1934年、広州生まれ。
1970年、MP&GI(國際電影懋業公司)で北京語による剣劇映画『龍沐香』を監督してから注目されるようになり、1972年にショウ・ブラザーズに移籍。
1973年には広東語映画の『七十二家房客』を発表し大ヒット。
文芸映画、武侠映画、現代コメディ等、さまざまなジャンルの作品を撮り続け、広東語映画、北京語映画を合わせると、今までに150本以上の監督作品がある大ベテランで、現在も活躍中。
父は広東語映画界の人気スター・チョン・ウッヤウ(張活游)。
広州の中山大学卒業後、1956年に脚本家として映画界入り。
1958年、共同監督ながらも『紫薇園的秋天』を撮り、翌59年に『湖畔草』で正式に監督として独り立ちをする。
当初は写実的映画を多く監督していたが、60年代になってからは文芸作品に移行し、70本以上の作品を監督する。
移籍第1作の武侠映画『愛奴』は、香港映画界初のレズビアンを題材とした映画で、その年の世界十大名作に選ばれたほどの傑作だ。
チャン・ツェーと並び、ショウ・ブラザーズを代表する武侠映画監督として名を馳せるが、チャン・ツェーが男同士の激しい闘いをテーマにした力強い作品を撮るのに対し、チョウ・ヤンの映画は主人公の周りに絶えず美しい女性達の存在がある。
激しい剣劇アクションが展開される中にも、ロマンチックなシーンをふんだんに取り入れ、剣士の孤独や哀愁を全面に押し出した作風は、他と区別するために“浪漫武侠片”と呼ばれるようになった。
この映画の成功により、当時消滅していた広東語映画が息を吹き返すことになった。
1976年の『流星・胡蝶・劍』以降、武侠小説の大御所グゥ・ロン(古龍)の原作の映画化を中心に精力的に武侠映画を作り続け、79年には『孔雀王朝』でアジア太平洋映画祭の最優秀武術映画監督賞を受賞する。
近年の代表作としては、チョウ・ユンファの『大丈夫日記』やチャウ・シンチーの『小偸阿星』等がある。
また、『ポリス・ストーリー 香港国際警察』や『月夜の願い』等にも俳優として出演している。
| 制作年 | 作品名 |
|---|---|
| 1958 | 紫薇園的秋天【未】 |
| 1959 | 湖畔草【未】 |
| 1970 | 龍沐香【未】 |
| 1972 | 愛奴【未】 |
| 1972 | 大殺手【未】 |
| 1972 | 壁虎【未】 |
| 1973 | 七十二家房客【未】 |
| 1976 | 流星・胡蝶・劍【未】 |
| 1976 | 天涯・明月・刀【未】 |
| 1977 | 楚留香【未】 |
| 1977 | 三少爺的劍【未】 |
| 1977 | 多情劍客無情劍【未】 |
| 1978 | 楚留香之二/蝙蝠傳奇【未】 |
| 1979 | 絶代雙驕【未】 |
| 1979 | 孔雀王朝【未】 |
| 1980 | 多情劍客斷情刀【未】(別名=魔劍侠情) |
| 1980 | 英雄無涙【未】 |
| 1982 | 楚留香之天雷行雲【未】 |
| 1988 | 大丈夫日記 |
| 1990 | 小偸阿星【未】 |