ランラン・ショウ(邵逸夫)

 1907年中国生まれ。ショウ6兄弟の末っ子。
長兄のランジュー・ショウ(邵酔翁)が上海で創立した映画会社『天一影片公司』に学生時代から俳優やカメラマンとして参加。
 1926年に『天一』の製作した映画の海外市場を開拓するためにマレー半島に渡る。
すぐ上の兄のランミー・ショウ(邵仁枚)と共に最初は各地を巡回上映して回ることからはじめ、苦労のすえ映画配給網と娯楽施設チェーンを構築、1937年に『邵氏兄弟』を設立し、現地での映画製作も手がけるようになる。
 その間『天一』は拠点を上海から香港に移し、名称も『天一港厰』『南洋影片公司』を経て『邵氏父子公司』となっていたが、次第に経営不振となったため57年にシンガポールを後にして香港へ渡り、責任者だった次男のランディー・ショウ(邵邨人)に変わり、ランランが責任者となって映画製作を開始。
 そして1959年、『ショウ・ブラザーズ(邵氏兄弟香港有限公司)』を正式に立ち上げるに到る。

 その後30数年の間に700本以上の映画を製作、同社から多数の名監督や名優、名作が生まれた。
1967年にはテレビ事業にも参入し、民放テレビ局『TVB』を設立した。

 1970年、腹心の部下だったレイモンド・チョウが独立してゴールデン・ハーベスト社を設立、さらに80年代にはシネマ・シティが台頭し、さすがのショウ・ブラザーズも勢いが失われて86年に映画製作活動をいったん停止。
その後はTVBでの活動を中心とし、また慈善事業に力を入れる。
 1994年に映画製作を再開、97年には公私ともに長年のパートナーだったプロデューサーのモナ・ファンと正式に入籍。
香港娯楽産業界に君臨し続け90歳を越えてなおかくしゃくとしている。
 1977年にイギリスのエリザベス女王からサーの称号を受けたので、通称「サー・ランラン」。


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