湘南のビーチ・マネー

2008年1月19日




朝から天気は最高。小春日和そのもの。3人はあまり目的(アポなし)も持たず、なんと土曜日の湘南リサーチ。先週NHKの昼の番組で湘南の海岸を掃除する仲間がシーグラスを{ビーチマネー}として現金化できるシステムに挑戦。お金との交換は出来ませんが大きさ、色で価値が違い、上限300円で割引の対象になります。

エコプランニングを職として企画立案挑戦をしている、阿部哲也さん、堀直也さんにお会いすることができ、短い時間でしたがいろいろお話を聞くことが出来ました。今後もよきアドバイスを頂きたいものです。宜しくお願いします。3人はかんげきして西伊豆に戻りました。



床屋さんも割り引きます

この企画に賛同している人は湘南の海を愛していて、自然に対して笑顔で接することの出来る人です。キットビーチグラスを拾いながら、ごみ拾いも自然と意識することでしょう。しかもごみが宝に見える、そんな「海に感謝」するムーブメントなんですね。

本日最初に会った人



小室正則氏に話を聞く

かっこいいオヤジになりたい貴方へ


マーボーこと、小室正則(神奈川県藤沢市辻堂東海岸4-1-21、MABOROYAL代表取締役小室正則、以下MABO)は、このたび40年にわたるサーフィン人生の総決算として同世代の男たちにエールを贈るべく、ミドルエイジ向けサーフィンスクールをオープンします。MABOは、現在57歳。プロ・ロングボードのサーフィンツアーに参加する。現役最高齢のプロサーファーです。30歳以上も年の違う若者たちを相手に、勝利を誓って今日も海へと向かっています。日本のサーフィンの歴史を語る上で、欠くことのできないキャラクターであり、サーフィンだけを頼りにがむしゃらに生きてきた、愛すべき演歌なサーファーです。生まれも育ちも、湘南・辻堂。生粋の辻堂ローカル。辻堂駅からビーチへと続く一本道に「サーファー通り」と名付けたのもMABOです。MABOがサーフィンをはじめることになるのは、ちょうど40年前の17歳のとき、当時は“太陽族”が流行りはじめたころで、MABOはアイビールックに身を固めては、ナンパをして歩いたとか。サーフィンを始めた65年当時は、湘南に少しずつサーファーが誕生しはじめたころ。1968年、鎌倉・七里が浜で行われた第3回全日本サーフィン選手権大会のジュニアクラスで優勝しました。そんな日本サーフィンの草分けであり、まだサーフィンを職業にすることなど考えられなかった時代から、MABOはハワイに足を踏み入れ、日本のサーフィンを持ち込みました。そして、伝説のサーファー、ジェリー・ロぺスとの出会いから、知るひとぞ知るあの稲妻マークの“ライトニングボルト”一色の時代をつくりあげた立役者が、MABO本人です。そんな、サーフィンしか知らない、だけどサーフィンのことなら何でも知っている57歳の男が、ニッポンのおやじたちに、湘南サーフィンのメローな心地よさを改めて紹介したいと、このたび立ち上がりました。あの頃、ライトニングボルトの稲妻マークのショートボードを片手に湘南に繰り出していた人も、丘サーファーだった人も、そして年を重ねて新たな楽しみを模索中の今だからこそサーフィンをはじめてみたい初心者も、モテおやじになりたい貴方も、最近会話の少ない娘さんや息子さんと一緒に海に行きたい人もこのお祭りおやじ“MABO”のサーフィンスクールに参加してみませんか。MABOは、現在、湘南工科大学シーズンスポーツ「サーフィンコース」の教員として、サーフィンを“教えるプロ”でもあります。ぜひお気軽にどうぞ。
また、二階のお店でビーチマネーを使い昼食を。楽しい、美味しい、体験でした。