「あら、紅葉がこのような所まで・・・」
室の中まで舞い込んできた紅の葉を、彼女はそっと拾い上げる。
「もう、すっかり秋ですわね」
「本当に。つい先頃までの暑さも夢のよう」
女房の一人が、ほぅと溜息をつき、庭の紅葉を見やった。
色彩が、艶やかに紅と黄に染め上げられている。
翠が爽やかに映えていた夏は、いつの間にか通り過ぎ、季節は秋へと移っていた。
「そろそろ衣替えをしたほうが良いかしら」
「そうですわね。・・・あら、声が・・・」
風に乗り、聞こえてくるのは、少女の軽やかな笑い声。
「神子様が帝と遊ばれているのでしょうか?」
「帝はすっかり神子様がお気に入りのようですわね。以前はこちらに御出でになることもおありでしたのに、近頃では毎日のように神子様の所に行かれるとか」
「世が世なら、神子様は女としての栄華をお極めになられたかもしれないのですね。うらやましいですわ」
うっとりとするように、彼女は溜息をつく。
「あら、でも帝は・・・こう言っては失礼ですけれど、神子様とは少し御年が離れすぎですわ。神子様にはやはりもっと年相応の方が・・・」
「じゃあ、あなたはどなたが神子様にお似合いだと思われるの?」
「私はやっぱり・・・」
いつの時代も、女たちが好きなのは、心ときめくような恋のお話。
平家に仕える女房たちの目下の話題はといえば、還内府である将臣が連れてきた、白龍の神子と、彼女を取り巻く、憧れの平家武将の方々との噂だった。
恋の噂は花盛り
「帝だって、後何年もすれば、それは素敵になられると思いますわ。でも神子様には還内府殿しか考えられないと思いますの」
「それは、まぁ、もともと還内府殿が神子様を連れてこられた訳だし、幼馴染ですものねぇ〜私も、還内府殿がお似合いだとは思いますわ」
同意見に、将臣を推した女房がぐっと拳を握る。
「そうですわよね!!そりゃあ、還内府殿は亡き重盛様に似ているとはいえ、本当は武士でも何でもないのですけど・・・今では、抜群の統率力と何よりあの剣の腕!!本当に惚れ惚れしてしまいますわ。皆様から慕われているのに、飾ったところが少しもなくて、気さくで、この間など、私が高い棚の物が取れず困っていた時、ちょうど通りかかられた還内府殿が取ってくださったのですよ!あぁ、本当に、格好良かったですわ」
その時のことを思い出しているのか、彼女は少し、頬を染めた。
「まぁ、うらやましい!私など、遠くからお姿を拝見したことしかありませんわよ」
「私も直にお声をかけていただいたことはあまりありませんわ。でも、先日、神子様と仲睦まじげな所は見かけましたよ」
「それは、どのような感じでしたか!?是非、お聞かせくださいまし!」
古参の女房は、若い女房たちの恐ろしいまでの気迫に、一瞬たじろぐが、こほんと咳払いを一つ、静かに語りだした。
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「将臣くん、今、大丈夫?」
ひょっこりと庭先から顔を出す望美に、将臣は驚いた顔をする。
「お前・・・どっから湧いてくるんだよ?」
「えへへ、細かいことは気にしなくていいよ。そんなことよりも、ちょっといい?」
「ん?あぁ、構わないぜ」
それを聞き、彼女は嬉しそうに庭先から室へと上がる。
「で、どうしたんだ?わざわざ庭から現れたんだ、何か用事、あるんだろ?」
「うん。実はね、将臣くんに差し入れがあるんだよ」
にこにこと笑顔で微笑む望美に、将臣もつられて微笑む。
「はい、これ。飲んでみて!」
「・・・ハーブティーか?ハーブなんてどこで手に入れたんだよ?
「この間、熊野に行った時に弁慶さんからハーブをいろいろと貰ったから」
「あぁ、なるほど」
いそいそとお茶の仕度をする彼女を眺めながら、将臣は熊野で出逢った『弁慶』を思い出す。
(あいつが俺が知ってる通りの弁慶なら・・・)
きっと今度の福原の戦に現れるはずだ。
何も気づいていない望美と、もし戦場で出逢ったら・・・
・・・きっと、お前は傷つくんだろうな。
無意識のうちに、彼女の長い髪に触れ、さらりと手に絡める。
それに気づいた望美が、不思議そうに見つめ返してきた。
「どうかした?将臣くん?」
「いや、何でもねぇよ」
「・・・やっぱり疲れが溜まってるんだね」
「ん?」
「ハーブには疲れを取る効果があるって聞いたから。だから将臣くんに飲んでほしかったんだよ。最近、次の戦の準備とかで、あんまり寝てないみたいだったし・・・」
彼女の優しさが嬉しくて、愛しくて。
思わず抱きしめてしまいたかったけれど、我慢した。
ふんわりとしたお茶の芳しい香りが、室の中に広がっていく。
「サンキューな、望美」
「うん」
そう言って、望美は優しく微笑んだ。
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「はぁぁ、やっぱり素敵ですわねぇ」
「本当に・・・仲がよろしくて、羨ましいですわ」
やはり幼馴染みというところは重要なのだと皆が頷く。
「神子様も、還内府殿の前では、いつもと少し違う表情をされますものね」
「幼馴染みだから、でしょうね。あぁ、羨ましい!!」
「でも、私は、神子様を優しく包んでくださるような、経正様でもお似合いだと思うのですけれど」
その言葉に、何人かの女房が同意する。
「還内府殿の信も厚いお方ですし、あの笑顔に心が癒されますよ」
「えぇ、本当に。あの方の笑顔を見るだけで、心が温かくなりますわ///」
「それに、琵琶の腕前は並ぶ者がいませんもの!」
「穏やかで、紳士的で・・・あの方に想われる神子様は本当に幸せですわよね」
またもや感嘆の溜息が零れる。
「経正様といえば・・・こんな話はご存知ですか?」
ふと、思い出したように、彼女は語りだす。
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どこまでも響いていくのは琵琶の音。
その音色は、時に優しく、時に切なく・・・
胸に響いて木霊する。
「望美さん?・・・眠ってしまわれたのですね」
今まで弾いていた琵琶を傍らに置き、自分の肩に寄りかかってきている彼女を見る。
規則的な寝息が聞こえてきて、経正は小さく微笑んだ。
「やはりお疲れなのですね・・・」
彼女の顔にかかる髪をそっと手で払い除ける。
『疲れているのではないのですか?』
そう尋ねると、彼女は微笑んで、そんなことは無いですよと言う。
けれど、本当は最近よく眠れていないのを知っている。
心配をかけまいとする彼女の心根は、とても好ましいけれど、こちらとしては、かえって心配をしてしまう。
人前で弱音を吐くこともあまりせず、その心の内にどれだけのことを抱え込んでいるのだろうか、と。
それは無理もないことだ。
彼女は『白龍の神子』だけれど、一人の可愛らしい女性だから。
けれど、本当なら戦わなくてもいい世界から来た方だというのに、彼女は自ら望んで剣をとった。
ただ、戦うためではなく、誰かを護るための剣。
本当に、彼女には驚かされるばかりだ。
「望美さん、あなたの心を少しでも軽くすることができるなら・・・」
あなたが望むなら。
願うなら。
私はいつだって、あなたのためだけに、この琵琶を奏でたい。
この身が消え果てるまで・・・
「私が消える時は、きっとあなたに浄化されているでしょうから」
だから、この身も心も、あなたに捧げたいと願うのでしょうか?
経正はそっと、彼女の唇に口付ける。
叶わぬ願いだと解っている。
けれど、ずっと傍にいたいと、そう願う。
この口付けも、彼女は覚えていないけれど、それでも構わない。
こうして、逢えなかったはずのあなたに触れられるのだから。
それだけでも、今、ここにいて、良かったとそう思う。
上天の月を眺めながら、彼はまた琵琶を爪弾く。
この音色が夢の中まで届くように。
彼女が安らげるように。
ただ、それだけを祈りながら。
*************************
「その後、神子様がお目覚めになるまで、経正様はずっと肩をお貸しになられたそうですわ!」
「あぁ、本当に、経正様はお優しいお方ですわね!!」
「私も経正様に癒されたい・・・!!」
うっとりと、何人もの女房たちが溜息を漏らす。
癒し系、経正はやはり人気が高かった。
「生ぬるい・・・生ぬるいですわ!!」
誰もが経正の優しさに心打たれる中、一人の女房が力を籠めて呟く。
「経正様は優しくて素敵なお方ですけれど、刺激が足りないのですよ!!」
「刺激とは・・・それは、如何なる・・・?」
「こう胸が熱くなるような・・・ぞくぞくするような・・・そう!知盛様!!あの方くらいでないと!!!」
「知盛様!?」
その名前に、室内がざわめく。
「知盛様・・・確かに格好良いですけれど・・・私は、少し怖いですわ」
「あなたはまだ幼いから、そう思うのかもしれないわね」
怯えた様子の女童の頭をそっと撫でる。
「あの方の魅力は、とても言葉では語りつくせないくらいだわ」
「えぇ、えぇ!!あの容貌、立居振る舞い、全てにおいて素敵な上に、腰が砕けるようなあの美声!!あぁ、もうどうにでもしてほしいですわ///」
「あっ、でも、私は知盛様より、弟君の重衡様のほうが・・・///」
兄弟談義に花が咲く一同。
そんな中、一人の女房が思い出したように話し始めた。
「そういえば、私、尼御前様の御用事を仰せつかっている時に見てしまったのだけれど・・・」
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「今日も精が出るな」
「知盛!」
庭先で剣の素振りをしていた望美に、知盛が声をかける。
「飽きないか?毎日そうやって、ただ剣を振るだけで」
「飽きたりなんかしないよ。毎日やらないと、上手くなんてならないし」
望美が真摯な瞳で、迷わず答えた。
その様子に、知盛は微かに笑むと、すらりと腰に佩いた二刀を抜く。
「クッ・・・手合わせ願おうか。・・・俺を、退屈させるなよ?」
望美がそれに応じる間もなく、彼は一息に間合を詰める。
「―っ!?」
交わる剣尖。
すんでのところで、かろうじて受け止めるも、力で押されてはさすがに敵わない。
そう判断した望美は、鍔迫り合いになる前に、反動をつけて跳び退る。
「いい判断だ・・・だが、甘いな」
「あっ・・・!!」
彼の口元が僅かに好奇に色付いたかと思った、ほんの一瞬。
手元に当てられ、弾かれた剣が空を薙ぐ。
剣を取らなくてはいけないことは解っているのに、彼の剣は真っ直ぐに自分を捉えていて、望美は微動だにすることができなかった。
一瞬の沈黙。
息も詰まるような緊張の糸を切ったのは、知盛の方だった。
「クッ・・・いい瞳をする。できることなら、戦場でお前と戦いたかったな」
「また、そんなこと言って!知盛の冗談は全然笑えないよ!」
「はいはい」
「・・・・・」
まったく取り合ってくれない彼に、望美はそっぽを向く。
そんな彼女に、彼は剣を鞘に戻すと、ゆったりとした足取りで歩を進めた。
「やれやれ・・・神子殿は、ご機嫌ななめと見える」
「・・・・・」
「口を、利かないつもりか?」
「・・・・・」
「お前がその気なら・・・喋りたくなるようにするまでだが、な」
だんまりを決め込む彼女の、耳元でそう囁くと、顎に指を掛け、上向かせた。
視線が重なる。
と、そのまま勢いに任せて彼女の艶やかな唇に、自分のそれを重ねた。
「・・・・っ!!?」
「まだ、声を聞かせてはくれない、か・・・?強情だな。それなら・・・」
「兄上っ!!姫君にそれ以上何かしたら、許しませんよ!!」
「―っ!?重衡さん!!」
息せき切って、現れた弟に、知盛は不快も露にする。
何より、彼女が彼の名前を呼んだことが気に入らなかった。
「重衡・・・これからがいいところ、なんだぜ?」
「何馬鹿なこと言ってるんですか。清らかな姫君を、兄上のような邪な気の塊の傍に居させたら、汚れます!」
「・・・随分な言われよう、だな」
いつにも増して酷い言い草の重衡。
「興が殺がれたな・・・今日は、お前の唇の味を楽しませてもらうだけで、よしとするか」
「っ!!と・・・知盛!!!」
不敵な笑みを口元に浮かべながら去っていく知盛を、望美は顔を真っ赤にして叫んだ。
「もう、知盛なんて知らない!!」
「姫君・・・」
「あっ、重衡さん!ごめんなさい・・・私・・・んっ」
彼の声に振り向いた途端、あっという間に抱き寄せられ口付けを落とされる。
優しいけれど、どこか激しい。
知盛とは全く逆の口付けを。
「し・・・重衡さん!?」
「・・・消毒です。兄上なんかに、あなたの唇を奪われたままでは耐えられませんから」
ふいと視線を逸らして、呟く彼が何とも言えず。
望美は微かに微笑んだ。
*************************
「あぁ、局様がお倒れに・・・!!」
「お年を召してらしたから・・・!!刺激が強すぎましたでしょうか!?」
「誰ぞ薬師を・・・!!」
数人の付き添いのもと、運ばれていく局を見送りながら、改めてあの兄弟の凄さが身に沁みていた。
そんな、騒然となっている室の中に、朗らかな声がかけられる。
「随分と賑やかですね!みなさんで何の話をしてるんですか?」
「―!これは、神子様!!」
「私も混ぜてもらっていいですか?」
笑顔で微笑む望美に、女房たちはあわてた様子になる。
まさか彼女と平家の公達の誰がお似合いかで盛り上がっていたとは、本人の前では、とても言えなかった。
「いえ、神子様がお気になさるようなことではございませんわ」
「・・・私には、話せないことなんですか?」
「決して、神子様を邪険にしている訳ではないのですよ!」
「むしろ、皆、神子様が大好きですわ!」
落ち込んだ様子の彼女に、慌てて弁解の言葉を述べる。
「だって、女の身でありながら、剣を取って戦うだなんて、憧れてしまいますわ」
「その上、男の方と比べてもひけをとらないほどの剣技!!そこらの男共などより、神子様の方が、よほど格好良くて頼りになると、町の娘たちが噂しておりますのよ」
その後、こぞって望美がいかに一般の男共より格好良いかについて熱く語りだす彼女たちを、当の本人は、気恥ずかしさいっぱいで、延々と聞かされたという。
結局は、一番憧れているのは神子自身だったりする、女房たちであった。
あとがき
本当に、長らくお待たせしてしまって、拙者、弁解の仕様も・・・も、申し訳ありませぬ!!!お待たせしてしまった分、かなり長くなってしまいました〜本当は、あっつんと惟盛とのエピソードなんかも入れたかったのですが、結局、将臣と経正、チモと重衡兄弟の話に落ち着きました。重衡が出てきたのは、まぁ、短編でやってる兄弟モノをやってるおかげでして。ゴメンナサイ!!この二人を書いているのが今、一番至福なんです!!二人は神子を取り合ってる様子が、一番楽しいんですよ!!しかも、チモのあたりだけやたら長くて申し訳ない!!全ては愛ゆえに・・・!!夜様、こんなものでよろしければ、どうぞお持ち帰りくださいませvvvそして、本当にお待たせしてしまって申し訳ないです!!次のリクもさくさく行きたいものです(儚い希望)
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