる子ども(プラス型)
か、Aグズグズしたり、ジクジクしたりして、心が内閉する様子を見せる子ども(マイナス型)の
どちらかになる。
 過保護児タイプの子どもは、このうち、マイナス型の泣き方を示すことが多い。外界からの刺
激に対して、自分のカラを厚くして、それから身を守ろうとする。これを防衛機制という。この防
衛機制が、極端な形になったものが、引きこもりということになる。もちろん過保護児がみな、
引きこもりを起こすというのではない。ないが、社会性のない子どもは、どうしても、内へ内へ
と、こもる傾向を示す。たとえばブランコを横取りされたとき、「どうして取るのだ!」と言い返す
ことができればよい。しかしそれができないから、心の中にストレスをためてしまう。

(3)情緒不安定タイプ
 情緒不安というのは、心の緊張感がとれないことをいう。緊張した状態の中に、不安や心配
が入り込むと、その不安や心配を解決しようと、一挙に情緒が不安定になる。それを情緒不安
という。
 先にも書いたように、攻撃的になるプラス型と、ジクジクとするマイナス型に分けて考えるとよ
い。あるいは自分の緊張感をほぐすために、モノに固執したりすることもある。さらにその不安
定さを解消しようと、代償的(つぐない的)に、指しゃぶりをしたり、髪いじりをしたりする子どもも
いる。

(4)萎縮児タイプ
 親の威圧的な過干渉や、過関心が日常的につづくと、子どもの精神は、萎縮する。子どもら
しいハツラツとした様子が消え、顔色もどんよりと曇ってくる。
 子どもの精神が萎縮してくると、みながドッと笑うようなときでも、笑うことができず、クックッと
小声で笑ったりする。さらに萎縮してくると、さまざまな「ゆがんだ症状」が出てくる。たとえば心
の状態と、表情がチグハグになるなど。悲しいはずなのに、無表情であったり、怒っているは
ずなのに、ニヤニヤ笑ったりするなど。これを「遊離」というが、こういう状態になると、親は、「う
ちの子はグズで」とか、「何を考えているかわからない」などと言ったりする。が、原因は、家庭
にあると思い、家庭のあり方、とくに親子関係を、かなり真剣に反省すること。子どもというの
は、あるべき環境の中で、あるべき方法で育てれば、ほうっておいても、ハツラツとした子ども
になる。人間には、もともとそういう力が備わっている。中に、「うちの子は、生まれつきグズで
……」と言う親がいるが、生まれつきグズな子どもは、絶対にいない。またそれがわかる人も、
絶対にいない。

(5)精神的に未熟なタイプ
 子どもの心の発達をみるときは、@情緒の安定性と、A精神の完成度をみる。精神の完成
度というのは、その年齢の子どもらしい、人格の「核」形成ができていることをいう。
 核形成が進むと、「この子どもは、こういう子ども」というとらえどころが、はっきりしてくる。し
かしそれがないと、それがわからなくなる。全体に幼稚性が残り、約束や目標が守れないなど
の退行性が見られることが多い。子どものばあい、「幼い感じがする」というのであれば、精神
的な発達が未熟であることを疑ってみる。溺愛、過保護などが日常的につづくと、子どもの精
神の発達が遅れることがあるので注意する。

 「泣く」というのは、心にうっ積したストレスを発散し、心を安定させるための、代償行為と考え
てよい。子どもによっては、泣くことによって、自分の心を調整する。もちろんかんしゃく発作
や、キレた状態(一時的な精神錯乱)になって泣く子どももいるが、それはここでは考えない。
ふつうよく泣く子ども、その前の段階として、よくグズる。子どものグズリについては、また別の
ところで考える。

 最後に、こうして「よく泣く子ども」を分類して考えたが、分類したところで、ほとんど実際には、
役にたたない。子どもが泣くというのは、本来、あってはいけないこと。少なくとも私は、ここ一
〇年、私の教室で、子どもを泣かせたことは、一度もない。そんなわけで、一〇年前にこれに
ついて書いたときには、それなりに意気込んで書いたが、ここでは、「まあ、そういうこともある
か」という程度に考えてほしい。今から思うと、「よくもまあ、こんな冷酷な分類ができたものだ」
と、思う。ホント!
(02−11−25)

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子育て随筆byはやし浩司(342)

話のタネ……徴兵制

 このところ、朝鮮半島が、にわかにキナ臭くなってきた。そこで調べてみると、二〇〇二年度
版、「日本の防衛」によれば、北朝鮮と韓国の兵力バランスは、つぎのようになっているという。

陸上戦力……二七師団、約一〇〇万人(北朝鮮)
      二二師団、約 五六万人(韓国)

戦車  ……     約三五〇〇両(北朝鮮)
           約二三〇〇両(韓国)

艦艇  ……     約七一〇隻(一一万トン)(北朝鮮)
           約二〇〇隻(一五万トン)(韓国)

空軍(作戦機)……  約五九〇機(北朝鮮)
           約六一〇機(韓国)

徴兵制…… 陸軍…五〜八年、海軍…五〜一〇年、海軍…三〜四年(北朝鮮)
   …… 陸軍…二六か月、海軍、空軍…三〇か月(韓国)

 兵力を「数字」でみるかぎり、北朝鮮が韓国より優勢だが、実際には、北朝鮮の武器はどれ
も旧式で、使いものにならないらしい。韓国軍やアメリカ軍のもつ近代兵器には、とても太刀打
ちできないというのが、おおかたの見方である。こういう事情を北朝鮮も知っているのだろう。
北朝鮮は、ミサイルだの核兵器だのと言い出した。しかしその前に、北朝鮮が主張するところ
の、外国からの攻撃だが、そんなのはありえない。韓国にしても、日本にしても、さらに中国に
しても、本音を言えば、北朝鮮は、もっとも相手にしたくない国ということになる。よく南北統一と
いうが、今、南北を統一すれば、一番困るのが韓国である。経済格差が、あまりにもひどすぎ
る。北朝鮮が、アメリカや日本を敵にみたてて、ひとりで勝手に騒いでいるのは、結局は、金正
日の独裁政権を維持するためにほかならない。

 が、ここで注意しなければならないのは、北朝鮮も、韓国も、徴兵制度をしいていること。北
朝鮮では、その期間が一〇年! 韓国でも、二年半!、である。もちろん日本には、徴兵制度
など、ない。だから仮に、北朝鮮や韓国と戦争ということになったら、日本は、あっという間に負
けてしまう。さらに仮に、南北が平和裏に統一するようなことがあると、今度は、その矛先が、
日本に向けられる可能性すら、ある。そうなったら、日本は、ひとたまりもない。何といっても、
向こうの人は、全員、銃の扱い方を知っている。一方、日本人のほとんどは、銃すら見たこと
も、さわったこともない。

 だから今の状態では、日本は、絶対に戦争などしてはいけない。中には、いさましい好戦論
をぶちあげて、「北朝鮮に宣戦布告しろ!」など主張する政治家もいるが、残念ながら、今の
日本には、その力は、ない。ないことは、あの三八度線上にある、板門店をたずねてみればわ
かる。彼らのもつ緊張感は、日本人の私たちには、想像以上のものである。

 幸運なことに、本当に幸運なことに、日本は島国。島国であるがために、かろうじて平和を保
つことができる。それにバックには、アメリカがいる。もしアメリカがいなければ、日本は今のよ
うに、北朝鮮に対してですら、まともに交渉できないだろう。で、そこで考えてしまう。「平和とは
何か?」と。徴兵制度にしても、隣の国々が徴兵制度をしいて、戦争の準備をしているのに、
日本だけが、しないでよいという理由はない。(だからといって、徴兵制度を容認しているわけ
ではないが……。)とくに北朝鮮では、日本を第一の仮想敵国にみたてて、軍事教練をしてい
るという。核兵器さえもっているらしい。そういうことが明らかになりつつある今、日本がこのま
までよいとは、私は決して思わない。

 ……と考えて、ここで道が大きく、二つに分かれることを知る。ひとつは、軍事的な対決手段
を考える方法。もう一つは、徹底して、平和主義を貫く方法。もちろんその中間の方法もあるだ
ろうが、私は最後の最後まで、平和主義をつらぬくことこそ、賢明だと思う。多少バカにされて
も、多少犠牲を払っても、そしてそのため多少頭をさげることになっても、平和であることを優
先させる。こと北朝鮮に対してはそうで、相手に日本を攻撃するだけの口実を与えないことこそ
大切ではないか。『さわらぬ神にたたりなし』とは言うが、そういう状態で、あの金正日体制を、
自然死に追い込む。

 しかし北朝鮮も、本当にかわいそうな国だ。自分のことがまるでわかっていないというか、今
では、世界の笑いもの。やることなすこと、すべてが、トンチンカン。そういう国が、精一杯の虚
勢を張って、一人前ぶっている。国際会議などに出てくる要人をみても、どの人も、尊大ぶっ
て、ふんぞりかえっている。しかしそれがこれまた不自然。そういう姿を演出すればするほど、
どこかチグハグで、おかしい。戦前の日本もそうだったから、偉そうなことは言えないが、であ
るからこそ、「もう、およしなさい」と言いたくなる。先日もアメリカの国防長官が、こう言ってい
た。「大量破壊兵器を捨てて、門を開けば、世界中が、北朝鮮を助けるだろう」と。そういう世界
の人のやさしさにすら、北朝鮮は背を向けている。本当にかわいそうな国だと思う。
(02−11−25)

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子育て随筆byはやし浩司(343)
 
不登校

 和歌山県在住のUさんより、こんなメールが届いた。いわく、

 ウチは、すぐ目の前にD小学校があるのですが、最近、一人無理やり登校させ
られている男の子がいます。ウチの脇の地下道から、響き渡るような泣き声と
お母様の叱る声が聞こえてくると、私まで思わず身体が硬くなります。この前は、
禁止されている門の中まで、車を乗り入れて、おじい様とおばあ様の二人がかり
で引きずって行かれました。どんどんこじれていくようで……悲痛な泣き声が聞こ
えて来る度に辛くなります。

症状からみると、この子どもは、学校恐怖症(ブロードウィン)らしい。この中の「お母様」「おじ
い様」「おばあ様」が、その子どもの症状を、取り返しがつかないほどまでに、悪化させている
のが、わかる。

 改めて、「学校恐怖症」について考えさせられる。どうして親は、いつもいつも同じ失敗を繰り
返すのか。

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子どもが学校恐怖症になるとき

●四つの段階論
 同じ不登校(school refusal)といっても、症状や様子はさまざま(※)。私の二男はひどい花粉
症で、睡眠不足からか、毎年春先になると不登校を繰り返した。が、その中でも恐怖症の症状
を見せるケースを、「学校恐怖症」、行為障害に近い不登校を「怠学(truancy)」といって区別し
ている。これらの不登校は、症状と経過から、三つの段階に分けて考える(A・M・ジョンソン)。
心気的時期、登校時パニック時期、それに自閉的時期。これに回復期を加え、もう少しわかり
やすくしたのが次である。

@前兆期……登校時刻の前になると、頭痛、腹痛、脚痛、朝寝坊、寝ぼけ、疲れ、倦怠感、吐
き気、気分の悪さなどの身体的不調を訴える。症状は午前中に重く、午後に軽快し、夜になる
と、「明日は学校へ行くよ」などと、明るい声で答えたりする。これを症状の日内変動という。学
校へ行きたがらない理由を聞くと、「A君がいじめる」などと言ったりする。そこでA君を排除す
ると、今度は「B君がいじめる」と言いだしたりする。理由となる原因(ターゲット)が、そのつど
移動するのが特徴。

Aパニック期……攻撃的に登校を拒否する。親が無理に車に乗せようとしたりすると、狂った
ように暴れ、それに抵抗する。が、親があきらめ、「もう今日は休んでもいい」などと言うと、一
転、症状が消滅する。ある母親は、こう言った。「学校から帰ってくる車の中では、鼻歌まで歌
っていました」と。たいていの親はそのあまりの変わりように驚いて、「これが同じ子どもか」と
思うことが多い。

B自閉期……自分のカラにこもる。特定の仲間とは遊んだりする。暴力、暴言などの攻撃的
態度は減り、見た目には穏やかな状態になり、落ちつく。ただ心の緊張感は残り、どこかピリピ
リした感じは続く。そのため親の不用意な言葉などで、突発的に激怒したり、暴れたりすること
はある(感情障害)。この段階で回避性障害(人と会うことを避ける)、不安障害(非現実的な不
安感をもつ。おののく)の症状を示すこともある。が、ふだんの生活を見る限り、ごくふつうの子
どもといった感じがするため、たいていの親は、自分の子どもをどうとらえたらよいのか、わか
らなくなってしまうことが多い。こうした状態が、数か月から数年続く。

C回復期……外の世界と接触をもつようになり、少しずつ友人との交際を始めたり、外へ遊び
に行くようになる。数日学校行っては休むというようなことを、断続的に繰り返したあと、やがて
登校できるようになる。日に一〜二時間、週に一日〜二日、月に一週〜二週登校できるように
なり、序々にその期間が長くなる。

●前兆をいかにとらえるか
 要はいかに@の前兆期をとらえ、この段階で適切な措置をとるかということ。たいていの親は
ひととおり病院通いをしたあと、「気のせい」と片づけて、無理をする。この無理が症状を悪化さ
せ、Aのパニック期を招く。この段階でも、もし親が無理をせず、「そうね、誰だって学校へ行き
たくないときもあるわよ」と言えば、その後の症状は軽くすむ。一般にこの恐怖症も含めて、子
どもの心の問題は、今の状態をより悪くしないことだけを考える。なおそうと無理をすればする
ほど、症状はこじれる。悪化する。 

※……不登校の態様は、一般に教育現場では、@学校生活起因型、A遊び非行型、B無気
力型、C不安など情緒混乱型、D意図的拒否型、E複合型に区分して考えられている。

 またその原因については、@学校生活起因型(友人や教師との関係、学業不振、部活動な
ど不適応、学校の決まりなどの問題、進級・転入問題など)、A家庭生活起因型(生活環境の
変化、親子関係、家庭内不和)、B本人起因型(病気など)に区分して考えられている(「日本
教育新聞社」まとめ)。しかしこれらの区分のし方は、あくまでも教育者の目を通して、子どもを
外の世界から見た区分のし方でしかない。

(参考)
●学校恐怖症は対人障害の一つ 
 こうした恐怖症は、はやい子どもで、満四〜五歳から表れる。乳幼児期は、主に泣き叫ぶ、
睡眠障害などの心身症状が主体だが、小学低学年にかけてこれに対人障害による症状が加
わるようになる(西ドイツ、G・ニッセンほか)。集団や人ごみをこわがるなどの対人恐怖症もこ
の時期に表れる。ここでいう学校恐怖症はあくまでもその一つと考える。

●ジョンソンの「学校恐怖症」
「登校拒否」(school refusal)という言葉は、イギリスのI・T・ブロードウィンが、一九三二年に最
初に使い、一九四一年にアメリカのA・M・ジョンソンが、「学校恐怖症」と命名したことに始ま
る。ジョンソンは、「学校恐怖症」を、(1)心気的時期、(2)登校時のパニック時期(3)自閉期
の三期に分けて、学校恐怖症を考えた。

●学校恐怖症の対処のし方
 第一期で注意しなければならないのは、本文の中にも書いたように、たいていの親はこの段
階で、「わがまま」とか「気のせい」とか決めつけ、その前兆症状を見落としてしまうことである。
あるいは子どもの言う理由(ターゲット)に振り回され、もっと奥底にある子どもの心の問題を見
落としてしまう。しかしこのタイプの子どもが不登校児になるのは、第二期の対処のまずさによ
ることが多い。ある母親はトイレの中に逃げ込んだ息子(小一児)を外へ出すため、ドライバー
でドアをはずした。そして泣き叫んで暴れる子どもを無理やり車に乗せると、そのまま学校へ
連れていった。その母親は「このまま不登校児になったらたいへん」という恐怖心から、子ども
をはげしく叱り続けた。が、こうした衝撃は、たった一度でも、それが大きければ大きいほど、
子どもの心に取り返しがつかないほど大きなキズを残す。もしこの段階で、親が、「そうね、誰
だって学校へ行きたくないときもあるわね。今日は休んで好きなことをしたら」と言ったら、症状
はそれほど重くならなくてすむかもしれない。

 また第三期においても、鉄則は、ただ一つ。なおそうと思わないこと。私がある母親に、「三
か月間は何も言ってはいけません。何もしてはいけません。子どもがしたいようにさせなさい」
と言ったときのこと。母親は一度はそれに納得したようだった。しかし一週間もたたないうちに
電話がかかってきて、「今日、学校へ連れていってみましたが、やっぱりダメでした」と。親にす
れば一か月どころか、一週間でも長い。気持ちはわかるが、こういうことを繰り返しているうち
に、症状はますますこじれる。

 第三期に入ったら、@学校は行かねばならないところという呪縛から、親自身が抜けること。
A前にも書いたように、子どもの心の問題は、今の状態をより悪くしないことだけを考えて、子
どもの様子をみる。B最低でも三か月は何も言わない、何もしないこと。子どもが退屈をもてあ
まし、身をもてあますまで、何も言わない、何もしないこと。C生活態度(部屋や服装)が乱れ
て、だらしなくなっても、何も言わない、何もしないこと。とくに子どもが引きこもる様子を見せた
ら、そうする。よく子どもが部屋にいない間に、子どもの部屋の掃除をする親もいるが、こうした
行為も避ける。

 回復期に向かう前兆としては、@穏やかな会話ができるようになる、A生活にリズムができ、
寝起きが規則正しくなる、B子どもがヒマをもてあますようになる、C家族がいてもいなくいて
も、それを気にせず、自分のことができるようになるなどがある。こうした様子が見られたら、
回復期は近いとみてよい。

 要は子どものリズムで考えること。あるいは子どもの視点で、子どもの立場で考えること。そ
ういう謙虚な姿勢が、このタイプの子どもの不登校を未然に防ぎ、立ちなおりを早くする。

●不登校は不利なことばかりではない
 一方、こうした不登校児について、不登校を経験した子どもたち側からの調査もなされてい
る。文部科学省がした「不登校に関する実態調査」(二〇〇一年)によれば、「中学で不登校児
だったものの、成人後に『マイナスではなかった』と振り返っている人が、四割もいる」という。不
登校はマイナスではないと答えた人、三九%、マイナスだったと答えた人、二四%など。そして
学校へ行かなくなった理由として、
友人関係     ……四五%
教師との関係   ……二一%
クラブ・部活動  ……一七%
転校などでなじめず……一四%と、その多くが、学校生活の問題をあげている。  

(追伸)
 Uさんは、近く、学校をサボって、大阪のUFJへ、子どもを連れていくとのこと。

実は、学校サボって木曜から一泊でE(小二)が念願だった'UFJ'に行ってまいります。(この時
期の土日は殺人的な混み方だと思うので・・・平日でも大変かもしれませんが・・)夏もお盆休み
以外は、サッカーづけだったEには、良い気分転換になれば、と思っております。(私も初めて
なので、楽しみです。)

 親に、こういう余裕があれば、子どもは、不登校児にはならない! Uさん、がんばれ!
(02−11−26)※
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子育て随筆byはやし浩司(342)

横を見るのも学習のうち

 授業中、横を見て作業をすませる子どもは多い。親からの相談も多い。「うちの子は、横ばか
り見ています……」と。

 横を見るといっても、さまざまなケースがある。@わからなくて見る、遅進児タイプ、Aたしか
めながらする、慎重タイプ、Bずるい考えでみる、盗み見タイプ、それにCほかの子どものこと
が気になる、世話好きタイプ。

@わからなくて見る、遅進児タイプ……学習が遅れがちになると、子どもはその場をごまかそう
と、横を見て作業をすますようになる。このタイプの子どもは、となりの子どもの答案を丸写しに
したりするので、それがわかる。本来そうならないように、ていねいな指導が必要だが、実際に
は、そこまで目がゆきとどかない。またこういった状態が、一年、二年とつづくようになると、盗
み見のしかたがうまくなり、先生でも気がつかないことが多い。

Aたしかめながらする、慎重タイプ……わかっていても、一度、となりを見ないと気がすまない
タイプ。まちがえることに、ある種の恐怖感を覚えるタイプで、そのため、全体に伸びやかさが
ない。家庭などでの、こまごまとした、神経質な指導が原因と考えてよい。

Bずるい考えでみる、盗み見タイプ……何かにつけてめんどうくさがり屋で、他人のものを盗ん
で、簡単にすまそうというタイプ。根気がなく、あきっぽい性格とみる。あるいは忍耐力に欠け
る、ドラ息子タイプ。

Cほかの子どものことが気になる、世話好きタイプ……このタイプの子どもは、自分のことは
そっちのけで、他人の世話ばかりする。そしてああでもない、こうでもないと口を出す。隣の子
どもがまちがえたりすると、「ここがちがうでしょ」「こうでしょ」と言うのでわかる。

 問題は、@のようなタイプの子ども。本来なら、一学年でも、学年をさげて、その子どもの能
力にあったクラスに入れるのが望ましい。しかしそれができないというのであれば、家庭での学
習指導をしっかりとするしかない。またそれだけに、自信をなくし、やる気をなくし、さらに心まで
キズついているケースが多いので、心のケアも忘れてはならない。叱ったり、あるいは不自然
に励ましたりするのは、禁物。その子どもの立場になって、子どもが納得するまで教えてあげ
るのがよい。
(02−11−26)

●横を見る子どもを、頭から悪いことと決めてかかってはいけない。

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子育て随筆byはやし浩司(343)

環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)と、男児の女性化

 小学校の低学年児について言えば、いじめられて泣くのは男の子、いじめるのは女の子とい
う、図式がすっかり定着してしまっている。それについて、以前書いた原稿を、先に転載する。

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進む男児の女性化(中日新聞に掲載済み)

 この話とて、もう一五年近くも前のことだ。花柄模様の下敷きを使っている男子高校生がいた
ので、「おい、君のパンツも花柄か?」と冗談のつもりで聞いたら、その高校生は、真顔でこう
答えた。「そうだ」と。

 その当時、男子高校生でも、朝シャンは当たり前。中には顔面パックをしている高校生もい
た。さらにこんな事件があった。市内のレコードショップで、一人の男子高校生が白昼堂々と、
いたずらされたというのだ。その高校生は店内で五、六人の女子高校生に囲まれ、パンツまで
ぬがされたという。こう書くと、軟弱な男子を想像するかもしれないが、彼は体格も大きく、高校
の文化祭では一人で舞台でギター演奏したような男子である。私が、「どうして、声を出さなか
ったのか」と聞くと、「こわかった……」と、ポツリと答えた。

 それ以後も男子の女性化は明らかに進んでいる。今では小学生でも、いじめられて泣くのは
たいてい男児、いじめるのはたいてい女児、という構図が、すっかりできあがっている。先日も
一人の母親が私のところへやってきて、こう相談した。「うちの息子(小二)が、学校でいじめに
あっています」と。話を聞くと、小一のときに、ウンチを教室でもらしたのだが、そのことをネタ
に、「ウンチもらしと呼ばれている」と。母親はいじめられていることだけを取りあげて、それを
問題にしていた。が、「ウンチもらし」と呼ばれたら、相手の子どもに「うるさい!」と、一言怒鳴
ってやれば、ことは解決するはずである。しかもその相手というのは、女児だった。私の時代で
あれば、相手をポカリと一発、殴っていたかもしれない。

 女子が男性化するのは時代の流れだとしても、男子が女性化するのは、どうか。私はなに
も、男女平等論がまちがっていると言っているのではない。男子は男子らしく、女子は女子らし
くという、高度なレベルで平等であれば、それはそれでよい。しかし男子はいくらがんばっても、
妊娠はできない。そういう違いまで乗り越えて、男女が平等であるべきだというのは、おかし
い。いわんや、男子がここまで弱くなってよいものか。

 原因の一つは言うまでもなく、「男」不在の家庭教育にある。幼稚園でも保育園でも、教師は
皆、女性。家庭教育は母親が主体。小学校でも女性教師の割合が、六〇%を超えた(九八
年、浜松市教育委員会調べ)。現在の男児たちは、「男」を知らないまま、成長し、そしておとな
になる。あるいは女性恐怖症になる子どもすら、いる。しかももっと悲劇的なことに、限りなく女
性化した男性が、今、新時代の父親になりつつある。「お父さん、もっと強くなって、子どもの教
育に参加しなさい」と指導しても、父親自身がそれを理解できなくなってきている。そこでこうい
う日本が、今後、どうなるか。

 豊かで安定した時代がしばらく続くと、世相からきびしさが消える。たとえばフランスは第一次
大戦後、繁栄を極めた。パリは花の都と歌われ、芸術の町として栄え、同時に男性は限りなく
女性化した。それはそれでよかったのかもしれないが、結果、ナチスドイツの侵略には、ひとた
まりもなかった。果たして日本の未来は?

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 こうした男児の女性化について、環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)原因説がある。ここ
でいう「環境ホルモン」という言葉は、NHKが放送番組用に作った言葉で、正確には「内分泌
かく乱化学物質」という。

 この環境ホルモンは、ホルモンそのものではない。「生体のホルモン受容体に作用するなど
して、ニセのホルモンとして働いたり、その反対に、ホルモン受容体をブロックすることで、ホル
モン本来の作用を妨げたりする化学物質」(福島章著「子どもの脳が危ない」・PHP新書)とい
うことになる。

 その結果、環境ホルモンは、さまざまな影響を、体におよぼす。そのうちでも、近年、問題に
なっているのが、生殖機能への影響である。福島章氏の「子どもの脳が危ない」に書かれてい
る事例を、ここにあげてみる。

●多摩川のコイの七割が、メスであった(九一年)。しかもオスの精巣の発達が不完全であり、
雌雄同体のコイも発見された。原因は洗剤などに含まれる、ノニルフェノールだと言われてい
る。
●イギリスでは、ニジマスやローチという魚のオスの精巣がやはり不完全であった。原因はや
はりノニルフェノールと言われているが、ピルに含まれている女性ホルモンという説もある。
●カナダのセントローレンス川では、白鯨のオスがメス化して、メスの妊娠率が低下しただけで
はなく、ガンが多発していることがわかった。
●アメリカでは、ハクトウワシの孵化率が低下した。アジサシやカモメなどの鳥類では、オスの
メス化が進んでいる。
●フロリダ州のミッシシッピーワニのペニスが小さくなり、精巣機能が低下し、血中のテストステ
ロン(男性ホルモン)が低下しているのがわかった。

さらに人間に与える影響としては、「男子の精子数が減少しているだけでなく、元気がなくなっ
た」という報告も、多いという。たとえば、「九一年に、デンマークのスキャケベック博士は、ここ
五〇年の間に、男性の一回の射精に含まれる精子数が、一ミリリットルあたり、一億一〇〇〇
万から、六〇〇〇万に、四二%も減少し、さらに受胎に必要な精子数二〇〇〇万以下の男性
は、この間に三倍に増加した」(同書)そうだ。

 こうした影響からか、人間についても、男性の性衝動が弱くなったという報告もある。男児の
女子化が、その流れの中にあるとしたら、これはたいへん深刻な問題と考えてよい。

 そこで私たち親は、この問題に対して、どう対処したらよいかだが、とりあえず注意すべきこ
とは、食器や調理道具から、プラスチック製品を取り除くということ。とくにプラスチック製品が、
何らかの形で、熱湯とふれるようなときが、危険だという。環境ホルモン、つまり内分泌かく乱
化学物質の大半は、これらのプラスチック製品から溶けでるという。カップヌードルなども、発
泡スチロールの容器の中から一度、陶器の茶碗などに移してから、熱湯をかけるとよい。

 なお女性のばあい、最近若い人の乳がんがふえているが、その原因も、ここにあげたノニル
フェノールではないかと言われている。注意するにこしたことはない。
(02−11−26)

●世の男性諸君よ、スケベであることを喜ぼうではないか。もっともっとスケベになって、妻たち
を、ハッピーにしてあげようではないか。種族を後世に残すために。

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子育て随筆byはやし浩司(344)

ハリーポッター論

 第一巻だけだが、英文の本も読んだ。翻訳本も読んだ。映画も見た。……しかし、「ハリーポ
ッターと賢者の石」(J.K.ローリング著)など、どこがおもしろいのか。内容はツギハギだらけ
のメチャメチャ。一片の哲学すら感じない。

 で、子どもたち(小学生)に、何度も「ハリーポッターのどこがおもしろいの?」と聞いてみた。
が、いつも答は同じ。「おもしろい」と。反対に「先生は、おもしろいと思わないの?」と、聞き返
されたこともある。

 この現象は、数年前のポケモンブームのときもあった。子どもたちはあのわけのわからない
ピカチュー(モンスター)を、「かわいい」「かわいい」と言って、一歩も引きさがらなかった。テレ
ビ画面(黒板がわりに使っている)に、ピカチューの絵をまねて描いただけで、クラス中が騒然
となってしまったこともある。

 で、私はハタと考え込んでしまった。子どもたちがおかしいのか。それとも、私がおかしいの
か、と。いや、私なりに、「ハリーポッターは、おもしろいはずだ」と、何度も自分に言ってきかせ
ながら、本も読んだ。映画も見た。しかしおもしろくないものは、おもしろくない。まったくおもしろ
くない。いや、どこがおもしろいのか。

 これだけハリポタブームが、一世を風靡(ふうび)している中で、ハリーポッターのことを酷評
するのは、つらい。が、しかし、みなさんも、一度でよいから冷静に、みなさんの心の中をのぞ
いてみてほしい。本を読んだことがある人もいるだろうと思う。映画を見たことがある人もいる
だろうと思う。しかし、本当におもしろいか、と。あるいは世界中が大騒ぎしなければならないほ
ど、内容をもった本であり、映画であるか、と。

 ハリーポッターは別として、ときとして、人間全体が、こうした熱病におかされることこそ、問題
ではないか。私が子どものころにも、フラフープブームとか、抱っこちゃんブーム、さらにはミル
ク飲み人形ブームというのがあった。今から思えば、おかしな現象だが、それが最近では、た
まごっちブーム、ポケモンブーム、遊戯王ブーム、そしてハリポタブームへとつながっている。
超能力だの、魔術だのと、現実離れしているのが、昔と違うところか。それだけ子どもたちの思
考性が、現実から遊離しているとみてよい。たとえば三〇年前には、幼稚園児も「野球の選手
になりた」「お花屋さんになりた」とか言っていたが、今では、「超能力者になりたい」「タレントに
なりたい」とか言う。(バブル経済のころは、「教祖になりたい」「土地もちになりたい」と言った小
学生がいた!)

 子どもたちは、現実離れした「夢」をもつと同時に、現実的な「夢」を放棄する。あるいは現実
そのものから、逃避する。今年の夏に、中学生(一〇人)について調査してみたが、今、中学生
で、具体的な夢をもっている子どもは、ほとんどいない。私が「宇宙飛行士のM氏のように、が
んばって宇宙飛行士になってみたらどうだ。M氏も、『夢をもて』と言っているぞ」と言うと、み
な、「どうせなれないもんね」と。ただ一人だけ、「一億円がほしい」と言った子ども(中三)がい
た。そこで私が「一億円あったら、どうする?」と聞くと、「毎日、机の上において、ながめている
……」と。

 そこでさらに「夢」について話しあってみた。私が「たとえばフランス語を勉強して、パリのルー
ブル博物館を見るというのでも、立派な夢だ」と話してやると、みな、「そんなのは夢じゃない。
行きたければ、旅行で行けばいい」と。

 ハリーポッターも結構だが、一方でこういう現実もあることを忘れてはいけない。今、小学生
の間で、静かなブームになっているのが、占いやまじない。この種の本だけは、売りあげをど
んどん伸ばしているという(大手出版社S社)。おそらく、あのハリーポッターがおもしろいと思う
子どもは、無意識なまま、超能力的なパワー、あるいは魔術的な力に、あこがれを抱いている
のかもしれない。ハリーポッターはその「あこがれ」を実現してくれる? だからおもしろい?

 しかし……。仮に私に超能力や魔術があるとしても、私はそんな力など、使いたくない。そん
な力に頼るのもいやだ。私は私。私の力で生きたい。そして自分の力だけで、自分の人生を、
まっとうしたい。私はいつもそう考えているが、つまり、それが私にとっては、「ハリーポッターは
つまらない」と思わせる、最大の理由かもしれない。
(02−11−26)

●ハリーポッターは、本当におもしろいか?
●ハリーポッターは、子どもにどんな影響を与えているか?
●現実主義者は、超能力や魔術には、頼らない。私も頼らない。

(追記)
 たまたま今夜も、中学三年生のKさん(女子)と、ハリーポッターについて話しあってみた。私
が「本当に、ハリーポッターって、おもしろいの?」と聞くと、最初は「おもしろいよ」と言ってい
た。が、何度か同じ質問をしていると、こう言った。「みんながおもしろいと言うほど、おもしろく
ない。何でもない本のような気もする」と。

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子育て随筆byはやし浩司(345)

「夢」論

 「夢」という言葉は、もともとあいまいな言葉である。「空想」「希望」という意味もある。英語で
は、「ドリーム」というが、日本語と同じように使うときもある。あのキング牧師(マーティン・ルー
サー・キング・ジュニア、黒人の公民権運動の指導者)も、「I have a dream……(私は夢を
もっている……)」という有名な演説を残している(六三年八月、リンカーン記念堂前で)。

 しかし子どものばあい、「夢」と「現実」は区別する。イギリスの教育格言にも、『子どもが空中
の楼閣を想像するのはかまわないが、そこに住まわせてはいけない』というのがある。つまり
空想するのはよいが、それに子どもがハマるようであれば、注意せよ、と。

 そこで調べてみると、いろいろな思想家も、夢について論じているのがわかる。その中でも近
代思想の基礎をつくった、ジューベル(一七五四〜一八二四、フランスの哲学者)は、『パンセ』
の中で、つぎのように書いている。

 『学識なくして空想(夢)をもつものは、翼をもっているが、足をもっていない』
 『空想(夢)は魂の眠りである』と。

 これを子どもの世界に当てはめて考えてみると、つぎのようになる。

 子どもというのは、満四・五歳前後から急速に、理屈ぽくなる。「なぜ、どうして?」という会話
がふえるのもこのころである。つまりこの時期をとおして、子どもは、「論理」を学ぶ。A=B、B
=C、だからA=Cと。言いかえると、この時期の接し方が、その子どものものの考え方に、大
きな影響を与える。この時期に、ものの考え方が論理的になった子どもは、以後、ずっと論理
的なものの考え方をするようになるし、そうでない子どもは、そうでない。

 ジューベルがいう「足」というのは、「論理」と考えてよい。日本語でも、現実離れしていること
を、「地に足がついていない」と言う。「現実」と「論理」というのは、車の両輪のようなもの。現実
的なものは、論理的だし、論理的なものは、現実的である。つまりジューベルも、空想するのは
その人の勝手だが、学識のない人がする空想は、論理的ではないと言っている。

 子どもでもそうで、超能力だの、魔術だのと言っている子どもほど、非現実的なものの考え方
をする傾向が強い。少し前だが、教室の窓から、遠くのビルをながめながら、一心にわけのわ
からない呪文を唱えている中学生(男子)がいた。そこで私が、「何をしているのか?」と声をか
けると、「先生、ぼくは超能力で、あのビルを爆破してみたい」と。

 しかしこうした「足のない空想」は、子どもにとっては、危険ですらある。論理がないというだけ
ならまだしも、架空の論理をつくりあげてしまうことがある。よい例が、今にみるカルト教団であ
る。死んだ人間を生きていると主張し、その死体がミイラ化しても、まだ生きていると言い張っ
た教団があった。あるいは教祖の髪の毛を煎じて飲んでいる教団もあった。はたから見れば、
実に非論理的な世界だが、それにハマった人には、それがわからない。いわんや、子どもを
や!

 そこでジューベルは、『空想は魂の眠りである』と言い切った。足のない空想にふければふけ
るほど、魂は眠ってしまうということ。それをもう少し常識的に考えると、こうなる。

人間が人間であるのは、考えるからである。パスカル(一六二三〜六二、フランスの哲学者)も
そう言っている。『思考が人間の偉大さをなす』(「パンセ」)と。わかりやすく言えば、思考する
から人間である。「生きる」意味もそこから生まれる。もし人間が思考することをやめてしまった
ら、その人、つまりその人、つまり魂は死んだことになる。空想は、その魂を殺すところまでは
しないが、眠らせてしまう、と。

 たとえばもし、私が、今ここで、今日のことが不安だからといって、星占いに頼ったら、どうな
るか。何かの事故にあわないようにと、何かのまじないをしたらどうなるか。多分、その時点
で、私は考えることをやめてしまうだろう。が、それは同時に、自分自身への敗北でもある。さ
らにほとんどのことを、占いやまじないに頼るようになれば、自分自身を否定することにもなり
かねない。そのためにも、魂は眠らせてはいけない。そのためにも、足のない空想はしてはい
けない。

 さて、子どもの「夢」に話をもどす。子どもが空想の世界に自分をおき、あれこれまったく違っ
た角度から、自分の世界を見ることは、まちがってはいない。しかしその前提として、「論理」が
なければならない。「学識」でもよい。それがないと、どこからどこまでが現実で、どこから先が
空想なのか、それがわからなくなってしまう。それは子どもの世界としては、たいへんまずい。
ものごとを論理的に考えられなくなるだけではなく、先にも書いたように、自らを空想の世界
へ、追いこんでしまうこともある。そして結果として、わけのわからないことを言いだす。こんな
子ども(小五女児)がいた。

 私がある日、ふと、「頭が痛い」と言うと、「じゃあ、先生、なおしてあげる」と。肩でもたたいてく
れるのかと思っていたら、そうではなく、じっと目を閉じて、手のひらを私にかざし始めた。「そ
れは何?」と聞くと、「だまっていて。だまっていないと、パワーが集中できない」と。あとで聞く
と、そうして手をかざすと、どんな病気でもなおるというのだが、私はそうは思わなかった。だか
ら、「そんなのだったら、いい」と言うと、「先生は、バチが当たって、もっと頭が痛くなる」と、今
度は私をおどした。

子どもが空想(夢)の世界にハマるようであれば、逆に、「なぜ、どうして」を繰り返しながら、子
どもを現実の世界に引きもどすようにする。その時期は、早ければ早いほど、よい。年齢的に
は、小学一、二年生ごろまでではないか。それ以後は、自意識が強くなり、なおすのがむずか
しくなる。
(02−11−26)

●空想するのは子どもの自由だが、子どもがその世界にハマるようなら注意せよ。

(追記)
 あなたも思いきって、迷信を捨ててみよう。占いや、まじないを、捨ててみよう。勇気を出し
て、捨ててみよう。そんなものに支配されてはいけない。そんなものをあてにしてはいけない。
あなたは、どこまでいっても、あなたなのだ。あなたは自分の人生を、自分で生きるのだ。

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子育て随筆byはやし浩司(346)

迷信

●非現実的な世界
 占いや、まじないは、タバコのようなものではないか。なければないですむが、しかしそれを
信じている人には、そうでない。それがないと、一日の生活が成りたたないという人も多い。
 
当然だが、その占いや、まじないには、論理がない。論理がないから、反論のしようがない。な
いが、あえて、反論してみる。

【カルト的自己中心性】
 占いやまじないを信ずる人に共通するのは、カルト的自己中心性。自分が世界の中心にい
ると錯覚する。排他的にそれを信ずるから、「カルト的」という。そのため、ほかの人はともかく
も、自分だけは、もろもろの未知のパワーに支配されている、特別な存在と錯覚する。何かの
宗教を信じているにせよ、しないにせよ、神や仏は、自分にだけは特別に関心をもっていると
思い込む。その思い込みが強い分だけ、要するに自分だけは、ほかの人とは違うと錯覚する。

【思考の空洞化】
 占いやまじないに身を寄せることで、自ら考えることを放棄する。そして一度、自分の頭の中
を、カラッポ(思考の空洞化)にしてしまう。考えることをやめることで、自ら、この状態をつくる。
そして自分の頭の中に、他人の思想を注入する。このタイプの人は、一見、もっともらしいこと
を口にするが、すべて、他人、もしくは指導者の受け売り。英語の言い方を借りるなら、「ノーブ
レイン(脳ミソなし)」の状態になる。

【狂信性】
 占いやまじないを狂信していても、たいていの人は、自分では、狂信している自覚がほとん
ど、ない。狂信性があらわれるのは、それが否定されたとき。あるいは占いやまじないが、自
分にとってはマイナスに向いたとき。人によっては、狂乱状態になることがある。狂信性が強け
れば強いほど、そうなる。占いやまじないを信ずる人は、それによって利益を受けることより
も、自分にとって不利益なことが起きることを恐れる。占いで「凶」と出ただけで、その日一日
を、ビクビクして過ごす人は、いくらでもいる。

【排他性】
 「自分が絶対、正しい」と思い、その返す刀で、相手に向かっては、「あなたはまちがってい
る」と言う。そして自分が住むカプセルのカラをますます厚くし、その分だけ、人の話に耳を傾
けなくなる。そして、独自の理論を、勝手にどんどんと組み立ててしまう。たとえば血液型による
性格診断がある。「あなたはA型人間ね。私はO型人間よ」と。いまだにこんな迷信が、この日
本では、大手を振ってまかりとおっている。(もともとは戦後、どこかの医者が、だじゃれで書い
た本が、もとになっている。たいした迷信ではないが、ほとんどの日本人が信じているから、無
視もできない。)で、話を聞くと、実にこまかいところまで、ああでもない、こうでもないと説明す
る。

●ある会社の社長のケース 
ある男性(四三歳・会社社長)は、何か重大なことがあると、近くの神社へでかけていき、そこ
で神主にどうすべきかを決めてもらっていた。家族の冠婚葬祭はもちろん、家の改築、車の購
入日など。小さな会社を経営していたが、従業員も、「方向」で選んでいた。「今年は、巽(たつ
み)の方角から、社員を募集する」と。おもしろかったのは(失礼!)、新車を購入するときも、
納入してもらう日のみならず、時刻、さらには、車を置く位置まで、自動車のセールスマンに指
示していたこと。「一度、南の方まで回り、そこから、会社の駐車場の北側の端にもってきてほ
しい」と。

 それは実に窮屈(きゅうくつ)な世界だった。社員たちは、社長の意向に神経をつかった。実
際には、神経をすりへらした。みなで社員旅行をするときもそうだった。日程を決めるのが、た
いへんだった。いくつかのプランを用意して、その中から、社長(実際には神主)に選んでもら
わねばならなかった。「そんなこと、くだらない!」などと言おうものなら、それだけでクビになっ
てしまうような雰囲気だった。が、本当にその「クビ切り事件」が起きた。

 一人の女子従業員が、会社へくるとき、道路で子犬を見つけた。捨て犬だった。そこでその
従業員は、その子犬を会社へもってきた。仕事が終わったら、自分の家に連れて帰るつもりだ
った。が、このことが社長の逆鱗(げきりん)にふれた。即刻、その女性は、その場で、クビにな
ってしまった。まったくもって、理不尽なクビ切りだった。社長はこう言った。「昔、ニワトリが会
社へ迷い込んできたことがある。その翌朝、会社は火事になった。だから会社へ動物を連れて
くるのを禁止している。しかしその規則(?)を破ったからクビだ!」と。

 この事件は、裁判ざたになりかけたが、社長が神主に相談すると、神主が「慰謝料を払っ
て、内々の示談ですましなさい」と忠告したという。実際には、その神主は、内緒で、知りあいの
司法書士に相談していた。私にこの話をしてくれたのが、その司法書士だった。「裁判すれば、
大きな社会問題になっていたはずです」と。

 世の中が不安定になり、緊張が高まってくると、こういう迷信があちこちで力をもち始める。一
方、人間の心というのは、不安が大きくなればなるほど、あちこちに穴があく。その穴をねらっ
て、その迷信が心の中に入ってくる。あなたもこうした迷信には、じゅうぶん、注意してほしい。
(02−11−26)

●日々の運勢占いを信じている人は多いが、それを信ずる前に、どういう人が、どういう根拠
で、その「原文」を書いているか、それをさぐってみるとよい。たいていは、(まちがいなくすべ
て)、どこかのインチキな人間が、思いついたまま、でまかせに書いているだけ。根拠など、ど
こにもない。あるはずもない。相手にしてはいけない。

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子育て随筆byはやし浩司(347)

子育てポイント

●読んだら、聞いて、絵を描かせる

 子どもが何かの本を読んだら、(あるいは本を読んであげたら)、そのあとその本について、
絵を描かせるとよい。子どもは絵を描くことで、その本の内容に、自分の考えをつけ加える。批
判力も、そこから生まれる。感想文を書かせるという方法もあるが、年少の子どもには、まだ
ムリ。

 内容を理解した子どもは、一枚の絵だけで、全体のストーリーがわかる絵を描く。そうでない
子どもは、印象に残ったところを中心に、部分的な絵を描く。そして子どもが絵を描き終えた
ら、「これは、だれ?」「何をしているの?」と聞いてみるとよい。この方法は、子どもの思考力を
深くするという意味では、たいへん効果的である。


●乱暴な子ども

乱暴な子どもといっても、一様ではない。いろいろなタイプがある。かなりおおざっぱな分け方
で、正確ではないが、思いついたままあげてみると……。

(1)家庭不和など、愛情問題が原因で荒れる子ども……いわゆる欲求不満型で、乱暴のし方
が、陰湿で、相手に対して容赦しないのが特徴。先生に叱られても、口をきっと結んだまま、涙
を見せないなど。どこかに心のゆがみを感ずることが多い。自ら乱暴をしながら、相手の心を
確かめるようなこともする。ふつう嫉妬がからむと、乱暴のし方が、陰湿かつ長期化する。

(2)バランス感覚に欠け、善悪の判断ができない子ども……このタイプの子どもは、ときとし
て、常識をはずれた乱暴をする。たとえば先生のコップに、殺虫剤を入れたり、イスの上に、シ
ャープペンシルを立てたりする、など。(知らないで座ったら、おおけがをする。)相手の子ども
がイスに座ろうとしたとき、さっとイスを引き、相手の子どもにおおけがをさせた子どももいた。
してよいことと、悪いことの判断ができないために、そうなる。もともと遅進傾向がある子ども
に、よく見られる。

(3)小心タイプの子ども……よく観察すると、乱暴される前に、自ら乱暴するという傾向がみら
れる。しかったりすると、おおげさに泣いたり、あやまったりする。ひとりでは乱暴できず、だれ
かの尻馬に乗って、乱暴する。乱暴することを、楽しんでいるような雰囲気になる。どこか小ず
るい感じがするのが特徴。

(4)情緒不安定型の子ども……突発的に、大声を出し、我を忘れて乱暴する。まさにキレる状
態になる。すごんだ目つき、鋭い目つきになるのが特徴。一度興奮状態になると、手がつから
れなくなる。ふだんは、どちらかというと、おとなしく、目立たない。このタイプの子どもは、その
直前に、異様な興奮状態になることが多い。直前といっても、ほんの瞬間的で、おさえるとして
も、そのときしかない。心の緊張感がとれないため、ふだんからどこかピリピリとした印象を与
えることが多い。

(5)乱暴であることが、日常化している子ども……日ごろから、キックやパンチをしながら、遊
んでいる。あいさつがわりに乱暴したりする。そのためほかの子どもには、こわがられ、嫌われ
る。

 乱暴な子どもについて考えてみたが、たいていは複合的に現れるため、どのタイプの子ども
であるかを特定するのはむずかしい。また特定してもあまり意味はない。そのときどきに、「乱
暴は悪いこと」「乱暴してはいけない」ことを、子どもによく言って聞かせるしかない。力でおさえ
ようとしても、たいてい失敗する。とくに突発的に錯乱(さくらん)状態になって暴れる子どものば
あいは、しかっても意味はない。私のばあいは、相手が年少であれば、抱き込むようにしてそ
れをおさえる。しばらくその状態を保つと、やがて静かになる。

【S君、小二のケース】

 ささいなことでキレやすく、一度キレると、手や足のほうが、先に出てくるというタイプ。能力的
には、とくに問題はないが、どこかかたよっている感じはする。算数は得意だが、漢字がまった
く書けない、など。

 そのS君は、学校でも、何かにつけて問題を起こした。突発的に暴れて、イスを友だちに投げ
つけたこともある。あるいはキックをして、友だちの前歯を折ってしまったこともある。ときに自
虐的に、机をひどくたたいて、自分で手にけがをすることもあった。私も何度か、S君がキレる
様子を見たことがあるが、目つきが異常にすごむのがわかった。無表情になり、顔つきそのも
のが変わった。

 そういうS君を、乳幼児のときから、母親は、ひどくしかった。しばしば体罰を加えることもあっ
たという。しかしそのため、しかられることに免疫性ができてしまい、先生がふつうにしかったく
らいでは効果がなかった。そこで先生がさらに語気を荒げて、強くしかると、そのときだけは、
それなりにしおらしく、「ごめん」と言ったりした。

 今、S君のように、原因や理由がわからないまま、突発的に錯乱状態になって暴れる子ども
がふえている。脳の微細障害が原因だとする研究者もいる。「まだ生まれる前に、母親から胎
盤をとおして、胎児の体の中に侵入した微量の化学物質が脳の発達に変化をもたらし、その
人の生涯の性格や行動を決めてしまうのではないか」(福島章氏「子どもの脳が危ない」PHP
新書)と。じゅうぶん考えなければならない説である。


●理屈は言わせる

 自己主張と、わがままはちがう。自己主張と、がんこもちがう。子どもをみるときは、これら三
つを、ていねいに見分ける。

 その中でも自己主張は、子どもの心の発達には、きわめて重要なものである。(わがままと
がんこについては、また別のところで考える。)子どもが自己主張するときは、@言いたいだけ
言わせる、A聞くべきことは、しっかりと聞くという態度でのぞむ。「親に向かって何てこと言う
の!」式に、威圧でおさえてはいけない。

 「お兄ちゃんは、三つもらったのに、どうしてぼくは二つなのか?」は、自己主張。
 「僕は、三つでないとだめ。二つはイヤ!」というのは、わがまま。
 「青いズボンでないと、幼稚園へは行かない」とがんばるのは、がんこ。

 「ママは、この前、○○をくれると約束したが、どうして約束を守ってくれないのか?」は、自己
主張。
 「あのおもちゃを、買って、買って」と泣き叫ぶのは、わがまま。
 「おもちゃを、なおせ!」と、こわれたおもちゃに、いつまでもこだわるのは、がんこ。

 「どうしてお父さんだけは、トイレ掃除をしなくていいのか?」というのは、自己主張。
 「お手伝いなんか、いや」と逃げるのは、わがまま。
 「いやだ」と言って、部屋に入ったまま、出てこようとしないのは、がんこ。

 不合理、不公平、不正義に対して、自分の意見を言うというのが、自己主張ということにな
る。子どもは自己主張をすることにより、道理や正義、倫理や理屈を学ぶ。豊かな常識も、そ
こから生まれる。決して、頭からおさえつけてはいけない。

 ときとして子どもは、反抗するが、反抗できないほどまでに、子どもをおさえつけてはいけな
い。よく「うちの子は、親の言うことを何でも、はいはいとよく聞いてくれます」と喜ぶ親がいる
が、そんなことを喜んではいけない。子どもの人格は、(おとなもそうだが)、いろいろな経験を
とおして養われる。生まれつき、あるいは子どものときから、ものわかりのよい子どもなど、い
ない。いるとしても、フリをしているか、ムリをしているだけ。そういう前提で、子どもの心を考え
る。
(02−11−27)

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子育て随筆byはやし浩司(348)

才能とこだわり

 自閉症の子どもが、ふつうでない「こだわり」を見せることは、よく知られている。たとえば列
車の時刻表を暗記したり、全国の駅名をソラで言うなど。車のほんの一部を見ただけで、車種
からメーカーまで言い当てた子どももいた。クラッシック音楽の、最初の一小節を聞いただけ
で、曲名と作曲者を言い当てた子どももいた。

 こうした「こだわり」は、才能なのか。それとも才能ではないのか。一般論としては、教育の世
界では、たとえそれが並はずれた「力」であっても、こうした特異な「力」は、才能とは認めない。
たとえば瞬時に、難解な計算ができる。あるいは、二〇ケタの数字を暗記できるなど。あるい
は一回、サーッと曲を聞いただけで、それをそっくりそのまま、ピアノで演奏できた子どももい
た。まさに神業(わざ)的な「力」ということになるが、やはり「才能」とは認めない。「こだわり」と
みる。

 たとえばよく知られた例としては、少し前、話題になった子どもに、「少年A」がいる。あの「淳
君殺害事件」を起こした少年である。彼は精神鑑定の結果、「直観像素質者※」と鑑定されて
いる。直観像素質者というのは、瞬間見ただけで、見たものをそのまま脳裏に焼きつけてしま
うことができる子どもをいう。少年Aも、一晩で百人一首を暗記できたと、少年Aの母親は、本
の中で書いている(「少年A、この子を生んで」文藝春秋)。そういう特異な「力」が、あの悲惨な
事件を引き起こす遠因になったとされる。

 と、なると、改めて才能とは何かということになる。ひとつの条件として、子ども自身が、その
「力」を、意識しているかどうかということがある。たとえば練習に練習を重ねて、サッカーの技
術をみがくというのは才能だが、列車の時刻表を見ただけで、それを暗記できてしまうというの
は、才能ではない。

 つぎに、才能というのは、人格のほかの部分とバランスがとれていなければならない。まさに
それだけしかできないというのであれば、それは才能ではない。たとえば豊かな知性、感性、
理性、経験が背景にあって、その上ですばらしい曲を作曲できるのは、才能だが、まだそうし
た背景のない子どもが、一回聞いただけで、その曲が演奏できるというのは、才能ではない。
 
 脳というのは、ともすれば欠陥だらけの症状を示すが、同じように、ともすれば、並はずれ
た、「とんでもない力」を示すこともある。私も、こうした「とんでもない力」を、しばしば経験してい
る。印象に残っている子どもに、S君(中学生)がいた。ここに書いた、「クラッシック音楽の、最
初の一小節を聞いただけで、曲名と作曲者を言い当てた子ども」というのが、その子どもだ
が、一方で、金銭感覚がまったくなかった。ある程度の計算はできたが、「得をした」「損をし
た」「増えた」「減った」ということが、まったく理解できなかった。一〇〇〇円と二〇〇〇円のど
ちらが多いかと聞いても、それがわからなかった。一〇〇〇円程度のものを、二〇〇円くらい
のものと交換しても、損をしたという意識そのものがなかった。母親は、S君の特殊な能力(?)
ばかりをほめ、「うちの子は、もっとできるはず」とがんばったが、しかしそれはS君の「力」では
なかった。二年間ほど教えたがあるが、脳の一部が欠落しているのではないかとさえ思ったこ
とがある。

 教育の世界で「才能」というときは、当然のことながら、教育とかみあわなければならない。
「かみあう」というのは、それ自体が、教育できるものでなければならないということ。「教育する
ことによって、伸ばすことができること」を、才能という。が、それだけでは足りない。その方法
が、ほかの子どもにも、同じように応用できなければならない。またそれができるから、教育と
いう。つまりその子どもしかできないような、特異な「力」は、才能ではない。

 こう書くと、こだわりをもちつつ、懸命にがんばっている子どもを否定しているようにとらえられ
るかもしれないが、それは誤解である。多かれ少なかれ、私たちは、ものごとにこだわること
で、さらに自分の才能を伸ばすことができる。現に今、私は電子マガジンを、ほとんど二日おき
に出版している。毎日そのために、数時間。土日には、四、五時間を費やしている。その原動
力となっているのは、実は、ここでいう「こだわり」かもしれない。時刻表を覚えたり、音楽の一
小節を聞いただけで曲名を当てるというのは、あまり役にたたない「こだわり」ということにな
る。が、中には、そうした「こだわり」が花を咲かせ、みごとな才能となって、世界的に評価され
るようになった人もいる。あるいはひょっとしたら、私たちが今、名前を知っている多くの作曲家
も、幼少年時代、そういう「こだわり」をもった子どもだったかもしれない。そういう意味では、「こ
だわり」を、頭から否定することもできない。
(02―11−27)※

(参考)
※……神戸の『淳君殺害事件』事件を引き起こした少年Aの母親は、こんな手記を残してい
る。いわく、「(息子は)画数の多い難しい漢字も、一度見ただけですぐ書けました」「百人一首
を一晩で覚えたら、五〇〇〇円やると言ったら、本当に一晩で百人一首を暗記して、いい成績
を取ったこともあります」(「少年A、この子を生んで」文藝春秋)と。

 少年Aは、イメージの世界ばかりが異常にふくらみ、結果として、「幻想や空想と現実の区別
がつかなくなってしまった」(同書)ようだ。その少年Aについて、鑑定した専門家は、「(少年A
は)直観像素質者(一瞬見た映像をまるで目の前にあるかのように、鮮明に思い出すことがで
きる能力のある人)であって、(それがこの非行の)一因子を構成している」(同書)という結論
をくだしている。

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子育て随筆byはやし浩司(349)

仲なおり

 今日、私は一人の女性と、仲なおりをした。さんざん、私にいやがらせをしてきた女性だ。事
情は詳しく話せないが、私が「私は、あなたと仲よくしたいだけです」と言ったら、こう言った。
「先生って、心が広いのですね……」と。

 別に心が広いわけではない。もとから相手にしていなかっただけ。それに私は、若いころか
ら、ほとんど女性だけを相手にして、生きてきた。そういう意味では、まさに百戦錬磨(れん
ま)。かなりクセのある女性でも、平気でつきあえる。そういう技術を、いつの間にか身につけ
た。

 しかしみんなと仲よくするというのは、気持ちのよいものだ。相手がうれしそうにニコリと笑っ
たとき、ポーッと、こちらの心まで温かくなった。いや、本来なら、口もきかない状態で別れても
よいのだが、どうせ私も、その女性も、あと五〇年は生きてはいない。こんな短い人生の中で、
いがみあっていても、しかたない。

 要は、一歩も二歩も引きさがって、バカになればよい。バカになって、先に頭をさげればよ
い。そうすれば相手だって、ふりあげた自分の拳(こぶし)を見あげながら、苦笑いをする。あと
は、みな、円満。みな、ハッピー。

 だいたいにおいて、この世の中に生きていること自体、奇跡。つぎの瞬間には、私たちは消
えていなくなり、そのまま、永遠の「虚」の世界に入っていく。「あの世がある」という人もいる
が、私にはわからない。あればよいと思うが、それは死んでからのお楽しみ。なくても、どうとい
うことはない。私はアテにしていない。

 だから、まあ、つまらない争いはやめよう。つまらない意地悪はやめよう。つまらない喧嘩(け
んか)はやめよう。もしそんなヒマがあるなら、その時間、もっともっと心の旅をしよう。心の宇
宙は、目に見える宇宙より、ずっと広い。しかも、だ。目に見える宇宙は、下から見あげるだけ
だが、心の宇宙は、自由に飛ぶことができる。行きたいところへ行ける。

 人間に与えられた、最高の財産。それは、「時間」ではないのか。時間あっての人生。時間あ
っての命。が、その時間はちょうど砂時計の砂のように、刻一刻と、上から下へ落ちていく。下
に落ちたら最後、絶対に上には戻らない。しかも量にはかぎりがある。その時間という財産の
前では、すべてが、小さく、すべてが卑しく、すべてがつまらなく見える。私たちがせいぜいでき
ることと言えば、その砂を、懸命に手で受けとめることぐらい。その時間をムダにすることくら
い、愚かなことはない。

 つまらないことで、心をわずらわすのは、時間のムダ。つまらない人のことで、心をわずらわ
すのは、時間のムダ。だから相手にしないだけ。相手がどう思おうと知ったことではない。どうと
でも、勝手に思え。……という思いで、その女性と、仲なおりした。「先生は、心が広いですね」
と言われたとき、内心では、「ヤッター」と思った。私は決して、心の広い人間ではない。残念で
した。ははは。
(02−11−28)

●時間を大切に! 時間こそが、もっとも大切な財産ですね。

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子育て随筆byはやし浩司(350)

不登校

 名古屋市に住んでいるKさんの相談を受けるようになって、もう六年になる? お嬢さんが、
中学二年生になったという。はやいものだ。そのKさんから、久しぶりに、メールが届いた。

●Kさんからのメール
林先生へ

お忙しい中早速お返事ありがとうございます。

小学校低学年の頃、行きたくないときはパニックを起こしたり、死にたいとまでいい、家の中で
も暴れたりして大騒ぎしていたのに、今はまったくそういうことはありません。

(私ももう無理に行かせるということはできないと、すぐあきらめるため、トラブルにならないの
ですが……。)

でもそういう意味では、彼女も自分をコントロールするよう努力しているのかもしれません。

昨日朝、学校の先生から「明日はパン工場に見学に行きその準備があるので熱がないなら来
るように」という電話があり、うかつにも、嫌がる娘にその電話を渡してしまいました。
そのとき、娘は、初めて涙を流し、電話に対し「無言」で抵抗をしました。

そのあと、泣きながら、「学校を辞めたい。もうだめだ。やめたくないが女子ソフトクラブも辞め
なければならない。(学校のソフト部の同級生がたくさん通っているため)、もう私のことはほう
っておいて」と訴えました。

これはだめだ、と思いました。
あの電話がなければ、週に二、三回でも学校に行っていたかもしれません。
その電話の前までは、パン工場に行くのは楽しみだったので行く、といっていたのです。
(過去のことを話すのは愚かなことでしたね)

私は、娘の心で問題になったことを尋ねましたが頑として答えません。
それで、そんなにいやなら行かなくてよいこと、あなたの居場所はここにあるということ、ママは
必ず味方をすること、
早急に自分だけの判断で結論を急がないことだけを伝えました。

一か月になるか一年になるか三年になるか。
私の、娘とのでなく、私自身との戦いがこれから始まると思うと、ぐらっとします。

でも学校に行かせなければ、行くかしら、と思っていたときは夜全然眠れませんでしたが、昨日
の晩は行かせなくてよい
と思い、よく眠れました。

夫は大阪で単身赴任。相変わらず出張も多く、今月は一五日間出張です。
電話で話しますが、きっと彼女のいう問題は些細なことで、本当に行かせることをまったくあき
らめていいのか?、とその判断がまだ納得できていません。

ただ近くにいるのが私なので、私の判断に従わざるを得ないのでしょう。
私は夫によく娘に対しナビゲートしすぎだといわれます。
荒れてほしくないと思うあまり、先回りしてこうではないか? こうしたら?、と言っているといい
ます。

気をつけるようにはしているのですが……

●はやし浩司より、Kさんへ、
 引きこもり的な症状をみせ、それが原因(?)で、学校恐怖症的な症状を見せたら、本来な
ら、鉄則は、ただひとつ。「わずらわしさからの解放」です。最近、C君(二六歳)が、八年間もの
引きこもりから抜け出て、やっと、何とか会社勤めができるようになりました。そのC君が、自分
を振りかえって、こう言っています。その内容を、まとめてみます。

(1)(引きこもっている状態のときは)、何もかまってほしくなかった。何がいやかって、親の心
配そうな顔をみるのが、一番、いやだった。
(2)まわりの者が、あれこれ心配してくれる気持ちは、よくわかったが、それがわずらわしくて、
しかたなかった。
(3)自分で何とかしようと思えば思うほど、そのたびに、ますます症状が悪化していくのが、よく
わかった。
(4)子どもの引きこもりに悩んでいる親たちには、こう言いたい。「子どものことは忘れて、自分
たちは自分たちで、好き勝手なことをすればいい」と。

 C君は、高校を卒業すると同時に、発症し、大学は数か月で中退。(最初は休学届けを出し
たが、二年後に中退。)以後、自宅に帰り、しばらく不規則な生活を繰り返したあと、そのまま
自分の部屋に引きこもるようになった。C君の闘病歴。

(1)最初の半年くらいは、ほとんど部屋から出てこなかった。生活は、昼と夜が逆転し、昼間は
ひたすら寝て、夜になると起きてきた。
(2)家族との会話はほとんどなく、母親のささいな言葉で、C君は激怒。母親はこう言った。「ま
さに一触即発の状態で、こわくて何も言えませんでした」と。
(3)こういう状態が、三〜四年つづいた。ときどき、中学時代の友人が、遊びにきてくれたが、
その友人だけが、唯一の「窓」だった。
(4)過食と拒食を周期的に繰り返し、そのたびに、プクッと太ったり、反対にやせたりした。
(5)精神科で処方された薬をのんだこともあるが、はげしい吐き気、気分の悪さ(胸苦しさ)な
どの副作用があったので、途中で服用をやめた。やめたあと、再び、症状が悪化したこともあ
る。
(6)C君が、幼児がえり現象を見せたのは、四年目くらいではなかったかとのこと。最初は、ガ
ンダム人形などで遊び、その遊びが、数か月単位で、少年期、青年期へと変わっていった。
(7)やがて車の免許を取ると言い出し、免許を取得。それ以後は、ときどき外出するようにな
り、いくつかのアルバイトを経たのち、今の仕事についた。

 このC君の例でもわかるように、こうした心の問題は、少なくとも一年単位でみなければなり
ません。同じ時期、Aさんという高校一年生の女の子も、拒食症から、高校を中退しましたが、
そのAさんも、同じような経過をたどっています。外から心の中がわからないだけに、まわりの
ものは、どうしても安易に考えがちですが、心の問題というのは、そういうものです。

 自意識という言葉がありますが、こういうケースでは、この自意識が、二つの方向に作用しま
す。(そういう自分であってはいけないから、なおそうという自意識)という自意識が、(なおそう
という自意識)と、(かえって自分はダメな人間と追い込んでいく自意識)に分裂してしまうので
す。それは想像を絶する、心の葛藤(かっとう)と言ってもよいでしょう。わかりやすく言えば、
(なおそう)と思えば思うほど、自分を、底なしの暗闇の中に追い込んでしまうのです。Aさん
は、あるときメールで、こう書いてきました。

 「(母親が)『あんたを見ていると、つらい』と言うが、それを言われる私は、もっとつらかった」
と。

 そこで大切なのは、「わずらわしさからの解放」です。子どもの世界から、わずらわしいことを
徹底的に排除します。具体的には、子どもの側から見て、親の視線や心配をまったく感じさせ
ないほどまで、子どもの周囲から「家族の気配」を消すことです。C君の両親は、私のアドバイ
スに従い、つぎのようにしました。

 たとえばC君が、夕方起きてきたとします。簡単なあいさつはしても、母親はそのまま、自分
の仕事をつづけ、C君をあたかも、「空気」のように扱ったそうです。食事の世話とか、衣服の
世話はしたそうですが、親は親で、好き勝手なことをした。もっともそういう状態になるのに、
一、二年はかかったといいますが、それを振り返って、母親も、そしてC君自身も、「それがよ
かった」と言っています。

 心の問題は、どこかであせってなおそうと思うと、そのつど、かえって症状をこじらせてしまい
ますから、注意します。そしてその分、立ちなおりを遅らせます。よくある例が、子どもの不登校
にしても、泣き叫んで抵抗する子どもを、無理やり車につめこんで学校へつれて行くケース。親
の気持ちは理解できないわけではありませんが、その「一撃」が、取り返しがつかないほど、大
きなキズを子どもの心につけてしまうのです。この段階で、「そうね、だれだって、学校なんか、
行きたくないこともあるのよ。しばらく学校を休んで、ママと楽しくすごしましょう」と、親が言って
いたら、あるいは、言うことができたら、それほど症状がこじれなくてすんだかもしれません。そ
ういうケースは、いくらでもあります。

 しかし、この問題は、不思議ですね。先のC君も、そのときは、親は、暗くて長いトンネルに入
り、「どうしてうちの子だけが……」と苦しんだそうですが、終わってみると、笑い話になったそう
です。親子の絆(パイプ)も、それで太くなったと言っています。

 それに少し前までは、学歴信仰や学校神話がまだ残っていて、それで苦しむ親や子どももい
ましたが、今は、もうそういう時代ではありません。価値観が変わったというより、日本人もやっ
と、欧米並みの価値観をもつようになってきました。アメリカでは、ホームスクーラーが、今年、
二〇〇万人に達するだろうと言われています。高校を卒業するまで、一度も学校へ通わなかっ
たホームスクーラーに対しても、入学を許可する大学が、世界で一〇〇〇校を超えました。ヨ
ーロッパでは、大学の単位の共通化が進み、今では、どこの大学で、どの学部で勉強しても、
「単位は同じ」という状態になりました。教育の自由化、多様化は、もう世界の常識なのです。

 そういうことを考えると、「学校とは行かねばならないところ」と考えている日本の親たちの、
何というか化石のような観念は、驚きでしかありません。まさに世界の笑いものですが、笑われ
ていることすら、わかっていないのですから、これまた悲劇ですね。

 大切なことは、こうした愚劣な社会的通念で、親子のきずなを犠牲にしてはいけないというこ
とです。またきずなを犠牲にするだけの価値はありません。あなたにしても、あなたのお嬢さん
にしても、たった一度しかない人生ですから、もっと自由に、もっと気楽に、この広い世界を羽
ばたこうではありませんか。ひょっとしたら、あなたのお嬢さんは、体をはって、あなたに真の自
由は何か、それを教えようとしているのかもしれませんよ。

 いまどき、不登校なんて、何でもないということ。あんな窮屈な世界(つまり学校)で、おとなし
くしておられる子どものほうが、おかしいのです。私なら、一日で、不登校児になります。ホン
ト! それとも、あなたなら、行けますか? イギリスのある教育者は、「学校教育は、監獄生
活。子どもは小学校入学と同時に、一〇年の刑を科せられる」と書いています。少し乱暴な意
見に聞こえるかもしれませんが、この問題は、ほんの少し視点を変えれば、何でもない問題だ
ということが、あなたにもわかるはずです。

 だから、「戦い」などと、恐ろしい言葉は使わないで、つまりもっと肩の力を抜いて、気楽に考
えてください。そんなおおげさな問題ではないのです。学校の勉強など、できても、またできなく
ても、どうということはないのです。みんな、明治以後、政府によってつくられた、「幻想」を信じ
込まされているだけです。もともと価値がないものを、価値があると思い込まされているだけで
す。たとえば隣の韓国では、約二年半の徴兵時代の成績で、そのあとの人生(就職先)が大き
く決まります。だから若者たちは、必死なのですが、それをよしとしない若者がいたところで、少
しもおかしくはないですね。むしろそういう若者のほうが、正常かもしれない? 日本の教育に
も、そういう矛盾が、山のようにあります。

 だからといって学校教育を否定するわけではありませんが、山に登る道は一つではないし、
また一つと考える必要もないのです。もっとおおらかに考えたらいかがでしょうか。

 メール、ありがとうございました。また何かあれば、ご連絡ください。
(02−11−28)

●みんなで力をあわせて、狂った日本の常識を変えましょう!

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子育て随筆byはやし浩司(351)

追いつめられた、金正日

 「日本人は平和ボケしている」とよく言われるが、私は、ボケていない。私は、取るに足らない
一庶民だが、心意気だけは、ひょっとしたら、あの外務大臣よりも高い。そういう視点で、北朝
鮮について考えてみる。

 国内外で、追いつめられた金正日。どうやら中国にも、ロシアにも見放されたようだ。今のま
まではやがて、石油も、食料も枯渇する? そうなると、金正日が取るべき道は、ただ二つ。自
己崩壊、もしくは戦争。

 あの金正日は、絶対に自己崩壊しない。したとたん、今までの悪業の数々が、国内外で暴露
されてしまう。恐らく、何万人という人たちが、闇から闇へと、無実の罪で葬られている。へたを
すれば、何十万人かもしれない。かつてのポルポト政権(カンボジア)がしたような大量殺戮(さ
つりく)が、北朝鮮でも明るみになる可能性は、じゅうぶん、ある。そうなれば金正日は、国際法
廷の場に引きずりだされ、処刑される。金正日は、それを知っている。

 となると戦争だが、今の北朝鮮が唯一、戦争の大義名分を使えるのは、対日本だけである。
韓国は同胞だし、アメリカは強敵すぎる。しかも日本には、交戦権がない。敵としても、もっとも
安全な敵(?)ということになる。言いかえると、今、日本が、もっとも警戒すべきことは、北朝鮮
の動向である。

 その北朝鮮は、どのようにして、戦争を日本にしかけてくるか?

 もっとも考えられるのは、東京都に対する、奇襲攻撃である。しかしかつて日本軍が真珠湾
でしたように、大軍を送ることはできない。だから奇襲攻撃をするとしたら、恐らく強力な火器、
もしくはそれ以上の兵器を使ってしてくるだろう。へたをすれば、核兵器を漁船に忍ばせてやっ
てくるかもしれない。その可能性はきわめて、高い。週刊誌によれば、細菌兵器を使用するか
もしれないとも言われている。そのときは、風船爆弾か何かで、日本中に、細菌をバラまくとい
う方法をとるかもしれない。

Q 地方都市はねらわれるか?
A 地方都市ではダメージが少ない。攻撃するなら大都市、しかも東京。
Q 北朝鮮は宣戦布告をするか?
A 何らかの形で、する。それをしないと、大義名分がたたない。世界中から袋叩きにあう。
Q 核兵器を使うか?
A じゅうぶん、その可能性はある。東京湾で爆発させれば、日本のあらゆる機能はマヒしてし
まう。もちろん軍事的にもマヒする。
Q 日本を攻撃して、金正日にメリットはあるのか?
A 自己崩壊するよりはまし、と考えるだろう。あるいは日本だけを攻撃すれば、正当性を主張
できる。
Q 正当性とは何か?
A 戦前の植民地政策への報復攻撃というのが、その正当性である。
Q 日本は、北朝鮮には敵意は、ないが……?
A その論理は、あの国には通用しない。世界的な常識の通ずる国ではない。ないことは、今
度の一連の拉致(らち)事件だけをみてもわかる。

 ではどうするか?

 こうした可能性は、当然内閣も、防衛庁も把握しているだろう。だから国の防衛は、政府に任
せるとして、もし、北朝鮮が、少しでも不穏な動きを見せたら、私たちは私たちで、自己防衛を
するしかない。ボケているヒマはない。

(1)どんな兵器をつかうかわからないから、とにかく外出をひかえる。仮に東京駅で、炭素菌や
天然痘などの細菌をばらまかれたら、数日以内に、その菌は、ほぼ全国に広がる。

(2)東京都など、首都圏に住む人は、退避準備をしておく。車は使えなくなるから、それにかわ
る退避方法を考える。退避ルートを、一度頭の中でシミュレーションしてみるとよい。家族がバ
ラバラに住んでいるときは、集合場所を、あらかじめ決めておくとよい。父の実家の、○○県△
△町というように。

(3)日本の通信網および交通網は、その時点で完全にマヒする。同時に問題になるのは、食
料の確保。北朝鮮に不穏な動きがあれば、即、食料を確保する。またそのように行動する。
水、缶詰類の食物は、多ければ多いほど、よい。携帯電話はもちろん、電話、インターネットも
使えなくなると覚悟する。

(4)首都圏であれば、子どもの通学を、停止する。外出を禁止する。仮に北朝鮮が細菌兵器
を使うようなことがあると、それが発症するまでに、はやくて数日はかかる。その間に、菌が日
本中にバラまかれる可能性は、きわめて高い。とくに天然痘は、空気感染するから、こわい。

(5)そうでなくても瀕死状態の日本経済は、北朝鮮の奇襲攻撃で、壊滅的なダメージを受け
る。そうなれば、今は一ドルが一二〇円前後で推移しているが、円の価値は、急落。株価も大
暴落。一ドルが、一〇〇〇円とか二〇〇〇円になることも考えられる。お金の価値はほとんど
なくなると覚悟する。

(6)日本はその段階でも、反撃はできない。憲法第九条があるからだ。で、それ以後の戦争
は、アメリカ対北朝鮮という図式になるだろう。こうした混沌とした戦争状態は、韓国が参戦し
ないかぎり、半年〜一年とつづくだろう。アメリカ軍が地上軍を派遣しなければ、もっと長期化
する。(地上軍だけを見れば、北朝鮮は、一〇〇万人。かたやアメリカ軍は、多くて一〇万人
規模。直接攻撃されないかぎり、韓国は、参戦しない。)戦争している間、日本の各地では、北
朝鮮の工作員によるテロが続発することになる。現在、工作員は、二〇〇人前後、潜伏してい
るとされる。こうしたテロ活動にも、警戒する。

 こうした自己防衛は、人に任せてはいけない。「国が何とかしてくれるだろう」「政府が何とか
してくれるだろう」、あるいは「アメリカが何とかしてくれるだろう」と考えてはいけない。自分を守
るのは、自分しかいない。そういう前提で、自分で考えて行動する。そのためにも、今から、あ
らゆる可能性を頭の中で描きながら、自分でどうするかを考えておく。それが生き残る、ゆいい
つの方法ということになる。
(02−11−28)

●国際情勢が不穏になったら、できるだけ早く保存食を確保しておこう。
●遠方に住む家族には、万が一のときの、集合場所を知らせておこう。

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子育て随筆byはやし浩司(352)

ワークブック

●ワークブックは、自分で買わせる
 意外と盲点なのが、ワークブック。子どもに合っていないワークブックを買ったため、その子
どもの勉強がストップしてしまうということは、よくある。そこで、いくつかのコツ。

(1)家庭でするワークブックは、子どもの能力の範囲にある、やりやすく、簡単なもので、やや
量が少なめのものを選ぶ。……大切なのは、「やり終えた」という達成感。この達成感を、大切
にしながら、子どもを前向きに引っぱっていく。親は書店でワークブックを選ぶとき、ややむず
かしく、量が多く、字がこまかいものを選ぶ傾向が強いが、そういう小さな無理が、子どもを勉
強嫌いにする。

(2)書店でワークブックを選ぶときは、子どもに選ばせる。……ワークブックは、大工の道具の
ようなもの。よいワークブック(参考書)を自分で選ぶというのは、大工が自分にあった、よい道
具を選ぶのに似ている。子どもが小さいうちは、親が選ぶことが多いが、大きくなったら、自分
で選ばせる。そういう選眼力を養うのも、たいへん重要なこと。

(3)半分はお絵かきになってもよい。……ワークブックなどというのは、もともといいかげんな
編集方針のもと、いいかげんな制作者がつくる。以前、そういったワークブックの制作をしてい
た「私」がそう言うのだから、まちがいない。だから、あまりこまごまとしたことを、神経質に言わ
ないこと。ほぼできていれば、よしとする。計算問題でも、だいたいできていれば、よしとする。
こういうおおらかさが、子どもを伸ばす。

(4)ワークブックを選ぶときは、一番の問題と、そのページの最後の問題を見る。……まず一
番の問題を見る。つぎに、そのページの最後の問題を見る。そのときの難易度の「差」を、「落
差」という。この落差が大きいワークブックは、買ってはいけない。たとえば一番の問題は、だ
れにでもできるような簡単な問題。しかしそのページの最後の問題は、おとなが頭をひねっても
できないような問題になっている、など。こういうワークブックは、かかえたら最後、子どもは確
実に勉強嫌いになる。大手の出版社が、下請け会社のプロダクションに制作させているワーク
ブックには、この手のものが多いから、注意する。

(5)ワークブックは相性を大切にする。……子どもとの相性が悪いと感じたら、そのワークブッ
クは、思い切って、捨てる。「もったいない」とか、「まだ残っている」とか、言って、子どもにさせ
てはいけない。もともとワークブックは、トイレットペーパーと同じ、消耗品。たしかに捨てるのは
もったいないが、しかしそういうワークブックをかかえて、子どもが勉強嫌いになってしまった
ら、もっと、もったいない。

(6)月刊雑誌をじょうずに利用する。……今、一〇種類ほどの月刊ワークブックが出回ってい
る。値段、レベル、量など、それぞれまちまちだが、子どもの能力と、やる気に合わせて選ぶと
よい。ただしここにも書いたように、大切なことは、無理をしないこと。時間的には、一か月分で
も、計三〜四時間でできてしまうようなワークブックが好ましい。小学生のばあい、家での学習
時間は、三〇分〜一時間程度を限度とする。またその範囲でできる学習量にする。コツは、サ
ッと始めて、パッパッと終わらせるようにする。ダラ勉、フリ勉、時間ツブシが見られたら、思い
切って、勉強時間を、半分程度にする。

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中日新聞掲載済みの原稿より……
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子どもを勉強好きにする法(学ぶことを楽しませろ!)
子どもがワークをするとき 

●西田ひかるさんが高校一年生
 学研に「幼児の学習」「なかよし学習」という雑誌があった。今もある。私はこの雑誌に創刊時
からかかわり、その後「知恵遊び」を一〇年間ほど、協力させてもらった。「協力」というのもお
おげさだが、巻末の紹介欄ではそうなっていた。

この雑誌は両誌で、当時毎月四七万部も発行された。この雑誌を中心に私は以後、無数の市
販教材の制作、指導にかかわってきた。バーコードをこするだけで音が出たり答えが出たりす
る世界初の教材、「TOM」(全一〇巻)や、「まなぶくん・幼児教室」(全四八巻)なども手がけ
た。一四年ほど前には英語雑誌、「ハローワールド」の創刊企画も一から手がけた。この雑誌
も毎月二七万部という発行部数を記録したが、そのときの編集長のOK氏が横浜のアメリカン
ハイスクールで見つけてきたのが、西田ひかるさんだった。当時まだまったく無名の、高校一
年生だった。

●さて本題
 ……実はこういう前置きをしなければならないところに、肩書のない人間の悲しみがある。私
はどこの世界でも、またどんな人に会っても、まずそれから話さなければならない。私の意見を
聞いてもらうのは、そのあとだ。で、本論。私はこのコラム(中日新聞「子どもの世界」)の中で、
「ワークやドリルなど、半分はお絵かきになってもよい」と書いた。別のところでは、「ワークやド
リルほどいいかげんなものはない」とも書いた。そのことについて、何人かの人から、「おかし
い」「それはまちがっている」という意見をもらった。しかし私はやはり、そう思う。無数の市販教
材に携わってきた「私」がそう言うのだから、まちがいない。

●平均点は六〇点
まず「売れるもの」。それを大前提にして、この種の教材の企画は始まる。主義主張は、次の
次。そして私のような教材屋に仕事が回ってくる。そのとき、おおむね次のようなレベルを想定
して、プロット(構成)を立てる。その年齢の子ども上位一〇%と下位一〇%は、対象からはず
す。残りの八〇%の子どもが、ほぼ無理なくできる問題、と。点数で言えば、平均点が六〇点
ぐらいになるような問題を考える。幼児用の教材であれば、文字、数、知恵の三本を柱に案を
まとめる。小学生用であれば、教科書を参考にまとめる。

しかしこの世界には、著作権というものがない。まさに無法地帯。私の考えた案が、ほんの少
しだけ変えられ、他社で別の教材になるということは日常茶飯事。こう書いても信じてもらえな
いかもしれないが、二五年前に私が「主婦と生活」という雑誌で発表した知育ワークで、その
後、東京の私立小学校の入試問題の定番になったのが、いくつかある。

●半分がお絵かきになってもよい
 子どもがワークやドリルをていねいにやってくれれば、それはそれとして喜ばねばならないこ
とかもしれない。しかしそういうワークやドリルが、子どもをしごく道具になっているのを見ると、
私としてはつらい。……つらかった。私のばあい、子どもたちに楽しんでもらうということを何よ
りも大切にした。同じ迷路の問題でも、それを立体的にしてみたり、物語を入れてみたり、ある
いは意外性をそこにまぜた。たとえば無数の魚が泳いでいるのだが、よく見ると全体として迷
路になっているとか。あの「幼児の学習」や「なかよし学習」にしても、私は毎月三〇〇枚以上
の原案をかいていた。だから繰り返す。

 「ワークやドリルなど、半分がお絵かきになってもよい。それよりも大切なことは、子どもが学
ぶことを楽しむこと。自分はできるという自信をもつこと」と。

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子育て随筆byはやし浩司(353)

無知と無理解と誤解と……

●心の病気は、外から見えない
 体の病気は、外からわかる。しかし心の病気は、外からわからない。わからないから、親は、
「気のせいだ」「わがままだ」「仮病だ」と考えやすい。しかし心も、ときとして風邪をひく。肺炎に
もなる。あるいはそれがこじれて慢性病になることもある。

 あなたは熱を出して苦しんでいる子どもを、学校へつれていって、勉強させるか。あなたは足
の骨を折って、痛がっている子どもを、外につれていき、運動させるか。答は、ノーのはず。
が、心の病気のときは、そうでない。あなたは熱を出して苦しんでいる子どもを学校へつれてい
ったり、足の骨を折って、痛がっている子どもを、外につれていくようなことを、平気でしてい
る!

 「心」というのは、「体」より、ずっと複雑で、デリケート。熱を出したり、折れたりするようなこと
はないが、しかしキズついたり、壊れたり、変調したり、さらに狂ったりしやすい。ほんのちょっ
とのことで、そうなる。しかも心の病気は、一度病気になると、その症状は一年単位(一年でも
短いほうだが……)で、推移する。人によっては、一生、その病気に苦しむこともある。しかしそ
れにしても、どうしてこうまで日本人は、心の病気に対して、無知なのか。無理解なのか。誤解
しているのか。

●日本人独特の偏見
 前提として、日本人は、「心は病気にならない」と考えている? あるいは、心に病気のある
人を、昔から、「ふつうでない人」として、忌み嫌ってきた? そうした日本人独特の偏見が、心
の病気に対する理解をさまたげてきたとも言える。私も子どものころ、父や母に叱られるとき、
いつも、こうおどされた。「お前を、精神病院へ入れるぞ!」と。私はその言葉におびえたが、そ
ういえば、一度、こんなことがあった。

 何かのことで、ある精神病院の近くまで行ったことがある。小学五、六年生のころではなかっ
たか。それは大きな病院だったが、窓という窓には、鉄格子がはめられていた。私はその病院
を見たとき、言いようのない恐怖感に襲われた。心底、ゾーッとするような恐怖感だった。多分
私がそうなったのは、それまでさんざん、父や母に、おどされていたためではないか。こういう
偏見が、まだこの日本には残っている?

 心の病気など、何ら恥ずべきことでも、悲しむべきことでもない。風邪をひいて、熱を出すよう
に、だれだってある特殊な状況におかれれば、そうなる。私だってなるし、今、この文章を読ん
でいる、あなただってなる。またなったからといって、自分がまちがっているとか、おかしいと
か、特殊だとか、さらには欠陥人間なのだと思ってはいけない。思う必要もない。

●岐阜県T市の母親からの相談
 こんなメールがある母親(岐阜県T市在住)から届いた。その家庭では、中学生になった上の
女の子(姉、中二)が、断続的に不登校を繰り返していた。が、それを見ている下の女の子
(妹、小六)が、姉を、「ずるい」とか、「またサボっている」とか言って、非難するというのだ。そ
れで「どうしたらいいか?」と。母親は、「姉の不登校もさることながら、妹にどんな影響を与え
るか心配です」と書いていた。

 このケースでも、(当然だが……)、妹が姉の病気をまったく理解していないことがわかる。偏
見すらもっている。こうした無理解や偏見は、子どもだけのものではない。おとなの世界でも、
妻が育児ノイローゼになったとき、「お前は怠け病だ」と、妻を責める夫はいくらでもいる。少し
前だが、こんなこともあった。

 ある子ども(小一男児)が、毎朝、学校へ行くのをいやがるという。そこで親が車でつれていく
のだが、車で行けば、何ともない。最初、親は、不登校ではないかと心配したが、ほかに症状
はない。そこで調べてみると、その子どもは、閉所恐怖症であることがわかった。学校へ行く途
中にトンネルがあって、みなと行くときは、そこをくぐらねばならなかった。それが原因で、子ど
もは学校へ行くのをいやがっていた。

 私が「恐怖症だから無理をしないでください」とアドバイスしたが、相談してきた祖母は、「そん
なことで!」と驚いていた。そこで私は、私の恐怖症について説明してやった。「おとなの私で
も、恐怖症になります」と。心の病気は、決して、安易に考えてはいけない。

 で、メールで相談してきた母親の話にもどる。

●結局は、親の心の代弁者
 小学六年の子ども(妹)であれば、もう心の病気を理解できる年齢になっている。だから親
は、それを正直に、かつ正確に話すべきだと思う。言い方はいろいろあるだろうが、「心の風
邪」という言葉がよいかもしれない。「体が病気になるように、心だって、病気になるのよ」という
ような言い方で、よい。しかし私がこの相談を受けて、心配しているのは、姉の不登校のことで
はなく、家族の心が、少しバラバラになっていること。どこに原因があるのかはわからないが、
それぞれ三者が、別の方向を向いているような気がする? とくに妹が、他人の目で、姉を見
ている……?

 原因として考えられるのは、これはあくまでも私の憶測だが、母親自身が、まだ姉を受け入
れていない? もっと言えば、姉に対して心を開いていない? どこか他人行儀な感じすらす
る? 恐らく妊娠したときから、この母親がしてきたことは、不安先行型の子育てだったかもし
れない(失礼!)。たとえば望まない結婚であったとか、望まない子どもであったとか(失
礼!)。そういうどこか、リズムのかみあわない子育てが、今の親子関係に反映しているという
ことがじゅうぶん考えられる。それを、つまり、妹は、妹で、そういう母親の考え方を、無意識の
うちにも、感じ取ってしまっているのではないか? こういうケースは、少なくない。印象に残っ
ている女の子(年長児)にこんな子どもがいた。

 話が少し脱線するが、ある日、一人の母親が私のところにきて、こう相談してきた。「先生、
私は自分の娘がこわくてなりません」と。そこで話を聞くと、こう言った。

 「うちの娘は、何でも私の思っていることを、そのまま口に出して言ってしまうのです。それが
テレパシーのように伝わってしまうのです。たとえばお客さんがやってきたとします。そのとき、
私が、『いやなときに来た』と思っていると、娘が、そのお客さんに向かって、『あなたはいやな
ときにきたわね』と言ってしまうのです。あるいは、私が内心で、義理の父親のことを、『汚い』と
思っていると、娘がその父親に向かって、『あなたは汚い』と言ってしまうのです」と。

 親子の関係が濃密だと、こういう現象はよく起きる。つまり子どもの心をつくるのは、親だとい
うこと。姉に対して、「またサボっている」と妹は言ったということだが、それは母親の中に潜
む、潜在意識の代弁かもしれない? こう断言するのは危険なことだが、しかしその可能性は
高い。

 そこで私はその母親に、こうアドバイスした。

●まず、親の心をつくりなおす
 「今こそ、あなたの愛情が試されているときと思ってください。方法は簡単です。上の子(姉)
を、すべて許し、忘れることです。あなたが上の子を、すべて許し、忘れることができたとき、あ
なたの心の中に温もりがうまれ、下の子(妹)の心を溶かします。時間はかかりますが、いつか
下の子が、上の子に向かって、『お姉さん、無理をしないでね。お姉さんは、よくがんばっている
よ』とねぎらいの言葉をかける日がくることを信じて、ただひたすら、許して、忘れるのです。一
見、この問題は、下の子の問題のように見えますが、実は、下の子は、あなたの知らない心を
代弁しているだけなのです。それにもし、あなた自身の中に、わだかまりがあるようなら、思い
切って、そして勇気を出して、一度、あなたの心の中をのぞいてみてください」と。

 話がずいぶんと脱線してしまったが、まず私たちは、心の病気に対する、無知と無理解と誤
解を取り除かねばならない。子どもの不登校の問題にしても、その背景には、こうした無知と
無理解と誤解がある。それらが、偏見を生み、そしてもろもろの悲劇を生む。だからあえて、私
はここで繰り返す。

 心の病気なんてものは、何でもない! だれだって、なるときはなる! なったところで、自分
や、家族を、欠陥のある人間などとは、思ってはいけない。思う必要もない。何でもないことな
のだ!
(02−11−28)

●心の病気に、理解をもとう!
●心の病気に苦しんでいる人に、やさしくしてあげよう!

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子育て随筆byはやし浩司(354) 

男の子・女の子

●アンドロゲン
 「うちの娘(小三)は、おてんばで、遊びも、女の子のものというよりは、男の子のものばかり。
人形でも、ほとんど遊びません。スカートをはくのも、いやがります。どうしたらいいですか」(熊
本県M市H)というメールをもらった。

 これはサルの実験だが、妊娠中のメスザルに、アンドロゲンという性ホルモンを注射したとこ
ろ、そのメスザルから生まれてきた、メスのサルは、明らかに男性的な遊びをするようになった
という(アメリカ・ウィスコンシン大学の研究レポート)。

 このように、「男の的」「女の子的」というのは、遺伝子によるものというよりは、アンドロゲンと
いうホルモンによるものであることは、よく知られている。人間のばあいでも、副腎過形成という
先天的な病気になると、体内でアンドロゲンが過剰に分泌され、女児でも、「男の子的な遊びを
好むようになる」になることが報告されている(新井康允氏「脳のしくみ」)。(これに対して、男の
子が男の的になるのは、胎児期に自分の精巣から分泌されるアンドロゲンによるものと考えら
れている。)

 ここでいう「男の子的」「女の子的」というのは、だいたい、つぎのような尺度でみるとよい。

☆男の子的(男の子の遊びの行動パターン)……攻撃的、暴力的、闘争的、能動的。
☆女の子的(女の子の遊びの行動パターン)……保守的、家庭的、平和的、受動的。

わかりやすく言うと、男の子は、乗り物や闘争的な遊びやスポーツに興味を示し、女の子は、
ままごとや、おしゃれ、技術的な体操に興味を示すということになる。が、こうしたパターンが、
そのまま子どもによっては、当てはまらないときがある。冒頭の相談もその一例である。

●私のばあい
 私は小学六年生になるまで、女の子と遊んだ経験がほとんどないという、まあ、どちらかとい
うとイビツな環境の中で、育った。女の子と遊ぶことなど、考えられなかった。遊べば遊んだ
で、「女たらし」と呼ばれた。私の生まれ育った世界では、「女たらし」と言われることくらい、不
名誉なことはなかった。そんな私だったが、小学三年生か四年生のころ、無性に、人形がほし
くなったことがある。愛情に飢えていたのかもしれない。で、ある日、そのことを、大阪に住む叔
母にこっそりと話すと、叔母は、一体の人形をつくって送ってくれた。私は以後、その人形を毎
晩、抱いて寝た。

 だからといって、私に同性愛的な趣向があるということではない。私は男の中でも「濃い男」だ
と思う。「濃い、薄い」というのは、かなりスケベなほうの男ということ。同性にはまったく興味は
ない。好きか嫌いかと言われれば、若いときは、セックスほど楽しいものはなかった。

 こうした経験があるから、私は、「男の子的」「女の子的」という言い方には、どこか抵抗を覚
える。男の子だって、女の子の遊びをしてもかまわないし、女の子だって、男の子の遊びをして
もかまわない。……と考えていた。今も基本的には、その考え方は変わっていないが、問題な
のは、男児の女性化である。このことについては、別のところで書いたが、それには環境ホル
モン(内分泌かく乱化学物質)が影響しているという説もある。たいへん深刻な問題と考えてよ
い。

 ただ私の経験では、こと、おてんばな女の子について言えば、それは思春期までのことであ
り、その時期に入ると、女の子は、急速に、女性ぽくなっていくことがわかっている。しかもおて
んばであった女の子ほど、そうで、教育的には、ほとんど問題はない。印象に残っている女の
子に、Sさんという女の子がいた。

●胸を平気で見せていたSさん
 Sさんは、セーラー服を着た、男の子だった。私の教室へ来ても、夏の暑い日だと、平気で制
服を脱いで、シャツ一枚になっていた。小学五年生ともなると、胸もかなり大きくなる。そこで私
が「服を着ろ。女の子が、そういうかっこうをするもんじゃない!」と叱ると、「暑いから、いいだ
ろ」と。そこで別の机の上に脱いである制服を、私がSさんに投げて渡すと、「うるせエーナー、
着ればいいんだろ、着ればアー」と。

 母親もそういうSさんに、かなり悩んでいた。家の近くに材木店の空き地があるのだが、そこ
で毎日、真っ暗になるまで、男の子たちとサッカーをしているというのだ。「あんたは、チンチン
を私のおなかの中で忘れてきたのね」と母親が言うと、「ちゃんと産まネーから、こういうことに
なるんだよ」と言い返していたという。

 が、そのSさんが、急速に変化したのは、六年生になってからだ。その時期のことはよく覚え
ていないが、中学一年生になるころには、別人のようになっていた。記憶に残っているのは、
笑い方まで変わってしまったこと。それまでは、足を広げて、ゲラゲラと大声で笑うタイプの子ど
もだったのだが、気がつくと、足をすぼめて、フフフと、顔をかしげて笑うタイプの子どもになっ
ていた。生理か何かが始まって、体内のホルモンが、大きく変化したのかもしれない。そのとき
は勝手にそう思ったが、その変わりように、私は驚いた。

 で、ある日、私はSさんに、こう言った。「あんたは、少し前まで、メチャメチャおてんばだった
けど、どうして、そんなに変わったの?」と。するとSさんは、恥ずかしそうに顔をゆるめて、こう
言った。「そんなこといいでしょ。もう忘れて……フフフ」と。

そのSさんは、少し前まで、近くの保育園で保育士をしていて、最近結婚したと聞いている。

 だから……。この時期、つまり幼児期から少女期にかけて、女の子が男の子的な遊びをする
からといって、それほど深刻になることはない。……というのが、私の結論ということになる。少
なくとも、思春期を迎えたときどうなるかを見きわめるまで、今は、静かに様子をみる。それ以
後のことは、また別に考えたらよい。
(02−11−29)

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子育て随筆byはやし浩司(355)

カルシウム、マグネシウム

●こわい、カルシウム不足
 マガジン読者の方から、「カルシウム、マグネシウム分の多い食生活は何か」と聞かれた。こ
こにそれを報告する。

 まずカルシウムが不足すると、子どもにはつぎのような症状が現れる。

(1)脳の発育が不良になる。
(2)先天性脳水腫をおこす。
(3)脳神経細胞の興奮性を亢進する。
(4)痴呆、低脳をおこしやすい。
(5)精神疲労しやすく、回復が遅い。
(6)神経衰弱症、精神病にかかりやすい。
(7)一般に、内分泌の発育は不良、機能は低下する。
(以上、片瀬淡氏の『カルシウムの医学』より)

 日本の土と水は、欧米の土や水とくらべても、カルシウム分が少なく、意識的に多く、カルシ
ウムをとる必要がある。とくに成長期の子どもは、そうである。これは日本の表土が火山灰、
一方欧米の表土は、大理石であることの違いによる。

もともとそのため、日本人は、欧米人とくらべても、海産物をたくさん摂取してきた。代表的なも
のとして、
      
      ワカメ、コンブ、ヒジキ、小魚、魚、クジラなどがある。

 これらの食物を、日本人は、生のまま食べたり、干したり、焼いたり、煮たりして、それに合わ
せて、山菜や野菜をそえた。こうした方法で、自然と、日本人は、カルシウムやビタミン類を摂
取してきた。海には、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、鉄、銅などをはじめとする、九四
種類のミネラルが含まれている。この中で育つ海草や魚は、まさに天然のミネラルの缶詰とい
うことになる。その中でも小魚は、骨まで食べるので、なおいっそうバランスのとれた食物という
ことになる(以上「マザーリング」参考)。

●食生活の改善
 カルシウム、マグネシウムを多く摂取するためには、つぎのように食生活を改善する。

  肉ではなく→魚中心の食生活にする。
  チーズではなく→豆腐を多く食べる。
  スープではなく→ワカメの入った味噌汁にする。
  菓子ではなく→丸ごと食べられる小魚、煮干にする。

 子どものばあい、こうした食生活の改善だけで、じゅうぶんなカルシウム、マグネシウムを摂
取することができる。

●こわい、リン酸食品
しかしいくらカルシウム、マグネシウムの多い食生活をこころがけていても、他方で、リン酸食
品を口にしていたのでは、意味がない。リン酸は、体内のカルシウムと結合して、リン酸カルシ
ウムとなり、尿を経て、体外へ排出されてしまう。そのリン酸は、つぎのような食品に多量に含
まれているので、注意する。

ハム、ソーセージ……弾力性をよくし、歯ごたえをよくするため
アイスクリーム……粘り気を出すため
インスタントラーメン……やわらかくしたり、弾力性をもたせるため
プリン、ドロップなど……味に丸みを出すため
コーラ飲料……風味をおだやかにするため
(川島四郎氏「カルシウム不足の日本人」より)

 ここにあげた食品は、いわゆるジャンクフードを呼ばれているもの。こういった食品をできる
だけ避けることを忘れてはならない。
(02−11−29)

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子育て随筆byはやし浩司(356)

バカ論

 人間のレベルについて考えたり、論じたりするのは、タブー中のタブー。しかし……。

 映画『フォレスト・ガンプ』の中で、ガンプの母は、ガンプにこう言う。「バカなことをする人をバ
カというのよ。(頭じゃないのよ)」と。

 この世の中には、そういう意味でバカな人はたしかに、いる。そういう人を基準にすれば、人
間のレベルを知ることができる。が、どういう人をバカというのか。

(レベル1)平気でゴミを捨てる人。道路にツバをはく人。駐車違反をする人。社会のルールを
守らない人。

(レベル2)自分勝手な人。人に迷惑をかける人。小ズルイ人。ウソをつく人。約束を守らない
人。

(レベル3)人をだます人。社会に害毒を流す人。人の心をもてあそぶ人。人を傷つけたりする
人。

 こうした(レベル)がこわいのは、そのレベルに応じて、やがてその人の風格なり品性となっ
て、外に現れること。若いうちは、自分がもっている気力でそれをごまかすことができる。が、
歳をとると、そうはいかない。気力が弱くなると、それと反比例する形で、その人の品性が、外
に出てくる。こんなことがあった。
 
 O君(中二)がこう言った。「家の前に、花の植木バチを置いておくと、すぐ盗まれる。盗んで
いくのは、近所のおばさんだ。お母さんが、昨日も怒っていた」と。そこで「近所のおばさんっ
て、どんな人?」と私が聞くと、「七〇歳くらいのおばさんだ」と。

 私はこの話を聞いたとき、最初、そのおばさんが、どういう気持ちで盗んできた花を見るの
か、そちらのほうに興味をもった。(盗む)という邪悪な行為と、(花を楽しむ)という清廉(せい
れん)な行為は、明らかに矛盾している。そこでさらに話を聞くと、どうも、こういうことらしい。

 そのおばさんは、もともと、そういう人だったそうだ。しかし年齢とともに、そういう自分をごま
かすことができなくなり、平気でそういうことをするようになった、と。一度、植木バチを返してほ
しいと、O君の母親が言ったときも、まったく悪びれる様子もなく、こう言ったという。「名前は言
えないが、これは、ある人からもらったものだ」と。こういうおばさんのような人を、「バカ(ガンプ
の母親が言うところのバカ)」というが、こういう人は、もっと大切なものをなくしていることに気
づかない。「時間」だ。時間をムダにしている。

 そこで私は、(レベル4)として、つぎのような人を考える。

(レベル4)時間をムダにする人。自分に正直に生きない人。人生の真理から自ら遠ざかる
人。

 人はバカをすればするほど、回り道をすることになる。人生が永遠にあればそれでもよい
が、人生は決して永遠ではない。今までのあなたの人生が、あっという間に終わったように、こ
れからの人生も、あっという間に終わる。そういう人生の中で、私たちはいくつの真理をつかむ
ことができるのか。どれだけ真理に近づくことができるのか。回り道をしているヒマなど、だれに
もない。私にも、あなたにも、ない。もしバカなことを繰り返していれば、そのつど、回り道をする
ことになる。真理から遠ざかり、時間をムダにすることになる。

 若い人がバカなことをするなら、まだ許される。私もそうだった。若いうちは、無数のバカをし
ながら、それをバネに、利口になることができる。しかし人生も晩年になったら、バカは許され
ない。それはこの世界を生きる、人間の責任のようなものでもある。私たちは生きてきた証(あ
かし)として、ほんの少しでも、つぎに生きる人たちのための踏み台にならねばならない。その
ためにも、ほんの少しでもよいから、私たちは、前に向かって進む。

 さてその植木バチを盗むおばさんについて、O君はこうも言った。「見るからにヘンな人だよ」
と。中学生のO君にもわかるほど、「ヘンな人」だというのだ。私はこの話を聞きながら、「そう
はなりたくないものだ」と思いながら、一方で、「自分も多分、そうなるだろうな」と思った。今は、
まだ気力で、自分をごまかしているが、私の中では、いつも邪悪なものが、ウズを巻いている。
もう少し歳をとると、その気力が弱くなり、やがて邪悪な自分が表に出てくる? それにかく言う
私は、いまだにバカなことばかりしている。回り道ばかりしている。正直言って、そういう自分
が、ときどきこわくなる。バカというのは、結局は、私自身のことかもしれない。そこで(レベル
5)

(レベル5)知ったかぶりをする人。真理を安易に口にする人。偉そうなことを言って、バカ論を
説く人。
(02−11−30)

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子育て随筆byはやし浩司(357)

宗教団体

 それぞれの人は、それぞれの思いをもって、宗教団体に身を寄せる。よく誤解されるが、宗
教団体があるから、信者がいるのではない。それを求める信者がいるから、宗教団体がある。
それにしても日本の宗教団体は、どれも、もっともらしい名前をつけている。「○○会」「○○
教」「○○教会」など。「○○○科学」というのもある。

 私はこうした宗教団体が、どういう目的や、教えをもっているかは知らない。だから安易に批
判したり、論じたりすることはできない。それに信者にしても、それぞれの信者は、それぞれの
思いをもって、宗教団体に身を寄せている。そういう個人の「思い」は、尊重しなければならな
い。私のような部外者が、とやかく言ってはいけない。

 しかしこうした団体の活動の、その影響が、信者でない「私」に及ぶときは、この限りではな
い。無視することはできないし、無関心であってはいけない。信仰が組織のための組織信仰に
すりかわったとき、そしてその組織信仰が、政治や経済に影響を与え、さらには犯罪的行為ま
でするようになったら、そのときは、私たちはそれらと戦わねばならない。たとえば「○○○教」
は、あのいまわしいサリン事件をひき起こしている。「○○会」は、支持母体となって天下の公
党を陰で支えている。「○○教会」は、あやしげな経済活動を、今でも行っている。実のところ、
私の母も、その被害者である。先日も、実家へ帰ってみると、どこか見覚えのある大理石のツ
ボが置いてあった。「これ、何?」と聞くと、母はこう言った。「あれこれ親切にしてくれる女の子
がいたからね。買ってあげたよ」と。値段を聞くと、二〇万円! 韓国の原産地では、五〇〇〇
円前後で売られているツボである。

 本来、人の心を守り、その心のよりどころになるべき宗教が、政治活動や経済活動をする。
そのおかしさに、私たちはもっと敏感であるべきではないのか。よくこれらの団体は、「信仰の
自由」を盾にとって、こうした活動を正当化する。が、「心」というのは、組織があるから守られ
るものでも、また組織がないから守られないものでもない。どこまでいっても、その人個人の、
しかも心の問題である。いわんや、政治活動をしたり、経済活動をしたりするとは?
 
 これから先は、私の専門分野外だから、私は何とも言えない。しかしこの問題から、目をそら
すわけにはいかない。これからも、よく考えてみたい。
(02−11−30)

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子育て随筆byはやし浩司(358)

運命論(2)

 私は今の住宅地に住んで、今年で、二六年目になる。もともとは、山の中だったという。私が
住み始めたときも、このたりは一帯、緑豊かな雑木林でしかなかった。

 が、そこに土地改良の波が押し寄せた。見たこともないような巨大なダンプや、大型ブルドー
ザーが、ゴーゴーと山を削り、谷を埋めた。そんなある日、車で通りかかると、ガリガリにやせ
たキツネが、目の前を横切った。皮膚病か何かで、体はまだらに毛が抜けていた。歩き方も、
どこかヨタヨタしていた。そのキツネは、私のほうを見ることもなく、そのまま反対側のヤブの中
に消えていったが、私はスローモーションの映画を見ているかのような錯覚を覚えた。

 このあたりでキツネを見たのは、それが最後だった。あとで農家の人に聞くと、昔は、キツネ
がたくさん住んでいたとのこと。タヌキも、イタチもいた。もっともタヌキやイタチは、数こそ少なく
なったが、今でもときどき見る。しかしキツネは、いない。少なくとも、この一五年は、見ていな
い。恐らくこのあたりのキツネは、どこかへ移動したか、あるいは、絶滅したにちがいない。キ
ツネが住めるようなヤブすら、ない。

 ……と、キツネの話を書いて、実は、この話を書いた裏には、もうひとつ、私の隠された意図
がある。私は「運命論」を書きたくて、キツネの話を書いた。

 キツネという動物に視点を置いて、運命論を考えてみよう。キツネがどこかへ移動したにせ
よ、絶滅したにせよ、それは運命だったのか、と。もしそれが運命だとするなら、その運命は、
だれが決めたのか、と。その前に、運命があるのは、万物の霊長である「人間」だけであって、
「そのほかの動植物」には、ないと言う人もいる。しかしこれほど、自分勝手で、おめでたい理
屈もない。

 人間とて、自然の一部であり、自然を離れて、人間は人間ではありえない。「人間は動物より
すぐれている」と主張する人もいるが、脳の一部(とくに大脳連合野の新・新皮質部)が、ほか
の動物よりは発達しているという点をのぞいて、とくにすぐれているということはない。百歩譲っ
て、もしこの理屈がとおるとするなら、人間がかつて下等動物のときはどうだったかということに
なる。人間も、大昔は、サルのようだった。さらにそのまた前の大昔は、そこらのネコやネズミ
のようだった。今は、たまたま、この地球上で、大きな顔をしているにすぎない。しかもその時
代は、新石器時代が始まってから、たかだか、五〇〇〇〜六〇〇〇年にすぎない。「人間が
長」であることを証明するには、まだ時間そのものが、短かすぎる。ちなみにあの恐竜などは、
一億年※近くも、この地球上に君臨していた。

 もし運命論というのがあるとするなら、それは少なくとも、この地球上のありとあらゆる生命に
あることになる。人間だけにあるというのは、そもそもおかしい。となると、冒頭にあげたキツネ
の運命は、だれが決めたのかということになる。キツネがこのあたりからいなくなったのは、そ
れはこのあたりに住んでいたキツネの運命だったのか、と。

 もちろん答は、ノーである。キツネがこのあたりからいなくなったのは、私も含めた、人間たち
の貪欲(どんよく)な、経済活動の結果でしかない。それは神や仏の意思によるものではなく、
土地を開発して金をもうけようとする、人間たちの欲望の結果でしかない。そうした人間たち
が、神や仏ではないことからもわかるように、キツネの運命を決めたのは、人知を超えた、神
や仏の意思によるものではない。あくまでも私たち人間の意思による。

 が、肝心のキツネたちはどうだろうか。私が見たキツネにせよ、キツネたちは、一言も抵抗す
ることなく、このあたりから消えた。もし彼らが意思をもった生物なら、人間の傲慢(ごうまん)さ
に対して、抗議行動をしたり、ばあいによっては、抵抗運動をしたかもしれない。しかし彼らは
何もしなかった。静かにこのあたりから、消えた。キツネたちがそう思っているかどうかは知ら
ないが、キツネたちは、あるがままの運命を受け入れ、それに従った?

 となると、もう一度、人間に話をもどしてみると、人間はどうかということになる。私たちは今、
こうして日々の生活を送っている。生きるということは、まさにできごとの連続。そういうできごと
が無数に集まって、ときには山となり谷となる。そしてそういう山や谷がまた折り重なって、あた
かも海の波のようにして襲ってくる。「私は私だ」といくらんでも、結局は、私たちは、その波間
に翻弄(ほんろう)されてしまう。それを運命といえば運命ということになるが、しかしそれは決し
て、私たちの人知を超えた力によるものではない。私たち人間の意思が、どこかで集合され
て、それが結果として、私たちに作用しているにすぎない。

 では、なぜ私がこうまで運命論にこだわるか、だ。それはとりもなおさず、運命論は、他方で、
神や仏と結びつき、そしてその先では宗教とからんでくる。言いかえると、神や仏に近づくため
には、運命論がどうしても、その最初の関門となる。少し飛躍した論法に聞こえるかもしれない
が、運命論と宗教論は、紙の表と裏のような関係にある。仮に運命論が否定されるようなこと
があると、神や仏も否定される。同時に宗教も否定される。

 この問題は、行くつくところ、「神や仏が人間をつくったのか」、それとも、「人間が神や仏をつ
くったのか」というところまでいく。その答のカギを握っているのが、実は運命論なのである。
「神や仏が人間の運命を決めているのか」、それとも、「人間が自ら、自分の運命を決めている
のか」と。

 さてさて、キツネの運命を決めたのはだれか。人間なのか? それとも私たち人間の上にい
て、私たち人間をも支配する、神や仏なのか? ただここで言えることは、あのキツネの姿を
思い出すたびに、人間も残酷な生き物だと思う。そしてもし私たちの上に、神や仏がいるとする
なら、その神や仏も、罪なことをすることだと思う。あるいはキツネたちは、何か悪いことをし
て、それでバチが当たったとでもいうのだろうか。ははは。これは冗談。キツネにバチを与える
神や仏がいるとしたら、それは神や仏ではない。悪魔だ。同じように、人間にバチを与える神
や仏がいるとしたら、それは悪魔だ。相手にしないほうがよい。
(02−11−30)

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子育て随筆byはやし浩司(359)

幸福論

 イギリスの教育格言に、『幸せにするのが、最高の教育』というのがある。それはそのとおり
だが、問題は、その中身である。

 日本人の多くは、子どもの物欲を満足させることが、子どもを幸福にさせることだと誤解して
いる。あるいは「より高価なものを買ってあげれば、親子のパイプは太くなったはず」「子どもは
感謝しているはず」と考える。しかしこれは誤解。まったくの誤解。あるいはまったくの逆効果。
物欲を満足させればさせるほど、子どもは、ドラ息子になる。ドラ娘になる。

 幸福であるかないかということは、「モノ」の問題ではない。「心」の問題。しかし日本人は、戦
後のあのひもじい時代をとおして、「モノ」に対して、異常な執着心をみせるようになった。こうし
た異常さは、外国へ出てみるとわかる。実際、アメリカの家庭でも、オーストラリアの家庭でも、
「モノ」は、恐ろしく少ない。質素といえば質素だが、本当に少ない。

 たとえばこの日本では、小さな家庭でも、足の踏み場がないほど、「モノ」が氾濫(はんらん)し
ている。それが恐ろしく氾濫している。こうした日本人独特の「モノ」に対する執着心は、当然の
ことながら、子育てにも大きな影響を与えている。先に書いた、誤解もその一つ。「モノさえ与え
ておけば、子どもは幸せなはず」と。

 しかしこうした日本人の子育て観は、まさに世界の非常識。子どもを幸せにするということ
は、そういうことではない。またそういうことであってはならない。では、どうするか。それがここ
でいう「幸福論」である。

 子どもを幸福にするということは、家族で、地域で、そして園や学校で、子どもを温かい心で
包むことをいう。たとえば家族では、家族どうしが、守りあい、助けあい、いたわりあい、励まし
あい、教えあい、なぐさめあうことをいう。そういうつながりを太くすることをいう。つまり子ども
を、絶対的な愛情や安心感で包むことをいう。「絶対的」というのは、「疑いをいだかない」という
意味。「モノ」ではない。「マネー」でもない。「心」なのだ。

 が、私たち日本人は、そういう「幸福の原点」を忘れてしまっている。忘れたまま、今でも、「モ
ノ」に執着している。こうした傾向は、戦後のあのひもじい時代を生きた世代ほど、強い。しかし
今こそ、その原点に立ち返るべきではないのか。たまたま今は、大不況のとき。生活もたいへ
んだが、子育てのあり方を見なおすには、そういう意味では、絶好の機会かもしれない。
(02−11−30)

●つつましく生活することを、恥じることはない。
●子どもの物欲を満足させてあげられないことを、恥じることはない。そのほうが、子どものた
めになる。親子のきずなも太くなる
●だいたい年端(としは)もいかない子どもに、二万円だとか、三万円もするゲーム機など買っ
てあげるから、子どもの金銭感覚がおかしくなる。どうして世の親たちよ、それがわからない?
 買ってあげなければ、親子のパイプがつなげないというなら、それはあなたの子育て観がす
でに狂っているということ。「モノ」で子どもの、そして人の心を釣ってはいけない。つないではい
けない。(少し過激な言い方で、すみません!)

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子育て随筆byはやし浩司(360)

ケチ論

 私が今まで出会った中で、最高のケチは、R氏(四五歳)だった。R氏というより、R氏夫婦だ
った。

 ある日、物干し竿(ざお)に、よく見かけるが、しかしそういうところには、あってはならないも
のが、ぶらさがっているのがわかった。「何だ?」と思って見ると、のびきったコンドームだっ
た。R氏夫婦は、コンドームでも、そのつど洗って使っていた! いろいろなケチがいるが、コン
ドームを洗って使う人は少ない?

 ふつうケチというときには、二種類ある。プラス型のケチと、マイナス型のケチ。

 プラス型のケチ……お金はあるのに、質素なフリをするケチ。ケチである必要もないのに、ケ
チケチしている。わざとヨレヨレの衣服を身にまとい、「私はモノを大切にしています」と、それを
誇示したりする。子ども時代の貧しい時代を回顧しながら、「今もそうでなければならない」と説
いたりする。

 マイナス型のケチ……お金がないのに、外見だけはとりつくろうケチ。サイフの中には、これ
みよがしにいつも大金が入っている。しかし実際には、そのお金は使わない。家の中も、ガラク
タのようなものであふれかえっている。要するに、モノを捨てられないタイプ。冒頭に書いた、R
氏夫婦がこのタイプ。
 
 ところで「質素」と「ケチ」は、どこが違うか。

 質素とは、分相応に、つつましく生活することをいう。だれが見ても、まあ、そういうものだろう
なという範囲で、生活する。モノやお金への執着心が弱い。一方、ケチというのは、生活全体
が、どこかチグハグ。ヘンなところで出し惜しみしたり、もの惜しみしたりする。モノやお金への
執着心が強い。

 一般論からいうと、長男、長女はケチ。これは下の子が生まれたあと、生活態度が防衛的に
なることによる。しかし本人には、その自覚は、ほとんどない。ケチかケチでないかということ
は、あくまでも相対的なもの。それに加えて、もともと長男、長女は、与えられることや、してもら
うことになれているため、それが生活の基盤になっている。だからケチであることが、当たり前
になっている。

 R氏も、そしてR氏の妻も、その長男、長女。ケチの相乗効果というか、私もいろいろなケチ
に会ってきたが、あそこまでのケチを知らない。何度か、いっしょに食事をしたことがあるが、
一度だって、食事代をもってくれたことがない。割り勘すらない。いつも自分たちだけが、サーッ
と食事をすまして、「ごちそうさま」ですんでしまった。そうそう一度だけ、ワイフが本を借りたこと
がある。借りたというか、「読んだら?」と言われて、ワイフが預かった。で、その本のことを忘
れていたのだが、二年後に、その本を取り返しにきた。
 
 ところで、私は三男ということもあって、モノやお金には、ほとんど執着心がない。ケチかケチ
でないかということになると、その前に私はケチケチしている人は、好きではない。肌に合わな
いというか、波長が合わない。つまりこの世界、ケチでない人からは、ケチがわかるが、ケチの
人からは、ケチがわからない。だからケチなひとが、どういう人なのか、私にはよくわかる。もっ
ともケチな人から言わせると、私は、モノやお金を大切にしない、だらしない人間ということにな
るのだが……。
(02−11−30)

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子育て随筆byはやし浩司(361)

学歴信仰論

ある相談より

 ある父親が、こんな相談をしてきた(〇二年一一月)。何でも中学三年生になった娘が、学校
のテストで悪い成績を取ってきたというのだ。それについて、その父親は、こう説教したという。

 「お父さん(私)は、仕事をしながら、家族を支えている。仕事をするから、家族が生活でき
る。家族も大切だが、やはり仕事も大切だ。だからお父さんは、自分のしたいことをがまんしな
がら、仕事をしている。お前にとっても、いろいろやりたいことはあるだろうが、勉強が、お前の
仕事だ。だからまず勉強をしなければならない。今、お前が考えなければならないことは、学校
での成績をよくすること。自分の生活を楽しむのは、そのあとだ」と。

 その父親は、この話を切々としながら、最後にこう言った。「私は娘にこう指導しましたが、そ
れでよかったでしょうか?」と。が、私は、しばらく考えて、こう言った。「何から何まで、すべてお
かしいです」と。

 この父親の言い分は、この日本では、実に説得力がある。たいていの日本人は、こういう話
を聞くと、「そのとおり!」と思う。しかし本当にそうか。順に反論してみよう。

●「家族を支えてやっている」「仕事をするから、家族が生活できる」という考え方は、本末が転
倒している。今でも、家族(妻)に向かって、「お前たちは、だれのおかげで生活できると思って
いるのか! オレが仕事をしてやっているから、生活できるんだぞ!」と、暴言を吐く男はいくら
でもいる。

 家族が支えてくれるから、男は(女も)、外で仕事ができる。仕事をするために、家族がいる
のではない。家族生活を豊かにし、充実させるために、私たちは仕事をする。あくまでも「家
族」が主である。たとえばオーストラリア人たちは、土日に家族で週末を楽しむのを、何よりも
大切にしている。つまりそういう生活を楽しむために、男は(女も)仕事をする。こうした違い
は、たとえば日本の単身赴任という制度に、如実に現れている。

 もう三五年近くも前の話だが、私がメルボルン大学のロースクールのコモンルームでお茶を
飲んでいると、ブレナン法学副部長がやってきて、私にこう聞いた。「日本には単身赴任(当時
は、短期出張と言った。短期出張は、単身赴任が原則だった)という制度があるが、法的な規
制はないのかね?」と。そこで私が「何もない」と答えると、まわりにいた学生たちまでもが、「家
族がバラバラにされて、何が仕事か!」と叫んだ。

 「支えてやっている」という、実に日本的な、恩着せがましい考え方こそ、問題である。この発
想は、親が子どもに向かって、「産んでやった」「育ててやった」と言う発想に通ずる。あるい
は、どこがどう違うのか。その背景にあるのは、「夫が上、妻が下」「親が上、子が下」という、ま
さに日本型上下社会そのものといってよい。

 だからといって私は何も、仕事を否定しているのではない。しかし日本人の意識は、基本的
な部分で、イビツである。仕事第一主義が、家族のあり方そのものを、狂わせている。こういう
ケースは、実に多い。昨年、私が書いた原稿(中日新聞発表ずみ)をここに掲載しておく。

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仕事で家族が犠牲になるとき

●ルービン報道官の退任 
二〇〇〇年の春、J・ルービン報道官が、国務省を退任した。約三年間、アメリカ国務省のス
ポークスマンを務めた人である。理由は妻の出産。「長男が生まれたのをきっかけに、退任を
決意。当分はロンドンで同居し、主夫業に専念する」(報道)と。

 一方、日本にはこんな話がある。以前、「単身赴任により、子どもを養育する権利を奪われ
た」と訴えた男性がいた。東京に本社を置くT臓器のK氏(五三歳)だ。いわく「東京から名古屋
への異動を命じられた。そのため子どもの一人が不登校になるなど、さまざまな苦痛を受け
た」と。単身赴任は、六年間も続いた。

●家族がバラバラにされて、何が仕事か!
 日本では、「仕事がある」と言えば、すべてが免除される。子どもでも、「勉強する」「宿題があ
る」と言えば、すべてが免除される。仕事第一主義が悪いわけではないが、そのためにゆがめ
られた部分も多い。今でも妻に向かって、「お前を食わせてやる」「養ってやる」と暴言を吐く夫
は、いくらでもいる。その単身赴任について、昔、メルボルン大学の教授が、私にこう聞いた。
「日本では単身赴任に対して、法的規制は、何もないのか」と。私が「ない」と答えると、周囲に
いた学生までもが、「家族がバラバラにされて、何が仕事か!」と騒いだ。

 さてそのK氏の訴えを棄却して、最高裁第二小法廷は、一九九九年の九月、次のような判決
を言いわたした。いわく「単身赴任は社会通念上、甘受すべき程度を著しく超えていない」と。
つまり「単身赴任はがまんできる範囲のことだから、がまんせよ」と。もう何をか言わんや、であ
る。

 ルービン報道官の最後の記者会見の席に、妻のアマンポールさんが飛び入りしてこう言っ
た。「あなたはミスターママになるが、おむつを取り替えることができるか」と。それに答えてル
ービン報道官は、「必要なことは、すべていたします。適切に、ハイ」と答えた。

●落第を喜ぶ親たち
 日本の常識は決して、世界の標準ではない。たとえばアメリカでは学校の先生が、親に子ど
もの落第をすすめると、親はそれに喜んで従う。「喜んで」だ。親はそのほうが子どものために
なると判断する。が、日本ではそうではない。軽い不登校を起こしただけで、たいていの親は半
狂乱になる。こうした「違い」が積もりに積もって、それがルービン報道官になり、日本の単身
赴任になった。言いかえると、日本が世界の標準にたどりつくまでには、まだまだ道は遠い。

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●「まず勉強」という発想が、実に日本的である。私はその父親の話を聞きながら、こういうと
き、アメリカ人の親や、オーストラリア人の親なら、何と言うだろうかを考えた。たとえば自分の
子どもが、学校で悪い成績をとってきたようなときだ。
 
 日本では、まず親は子どもを叱る。叱らないまでも、「がんばれ!」とか、「こんなことでは、い
い学校に入れない!」とか、言う。しかしアメリカ人の親なら、多分、こう言うだろう。「テイク・イ
ット・イージィ(気楽にやりなよ)」と。

 子どもたちは、成績が悪いならなおさら、学校という場で、不愉快な思いをしているはずであ
る。つらい思いをする子どもも多い。そういう子どもが、家に帰ってきて、そこでまた親に説教さ
れたらどうなるか? 私は父親にこう聞いた。

 「もしあなたの給料がさがって、落ち込んでいたとする。その状態で会社から家に帰ったと
き、妻が、『何よ、この給料! こんなことでは、いい生活ができないでしょ!』と言ったら、あな
たはそれに耐えられるか?」と。するとその父親は、こう言った。「いいや、うちの女房は、そう
いうことは言わないですよ」と。

 そのとおり。妻は、そういうことは言わない。(平気で言う妻もいるにはいるが……。)またそう
いうことは、言ってはいけない。しかしその父親は、娘に対しては、その言ってはいけない言葉
を言っている。父親としては、娘に緊張感をもたせ、あるいは娘の自覚を促すために、そういっ
たのだろうが、しかしその父親は、結局は、親のエゴを中学三年生の娘に押しつけているだ
け。少しも、娘の立場で考えていない。

 これに関して、やはり以前、書いた原稿(中日新聞発表済み)を、ここに掲載しておく。

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学校は人間選別機関? 

 アメリカでは、先生が、「お宅の子どもを一年、落第させましょう」と言うと、親はそれに喜んで
従う。「喜んで」だ。あるいは子どもの勉強がおくれがちになると、親のほうから、「落第させてく
れ」と頼みに行くケースも多い。これはウソでも誇張でもない。事実だ。そういうとき親は、「その
ほうが、子どものためになる」と判断する。が、この日本では、そうはいかない。先日もある親
から、こんな相談があった。何でもその子ども(小二女児)が、担任の先生から、なかよし学級
(養護学級)を勧められているというのだ。それで「どうしたらいいか」と。

 日本の教育は、伝統的に人間選別が柱になっている。それを学歴制度や学校神話が、側面
から支えてきた。今も、支えている。だから親は「子どもがコースからはずれること」イコール、
「落ちこぼれ」ととらえる。しかしこれは親にとっては、恐怖以外、何ものでもない。その相談し
てきた人も、電話口の向こうでオイオイと泣いていた。

 少し話はそれるが、たまたまテレビを見ていたら、こんなシーンが飛び込んできた(九九年
春)。ある人がニュージーランドの小学校を訪問したときのことである。その小学校では、その
年から、手話を教えるようになった。壁にズラリと張られた手話の絵を見ながら、その人が「ど
うして手話の勉強をするのですか」と聞くと、女性の校長はこう言った。「もうすぐ聴力に障害の
ある子どもが、(一年生となって)入学してくるからです」と。

 こういう「やさしさ」を、欧米の人は知っている。知っているからこそ、「落第させましょう」と言
われても、気にしない。そこで私はここに書いていることを確認するため、浜松市に住んでいる
アメリカ人の友人に電話をしてみた。彼は日本へくる前、高校の教師を三〇年間、勤めてい
た。

私「日本では、身体に障害のある子どもは、別の施設で教えることになっている。アメリカでは
どうか?」
友「どうして、別の施設に入れなければならないのか」
私「アメリカでは、そういう子どもが、入学を希望してきたらどうするか」
友「歓迎される」
私「歓迎される?」
友「もちろん歓迎される」
私「知的な障害のある子どもはどうか」友「別のクラスが用意される」
私「親や子どもは、そこへ入ることをいやがらないか」
友「どうして、いやがらなければならないのか?」と。

そう言えば、アメリカでもオーストラリアでも、学校の校舎そのものがすべて、完全なバリアフリ
ー(段差なし)になっている。

 同じ教育といいながら、アメリカと日本では、とらえ方に天と地ほどの開きがある。こういう事
実をふまえながら、そのアメリカ人はこう結んだ。「日本の教育はなぜ、そんなにおくれている
のか?」と。

 私はその相談してきた人に、「あくまでもお子さんを主体に考えましょう」とだけ言った。それ
以上のことも、またそれ以下のことも、私には言えなかった。しかしこれだけはここに書ける。
日本の教育が世界の最高水準にあると考えるのは、幻想でしかない。日本の教育は、基本的
な部分で、どこか狂っている。それだけのことだ。

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 ここまで話すと、父親はこう言った。「先生、そうは言いますが、現実に、受験競争というもの
があります。もしうちの娘に、『気楽にやりなよ(テイク・イット・イージィ)』などと言うと、うちの娘
は、本当に何もしなくなります。それでも困ります」と。

 本当にそうだろうか。今、世界の教育は、自由化に向けて、どんどんと進歩している。たとえ
ばヨーロッパの大学では、単位はすべて共通化された。ドイツの中学校、高校では、子どもた
ちはたいてい午前中に授業を終え、そのあと、クラブに通っている。またアメリカでは、入学後
の学部変更は自由。大学から大学への転籍も自由になっている。そういう自由化の流れに、
ひとり背を向けているのが、日本の教育である。少なくとも、これからは学歴をぶらさげて生き
る時代ではない。プロの時代である。またそういうプロが評価される時代である。

 たしかに受験競争はある。日本の子どもたちは、その受験戦争を避けては通れない。それ
はわかる。しかしその基本なっているのが、「学歴信仰」。ここにも書いたように、日本では、
「進学率の高い(?)学校ほど、いい学校(?)」ということになっている。しかしそれは世界の常
識ではない。つまり「受験、受験」と言う親ほど、その学歴信仰に頭が侵されていることになる。

 これについても、以前、つぎのような原稿を書いたので、ここに掲載する。この原稿は、私が
アメリカの小学校を見学したあとに書いたものである(〇一年五月)。

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アメリカの小学校

 アメリカでもオーストラリアでも、そしてカナダでも、学校を訪れてまず驚くのが、その「楽し
さ」。まるでおもちゃ箱の中にでも入ったかのような錯覚を覚える。写真は、アメリカ中南部にあ
る公立の小学校(アーカンソー州アーカデルフィア、ルイザ・E・ペリット小学校。生徒数三百七
十名)。教室の中に、動物の飼育小屋があったり、遊具があったりする。

 アメリカでは、教育の自由化が、予想以上に進んでいる。まずカリキュラムだが、州政府のガ
イダンスに従って、学校独自が、親と相談して決めることができる。オクイン校長に「ガイダンス
はきびしいものですか」と聞くと、「たいへんゆるやかなものです」と笑った。もちろん日本でいう
教科書はない。検定制度もない。たとえばこの小学校は、年長児と小学一年生だけを教える。
そのほか、プレ・キンダガーテンというクラスがある。四歳児(年中児)を教えるクラスである。
費用は朝食代と昼食代などで、週六〇ドルかかるが、その分、学校券(バウチャ)などによっ
て、親は補助されている。驚いたのは四歳児から、コンピュータの授業をしていること。また欧
米では、図書館での教育を重要視している。この学校でも、図書館には専門の司書を置いて、
子供の読書指導にあたっていた。

 授業は一クラス十六名前後。教師のほか、当番制で学校へやってくる母親、それに大学から
派遣されたインターンの学生の三人で当たっている。アメリカというと、とかく荒れた学校だけ
が日本で報道されがちだが、そういうのは、大都会の一部の学校とみてよい。周辺の学校もい
くつか回ってみたが、どの学校も、実にきめのこまかい、ていねいな指導をしていた。

 教育の自由化は、世界の流れとみてよい。たとえば欧米の先進国の中で、いまだに教科書
の検定制度をもうけているのは、日本だけ。オーストラリアにも検定制度はあるが、それは民
間組織によるもの。しかも検定するのは、過激な暴力的表現と性描写のみ。「歴史的事実につ
いては検定してはならない」(南豪州)ということになっている。アメリカには、家庭で教えるホー
ムスクール、親たちが教師を雇って開くチャータースクール、さらには学校券で運営するバウチ
ャースクールなどがある。行き過ぎた自由化が、問題になっている部分もあるが、こうした「自
由さ」が、アメリカの教育をダイナミックなものにしている。

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ついでに、アメリカの大学についても、レポートしてみた。世界の教育がどういう方向に向かっ
ているかがわかれば、少しは考え方も変わるかもしれない。

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アメリカの大学生

 たいていの日本人は、日本の大学生も、アメリカの大学生も、それほど違わないと思ってい
る。また教育のレベルも、それほど違わないと思っている。しかしそれはウソ。恩師の田丸先
生(東大元教授)も、つぎのように書いている。

「アメリカで教授の部屋の前に質問、討論する為に並んで待っている学生達を見ると、質問が
ほとんどないわが国の大学生と比較して、これは単に風土の違いで済む話ではないと、愕然
(がくぜん)とする」と。

 こうした違いをふまえて、さらに「ノーベル化学賞を受けられた野依良治教授が言われてい
る。『日米の学位取得者のレベルの違いは相撲で言えば、三役と十両の違いである』と」とも
(〇二年八月)。もちろん日本の学生が十両、アメリカの学生が三役ということになる。

 私の二男も〇一年の五月に、アメリカの州立大学で学位を取って卒業したが、その二男がそ
の少し前、日本に帰国してこう言った。「日本の大学生はアルバイトばかりしているが、アメリカ
では考えられない」と。アメリカの州立大学では、どこでも、毎週週末に、その週に学んだこと
の試験がある。そしてそれが集合されてそのままその学生の成績となる。そういうしくみが確立
されている。そのため教える側の教官も必死なら、学ぶ側の学生も必死。学科どころか、学部
のスクラップアンドビュルド(廃止と創設)は、日常茶飯事。教官にしても、へたな教え方をして
いれば、即、クビということになる。

 ここまで日本の大学教育がだらしなくなった原因については、田丸先生は、「教授の怠慢」を
第一にあげる。それについては私は門外漢なので、コメントできないが、結果としてみると、驚
きを超えて、あきれてしまう。私の三男にしても、国立大学の工学部に進学したが、こう言って
いる。「勉強しているのは、理科系の学部の学生だけ。文科系の学部の連中は、勉強のベの
字もしていない。とくにひどいのが、教育学部と経済学部」と。理由を聞くと、こう言った。「理科
系の学部は、多くても三〇〜四〇人が一クラスになっているが、文科系の学部では、三〇〇〜
四〇〇人が一クラスがふつう。ていねいな教育など、もとから期待するほうがおかしい」と。

 日本の教育は、文部省(現在の文部科学省)による中央管制のもと、権利の王国の中で、安
閑としすぎた。競争原理はともかくも、まったく危機感のない状態で、言葉は悪いが、のんべん
だらりと生きのびてきた。とくに大学教育では、教官たちは、「そこに人がいるから人事」(田丸
先生)の中で、まさにトコロ天方式で、人事を順送りにしてきた。何年かすれば、助手は講師に
なり、講師は助教授になり、そして教授へ、と。それはちょうど、水槽の中にかわれた熱帯魚の
ような世界と言ってもよい。温度は調整され、酸素もエサも自動的に与えられてきた。田丸先
生は、さらにこう書いている。

 「私の友人のノーベル賞候補者は、活発な研究の傍(かたわ)ら、講義前には三回はくり返し
練習をするそうである」と。
 日本に、そういう教授はいるだろうか。

 グチばかり言っていてはいけないが、いまだに文部科学省が、自分の権限と管轄にしがみつ
き、その範囲で教育改革をしようといている。もうそろそろ日本人も、そのおかしさに気づくべき
ときにきているのではないのか。明治の昔から、日本人は、そういうのが教育と思い込んでい
る。あるいは思い込まされている。その結果、日本は、日本の教育はどうなった? いまだに
大本営発表しか聞かされていないから、欧米の現状をほとんど知らないでいる。中には、いま
だに日本の教育は、世界でも最高水準にあると思い込んでいる人も多い。

 日本の教育は、今からでも遅くないから、自由化すべきである。具体的に、アメリカの常識を
ここに書いておく。

(1)アメリカの大学には、入学金だの、施設費だの、寄付金はいっさいない。
(2)アメリカの大学生は、入学後、学科、学部の変更は自由である。
(3)アメリカの大学生は、より高度な教育を求めて、大学間の移動を自由にしている。つまり大
学の転籍は自由である。
(4)奨学金制度、借金制度が確立していて、アメリカの大学生は、自分で稼いで、自分で勉強
するという意識が徹底している。
(5)毎週週末に試験があり、それが集合されて、その学生の成績となる。
(6)魅力のない学科、学部はどんどん廃止され、そのためクビになる教官も多い。教える教官
も必死である。教官の身分や地位は、保証されていない。
(7)成績が悪ければ、学生はどんどん落第させられる。

 日本もそういう大学を、三〇年前にはめざすべきだった。私もオーストラリアの大学でそれを
知ったとき、(まだ当時は日本は高度成長期のまっただ中にいたから、だれも関心を払わなか
ったが)、たいへんなショックを受けた。ここに「今からでも遅くない」と一応、書いたが、正直に
言えば、「遅すぎた」。今から改革しても、その成果が出るのは、二〇年後? あるいは三〇年
後? そのころ日本はアジアの中でも、マイナーな国の一つとして、完全に埋もれてしまってい
ることだろう。

田丸先生は、ロンドン大学の名誉教授の森嶋通夫氏のつぎのような言葉を引用している。「人
生で一番大切な人間のキャラクターと思想を形成するハイテイーンエイジを入試のための勉強
に使い果たす教育は人間を創る教育ではない。今の日本の教育に一番欠けているのは議論
から学ぶ教育である。日本の教育は世界で一番教え過ぎの教育である。自分で考え自分で判
断するという訓練がもっとも欠如している。自分で考え、横並びでない自己判断のできる人間
を育てる教育をしなければ、二〇五〇年の日本は本当にだめになる」と。 

問題は、そのあと日本は再生するかどうかだが、私はそれも無理だと思う。悲観的なことばか
り書いたが、日本人は、そういう現状認識すらしていない。とても残念なことだが……。

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 話がそれたので、もとにもどす。

繰り返すが、結局はこの父親は、自らの学歴信仰を娘に押しつけているだけということになる。
しかし大切なのは、「家族」。受験勉強も大切だが、しかしそれと引き換えに、家族を破壊しな
ければならないほどの、価値はない。

 最後に、なぜこの父親は、娘に受験競争に自分を忘れてしまうのか。それについても、以
前、こんな原稿(中日新聞発表済み)を書いたので、掲載する。

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親が過去を再現するとき

●親は子育てをしながら過去を再現する 
 親は、子どもを育てながら、自分の過去を再現する。そのよい例が、受験時代。それまでは
そうでなくても、子どもが、受験期にさしかかると、たいていの親は言いようのない不安に襲わ
れる。受験勉強で苦しんだ親ほどそうだが、原因は、「受験勉強」ではない。受験にまつわる、
「将来への不安」「選別されるという恐怖」が、その根底にある。それらが、たとえば子どもが受
験期にさしかかったとき、親の心の中で再現される。つい先日も、中学一年生をもつ父母が、
二人、私の自宅にやってきた。そしてこう言った。「一学期の期末試験で、数学が二一点だっ
た。英語は二五点だった。クラスでも四〇人中、二〇番前後だと思う。こんなことでは、とてもS
高校へは入れない。何とかしてほしい」と。二人とも、表面的には穏やかな笑みを浮かべてい
たが、口元は緊張で小刻みに震えていた。

●「自由」の二つの意味
 この静岡県では、高校入試が人間選別の重要な関門になっている。その中でもS高校は、最
難関の進学高校ということになっている。私はその父母がS高校という名前を出したのに驚い
た。「私は受験指導はしません……」と言いながら、心の奥で、「この父母が自分に気がつくの
は、一体、いつのことだろう」と思った。

 ところで「自由」には、二つの意味がある。行動の自由と魂の自由である。行動の自由はとも
かくも、問題は魂の自由である。実はこの私も受験期の悪夢に、長い間、悩まされた。たいて
いはこんな夢だ。……どこかの試験会場に出向く。が、自分の教室がわからない。やっと教室
に入ったと思ったら、もう時間がほとんどない。問題を見ても、できないものばかり。鉛筆が動
かない。頭が働かない。時間だけが刻々と過ぎていく……。

●親と子の意識のズレ
親が不安になるのは、親の勝手だが、中にはその不安を子どもにぶつけてしまう親がいる。
「こんなことでどうするの!」と。そういう親に向かって、「今はそういう時代ではない」と言っても
ムダ。脳のCPU(中央処理装置)そのものが、ズレている。親は親で、「すべては子どものた
め」と、確信している。こうしたズレは、内閣府の調査でもわかる。内閣府の調査(二〇〇一年)
によれば、中学生で、いやなことがあったとき、「家族に話す」と答えた子どもは、三九・一%し
かいなかった。これに対して、「(子どもはいやなことがあったとき)家族に話すはず」と答えた
親が、七八・四%。子どもの意識と親の意識が、ここで逆転しているのがわかる。つまり「親が
思うほど、子どもは親をアテにしていない」(毎日新聞)ということ。が、それではすまない。

「勉強」という言葉が、人間関係そのものを破壊することもある。同じ調査だが、「先生に話す」
はもっと少なく、たったの六・八%! 本来なら子どものそばにいて、よき相談相手でなければ
ならない先生が、たったの六・八%とは! 先生が「テストだ、成績だ、進学だ」と追えば追うほ
ど、子どもの心は離れていく。親子関係も、同じ。親が「勉強しろ、勉強しろ」と追えば追うほ
ど、子どもの心は離れていく……。

 さて、私がその悪夢から解放されたのは、夢の中で、その悪夢と戦うようになってからだ。試
験会場で、「こんなのできなくてもいいや」と居なおるようになった。あるいは皆と、違った方向
に歩くようになった。どこかのコマーシャルソングではないが、「♪のんびり行こうよ、オレたち
は。あせってみたとて、同じこと」と。夢の中でも歌えるようになった。……とたん、少しおおげさ
な言い方だが、私の魂は解放された!

●一度、自分を冷静に見つめてみる
 たいていの親は、自分の過去を再現しながら、「再現している」という事実に気づかない。気
づかないまま、その過去に振り回される。子どもに勉強を強いる。先の父母もそうだ。それまで
の二人を私はよく知っているが、実におだやかな人たちだった。が、子どもが中学生になった
とたん、雰囲気が変わった。そこで……。あなた自身はどうだろうか。あなた自身は自分の過
去を再現するようなことをしていないだろうか。今、受験生をもっているなら、あなた自身に静
かに問いかけてみてほしい。あなたは今、冷静か、と。そしてそうでないなら、あなたは一度、
自分の過去を振り返ってみるとよい。これはあなたのためでもあるし、あなたの子どものため
でもある。あなたと子どもの親子関係を破壊しないためでもある。受験時代に、いやな思いをし
た人ほど、一度自分を、冷静に見つめてみるとよい。

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 ずいぶんと長い反論になったが、今、私たちに求められているのは、親自身の意識改革であ
る。私たちは好むと好まざるとにかかわらず、明治政府が国策としてかかげた、「学校神話」
「学歴信仰」「受験競争」を、いまだに引きずっている。しかしそうした日本独特の教育観は、も
う世界では通用しない。少なくとも、世界の常識ではない。

 最後に私はその父親と別れるとき、こう言った。「あなたがもっている意識を変えるのは、簡
単なことではないでしょう。しかし今、それを変えないと、日本はいつまでたっても、異質な国と
して残るだけです。それでよければ、それでもかまいませんが、私はそれではいけないと思い
ます。だからこうしてひとりで、戦っているのです」と。
(02−11−30)

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子育て随筆byはやし浩司(362)

ものに固執する子ども

群馬県T市に住む母親から、つぎのような相談をもらった。

我が家には五歳の息子と三歳の娘がいます。
二人とも幼稚園に通っていて、幼稚園の先生に伺うと二人とも別に問題もなく、
友だちの面倒などをみてくれて、いいお子さんですよと言われています。
二人とも夜眠るとき、上の子は枕カバーの端っこを、
下の子は決まった布団の端っこを触りながら寝ます。
洗濯などしてないときはブーブー文句を言いますが、ないならないで眠れるようです。
なぜ触るのかを聞くと気持ちよいからと言う答えが返ってきます。
二人とも心に何かさびしさみたいなものがあるのでしょうか?
それと上の子は近所に同級生(Y君)がいて、同じ幼稚園に通っているのですが、その子と遊
ぶときは時々、下の子をのけ者にして遊ぶことがあります。
二歳違いなので体力的に下の子が付いていけないから面白くないのかなとも思うのですが、私
は、親として、見ていてムカッとすることもあります。
上の子はY君の事が大好きです。
妹とY君とどっちが好きと聞くとY君だと答えます。
それを聞くとドット疲れがきます。
頻繁(ひんぱん)ではないのですが、
以前から時々家族なのだから、皆が一人一人を守っていかなくてはいけないんだと話していま
す。
その時は涙を流して聞いているのですが、
まだ幼稚園なので兄弟より友だちのほうが、大切なのでしょうか?
それとも私が……?
私が長女で、子どものころ、「よくお姉ちゃんでしょ」と言われていて、それがいやだったので、
上の子には、なるべくお兄ちゃんでしょとは言わないようにしています。
どうかよきアドバイスをお願いします。

(ものいじりする子ども)

 情緒が不安定な子ども(心の緊張感がとれない子ども)は、その緊張感をやわらげるため
に、いろいろな行為を、代償的にすることが知られている。指しゃぶり、髪いじりなど。ものいじ
りもその一つ。

 したがって、こういう行為(代償行為)を、禁止しても意味がないばかりか、無理にやめさせる
と、ますます情緒が不安定になるから注意する。問題なのは、なぜものいじりをするかではな
く、なぜ心の緊張感がとれないか、である。まず疑ってみるべきことは、愛情不足、愛情不安。
子どもの側からみて、どこかに不安を感じていないかを反省してみる。親の完ぺき主義、過干
渉、過関心など。親の情緒不安も反省してみる。あるいは親自身にわだかまりはないか? そ
うしたわだかまりが遠因となって、子育てが不安先行型になっていないか、心配過剰になって
いないか、など。また子どもによっては、外での生活(このばあいは、幼稚園での生活)で、精
神的に疲れやすく、同じような症状を示すことがある。

 あとは濃厚なスキンシップをふやし、一方で、カルシウム分やマグネシウム分の多い食生活
にこころがける。家庭が、子どもにとって、ほっと心の休まる場所であるかどうかも、あわせて
反省してみる。こまごまとしたしつけ、神経質なしつけは、ひかえる。

(兄弟の問題)

 親は「兄と妹は仲よく……」と思っているが、これほど、身勝手な「思い」はない。仲のよい兄
弟も多いが、たいていは上の子は、下の子を嫌う。下の子が生まれる前は、一〇〇%の愛情
を受けていたのが、下の子が生まれることによって、それが五〇%に減ることによる。親は、
「平等にかわいがっています」と言うが、上の子にしてみれば、平等ということ自体が不満なの
だ。

 子どもの世界では、嫉妬(しっと)がからむ問題は、慎重にあつかう。原始的な感情であるだ
けに、扱い方をまちがえると、子どもの心に大きなキズを残すことになる。

 で、この相談のケースだが、五歳の子どもに、「兄弟、仲よくしなさい」は、ない。親が子ども
の心の中身まで干渉してはいけない。まさに典型的な過干渉ということになる。いわんや、子ど
もに、「妹とY君とでは、どっちが好き」などという質問は、乱暴すぎる(失礼!)。これは妻に向
かって、夫が、「お前の実家の親と、オレの親と、どっちが好き」と聞くようなものである。わかっ
ていても、またわかっていなくても、そういうことは、聞くべきことではない(失礼!)。

(いい子の問題)

 幼稚園の先生は、「いいお子さんですよ」と言っているのだから、まずそれを信じて、そして先
生を信頼してよいのでは。先生というのは、子どもをほめるときは、本音でほめる。ただ問題な
のは、無理にいい子ぶるケース。子どもによっては、先生の歓心を買うため、無理にいい子ぶ
ったり、あるいは反対に、いい子ぶることで、自分をガードしようとしたりする。これを「仮面」と
いう。こうした仮面性がみられたら、注意する。このケースでは、メールからだけでは、その点
がよくわからない。が、ふつうは参観日での様子を見て、判断する。家での様子とそれほど違
わなければ問題はないが、どこか無理をしているように感じたら、その仮面性を疑ってみる。

 仮面をかぶるようになると、(仮面をかぶることを、悪いことと決めてかかってはいけないが…
…)、子どもは外の世界で無理をする分だけ、精神疲労を起こしやすくなる。そのため反対に
家の中では、暴れたり(プラス型)、ぐずったり(マイナス型)しやすくなる。もしそうであるなら、
なおさら、家庭は、いやしの場、いこいの場であることを最優先にする。ゆるめるところは、思
いっきり、ゆるめる。「うちの子は、外の世界でがんばっているから……」と、あきらめるところ
は、あきらめる。

(「お姉ちゃんでしょ」という「だから論」)

 親としては、子どもに自覚をもたせたいがため、よく「だから論」を使う。しかしこの「だから論」
ほど、子どもを苦しめるものはない。この母親自身も、「いやだった」と述懐している。

 考えてみれば、この「だから論」ほど、意味のない論法は、ない。「親だから……」「子どもだ
から……」「親子だから……」と。もし私がだれかに、「お前は、長男だから……」と言われた
ら、多分、私はこう反論するだろうと思う。「だから、どうなの? それがどうしたの?」と。

 言うまでもなく、こうした「だから論」の背景にあるのは、「ワク」。人間関係を、ワクでしばろう
とする考え方である。たいていは上下意識を柱とした権威主義をともなう。この相談をしてきた
母親は、無意識のうちにも、その権威主義をふりかざしていることになる(失礼!)。

こうした権威主義がこわいのは、それ自体が子育てをゆがめることもあるが、やがて親子の間
にキレツを入れ、さらには断絶の原因となっていくこと。この母親のばあいも、子どもの前に立
って、子どもをぐいぐいと引っぱっていこうという姿勢ばかり目立つ。友として横に立つという姿
勢が弱いように思う。言うなれば悪玉親意識(親風)が強すぎる(失礼!)。もっと肩の力を抜い
て、子育てを楽しむという姿勢を大切にしたらどうかと、私は思うのだが……。かなり失礼なこ
とばかり書いたが、どうか許してほしい。
(02−12−1)

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子育て随筆byはやし浩司(363)

パソコン

 このところパソコンの値崩れが、はげしい。NECなどは、それぞれの店で、三〇〜二〇%前
後の値引きをしている。フジツーも、独自のサイトで、箱キズもの、ちょいキズものを、四〇%
前後値引きして売っている。ユーザーの私としてはうれしいが、しかしそれだけに迷う。

 私のばあい、パソコンを買いかえる理由は、第一に、「新製品がほしいから」。使うといって
も、ワープロが中心だから、本来なら、それほど機能がよくなくても、かまわない。今ではハード
ディスクの容量が、80Gとか、中には120Gとかいうものまであるが、そんなに必要はない。せ
いぜい30Gもしくは40Gもあれば、それでじゅうぶん。

 ただ、ときどきゲームをして楽しむので、グラフィックは高速であればあるほど、よい。あとは
……。ここが重要だが、相性。事務機器的な機種は、好みではない。思わずさわってみたくな
るような、美しい機種がよい。それに重要なのが、キーボード。右のエンターキーの横(右)に、
UPキーとか、DOWNキーがついているのは、ダメ。その分、エンターキーと、バックスペース
キーが大きいのがよい。エンターキーの小さいのは、最初から除外して考える。あとは指のタッ
チ感。

 こうして年に一回は、新しい機種を買い求める。しかし昨年(〇一年)末、フジツーの大型機
種(FMVワイド17インチ画面・PEN4・80G)を購入してしまった。「してしまった」というのは、
この機種はメチャメチャ性能がよく、今年新規に購入する機種が、なくなってしまったというこ
と。メモリーも512Mに増強したし、カメラも取りつけた。USB2・0ポートなど、いろいろなポー
トも、自分で取りつけた。こういう機種をもつと、ほかのものが買えなくなる。……買っても意味
がない。

 が、ビョーキというのは、こわいもの。年末になると、やたらと新しい機種がほしくなる。今、ね
らっているのは、NECの機種。いくつかある。ワイフも、あきれ顔だが、「もうそろそろ買っても
よい」というような雰囲気になってきた。だからこのところ、あちこちの店から、パンフレットを集
めている。値段も調べている。しかしほしいのは、二〇万円弱もする。安いのもあるが、すぐあ
きるような気もする。ここが思案のしどころ……。

 しかし、だ。こうして新しい製品や機能に興味をもち、それに挑戦していくというのは、ボケ防
止のためには、たいへん効果があるのでは? 反対に、五〇歳をすぎた人で、まだパソコンを
やっていない人を見ると、どこかもの足りない気がする。電子工学的なサエ(?)を感じない。そ
んなわけで、少しお金はかかるが、私は、こうした買いかえを、いわば頭のための授業料のよ
うに考えている。買いかえるたびに、頭の中がバチバチと刺激される。

 新しい機種があれば、もっとバンバンと原稿を書けるのに、と思う。しかしこのところ、どうも
仕事が低調。不景気だし、どこもかしこも、元気がない。そういう波にのまれて、私も元気がな
い。だから今年は、もうあきらめるか……とも、思い始めている。

ああ、どうしようか?
(02−12−1)※

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子育て随筆byはやし浩司(364)

子どもの世界の「流れ」

 子どもの世界が大きく変わりつつある。幼児の世界にも、流行が入り込こみ、今では、ミニモ
ニだの、遊戯王だの、さらにはファッションだのと、何かと騒がしくなってきた。ゲームもそうだ。
今では、テレビゲームをしていない子どもをさがすほうが、むずかしい。

 こういう変化を前にすると、「だいじょうぶ?」「これでいいのか?」という議論が、必ずといって
よいほど、わき起こってくる。しかし私は、こうした問題を考えるたびに、いつも私自身の子ども
時代を思いだす。

 私が子どものころには、まだ、盆暮れ払いというのが、残っていた。ツケを、盆のころ、あるい
は年末の暮れに支払うという方法である。そういう意味では、実にのんびりとしていた。たとえ
ば私の家は自転車屋だったが、客がきても、私の父などは、別の客と平気で将棋をさしてい
た。客は客で、その勝負が終わるまで、横で立って待っていた。

 そういうところへ、いわゆる商業資本主義が私の町にもやってきた。衝撃的だったのは、「主
婦の店」というスーパーができたことだ。私は子どもながらに、その規模の大きさに、驚いた。
一つの店の中に、やおやも肉屋も、そしてコロッケ屋(どういうわけか、このコロッケ屋はよく覚
えている)もあった。私は毎日、学校の帰り道にそのスーパーに寄り、あれこれ店に並んだも
のを見て楽しんだ。

 とたん、それまであった商習慣が、いろいろな意味で崩れ始めた。たとえば私の父などは、
勝手にテリトリーを決めて、その中だけで自転車を売っていた。「ここから先は、○○自転車屋
の縄張りだから、ウチは、売らない」とか。しかしそういう「やさしさ」など、こうした商業資本主義
の前では、ひとたまりもなかった。やがて父は、「Jストアより安いものもあります」「よそで買っ
た自転車でも、パンクの修理をします」と、どこか、おかしな張り紙を店先に張るようになった。
私が小学四年生か、五年生のころのことではなかったかと思う。

 実は、私が話したいことは、このことではない。もし、私がその当時、今の私のように、教育
評論をしていたとしたら、恐らく、私は、商業資本主義の功罪について論じていただろうというこ
と。「こうした商業資本主義は、日本の古きよき慣習を破壊する」「そのため、子どもたちの世
界を変える」「その悪影響は何か」と。

 しかしその結果、今はどうなったか? 今ではこうした商業資本主義は、日本の社会のすみ
ずみまで根をおろし、どこへ行っても当たり前になってしまった。今では、商業資本主義の功罪
を論ずる人など、どこにもいない。社会全体が、その上で成りたっている。

 そこで私はこう考える。こうした変化の過渡期(毎月、毎年が、その過渡期のようなものだが
……)には、必ず、その過渡期に応じた議論が、わき起こってくる。冒頭に書いた変化も、その
ひとつ。で、こうした議論をするとき、大切なことは、世の中には「流れ」というものがあるから、
その流れに逆らっても、意味はないということ。またその流れに乗って、子どもたちがどういう
世界をつくるかは知らないが、それは私たちおとなが決めることではなく、子どもたち自身が決
めるということ。やがて子どもたちの社会は、その流れの上に、成りたつようになる。

 もちろん、だからといって、子どもの世界の問題を、無視せよということではない。ないが、こ
の「流れ」を読みまちがえると、議論しても、その議論そのものがムダになる。今までにも、いろ
いろあった。たとえば、マンガの功罪論、テレビの功罪論などなど。ゲームの功罪論も、その延
長線上にある。インターネットの功罪論、さらには携帯電話の功罪論も、その延長線上にあ
る。

 だから……。よく話題にはなるが、こうした「流れ」には、私は逆らわないようにしている。何と
言っても、波が大きすぎる。私たちがせいぜいできることと言えば、その波を見ながら、「こっち
へおいで」「あっちへ行きな」と、親や子どもたちに指示することでしかない。無力といえば、無
力だが、教育評論にも大きな限界がある。
(02−12−1)※

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子育て随筆byはやし浩司(365)

別れ

 今日、いとこを山荘へ迎えた。そして食事をいっしょにした。数年前、いとこ会をしたので、何
十年ぶりというような大げさな出会いではない。が、それでも、それに近い感じがした。私も老
(ふ)けたが、いとこも老けた。

 私は夢中で、自分のことを話した。いとこも、夢中で、自分のことを話した。どうしてそういう会
話になったのかは知らないが、ともかくも、たがいにそうした。私は自分の過去……、つまり子
ども時代が終わってから、今にいたるまでの記憶を、そのいとこに伝えたかった。同じように、
いとこも、子ども時代が終わってから、今にいたるまでの記憶を、私に伝えたかったのだろう。
たがいに途絶えた記憶を、たがいに懸命に補った。

 それは過ぎ去りし過去への郷愁か。それともやがて襲いくる老後への準備か。はたまた今を
いとしむ、嘆きの抵抗か。

 別れ際、「また会いましょう」と、かたく約束をかわす。握手をする。「元気でな」と言いあって
はみたものの、どこかさみしい。五五年の歳月を、こうして一日延ばすことに、どれだけの意義
があるのか。またいつか会って、その間の記憶を補ったところで、どれだけの意義があるの
か。振り返ると、冬の冷たい、小雨まじりの風。「時間よ、止まれ!」といくら叫んでも、そんな声
など、どこにも届かない。会うのはうれしいが、そのあと別れるのは、もっとつらい。

 やがていとこの乗った車は、高速道路のゲートの中に消えた。私はそれを見ながら、シートベ
ルトを、ホックに入れた。「今日は、いろいろありがとう」とワイフに言うと、ワイフはウンとうなず
いて、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
(02−12−1)※

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子育て随筆byはやし浩司(366)

大切な人

 私は毎日、何かのエッセーを書く。そういうとき、当然のことだが、いろいろな人やその事例
を書く。しかしそれには、私自身が自分に課した、不文律がある。

(1)メールなどを引用するときは、必ず、その人の了解を得る。(当然だ!)
(2)了解があっても、その人とわかるような部分は、すべて改変する。(当然だ!)
(3)事例を書くときも、(1)と(2)に同じ。(当然だ!)
(4)現在、お世話になっている人、知人、友人の例は、それが批判めいた内容になるときは、
書かない。(当然だ!)
(5)現在、お世話になっている人、知人、友人がかかえる問題については、書かない。(当然
だ!)
(6)過去において、たいへんお世話になった人についても、(4)と(5)に同じ。(当然だ!)

 それ以外についての人について書くときも、いくつかの事例を混ぜたり、あるいは分解したり
して書く。ときどき、抗議の意味をこめて、ズバリ本当のことを書くときもある。しかしそういう人
は、一〇〇%、私のエッセーなど読まないだろう。それに書くとしても、遠い過去のことで、本人
も覚えていないだろう。

 が、今まで、失敗がなかったわけではない。事例というのは、それ自体が、いろいろな人と共
通点をもつ。だから私はAさんを念頭に置きながら、その事例を書いたとしても、それがBさん
の事例に似ているときがある。あるいは部分的に、同じになることがある。そういうときBさんの
ほうから、「私のこと?」と、抗議のメールが入ったりする。そこで私は、いつしか、つぎの不文
律を作った。

(7)大切な人の事例については、ふれない、考えない、書かない。(当然だ!)

 「大切な人」というのは、今まで私の心の支えになってくれた人、あるいはこれからもずっとつ
きあいたい人という意味。そういう人の事例は、使わない。個人的にも、いろいろ相談を受けた
り、教えられたりしたこともあるが、それについても、書かない。そういう点では、私はたいへん
器用な男で、「この人は大切な人だ」と思ったときには、その人を、心の中の戸棚にしまうこと
ができる。そして封をすることができる。

 だから……。いろいろ誤解もあるかもしれないが、私と親しい人も、またそうでない人も、どう
か安心して私のエッセーを読んでほしい。私は自分の「文」をとおして、個人的なうらみを晴らし
たり、あるいは個人を攻撃するということは、しない。またそうすることによって、自分の「文」
を、汚(けが)したくない。これも重要な不文律ということになる。だから、八番目は、こうなる。

(8)私の能力と文を、個人攻撃や誹謗(ひぼう)のために利用しない。(当然だ!)
(02−12−2)

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子育て随筆byはやし浩司(367)

ある退職者

 退職してからも、現役時代の肩書きや地位を引きずって生きている人は多い。とくに「エリー
ト」と呼ばれた人ほど、そうだ。そういう人にしてみれば、自分が歩んだ出世コースそのもの
が、自分の人生そのものということになる。Y氏(六七歳)もその一人。

 私に会うと、Y氏はこう言った。「君は、学生時代、学生運動か何かをしていたのかね? そ
れでまともな仕事につけなかったのかね?」と。

 彼は数年前まで、大手の都市銀行で、部長をしていた。この浜松へは、生まれ故郷というこ
とで、定年と同時に、移り住んできた。彼の父親の残した土地が、あちこちにあった。そこで私
が、「本も書いています」と言うと、「いやあ、こういう時代だから、本を書いてもダメでしょ。本は
売れないでしょ」と。たしかにそうだが、しかしそういうことを面と向かって言われると、さすがの
私でもムッとくる。

 問題は、なぜY氏のような人間が生まれるか、だ。仕事第一主義などという、生やさしいもの
ではない。彼にしてみれば、人間の価値まで、その仕事で決まるらしい。いや、それ以上に、な
ぜ、人は、そこまで鼻もちならないエリート意識をもつことができるのか。自尊心という言葉が
あるが、その自尊心とも違う。肩書きや地位にしがみつくのは、自尊心ではない。自尊心という
のは、生きる誇りをいう。肩書きや地位とは、関係ない。彼のような人間は、戦後の狂った経
済社会が生みだした、あわれなゾンビでしかない。

 もっとも彼にしてみれば、過去の肩書きや地位を否定するということは、自分の人生そのも
のを否定することになる。最後は部長になったが、その部長をめざして、どれほど身を粉にし
て働いたことか。家庭を犠牲にし、自分を犠牲にしたことか。それはわかるが、「では、Y氏は
何か?」という部分になると、実のところ何もない。何も浮かんでこない。少なくとも私には、た
だの定年退職者(失礼!)。

 別れぎわ、「今度、また自治会の仕事をよろしくお願いします」と言ったら、こう言った。「あ
あ、県や市でできることがあれば、私に一度、連絡してください。私のほうから口をきいてあげ
ます」と。そうそう、こうも言った。「林君は、カウンセリングもできるのですか。だったら、国のほ
うでも、そういう仕事があるはずですから、今度、私のほうで、話してみてあげますよ。知事と
も、懇意にしていますから……」と。

 おめでたい人というのは、Y氏のような人をいう。が、私は心の中で、Y氏とは、完全につなが
りを切った。「何かの仕事の話になっても、(そういうことはありえないが)、断ろう」と心に決め
た。
(02−12−2)

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子育て随筆byはやし浩司(368)

直観像素質者

 「直観像」という言葉がある。視覚的にとらえたものを、瞬時に頭に焼きつけてしまうことをい
う。右脳教育の分野でも、しばしば使われる言葉である。たとえば瞬間に見ただけで、漢字や
英語の単語を暗記してしまうなど。しかし、それが人間にとって好ましい能力かどうかということ
になると、それは疑わしい。

 この直観像というのは、まさに両刃の剣。よい方面で使われればよいが、悪い方面で使われ
ると、子どもに、予想できないショックを与える。たとえば幼児の世界には、「お面恐怖症」と呼
ばれる、よく知られた現象がある。年中児でも、一〇〜一五人に一人くらいの割合で出現す
る。このタイプの子どもは、先生が、お面をかぶってみせただけで、泣きだしてしまう。

 このタイプの子どもをよく観察してみると、目でとらえた情報が頭の中に入った段階で、現実
と空想の区別がつかなくなってしまうのがわかる。私が、「これはお面だよ。何でもないのだよ」
といくら説明をしても、「こわい、こわい」と言って、泣きだしてしまう。ただこわがるというのでは
ない。明かに、おびえた様子を見せる。ふつうの人には、ただのお面でも、このタイプの子ども
には、そうではない。お面から受ける印象が強烈すぎて、脳の中で、お面がお面として分離で
きないためと考えてよい。印象に残っている子どもに、P君という子どもがいた。

 P君は年中児のとき、私がお面をかぶろうとしただけで、「こわいから、いやだ」と言って、そ
れをこばんだ。おばけとか、怪獣のお面はもちろんのこと、鬼、さらには、動物のお面までこわ
がった。

 そのP君が、小学二年生になったときのこと。P君がふと、こう言った。「ぼくは、映画を見たこ
とがない」と。P君がそれを言ったとき、私はP君が年中児のとき、お面恐怖症であったことを思
い出した。そこであれこれ聞くと、こう言った。

P君「ぼくは、こわいから、映画を見ない」
私 「どうして?」
P君「スクリーンがはげしいから」
私 「はげしい?」
P君「とくに、予告がこわい。殺しあいとか、そういうのがある」
私 「ビデオはいいの?」
P君「ビデオはそんなにこわくない」
私 「どうして?」
P君「うちで見るから、こわくない」

 P君が映画をこわがるのは、映像から受ける印象が、ふつうの子どもとは違うからと考えてよ
い。ふつうおとなは、(おとなでも直観像素質者はいるが)、視覚でとらえた像を、無意識のうち
にも、それが現実のものかどうかを判断しながら見る。たとえばテレビの中の人が血を流して
いても、それは現実の血とは区別して考える。しかし直観像素質者は、その区別ができない。
区別ができないから、現実にあったこととして、映像を脳の中に焼きつけてしまう。よい例が、
あの『淳君殺害事件』を引き起こした、少年Aである。少年Aは、その直観像素質者であるとい
う鑑定結果がくだされている。

 このところ、右も左も、右脳教育ブーム。まだそれが安全だと確認されたわけでもないのに、
何かしらそれがすばらしい教育でもあるかのように、もてはやされている。ここでいう直観像も
その一つだが、しかし私たちは、子どもの教育には、もう少し慎重であるべきではないのか。あ
る右脳教育団体の案内書には、こうある。「この教育を受けた子どもたちが、一〇年後、二〇
年後には、東大の赤門を、ぞくぞくとくぐることになるでしょう」と。もしそれが東大の赤門であれ
ばよいが、精神病院の玄関だったら、どうするのか? この問題は、また別の機会に、もう少し
深く掘りさげて考えてみたい。
(02−12−2)

(追記)たまたまこの原稿を書いているとき、その少年Aの手記が報道された。参考までに、そ
の手記を転載する(TBSニュースより)

「改めて事件の動機を説明すれば、自分がそこにいるという証拠がほしかったということになり
ます。当時の僕は、そこにいるという実感が持てず、幽霊みたいにスカスカした感じで何か起こ
して、世間が騒げば自分がいるという実感が持てると考えたのだと思います」

 「一番大事なのは、被害者のことを一生忘れないことだと思います。被害者の気持ちは、自
分の想像を超えるものだと思いますが、その痛みや悲しみに近づき、少しでも僕に背負わせて
ほしいという気持ちです」(少年A 中等少年院の報告から)

 「振り返ってみると、僕たち母子は人間であり、女性である前に、母親という役割を演じている
母と、無意識のうちに息子という役割を押しつけられ、演じている僕だったように思います。もっ
と生身の人間対人間の関係を持ちたかったようにも思うのです」(以上、少年A 中等少年院の
報告から)


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子育て随筆byはやし浩司(369)

子どもは入院した……

●ある朝、突然に
 もうそれから一〇年になるだろうか。S君は、やや多動性はあったものの、ほかの子どもとく
らべても、とくに違うということはなかったという。そのころのS君については、私は知らない。そ
のS君が、ある日、突然、幼稚園へ行くのはいやだと言い出した。S君が年長児になったばか
りの、春の日のことだった。

 母親はあわてた。見たところ元気そうだったし、とくに病気の兆候もなかった。理由を聞いて
も、はっきりしない。そこで母親は、S君を車に無理やり乗せると、そのまま幼稚園へ行った。
母親の頭には、「不登校」という言葉が横切った。

 幼稚園では、前もって連絡を受けていた先生が二人、門のところで待っていた。その前に園
長に電話で相談すると、「無理をしてでもよいから、連れてきなさい。休みグセがつくといけな
い。こういう問題は、はじめが大切」と園長は言った。

母親と三人で、S君を車からおろそうとした。しかしS君は、どこからそんな声が出るのかと思え
るような大声で泣いて、それに抵抗した。「ものすごい力でした」と、あとになって母親がそう言
った。

 で、その日を最後に、S君は幼稚園へは行かなくなってしまった。途中、何度も幼稚園へ連れ
ていったが、ムダだった。が、そんなある日。両親を震撼(しんかん)せしめるよう変化が起き
た。

●はげしい呼吸困難
 S君が公園から帰ってきたときのことだった。母親が汚れた手を見て、「手を洗ってきなさい」
と言った直後のことだった。突然、S君は倒れ、そのままの状態で、体中を大きく、けいれんさ
せ始めたのだ。今にも呼吸が止まるのではないかと思えるほど、それはひどいけいれんだっ
た。あわてた母親は、救急車を呼んだ。
 
 その少し前に、その母親から、私に最初の相談があった。「幼稚園へ行かないが、どうしたら
よいか」と。私は症状から、学校恐怖症と判断した。だから、「三か月は何も言ってはいけない」
「幼稚園のことは忘れなさい」「家の中でも、何も言ってはいけない」とアドバイスした。

 しかし母親にすれば、三か月どころか、一週間でも長い。一週間もすると、母親から電話が
かかってきて、こう言った。「今日、幼稚園へ連れていきましたが、やっぱりダメでした」と。学校
恐怖症にせよ、不登校にせよ、こういうことを繰り返しながら、症状は悪化する。親は、そういう
とき、「うちの子は、最悪の状態」と思うかもしれない。しかしこういう心の問題には、その底の
底、さらにはそのまた底がある。これを私は二番底、三番底と呼んでいる。一度こういう状態に
なると、「まだ前のほうがよかった」ということを繰り返しながら、子どもは、その二番底、三番底
へと落ちていく。が、親にはそれもわからない。

 母親は、幼稚園へ行かないからという理由で、S君を、リトルリーグと算数教室へ入れた。こ
れについても、私のアドバイスを無視した。母親はこう言った。「不安だったし、家でゴロゴロし
ているよりはいい」と。

 が、そのうち、S君には、奇行が目立つようになってきた。夜中に大声を出して暴れたり、二
階の窓から、通りに向かって小便をしたりする、など。算数教室では素っ裸になって走り回った
こともある。そのつど母親はS君を強く叱ったが、そのときはそのときで、S君はしおらしくして
いた。そのけいれんが起きたのは、そんなある日のことだった。

 救急病院では原因がわからず、近くの総合病院へそのままS君は回された。幸いにも、けい
れんはすぐ収まったが、脳の病気も疑われ、CTスキャンなど、ありとあらゆる検査がなされ
た。が、どこにも異常は見つからなかった。

●薬づけの治療法
 が、それで終わったわけではない。S君は、ある総合病院の小児科で、連続して、治療(?)
を受けることになった。母親は「効果の弱い薬です」と言ったが、S君は、それから毎日、まさに
薬づけの生活をするようになった。朝、昼、晩と、三回の薬を、それぞれ数種類ずつのんだ。
私はそれにも反対した。が、母親は、私の指示ではなく、医者の指示に従った。

 子どもの「心の問題」は、子ども自身がもつ、自然治癒(ちゆ)力をうまく利用してなおす。薬を
つかえば、その自然治癒力を、かえって妨げることになる。とくに幼児期から少年期というの
は、その自然治癒力が高まるときである。が、S君の母親からは、毎日のように電話がかかっ
てきた。で、私はこう言った。

 「私にどんなアドバイスができるというのですか? 今は、ドクターにみてもらっているのです
から、そちらに相談されるほうがいいと思います。船頭が二人では、どうにもならないでしょう」
と。が、それからも、母親は自分が不安になるたびに、あれこれと電話をしてきた。真夜中の
一二時すぎにかかってくることもあった。

 そののちS君は、小学校に入ったが、ほとんど学校には行かなかった。気分のムラが異常に
はげしく、元気よく活発に動いていたかと思うと、その夜には、まったく無気力になったり、ある
いは反対に、夜中中、キャーキャーと大声を騒いだりした。機嫌がよいと思った直後には、二
歳年下の弟に、ものを投げつけて、けがをさせたりしたこともある。けいれんも、発作的に、相
変わらず、ときどき起きた。医師から処方された薬をのんでいたが、症状と発作の回数は、ま
すますひどくなるばかりだった。

●私のできることにも、限界が……
 が、最後に私と決別する事件が起きた。母親はそのつど、私にアドバイスを求めてきたが、
そのころになると、何のためのアドバイスか、わからなくなっていた。もともとその母親には、私
のアドバイスを聞く耳など、もっていなかった。それに私は母親の中に、岩のようにかたい、学
歴信仰を感じていた。母親が私に聞きたかったのは、「何としても、学校へ行かせたい。その
ためには、どうしたらいいか?」だけだった。

 私はこう言った。「学校はあきらめなさい。学校どころではないでしょう。今、あれこれあせっ
て何かをすると、もっと症状はひどくなりますよ」と。すると母親は激怒して、「他人の子どものこ
とだと思って、よくもそういうことが言えますね。あなたはそれでも教育者ですか!」と。

 念のため申し添えるなら、私はその母親から、一円の報酬も受けていない。相談を受けるよ
うになったのも、ワイフの友人の紹介があったからだ。その私が、どうして怒鳴られなければな
らないのか。そう感じたとき、私はこう言った。「もう、私には電話をしないでください。疲れまし
た」と。するとその母親は、ますます怒って、「私のように困っている親のために、何かをするの
があなたの仕事でしょ!」とまで言った。母親は母親で、必死だった。こういうケースでは、たい
ていの親は、平常心をなくす。しかし私は牧師ではない。

 で、私はS君のことは忘れようとした。だが、気にはなっていた。で、ある日のこと、それから
五年近くもたってからのことだが、同じ学校に子どもが通っている別の母親に、S君のことを聞
くと、こう話してくれた。

 「S君は、たまに学校へも来ますが、いつもひとりでニヤニヤ笑っているだけです。ときどき授
業中でも、大声をはりあげて、教室の中を走り回ったりしています。弟さんがいましたが、弟さ
んは、今は、祖父母の家から学校に通っています。S君が家にいるときは、弟さんに乱暴する
からです」と。

 それからさらに五年になるだろうか。今はもうS君は、どこかの病院へ入ったままで、そこで
生活をしているという。健康でいれば、今ごろは高校生になっている年齢である。が、悲劇は終
わらない。さらに残念なことに、そのときの弟も、そのあとS君と同じような症状を見せるように
なり、やはり病院通いをしているということだった。

●『母原病』
 昔、どこかで『母原病』という言葉を聞いたことがある。子どもの心の問題は、そのほとんど
は、母親が原因で起こるという説である。私はS君の母親と、数度、会っているが、本当のとこ
ろ、どういう人かはよく知らない。しかし第一印象としては、実にセカセカとした、落ち着きのな
い人だったような気がする。何でもかんでも、こまごまとした指示を子どもに与え、それを守ら
せるようなタイプの人だった。ひょっとしたら、S君がそうなったのは、その母親に原因があった
のかもしれない。S君の弟が同じような症状を示したと聞いたとき、なおいっそう、強く、そう思
った。

 このあとの判断は、読者のみなさんに任せる。ただ私は、一度S君のことを、記録にとどめて
おきたいと思った。それでこの原稿を書いた。
(02−12−2)

●親は、自分で失敗してみるまで、自分が子育てで失敗するなどとは思っていない。
●親は、子どもに何か問題が起きると、それが「底」だと思うが、その底の下に、もう一つの別
の底があることを知らない。そして子どもをなおそうと無理をして、その底へと落ちていく。

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子育て随筆byはやし浩司(370)

日本型の子育VSアメリカ型の子育て

●日本の子どもは、一〇〇%、ドラ息子
 五年ほど前、日本に住んでいたアメリカ人の友人が、こう言った。「ヒロシ、日本の子どもたち
は、一〇〇%、スポイルされているよ」と。「スポイル」というのは、日本語に訳せば、「ドラ息子
化している」という意味。そこで私が、「君は、どんなところを見て、そう思うのか」と聞いた。する
と、彼はこう言った。

 「ときどき子どもたち(自分の英会話教室の生徒)を、ホームスティさせてやるのだが、何もし
ないよ。食事の用意も手伝わないし、食後の食器洗いもしない。シャワーを浴びても、アワを流
さないし、朝起きても、ベッドもなおさない。何もしないよ」と。

 たまたまそんなとき、知人と知人の娘夫婦が、我が家へやってきた。二歳になる女の子を連
れてきた。そして我が家へ一泊した。私には、日本型の子育てを観察するには、絶好の機会
だった。もっとも、こう書くからといって、決して、その夫婦の子育てを批判したり、それであって
はいけないと言っているのではない。私は、もう少し高い視点で、その子育てぶりを観察した。
で、わかったことがいくつか、ある。

 まず第一。日本人の親たちは、この時期、子どもには、何もさせない。ただ一方的に、子ども
にサービスをするだけ。食事の世話、遊び、身の回りの世話など。知人(祖父母)も、親も、そ
の娘を、楽しませることだけを考えているといったふう。泣けば、「どうしたの?」と声をかけて、
心配する。少し退屈そうな顔していると、あれこれもたせて、機嫌をとる。何か食べ物がある
と、「これ、おいしいよ」と、真っ先に、子どもに食べさせる。コップにジュースを入れて飲ませて
も、そのコップは、親が片づける。子どもは、まさに、したい放題、やりたい放題。

 王子様、王女様という言葉がある。しかしその子どもは、まさに王女様。好き勝手に家の中を
走り回っては、キャッキャッと声を張りあげて、騒ぐ。そのつど、知人や、娘夫婦が、あとをおい
かけて遊ぶ。こうした子育て方は、日本ではごく当たり前の子育て方になっている。そうでない
子育て方をしている家庭など、ほとんどない。またそれだけに疑問に思う人も、ほとんどいな
い。

 しかしここがアメリカ型の子育てとちがうところ。もっともアメリカと言っても広いし、それにあ
の国は、まさに人種のルツボ。もちろん日系人もいる。しかしアメリカ人の家庭は、かいま見た
だけでわかるが、雰囲気がまるで違う。その女の子は、四歳になったばかりの白人の女の子
だったが、台所でオレンジジュースを飲んだあと、そのコップをそのままキッチンまでもっていっ
た。日本では見られない光景だったので、私は驚いた。つまりすでにその時期までに、アメリカ
人の子どもたちは、そういうことが自然にできるように、しつけられている? その女の子という
のは、義理の娘の姪にあたる子どもだった。

●その違いの背景にあるもの
 こうした違いは、いったい、いつから、またなぜ始まるのか? 言うまでもなく、この日本で
は、親はいつも、子どもに対して、「育ててやる」という意識をもつ。日本独特の親意識、あるい
は日本独特の保護意識が、その背景にある。子どもに対して、犠牲的であればあるほど、よい
親だと誤解しているようなフシすら、ある。そしてさらにその背景には、「子どもは子ども」と、子
どもの人格を認めない、日本人独特の子ども観がある。今でも古い世代を中心に、「子どもは
財産」、あるいは「跡取り」と考える人は多い。そういう独特の子育て観が、全体として、日本人
独特の子育て方をつくる。

 一方、アメリカでは、子どもは、生まれながらにして、一人の人格者として認められる。「友」と
いう感覚も強い。それに子育ての世界だけではなく、学校という教育の世界でも、「自立したよ
き家庭人づくり」が、その柱になっている。つまりひとりで、家庭生活ができるようにするのが、
子育ての目標ということになっている。何でもないようだが、この違いは大きい。

 たとえばアメリカでは、幼児期から、あるいはもっと早い時期から、子どもにはどんどんと家
事をさせる。「させる」という意識すらないほど、自然な形で、そういう雰囲気に、子どもを巻き
込んでいる。そのため、日本のように、「いただきました」と言ったあと、汚れた食器をそのまま
にして、自分の部屋に行ったり、テレビを見始める子どもなど、ほとんどいない。夫とて、例外
ではない。みなが、並んで食後のあと片づけを始める。

 こういう話をすると、日本の親の中には、「子どもに、家事をそこまで手伝わさせるなんて!」
と驚く人がいる。あるいは、「それって、虐待じゃないの?」「子どもがかわいそう!」と言う人も
いる。が、実際には、家族全体のムードが、そういうふうに動いているので、現場で見ている
と、そういう違和感は、まったく、ない。子育て観、あるいは子育て方そのものが、基本的な部
分で、日本人のそれとは、まったく違う。たとえば日本人は、「あと片づけ」にはうるさい。しかし
アメリカの家庭でも、オーストラリアの家庭でも、私は親が子どもに向かって、「あと片づけしな
いさい!」と叫んでいる姿を見たことがない。しかし彼らは、「あと始末」には、うるさい。たとえ
ばジュースを飲んでも、汚れたコップをそのままにしておこうものなら、(実際には、そういう子
どもはいないが……)、親は子どもをかなり神経質に叱る。

●子どもの育て方を改めよう
 「子どもに楽をさせるのが、親の愛の証(あかし)」「子どもにいい思いをさせれば、子どもは
親に感謝するはず。親子のパイプも、それで太くなるはず」と考えている人は多い。それもその
はず、その人自身も、子どものとき、そういう子育てを受けている。だから何の疑問ももたない
まま、自分が受けた子育てを、今度は自分の子育てで、繰り返す。しかしこうした子育て方が、
今、限界にきつつある。いろいろな統計調査を見ても、日本では、断絶していない親子をさが
すほうが、むずかしい。親子関係は、バラバラ。昔のように、親の威厳だけで、家庭がまとまっ
た時代なら、いざ知らず、今は、そういう時代ではない。若い世代から、それを取り巻く意識
が、どんどん変化している。そういう時代に、旧態依然のままの、子育て方でよいのかというこ
とになる。あるいはこのままだと、親子の関係は、さらにバラバラになってしまう。

 そこで私たちは、どう考えたらよいのか。それを防ぐための方法は、いくつかある。

(1)子どもの人格を認める……一方的にかわいがるのは、一見、子どもを大切にしているよう
に見えるが、その実、子どもの人格を無視している。
 
(2)子どもを、よき家庭人として、自立させる……乳幼児のときから、家事を手伝わさせるよう
に、しむけよう。子どもを決して、王子様、王女様にしてはいけない。
 
(3)あと始末に、もっと神経質になる……日本人は、国際的にみても、あと始末が苦手な国民
ということになっている。何でもナーナーですまそうとする風潮が強い。なぜそうなのかというと
ころに、日本型の子育ての問題点が隠されている。子どものときから、そういう家庭で育ってい
る。子どもがシュースを飲んだら、コップを洗わせよう。コップをしまわせよう。ジュースは、冷蔵
庫に戻させよう。
(02−12−3)

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子育て随筆byはやし浩司(371)

過剰サービス

 もう一五年になるだろうか。バブル経済、まっさかりのころのことだった。久しぶりに浜松市内
の繁華街を歩いてみて、驚いた。夜の一〇時近くだったが、通りは若者であふれかえってい
た。私が学生時代には、そういうところは、仕事帰りのサラリーマンか、あるいは中高年の男た
ちが遊ぶところだった。が、それからさらに一五年。今では、私のような老年に近い男など、さ
がしてもいない。で、そんなとき、またまた浜松市は、四〇〇〜五〇〇億円という巨費を投じ
て、市の中心部にZシティなるビルを建設した(〇一年)。ターゲットは若い女性だそうだ。ビル
全体が、若い女性向けの商品で、あふれかえった。

 ……で、私は考えた。私たちおとなは、そこまで若い人たちに、サービスをする必要があるの
か、と。そこまで若い人たちの歓心を買う必要があるのか、と。またそういうことをするのが、本
当に町の活性化につながるのか、と。答は、ノーである。

 そこで今度は、子育てに焦点を当ててみる。とくに乳幼児期から、幼児期にかけての子育て
である。私たちはこの時期、子どもを、まさに「蝶よ、花よ」と育てる。時間もかける。手間もか
ける。そしてお金もかける。先ごろ、アメリカ資本の、Tというおもちゃ会社が、赤ちゃん用品を
中心とした専門店を開業した(〇二年一二月)。名前も、「Tべイビー」とか。テレビに出てきた
経営者の言葉が憎い。「(お金をもっている)おじいちゃん、おばあちゃんが、ターゲットです」
と。が、それだけではない。日常の生活も、まさに「お子様中心」。休日の過ごし方も、まさに
「お子様中心」。しかしこういう環境の中で育てられた子どもが、どうなるか? 

 今、若年層の若者たちの、「ジョブレス(無業者)」がふえている。仕事をしようという意欲その
ものがない。それもそうだ。幼児のときから、一〇万円、二〇万円のお年玉になれた子どもた
ちである。どうして時給八〇〇円の仕事など、できるだろうか。親は親で、ただ一方的に、スネ
をかじられるだけ。

 ちなみに早稲田大学のばあい、〇二年度の卒業生のうち、進路指導に応じた一万二六五人
のうち、就職したのは、五七%の五八九四人に過ぎず、九六年度にくらべて、一〇ポイントも
低下した。同大学の「キャリアセンター」のH氏は、「卒業すれば就職するのが当たり前という時
代は、終わった」(読売新聞報道)と述べている。さらに第一生命経済研究所の調査によれ
ば、就職活動もしていない、いわゆる失業者にもカウントされない無業者が、一五歳から三四
歳までに、六〇万人以上いるという。

   一五〜二四歳の無業者……三一万人
   二五〜三四歳の無業者……三〇万人
 
 世の親たちよ、もうバカなことはやめようではないか。私たちが子どものためと思っていること
が、実は、まったく子どもたちのためになっていない。そればかりか、かえって子どもたちをダメ
にしてしまっている。「かわいがる」という言葉は、日本では、「子どもに楽をさせる」「子どもにい
い思いをさせる」という意味で使われる。しかしもしそうなら、子どもをかわいがるのは、もうや
めようではないか。そのかわり、子どもの人格を認め、生まれながらに一人の人間としてあつ
かおうではないか。子どもを大切にするということがどういうことなのか、みんなでもう一度考え
ようではないか。このままでは、あなたの子どもも、例外なく、ドラ息子、ドラ娘になる。これはお
どしでも何でもない。一〇年後、二〇年後にやってくる、現実である。

 (以上、どうも、お説教がましくて、すみません。つい、力が入ってしまいました。)
(02−12−3)

【付記】(1)
●ドラ息子症候群

@ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自分を喜ば
せるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりする。自分の思いど
おりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを許さない。いつも自分が皆
の中心にいないと、気がすまない。

Aものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、目標を定
めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放棄してしまう。ほ
しいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだらしなくなる。その場を楽
しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費的な行動が多くなる。


Bものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、自分勝
手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。

【付記】(2)

 もし、あなたの子どもが仕事をしないなら……。

 当然のことながら、親のスネを一方的にかじり、仕事をしない子どもをかかえている親も多
い。あるいは仕事(バイト、フリーター)をしながらも、すべて遊興費に使い、一円も家計を助け
ない子どもをかかえている親も多い。

 こういうケースのときは、すでにそういう「関係」ができあがってしまっているため、それを改め
たり、修復したりするのは、容易ではない。つまりその「関係」は、それまでの子育てが、いわ
ば地層のように積み重ねられたもので、あるとき突然、それを改めたり、修復したりすることは
できない。無理にそれをすれば、「関係」は崩壊し、ついで親子関係も、崩壊の危機に立たされ
る。

 そうした子どもをかかえる多くの親たちは、そうした「関係」を黙認し、子どもに妥協しながら、
生きている。「何とか、なるだろう」「まあ、しかたないさ」と。

 しかし、望みがないわけではない。それが「結婚」である。そういう子どもでも結婚し、親にな
ると、様子が一変する。もちろんそのまま身を崩してしまう子どももいるが、しかし結婚を契機
(けいき)に、大きく変わる子どもも多い。さらに子ども(あなたから見れば孫)ができると、大き
く変わる子どもも多い。だから、今、そうであるからといって、あせってはいけない。この段階で
あせると、かえって症状がこじれてしまい、ばあいによっては、親子関係が崩壊してしまう。そう
なると、子ども自身が、糸の切れた凧のようになってしまう。そうなると、まずい。本当に、まず
い。それについては、また別の機会に書く。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


子育て随筆byはやし浩司(372)

明日があるさ……

 M党は、前回の国政選挙のとき、「♪明日があるさ……」と歌っていた。そのM党が、今、崩
壊の危機に立たされている。党首の辞任劇が、このところ毎日のように報道されている。当然
だ。「♪明日があるさ……」などという生きザマは、それ自体が、世界の哲学者の間では、お笑
いもの。今どき、こういう歌を平気で歌う政治家の哲学観を、私は疑う。

 いろいろな識者の言葉を拾ってみよう。

●「明日は、明日こそは」と、人はそれを慰める。この「明日」が、彼を墓場に送り込む、その日
まで。……ツルゲーネフ「散文詩」

●汝、明日のことを語るなかれ。それは一日生ずるところの如何なるを知らざればなり。……
旧約聖書「箴言(しんげん)」二七章一節(ソロモン)

●私は未来については、決して考えない。なぜなら未来は、確実にやってくるから。……アイン
シュタイン「語録」

●過去を追わざれ、未来を願わざれ、およそ過ぎ去りしものは、すでに棄てられたものなり。ま
た未来はいまだ到達せず。ただ今日まさになすべきことを熱心になせ。……長部経

●今日の一つは、明日の二つにまさる。……フランクリン「語録」

●現在を享楽せよ。明日のことはあまり信ずるなかれ。……ホラティウス「カルミナ」

●愚者は言う。「我、明日に生きん」と。……マルテイィアリス「警句」、ほか。

もうじゅうぶんだろう。「明日に生きる」というのは、それ自体が長ずると、来世思想そのものに
なる。現世での夢や望みをなくした人たちが、来世での幸福を求めて、現世から厭世(えんせ
い)するというのが、それ。「まあ、いいじゃないか、今は。来世で幸せになれば……」と。

 私たちは、明日に生きてはいけない。「今を生きる」。それがプラス型思考のすべての原点で
もある。
(02−12−4)※

(付録)「あしたがあるさ」

明日があるさ 明日(あす)がある
若い僕には 夢がある
いつかはきっと いつかはきっと
わかってくれるだろう
明日がある 明日がある
明日があるさ

(青島幸男作詞)

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子育て随筆byはやし浩司(373)

最高のジコチュー人間

●Dさんのこと
 この原稿が、その「ちぎり絵教室」のメンバーに読まれないことを、ただひたすら願いながら、
書く。もし読まれたら、私はその女性に、袋叩きにあう。あるいは殺されるかも……?

 ある町のある公民館に、「ちぎり絵教室」というのがある。その地域の女性たち、四〇歳から
六〇歳前後の人が集まっている。もちろん、それよりも若い人もいる。年をとった人もいる。

 その中に一人、Dさん(六〇歳)がいる。この教室では、古株だが、そのDさん、とにかく、口う
るさい。ほかのメンバーの、それこそ紙のちぎり方、張り方まで、いちいち口を出す。もちろん
自分の絵が最高だと思っている。一度、出品展覧会で金賞をとり、そのあと一〇万円の売り値
(もちろん売れなかったが……)がついたのが、かえってわざわいした。講師の指導にも、ほと
んど、従わなかった。

 そんなわけで、ほかのメンバーとの衝突も絶えなかった。「私の題材を盗んだ」「もう少し静か
にしてほしい」「あんたがいると神経が集中できない」など。年に一度、合同で大作に挑戦する
のだが、どんな絵にするかを決めるだけで、大騒動。今年も、「四季の風景にする」と、Dさん
は、一歩も譲らなかった。

 そのDさんの口うるささといったらなかった。とにかく、うるさい。「まともに接していると、こちら
の気がヘンになる」と、ある人は言った。しかもDさんは、ズケズケとそれを言う。自分より技術
のある人に向かっては、「あんたのようなじょうずな人がいると、ほかの人が萎縮してしまう」と
言った一方で、技術の足りない人がいると、「あんたは今度の合作には出るべきではない」と
言った。

 ふつう自己中心的な人は、他人のことはズケズケ言うが、自分が反対に言われたりすると、
狂ったように反撃する。一人の会員が、Dさんに、「そういう言い方はないでしょ!」とたしなめ
たことがあるが、そのときも、Dさんは、顔をまっかにして大声で怒鳴り散らしたという。

 私はその話を聞いたとき、Dさんの脳の病気を疑った。しかし何年もDさんを知っている人
が、「Dさんは、昔からそうよ」と言ったので、どうやらその可能性はないようだ。

 が、ある日、とうとうメンバーの怒りと不満が爆発してしまった。それはみなが、合同の大作に
取り組んでいるときだった。例のごとく、Dさんが、「ここは、こう」「そこは、こう」「だめ、だめ」
と、いちいち口を出したからだ。そして一番技術のある人に向かって、「あんただけが、そんな
にじょうずにやったら、全体のバランスが崩れるでしょ!」と。

 メンバーたちが、怒った。しかしDさんは、逆に攻勢にでた。「いつも私だけを悪者にして!」
と。あとは、お決まりの大騒動!
●なぜ、Dさんは、そうなのか?
 こうした自己中心性は、だれにでもある。もちろん脳の病気のときも、ある。よく知られた例と
しては、アルツハイマー型痴呆症の初期症状がある。私が疑ったのは、その病気だったが、D
さんは、どうもそれではないようだ。記憶力もしっかりしている。こまかいことにもよく気がつく。
「感情の鈍化はないですか?」と聞くと、「それもない」と。

 その大騒動のあと、つぎの回の教室へは、Dさんと講師、事情を知らないでいた女性の三人
しかこなかった。講師は、Dさんを責めたが、そこでもまた大げんか。講師の人はこう言ったと
いう。「何も、賞が目的ではない。みなが、楽しめばそれでいい」と。それに対してDさんは、「私
が最初に習った先生は、賞を取らねば意味がないと言った。私はそれに従っているだけ!」
と。

 これらの話からわかるように、Dさんは、まるで自分のことがわかっていなかった。自分が嫌
われていることすら気づいていなかった。あるいはなぜ、メンバーが全員、その日、欠席した
か、その理由もわかっていなかった。この話を聞いたとき、私は自己中心性にも、ふたつの方
向性があることに気づいた。

 ひとつは、自分のことだけを主張するという自己中心性。自分だけが正しいと思うのが、そ
れ。もうひとつは、自分の姿を客観的に見ることができないという自己中心性。他人の目の中
で、自分がどう映っているかわからない。

 そこでさらに分析してみると、自分のことだけを主張するというのは、それだけ頭が硬直化し
ていることを意味する。融通がきかない、がんこ、偏屈など。住む世界が狭いときも、同じよう
になる。よく学者と呼ばれる人が、似たような症状を示す。細分化された専門知識はもっている
が、それ以外の世界を知らない。人間関係をうまく調整できない。だから自分にへつらう人と
は、それなりにうまく交際するが、そうでない人とは、何かにつけてすぐ衝突する。

 また自分の姿を客観的に見ることができないというのは、それだけ「わがまま」ということか。
他人の立場でものを考えることができない。その結果というか、どうしても独断と偏見が多くな
る。このタイプの人は、それだけ交際範囲が狭いので、(あるいは交際しても、相手を受け入れ
ないから)、その分、たとえば子育てという世界でも、どうしてもギクシャクしやすい。一般論とし
て、交際範囲の広い親ほど、子育てがじょうず。それだけ無意識のうちにも、子どもの多様性
を受け入れることができるからとみる。(反対に、交際範囲の狭い親ほど、多様性を受け入れ
ることができず、自分が決めたワクの中に、子どもを押しこめようとする。そのため、失敗しや
すい。)

 こうした自己中心性を打ち破る方法といえば、結局は、社会の荒波の中で、もまれるしかな
い。そういう意味では、苦労が、人間を丸くする。たとえば一般社会では、自己中心的な人は、
それだけで、社会からはじき飛ばされてしまう。相手にされなくなる。だからどうしても、丸くなら
ざるをえない。

●ちぎり絵教室は、解散に
さらにそのつぎの回の教室では、メンバーの全員が集まった。会の解散を宣言するためであ
る。しかし、だ。その会に、Dさんもやってきた。これは予想外のことだった。が、それだけでは
ない。何とDさんが、みなにと、茶菓子を買ってきたというのだ。これには、みなが、驚いた。た
まげた。Dさんは、こう言った。「昨日、○○山へ行ってきたので、みなさんにと、おみやげを買
ってきました」と。Dさんは、まるで自分の立場がわかっていなかった。

 で、そのあと、どうなったか? 講師がみなの前で、こう切り出した。「一度、会を解散して、来
月からまた、新しい会として、発足します。新しい会では、新入会のメンバーについては、講師
の入会許可をもって、入会できるという規約をつけ加えます。いかがですか?」と。しかし、それ
についても、まっさきにDさんが、手をあげ、「賛成!」と。公民館主宰(しゅさい)の教室というこ
とで、Dさんだけを排除することもできない。しかしもうこうなると、マンガの世界。みなが、いっ
せいに吹き出してしまった。講師も笑った。ほかのメンバーも笑った。つられてDさんも笑った。
私も、その話を聞いて、笑った。

 考えてみれば、のどかな、のどかな世界。で、今も、Dさんはそのちぎり絵教室に通っている
という。そして相変わらず、ああでもない、こうでもないと、うるさく口を出しているという。しかし
私は、ここまで自己中心的な人を、ほかに知らない。Dさんは、まさに私が生涯で知った、最高
の「ジコチュー人間」ということになる。
(02−12−4)

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子育て随筆byはやし浩司(374)

アンビリーバブル

 世の中には、信じがたい人たちというのは、たしかにいる。ふつうの常識では、考えられない
人たちである。実は、先日も、こんなことがあった。

 その男性は、現在、八五歳。子どもはいない。大手の自動車会社の研究所で、研究員を長
年したあと、筑波(つくば)の国立研究所で、一〇年ほど研究員をした。そのあと、しばらく私立
大学の教壇に立ったあと、今は、退職し、年金生活を送っている。が、そのあといろいろないき
さつがあって、このH市に住んでいる。

 ここまではよくある話だが、実は、その男性は、がんを患っている。もう余命はそれほど、な
い。手術も考えたが、年齢が年齢だからという理由で、抗がん剤だけで治療している。が、私
が「信じがたい」というのは、そのことではない。その男性は、莫大な資産家でもある。市内だ
けでも、大きなビルを、三か所もっている。それに大地主。市の中心部と郊外に、一〇〇〇坪
単位の土地をいくつかもっている。ハンパな金持ちではない。

 が、だ。その男性、今、別の男性(五二歳)と、わずか一〇坪の土地について、民事調停をし
ている。本来なら、話しあいでどうにかなった問題だが、関係が、こじれてそうなった。先日も、
その土地をはさんで、二人が道路で、大声で怒鳴りあう喧嘩(けんか)をしていたという。

 私はこの話を聞いて、「へえエ〜」と言ったきり、言葉が出なかった。

 もし私ががんを宣告されたら、それだけで意気消沈してしまうだろう。何もできなくなるだろう。
しかも八五歳といえば、私より三〇歳も年上ということになる。そういう人生の大先輩が、その
上、大金持ちが、わずか一〇坪の土地のことで、言い争っている? 人間の「生」への執着心
というか、はっきり言えば、愚かさというか、それが私には信じられなかった。あるいは何がそう
まで、その男性を、駆り立てるのか?

 ここまで考えて、私はしばらく、あちこちの本を読みなおしてみた。で、最初に目についたの
が、ミルトン(一六〇八〜七四、イギリスの詩人)の『わめく女』。その中でミルトンは、こう書い
ている。「老人が落ち込む、その病気は、貪欲である」と。これだけを根拠にするわけではない
が、どうも年をとればとるほど、人間的な円熟味がましてくるというのは、ウソのようだ。中に
は、退化する人もいる? そういえば、ギリシャのソフォクレスも、「老人は再び子ども」という有
名な言葉を残している。

 私はこの男性の話を聞いたとき、「老年とは何か」、それを考えてしまった。あるいはこういう
人たちは、その年齢になっても、まだ人生は永遠につづくとでも、思っているのだろうか。仮に
あの世があるとしても、あの世まで、財産をもっていくことができるとでも思っているのだろう
か。さらに「死」を目前にして、我欲にとりつかれることの虚しさを覚えないのだろうか。さらにあ
るいは、老年には老年の、私たちが知る由もない、特別の心理状態があるのだろうか。

 これは近所の男性(八〇歳)のことだが、こんな話もある。ある夜、隣の家の人に、その男性
が「助けにきてほしい」と電話をしてきたという。そこでその隣の人が、その男性の家にかけつ
けてみると、その男性は玄関先で倒れていたという。隣の人がそれを見て、「救急車を呼びま
しょうか?」と声をかけると、その男性は、こう言ったという。「恥ずかしいから、それだけはやめ
てくれ」と。

 この話を聞いたときも、私はわが耳を疑った。その男性は、だれに対して、何を恥ずかしいと
思ったのだろうか。

 さてさて、人はだれしも、老いる。それは避けることのできない未来である。末路と言ってもよ
い。そういうとき、どういう心理状態になり、どういう人生観をもつか。私は私なりに、その準備
というわけでもないが、それを知りたいと思っている。で、こういう人たちが一つの手がかりにな
るはずのだが、しかし、残念ながら、私には、まったく理解できない。冒頭に書いたように、どれ
だけ、また何回、頭の中で反芻(はんすう)しても、理解できない。信じられない。つまりアンビリ
ーバブルな話ということになる。この問題は、ひょっとしたら、私自身がもう少し年をとらねば、
わからない問題なのかもしれない。

 ただここで言えることは、老人のなり方をまちがえると、かえってヘンな人間になってしまうと
いうこと。偏屈でがんこになるのならまだしも、邪悪な人間になることもある。そういう意味で
は、人間は、死ぬまで、前向きに生きなければならない。うしろを向いたときから、その人間
は、退化する。釈迦も、「精進(しょうじん)」という言葉を使って、それを説明した。「死ぬまで精
進せよ(前向きに生きろ)」と。
(02−12−4)

●老人が、人生の大家であるというのは、まったくの幻想である。何と醜い老人が多いことか。
またこの世の中に、のさばっていることか。……と書いて、私たちはそうであってはいけない。
またそういう老人になってはいけない。一方的に老人を礼さんする人というのは、その人自身
がすでに、その老人の仲間になっているか、前向きに生きるのをやめたということを意味す
る。本当にすばらしい老人というのは、自らが醜いことを知っている老人である。安易な老人美
化論には、注意しよう!

●私の観察では、人間は、早い人で、もう二〇歳くらいから進歩することをやめてしまう。ある
いは三〇歳くらいから、それまでの人生を繰り返すようになる。毎年、毎月、毎日、同じことを
繰り返すことで、そのときどきを、無難に生きようとする。あるいは考えることをやめてしまう。
が、なおさらに、タチが悪いことに、自らを退化させてしまう人もいる。そういう意味で、人間にと
っては、「停滞」は、「退化」を意味する。それはちょうど、川の流れのようなものではないか。よ
どんだ水は、腐る。

●自らを輝かせて生きるためには、いつも前向きに生きていかねばならない。恩師は、一つの
方法として、「新しい情報をいつも手に入れることだ」と教えてくれた。また別の恩師は、「いつも
トップクラスの人とつきあうことだ。新しい世界にチャレンジすれば、自然と、自分が磨かれる」
と教えてくれた。方法はいろいろある。山に登るにも、道は必ずしも一つではない。

●そこで考えてみよう。あなたのまわりには、老人と呼ばれる人がたくさんいる。あなた自身
も、すでにその老人の仲間になっているかもしれない。そういう老人や、あなたは、今、輝いて
いるか、と。実は、これは私自身の問題でもある。私は今、満五五歳。このところとみに気力が
衰えてきたのがわかる。何かわずらわしいことが起きると、それが若いころの何倍も気になる
ようになった。チャレンジ精神も薄れてきたように思う。できるならひとり、のんびりと暮らしたい
と思うことも多い。つまり私自身、輝きをなくしつつあるように思う。

●そこで、考える。どうすればいいのか、と。逃げるわけではないが、この問題は、これから
先、私にとっては、大きな問題になるような気がする。今は、ここまでしか書けないが、この問
題は、近々、決着をつけなければならないと思っている。

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子育て随筆byはやし浩司(375)

冬のうたた寝

 コタツに入ると、すぐ眠くなる。そんなとき、窓からさしこむ小春日和(びより)の陽光を感じな
がら、ウトウトとする。今も、そうだ、そのうたた寝から、さめたところ。気がつくと、もう一時間近
くも寝ていたことになる。夢はいくつか見たようだが、よく覚えていない。どこかへ旅行をした夢
のようだった。

 一方、原稿を書いていると、すぐ時間がたつ。あっという間というほどではないが、少し調べも
のをしていると、三〇分とか一時間が過ぎる。ときどき、どうしてこんなにはやく時間が過ぎる
のだろうと思うときがある。今朝も七時に起きて、原稿を書き始めた。たった一作しか書いてな
いのに、そんなわけで、時計を見ると、もう一〇時半! 昼からはあれこれと予定が入ってい
る。

 今、背筋をのばして、大きく、あくびをしたところ。全身に、ブルブルと血が流れるのを感じ
た。どうやら今日も、健康のようだ。頭の回転はあまりよくないが……。そんな回転のよくないと
きには、こんな原稿しか書けない。はっきり言って、どうしようもない駄文。まったく意味のない
駄文。しかしこれも私の一面。そう思って、ここまで書いた。

 これから居間へ行って、お茶を飲んでくる。そしてワイフと買いものに行ってくる。クリスマスカ
ードと、年賀状を買うつもり。あとは本屋へ寄って、いくつか雑誌を買ってくる。ああ、それにし
ても新しいパソコンがほしいな。
(02−12−7)

●結論……今年はパソコン購入をとうとう断念。そのかわり、数年前買ったパソコン(シャープ
のPNZ15)を掃除することにした。しばらく使っていなかったので、掃除したら、何だか新しい
パソコンを買ったような気分になってきた。人間の心というのは、ごまかせるものなのか?

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子育て随筆byはやし浩司(376)

回避性障害

 「回避性障害」という障害がある。「人と会うのを回避する」という意味で回避性障害という。対
人恐怖症の一つと考えられている。私も「障害」といえるほどおおげさなものではないが、とき
どき、人に会うのが、心底、わずらわしくなることがある。人に会うのがおっくうになる。人の顔
を見るのがいやになる。多くの人の流れを見ていると、目が回る、など。そのつど微妙に症状
が違うが、そういうときは、どこか頭が重ぼったい。気分が晴れない。すっきりしない。

 原因のほとんどは、他人とのトラブルである。……といっても、たいしたトラブルではない。ささ
いなトラブルが引き金となって、そうなる。だから、トラブルそのものが原因というよりも、気分
が落ち込んでいるときに、それが重なると、そうなる。ふだんは、そういうトラブルがあっても、
軽く受け流すことができるが、落ち込んでいるときは、そうではない。ささいなことで、気をもむ。

 そこで私は、どういうときに、落ち込むか、だ。たいていは、ものごとが、うまくいかないとき
に、そうなる。あるいは予定していたのと反対の結果が出たようなとき、そうなる。そういう意味
では、私は人生で、あまり失敗を経験していないので、耐久性がない。あるいはもともと気が小
さいので、失敗を事前で回避しようとする。慎重派といえば慎重派だが、ときに慎重すぎるとき
がある。

 よく誤解されるが、こうした症状と、「考える」こととは、関係ない。友人のT氏はこう言う。「林
さんは、ものごとを考えすぎるよ。だから落ち込むんだよ」と。それにこうも言った。「ふつうは、
酒でごまかすが、林さんは、酒が飲めないからね」と。

 私のばあいは、むしろ逆で、頭の中がモヤモヤしてくると、かえって不愉快になる。そこでそ
のモヤモヤを吐き出したい衝動にかられる。文を書くというのは、結局は、そのモヤモヤを吐
き出すためということになる。うまく吐き出したときの、爽快感(そうかいかん)は、何ものにもか
えがたい。頭の中がそれだけでスッキリする。……そう、それは難解なパズルを解いたときの
爽快感に似ている。「ヤッター」という思いにかられる。

 その私が回避性障害になる? 今も、実は、そんな気分になっている。だから……とつなげ
るのも、おかしな話だが、私はその回避性障害になった子どもの心理がよくわかる。少し前、A
さんという女子高校生がいた。彼女は「人に会うのがこわい」と言って、ひとり、親元すら離れ
て、アパート暮らしをしていた。まわりの人たちは、(親も)、「そんなのは気のせいだ」と言って
いたが、私はそうは思わなかった。

 で、子どもがそういう状態になったら、どうするか。これは学校恐怖症になった子どももそうだ
が、(そういう意味では、学校恐怖症も、対人恐怖症の一つと考えてよい)、放っておくのが最
善。本人がしたいようにさせておく。あれこれ気をつかうのは、かえって逆効果。子どもの側か
らみて、親の視線や関心をまったく感じさせないほどまで、放っておく。家族が空気のような存
在になればよい。そういった障害から立ちなおった子どもたちも、みな、そう言っている。「放っ
ておいてくれたのが、一番よかった」と。

 さてさて私の場合は、運動し、汗をかいて、子どもたちに会うと、それがなおる。今日は、大好
きな年中児のクラスだ。Nさん、Yさん、Sさん、Tさん。たった四人だけのクラスだが、本当に心
のやさしい子どもたちばかり。教えていても、ほんわかしたムードに包まれる。私のような人間
には、とてもありがたい。

 では、これからそのクラスにでかける。いつものように自転車に乗って……。
(02−12−5)

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子育て随筆byはやし浩司(377)

電子マガジンのこと

 これから電子マガジンを発行してみようと考えている人は、多いと思う。そういう人のために、
私の経験を、書いておきたい。

 私が最初に発行したのは、〇一年の夏。最初は、どういうものかなという思いながら発行し
た。で、最初は、不定期に、月に一回とかニ回だった。それがときには週に二回になったりし
た。それが、定期的になったのは、一年も過ぎてからだった。

(発行日)自分に義務を課すということであれば、定期的なほうがよい。人間は、追いつめられ
ないと、よい仕事をしない。どうしても発行するのがおっくうになる。だからどんなことがあって
も、発行すると、心に決めてかかる。

(無料との戦い)「無料」ということが頭にあると、どうしてもいいかげんになる。私のばあい、最
初のころは、そういう意識との戦いでもあった。文を推敲(すいこう)することもなく、そのままマ
ガジンにしたこともある。しかしそういういいかげんさは、絶対に許されない。マガジンを発行す
るときは、たとえ小部数でも、真剣勝負と考える。

(読者の獲得)読者がふえるというのは、大きな励みになる。「数は関係ない」とはわかっていて
も、どうしても気になる。で、問題は、伸び悩んだとき。あるいは読者が減り始めたとき。私もこ
の一年で、何度か、そういうことがあった。そういうとき、「もう廃刊にしようか」と迷った。そうい
う自分とどう戦うかも、一つの問題。

(出し惜しみしない)本を書くとき、よく編集者からこう注意される。「出し惜しみするな」と。これ
はマガジンも同じで、書くときは、もったいぶらず、すべてを書く。読者に思わせぶりを書いたり
してはいけない。「このつづきは、また今度……」というのも、ダメ。それは読者に対する、最低
限のエチケットと考えてよい。「読んでいただきます」「ついては、すべてを提供します」と、そう
いう姿勢を書く。

(読者の獲得はむずかしい)私は講演をするとき、マガジンの紹介もしてもらう。それでも、一会
場で、一〜二人の人が読者になってくれれば、よいほう。つまり読者になってもらうことは、そ
れくらいむずかしい。だいたい、今、この種のマガジンは、まさに雨後の竹の子のように生まれ
ては、そして消えている。つまりそれだけライバルが多いということ。数年前だったら、発行す
れば、すぐ一〇〇人、二〇〇人の読者がついたというが、今は、そういうことはない。年々、ま
すますむずかしくなってきている。とくに電子マガジンは、ほかに宣伝媒体をもたない。読者の
口コミだけが、頼り。つまりそれだけにきびしい。

(ほかに……)いろいろなマガジンをあたってみると、あやしげなマガジンも多い。ほとんどがそ
うではないか。宗教がらみのもの、商品の販売がらみのもの、違法すれすれのものなど。出合
い系や、競馬などのギャンブル系、ピンク系などもある。このところマガジンの質と品が急速に
低下しているのも事実。そのため信用度も落ちている。そういうとき、いかにマガジンを充実さ
せ、信用をかちとるかも大切だが、それには、基本的に、自分自身にきびしくなければならな
い。長くつづけていると、必ずボロが出る。つまりマガジンを出すということは、そういう自分と
の戦いでもある。決していいかげんな気持ちで、発行してはいけない。……と思う。

 まだ一年と少ししかたっていないから、偉そうなことは言えないが、今日までに感じたことをま
とめてみた。みなさんの中で、マガジンを発行している人がいたら、ぜひ、教えてほしい。情報
を交換できればと願っている。
(02−12−5)

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子育て随筆byはやし浩司(378)

幻想

 子どもの学習には、いろいろな幻想がある。親にしてみれば、いつもはじめての経験で、何
が幻想で、何が幻想でないかわからない。だからどの親も、繰り返し、同じような失敗をする。

●むずかしいワークブックをやらせれば、勉強ができるようになると考えるのは、幻想……能
力を超えたワークブックをかかえたため、そこで勉強がストップしてしまうというケースは、たい
へん多い。あるいは量が多く、とてもやりおおせないというケースもある。そういうときは、各ペ
ージの、一番の問題だけをまず、やる。そして一番最後のページまでいったら、またもどって、
今度は、二番の問題だけを、やる。そして一番最後のページまでいったら、またもどって、三番
の問題だけを、やる。

●長く時間勉強すれば、勉強ができるようになると考えるのは、幻想……勉強の能率は、かけ
る時間の長さでは決まらない。ダラダラとするダラ勉、あるいは時間ツブシ、時間殺しが見られ
たら、勉強のやり方そのものを変える。コツは、子どもの能力の範囲で、短時間ですますように
する。六〇分くらいなら勉強しそうだったら、思いきって、三〇分にする。

●有名な進学塾へ入れれば、勉強ができるようになると考えるのは、幻想……こわいのは、
「空回り」。その塾の指導が、子どもの能力の範囲にあればよいが、その範囲の外にあるとき
は、効果がないだけではなく、子どもにとっては、大きな負担となる。子どもの能力を見きわ
め、その能力の範囲の進学塾に入れる。空回りを感じたら、即、退塾したほうがよい。方法とし
ては、子どもが上位をねらえるような進学塾へ入れ、そこで力をつけたら、さらに上位の進学
塾へ入れるという方法が好ましい。
 
●小人数のほうが、ていねいな指導がしてもらえると考えるのは、幻想……子どもどうしの、相
乗効果というのがある。あるいは子どもどうしが、競いあったり、励ましあったりして、たがいに
伸ばしあうということは多い。小人数レッスンというのは、一見効果があるようで、ないばあい
も、同じように多い。家庭教師にしても、子ども自身に「勉強したい」「勉強しなければ」という自
覚があるときは、効果的だが、そうでなければ、あまり効果はない。

●子どもに受験の自覚をもたせれば、勉強をするようになると考えるのは、幻想……子どもを
おどせば、一時的には効果はあるが、あくまでも一時的。「こんな成績では、A中学には入れな
いでしょ!」と。この方法は、子どもによっては、逆効果。子どもが一度、反発したら最後、おど
しは一挙に崩壊する。そしてこの種のおどしは、二度目がない。

子どもの学習には、こうした無数の幻想がつきまとう。誤解、先入観、それに独断と偏見。こう
いうのものが、無数にからんで、ひとつの幻想をつくる。そしてその幻想が、やがてかたまっ
て、一つの方針になる。学歴信仰や、学校神話などが、それを支える。しかし今のあなたが、
「限界」の中で生きているように、子どももまた、その「限界」の中で生きている。その限界を知
り、その限界を認め、その限界の中で、子育てをすることも大切。要するに「あきらめるべきこ
とは、あきらめる」ということ。

そういう意味では、子どもというのは、不思議なものだ。親が「うちの子は、やればできるはず」
と、子どもを追いたてれば追いたてるほど、あるいは、「そんなはずはない」と、親ががんばれ
ばがんばるほど、子どもは伸び悩む。しかし反対に、「うちの子はこんなもの。親が親だから」
と、あきらめたとん、伸び始める。子どもの心に風穴があき、風とおしがよくなるためと考えてよ
い。そのためにも、子育てには「幻想」はもたない。その一つとして、子どもの学習にまつわる
幻想を考えてみた。
(02−12−6)※

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子育て随筆byはやし浩司(379)

戦後最大の危機

 仮に北朝鮮が、核兵器を、東京湾で爆発させたら……。決してありえない話ではない。〇二
年一〇月三日、アメリカのケリー国務次官補との米朝協議の席上、北朝鮮の代表(姜錫柱第
一外務次官)は、ケリー国務次官補に、「核は日本だけを対象にしたものだ」と明言している。

 北朝鮮が、韓国に対して核を使うことはありえない。同朋意識が強いからである。またアメリ
カに使うこともありえない。そんなことをすれば、北朝鮮は、一夜にして、吹っ飛んでしまう。今、
崩壊か、戦争かの瀬戸際に立たされた北朝鮮が、ゆいいつ、生き残り作戦としてとるべき道が
あるとするなら、対日本への宣戦布告でしかない。そしてその中でも、もっともありえる方法
が、東京への核攻撃である。

 「どうして、北朝鮮が日本に?」と顔をかしげる日本人も多いと思う。少し前だが、市内の図書
館で、女子高校生たちにその話をすると、一人の高校生は、こう言った。「なんでエ〜。私ら
ア、ナンモ、悪いことしてないのにねエ〜」と。私が「北朝鮮が日本へ攻めてきたらどうする?」
と聞いたときのことだ。平和ボケというよりは、日本人のこの国際感覚のなさは、一体、どこか
らくるのか。

今の状況から考えて、この核攻撃は、きわめてありえる。日本人の多くは、「アメリカがバック
にいるから、だいじょうぶ」と言っている。が、日本が核攻撃されても、アメリカは動かない。動
けない。理由はいくつかある。その一つは、朝鮮半島を戦場にしたくないという思いが、韓国の
みならず、アメリカにも、抑止力となって働くからである。韓国には四万人(三万七〇〇〇人)弱
のアメリカ兵がいる。そういうアメリカ兵を核攻撃の危険にさらすことはできない。韓国に駐留し
ているアメリカ兵は、一方で、アメリカにとっては人質のようなものと考えてよい。九四年、ペリ
ー長官も、「(北朝鮮と戦争すれば)、アメリカンボーイズ(駐留アメリカ兵)が、殺されてしまう」
と、北朝鮮との戦争にクギをさしている。もちろん韓国は、日本のためには、絶対に戦争などし
ない。

 では、中国やロシアはどうだろうか。北朝鮮を、一応の非難はするだろうが、「日本のために
……」ということはありえない。現に今、中国人の六四%近くは、「日本はまだ戦争責任を果た
していない」※と考えている。いや、それ以上に、朝鮮半島が、戦場になることを、彼らもまた恐
れている。

 で、そのとき、日本は、つまり北朝鮮に核攻撃をされた段階で、終焉(しゅうえん)を迎える。
日本各地で、北朝鮮の工作員によって、生物兵器、化学兵器が使われるだろう。経済はマヒ、
通信、交通もマヒする。ヘタをすれば、自衛隊も機能しなくなってしまう。人々は、先を争って逃
げ惑い、わずかな食料を奪いあって、壮絶な争いをする。円の価値は急落し、一方、ハイパー
インフレが日本を襲う。それを短期間で繰りかえしながら、日本という国は、やがて壊滅状態に
追いこまれる。

 こう考えていくと、私たちが今、感じている平和や繁栄は、いったい、何であったのかというこ
とになる。あるいは戦後の日本は、いったい、何であったのかということになる。ただ残念なの
は、戦後五七年近くにもなった今でも、あの戦争を美化している人があとを絶たないというこ
と。先週も、Y新聞にこんな投書が載っていた。四〇歳の女性のものだが、いわく、「特攻隊員
たちの、美しさに私は心をひかれます。国のために命を落としていった、若者が、この日本にも
いたことを忘れてはなりません」と。

 もしこの論理がまかりとおるなら、自爆テロを繰り返すパレスチナ人は、何かということにな
る。ニューヨークの貿易センタービルを破壊したアルカイダは、何かということになる。恐らく、
北朝鮮が東京を核攻撃するときは、漁船か何かに核兵器を積み込んできて、東京湾で自爆す
るという方法をとるだろう。そのとき自爆する北朝鮮の工作員は、北朝鮮の英雄として、以後、
たたえられることになる。北朝鮮の人たちが、そういう工作員をたたえるのは、北朝鮮の勝手
だが、そういう国とは、日本は、仲間にはなれない。なれるわけがない。どうして日本よ、それ
がわからない? 

そう、あのニューヨークの貿易センタービルが、アルカイダのメンバーによって破壊されたとき、
ブッシュ大統領は、イの一番に、「第二のパールハーバーだ」と叫んだ。もしあれが第二のパー
ルハーバーなら、それを指揮したビンラディーンは、東条英機ということになる。オマル師は、
天皇ということになる。が、その日本は、これまたイの一番に、「旗をあげた」(ブッシュ大統領
を支持し、報復攻撃に賛成した)。それが問題というのではない。日本の外交を考えていくと、
いつもこの種のおめでたさが目につく。今も、そうだ。
 
 私たちはもう平和ボケしているヒマはない。北朝鮮については、本腰を入れて、防衛体制をと
らねばならない。ああいうおかしな国だから、刺激するのは、極力ひかえねばならない。が、し
かし国内、あるいは領海内での防衛体制を強化することについては、問題はないはず。私が
防衛庁長官なら、工作船はもちろんのこと、北朝鮮からやってくるすべての漁船、商船をすべ
てマークし、追跡する。東京湾へ入る船は、すべて洋上で臨検する。すでに「第三次朝鮮半島
核危機(The Third Korean Nuclear Crisis)」の幕は、切って落とされた。つまり日本は、今、戦
後、最大の危機を迎えたといってもよい。
(02−12−6)

※……中国の社会科学院日本研究所が日中国交三〇周年記念を機に行った調査(〇二年)
によれば、
      日本への親しみを感ずる ……5・9%
              感じない……43・3%
      日本の国連安保理常任理事国入りに反対……62・3%
      中国侵略を今もきちんと反省していない……63・8%
      靖国神社への参拝について、どんな状況下でもすべきでない……50・9%
      日本へのイメージ    中国を侵略した日本軍……53・5%
                  桜         ……49・6%
                  富士山       ……46・6%
                  ブランド家電    ……35・4%

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子育て随筆byはやし浩司(380)

見せかけの偽善

 善人ぶることなら、だれにでもできる。たいした努力はいらない。あるアメリカの映画俳優は、
こう告白している。「私は、いつも他人の目の中で、自分がどう映るか、そればかりを気にして
いました」と。

 何も映画俳優でなくても、多少、名前の知られた人なら、そう思う。そういう人は、またそれら
しく振るまうのが、うまい。いつもどうすれば相手の心をとらえることができるか、そればかりを
考えている。研究している。しかし仮面は仮面。偽善は偽善。このタイプの人は善人ぶること
で、利己心を満足させている。

 そこで大切なことは、私たち無名人は無名人なりに、庶民は庶民なりに、こうした仮面や偽善
を見抜かねばならない。それは社会の底辺を生きる私たちの、精一杯の抵抗であり、誇りでも
ある。でないと、そういう偽善者を見抜けないばかりか、私たち自身の道を踏みはずすことにも
なる。

(宗教的偽善)
 偽善の中でも、最悪が、宗教的偽善。私の家にも、ときどき、いろいろな宗教団体の信者た
ちが勧誘にくるが、どの人も、満ち足りたような笑みを浮かべている。さも、私は人間ができて
いますというような顔をしている。こうした傾向は、同じ宗教団体の中でも、立場が上の人ほ
ど、強い。トップレベルともなると、神様や仏様のような顔をしている。「中には本物の宗教団体
もあるが……」と言いたいが、残念ながら私は知らない。(知っていれば、すでに信者となって
いる?)

(文化的偽善)
 文化的偽善者は多い。何を隠そう、私もその一人? 講演などに行き、壇上に立つと、ときど
き、「どうして私のような人間がこんなところに立っているのだろうか」と思うときがある。もし聞
きにきている人が私の実像を知ったら、あきれて帰ってしまうかもしれない。私はそういう自分
を知っているから、そういう意味では、文化的偽善者を見抜く力がある。昔から「泥棒は、泥棒
を見分けられる」というが、それと同じかもしれない。ただ誤解しないでほしいのは、私のばあ
いは、無理に善人ぶることは、もうやめた。だいたいだれも、私のことなど、善人だとは思って
いない。また思ってほしくない。そういう視線を感ずると、本当に疲れる。

(学者的偽善)
 今、学問の世界が、きわめて細分化されている。またほとんどの学者たちは、細分化された
世界をさらに専門化することで、自分の立場を確立している。そんなわけで、今、学者と呼ばれ
ている人たちは、つまりきわめて専門的な知識はあるが、それ以外の世界は、ほとんど知らな
いとみてよい。私たちは「学者」というと、「博学者」を連想し、ついで、人格的にも高邁(こうま
い)な人を連想するが、それは正しくない。(もちろん中には、きわめてすぐれた人もいるが…
…。)しかしそういうまちがった先入観が、ときとして、自分の目を曇らせる。先日、ビデオ映画
を見ていたら、こんなセリフがあった。「大学の教授だって、牧師だって、マスをかくんだぜ」と。
むしろ専門バカ(失礼!)というか、学者と呼ばれる人ほど、世間知らずが多い。常識はずれ
の人も多い。ずいぶんと昔だが、東京のD大学から、幼児教育の大家(?)と称する人が、H市
で講演をした。あとで聞くと、その教授は、赤ん坊の歩行のし方を研究している学者ということ
だった。そういう教授が、「幼児教育とは……」と論ずるから、話がおかしくなる。今でも、ほとん
ど幼児を教えたことがない元教授が、幼児教育の大家になりすましていたりする。

(マスコミ的偽善)
 マスコミの世界には、偽善者が、ゴロゴロしている。だいたいあのマスコミの世界に顔を出す
ということ自体、悪魔と何らかの取りひきをして、魂を売り渡した人とみてよい。私もプロダクシ
ョンの下請けとして、番組の企画を書いていたことがあるが、あの世界は「まともな世界」では、
ない。もっとも、私にはそういう経験があるから、マスコミ的偽善がどういうものであるか、私に
はよくわかる。もちろん偽善者も、わかる。年俸が数億もあるようなニュースキャスターが、「不
況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せたりすると、「何、言ってるんだ!」と、思わず、
つぶやいてしまう。

(教育的偽善)
 教育の世界は、これまた偽善だらけ。まあ、どう偽善なのか、それを話したら、キリがない。
ないから、あえて言えば、教育もまた偽善の上に成りたっているという前提で、考える。教育の
世界に不正はない。あってはならないと考えること自体、幻想である。またそういう幻想がある
と、とてもつきあえない。

 大切なことは、こうした偽善を前にして、キズつかないだけの覚悟と、その心がまえはしておく
ということ。そしてここにも書いたように、そうした偽善から身を守るのは、結局は私たち自身で
あることを知る。要するに賢くなるということ。それは現代という社会を生きるための、必要条
件といってもよい。
(02−12−6)

●慈善は、それが犠牲であるときのみ、慈善である。(トルストイ「読書の輪」)

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子育て随筆byはやし浩司(381)

ひがみ、やっかみ、嫉妬(しっと)心

 アメリカの中南部を旅行してみると、「住」環境のすばらしさには、どこへ行っても、度肝を抜
かれる。「すごい!」などというものではない。圧倒される。

 もちろん貧しそうな家も多いが、しかし日本では考えられないような大豪邸が、まさに軒並み
並んでいる! 大きさも、広さも、日本の「上」の家とくらべても、楽に数倍から一〇倍以上はあ
る。それぞれの部屋も広い。天井も高い。私が訪れた、K氏の家などは、地下に小さな体育室
まであった!

 そういう家々が、豊かな山林と、芝生の庭に抱かれるように並んでいる。さらに驚くべきこと
に、その地域の人たちが、景観を守るために、屋根や壁の色、さらに、家の外観まで統一して
いる。「芝生など、自分の家の芝生でも、きちんと管理しないと、近所の人から叱られる」という
ことだった。少し窮屈な感じがしないでもないが、それがまた「住」環境を、なお一層、すばらし
いものにしている。

 で、そういうのを見せつけられると、「何だ、これは!」と思ってしまう。一応、日本も豊かな国
ということになっているが、はっきり言って、アメリカから見ると、日本と台湾は、もうどこも違わ
ない。いや、反対に、成田空港におり、東京駅まであの電車に乗ると、そのあまりの落差に、
がくぜんとする。狭い土地に、家々が雑然と並び、その家々をおおうかのように、電線が、クモ
の巣のように張りめぐらされている。

 ……と、書いて、少し話をもどす。「何だ、これは!」と思うのは、私のひがみか。やっかみ
か。それとも嫉妬心か。と、いうのは、アメリカを旅してみるとわかるが、あのアメリカ人が、あ
あした豊かな生活を送れるのは、日本のおかげによるところが、きわめて大きい。たとえばホ
テルに泊まっても、部屋の中には、アメリカ製は、ほとんどない。電話はオランダ製、時計は台
湾製、ラジオは日本製というぐあいである。家具はアメリカ製だが、つくりはどれも荒い。日本
へもってきても、あんな家具、だれも見向きもしないだろう。つまりアメリカがアメリカなのは、軍
事産業と映画産業、それにコンピュータのソフト産業があるからにほかならない。経済構造だ
けをみれば、ブラジルのそれとそれほど、違わない。そのアメリカが、強いドルを維持できるの
は、日本が、せっこらせっこらと、あのドルを買い込んでやっているからだ。もっとわかりやすく
言えば、日本がアメリカにお金を貸しつづけている。もし日本が、アメリカのドルを買い支えな
ければ、アメリカのドルは、そのまま大暴落。ああした豊かな生活を送れるわけがない。

 私は、私たちを案内してくれた、日系人のYさん(四〇歳)に、こう言った。「日本は毎年、何十
兆円というドルを、買いつづけている。その一部でも、返してくれたら、日本の経済も少しはよく
なるのに」と。するとYさんはこう言った。「それは無理でしょうね。前のH政権では、H首相がそ
れを口にしたから、クビが飛んでしまったのよ」と。日本は返してもらうアテのないお金を、アメ
リカに貸しつづけるしかないようだ。

 何度目かに私が、フーとため息をもらしたときのことだ。私は、貧しい国の人たちの心情が、
理解できたような気がした。日本人の私ですら、それだけのショックを受けるのだから、さらに
貧しい国からの人は、もっと大きなショックを受けるに違いない。が、ショックはショックだけで
は、終わらない。それは大きな矛盾となって、その人の心をふさぐ。〇一年で、二度目にアメリ
カを訪れたときには、ブッシュ大統領が、「ここ数日中に、第二のテロがあるかもしれない」と警
告した、その日だった。もちろん私はテロリストの肩をもつつもりはない。ないが、しかし彼らも
また、こうした矛盾を感じていたかもしれない。いくら豊かな国といっても、落差があまりにも大
き過ぎる。またそれから感ずる不公平感は、相当なものだ。

 さて、日本はどうか。今、日本と北朝鮮の関係は、極度に緊張している。それはそれとして、
そういう北朝鮮を日本から見ると、あまりの貧しさに、言葉を失う。しかしそれは同時に、彼ら
からすれば、日本のこの豊かさは、矛盾となって映ることを意味する。私たち日本人は、「北朝
鮮に敵意はない」と言うのは勝手だが、彼らはそうは思わない。……思っていない。私たち日
本人は、過去の歴史の中で、他民族に隷属したことがない。それ自体は、たいへんハッピーな
ことなのだが、それゆえに、隷属させられた人たちの心情を理解できない。もっとわかりやすく
言えば、弱者の立場、弱者の心がわからない。これは、日本民族にとっては、たいへん不幸な
ことでもある。
 
 もちろん今の北朝鮮を支持する気持ちは、みじんもない。もうあの金正日体制は、崩壊すべ
きだと考える。またこれ以上、存続させてはいけない。しかしそれと同時に、日本人も、もうそろ
そろ覇者(はしゃ)の論理を捨て、謙虚な気持ちで、貧しい国々に住む人たちの言葉に耳を傾
けなければならない。で、ないと……。なぜあのアメリカが、こうまで世界中で嫌われているか、
その理由もわからないし、なぜ日本が、こうまでアジアの国々で嫌われているか、その理由も
わからないだろう。つぎの世代の日本人にとっても、これほど、不幸なことはない。
(02−12−6)

●他人の所有する幸福を悔やむ心で、われわれの心をはなはだむしばむ。それは他人の幸
福を裏返して、われわれの不幸とする。(シャロン「知恵論」)

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子育て随筆byはやし浩司(382)

希望

 暗い話ばかり書いた。だから自分でもどんどん気がめいっていくのがわかる。このところ、よ
い話は、あまりない。それはそうだが、つまりこういうことばかり書いていると、読者も、嫌気(い
やけ)がさしてくるだろう。そこで明るい話……。

(経済問題)
 日本はたしかに多額の借金をかかえているが、貿易は、いまだに黒字。健在。この黒字がつ
づくかぎり、日本の経済は、簡単には沈没しない。それに儲けたお金は、アメリカやアジアの
国々に貸している。わかりやすく言えば、日本は巨大なサラ金の役割をしている。あるいは高
利貸し? この立場が維持されるかぎり、日本の立場は安泰。サラ金のおやじが、それほど働
かなくても食べていかれるように、日本人もまた、それほど働かなくても、食べていかれる。

(国際問題)
 北朝鮮が、大きな問題になっているが、軍事的には、問題はない。日本やアメリカのもつ、近
代兵器の前では、北朝鮮は手も足も出せないはず。たとえば空軍力にしても、日本の戦闘機
一機で、北朝鮮の戦闘機六〇機を相手にする能力をもっている。実際には、レーダーとミサイ
ルの性能で、戦闘能力が決まる。北朝鮮の戦闘機は、離陸した直後から、日本のレーダーに
捕捉(ほそく)される。つまり北朝鮮に勝ち目はない。海軍力も同じ。また北朝鮮は、一〇〇万
人以上の兵力をもっているが、間には日本海がある。この海を渡ることは、簡単にはできな
い。北朝鮮の核問題については、国際世論がだまっていない。それを動かせば、解決できる。

(教育問題)
 いろいろ問題はあるが、日本の教育は、善良な市民を育てるには、きわめて効率よく機能し
ている。また実際にその効果をあげている。独創的で個性のある人間を生み出すことができな
いという欠点はあるが、同時に、日本の教育システムの中では、めちゃめちゃ悪い人間も生ま
れない。よりよい教育を求めなければ、これといって大きな問題もない。現状維持でも、そこそ
こに、すぐれた教育は可能だし、そういうシステムはもう、完成している。ものごとは悪い方ば
かりに考えてはいけない。

(社会問題)
 日本の民主主義は、アジアの中では、最高レベルにある。私のように、これだけこっぴどく政
府や、教育機関を批判しても、逮捕されることもない。いやがらせを受けることもない。一応の
言論の自由も保証されているようだ。「一応」というのは、ある特殊な団体を批判すると、そうは
いかないということ。それはあるが、一庶民として、平凡に暮すには、問題はないはず。また安
全性も高い。子どもの誘拐(ゆうかい)も少ない。凶悪な犯罪も少ない。何といっても、銃がない
社会というのは、すばらしい。

(日本の未来)
 日本と中国の立場は、二〇一五年ごろ逆転する。それはしかたないとしても、だからといっ
て、日本人の生活レベルがさがるわけではない。何といっても、中国の人口一二億。日本の約
九倍。相手は「数」で勝負してくる。勝ち目はない。ないが、それ以上、日本が追い越されること
はない。これは(追いつかれる立場の日本)と、(追い越そうとする中国との立場)の違いと言っ
てもよい。中国はかぎりなく日本に追いついてくるが、日本を追い越すことはできない。わかり
やすく言えば、現在の日本が、中国の未来と考えてよい。

 私の恩師はいつも私にこう言う。「日本はいい国でしょ。林君は、何が不満なのですか?」と。
私は何も、不満に思っているわけではない。何とか、もっとよくしたいと思っているだけ。評論活
動をしていると、不満だらけの人間によく誤解されるが、本当の私はもっと楽天的。もっと楽し
い人間。ときどきどうすれば、それが、みなにわかってもらえるかを考えることがある。
(02−12−6)

●望みが少なければ少ないほど、平和が多くもたらされる。(トーマス・ウィルソン「敬虔とキリス
ト教精神」)

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●兄弟、皆、同じ名前
 そのうちには三人の、息子がいた。長男がジョン、二男もジョン、三男もジョン。そこで母親
に、「皆、同じ名前だと困るでしょう?」と聞くと、その母親は、こう言った。「いいえ、便利です
よ。たとえば、ね、『ジョン、荷物を運んでちょうだい』と言えば、三人がみな、いっしょに助けてく
れます」と。そこでさらに、「では、三人を別々に呼ぶときはどうするのですか」と聞くと、母親は
こう言った。「そういうときは、ラーストネームで呼びます。長男はジョン・ベア、二男はジョン・キ
シア、三男はジョン・ケンプです。だから、それぞれ『ベア』『キシア』『ケンプ』と呼びます。みんな
父親が違うのですよ、ははは」と。

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子育て随筆byはやし浩司(383)

アメリカの教育省(The United States Department of Education )

 一九八六年、アメリカの教育省は、当時のレーガン大統領に対して、「学習とは何か、教える
ことと学ぶことについて」(What works: Research about Teaching and Learning)というタイトル
の報告書を提出した。その報告書は、家庭教育の重要性を説いたものだが、その内容はつぎ
のようになっている。

 「子どもの教育においては、両親の役割がもっとも重要である。

(1)両親が子どもに対して、読み、話し、聞き、物語を読んで聞かせ、ゲームをし、趣味を共有
し、テレビの番組などについて、議論をするという姿勢をもっているとき、子どもは、よりよく、話
し、読み、理由づけをし、ものごとを理解する。

(2)食事、就眠時刻、宿題など家で規則正しくしている子どもは、学校での日課をよりたやすく
こなす。

(3)家庭で、両親が、子どもと学校でのできごとを話しあい、(課題の)締め切りに対して、計画
をたててあげたり、用意をしてあげると、子どもは、学校での勉強に、興味を示すようになる。

(4)両親は、子どもの問題や、子どもがうまくできたこと、友だち、あるいはその日に子どもた
ちがしたことについて、子どもたちと話すのがよい。そして日々の問題をどう処理するかを、子
どもに教えることは、両親の重要な役目である。

 アメリカやオーストラリアへ行ってみると、家庭教育と学校教育の比重が、少なくとも半々くら
いになっているのがわかる。本屋さんへ行っても、ほぼ同じくらいの割合で、それぞれの本が
並んでいる。(これに対して、日本では、学校教育の本は多いが、家庭教育の本は、それにくら
べて、はるかに少ない。)こんなところにも、教育に対する考え方の違いがあらわれている」(同
書)。

 アメリカでは、家庭教育が主で、学校教育が従になっている。親たちが先生を雇って開く、チ
ャータースクールなどもある。親の権限が、日本では考えられないほど、強い。学校によって
は、PTAが教師の任命権はもちろん、罷免(ひめん)権すらもっている。一方、日本では、学校
万能主義のもと、家庭教育すら学校が指導するようになっている。どちらがよいとか悪いとか
いうことではない。日本では、子どもは国の財産とする考え方が、伝統的に強い。だから子ども
たちをできるだけ学校に拘束し、国にとって、つごうのよい子どもをつくろうとする。そしてその
分、家庭での教育が、どうしても軽んじられる。こうした流れの中で、親は親で、何か子どもに
問題が起きると、「学校で……」と考える。日本の教育が、依存型教育であると言われる理由
は、こんなところにもある。
(02−12−6)

●王様であろうと、百姓であろうと、自分の家庭で幸福を見出すものが、いちばん幸福な人間
である。(ゲーテ「格言と反省」)

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子育て随筆byはやし浩司(384)

もの考えぬ民たち

 戦後教育の中で、最大の失敗は、政治的無関心を、国是(こくぜ)としたこと。それはまさに
官僚政治が行き着く、最終目標と言ってもよい。戦前の「もの言わぬ民」づくりが、戦後は、「も
の考えぬ民」づくりに変わった。その結果、子どもたちは、そして若い世代は、政治についての
議論をやめてしまった。役人にとっては、きわめて住み心地のよい国になったが、そのため日
本は自ら、自分の流れを修正する手段をなくなってしまった。

 見ろ、あの第二東名高速道路の愚かな工事を! 国家税収が、四〇数兆円にまで低下した
今、一一兆円もかけて第二東名高速道路を作る必要が、どこにあるのか。現在の東名高速道
路でさえ、利用者数は頭打ち。これから先、減少すると言われている。が、どこもかしこも、ギリ
シャ神殿を思わせるような、巨大な橋脚ばかり。その豪華さには、ただただ唖然(あぜん)とす
るのみ。行政責任者は、ことあるごとに「道路は必要」と言う。が、だれが必要としているの
か? 道路「工事」を必要としている人は、いるかもしれない。が、だれが道路を必要としている
のか。私か? ノー。あなたか? ノー。

 そしてたまりにたまった借金が、もうすぐ一〇〇〇兆円。だれがその借金を返すのか。どうや
って返すのか。そりゃあ、ないよりは、あったほうがよい。しかしそんな論理で、湯水のごとく、
お金を使っていたら、この日本は、どうなる? 道路族議員のバカどもよ、議員バッジを捨て
て、野にくだれ! 野にくだって、自分に恥じろ! お前たちのようなバカが、この日本をダメに
している! どうしてそれがわからぬ、このバカどもよ!

 しかしキバを抜かれた庶民は、悲しいかな、ただそれを見て見ぬフリをするだけ。何も考えら
れない。何もできない。反対デモすら、考えない。できない。しかしこの日本が、そして日本人が
こうなったのは、結局は、教育の責任。ウソだと思うなら、高校生に、こう話しかけてみればよ
い。「公共事業をどう思う?」「北朝鮮が攻めてきたらどうする?」「日本はこれからどうあるべき
だと思う?」と。だれも、「ダサ〜イ!」と逃げてしまう。まじめに考える子どもなど、まず、いな
い。大学生とて、例外ではない。大学祭などで呼ばれる講師を見れば、それがわかる。たいて
いはアホみたいなテレビタレントをつかまえきては、キャーキャーと騒いでいる。

 さあ、私たちは、もっと考えよう! 考えて、自分の道を生きよう! 私たちのすばらしき人生
を、まっとうするために!
(02−12−7)

●人は思考することにより、隷属から自由へと、自らを解放する。(エマーソン「人生の行動」)
●思考は、行動するための種子である。(エマーソン「社会と孤独」)

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子育て随筆byはやし浩司(385)

年賀状

 またまた年賀状の季節になった。昨日、ワイフが、○百枚の年賀状を買ってきた。昨年か
ら、約半分程度に減らしたが、それでもかなりの出費である。で、今年はさらに○百枚、減らし
た。

 数年前まで、私は「年賀状は出さねばならないもの」と思っていた。かなりカルト的で、そうい
う自分を疑ったこともなかった。習慣といえば、習慣のようになっていた? しかしあるとき、ふ
と振りかえったとき、私はその習慣は、国策として作られた習慣ではないかと思った。もちろん
郵政省のふところを肥やすための、である。こういう例は、多い。たとえばあのタバコにしても、
明治時代、税収をふやすため、国策として、吸うのを奨励された時期がある。

 遠い記憶なので、はっきりしないが、私が小学生のころ、年賀状を出す運動なるものが、学
校でもなされたような気がする。何かしら、年賀状はとても大切なもので、それを出すことによ
って、人間関係が深まるというようなことを教えられたような気がする。私が小学三、四年生の
ころではなかったか。だから年賀状の書き方だけではなく、年賀状用の版画も、図工の時間な
どに彫った覚えがある。つまり教育全体が、恐らく郵政省の音頭とりか何かがあって、年賀状
に向いていたような気がする。

 結果、今の私がもつような意識がつくられた。いや、その意識を思い知らされたのは、オース
トラリアへ留学生として渡ったときだ。向こうには(当然だが……)、年賀状はない。それを知っ
たとき、「どうしてこの国では年賀状を出さないのか? おかしな国だ」と思った。そしてつづい
て、何かしら大切なものが、欠けているように感じた。そういう意味では、意識というのは、相対
的なものだ。自分とは違った意識をもった人間にふれてはじめて、自分の意識がわかる。その
「形」がわかる。

 もっとも、西欧には、年賀状にかわって、クリスマスカードというのがある。しかしクリスマスカ
ードは、値段も高いし、そのため、数も少ない。家族とか、本当に親しい人たちの間だけで交換
されている。もともと自分たちの宗教を祝うというものであって、年賀状とは少し、意味が違う。

 で、改めて私は考えてみる。そして自分の意識を疑ってみる。その第一。印刷された文面で、
大量発行される年賀状に、どれほどの意味があるのか、と。あるいはひょっとしたら、意味が
あると思い込まされているだけではないのか、と。そういう意味でも、意識というのは、こわい。
一度作られると、それを変えるのは、容易ではない。日々の生活に流されるままになると、そ
れを疑うこともしない。繰り返すことで、考えることすらやめてしまう。

 年賀状は、日本の習慣という人がいる。本当に、そうか?
 年賀状を出して、たがいの消息を確認する。それはすばらしいことだと言う人がいる。本当
に、そうか?
 年賀状によって、年度のけじめができる。そういうけじめをつけることは、大切だという言う人
がいる。本当に、そうか?

 私は若いころは、毎年、受け取る年賀状が、どんどんとふえていったのを見て、それをうれし
く思ったことがある。年賀状には特別の意味があった。しかしこのところ、そういう虚礼(=あま
り意味のない交換)に、どこか虚しさを覚えるようになった。去る人は去る。遠ざかる人は遠ざ
かる。かく言う私ですら、残りの人生は短い。この社会そのものから遠ざかりつつある。「自分
が他人にどう思われようがかまわない」という思いが、「他人が自分をどう思おうがかまわない」
という思いに、微妙に変わってきた。つまり年賀状を出し、それで親交が深まったところで、そ
れがどうなのか、と。反対に出さなくて、親交が切れたとしても、それがどうなのか、と。

 もちろん年賀状にも、いろいろな意味がある。旧年中に、お世話になった人に礼状として書く
年賀状もある。利害関係にあって、その利益をねらって書く年賀状もある。相手をねぎらった
り、励ましたりして書く年賀状もある。消息をたずねあう年賀状もある。自動車会社のセールス
のように、宣伝をねらった年賀状もある。内容も、目的もさまざまだから、一概には言えない
が、しかし同時に、今度は、出費ということも考えなければならない。ハガキは一枚、五〇円。
二〇〇枚で一万円になる。一〇〇〇枚で、五万円! 五万円を安いと言う人もいるが、私には
そうでない。家計の中に占める通信費ということになったら、この数年、インターネットの費用も
重なって、急速にふえている。

 こうして考えていくと、やはり今年も、年賀状は減らさなければならないということになる。心の
どこかでさみしい気もするし、今まで交換してきた人には、申し訳ない気もする。しかしこれも時
代の流れ? が、その分、作業が減ったわけではない。マガジンの読者の方には、全員、電子
年賀状を出すつもり。サイトの年賀状コーナーは、思いっきり、楽しくするつもり。方向性が少し
変わっただけと考えてほしい。

 そんなわけで、みなさん、少し、早いですが、よい新年をお迎えください。
(02−12−7)

●日の下には、新しき者あらざるなり。見よ、これは新しきものなりと、指して言うべきものある
や。それは我らの前(さき)にありし、世々にすでに久しくありたる者なり。(旧約聖書・伝道之書
(一章九〜一〇節))

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子育て随筆byはやし浩司(386)

善人論

 かつてフロイトは、第一次世界大戦をかいま見て、人間の中に潜む、根源的な邪悪さに気が
ついた。そしてこう結論づける。「何も急に、人間が堕落したわけではない。なぜなら人間は、も
ともとわれわれが信じていたほど、立派だったわけではないから」(「戦争と死に関する時評」)
と。そしてその攻撃の矛先を、「国家」に向ける。「国家悪」という言葉も、ここから生まれた。こ
の考えをおし進めると、要するに、人間は生まれながらにして、すべて偽善者であるということ
になる。……しかしこの考え方は、私の考え方と、まっこうから対立する。

 そのときフロイトが、「集団心理」というものを知っていてかどうかは知らない。個人、個人で
は働かない心理が、集団になると働きはじめる。それを集団心理という。その集団心理の中で
は、個人で働く心理が、集団の中では働かないことがある。反対に集団の中でそうであるから
といって、個人もそうであると決めてかかることはできない。個人が個人でいるときの心理と、
集団の中にいるときの個人の心理は、分けて考えるべきである。

 そこで改めて考える。「善人とは何か」と。

 よいことをするから善人というわけではない。善人ぶること、あるいは善なる行為をすること
は、それほどむずかしいことではない。また悪いことをしなければ、善人というわけでもない。
小さい世界に閉じこもって、小さく生きようと思えば、いくらでも生きられる。しかしそういう人を
善人とは言わない。善人が善人であるためには、自分の中の邪悪さと戦わねばならない。戦っ
てはじめて、人は、善人になる。が、それがむずかしい。

 その理由。善なる行為をするときは、そこに人の目がある。目がないときもあるが、たいてい
は人の目の前でも、それができる。しかし悪なる行為をするときは、ふつう、人の目の前ではし
ない。だからたいていの人は、つまりそれを隠そうとする気力のある人は、その悪を、人の見
ていないところでする。その人の見ていないところで、自分の悪と戦うのは、むずかしい。もう少
しわかりやすい例で考えてみよう。

 今、あなたはガムをかんでいる。もう長い間かんでいるから、味はない。通りは暗い。近くに
はだれもいない。で、あなたはそのガムを捨てようと考える。そのときだ。あなたはそのガムを
どうするだろうか。通りへ捨てるだろうか。あるいは紙に包んで、ポケットやバッグにしまうだろ
うか。人前では、紙に包んでゴミ箱へ捨てる人でも、そういうとき、ふと迷いが生ずるかもしれな
い。そのまま道路脇へ、プッとはき捨てれば、それで悩みから解放される。

 こういうとき、自分の中の邪悪さと戦うのは、簡単なことではない。「そんなことで?」と思う人
も多いと思う。が、しかし、人間の行動というのは、一事が万事。ささいな行動が無数に積み重
なって、その人の生活となり、その生活がこれまた積み重なって、その人の人格となる。「ゴミ
を捨てない」「ツバをはかない」「ルールを守る」「ウソをつかない」「人をキズつけない」など、そ
ういうささいな行動が積み重なって、人格となる。言いかえると、いかにして、自分の中の邪悪
さ、それがいかに小さいものであれ、また人が見ていると、見ていないとにかかわらず、その邪
悪さと戦うかで、その人の人格が決まる。

 そういう意味では、自分の中の邪悪さと戦うのは、一見、簡単なようで簡単ではない。簡単で
はないが、しかし見方を変えれば、善人になるのは、今度は一転、簡単なことということにな
る。ごく日常的なできごとの中で、ごく当たり前の常識を守り、それに従えば、善人になれる。そ
れでよいということになる。

 ここでひとつ問題となるのが、「気力」の問題である。この気力がある間は、人はいつも、自
分を善人に見せようとする。あるいは自分の中の邪悪な部分を、隠そうとする。しかし年齢とと
もに、この気力は、弱まってくる。そうなると、その人の人間性が、モロに、外に出てくる。つまり
ごまかしがきかなくなる。それまではそうでなくても、ある年齢を境に、邪悪な部分が、どっと出
てくる人がいるのは、そのためである。Yさん(七〇歳女性)がそうだ。

 それまでは近所でも、「仏様」とあだ名されるほど、穏やかな人だった。しかし六〇歳を過ぎる
ころから、様子が変わってきた。平気で近所の家から、花や木を抜いてもってきてしまう。ゴミ
は、家の横を流れる小川に捨てる。自治会の費用をごまかす、など。実にそういったことを、こ
まめにするようになった。そこでその息子(私の友人、四五歳)に聞くと、こう話してくれた。「母
は、昔からああでしたが、人前ではしなかっただけです。今は、平気でするようになってしまい
ました」と。

 そこで冒頭の話。個人が複数、集まって、集団となったとき、こうした個人のルールが、ことご
とく応用できなくなってしまう。仮に一〇人の集団があって、九人までが、平気でゴミを道路へ
捨てたとする。そういうとき、一人だけ、それと違った行動をすることは、かえって許されなくな
い。そういう意味では、集団心理というのは、集団へ帰属したいという、帰属心理のことである
と言ってもよい。個人の善をつらぬくよりも、集団の中での居心地のよさを優先させる。さらに
戦争という極限状態の中では、人間の心理そのものが、狂気化する。フロイトも、「戦争をおし
進める国家は、個人であったら汚名を浴びせかけられるようなあらゆる悪徳、あらゆる暴力
を、敵に対しては、ほしいままにすることを、なぜ許されるのか」と述べた上で、「国民を(み
な)、ある種の禁治産者にしてしまう」(同書)と書いている。もっとわかりやすくいうと、集団の中
では、個人のもつ善悪論は、もはや通用しない。

 その集団心理がどういうものかは、もう少し勉強してみたい。これから先、時間をかけて考え
てみたい。近く、何らかの形で、読者の方に報告できると思う。ただここで言えることは、フロイ
トは、「われわれが信じていたほど、立派だったわけではないから」と言ったが、それは正しくな
いということ。人間は、生まれながらにして、善なる存在である。私たちが数十万年という進化
の過程を経て、今、ここに存在するということが、善なる存在であるという、動かぬ証拠である。
日本でも、沢庵(たくあん)宗彭(一五七三〜一六四五、江戸初期の禅僧)も、「万物皆純善に
して悪なきなり」(「玲瓏日記」)という有名な言葉を残している。

もし生まれながらにして悪なら、人間は、その進化の過程で、恐らくアメーバになる前に絶滅し
ていたはずである。ウソだと思うなら、幼児を見ればよい。中にときどき、心のゆがんだ子ども
もいるが、その子どもにしても、生まれながらにそうであるというよりも、生まれたあとの環境で
そうなったと考えるのが正しい。子どもは、そして人間は、あるべき環境の中で、あるがままに
育てられれば、善なる人間になる。私は、子どもたちの、あの、澄んだ、明るい笑顔を見るたび
に、それを確信する。

 さあ、そこであなたも、勇気を出して、善人をめざそう。今からでも間にあう。善人になって、
生きることのすがすがしさを、みんなで楽しもう。ゴミを捨てたいときもあるだろう。ウソをつきた
いときもあるだろう。ズルイことをいたいときもあるだろう。そういうとき、ふと立ち止まって、そ
れにブレーキをかけてみよう。たったそれだけのことだが、あなたはあなたの心の中を、軽い
風が吹き抜けるのを感ずるはず。なぜなら、私たちは、もともと善人だからである。
(02−12−7)※

●愛して、その悪を知り、憎みて、その善を知る。(「礼記」)

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子育て随筆byはやし浩司(387)

不安なときを生きる、あなたへ

 右を見ても、左を見ても、暗い話ばかり……。これでは気が滅入る。体がいくつあっても、足
りない。こういう不安な時代を、どう生きるか。どうやって生きたらよいのか。

 私のばあい、ふとしたきっかけで、心が緊張状態になる。たいていは、……というより、ほとん
どが、人間関係がこじれたときに、そうなる。仕事や健康の問題もあるが、それは自分なりにう
まくコントロールしている。問題は、やはり人間関係だ。

 ときどき、人と会うのさえ、わずらわしくなる。逃げたくなる。だからといって、ひとりでいれば、
それでなおるということでもないようだ。一度、そういう緊張状態になると、テレビでニュースを
見ただけで、言いようのない不安に襲われたりする。戦争、暴力、事件、事故など。ふだんは
客観的に見ることができるが、そういうときは、思わず目を伏せてしまう。

 いや、仕事や健康も、やはり大きな問題だ。よくこれから私の仕事はどうなるのだろうと考え
る。私とて、不況の嵐をモロに受けている。このところ、本など、まったくと言ってよいほど、売
れない。出版社からの原稿依頼も、まったくない。都市部でみなが仕事を奪いあっているような
状態で、地方のこの町まで、仕事が回ってこない。

 健康にしても、五五歳というのは、本当に不安な年齢だ。ときどき、今までに経験したことが
ない痛みや不調を感じたりすることがある。そういうとき、「もしや……」と思ってしまう。おととい
も、歩いていたら、足の関節に激痛が走った。幸い、しばらく歩くと痛みはおさまったが、そのと
きも、「もしや……」と思ってしまった。

 こうなると、家族のありがたみが、身にしみてわかる。小さくて、ボロボロの家だが、もし私に
この家がなく、また心を休めたり、癒すことができる家庭がなければ、今の私は、とても外で、
仕事などできないだろうと思う。ときどき自転車で家に向かって帰ってくるとき、あと一〇分、あ
と五分……と思って、ペダルをこぐときがある。「あと五分で、楽になれる」と。

 そんな私だから、スーパーなどで人が歩いているのを見ると、「みんな、よくがんばって生きて
いるなあ」と思ってしまう。あるいは「みんな、どうやって生きているのだろう」と思うこともある。
「どうして私だけが……」と思うこともあるし、「私だけではないのだ……」と思うこともある。そし
てそういう自分を振りかえりながら、「私も、よくがんばっているなあ」と思うこともある。

 しかし、不安が悪いばかりではない。人は、病気になって、はじめて健康のありがたみがわ
かるように、不安になって、はじめて、「生きる」ということがどういうことかわかる。ともすれば
傲慢(ごうまん)になりがちな自分を、その不安が、いましめてくれることもある。それにそういう
ときほど、人の心の温もりがわかる。だれが本当の友で、だれがそうでないかもわかる。さらに
何が大切で、何が大切でないかも、わかる。

 だから……。ここで言えることは、ただひとつ。不安なのは、私だけではないということ。あな
ただけでもない。ひょっとしたら、みんな、不安。だから大切なことは、私も、あなたも、そしてみ
んなも、この不安に負けてはダメということ。歯をくいしばって、そして足でふんばって、生きて
いくしかないということ。そしてもしできれば、みながみなを、励まし、助けあうということ。いやい
や、本当のところ、励ましてほしいのは、この私かもしれない。助けてほしいのは、この私かも
しれない。こうして偉そうなこと書いてはいるが、本当のところ、私とて、どうしたらよいのか、わ
からないでいる。

 ……あとは、静かに目を閉じて、眠るだけ。夫に抱かれ、妻を抱いて、静かに眠るだけ。子ど
ものやさしい寝息を聞きながら、眠るだけ。それでよい。朝、目をさませば、新しい一日が待っ
ている。穏やかで、心静かな朝が待っている。それを信じて、静かに目を閉じて、眠るだけ。
(02−12−7)※

●闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番本当に光の有難さが分かるん
だ。世の中は幸福ばかりで満ちてゐるものではないんだ。不幸といふものが片方にあるから、
幸福つてものがある。(小林多喜二「書簡集」)

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子育て随筆byはやし浩司(388)

骨つぼ

 先日、陶芸教室の案内書をもらってきた。年会費は一万五〇〇〇円。月謝が、週二回程度
で五〇〇〇円。あとはできあがった作品ごとに、一グラム一円で計算するのだそうだ。たとえ
ば一キログラムのつぼをつくれば、一〇〇〇円ということになる。ワイフに「入りたい」と相談す
ると、「やってみたら……」と。

 自分で自分の茶碗や皿を作るというのは、楽しそうだ。しかし私には、もう一つ、秘めた目的
がある。それは自分の骨つぼを作るという目的である。

 私は三男なので、本当なら、自分で自分の墓を用意しなければならない。しかし一番上の兄
は死に、つぎの兄には子どもがいない。つまり私が実家の墓の守りをするのは、私ということ
になる。が、ここで大きな問題が起きる。私は、あの郷里のM市には帰りたくない。死後の世界
のことはわからないが、あるとするならなおさら、あのM市には帰りたくない。いわんや、あの
墓には入りたくない。あの墓からは、母校のM高校が眼下に見える。毎日、あの高校を見てす
ごさなければならないとしたら、それこそ私にとっては、地獄だ。

 それに、私は、あの家がいやだった……。何がいやかって、すべてがいやだった。いやでい
やでたまらなかったから、家を出た。今でも、実家へ帰ると、あのぞっとするような憂うつ感と戦
わねばならない。実際には一晩が限度。二晩も泊まると、気がヘンになる。実家へ帰ると予定
しただけで、今でも、頭が重くなる。

 そこでときどき、自分が死んだら、どうなるかと考える。ワイフは、ときどき、こう言う。「このH
市にお墓を作ろうか?」と。しかし作れば、今度は、私の息子たちが同じ問題をかかえることに
なる。墓というのは、それに納得した人には、心の拠(よ)りどころになるが、納得しない人に
は、重荷でしかない。息子たちが納得すれば、それでよいが、重荷に感じたら、どうする。私は
そういう形で、息子たちをしばりたくない。

 だから、私は骨つぼを考えた。いや、これには、こんな話がある。もう一〇年近くも前だろう
か。水晶を加工して、骨つぼを作っている友人がいた。何度か私の家に泊まっていったことも
ある。その友人が、私に、その骨つぼをすすめてくれた。「これからは、こういう形で、仏様を供
養すればよい」と。そのときは、どこか上の空で、彼の話を聞いていた。が、このところ、その話
が急速に私の心をおおうようになった。「なるほど、骨つぼか」と。

 で、私は、今、ワイフとこう話しあっている。もし私が先に死んだら、遺骨はワイフが預かる。
そしてワイフが死ぬまで、それを預かってもらい、ワイフが死んだら、ワイフの遺骨といっしょに
して、息子のだれかに渡す。あとの処理は、息子たちに任せる、と。海へ捨てるのもよし、畑の
肥料にするのもよし。はたまた自分たちで考えて、墓をつくるのもよし。もしワイフが先に死ん
だら、私がワイフの遺骨を預かり、私も、同じようにする。

 ……となると、やはり骨つぼが必要ということになる。遺骨を入れるつぼである。で、話を聞く
と、私のような考え方をしている人は、少なくないようだ。現に、そういうし方をしている人も、た
くさんいる。で、問題は骨つぼだが、外国で買ってきたみやげのつぼを、骨つぼにしている人も
いる。どこかの門前町で買ってきた、きれいなつぼを、骨つぼにしている人もいる。「骨つぼ」と
いっても、決まったものがあるのではない。人、さまざまだが、私は、私の(私たちの)骨つぼ
は、自分で作りたいと思っている。だから、陶芸教室……!

 陶芸教室の先生は、こう言った。「自分の作った皿で、料理を食べると、なおいっそう、おいし
くなりますよ。で、林さんでしたっけ、あなたはどんなものを作りたいですか?」と。私は、「はあ
……」と答えるのが、精一杯だった。まさか「骨つぼを作りたい」とは、言えなかった。もっとも、
この話は急ぐ話ではないので、そのときは入会しなかった。春になったら、入会するつもりでい
る。秘めた目的を隠しながら……。
(02−12−8)

●「墓」や「先祖」にこだわる人は、多い。そういう人の考え方は、そういう人の考え方として、尊
重しなければならない。人はそれぞれの思いをもって生きている。そして同じように、それぞれ
の死生観をもっている。私はそういう人たちの考え方を、否定しない。だから同じように、どうか
私のこうした考え方を、否定しないでほしい。

●こういう話を書くと、決まって抗議をしてくる人がいる。私のサイトにも似たようなことを書いて
いるので、それについて、「君の考え方はおかしい」と言ってきた人が、何人もいた。「評論家と
してふさわしくない」と言ってきた人もいた。さらに「骨をまいて、海を汚すな」と言ってきた人も
いた。(もし、そうなら、魚はどうなのか?)たいへんデリケートな問題だが、しかし墓を買うにし
ても、今では莫大なお金がかかる。維持するのは、もっとたいへんだ。どうせ無縁仏になるな
ら、早くても遅くても、私は構わない。


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子育て随筆byはやし浩司(389)

依存型の子育て法

●日本の子育て
 日本人の子育ては、依存型子育て法。そういった子育て法は、おじいちゃん、おばあちゃん
いの、孫育てのし方をみればわかる。

(まず手なずける)
 日本人は、まず子どもを、自分に手なずけようとする。子ども(孫)に、よい思いをさせなが
ら、自分のほうへ関心をひく。子どものほしがるようなものを買ってあげたり、小づかいを渡し
たりする。「子どもの世話をしてあげるのが、子育て」と考えている人も多い。あるいは「子ども
に楽をさせてあげるのが、親の愛の証(あかし)」と考えている人も多い。つまり「親(おじいちゃ
ん、おばあちゃん)に従えば、いいことはいっぱいある」「得をする」と、子どもに教える。もっとも
「教える」という意識はあまりない。伝統的に、それを繰り返しているだけから、たいていの人
は、その意識すらない。

(おどす)
 つぎに、日本人は、子どもをおどす。「親(おじいちゃん、おばあちゃん)がいなければ、生活
できない」ということを、子どもに教える。これについても、「教える」という意識はあまりない。た
とえば「ホレホレ、お母さんは、行ってしまうよ」と、子どもの目の前で親が消えてしまうなど。子
どもは、それにおびえて、ワーワーと泣く……。あなたもこうした子育てのし方を、どこかで見た
ことがあるかもしれない。あるいはひょっとしたら、あなた自身が、日常的にしているかもしれな
い。「そんなことをしたら、夕食は作りませんよ」「親に逆らったら、小づかいは、なし」とかいうの
も、それ。

 この(手なずける)(おどす)を、交互にしながら、日本の親たちは、子どもに依存心をつけて
いく。そしてその結果として、親にベタベタ甘える子どもイコール、かわいい子イコール、よい子
とする。「かわいい」という言葉は、「かわいがる」という言葉と語源が同じ。かわいがるというの
は、子どもに楽をさせ、よい思いをさせることを意味する。つまり、かわいいから、親は子どもを
かわいがり、かわいがるから、また子どもは、かわいい子どもになる。日本人はそれを、無意
識のうちにも、相互に繰り返す。

●依存心
 こうした依存型子育てをする背景には、親自身(あるいは祖父母自身)が、だれかに依存し
たいという思いがある。ただこうした依存性は、親が、青年期、壮年期には、一度、心の中、奥
深くにもぐる。その時期は、一見、自立心が旺盛になり、外からはわからなくなる。が、親が、
老後にさしかかったとき、再び、顔を出す。おじいちゃん、おばあちゃんの孫に対する態度を観
察すると、それがわかる。

 ある祖母(六〇歳くらい)は、電話で、孫(小学四年生くらい、女児)に向かって、こう言ってい
た。「おばあちゃんのウチへ、遊びにおいでよオ〜。お小づかいあげるからさア〜。あんたのほ
しい、お洋服、買ってあげるからさア〜」と。

 この女性は、孫の心を、エサで釣っているわけだが、こうした光景を見ても、日本人のほとん
どは、それを疑問にも思わない。むしろ大半の人は、「ほほえましい光景」として、とらえる。し
かしこの女性の言い方は、まさに子どもを手なずける言い方そのものということになる。

 つまり親は、そして祖父母は、自分がだれかに依存したいという思いを、裏返して、子どもに
依存心をもたせる。そういう意味でも、依存心は、相互的なものと考えてよい。だから依存性の
強い親ほど、子どもが親に依存性をもつことに、甘くなる。無頓着(とんちゃく)になる。そして長
い時間をかけて、ベタベタの親子関係をつくりあげる。

●親を美化する子どもたち
 極端な例としては、マザーコンプレックスがある。もちろんファザーコンプレクスもある。まとめ
てマザコンという。よい年齢になっても、「お父さん……」「お母さん……」と言っている。たいて
いは溺愛児のなれの果てだが、その溺愛児にしても、自分がそうであるという自覚はほとん
ど、ない。自分ではふつうだと思っている。そしてその一方で、親を、必要以上に美化する。

 ある男性(六〇歳)は、父親の悪口の話になりかけたとき、顔をまっかにして、こう叫んだ。
「親の悪口を言うのは許さん!」と。そして親がした悪行の一つについて、だれかが口にする
と、「あれは、私がしたものだ」と、わざとらしく、罪をかぶったりした。

 見方によっては、親孝行のすばらしい男性ということになる。しかし結局は、その男性は、自
分のマザコン性を正当化するために、親を美化しているに過ぎない。つまり親への依存性の強
い人ほど、その依存性を正当化するため、親を美化し、親孝行論を口にする。こうした傾向
は、一般に、男性に強い。もちろん女性にも、このタイプの人はいる。いるが、圧倒的に、男性
に多い。

 ただこうしたマザコン性が、悲劇的なのは、それがそのまま夫婦の間にもちこまれること。今
でも、「妻よりも、親のほうが大切」と公言する夫は、いくらでもいる。少し前だが、結婚するにさ
いして、相手の女性に、「親のめんどうをしっかりとみること」という条件をつけた、プロ野球選
手がいた。こういう男性をみると、「妻は家政婦?」とさえ聞きたくなる。もちろん、結婚した時点
から、その夫婦関係は、不安定なものになる。夫婦観、結婚観、家族観が、基本的な部分で、
狂いはじめる。(女性側も同じ考え方なら、問題はないかもしれないが、そういう女性は、少なく
なってきた。)

 この考え方に関して、いくつかのエッセーを書いた。

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日本人の依存性を考えるとき(中日新聞掲載済み)
 
●森進一の『おくふろさん』
 森進一が歌う『おふくろさん』は、よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多い。しかし
……。日本人は、ちょうど野生の鳥でも手なずけるかのようにして、子どもを育てる。これは日
本人独特の子育て法と言ってもよい。あるアメリカの教育家はそれを評して、「日本の親たち
は、子どもに依存心をもたせるのに、あまりにも無関心すぎる」と言った。そして結果として、日
本では昔から、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子イコール、「よい子」とし、一方、独
立心が旺盛な子どもを、「鬼っ子」として嫌う。

●保護と依存の親子関係
 こうした日本人の子育て観の根底にあるのが、親子の上下意識。「親が上で、子どもが下」
と。この上下意識は、もともと保護と依存の関係で成り立っている。親が子どもに対して保護意
識、つまり親意識をもてばもつほど、子どもは親に依存するようになる。こんな子ども(年中男
児)がいた。生活力がまったくないというか、言葉の意味すら通じない子どもである。服の脱ぎ
着はもちろんのこと、トイレで用を足しても、お尻をふくことすらできない。パンツをさげたまま、
教室に戻ってきたりする。あるいは給食の時間になっても、スプーンを自分の袋から取り出す
こともできない。できないというより、じっと待っているだけ。多分、家でそうすれば、家族の誰
かが助けてくれるのだろう。そこであれこれ指示をするのだが、それがどこかチグハグになっ
てしまう。こぼしたミルクを服でふいたり、使ったタオルをそのままゴミ箱へ捨ててしまったりす
るなど。

 それがよいのか悪いのかという議論はさておき、アメリカ、とくにアングロサクソン系の家庭で
は、子どもが赤ん坊のうちから、親とは寝室を別にする。「親は親、子どもは子ども」という考え
方が徹底している。こんなことがあった。一度、あるオランダ人の家庭に招待されたときのこ
と。そのとき母親は本を読んでいたのだが、五歳になる娘が、その母親に何かを話しかけてき
た。母親はひととおり娘の話に耳を傾けたあと、しかしこう言った。「私は今、本を読んでいるの
よ。じゃましないでね」と。

●子育ての目標は「よき家庭人」
 子育ての目標をどこに置くかによって育て方も違うが、「子どもをよき家庭人として自立させる
こと」と考えるなら、依存心は、できるだけもたせないほうがよい。そこであなたの子どもはどう
だろうか。依存心の強い子どもは、特有の言い方をする。「何とかしてくれ言葉」というのが、そ
れである。たとえばお腹がすいたときも、「食べ物がほしい」とは言わない。「お腹がすいたア〜
(だから何とかしてくれ)」と言う。ほかに「のどがかわいたア〜(だから何とかしてくれ)」と言う。
もう少し依存心が強くなると、こういう言い方をする。

私「この問題をやりなおしなさい」
子「ケシで消してからするのですか」
私「そうだ」
子「きれいに消すのですか」
私「そうだ」
子「全部消すのですか」
私「自分で考えなさい」
子「どこを消すのですか」と。
実際私が、小学四年生の男児とした会話である。こういう問答が、いつまでも続く。

 さて森進一の歌に戻る。よい年齢になったおとなが、空を見あげながら、「♪おふくろさんよ
……」と泣くのは、世界の中でも日本人ぐらいなものではないか。よい歌だが、その背後には、
日本人独特の子育て観が見え隠れする。一度、じっくりと歌ってみてほしい。

(参考)
●夫婦別称制度
 日本人の上下意識は、近年、急速に崩れ始めている。とくに夫婦の間の上下意識にそれが
顕著に表れている。内閣府は、夫婦別姓問題(選択的夫婦別姓制度)について、次のような世
論調査結果を発表した(二〇〇一年)。それによると、同制度導入のための法律改正に賛成
するという回答は四二・一%で、反対した人(二九・九%)を上回った。前回調査(九六年)では
反対派が多数だったが、賛成派が逆転。さらに職場や各種証明書などで旧姓(通称)を使用す
る法改正について容認する人も含めれば、肯定派は計六五・一%(前回五五・〇%)にあがっ
たというのだ。

調査によると、旧姓使用を含め法律改正を容認する人は女性が六八・一%と男性(六一・
八%)より多く、世代別では、三〇代女性の八六・六%が最高。別姓問題に直面する可能性が
高い二〇代、三〇代では、男女とも容認回答が八割前後の高率。「姓が違うと家族の一体感
に影響が出るか」の質問では、過半数の五二・〇%が「影響がない」と答え、「一体感が弱ま
る」(四一・六%)との差は前回調査より広がった。ただ、夫婦別姓が子供に与える影響につい
ては、「好ましくない影響がある」が六六・〇%で、「影響はない」の二六・八%を大きく上回っ
た。調査は二〇〇一年五月、全国の二〇歳以上の五〇〇〇人を対象に実施され、回収率は
六九・四%だった。なお夫婦別姓制度導入のための法改正に賛成する人に対し、実現したば
あいに結婚前の姓を名乗ることを希望するかどうか尋ねたところ、希望者は一八・二%にとど
まったという。

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親子の断絶の三要素、A価値観の衝突

 日本の子育てで最大の問題点は、「依存性」。日本人は子どもに、無意識のうちにも依存性
をもたせ、それが子育ての基本であると考えている。たとえばこの日本では、親にベタベタと甘
える子どもイコール、かわいい子イコール、よい子とする。一方、独立心が旺盛で、親を親とも
思わない子どもを、昔から「鬼っ子」として嫌う。

言うまでもなく、依存と自立は、相対立した立場にある。子どもの依存性が強くなればなるほ
ど、子どもの自立は遅れる。が、この日本では、「依存すること」そのものが、子育ての一つの
価値観になっている。たとえば「親孝行論」。こんな番組があった。

数年前だが、NHKの『母を語る』というのだが、その中で、歌手のI氏が涙ながらに、母への恩
を語っていた。「私は女手ひとつで育てられました。その母の恩に報いたくて東京へ出て、歌手
になりました」と。I氏はさかんに「産んでもらいました」「育てていただきました」と言っていた。私
はその話を聞いて、最初は、I氏はすばらしい母親をもったのだな、I氏の母親はすばらしい人
だなと思った。しかし一〇分くらいもすると、大きな疑問が自分の心の中に沸き起こってくるの
を感じた。本当にI氏の母親はすばらしい人なのか、と。ひょっとしたらI氏の母親は、I氏を育て
ながら、「産んでやった」「育ててやった」と、I氏を無意識のうちにも追いつめたのかもしれな
い。そういう例は多い。たとえば窪田聡という人が作詞、作曲した『かあさんの歌』というのがあ
る。あの歌の歌詞ほど、ある意味で恩着せがましく、またお涙ちょうだいの歌詞はない?

 で、結局はこうした「依存性」の背景にあるのは、子どもを一人の人間としてみるのではなく、
子どもを未熟で未完成な半人前の人間とみる、日本人独特の「子ども観」があると考える。「子
どもは子どもでないか。どうせ一人前に扱うことはできないのだ」と。そしてこういう「甘さ」は、そ
のまま子育てに反映される。子どもをかわいがるということは、子どもによい思いをさせること
だ。子どもを大切にするということは、子どもに苦労させないことだと考えている人は多い。先
日もロープウェイに乗ったとき、うしろの席に座った六〇歳くらいの女性が、五歳くらいの孫に
こう話していた。「楽チイネ、おばあチャンといっチョ、楽チイネ」と。子どもを子ども扱いすること
が、子どもを愛することだと誤解している人は多い。

 そこで価値観の衝突が始まる。たとえば親孝行論にしても、「親孝行は教育の要である。日
本人がもつ美徳である」と信じている人は多い。しかし現実には、総理府の調査でも、今の若
い人たちで、「将来、どうしても親のめんどうをみる」と答えている人は、一九%に過ぎない(総
理府、平成九年調査)。どちらが正しいかという問題ではない。親が一方的に価値観を押しつ
けても、今の若い人たちはそれに納得しないだろうということ。そしてそれが、いわゆる価値観
の衝突へと進む。

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一部、内容が重複するが、許してほしい。自著から、
転載する。(「子育てストレスが子どもをつぶす」(リヨン社)より)

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子どもの心が離れるとき 

●フリーハンドの人生 
 「たった一度しかない人生だから、あなたはあなたの人生を、思う存分生きなさい。前向きに
生きなさい。あなたの人生は、あなたのもの。家の心配? ……そんなことは考えなくていい。
親孝行? ……そんなことは考えなくていい」と、一度はフリーハンドの形で子どもに子どもの
人生を手渡してこそ、親は親としての義務を果たしたことになる。子どもを「家」や、安易な孝行
論でしばってはいけない。負担に思わせるのも、期待するのも、いけない。もちろん子どもがそ
のあと自分で考え、家のことを心配したり、親に孝行をするというのであれば、それは子どもの
勝手。子どもの問題。

●本当にすばらしい母親?
 日本人は無意識のうちにも、子どもを育てながら、子どもに、「産んでやった」「育ててやった」
と、恩を着せてしまう。子どもは子どもで、「産んでもらった」「育ててもらった」と、恩を着せられ
てしまう。

 以前、NHKの番組に『母を語る』というのがあった。その中で日本を代表する演歌歌手のI氏
が、涙ながらに、切々と母への恩を語っていた(二〇〇〇年夏)。「私は母の女手一つで、育て
られました。その母に恩返しをしたい一心で、東京へ出て歌手になりました」と。はじめ私は、I
氏の母親はすばらしい人だと思っていた。I氏もそう話していた。しかしそのうちI氏の母親が、
本当にすばらしい親なのかどうか、私にはわからなくなってしまった。五〇歳も過ぎたI氏に、そ
こまで思わせてよいものか。I氏をそこまで追いつめてよいものか。ひょっとしたら、I氏の母親
はI氏を育てながら、無意識のうちにも、I氏に恩を着せてしまったのかもしれない。

●子離れできない親、親離れできない子
 日本人は子育てをしながら、子どもに献身的になることを美徳とする。もう少しわかりやすく
言うと、子どものために犠牲になる姿を、子どもの前で平気で見せる。そしてごく当然のこととし
て、子どもにそれを負担に思わせてしまう。その一例が、『かあさんの歌』である。「♪かあさん
は、夜なべをして……」という、あの歌である。戦後の歌声運動の中で大ヒットした歌だが、しか
しこの歌ほど、お涙ちょうだい、恩着せがましい歌はない。窪田聡という人が作詞した『かあさ
んの歌』は、三番まであるが、それぞれ三、四行目はかっこ付きになっている。つまりこの部分
は、母からの手紙の引用ということになっている。それを並べてみる。

「♪木枯らし吹いちゃ冷たかろうて。せっせと編んだだよ」
「♪おとうは土間で藁打ち仕事。お前もがんばれよ」
「♪根雪もとけりゃもうすぐ春だで。畑が待ってるよ」
 しかしあなたが息子であるにせよ娘であるにせよ、親からこんな手紙をもらったら、あなたは
どう感ずるだろうか。あなたは心配になり、羽ばたける羽も、安心して羽ばたけなくなってしまう
に違いない。

●「今夜も居間で俳句づくり」
 親が子どもに手紙を書くとしたら、仮にそうではあっても、「とうさんとお煎べいを食べながら、
手袋を編んだよ。楽しかったよ」「とうさんは今夜も居間で俳句づくり。新聞にもときどき載るよ」
「春になれば、村の旅行会があるからさ。温泉へ行ってくるからね」である。そう書くべきであ
る。つまり「かあさんの歌」には、子離れできない親、親離れできない子どもの心情が、綿々と
織り込まれている! ……と考えていたら、こんな子ども(中二男子)がいた。自分のことを言う
のに、「D家(け)は……」と、「家」をつけるのである。そこで私が、「そういう言い方はよせ」と言
うと、「ぼくはD家の跡取り息子だから」と。私はこの「跡取り」という言葉を、四〇年ぶりに聞い
た。今でもそういう言葉を使う人は、いるにはいる。

●うしろ姿の押し売りはしない
 子育ての第一の目標は、子どもを自立させること。それには親自身も自立しなければならな
い。そのため親は、子どもの前では、気高く生きる。前向きに生きる。そういう姿勢が、子ども
に安心感を与え、子どもを伸ばす。親子のきずなも、それで深まる。子どもを育てるために苦
労している姿。生活を維持するために苦労している姿。そういうのを日本では「親のうしろ姿」と
いうが、そのうしろ姿を子どもに押し売りしてはいけない。押し売りすればするほど、子どもの
心はあなたから離れる。 

 ……と書くと、「君の考え方は、ヘンに欧米かぶれしている。親孝行論は日本人がもつ美徳
の一つだ。日本のよさまで君は否定するのか」と言う人がいる。しかし事実は逆だ。こんな調査
結果がある。平成六年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」と答えた日
本の若者はたったの、二三%(三年後の平成九年には一九%にまで低下)しかいない。自由
意識の強いフランスでさえ五九%。イギリスで四六%。あのアメリカでは、何と六三%である
(※)。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転換期に
きているとみるべきではないのか。

●親も前向きに生きる
 繰り返すが、子どもの人生は子どものものであって、誰のものでもない。もちろん親のもので
もない。一見ドライな言い方に聞こえるかもしれないが、それは結局は自分のためでもある。
私たちは親という立場にはあっても、自分の人生を前向きに生きる。生きなければならない。
親のために犠牲になるのも、子どものために犠牲になるのも、それは美徳ではない。あなたの
親もそれを望まないだろう。いや、昔の日本人は子どもにそれを求めた。が、これからの考え
方ではない。あくまでもフリーハンド、である。ある母親は息子にこう言った。「私は私で、懸命
に生きる。あなたはあなたで、懸命に生きなさい」と。子育ての基本は、ここにある。

※……ほかに、「どんなことをしてでも、親を養う」と答えた若者の割合(総理府調査・平成六
年)は、次のようになっている。
 フィリッピン ……八一%(一一か国中、最高)
 韓国     ……六七%
 タイ     ……五九%
 ドイツ    ……三八%
 スウェーデン ……三七%
 日本の若者のうち、六六%は、「生活力に応じて(親を)養う」と答えている。これを裏から読
むと、「生活力がなければ、養わない」ということになるのだが……。 

++++++++++++++++++++++++

●結論
 日本は、今、大きな過渡期にきている。旧来型の子育て法から、それをよしとしない新世代
型への子育て法へと、変わりつつある。こうした大きな流れに対して、もちろん抵抗も強い。し
かし古今東西、世界の歴史の中でも、旧世代の価値観が、新世代の価値観に勝ったためしが
ない。言うまでもなく、旧世代は、先に、この世界から消える。だとするなら、旧世代は、新世代
に対して、謙虚でなければならない。「お前たちは、まちがっている!」と叫ぶのは買ってだが、
そう叫べば叫ぶほど、結局は、親子の間、さらには、孫との間にキレツを入れることになる。

 ここでは日本型の子育ての中の、一つの問題点として、「依存性」を考えてみた。
(02−12−8)

●このテーマで原稿を書くと、必ずといってよいほど、旧来型の考え方をする人から、抗議の
電話やメールをもらう。「あなたは親孝行を否定するのか!」とか、「お前は、それでも日本人
か!」と言ってきた人もいる。数年前だが、「あんたのような人が、あちこちで講演をしているの
は、おかしい」とまで言ってきた人(女性)がいる。日本人の価値観の根幹にふれる問題である
だけに、こうした抵抗は、避けて通ることができない。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 
子育て随筆byはやし浩司(390)

加工された記憶

 日本では最近、「心的外傷(トラウマ)」という言葉がよく使われる。ここ数年、とくにその傾向
が強い。しかし全体としてみると、アメリカより、約一〇年遅れで、日本もそうなりつつあるよう
に思う。アメリカで、「トラウマ」という言葉が使われるようになったのは、九〇年前後のこと。
で、肝心のそのアメリカでは、あまり「トラウマ」という言葉が聞かれなくなった。つまりつぎのス
テップに入ったとみてよい。

 で、調べてみると、今、アメリカで、よく使われている言葉が、「記憶(memory)」。ただ単なる
「思い出としての記憶」ではなく、個人の中で、さまざまに加工された記憶をいう。再生された記
憶(recovered memory)、まちがった記憶(false memory)、などという言葉を使う。こうした加工
された記憶が、その人(子ども)の心理に、さまざまな影響を与えているというのだ。

 たとえば学校で先生に叱られたとする。そのときそれを見た、ほかの子どもたちが笑ったとす
る。このとき、叱った先生や、笑った子どものほうは、そのままその場で、そのできごとを忘れ
てしまう。しかし笑われたほうは、そうではない。それを不愉快な思い出として、記憶の中にき
ざむ。

 こうして人(子ども)は、ものごとを記憶するとき、そこに、もろもろの自己体験を上乗せする。
この上乗せするとき、その記憶は、変形されたり、ゆがめられることが多い。「A君は笑いなが
ら、ぼくを軽蔑した」「Bさんは、そのあとぼくを無視するようになった」と。これが「まちがった記
憶」ということになる。

 そしてその記憶は、脳のすみに格納される。記憶としては、表に出てくることはない。が、そ
れはまったく別のところで、まったく別の形で出てくることがある。それが「再生された記憶」で
ある。

 S氏(四〇歳)は、息子(小三)とのけんかが絶えなかった。息子は、「パパはすぐ怒る」と言
い、S氏は、「息子は生意気だ」と言う。そこで話をきくと、こうだ。「息子は、私が何かを言うと、
人をバカにしたような目つきで私を見る。あれが許せない」と。そこでいろいろ話を聞くと、その
S氏は、中学時代、仲間から、いじめを受けていたことがわかった。そのいじめグループの中
心にいた男が、その目つきで、S氏を見ていたという。無意識のうちにも、S氏は、息子の目つ
きの中に、中学時代の、その男の目つきを感じていた。つまり、それが再生された記憶であ
る。S氏の中で、無意識のまま、中学時代の不愉快な記憶が、再生されていた。

 「心的外傷」と「記憶」の違いは、必ずしも明確ではない。ただここで言えることは、記憶は、そ
れ自体、問題ではないということ。問題は、その記憶が、そのときどきに、そのときの心理状態
の中で、加工されるということ。加工のし方によっては、キズ、さらにはトラウマにもなりかねな
い。親からみれば何でもない記憶が、子どもにとっては、そうでないということも、起こりえる。
先生からみれば何でもない記憶が、子どもにとっては、そうでないということも、起こりえる。記
憶は、そういう意味で、いつも、加工される。……加工されやすい。

 これから先、この日本でも「記憶(メモリー)」という言葉が、よく使われるようになるだろう。注
意してみていると、おもしろいと思う。
(02−12−8)

●ここでいう「加工された記憶」という言葉を日本で最初に使ったのは、はやし浩司である。ホ
ント!

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子育て随筆byはやし浩司(391)

笑われしもの

 一人の高校生(男子)が、こう言った。「K国では、手術用のメスも、さびているって!」「手術
台も腐った血だらけ!」と。それを聞いた別の高校生が、「汚ネエ〜」と笑った。

 何でも隣のK国は貧しいため、医療設備も老朽化し、医薬品も不足しているという。麻酔薬も
使わないまま、手術することもあるという。K国から逃げ帰ったドイツ人医師が、そう暴露した。
しかし問題は、そのことではない。

 他人の貧しさを笑ってはいけない。笑うほうは、それほど深く考えないで笑うかもしれないが、
笑われるほうはそうではない。その笑われたことがわかったとき、笑われたほうは、その「笑
い」を、何千倍もの「怒り」に変える。もしK国の人たちが、自分たちの貧しさを、日本の高校生
たちが笑っていると知ったら、K国の人たちは、いったい、それをどう思うだろうか。

 これとよく似た話だが、同じような論理が、(いじめる側)と、(いじめられる側)にも働く。いじ
める側は、おもしろ半分かもしれないが、いじめられる側は、そうではない。ばあいによって
は、いじめられる側は、そのいじめられたことを、一生忘れない。一見、同じような立場に見え
るかもしれないが、強者と弱者とでは、まったく別の論理が働く。

 たしかに今、日本とK国との関係は、たいへん悪い。世界で今、一番戦争に近い関係にある
という人もいる。評論家の加藤英明氏も、「諸君」(03−1号)の中で、「地球上でもっとも危険
な地域といえば、イラクや中東ではない。日本と朝鮮半島だ」と明言している。日本にはその敵
意も意思もないとしても、K国はそうでない。少なくとも、K国の国民は、K国の政府によって、
日本への敵意を、この上なく、かきたてられている。一触即発の状態といってもよい。その理由
の一つに、ここでいう(笑いしもの)と、(笑われしもの)の論理がある。

 仮にK国の人たちが日本へやってきて、この日本の繁栄ぶりを見たら、どう思うだろうか。そ
れを少しだけ、頭の中で想像してみてほしい。あまり考えない人は、「うらやましがる」とか、「ね
たむ」とか、あるいは「驚く」「感動する」とか言う。しかし本当にそうだろうか。自分の国の人た
ちは、その日、食べるものもなくて苦しんでいる。しかしこの日本では、食べものが、掃いて捨
てるほどある。店という店には、食べ物があふれかえっている。道を歩く子どもですら、見たこ
ともないようなぜいたくな食べ物を口にしている。

 もちろんK国が貧しいのは、K国の為政者の失政によるもの。日本には責任はない。ない
が、しかしそれは日本の論理。日本からみれば、ゆがんでいるにせよ、K国にはK国の論理が
ある。それを忘れると、日本とK国のミゾは大きくなるばかりか、本当に戦争ということにもなり
かねない。

 そこで私たちが今、すべきことは、謙虚になること。K国は今、何からなにまで、おかしな国
だ。狂っている。しかし絶対にそれを笑ってはいけない。またそういう目で、K国を見てはいけな
い。悪いのは、K国の指導者たちであって、K国の人たちではない。いわんや、日本に住んで
いる在日K国人ではない。

 私はその高校生にこう言った。「君たちは、それに対して、K国の人たちに、何かができる
か?」と。すると、また別の高校生がこう言った。「できない」と。だから私はこう言った。「だった
ら、笑うな。むしろ笑われるべきは、君たちのほうだ。他人の不幸を笑う人間こそ、本当に笑わ
れるべきだ」と。

 私の話が通じたかどうかはわからない。高校生たちは、ヘラヘラとした笑いを消さないまま、
自分たちの勉強を始めた。私も黙って、この文を書き始めた。
(02−12−8)

●私は、子どものころ、ボットン便所を使っていた。すべての家がそうだった。だから今、子ども
たちが、たまにボットン便所を見て、キャーキャーと笑うのを見たりすると、何だか、自分の過
去が否定されたかのように感ずる。今の子どもたちは、日本人は、太古の昔から水洗便所を
使っていると思っているらしい。が、今のこの状態をつくるために、つまりボットン便所を水洗便
所に変えるために、戦後の日本人がいかにがんばったことか! それを私は知っているから、
私はもちろん笑わない。笑えない。むしろ、そう言って笑う子どもたちをかわいそうだと思う。は
たして今の子どもたちは、生活のレベルがさがったとき、それに耐える力をもっているだろう
か、と。

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子育て随筆byはやし浩司(392)

母校意識

 オーストラリアの大学には、「同窓会(クラス・リユニオン・パーティ)」なるものはない。何度
か、問いあわせてみたが、ないものはない。そこで今、つきあっている友人(オーストラリア人)
に確かめると、こう教えてくれた。「親しい友だちとは、そのつどつきあうが、そういうものは、オ
ーストラリアにはない」と。

 大学制度の違いもあるが、学生たちの意識そのものが、ちがう。そもそも、彼らには、日本
人的な帰属意識がない。つまり日本でいうところの、「学閥・学歴」意識がない。ただ私のばあ
い、帰国後、それぞれのグループから、寄付金をアテにして、それらしき「会?」から、何度か、
誘いの手紙はきたことがある。が、基本的な部分で、意識がちがう。日本では、昔から、「身元
(みもと)」という言葉を使うが、その身元確認のひとつとして、学歴が利用されている。

 で、私はG県のM高校を卒業した。私がその学校の高校生だったころは、まだ進学率もよく、
それなりの風格(?)を保っていた。G県でも三番目に古い高校ということもあった。しかし今で
は、見る影もない。同窓会のたびに、(もっともこの話とて、一〇年以上も前の話しだが……)、
幹事が「今は、ああいう高校ですが、私たちは誇りをもって……」と、あいさつをしていた。何と
も痛々しい感じすら、した。

 一方、このH市には、静岡県でもナンバーワンと言われている進学校に、S高校がある。この
高校のもつエリート意識には、ものすごいものがある。学校全体はもちろんのこと、それぞれ
の部活動にも、OB会というのがある。その部活動の総会ともなると、OBたちがズラズラと壇
上に並ぶ。そして「私は○○年卒業の、XXです」と、あいさつしたりする。たまたま県下ナンバ
ーワンの進学率を誇っているから、そういうこともできるのだろう。しかし、まあ、何というか、こ
れほどまでに、こっけいで、愚劣な世界を、私はほかに知らない。

 G県のM高校のように落ちぶれても、「今は、ああいう高校ですが……」と言う必要はない。
思う必要もない。一方、H市のS高校のように、県下一の進学率を誇っているからといって、胸
を張る必要はない。はっきり言えば、どちらにせよ、いまどき、母校意識など、バカげている。
封建時代ならまだしも、出身高校や大学で、自分や他人を評価するほうがおかしい。もっと言
えば、江戸時代の身分制度が、学歴制度に置きかわり、江戸時代の身元引き受け制度が、母
校意識に置きかわっただけ。日本人は、江戸時代の昔から、まず身元を確かめ、つづいて地
位や肩書きで、相手を判断する。今に見る母校意識というのは、その流れの中にある。

 だからといって、学生時代つちかった友情を、否定しているのではない。たがいの友情や仲
間意識を確かめるというのは、別の問題である。それは純然たる人間関係で決まる。それが
冒頭にあげた、オーストラリアの友人の言葉である。「親しい友だちとは、そのつどつきあう」
と。

 この母校意識というのは、それ自体が、先にも書いたように、「学閥・学歴」意識の温床にな
っていることを忘れてはならない。学歴社会を裏がえした意識と言ってもよい。そしてそういう意
識が、日本の社会を硬直化させている。そのワクの中にいる人は、その権利と権限を守りあ
い、得をする。しかしその分、そのワクの外にいる人は、損をする。さらにその意識が進むと、
ワクだけで人は判断し、その分、個人という中身を見なくなる。今の日本の社会が、まさにそう
いう社会ということになる。

たとえば今年(〇二年)、田中耕一という人が、一介のサラリーマンでありながら、ノーベル賞を
受賞した。あの田中氏にしても、日本の社会の中では、つねに「番外の世界」を生きてきた人
である。仮に学士院賞か何かの選考委員会が開かれても、候補にあがる前に、番外として、
蹴(け)とばされてされていただろう。こうした例は、この日本には、無数にころがっている。そし
てそれらが幾重にも折り重なって、日本の社会を、息苦しくしている。

 要するに、この問題は、人は、何に自分の心のより所を求めるかという問題に行きつく。人
は、それぞれ、そのより所に身を寄せ、そしてそこに、生きる誇りを見だす。それが家であった
り、財産であったり、名誉や地位であったりする。学歴もそのひとつということになる。しかし生
きる誇りというのは、自分を離れてはありえないし、自分を離れたものは、決して、心のより所
にはならない。自分が頼るべきは、「己(おのれ)」しかない。釈迦も、法句経の中で、こう述べ
ている。『己こそ、己のよるべ。己をおきて、誰によるべぞ』と。法句経というのは、釈迦の生誕
地に残る、原始経典の一つだと思えばよい。釈迦は、「自分こそが、自分が頼るところ。その
自分をさておいて、誰に頼るべきか」と言っている。

 日本は、近代国家になったとはいうが、その実、古い因習をそのまま引きずっている。ここで
いう母校意識もその一つということになる。それを書きたくて、この問題を考えてみた。
(02−12−9)

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この原稿を書いているとき、以前書いた原稿(中日新聞掲載済み)を思い出したので、ここに
転載する。ここでいう母校意識が、子どもの教育そのものをゆがめていることを、忘れてはなら
ない。

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見え、メンツ、世間体

 見え、メンツ、それに世間体。どれも同じようなものだが、この三つが家庭教育をゆがめる。
裏を返せば、この三つから解放されたら、家庭教育にまつわるほとんどの悩みは解消する。ま
ず見え。「このH市では出身高校で人物は評価されます」と、断言した母親がいた。「だからどう
してもうちの子はA高校に入ってもらわねば、困ります」と。しかし見えにこだわると、親も苦し
むが、それ以上に、子どもも苦しむ。

 つぎにメンツ。ある母親は中学校での進学校別懇談会には、「恥ずかしいから」と、一度も顔
を出さなかった。また別の母親は、子どもが高校へ入学してからというもの、毎朝、自動車で送
り迎えしていた。「近所の人に、子どもの制服を見られたくないから」というのが、その理由だっ
たようだ。また駅の近くで、毎朝、制服に着がえてから、通学していた子どももいた。が、こうい
う姿勢は子どもの自尊心を傷つける。子どもを卑屈にする。

 最後に世間体。見えやメンツにこだわる親は、やがて世間体をとりつくろうようになる。「どうし
てもうちの子どもにはA高校を受験してもらいます」と言った親がいた。私が「無理だと思います
が」と言うと、「一応、そういうところを受験して、すべったという形を作っておきたいのです」と。
何とか「形」だけは整えようとするわけだが、ここから多くの悲喜劇が生まれる。私のような立
場の人間が、「世間は、あなたのことを、そんなに気にしていませんよ」と言っても、無駄。この
タイプの親は、世界は自分を中心にして回っているかのように錯覚している。あるいは世界中
が自分に注目しているようかのように錯覚している。

 考えてみればドングリの背くらべ。A高校だろうがC高校だろうが、日本というちっぽけな国
の、そのまたちっぽけな町の、序列にすぎない。この地球という惑星にしても、宇宙から見れば
ゴミのような存在ではないか。私の部屋には太陽と地球の模型がかざってある。太陽を直径一
五センチの球にしてみると、地球は、それから約一〇メートルも離れたところにある、直径〇・
五ミリ(一ミリの半分!)の玉にすぎない。にもかかわらずその時期になると、多くの親たちは
子どもの受験戦争に狂奔する。

 しかし一言。学歴にぶらさがって生きている人は、結局はその学歴で苦しむようになる。ある
父親は、ことあるごとに自分の出身高校を自慢していた。「そうそう今度ね、A高校の同窓仲間
と、ゴルフをしましてね」とか。それとなく会話の中に、自分の出身高校名を織り込むわけだ
が、やがて自分の息子(中三)がいよいよ高校受験ということになったときのこと。しかしその子
どもにはその力はなかった。なかったから、その分その親は、見えとメンツの中で、地獄の苦し
みを味わうハメになった。ほとんど毎晩、その父親と息子は、「勉強しろ!」「ウルサイ!」の大
乱闘を繰り返していた。

 この見えやメンツ。それに世間体と闘う方法があるとすれば、それは「私は私、人は人」とい
う、人生観をもつこと以外にない。が、これは容易なことではない。人生観というのはそういうも
ので、一朝一夕には確立できない。

●隣のK国では、出生成分(身分)によって、身分が、何一〇ランクにも区別されているそう
だ。日本から見ればおかしな制度だが、しかしそれに似たようなことも、日本もしている。学歴
制度もその一つということになるが、「制度」そのものというより、「意識」はまだ根強く残ってい
る。

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子育て随筆byはやし浩司(393)



 今日(〇二年一二月九日)は、朝から雨。東京や横浜では、雪が降ったそうだが、こちらでは
雨。その雨を見ながら、ふと、こんなことを考える。

 昔、オーストラリアの友人のD君は、真冬の寒い朝、それも雨が降っている朝に、テントをもっ
て、キャンプにでかけていった。キャンプというのは、夏休みなど、暑い時期の、それも晴れた
日にするものとばかり思っていた。当時の私の常識からすれば、考えられないことだった。そこ
で「どうして雨の日に行くのか?」と聞くと、「どうしてそれがダメなのか?」と言い返されてしまっ
た。D君に言わせると、「キャンプは、雨の日にかぎる」と。

 日本人は、どういうわけか、ぬれることを嫌う。ほんの少しでも、雨が降ると、「かさ……」と考
える。しかし雨に対する感覚は、国によって違う。たとえば今、このH市には、数万人単位のブ
ラジル人や、その家族が住んでいる。しかし彼らはザーザーと降る雨の中でも、かさなしで、平
気で歩いている。セーターがビショビショになっても、だ。夏などは、むしろ、ぬれることを楽しん
でいるかのようにも見える。

 そこで私はある日、D君にこう聞いてみた。「雨の日が、どうしていいのか?」と。するとD君
は、いろいろ話してくれた。まず、雨の日は、景色がすばらしい。静かで、心が落ち着く、と。
「寒くないのか?」と聞くと、「冬の冷たい空気は、フレッシュでいい」と。

 そういうこともあって、私も、彼らの生活をまねてみた。それほどひどい雨ではなかったが、雨
の中を歩いてみたこともある。しかしこれは、私には合わなかった。やはりぬれるのは、不愉
快だった。つぎに、雨の日に家族を連れて、キャンプにでかけてみたこともある。しかしその日
は夕方から、たまたま雷をともなった、とんでもない大豪雨になり、みんなであわてて帰ってき
てしまった。が、一つだけこんなことを知った。

 私は週末は、たいてい山荘でひとりで暮らす。そのときのこと。そこで見る、本当にすばらし
いのは、雨の日か、雨あがりの朝だということ。もちろん若葉がしげる春もすばらしい。山の
木々が色を変える秋もすばらしい。野生のジャスミンが咲きほこり、ホトトギスが鳴きはじめる
五月の終わりもすばらしい。しかしそういった日々の間で、ふだんのときなら、やはり雨の日が
すばらしい。あたりの山中が、白いモヤに包まれ、一面が水墨画のようになるときがある。そう
いうとき、新鮮な空気とあわせて、木々や草のにおいなどが、あたり一面を包む。まさに心が
洗われるような状態になる。少しおおげさな言い方に聞こえるかもしれないが、そんなとき私
は、心底、「生きていてよかった」と思うことがある。

 雨といっても、いろいろな考え方があるようだ。またいろいろな楽しみ方もあるようだ。今日
も、窓の外に、その雨が見える。どこか悲しげに、疲れた栗の葉をぬらしている。まあ、本当の
ことを言えば、私は、晴れた暖かい日が好きだ。雨よりはよい。そういうことを考えながら、この
話は、ここまでにしておく。
(02−12−9)

●日本はラッキーな国だ。放っておいても、緑だけは育つ。四方を海に囲まれ、気候は温暖。
年中、雨が降り、四季の変化が大きいのは、三〇〇〇メートル前後の山々が連なるからだ。
すでに世界中のあちこちでは、温暖化によって、大きな気象変化が起きている。しかし日本で
は、それほどでもない。とくにこの浜名湖周辺は、日本でも、もっとも温暖な地方として知られて
いる。照葉樹林帯というのだそうだ。日本でも、こうした環境に恵まれているのは、鹿児島県の
一部と、この浜名湖周辺だけだそうだ。ああ、よかった!

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子育て随筆byはやし浩司(394)

中国語

 私は学生時代、中国語を選択した。で、それを二年間、学んだ。たった二年間だが、そのあ
と、あちこちで役にたった。中国人の友だちも、何人かできた。このH市にも、何人かいる。そ
の中の一人と、町で出会って、こんな話をした。

私「ごめんなさいというのを、中国語で何と言いいましたかね?」
中「対不知(トイ・プー・チー)」
私「ああ、そうでしたね」と。

 いろいろな話の中ででてきた会話の一部だが、彼と別れてから、ふと、こう考えた。「どうし
て、ごめんなさいを、中国語では、『対不知』と言うのか」と。そのまま訳せば、「ちょっと知らな
い」ということになるのか。そこまで考えて、私は、ハタと気づいた。

 そう言えば、日本語でも、「つい知らず、ごめんなさい」と言うではないか、と。この「つい知ら
ず」というのが、「対不知」にあたる。「ひょっとしたら、『つい知らず』というのは、中国語からき
た言葉かもしれない」と。

 こうした例は、本当に多い。日本語には、外来語というのがあるが、しかしそれを除いても、
日本語そのものが、外来語、つまり中国語や朝鮮語のかたまりのようなものと言ってもよい。
私の名前を、「林浩司」と書くことだって、まさに中国語で書いているようなものだ。いや、日本
人は、「中国語ではない」と思っているかもしれないが、中国人はそうは思っていない。それが
わからなければ、相手、つまり中国人の立場で考えてみればよい。北海道のハシにある小さな
島の住民が、名前をカタカナを使って書いていたとする。それを見れば、あなただって、その島
の住人は、日本の一部だと思うに違いない。

 だからといって、日本の文化を否定するわけではない。ただ大切なことは、日本とて、そして
日本人とて、東洋の一部、アジアの一部に過ぎないということ。私たちは日本人である前に、東
洋人であり、アジア人なのだ。決して、白人ではない。欧米人でもない。が、子どもたちは、そう
は思っていない。

 少し前だが、テレビを見ていたら、日本人の子どもたち(小学五、六年生?)と、アジアやアフ
リカからの留学生が、はげしくバトルしている場面が飛びこんできた。そのバトルがおもしろか
った。アフリカからの留学生が、日本人の小学生に、「君たちはアジア人だ!」と叫んだとき、
その小学生は、大声で、こう叫んだ。「ぼくたちは、アジア人ではない! 日本人だ!」と。する
とまた、そのアフリカからの留学生が、「君たちの肌は、黄色い。アジア人だ!」と叫んだ。する
とそれに答えて、その小学生は、こう叫んだ。「ぼくたちの肌は黄色ではない! 肌色だ!」と。

 そのあとしばらくしてから、私も、独自に調査してみた。小学校の高学年児、五〇人くらいに、
こう聞いてみた。「日本人は、アジア人か、欧米人か。あるいはどちらに近いか」と。すると半数
くらいの子どもが、「欧米人」と答えた。「欧米人に近いアジア人」と答えた子どももいた。しかし
「アジア人」と答えた子どもは、一人もいなかった。

 私たちはまぎれもない、アジア人である。だれが何と言っても、アジア人である。そうでないと
思っている人もいるかもしれないが、それでもアジア人である。いくら髪の毛を赤くして、肌を白
く化粧しても、アジア人はアジア人である。……と、リキんだところで、話をもとに戻す。

 近い将来、中国が、再び、アジアの超巨大国として、私たちの前に登場する。好むと、好まざ
るとにかかわらず、そうなる。それはもう時間の問題と言ってもよい。あと一〇年か、それとも
二〇年か。少なくとも、今の子どもたちがおとなになるころには、そうなる。問題は、そうなった
とき、今のままの教育で、はたしてそれでよいかということ。たとえばこの日本に住んで、日本
で教育を受けていると、知らず知らずのうちに、私たちは自分を、欧米人と思うようになる。一
方、アジア人であることを忘れてしまう。日本人はそれでかまわないかもしれない。しかしそうい
う日本人の意識を、中国人が感じたら、はたして中国人は日本をどう思うだろうか。いや、どう
思おうと、それはかまわない。しかしそのとき……。話が入り組んできたので、この話はここで
やめる。

 そこで私の提案。今は、北海道から沖縄まで、学校では、英語だけが外国語ということになっ
ている。もちろん英語は重要だ。しかしそれと同じくらい、中国語も重要ではないのか。「これか
らは中国の時代」というだけではない。私たちの中にある、「私たち」を知るためにも、重要だと
いうこと。それがここに書いた、「対不知」である。私たちは日本人だが、その日本の文化は、
中国文化の上に成りたっている。その中国を知ることは、とりもなおさず、私たち日本人を知る
ことになる。ちなみに、オーストラリアでは、ほとんどのグラマースクール(中高一貫校)では、ド
イツ語、フランス語、中国語、日本語のほか、インドネシア語から一科目選択できるようになっ
ている。インドネシア語があるのは、隣国だからである。日本も、そういう視点で、外国語を考
えるべきではないのか。

 総じてみれば、日本の教育は、硬直化している。小学校の英語教育にしても、議論が始ま
り、実験教育が始まるまで、何と一四年もかかった! 全員の意思統一をはかろうとするか
ら、そうなる。だったら、ドイツやイタリアのように、クラブ制にすればよい。英語を学びたい子ど
もは学ぶ。教えたい親は教える。教えたい教師は教える。基本的な基礎学習は、学校で、そう
でない科目は、クラブで、と。中国語も、そうすればよい。そうすれば、来年からでも、中国語教
育は可能になる。つまり、ここでも必要なのは、教育の自由化である。

 どうして文部科学省は、教育の自由化を恐れるのか。教育がバラバラになるとでも、思って
いるのか。とんでもない! 戦前ならいざ知らず、私たちは、文部科学省が心配するほど、バ
カではない。……と、またまた話が入り組んできたので、この話も、ここでやめる。

 もっとも今、英語教育そのものもおかしい。TOEFLの国際英語検定試験でも、日本人の英
語力は、アジアでも、ビリ二。(ビリは、モンゴル。)何でもあの北朝鮮と、そのビリ二を争ってい
るらしい。こんなとき中国語教育を導入したら、日本の英語教育は、どうなるか。さらにメチャメ
チャになる? そういうことも考えると、今は、やはり中国語教育は無理なのか? いやいや、
英語教育とて自由化すればよい。民間の活力を利用すればよい。そうすれば、日本人の英語
力も、確実にあがる。「何でもかんでも、学校で!」という発想が、もうおかしい……、と書いて、
この話はここでやめる。どうもこういう話になると、ついつい(対対)、力が入ってしまう。対不
知!
(02−12−9)

●こんなこと、私のようなものが、いくら叫んでも、また書いても、日本の教育行政は、ビクとも
しないのです。ハイ!

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子育て随筆byはやし浩司(395)

要領

 中学三年生のテストに、こんな問題が、出た。英語の質問に、英語で答えるという問題であ
る。ここ五、六年、こうした問題が、急速にふえた。

(1)When is your birthday?(誕生日はいつですか)
(2)What sport do you like?(何のスポーツが好きですか)
(3)Do you like English?(英語が好きですか)
(4)What do you want to do next year?(あなたは来年、何をしたいですか)
(5)Do you come to school on foot or by bus?(あなたは学校へ歩いてきますか、それともバ
スで来ますか)

 このテストを受けてきた子ども(女子)がこう言った。「何も、書けなかった……」と。「白紙で出
したのか?」と聞くと、「そう……」と。

 そこで理由を聞くと、こう言った。「私の誕生日は、二月。フェブルアリィ(二月)という単語を忘
れてしまった。スポーツは、バレーボールが好きだけど、バレーボールという単語がわからなか
った。英語は、好きなときもあるし、嫌いなときもある。話すのは好きだけど、書くのは嫌い。来
年は、これといって、とくにしたことはない。それに私、毎朝、母に学校まで送ってきてもらって
いる。英語で何と書けばよいか、わからなかった……」と。

 私は、こう言った。

 「二月という単語がわからなければ、五月(May)と書けばよい」
 「バレーボールという単語がわからなければ、テニスと書けばよい」
 「英語が好きかと聞かれれば、はいそうですと書けばよい」
 「来年は、富士山へ登りたいと書けばよい」
 「学校へは歩いてくると、そのまま書けばよい」と。

 だから、答は、(My birthday is May 10th.)(I like tennis.)(Yes, I do.)(I want to
climb Mt. Fuji.)(I come to school on foot.)となる。

 それに対して、その子どもはこう言った。「へえエ〜、私、五月生まれじゃ、ない。テニスは好
きではない。英語も好きとは言えない。富士山なんか、登りたくない。それに学校へは歩いてい
かない」と。
 
 そこでさらに私は、こう言った。「あなたの英語の力で、『英語は好きなときもあるし、嫌いなと
きもある。話すのは好きだけど、書くのは嫌い』とは、書けない。だったら、どうして、Yes, I do.
(はい、好きです)と書かないのか。それで丸がもらえる」と。

 「でも、それはウソになるでしょ! ウソは書けない」
 「ウソ? 英語は、バツでなければ、マル。何も、本当のことを書けという問題ではない。すな
おに簡単に書いて、マルをもらえばよい」
 「誕生日は、二月で五月ではない」
 「たとえそうでも、そんなこと、学校の先生が、いちいち調べるとでも思っているのか。そんな
ことはしない。だったら、May(五月)と書いておけばいい。正直に二月と書く必要はない」

 ……と教えながら、当然のことながら、言いようのない矛盾が、私の心をふさいだ。しかししょ
せん、受験勉強などというのは、そういうもの。またそういうことが平気でできる子どもほど、よ
い成績をとる。要領といえば、要領。その要領のよい子どもが、有利。もっと言えば、受験指導
など、教育ではない。だからそれを教えるのは、教師ではない。先生ではない。ただの指導
者。

 しかしこの日本には、歴然とした受験競争がある。また好むと好まざるとにかかわらず、それ
が人間選別の関門になっている。要領が悪い子どもほど、つまり正直な子どもほど、この受験
競争の世界では、不利。もちろんすべてがそうであるとは言えないが、しかしそういう面がある
ことも否定できない。この子どものケースでも、何ともあと味の悪い指導になってしまったが、受
験競争には、いつもそういうあと味の悪さがつきまとう。

 その子どもは、それからずっと、顔をふせたまま、何も言わなかった。私も、その子どもの気
持ちがわかるので、何も言えなかった。気まずい沈黙だけが、最後までつづいた。
(02−12−8)※

●こうした受験競争をスイスイと通りぬけた人が、結局は、社会のリーダーになっていくという
のは、悲劇的ですらある。たとえば高校時代、勉強しかしない、勉強しかできない、どこかおか
しな子どもほど、スイスイと受験競争を通りぬけていく。中には、よい点をとるのが、趣味になっ
ているような子どもすらいる。日本では、こういう子どもほど高く評価されるが、本当にそれでよ
いのか。あなたもそういう視点で、一度、受験勉強そのものをながめてみてはどうだろうか。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 
子育て随筆byはやし浩司(396)

今、暗いトンネルの中にいる、あなたへ、

 子育てをしていて、どこか、ギクシャクしたら、肩の力を抜こう。よい親であろうとか、よい家庭
をつくろうとか、そんなふうに考えない。またそういうふうに考えて、自分を追い込まない。あな
たは、あなた。だからあなたは、ありのままのあなたでよい。

 おならをしたかったら、すればよい。鼻くそをほじりたかったら、ほじればよい。泣きたかった
ら、泣けばよい。いやだったら、いやだと言えばよい。気負うことはない。また気負ってはいけ
ない。あなたが気負えば気負うほど、あなたも疲れるが、子どもも疲れる。あなたはすでにすば
らしすぎるほど、すばらしい親。不完全で、ボロボロの親かもしれないが、それでも、すばらしい
親。不完全であることを、恥じることはない。ボロボロであることを、恥じることはない。

 ただ、これには、一つだけ条件がある。それは「許して忘れる」。あなたはどこまでも、子ども
を許して忘れる。その度量の広さこそが、あなたの愛情の深さになる。その愛情だけは、忘れ
てはいけない。捨ててはいけない。どんなことがあっても、あなたはそれを守る。最後の最後ま
で、守る。どんなに子どもと言い争っても、またどんなに子育てがわずらわしく感じても、その愛
情だけは、守る。それはまさに、最後の砦(とりで)。それを捨てたら、あなたはおしまい。あな
たの家族は、おしまい。

 もちろんだからといって、子どもに好き勝手なことをさせろということではない。子どものわが
ままを通せということではない。あなたはあなた。言うべきことは言えばよい。すべきことはすれ
ばよい。おかしいことは、おかしいと言えばよい。まちがっていることは、まちがっていると言え
ばよい。子どもの機嫌をとる必要はない。歓心を買うこともない。へつらったり、遠慮することも
ない。あなたは、あなた。

 子どもというのは、不思議なもの。あなたが何かをしたからといって、どうにもならないとき
は、どうにもならない。しかしあなたが何もしなくとも、子どもというのは、自分で育っていくもの。
ちょうど、今のあなたにその「力」があるように、子どももまた、自分の力をもっている。その力
を信じて、そして、大切なことは、子どもに任すところは任せて、そして一方、あなたはあなたの
「力」を信じて、前向きに生きていく。

 さあ、あなたも、自分のしたいことをしよう。勇気を出して、自分の道を歩こう。一人の母親で
もなく、一人の妻でもなく、一人の女でもなく、一人の人間として、したいことをしよう。すべきこ
とをしよう。そういう姿勢が、あなたの子どもに伝わったとき、それは子どもにとっても、夢や希
望になる。
 
 あなたが今、ここにいるように、一〇年後、二〇年後、あなたの子どもは、そこにいる。だか
ら何も恐れることはない。何も心配することはない。必ず、このトンネルには出口がある。朝の
ない夜はないように、必ず、いつかあなたはそのトンネルから出る。そしていつか必ず、今の状
態を、笑い話にすることができる。

 あなたはすでにすばらしい親だ。じゅうぶん、がんばってきた。今も、がんばっている。だから
もっと、自信をもって前に進む。自分に、もっと自信をもって足を踏み出す。愛情だけは、しっ
かりと保ちながら……。
(02−12−10)

●Kさんへ……完ぺきママのこわいところは、子どもに完ぺき性を求める一方、自分でも完ぺ
きなママを演ずることです。もしあなたが子どもへ完ぺき性を感じたら、同時に、あなた自身
が、完ぺきママを演じていないかを、反省してみてください。今のままだと、あなたも疲れます
が、子どもも疲れます。そしてその「疲れ」が、子育てそのものを、ギクシャクしたものにします。
だから……。肩の力を抜いて、居直るのです。勇気を出して、居直るのです。不完全であること
を恥じることはないというのは、そういう意味です。

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前にも掲載した原稿ですが……
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母親がアイドリングするとき 

●アイドリングする母親
 何かもの足りない。どこか虚しくて、つかみどころがない。日々は平穏で、それなりに幸せの
ハズ。が、その実感がない。子育てもわずらわしい。夢や希望はないわけではないが、その充
実感がない……。今、そんな女性がふえている。Hさん(三二歳)もそうだ。結婚したのは二四
歳のとき。どこか不本意な結婚だった。いや、二〇歳のころ、一度だけ電撃に打たれるような
恋をしたが、その男性とは、結局は別れた。そのあとしばらくして、今の夫と何となく交際を始
め、数年後、これまた何となく結婚した。

●マディソン郡の橋
 R・ウォラーの『マディソン郡の橋』の冒頭は、こんな文章で始まる。「どこにでもある田舎道の
土ぼこりの中から、道端の一輪の花から、聞こえてくる歌声がある」(村松潔氏訳)と。主人公
のフランチェスカはキンケイドと会い、そこで彼女は突然の恋に落ちる。忘れていた生命の叫
びにその身を焦がす。どこまでも激しく、互いに愛しあう。つまりフランチェスカは、「日に日に無
神経になっていく世界で、かさぶただらけの感受性の殻に閉じこもって」生活をしていたが、キ
ンケイドに会って、一変する。彼女もまた、「(戦後の)あまり選り好みしてはいられないのを認
めざるをえない」という状況の中で、アメリカ人のリチャードと結婚していた。

●不完全燃焼症候群
 心理学的には、不完全燃焼症候群ということか。ちょうど信号待ちで止まった車のような状態
をいう。アイドリングばかりしていて、先へ進まない。からまわりばかりする。Hさんはそうした不
満を実家の両親にぶつけた。が、「わがまま」と叱られた。夫は夫で、「何が不満だ」「お前は幸
せなハズ」と、相手にしてくれなかった。しかしそれから受けるストレスは相当なものだ。

昔、今東光という作家がいた。その今氏をある日、東京築地のがんセンターへ見舞うと、こん
な話をしてくれた。「自分は若いころは修行ばかりしていた。青春時代はそれで終わってしまっ
た。だから今でも、『しまった!』と思って、ベッドからとび起き、女を買いに行く」と。「女を買う」
と言っても、今氏のばあいは、絵のモデルになる女性を求めるということだった。晩年の今氏
は、裸の女性の絵をかいていた。細い線のしなやかなタッチの絵だった。私は今氏の「生」へ
の執着心に驚いたが、心の「かさぶた」というのは、そういうものか。その人の人生の中で、い
つまでも重く、心をふさぐ。

●思い切ってアクセルを踏む
 が、こういうアイドリング状態から抜け出た女性も多い。Tさんは、二人の女の子がいたが、
下の子が小学校へ入学すると同時に、手芸の店を出した。Aさんは、夫の医院を手伝ううち、
医療事務の知識を身につけ、やがて医療事務を教える講師になった。またNさんは、ヘルパー
の資格を取るために勉強を始めた、などなど。「かさぶただらけの感受性の殻」から抜け出し、
道路を走り出した人は多い。だから今、あなたがアイドリングしているとしても、悲観的になるこ
とはない。時の流れは風のようなものだが、止まることもある。しかしそのままということは、な
い。子育ても一段落するときがくる。そのときが新しい出発点。アイドリングをしても、それが終
着点と思うのではなく、そこを原点として前に進む。方法は簡単。勇気を出して、アクセルを踏
む。妻でもなく、母でもなく、女でもなく、一人の人間として。それでまた風は吹き始める。人生
は動き始める。
(中日新聞東掲載済み)

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子育て随筆byはやし浩司(397)

もしも、あのとき……

 三男が、このところ、いろいろ落ちこんでいる。大学を落第したこともある。家に帰ってはきた
ものの、意味もなくパソコンをのぞいては、ため息ばかりついている。話しかけると、軽く笑う
が、どこか上の空。元気がない。

 私はそんな夜、三男にこう言った。「お前がいなかったら、この家族は、とっくの昔に崩壊して
いたよ。今、この家があるのは、お前のおかげだよ」と。私は、視線を合わせないまま、あの日
のことを、話し始めた……。

 ……もうあれから一八年になる。早いというより、あの日だけは、時の流れがとまったまま、
脳裏にしっかりと焼きついている。忘れようとしたこともあるが、もがけばもがくほど、深い、奈
落の底に落ちていく。ぞとするような、鉄のクサリにからまれる。

 その日、私たちは、浜名湖の弁天にあるボート屋で釣り船を借りた。小さな船外機のついた
ボートだ。Nという店だった。浜松市に住むようになったころ、しばらくだが、その弁天に住んだ
ことがある。それでその店の若い男と、親しくなった。

 私たちは、夏になると、よく船外機を借りて、浜名湖を回った。当時は、まだ「免許」について
は、それほど……というより、ほとんど、問題にならなかった。ほとんどの人が、免許など、もっ
ていなかった。私ももっていなかった。しかしいつの間にか、操縦だけはプロ並になっていたと
思う。ボート屋の若い男も、同じ客でも、私にだけは一目置いていた。いつも、最新の高馬力の
船を貸してくれた。

 で、その日も、いつものように、海へ出た。「湖」といっても、海。場所によっては、遠くの水平
線が、かろうじて見えるというところがある。私たちはそういうところを、またよく好んだ。潮の満
ち干きもあるが、場所をうまくとらえると、自然の、巨大なプールのようになっているところがあ
る。遠浅で、しかもほとんど、人がいない。船も、めったに通らない。

 私たちは浜名湖のあちこちを回ったあと、船をそこにとめた。弁当も食べた。しばらく魚も追
いかけた。三人の息子たち……、上から、長男の小学二年(九歳)、二男の年長児(六歳)、そ
れに三男(三歳)は、しばらく泳いでは、また船にもどり、船にもどっては、泳いだりしていた。ど
れくらい時間が過ぎただろうか。私とワイフは、錨(いかり)をおろし、船の上で、寝転んだ。夏
の白いひざしが、ビニールでできたシートを通して、私たちの顔を照らした。私は、そのまま目
を閉じた。ワイフも、多分、そうしていたと思う。船のヘリをたたく小さな波の音ともに、ゆるやか
に船がゆれるのを、私は感じていた。

 そのときだ。突然、三男の声で、静寂が破られた。「お兄ちゃんが、いない!」と。

 私はその声で飛び起きた。ワイフも飛び起きた。三男の視線の方向を見ると、長男と二男が
流れにさらわれ、波間に消えるところだった。私は何も考えず、海に飛び込んだ。とたん、そこ
がすりばちのように、突然深くなっていることに気づいた。浜名湖には、海の中に、「川」がある
ことは、前から知っていた。しかしそこに川があるとは! 私たちが船の上で寝ている間、船が
流されていたらしい。私は長男の手を取ると、ワイフが立っているところまでもどった。が、振り
返ると、二男は、すでにそのとき、五〇〜六〇メートル先まで流されていた。

 二男は泳げない。それを知っていた。もうそのとき、二男の顔は見えなかった。海の上にあ
げた両手だけが見えた。私はとっさの判断で、ボートに飛び乗った。ボートで助けにいくつもり
だった。が、イカリがあった。私はイカリをあげようとしたが、ビクとも動かなかった。ロープも、
一〇メートルは、のびていた。私はロープをたぐろうとした。必死だった。が、それでも、ロープ
は、ビクともしなかった。船全体が、川の流れの中にあった。

 が、そのとき、奇跡が起きた。本当に奇跡だ。あの広い海のまん中で、たった一人だけ、魚
を釣っている人がいた。本当に一人だけだった。いや、そのときまで、そんな人がいることさえ
知らなかった。私たちがそこにボートをとめたのも、人がいなかったからだ。その人が、私たち
の異変に気づき、二男を助けるために、別の方向から、海へ飛び込んでいた。

 「もうダメだア!」と絶望的な声を、いや、声ではなく、心の中でそう叫んだとき、私はもう二男
のほうを見ると、その人が、ちょうど二男を海から救い出すところだった。ものすごい水しぶき
だった。瞬間、「モーターボートのようだ」と思った。あとで聞くと、その人は、水泳の元国体選
手。国体に出場したことがある人だった。私はそれを見て、そのままヘナヘナとボートの上に
座りこんでしまった。

 もしも、あのとき、三男が、「お兄ちゃんが、いない!」と声をあげていなかったら、私は二人
の息子を、そこでなくしていただろう。少なくとも、二男は助からなかった。が、それだけではな
い。私たち夫婦は、まだ若かった。どこか不安定な夫婦だった。もしあのとき、あの海で、二人
の息子を失っていたら、私はその悲しみや苦しみを乗り越えることはできなかっただろう。ワイ
フとて、できなかっただろう。離婚する程度ですんでいたとは、とても思えない。もしも、あのと
き、三男が、あの声をあげていなかったら……。

 ……「お前は、お兄ちゃんたちを救ったのだよ。それにこの家族を救ったのだよ。お前にはそ
の意識はないかもしれないが、私たちは、お前に救われた。だから感謝している。心から感謝
している。だから今、今度は、私たちがお前を助ける番だ。わかるか?」と。そう言い終わっ
て、ふと三男の顔を見ると、目の周囲がうっすらと赤くなっているのを知った。私は飲みかけて
いたお茶を一挙に飲ほすと、そのままその場を離れた。三男は、パソコンの画面から目を離さ
なかった。が、離れるとき、ふと私が、三男に、「ありがとう」と言うと、三男は、軽く、どこかとま
どいがちに、それにうなずいた。
(02−12−9)

●以後、あの浜名湖へは、一〇年近く、一度も足を踏み入れなかった。今でも、浜名湖を見る
と、その美しさとは対照的に、あの日のことを思い出す。ときどき浜名湖へ客を接待することは
あるが、そんなわけで、私は浜名湖を楽しむことはできない。客が帰るたびに、その緊張感か
らか、疲れがどっと私を襲う。

●二男を救ってくれたのが、市内で水道管工事をしているS氏だった。その直後、何度も名前
を聞いたが、「いいです、いいです」と言って、教えてくれなかった。しかし私はそれに食いさが
った。そして何とか名前(名字)だけは、聞き出した。聞き出して、さらにそのあと、名前だけを
手がかりに、浜松市中をさがしまわった。しかしこの浜松市(人口六〇万人)も、広いようで狭
い。そのS氏は、そのとき私が教えていた生徒(年長児)の、叔父にあたる人だった。……それ
以後、二男が高校に入学するとき、アメリカへ旅立つとき、そのつど、(当たり前のことだが…
…)、私は二男を、あいさつに行かせている。

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子育て随筆byはやし浩司(398)

子育てポイント

●はだし教育を大切に!
 子どもを将来、敏捷性(びんしょうせい・キビキビとした動き)のある子どもにしたかったら、子
どもは、はだしにして育てる。敏捷性は、すべての運動の基本になる。子どもがヨチヨチ歩きを
始めたら、はだし。厚い靴底のクツ、厚い靴下をはかせて、どうしてその敏捷性が育つというの
か。もしそれがわからなければ、ぶ厚い手ぶくろをはめて、一度、料理をしてみるとよい。あな
たは料理をするのに、困るはず。

 子どもは足の裏からの刺激を受けて、その敏捷性を養う。その敏捷性は、川原の石ころの
上、あるいは傾斜になった坂の上を歩かせてみればよい。歩行感覚のすぐれている子ども
は、そういうところでも、リズミカルにトントンと歩くことができる。あるいは、階段をおりるときを
見ればよい。敏捷性のある子どもは、数段ずつ、ピョンピョンと飛び降りるようにして、おりる。
そうでない子どもは、一段ずつ、一度、足をそろえながらおりる。

 またあなたの子どもが、よくころぶということであれば、今からでも遅くないから、はだしで育て
る。
 

●言葉教育は、まず親が
 親が、「ほれほれ、バス! ハンカチ、もった? バス、くる、バス、くる! ティッシュは? 先
生にあいさつ、ね。ちゃんと、するのよ!」と話していて、どうして子どもに、まともな(失礼!)言
葉が育つというのだろうか。そういうときは、多少、めんどうでも、こう言う。「もうすぐ、バスがき
ます。あなたは外でバスを待ちます。ハンカチは、もっていますか。ティッシュペーパーは、もっ
ていますか。先生に会ったら、しっかりとあいさつをするのですよ」と。

 こうした言葉教育があってはじめて、その上に、子どもは、国語能力を身につけることができ
る。子どもが乳幼児期に、親がだらしない(失礼!)話し方をしていて、どうして子どもに国語力
が身につくというのか。ちなみに、小学校の低学年児で、算数の応用問題が理解できない子ど
もは、約三〇%はいる。適当に数字をくっつけて、式を書いたり、答を出したりする。そのころ
気がついても、手遅れ。だから子どもには、正しい言葉で話しかける。つまり子どもの言葉の
問題は、親の問題であって、子どもの問題ではない。


●正しい発音を大切に
 文字学習に先立って、正しい発音を子どもの前でしてみせる。できれば一音ずつ区切って、
そのとき、パンパンと手をたたいて見せるとよい。たとえば「お父さん」は、「お・と・う・さ・ん」。
「お母さん」は、「お・か・あ・さ・ん」と。ちなみに、年長児で、「昨日」を正しく「き・の・う」と書ける
子どもは、ほとんどいない。「きお」「きのお」とか書く。もともと正しい発音を知らない子どもに向
かって、「まちがっているわよ!」「どうして正しく書けないの!」は、ない。

 地方によっては、母音があいまいなところがある。私が生まれ育った、G県のM市では、「鮎
(あゆ)を、「エエ」と発音する。「よい味」を、「エエ、エジ」と発音する。だから「この鮎はよい味
ですね」を、「このエエ、エエ。エジヤナモ」と発音する。そんなわけで、私は子どものころ、作文
が、大の苦手だった。「正しく書け」と言われても、音と文字が、一致しなかった。

 子どもに正しく発音させるときは、口を大きく動かし、腹に力を入れて、息をたくさん吐き出さ
せるようにするとよい。テレビ文化の影響なのか、今、息をほとんど出さないで発音する子ども
もいる。言葉そのものが、ソフトで、何を言っているかわからない。

 なお子どもの発音について、親はそれなりに理解できたり、親自身も同じような発音をしてい
ることが多い。そのため親が子どもの発音異常に気づくことは、まずない。そういうことも頭に
入れながら、子どもの発音を考えるとよい。


●同年齢の子どもと遊ばせる
子どもは、同年齢の子どもと、口論をしたり、取っ組みあいのけんかをしながら、社会性を身に
つける。問題解決の技法を身につける。子どもどうしのけんかを、「悪」と決めてかかってはい
けない。

 今、その社会性のない子どもが、ふえている。ほとんどが、そうではないかと思われる。たと
えば砂場で遊んでいる様子をみても、だれがボスで、だれが子分かわからない。実にのどかな
風景だが、それは子ども本来の姿ではない。あるべき姿ではない。こう書くと、「子分の子ども
がかわいそう」「うちの子を、子分にしたくない」と言う親がいる。が、子どもは子分になること
で、実は、それと平行して親分になる心構えを学ぶ。子分になったことがない子どもは、同時
に、親分にもなれない。子分の気持ちを、把握できないからである。

 またここ一〇年、親たちは、子どものいじめに対して、過剰反応する傾向がみられる。いじめ
を肯定するわけではないが、しかしいじめのない世界はない。問題はいじめがあることではな
く、そのいじめを、仮に受けたとき、その子どもが自分でどう処理していくかである。ブランコを
横取りされたら、「どうして、取るんだ!」と抗議すれば、それでよい。ばあいによっては、相手
をポカリとたたけば、それでよい。「取られた、取られた……」とメソメソと泣くから、「いじめ」に
なる。

 子どもをたくましい子どもにしたかったら、できるだけ早い時期から、同年齢の子どもと遊ば
せる。(だから早くから保育園へ入れろということではない。誤解がないように!)親と子どもだ
けの、マンツーマンの子育てだけで、すませてはいけない。


●ぬり絵のすすめ
 一時期、ぬり絵は、よくないという説が出て、幼児の世界からぬり絵が消えたことがある。し
かしぬり絵は、手の運筆能力を養うのに、たいへんよい。文字学習に先立って、ぬり絵をして
おくとよい。

 子どもの運筆能力は、丸を描かせてみればわかる。運筆能力のある子どもは、スムーズな
きれいな丸をかく。そうでない子どもは、多角形に近い、ぎこちない丸を描く。もしそうなら、ぬり
絵をすすめる。小さなところを、縦線、横線、曲線をうまくつかってぬらせるようにする。ちなみ
に、横線は、比較的簡単。縦線は、それだけ手の動きが複雑になるため、むずかしい。実際、
一度、あなた自身が鉛筆をもって、手の動きを確かめてみるとよい。

 また年長児で、鉛筆を正しくもてる子どもは、約五〇%とみる。(別に正しいもち方というのは
ないが……。)鉛筆を、クレヨンをもつようにしてもつ子どもが、三〇%。残り、二〇%の子ども
は、たいへん変則的なもち方をするのがわかっている(はやし浩司・調査)。鉛筆をもち始めた
ら、一度、鉛筆をもつ練習をするとよい。コツは、親指と人さし指を、ワニの口にみたてて、鉛
筆をかませる。その横から中指をあてさせるようにするとよい。


●色づかいは、なれ
ぬり絵は、常識的な色づかいの練習にも、効果的。「常識的」というのは、色づかいになれてい
る子どもは、同じぬり絵をさせても、ほっとするような、温もりのある色づかいをする。そうでな
い子どもは、そうでない。

 たとえば同じ図柄の景色(簡単な山と野原、家と木)の絵を、四枚子どもに与えてみる。そし
て、「夏の絵、冬の絵、夜の絵、雨の絵にぬってごらん」と指示する。そのとき、夏は夏らしく、
冬は冬らしく色がぬれれば、よしとする。そうでない子どもは、まだ色づかいになれていないと
みる。

 なおこの段階で、色彩心理学の立場で、いろいろなことを言う人がいる。が、私は、過去三〇
年以上、色の指導をしてきたが、今ひとつ、理解できないでいる。たとえばこの時期、つまり満
四歳から六歳までの幼児期というのは、子どもによっては、周期的に、好きな色が変化するこ
とがある。ある時期は青ばかり使っていた子どもが、今度は、黄色を使ったりするなど。しかし
そういう子どもでも、色づかいになれてくると、だんだん常識的な色づかいをするようになる。
今、色づかいがおかしいからといって、あまり神経質になる必要はない。

 ただし、色の押しつけはしてはいけない。昔、「髪の毛は黒よ! 肌は肌色よ!」と教えてい
た絵の先生がいたが、こういう押しつけはしてはいけない。髪の毛が緑でも、何ら、おかしいこ
とではない。


●ガムをかませる
 アメリカの『サイエンス』という研究雑誌に、「ガムをかむと、頭がよくなる」という記事がのっ
た。で、その話をすると、Nさんという母親が、息子(年長児)にガムをかませるようになった。
で、その結果だが、数年後には、その子どもは、本当に頭がよくなってしまった。

 その後、いろいろな子どもに試してみたが、この方法は、どこかぼんやりして、勉強が遅れが
ちの子どもに、とくに効果的である。理由は、いろいろ考えられる。ガムをかむことで、脳への
血流が促進される。かむことで、脳が刺激される。眠気がとれて、集中力がます、など。

 コツは、言うまでもなく、菓子ガムは避ける。また一枚のガムを、最低三〇分はかませるよう
に指導する。あとは、マナーの問題。かんだガムは、紙に包んで、ゴミ箱へ捨てさせる、など。

 またあまり多量の大きなガムは、口に入れさせてはいけない。咳きこんだようなとき、ガムが
のどに詰まることがある。年少の子どもにかませるときは、注意する。


●マンネリは知能の敵
 人間の脳細胞の数は、生まれてから死ぬまで、ほとんど変わらない。しかしその一個ずつの
脳細胞は、約一〇万のシナプスをもっている。このシナプスの数は、成長とともにふえ、老化と
ともに、減る。そのシナプスの数と、「からまり」が、頭のよし悪しを決める。

 このシナプスは、子どものばあい、刺激を受けて、発達する。数をふやす。ほかのシナプスと
からんで、思考力をます。刺激がなければ、そうでない。つまり子どもの教育は、すべて「刺激
教育」と言ってもよい。子どもには、いつも良質の刺激を与えるようにする。もう少しわかりやす
く言えば、「アレッと思う意外性」を大切にする。つまり、マンネリは、知能発達の大敵。

 ……と言っても、お金をかけろということではない。日々の生活の中で、その刺激を容易す
る。たまたま昨日も、年長児のクラスで、こんな教材を使ってみた。

(1)カタカナで「ヒラガナ」と書いた紙を見せ、子どもたちに「これは何?」と聞いた。子どもが、
「ひらがな!」と言ったら、すかさず、「これはカタカナだよ」と言う。つづいて、今度は、ヒラガナ
で「かたかな」と書いた紙を見せ、「これは何?」と聞く。すると今度は子どもたちは、「ひらが
な!」と言う。またすかさず、「何、言ってるんだ。よく読んでごらん。か・た・か・なって書いてあ
るだろ!」と。

(2)子どもたちに「君たちは、ひらがなが読めるか?」と聞くと、みなが、「読める! 読める!」
と。そこで私はつぎのように書いたカードを、見せ、子どもに読ませた。「はい!」「いや!」「よ
めない!」「しらない!」「みえない!」と。それらのカードを見せたとき、子どもがどんな反応を
示したか、多分、みなさんも容易に想像できると思う。やがて子どもたちは、「先生は、ずるい、
ずるい」と言い出したが、それが私が言う「良質な刺激」である。

 家庭では、いつも、何らかの変化を用意する。部屋の模様がえはもちろん、料理にしても、休
日の過ごし方にしても、そこに何らかの工夫を加える。ある母親は、おもちゃのトラックの荷台
の上に、寿司を並べた。そういったことでも、子どもには、大きな刺激になる。


●抱きながら本を読む
 「教える」ことを意識したら、「好きにさせる」ことを一方で考える。それが子どもを伸ばす、コ
ツ。たとえば子どもの文字を教えようと思ったら、一方で、文字を好きにさせることを考える。日
本でも、『好きこそ、ものの上手(じょうず)なれ』という。「好きだ」という意識が、子どもを前向き
に伸ばす。

 満四・五歳(四歳六か月)を境にして、子どもは、急速に文字に興味をもつようになる。それま
での子どもは、いくら教えても、教えたことがそのままどこかへ消えていくような感じになる。し
かし決して、ムダではない。子どもは、伸びるとき、一次曲線的に、なだらかに伸びるのではな
い。ちょうど階段を登るように、段階的に、トントンと伸びる。たとえば、言葉の発達がある。子
どもは、一歳半から二歳にかけて、急に言葉を話し始める。それまで蓄積された情報が、一度
に開花するようにである。

 同じように、文字についても、そのあと子どもがどこまで伸びるかは、それまでに子どもが、
文字に対して、どのような印象をもっているかで決まる。「文字は楽しい」「文字はおもしろい」と
いう印象が、あればよし。しかし「文字はいやだ」「文字はこわい」、さらには「文字を見ると親の
カリカリとした顔が思い浮かぶ」というのであれば、そもそもスタート時点で、文字教育は失敗し
ているとみる。

 もしあなたの子どもが、満四・五歳前であるなら、(あるいはそれ以後でも遅くないから)、子
どもには、抱いて本を読んであげる。あなたの温かい息を吹きかけながら、読んであげる。そう
することにより、子どもは、「文字は温かい」という印象をもつようになる。いつか子どもが自分
で文字を見たとき、そこにお父さんやお母さんの温もりを感ずることができれば、その子ども
は、まちがいなく、文字が好きになり、つづいて、本が好きになる。書くことや、考えることが好
きになる。
 

●何でも、握らせる
 ためしに、あなたの子どもを、おもちゃ屋へつれていってみてほしい。そのとき、あなたの子
どもが、つぎつぎとおもちゃを手にとって遊ぶなら、それでよい。(おもちゃ屋さんは、歓迎しな
いだろうが……。)しかし見るだけで、さわろうとしないなら、それだけ好奇心の弱い子どもとみ
る。が、それだけではない。

 最近の研究によれば、指先から刺激を受けることにより、脳の発達がうながされるということ
がわかっている。よく似た話だが、老人のボケ防止のためには、老人に何か、ものを握らせる
とよいという説もある。たとえば中国には、昔から、そのため、石でできたボールがある。二個
のボールがペアになっていて、それを手の先でクルクルと回して使うのだそうだ。私も東南アジ
アへ行ったとき、それを買ってきたことがある。(残念ながら、現地の人が見せてくれたように
は、いまだに回すことはできないが……。)

 それだけではないが、子どもには、何でも握らせるとよい。「さわる」という行為が、やがて、
「こわす」「組み立てる」「なおす」、さらには「調べる」「分析する」「考える」という行為につながっ
ていく。道具を使う基礎にもなる。

 なお好奇心が旺盛な子どもは、何か新しいものを見せたり、新しい提案をしたりすると、「や
る!」「やりたい!」とか言って、くいついてくる。そうでない子どもは、そうでない。また好奇心が
旺盛な子どもは、多芸多才。友人の数も多く、世界も広い。そうでない子どもは、興味をもつと
しても、単一的なもの。何か新しい提案をしても、「いやだ……」「つまらない……」とか言ったり
する。もしそうなら、親自身が、自分の世界を広めるつもりで、あれこれ活動してみるとよい。そ
ういう緊張感の中に、子どもを巻き込むようにする。


●才能は見つけるもの
 子どもの才能は、見つけるもの。作るものではない。作って作れるものではないし、無理に作
ろうとすれば、たいてい失敗する。

 子どもの方向性をみるためには、子どもを図書館へつれていき、そこでしばらく遊ばせてみ
るとよい。一、二時間もすると、子どもがどんな本を好んで読んでいるかがわかる。それがその
子どもの方向性である。

 つぎに、子どもが、どんなことに興味をもち、関心をもっているかを知る。特技でもよい。ある
女の子は、二歳くらいのときから、風呂の中でも、平気でもぐって遊んでいた。そこで母親が、
その子どもを水泳教室へいれてみると、その子どもは、まさに水を得た魚のように泳ぎ始め
た。

 こうした才能を見つけたら、あるいは才能の芽を感じたら、そこにお金と時間をたっぷりとか
ける。その思いっきりのよさが、子どもの才能を伸ばす。

 ただしここでいう才能というのは、子ども自身が、努力と練習で伸ばせるものをいう。カード集
めをするとか、ゲームがうまいというのは、才能ではない。また才能は、集団の中で光るもので
なければならない。この才能は、たとえば子どもが何かのことでつまずいたようなとき、その子
どもを側面から支える。勉強だけ……という子どももいるが、このタイプの子どもは、一度、勉
強でつまずくと、そのままズルズルと、落ちるところまで落ちてしまう。そんなわけで、才能を見
つけ、その才能を用意してあげるのは、親の大切な役目ということになる。

 これからはプロの時代。そういう意味でも、才能は大切にする。たとえばM君(高校生)は、ほ
とんど学校には行かなかった。で、毎日、近くの公園で、ゴルフばかりしていた。彼はそのの
ち、ゴルフのプロのコーチになった。またSさんは、勉強はまったくダメだったが、手芸だけは、
だれにも負けなかった。そのSさんは、今、H市内でも、最大規模の洋品店を経営している。


●何でもさせてみる
 子どもには、何でもさせてみる。よいことも、悪いことも。そして少しずつ、様子を見ながら、ち
ょうど、彫刻を削るようにして、よい面を伸ばし、悪い面を削りながら、形を整えていく。まずい
のは、「あれはダメ、これはダメ」と、子どもの世界を狭くしていくこと。

 たとえば悪い言葉がある。悪い言葉を容認せよというわけではないが、悪い言葉が使えない
ほどまで、子どもを押さえ込んではいけない。一応、叱りながらも、言いたいように言わせておく
……、そういう寛容さが、子どもを伸ばす。子どもが親に、「ジジイ!」と言ったら、「何だ、未来
のクソババア!」と言いかえしてやればよい……と私は考えているが、どうだろうか。私は私の
生徒たちに対しては、そうしている。

 威圧的な過干渉、神経質な過関心、盲目的な溺愛、精神的な過保護が日常化すると、子ど
もは一見、できのよい子になる。しかしそういう子どもは、問題を先送りするだけ。しかも先送り
すればするほど、あとあと大きな問題を起こすようになる。この時期、『よい子は悪い子』と考え
るとよい。とくに親や先生に従順で、ものわかりがよく、しっかりとしていて、まじめで、もの静か
な子どもほど、要注意!


●幼児教育は、種まき

 幼児教育は、すべて「種まき」と思う。教えても、すぐ効果を求めない。またすぐ効果が出ない
からといって、ムダと思ってはいけない。実際、ほとんどのことは、一見ムダになるように見え
る。しかしムダではない。子どもの心の奥底にもぐるだけと考える。

 言うべきことは言う、教えるべきことは教える、しかしあとは時間を待つ。が、それができない
親は、多い。本当に多い。こんなことがあった。

 ある日、ひとりの母親が私のところにきて、こう言った。「先生は、うちの子(年長児)が書いた
ひらがなに、丸をつけた。しかし書き順はメチャメチャ。字も逆さ文字(上下が反対)、鏡文字
(左右が反対)になっているところがある。どうして丸をつかたか。そういう(いいかげんな)教え
方では困る!」と。

 その子どもは、たしかにそういう字を書いた。しかし大切なことは、その子どもが一生懸命、
それを書いたということ。私はそれに丸をつけた。字のじょうず、ヘタは、そのつぎ。これも大き
な意味で、種まきということになる。子どもには、プラスの暗示をかけておく。おとなが見たらヘ
タな字であっても、子どもにはそうでない。(自分の字がじょうずかヘタか、それを自分で判断で
きる子どもは、いない。)「ぼくは字がうまい」という思いが、子どもを前向き伸ばしていく。

 要するに、子どもに何かを教えるときは、心の中で、「種まき、種まき……」と思えばよい。


●えびで鯛(たい)を釣る
 『えびで鯛を釣る』という。えびをエサにするのは、もったいない話だが、しかしそのエビで鯛
をつれば、損はない、と。子どもの学習をみるときは、いつも、この格言を頭の中に置いておく
とよい。が、中には、えびで鯛を釣る前に、そのえびを食べてしまう人がいる。いろいろな例が
ある。少しこじつけのような感じがしないでもないが、最近、こんなことがあった。

 A君(小三)は、勉強が全体に遅れがちだった。算数も、まだ掛け算があやしかった。自信も
なくしていた。そこで私はA君を、小二クラスへ入れてみた。A君は、勉強がわかるようになった
ことが、よほどうれしかったのだろう。それまでのA君とは、うってかわって、明るい表情を見せ
るようになった。そして半年もすると、小三レベルまで何とか追いつくことができた。私は、A君
を小三クラスへもどした。

 が、ここで親の無理が始まった。追いついたことをよいことに、親はA君に、ドッサリとワーク
ブックを買い与えた。勉強の量をふやした。とたん、再び、A君はオーバーヒート。以前より、さ
らに気力をなくしてしまった。つまりA君のケースでは、せっかく(えび)を釣ったのに、それで
(鯛)を釣る前に、親が、その(エビ)を食べてしまったことになる。ちょっとわかりにくい例かもし
れないが、その(エビ)をじょうずに使えば、A君はそこで立ちなおることができたはず。

 ついでに……。こういうケースでは、二度目は、ない。しばらくすると、親は、「また一学年さげ
てみてほしい」と言ったが、今度は、A君がそれに応じなかった。子どもの世界では、一度失敗
すると、二度目は、ない。


●やなぎの下には……
 何かのことで失敗したとき、子どもの世界では、二度目はない。子ども自身が、それに応じな
くなる。

 たとえばAさんは子ども(小五男児)のために、家庭教師をつけた。きびしい先生だった。子ど
もとは相性が合わなかった。子どもは、「いやだ」「かえてほしい」と、何度も親に懇願した。が、
親は、「がまんしなさい!」と子どもを叱りつづけた。結果、子どもの成績はさがった。無気力症
状も出てきた。そのため半年後に、親は家庭教師を断った。

 ここまではよくあるケース。が、こうした失敗は、必ず、尾を引く。それから何か月かたったと
きのこと。Aさんは、また子どもに家庭教師をつけようと考えた。「今度は慎重に……」と思った
が、息子が、それに反発した。ふつうの反発ではない。部屋中をひっくり返して、それに抵抗し
た。

 一般論として、何かのことで、一度挫折すると、子どもは同じパターンでものごとが始まること
を、避けようとする。親は「気のもちようだ」「乗り越えられる」と考えがちだが、子どもの心理
は、もう少し複雑。デリケート。いや、時間をかければ、乗り越えられなくもないが、それよりも
早く、子どもは大きくなっていく。乗り越えるのを待っていたら、受験時代そのものが、終わって
しまう。そんなわけで、この時期の失敗や、挫折は、子どもに決定的な影響を与えると考えてよ
い。

 『やなぎの下には、どじょうは……』と言うが、子どもの世界では、『失敗は、二度ない』。この
時期、つまり子どもの受験期には、「うまくやって成功する」ことよりも、「へたなことをして失敗
する」ことのほうが多い。成功することよりも、失敗しないことを考えながら、子どもの受験勉強
は組みたてる。


●航海のし方は、難破したことがある人に聞け
 イギリスの格言に、『航海のし方は、難破したことがある人に聞け』というのがある。子どもの
子育ても、同じ。スイスイと東大へ入った子どもの話など、実際には、ほとんど役にたたない。
本当に役だつ話は、子育てで失敗し、苦しんだり悩んだことがある人の話。それもそのはず。
子育てというのは、成功する人よりも、失敗する確率のほうが、はるかに高い。

 しかしどういうわけか、親たちは、スイスイと東大へ入った子どもの話のほうに耳を傾ける。ま
たこういうご時世だが、その種の本だけは、よく売れる。「こうして私は東大へ入った」とか、な
ど。もちろんムダではないが、しかしそういう成功法を、自分の子どもに当てはめようとしても、
うまくいかない。いくはずもない。あるいは反対に、失敗する。

 そこであなたの周囲を見まわしてみてほしい。中には、成功した人もいるかもしれないが、大
半は失敗しているはず。そういう人たちを見ながら、あなたがすべきことは、成功した人から学
ぶのではなく、失敗した人の話に耳を傾けること。またそういう人から、学ぶ。もしあなたが「う
ちの子にかぎって……」とか、「うちはだいじょうぶ……」と、高をくくっているなら、なおさらそう
する。私の経験では、そういう人ほど、子育てで失敗しやすい。反対に、「私はダメな親」と、子
育てで謙虚な人ほど、失敗が少ない。理由がある。

 子どもというのは、たしかにあなたから生まれる。しかし、あなたの子どもであって、あなたの
子どもでない部分のほうが大きい。もっと言えば、あなたの子どもは、あなたを超えた、もっと
大きな多様性を秘めている。だから「あなたの子どもであって、あなたの子どもでもない」部分
は、あなたがいくらがんばっても、あなたは知ることはできない。が、その「知ることができない」
部分を、いかに多く知っているかで、親の親としての度量が決まる。「うちの子のことは、私が
一番よく知っている」という親ほど、実は、そう思い込んでいるだけで、子どものことを知らな
い。だから、子どもの姿を見失う。失敗する。一方、「うちの子のことがわからない」と、謙虚な
態度で子どもの姿を見ようとする親ほど、子どものことを知っている。だから、子どもの姿を正
確にとらえる。失敗が少ない。

 話がそれたが、子育ては、失敗した人の話ほど、価値がある。役にたつ。もしそういう話をし
てくれる人があなたのまわりにいたら、その人を大切にしたらよい。
(02−12−18)

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子育て随筆byはやし浩司(399)

あなたの親子関係を診断してみませんか?

チェック項目

あなたの子どもは、家であなたの姿を見ると……(0)そのまま平気で、体や心を休めている。
(1)どこかへスーッと逃げていく。(2)親のいるところにはいたがらないようだ。
あなたの子どもは、学校での悩みや問題を……(0)よく話してくれる。私もよく相談にのる。
(1)あまり話してくれない。聞けば話してくれる。(2)まったく話してくれない。うるさそうな顔をす
る。
あなたは、子どもの友だちの名前や、遊びについて……(0)3人以上をスラスラ言え、遊びも
知っている。(1)1人か2人は知っている。遊びは知らない。(2)どこでだれと遊んでいるか、知
らない。
あなたの子どもは学校から帰ってくると……(0)意気揚々と、明るい声で帰ってくる。(1)いつ
も同じように、定刻に帰ってくる。(2)いつも回り道をしたりして、不規則に遅い。
春休みの旅行計画を、子どもに相談してみると……(0)楽しそうに、話題にのってくる。(1)あ
まり楽しそうではない。(2)親たちとの旅行をいやがるような様子を見せる。
子どもの学習について、今まであなたは……(0)子どもの意思を尊重して決めてきた。(1)ワ
ークブックも、内容も、だいたい親が決めた。(2)子どもの学習のし方は、親が決めてきた。
子どもがあなたに反抗したとき……(0)子どものことだから、相手にしなかった。(1)よく親子
で、やりあうことがある。(2)親に反抗するのは、まちがっている。許さない。
あなたから見て、あなたの子どもは……(0)どこに出しても恥ずかしくない。いい子だ。(1)何
かと心配なことはあるが、任せている。(2)何かと問題が多く、心配でならない。
以上、8項目について合計点が、10点以上の人は、親子関係がかなり危険な状態にあるとみ
ます。(おどしてすみません!)
(0)……0点、(1)……1点、(2)……2点として計算します。

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あなたの親子関係を診断してみませんか?

チェック項目
あなたの子どもは、家であなたの姿を見ると……
そのまま平気で、体や心を休めている。(0点)
      どこかへスーッと逃げていく。(1点)
親のいるところにはいたがらないようだ。(2点)

あなたの子どもは、学校での悩みや問題を……
よく話してくれる。私もよく相談にのる。(0)
あまり話してくれない。聞けば話してくれる。(1)
まったく話してくれない。うるさそうな顔をする。(2)

あなたは、子どもの友だちの名前や、遊びについて……
3人以上をスラスラ言え、遊びも知っている。(0)
1人か2人は知っている。遊びは知らない。(1)
どこでだれと遊んでいるか、知らない。(2)

あなたの子どもは学校から帰ってくると……
意気揚々と、明るい声で帰ってくる。(0)
いつも同じように、定刻に帰ってくる。(1)
いつも回り道をしたりして、不規則に遅い。(2)
   
春休みの旅行計画を、子どもに相談してみると……
楽しそうに、話題にのってくる。(0)
あまり楽しそうではない。(1)
親たちとの旅行をいやがるような様子を見せる。(2)

子どもの学習について、今まであなたは……
子どもの意思を尊重して決めてきた。(0)
ワークブックも、内容も、だいたい親が決めた。(1)
子どもの学習のし方は、親が決めてきた。(2)

子どもがあなたに反抗したとき……
子どものことだから、相手にしなかった。(0)
よく親子で、やりあうことがある。(1)
親に反抗するのは、まちがっている。許さない。(2)

あなたから見て、あなたの子どもは……
どこに出しても恥ずかしくない。いい子だ。(0)
何かと心配なことはあるが、任せている。(1)
何かと問題が多く、心配でならない。(2)


以上、8項目について
合計点が、10点以上の人は、親子関係がかなり危険な状態にあるとみます。ぜひ、「はやし
浩司の講演会」においでください。詳しく解説します。(おどしてすみません!)
(0)……0点、(1)……1点、(2)……2点として計算します。

(02−12−11)

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子育て随筆byはやし浩司(400)

おなかがすいたなあ……

 私は寿司が好き。とくに「K寿司(回転寿司)」が、好き。口に合っている。一皿一〇〇円で、
安い。ワイフと二人で食べても、一〇〇〇円と少しで足りる。あとはショウガを、たくさん食べ
る。ショウガは、タダ。何ともせこい話だが、ダイエットによいそうだ。

 街の中では、「Kとも」という串カツ屋と、「Mひろ」というラーメン屋がおいしい。これらの名前
は、浜松に住んでいる人なら、みんな知っている。ほかにもいくつかあるが、値段が高いところ
は、あまり行かない。ただ遠方から客が来たときには、佐鳴湖畔の、「T善」で接待することにし
ている。佐鳴湖が一望できるので、みんな、喜んでくれる。

 私は昭和二二年生まれの、団塊の世代。たいへんひもじい時代を過ごしている。毎日が、そ
のひもじさとの戦いだった。が、今の子どもは、「ひもじい」という言葉の意味すら知らない。「ひ
もじいの意味を知っているか?」と聞いても、みな、「知らない」と言う。一人、「貧しいこと?」と
聞いた、中学生がいた。「ひもじい」と、「貧しい」は、似ているが、意味がちがう。ひもじいという
のは、おなかをすかして、さみしく、つらい思いをすること。

 その「ひもじさ」で思い出したが、私は、子どものころ、時代劇を見るたびに、「いつか、俳優
になろう。俳優になって、腹いっぱい、おいしいものを食べよう」と思ったことがある。映画の中
で、侍たちが、いつも豪華な料理を飲み食いしていたからだ。それにもう一つよく覚えているこ
とがある。電車の中でのできごとだった。小学二年生か、三年生のころのことではなかったか。
私はそのとき、町内会の旅行で、電車に乗っていた。前の席にすわった親子づれが、弁当を
食べ始めた。その中に、大きなソーセージがあった。子どものほうがそれを取り出すと、皮をむ
き、頭からパクパクと食べ始めた。私はそれを見ながら、「いつかおとなになったら、腹いっぱ
い、ソーセージを食べてやる」と心に誓った。

 まだ、ある。食べ物のうらみは、大きい。だからよく覚えている。これも小学二、三年生のころ
のことだったと思うが、当時、日本でも、バヤリース・オレンジというジュースが売りだされた。値
段は一本、一〇〇円。ラムネが、一本、一五円という時代だった。お好み焼き一皿、うどん一
杯が、三〇円という時代だった。そういうとき、一〇〇円のジュース! しかもそのジュースは、
これみよがしに、菓子屋の一番奥の、一番高いところに並べてあった。そのときも、そう思っ
た。「ようし、いつか、あのジュースを飲んでやる」と。

 そんなわけで、私は今でも、高級料理というのは、あまり口に合わない。懐石料理を食べて
も、「どうせ、腹に入れば同じだろ」と、そんなふうに考えてしまう。そのかわり、マグロやカツオ
の缶詰が好き。それを白いご飯の上にのせて、箸(はし)でかきまぜて、食べる。ギョーザとラ
イスが、好き。ギョーザのおいしさは、この静岡県に住むようになって知った。子どものころは、
食べたことがなかった。それにサシミが好き。花カツオに醤油(しょうゆ)を、白いご飯にかけて
食べるのが好き。どれも安あがりのものばかり。ワイフもときどき、こう言う。「あんたほど、料
理のつくりがない人はいない……」と。

 私は自分でも、よく料理をする。が、私の世代では珍しいらしい。先週も、いとこ夫婦が遊び
にきて、こう言った。「浩ちゃん(私のこと)が、こんなに、こまめ(こまかい雑用をいろいろするこ
と)だとは、知らなかった」と。そう、私は、「こまめ」だ。実にこまめだ。洗濯以外の家事は、よく
する。とくに山荘のほうでは、全部、する。「ワイフは客」と心に決めている。またそうして、何と
いうか、民宿のオヤジのマネをするのが、楽しい。

 ……ということで、今、今夜の夕食は何にしようかと考えている。こうしておなかがすくと、考え
ることは、食べることばかり。それでこんな意味のない原稿を書いてしまった。ああ、それにし
ても、おなかがすいたなあ……。
(02−12−11)

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ママ診断G
あなたは自己中心ママ?

●一方的な押しつけ
 自己中心性の強い母親は、「私が正しい」と信ずるあまり、何でも子どものことを決めてしま
う。もともとはわがままな性格のもち主で、自分の思いどおりにならないと気がすまない。
 このタイプの母親は、思い込みであるにせよ何であるにせよ、自分の考えを一方的に子ども
に押しつけようとする。本屋へ行っても、子どもに「好きな本を買ってあげる」と言っておきなが
ら、子どもが何か本をもってくると、「それはダメ、こちらの本にしなさい」と、勝手にかえたりす
る。子どもの意見はもちろんのこと、他人の話にも耳を傾けない。
●常識ハズレの子どもたち 
 こうした自己中心的な子育てが日常化すると、子どもから「考える力」そのものが消える。依
存心が強くなり、善悪のバランス感覚が消える。「バランス感覚」というのは、善悪の判断を静
かにして、その判断に従って行動する感覚のことをいう。そのため言動がどこか常識ハズレに
なりやすい。たとえばコンセントに粘土を詰めて遊んでいた子ども(小一男児)や、友だちの誕
生日のプレゼントに、虫の死骸を箱に入れて送った子ども(小三男児)がいた。さらに「核兵器
か何かで世界の人口が半分になればいい」と言った男子高校生や、「私は結婚して、早く未亡
人になって黒いドレスを着てみたい」と言った女子高校生がいた。
●プライドが強い人ほど注意
 家庭へ入った母親の最大の問題点は、自ら「家庭」というせまい世界に閉じこもってしまうこ
と。そしてその中でものの考え方を極端化したり、絶対化したりする。とくに高学歴の母親やプ
ライドが高い母親ほど、この傾向が強い。本来ならそうならないためにも、風通しをよくしなけ
ればならないのだが、このタイプの親にかぎって人づきあいはほとんどしない。あるいはして
も、儀礼的。特定の人と、表面的なつきあいしかしない。「私は正しい」と思うのはその人の勝
手だが、相手に向かっては、「あなたはまちがっている」とはねのけてしまう。
●自分の常識を疑う
 そこでこのテストで高得点だった人は、子育てそのものが、どこか常識とかけはなれていない
かを疑ってみる。子育てというのは、理屈どおりにはいかない。子どもは設計図どおりにはい
かない。あるいはあなたの思いどおりにはいかない。そういう前提で、子育てのあり方全体を
考えなおす。が、問題はさらにつづく。
●カプセルに閉じこもる親
 母親にも、大きく分けて二種類ある。ひとつは、子育てをしながらも、外の世界に向かってど
んどんと積極的に伸びていく母親。もう一つは自分の世界の中だけで、さらにものの考え方を
先鋭化する母親である。外の世界に向かって伸びていくのはよいことだが、反対に自分のカラ
を厚くするのは、たいへん危険なことでもある。こうした現象を「カプセル化」と呼ぶ人もいる。
一度こうなると、いろいろな弊害があらわれてくる。
たとえば同じ過保護でも、異常な過保護になったり、あるいは同じ過干渉でも、異常な過干渉
になったりする。当然、子どもにも大きな影響が出てくる。五〇歳をすぎた男性だが、八〇歳の
母親の指示がないと、自分の寝起きすらできない人がいる。その母親はことあるごとに、「生ま
れつきそうだ」と言っているが、そういう男性にしたのは、その母親自身にほかならない。
●こわい悪循環
 子育てでこわいのが、悪循環。子どもに何か問題が起きると、親はその問題を解決しようと
何かをする。しかしそれが悪循環となって、子どもはますます悪い方向に進む。とくに子どもの
心がからむ問題はそうで、「以前のほうが症状が軽かった」ということを繰り返しながら、症状
はさらに悪くなる。
 自己中心的なママは、この悪循環におちいりやすいので注意する。



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