「あー・・・暑い・・・今日はもうのんびりしたいなぁ・・・」
「そうね、こう暑いと動きたくなくなるわよねぇ・・・」
勝浦の宿の縁側で、望美は朔と何をするでもなく、遠くに見える海を眺めていた。
夏の熊野は思いのほか暑かったのだ。
熊野水軍の協力を得るため、熊野本宮を目指していた望美たちだったが、途中にある熊野川が異常な増水となっているという噂を耳にする。
本当なら、すぐにでも行って、確かめなければいけないのだが、いかんせん暑さには敵わなかった。
「せっかく海も近いんだから、どうせなら泳ぎたいよね〜」
ぼそりと呟いた望美の言葉に、朔が怪訝な顔をする。
「望美、あなた、どうやって泳ぐつもりなの?」
「それはやっぱり水着を着て・・・あっ!そうか、この世界にはそんなものない、よね・・・?」
「それに、私は泳いだことがないわ」
今さらながらの事実に気がつき、望美はがっくりと肩を落とす。
「そっか・・・そうだよね・・・あぁ、夏といえば海水浴なのに・・・!」
「ほら、元気出して!もうすぐ譲殿が蜂蜜ぷりんを持ってきてくれるから」
その言葉を待っていたかのように、タイミング良く室の戸が開かれ、譲と白龍が顔を出す。
「先輩、蜂蜜ぷりんできましたよ・・・って、どうしたんですか?そんな顔をして・・・」
「神子?どうしたの?何か辛いことがあった?」
心配そうな声をあげる二人に、望美は少し首を振り、笑顔を向ける。
「ううん、何でもないよ。ちょっと落ち込んでいただけだから」
「私ができることなら何でもするよ。神子には笑っていてほしいから」
「ありがとう、白龍」
そう言って、望美ははたと我に返る。
(・・・何でも?)
「は・・・白龍!!お願いがあるの!!みんなの分の水着を出して!!」
「先輩・・・そんな、いくら白龍でもそれは・・・」
「うん、いいよ。それが神子の望みなら」
「えぇっ!?できるのか、白龍?」
望美の突拍子も無い発言に戸惑う譲だったが、白龍のあっさりとした了承に驚きの声をあげる。
「大丈夫だよ。神子が五行の力を取り戻してくれたから」
「いや、そういう問題じゃなくて・・・白龍は水着が何か解っているのか?」
もっともな譲の言葉に、だが、白龍は笑顔を崩さない。
「どんなものかは解らないけど、神子のためなら何だってできるよ」
「大丈夫!!どんなものかは私が説明するから!」
盛り上がっている望美たちを後目に、譲はぼそりと呟く。
「不安だ・・・」
激闘、再会、そして大団円〜in熊野
「で、いきなり海水浴かよ。俺はどうせならダイビングがしたいぜ」
「だいびんぐ?何だ、それは?」
聞きなれない将臣の言葉に、九郎が怪訝な顔をする。
「あー・・・簡単に言うと、海に潜るスポーツだよ」
「すぽーつ?すぽーつとは何だ?」
「埒が明かねぇ!!譲、後は任せた!!」
「ちょっ・・・!!待てよ、兄さん!無責任だぞ!!」
譲の制止もどこ吹く風で、将臣はさっさと海のほうへと逃げ出してしまった。
押し付けられた譲はといえば、九郎の対応に追われることとなる。
「それにしても、姫君たちの世界では、泳ぐ時に随分と大胆な格好をするんだね」
質問攻めにあっている譲を横目で見つつ、ヒノエが自分の格好を見て呟く。
「ですが、泳ぐための着物が存在するとは、便利だと思いますよ」
「そうだよね〜。普通の着物じゃあ水を吸っちゃって、泳ぐどころじゃないもんね〜」
景時が感心したように、しきりに頷いた。
「ところで、神子たちはまだだろうか?」
「何だよ、敦盛〜姫君の水着姿がそんなに気になるのか?」
ヒノエの軽口に、敦盛は途端に真っ赤になる。
「なっ///わ・・・私はそんなつもりで言ったのでは・・・」
「そうですよ、ヒノエ。敦盛くんを君と一緒にしないでください」
「そう言うあんたこそ、楽しみなくせに」
「何ですか?よく聞こえませんでしたけど」
突如として増した黒いオーラに、ヒノエは思わず押し黙る。
これ以上、何も言わないのが得策なのだ。
「みんな〜お待たせ!!準備してたら時間かかっちゃって」
そんな気まずい空気を打ち破るように、望美の明るい声が浜辺に響いた。
面白いように男たちの視線が、一気に彼女に集まる。
望美は視線に気づき、照れたように俯いた。
「どう、かな?変じゃない?」
「最高です、先輩!!!とても似合ってます!!」
真っ先に譲があらん限りの力を籠めて叫んだ。
幸せいっぱいという雰囲気の譲とは対照的に、九郎は戸惑いを隠せない。
「なっ・・・!?お前は何て格好をしてるんだ!!嫁入り前の娘が、そんな人前で肌をさらして・・・!!」
「九郎さん、コレ、そんなに似合ってませんか?」
「べ、別に、似合ってないとは言ってない・・・!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ九郎に、ヒノエはやれやれといった風に首を振る。
「九郎は堅物だね。姫君は何を着ても可愛いよ。もちろん、姫君が可愛いからだけどね」
「あ・・・ありがと、ヒノエくん///でも、ちょっと近いよ」
「ヒノエ、望美さんが困っているじゃないですか」
すかさず彼女の手を取り、詰め寄るヒノエを弁慶は問答無用で引き離すと、そっと望美の手を掴む。
「ふふっ、でも、とても可愛らしいですよ、望美さん。このまま僕だけのものにして、隠してしまいたいくらいです」
「もう、弁慶さんまで///おだてても何も出ませんよ」
弁慶の告白も、この手のことになると全く鈍い彼女には、欠片も伝わってはいなかった。
「ところで、先程、準備と言っていたが・・・」
「あっ!そう、そうなんです!!せっかくみんなで海に来たんだから、ビーチバレーをやりたいなって思いまして」
リズ先生の言葉に、望美は思い出したというように語りだす。
「「「「「「びーちばれー???」」」」」」
ビーチバレーを知らない全員の声が綺麗にはもった。
「うん、ビーチバレー。一人は審判になってもらえば、ちょうど半分に分かれるじゃない?だから楽しいかなって思ったんだ。ビーチバレーの詳しい説明は・・・譲くんから」
「やっぱり、俺なんですか・・・」
それでも、望美の頼みだけは断れない譲。
詳しい説明をしようとした、まさにその時だった。
「たまには一門の皆で『バカンス』とやらに来るのも良いものだな」
「そうですわね。あぁ、帝、そんなに走ると転びますよ」
「お祖母さま!!見てください、蟹がいます」
浜辺にやってきた、なごやかな一行の姿が不意に視界に入る。
「・・・あれって、もしかして・・・」
時空を越えて運命を変えまくっている望美には、もはや見慣れてしまった人たちによく似ている。
というよりも、その人たちそのものだ。
(何で平家の人たちがここにいるの!?)
「どうせなら還内府殿と合流できたら良いのですけど・・・」
「あいつも熊野に来てるんだ・・・運が良ければ会えるだろう?・・・ん?」
「どうなさいました、知盛殿?向こうに何か・・・」
ずっと見ていたのがいけなかったのか、不意に、視線がぶつかる。
(しまった・・・目が合っちゃった・・・)
だが、この時空で知盛には会っていないから、彼には自分が何者であるのか解らないはずだ。
問題があるとすれば・・・
「あ・・・敦盛!!」
「―っ!?あ、兄上!?どうして、ここに!?」
突如として現れた兄に、敦盛が驚愕の声をあげる。
「兄だと!?まさか平経正か!?」
「そういうあなたは・・・」
「俺は源氏軍総大将、源九郎義経だ!!」
「源氏の総大将か・・・クッ、素直に名乗るとはな。ということは、敦盛・・・お前、一門に仇なすつもりか・・・」
馬鹿正直に名を明かした九郎に舌打ちしつつ、弁慶が前に出る。
「まさかあなた方だけでなく、清盛殿までこちらにいらっしゃるとは・・・皆さんお揃いで、どういうつもりです?」
「弁慶か・・・どういうつもりもなにも・・・」
「おーい、何か賑やかだけど、何やってん・・・・・」
最悪のタイミングで、海で一人先に泳いでいた将臣がやってくる。
笑顔だった表情は、一門の姿を見て、一瞬で凍りついた。
「そなた・・・し・・・「あーあーあー!!!」」
「ど・・・どうしたんだ、将臣!?急に大声を出して」
「い・・・いや、何でもねぇよ。ところで、何でこいつらが・・・」
微妙に笑顔が引きつっている将臣を、事情を知っている望美と敦盛は、複雑そうに見ていた。
「私たちは、お祖父さまの提案でこちらに『バカンス』にきているのですよ」
「ばかんす・・・?」
「そんな言葉も知らないのですか?これだから坂東武者は・・・」
バカンスなんて言葉教えたかな、と自問自答している将臣を後目に、事態は険悪な方向へと向かいつつある。
そんな中、見かねた望美が話しに割り込んだ。
「あーもう、喧嘩しないでください!!せっかくの休みなんだから、もっと楽しみましょうよ!!」
「望美・・・そうは言ってもな・・・」
「なら、平家の人たちも一緒にビーチバレーしましょう!!」
「なっ!?お前、本気で言っているのか!?」
驚く九郎に、望美は笑顔で答える。
「冗談なんかじゃないですよ!ビーチバレーだって立派な勝負なんですから、今日はこれで戦えばいいじゃないですか」
「クッ・・・威勢のいい女だ。お前、名は?」
「私は望美。春日望美。白龍の神子だよ」
真っ直ぐに瞳を捕らえる、その眼差しがひどく心地よかった。
「そうか・・・いいぜ、その瞳。・・・その勝負、受けてやるよ」
「望むところだ」
「ところで、ビーチバレーの説明をまだ聞いてないけど・・・」
「あぁ、そうでした。それについては俺が説明しますよ」
景時の言葉に、思い出したように譲が語りだす。
「基本はこの球を相手の陣地に三回以内に返せればいいんです。球を落としたり、三回以内に返せなかったら相手の得点になります。もちろん、相手の陣地の中に球を返せなかった時も、相手の得点になります。二人一組で競う競技なので、それぞれ代表を・・・」
「こっちの代表は決まっている。俺と将臣だ」
「は?いや・・・なんで俺が・・・」
妙に自信満々な九郎の言葉に、やる気のなかった将臣が戸惑いの声をあげる。
「何せ俺たちは天地の青龍だからな」
「いや、それ、全然理由になってねぇよ!!俺はこいつらとは・・・」
ちらと視線を知盛たちに向ける。
その視線に気づいた知盛が、不敵に微笑む。
「俺は誰が相手だろうと構わないぜ?なぁ、経正殿?」
「いえ、私は敦盛とは戦いたくありませんよ」
きっぱりと言い放つ経正を半ば尊敬しつつ、将臣は覚悟を決めることにした。
「仕方ねぇ、やってやるさ」
「それでこそ、だ。・・・そうだ、ただやるのも面白味に欠けるな・・・どうせなら賭けをしないか?」
「賭け、だと?」
怪訝な顔をする将臣に、知盛は小さく微笑み、視線を望美の方へと向ける。
「俺たちが勝ったら、白龍の神子はいただくぜ」
「なっ!?馬鹿を言え!!望美をお前たちに渡せる訳がないだろう!?」
「渡したくないのなら、勝てばいいだけの話だ。それとも、自信がないのか?」
「上等だぜ・・・俺を本気にさせたこと、後悔させてやる!!」
運命の第一球が空へと投げられた。
まさか自分が賭けの対象になっているとは思いもしない望美は、のんびりと観戦を決め込むことにしていた。
そんな彼女に、朔がそっと声をかける。
「ねぇ、望美。どうして急に、こんなことを?」
「あぁ、うん。よくあるでしょ?激しい激闘の末に、拳と拳で語り合った二人は、夕陽をバックに固い握手を交わして友情を深めるんだよ。だから、そんな風に、源氏も平家も仲良くできたらな〜と思って」
「へ、へぇ・・・そう。その例え話はよく解らないけれど、仲良くできるのなら、それは良いことね」
朔が優しく微笑むので、望美もつられて笑顔になる。
ただ、その話を横で聞いていた譲は、小さく呟いた。
「先輩・・・ベタなスポコン漫画の読みすぎですよ・・・」
一方、試合はといえば、最早、バレーというよりは、ただのボールのぶつけ合いという様相を呈してきていた。
ルールなど、まるで無視で、既に九郎と経正は戦闘不能の状態である。
何やら異常な盛り上がりを見せている将臣と知盛とは裏腹に、観客側には飽きが出始めていた。
「なんか、見てるだけってのもつまらないね」
「そうですね、九郎はこの通り、使い物にならなくなってますし・・・」
ヒノエの言葉に、弁慶が燃えカスになっている九郎に治癒術を施しながら頷く。
「陽もあんなに傾いてきたしね〜」
「先輩、そろそろ夕餉の支度をしないと・・・」
「そうだね、もう遅くなってきたし・・・あっ、平家の皆さんも一緒に食事とかどうですか?譲くんの料理、美味しいですよ?」
「私たちがお邪魔しても、よろしいのですか?」
望美が声をかけると、尼御前が遠慮がちに答える。
「はい、たまには戦のことを忘れて盛り上がるのもいいことだと思うんです」
「それでは、お言葉に甘えましょうか。ねぇ、清盛殿?」
「うむ、時子がそう言うのなら、行ってやらないこともない」
「あっ、じゃあ決まりですね!暗くならないうちに、宿のほうへ戻りましょう」
こうして、激戦を繰り広げている約2名以外の一行は、譲の手料理を食べるべく、帰路につくのだった。
あとがき
なんとかまだ夏の暑さが残るうちに、夏の熊野なオールキャラ☆コメディ、3113Hitのお話をお届けすることができました!いや、これ、コメディなんでしょうか・・・!?(超・弱気)タイトルからして、何かおかしいですね!!平家というか、むしろ知盛大好きな私の趣味で、明らかに彼が目立ってはおりますが、その辺は生暖かい目で見守ってください!!プロットの段階では、4対4にするつもりだったのですけど、予想外に長くなってしまったので、人数減らして、対戦シーンほぼカットですヨ・・・も、申し訳ない!!私に力が足りないばかりに・・・!!あぁ、しかもオールキャラなのに、忠度殿をすっかり入れ忘れました(あわわ・・・)置いてけぼりの2名に、あの後固い友情が芽生えたかどうかは・・・どうなんでしょうねぇ(笑)たまには和やかにいくのも良いのではないかと(*´∀`*)千月様、このようなものでよろしければ、どうぞ、お持ち帰りくださいませvvv
*ブラウザバック推奨