倉田保昭

 1946年3月20日、茨城県生まれ。
幼い頃から空手、柔道を学び、日大芸術学部演劇科時代には少林寺拳法部を創設するなど、若いときからあらゆる武術に興味を示す。
在学中から東映の研修生として役者の勉強に励み、1967年に『続・組織暴力』で学生の空手使いとして映画デビュー。
しかしその後はパッとせず、中華料理屋で働きながら、時々映画やテレビにエキストラ出演している程度だった。

 1970年の夏、ショウ・ブラザーズのオーディションに合格、翌71年に香港に渡って『悪客』で香港映画デビュー。
空手五段、柔道三段、合気道二段という本格的武道家である倉田は、左右からの素早い正拳突きと、凄まじいスピードの豪快な連続回し蹴りを『悪客』で披露。
このアクションが注目され、以降多数の香港映画に出演。香港で成功した唯一の日本人クンフー・スターとして名を馳せる。

 『ドラゴン怒りの鉄拳』の撮影スタジオに表敬訪問した時、ブルース・リーにヌンチャクをプレゼントしたところ、彼が映画の中でヌンチャクを使用して大人気となってしまった。
ブルース・リーよりも先に映画の中でヌンチャクを使用していたのだが、以降、ブルース・リーが亡くなるまで、倉田は映画でヌンチャクは使用せず、トンファーを使用するようになったというのは有名な話だ。
 また、『燃えよドラゴン』の鉄の爪ハン役の出演依頼もあったが、ショウ・ブラザーズとの契約があったために出演を断り、ブルース・リーとの共演は幻に終わった。

 香港でスターになった倉田は、ブルース・リャン主演『帰ってきたドラゴン』の宣伝のため日本に凱旋帰国。
この時の帰国がきっかけとなって日本での俳優活動を再開し、『闘え!ドラゴン』『Gメン75』などのアクションドラマに出演、人気を獲得する。

 現在も、香港映画には時々出演している倉田だが、彼の凄いところは、香港映画界を代表する俳優たちの殆どと共演しているという事だ。
ジミー・ウォングブルース・リャンデビッド・チャンティ・ロンチェン・シン等の70年代クンフースターは勿論、ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウ、リー・リンチェイといった80年代、90年代のスター達とも対戦しているのだ。
今後も、彼の活躍に期待している。

主要出演作品リスト
制作年作品名
1967続・組織暴力
1971悪客【未】
1972小拳王【未】
1972武道大連合 復讐のドラゴン
1972四騎士【未】
1973餓虎狂龍【未】
1973起盡殺絶【未】
1973七對一【未】
1973猛虎下山【未】
1973麒麟掌【未】
1973女英雄飛車奪寶【未】
1973英雄本色【未】
1973黒豹【未】
1973死對頭【未】
1973大小游龍【未】
1973虎拳【未】
1973女ドラゴン!血闘の館
1973強中手【未】
1973上海猛虎【未】
1973狼對狼【未】
1973飛虎小覇王【未】
1973帰ってきたドラゴン
1974用心棒ドラゴン
1974両虎悪鬥【未】
1974金三角龍虎門【未】
1974無敵のゴッドファーザー ドラゴン世界を征く
1974直撃!地獄拳
1974女必殺拳・危機一発
1974神拳飛龍【未】
1975帰ってきた女必殺拳!
1975大追踪【未】
1976必殺女拳士
1976武闘拳 猛虎激殺!
1977少林寺必殺舞扇拳(TVタイトル=少林寺マスター)
1977鬼旋風【未】
1978少林寺VS忍者
1978撈家撈女撈上撈【未】
1978懲罰
1980愛死的【未】
1980黒色家変【未】
1981上海灘大爺【未】
1981激突!少林寺対忍者
1981薛種【未】
1982レディ・ニンジャ2 夜霧の忍び凧
1982激突!キング・オブ・カンフー
1982倭寇掃蕩作戦 忍者外伝
1982地獄のニンジャ軍団 クノイチ部隊
1983悪漢探偵2
1983神出鬼没【未】
1985ニンジャ・サンダーボルト 裏切りと復讐の暗殺軍団
1985七福星
1985悪漢列伝
1986上海エクスプレス
1986セブンス・カース
1987イースタン・コンドル
1989ファイナル・ファイト 最後の一撃
1991極道追踪 暴龍in歌舞伎町
1994フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳


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