東北(フラフラ)原付ツーリング

ミッタンの原点はココにあり!  
壮絶(でもないか)なる真実が今明かされる。

おもえば今から30年近く前。東京に住んでいた時代、
思い立って東北一周のツーリングを決行。 時は1976年7月の夏。
期間は5日間(学生でアルバイトの休みが5日しか取れなかったから)

75CCの小さなバイクで約2,000キロの旅
単純に1日当たり400キロ

その当時の写真も少ししか残っていないし、詳細を書いたメモも僅か。
しかし記憶としては鮮明に残っている・・・昨日のことのように

そんな訳で若かりし頃の東北(フラフラ)原付ツーリングの詳細を
ドキュメンタリータッチで・・・(^^ゞ
 
※ この「フラフラ」の意味はあても無く行き当たりばったりでしたが、帰ったあとは疲れ果てて
  ほんとに「フラフラ〜」になりました(~_~;)


        ホンダXE−75(75CC) スピナッチ・グリーン・・・ホウレンソウ色?


こんな感じで荷物を積んでました後ろには寝袋、カッパ、着替えなんか。

タンクには地図をポリタンクは予備のガソリンを入れる為。 満タンで250キロ走ります

ヘルメットが哀愁を感じさせますバイクを買ったときオマケにもらったもの今こんなの売ってない

※ 寝袋は米軍の放出品でとても暖かかったです・・・沖縄の友人にもらいました



1日目 (7月19日)   走行 376キロ

仕事が終わりアルバイト先の喫茶店を出発。 時間は午前0時を回っている。

仲間の何人かが車で途中まで送ってくれることに。

すいている都内を国道4号線に向け快調に走る。 

千住に差し掛かったころ事件が!

突然、バイクごと空中に放り出され道路に叩き付けられた。

最初なにが起こったかは分からなかったが、バイクは倒れてるし自分も道路に寝てる。

膝をみるとGパンが切れて血が・・・。

他にもパイロットジャンパーが破れていて体のアッチコッチが痛い。

見回すと友人達が慌ててこっちへ来る。ナンなんだろう?・・・(当初は状況がまったく分からなかった)



とりあえず途中まで伴走してくれてた車に乗せてもらい止血をする(膝のお皿のトコが凄く痛い)
骨折はしていないようでした。
友人曰く「轢くところだった!」・・・バイクの直後を走っていた為


事故の状況は?以下のとおり

場所は隅田川にかかる千住大橋。 
周りは街灯もあまり無くバイクのライトも暗くて、車線が橋のところで1車線分狭くなるのに気づかず
橋の歩道部分に乗り上げバイクごとジャンプ! それで転倒して道路に・・・。
バイクはミラーが割れウインカーやステップが削れていましたが、エンジンは掛かるしハンドルも曲がっていない。

しばらくバイクは友人に運転してもらい自分は血が止まるまで車に乗せてもらうことに。
「もうやめたほうが良い」ってみんな言ってくれましたが、
折角とった休みだしなんとしても行きたかったので強行しました。
血も止まったのでみんなにお礼を言いながらひとり4号線を北上(この日は1日中膝がズキズキしてた)

早朝、栃木では雷雨となり走れる状況にないので、途中にある警察署で休ませてくれるよう頼むとダメの一言。
シンジラレナイ!!! 雷が鳴っているのに・・・・(これ以降警察不信に) (ーー;)
もう一人のサイクリングの人と思わず顔を見合わせてしまった。

二人でボヤキながらガソリンスタンドで雨宿り。
雷も収まったのでお互いの健闘を祈り別れる。
相変わらず雨は降り続くがココでゆっくりする訳にいかないので先を急ぐ。


今日は蔵王にある「南蔵王ユースホステル」に泊まる予定。
二本松の駐在所で道を聞くとお茶を出してくれたうえに近所の家に連れてかれ
そこのおばさんが「おにぎりと漬物」をこしらえてくれて「これ持ってきな」と。
見ず知らずの人にこんな親切な対応をしてくれるなんて・・・(よほど困ったように見えたのか?)

あの警察署の対応とは雲泥の差。 世の中ステタもんではないな。

※ なぜあの家に連れてかれたのか?
  駐在さんとおばさんの関係は? いまだにワカリマセン。

ユースホステルに向かう途中、雨で道路は川のようになっている(未舗装で沢のようでした)
コケないように両足をパタパタ着きながらローギアでユックリと進む。
ヒトケもない山道を登っていくがだんだん寂しくなって、もしかして間違ったか?辺りは暗くなってくるし・・・。
それでも教えられたように行くと・・・・ありました。


ユースに着くと今日の泊まり客はミッタンだけ・・・一人でユースホステルを独占\(^o^)/
ペアレント曰く
「まさかこの大雨でくるとは思わなかった」と・・・・。
夕食のあと「今日は他にいないから」と酒を出してくれましたが飲めないのと疲れていたので休むことに。
「朝も遅くまで寝てて良いよ」の言葉に甘えてお起きたらもう10時過ぎてた。

今、このユースホステルはどうなっているのか。 また行ってみたいです。



←出発前に
撮ってもらいました

まだネボケテます。ハイ

   矢印の所がユースH

※ この「南蔵王」はユースホステルというより民宿のようで雰囲気が良かったです


2日目 (7月20日)   走行 353キロ

お礼を言ってユースを後に。また4号線を北上。
途中、松島海岸を通り牡鹿半島に立ち寄る。 
有料道路を半島の突端まで行くが誰もいない(シーズンオフか?)

   


     こんなの撮ってみました→

この手前にあるカーブから下の田んぼに30メートル位ダイブしたそうです。
吊り上げているところ


原付は料金が安くて大助かり


時間もないのでまた4号線にもどり岩手を目指す。
バイクが小さいのでトラックに抜かれる時はヒヤヒヤします。 風圧でアオラレタリ逆に吸い込まれたり。
今日の宿は「野宿」・・・経費節減の為
24時間営業の自販機の建物の中に、勝ってに寝袋をひいて寝てしまった
朝になってジュースを買いにきた客から変な目で見られた・・・(そりゃそうだ)

この場所は岩手県の水沢でした

翌朝です。

この中の自販機の隅で
寝てました

相変わらずネボケテます。ハイ

※ひざの黒いシミ・・・血が固まったあと
             黒くなってる


3日目 (7月21日)   走行 267キロ

この年は「やませ」らしく夏なのに寒い日が続く。
ジャンパーを着てても走り出すと寒い。
今日は十和田湖まで。 バイクも快調、燃費もL=50キロも走る。
地元の若い兄ちゃんがバイクで追走してきて何事か話しかけてきた。
どうも「大田区」ナンバーが珍しいらしくどこから来たか聞いてるようだ。
しばらく一緒に走り挨拶して別れたが、バイクに乗ってて良かったと思う瞬間でした。

注)やませ・・・初夏に北海道・東北北部で吹く冷たい風。冷たい北東風で、冷害の原因になるそうです。

←ユースホステルのすぐ前

波しずかな湖

         高台から→


十和田ユースに到着。
湖のすぐそばで景観も良かった。
湖畔の外周を走るとヒンヤリとした空気が気持ちイイ。
今日の宿「十和田ユースホステル」は一泊 1150円でした(朝食のみ付いていたか?)

部屋は6畳くらいで4人部屋。2段ベッドがあり質素な感じ。以外と年配の方もいました。
夜のキャンプファイヤーでペアレントがいろいろ趣向をこらして
やってくれましたが・・・こういうのが苦手で(~_~;)

翌朝

すいません、またネボケテます。
写真もボケテます。 ハイ

真ん中の
薄いグリーンが十和田湖
その湖畔にユースがありました

    この十和田ユースはもう閉館となっているようです。 市の財政状況が厳しく、赤字経営が続く為閉めたようです。
       公設だったんですね。 回りの環境もよく閑静な雰囲気で良かったんですが・・・。 時代の流れでしょうか。



4日目 (7月22日)   走行 507キロ

十和田から弘前を経て青森まで。

ドライブイン(懐かしいヒビキ)に寄ると外にバイクが何台か。
中に入るとアメリカ人らしき3人が食事をしていました。
何故かこちらから話しかけてしまった・・・(興味本位だったのかな〜)

どうも今日は休暇で来ているらしい。
「三沢のベース」の兵隊でバイクが好きだそうです。
東京から来たと言うと「こんな小さいバイクで?」と驚いていました。
バイクのおかげで「国際交流」をはたしてしまいました(^^ゞ

連絡船を前に写真を撮る。

憧れの北海道を
はるか向こうにして
想いを巡らす

(いつの日か必ず渡るぞ!)

               ※この当時、いわゆる青函連絡船は就航していましたが後に廃船になり今は民間の航路のみ

日本海の鯵ヶ沢(あじがさわ)に出てイカ焼を食べる。
半干しのようなイカを火であぶったもので香ばしくてほんとに美味しい。
そこのおばさんがトマトを3つくれた 、「途中で食べろ」って・・・(よほどみすぼらしく見えたのか)

矢印の所が鯵ヶ沢(あじがさわ)

 五所川原の西側でしょうか

海沿いの国道に
何件も「イカ焼」の店が並んでます


日本海側の国道は交通量も少なく海側には「奇岩」のようなものがありそれを見ながら淡々と走る。
膝の傷もだいぶ良くなって痛みはほとんど無い。

この日は今回のツーリングの中でもかなりハードでした。
なぜかというと夜中の3時まで走っていたから・・(十和田ユースを朝7時に出たから20時間も運転してる)

何回、反対車線にはみだしてパッシングとクラクションを鳴らされたか。
ほとんど居眠り運転をしてたようで、 耐え切れなくてとうとうバス停のベンチでそのまま寝てしまった。
場所は山形県の鶴岡。

人気がするなと思ったらもう朝(午前5時)
睡眠時間2時間!・・・・。

すぐ仕度をして走り始める。
心底疲れてます

それでも三脚使って撮りました

夏の日中なのにジャンパー着てます
走行中は寒いで〜す


5日目 (7月23日)   走行 558キロ

今日は最終日。 東京まで戻らなくてはいけないんですが先は長い。
前日以上にハードか。
ろくに睡眠を取らずまだかなり距離があるのにどうなるのか。

新潟・新発田経由ー猪苗代。 それでも野口英世記念館に寄ってみました(お金払って入った記憶がないんですが)
途中、白バイに後ろに付かれしばらく併走しました・・・(こういう時、原付2種はありがたい)
白バイが行ってから再びアクセル全開。 60〜70キロで巡航すると突然「ボボボッ・・・・」 エンジン止まった。
ガソリンはある。何故? キックを踏んでも全然かからない。 
しばらく休んでからエンジンを掛けるとかかる・・・なにごとも無かったように
オーバーヒートだったのか? (今回のツーリングでこの時だけでした)
 
福島から栃木に入る。
ひたすら4号線を東京に向けて。
疲れもピーク!に。 

今回失敗したな〜と思うのが都市銀行のカードを持って途中で下そうとしたら東北にはその銀行がない!
今ならコンビニで下せるだろうに当時はそういう仕組みが無かった。
お金は現金で1万円くらいしか持ってなくて、たまたま先輩が秋田の八森に帰っているので寄ってみると
何処かへ出かけたあとだった(>_<)
それからはガソリン最優先で節約。
詳細を見てもらえば分かるけど残金はホトンドなかった。


東京は大田区についたのは翌朝まだ暗いうち・・・・(いったい何時間走ったんだろう)
どうやって走って来たか途中から記憶がありませんでした。

こんなバカなこと当時からやっていたんですね〜。
今と変わらないかも。

日付 詳細
7月19日 ガソリン 495円   ユースホステル  1,450円(2食付)
7月20日 ガソリン 820円   バックミラー  850円      有料道路 300円
              うどん  350円         オイル交換 640円    
7月21日 ガソリン 830円  ユースホステル(1食付) 1,150円    ラーメン 280円
7月22日 ガソリン 700円  イカ他 400円
7月23日 ガソリン 550円  パン・ジュース 200円      野口英世記念館・・・?
ナンだったか不明・・・950円
合計     9、965円

掛かった費用は表のとおりですがちょうど1万円くらい(こわれたミラーが余分な出費)

30年近く前とはいえユースホステルは安かった。

5日間ほとんどマトモニ食べていなかったような・・・。

     もうボロボロですが捨てずにありました
少し大きくしてみました

チョット見にくいかもしれませんが
東北を周ったルートです。
赤いペンでなぞってありました。 
黒色は翌年350CCのバイクで走ったところ。

裏面には毎日かかった費用なんかを
細かく書いてありました。

4号線を北上ー途中牡鹿半島ーまた4号線を十和田
ー青森港ー鯵ヶ沢ー日本海沿いを下るー新潟・新発田
ー猪苗代ー福島ー4号線を東京まで


転倒はあったけど他に大きいトラブルも無く良かった。

考えてみるとツーリングってこの時からただ走るだけ! 
バイクに乗ったことの無い人からみればバカみたいでしょう。
でも楽しいんですよ。

あと親切なおばさん、駐在さんにめぐり合えて良かったと思います。
今、あの人達はどうしてるのかな。


※今まで色んなバイクに乗ってきましたが、このXE(えっくすいー)が一番思入れがあります。
  手放したあとも気になって後にまた中古で手にいれました。
  30年も経っているのでボロですが大事にしていきたいものです。

その後XEはこんな事にも使いました

※ 富士サーキットにて


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