「こっちの世界にもだいぶ慣れてきたけど、やっぱりいろいろと恋しいよね・・・」

 

庭園に植えられた桜を見上げながら、望美がぽつりと漏らす。

 

空は快晴。

ぽかぽかとした陽気が気持ちよく、こんな日にお昼寝をしたら、さぞ気持ちが良いことだろう。

 

「なんだよ、ホームシックか?」

 

彼女に、お茶を渡しながら、将臣が笑いかける。

 

「そんなのじゃないけど・・・」

「そうか?お前がそうなら、それ以上こっちに居る俺はどうなるんだって話だけどな」

 

お茶請けの安倍川餅を片手に、彼も望美の隣に腰掛ける。

そんな彼の言葉に、望美ははっとしたように将臣の顔を見つめた。

 

「あ・・・そっか。将臣くんにとっては三年前なんだもんね・・・やっぱり懐かしい?」

「そりゃ、まぁな・・・向こうでは当たり前だったものが、こっちではそうじゃない。最初は戸惑うよな、やっぱり」

 

安倍川餅を口に抛ると、将臣は縁側にごろんと横になる。

 

「あ〜喰いたいよな・・・カップ麺とかカレーとか・・・こっちにはああいう食い物はねぇからな・・・」

「もぅ!将臣くんが恋しいのは食べ物なの!?」

 

深刻な話かと思えば、そんな他愛も無いもので、望美は少し呆れるが、そんなところも彼らしくて何だか可笑しかった。

それも、彼なりの彼女への優しい気遣いなのだが、望美には伝わっているのかどうか怪しいものだ。

 

(ま、いいけどな・・・)

 

ようやく笑顔を見せた彼女に、将臣は小さく笑う。

いつ向こうに帰れるのかも解らない現状で、あまり深刻に悩んでほしくはなかったから。

 

将臣はそろそろと望美の方へ近寄ると、彼女の膝に頭を乗せた。

慌てたような彼女の声が、耳に心地良い。

 

「やだっ、重いよ、将臣くん!」

「いいじゃねぇか。ちょっとだけ、な?」

 

そう言って、悪戯っぽく笑うと、仕方ないなという風に彼女は微笑む。

 

今、この時だけは、もう少しこのままで・・・

 

 

 

 

春日影の中で 紡ぐ言葉は

 

 

 

 

「・・・クッ・・・随分と、楽しそうだな・・・」

 

その声に見上げれば、こちらを見下ろす一人の影。

 

「知盛!?」

「源氏に恐れられる還内府殿が・・・神子殿に膝枕とは・・・良い格好だな」

 

何やら妙な殺気を感じて、将臣は慌てて起き上がる。

心なしか顔が赤い。

 

「ばっ・・・馬鹿野郎!からかうな・・・!というか、羨ましいんだろ、お前・・・!」

「・・・俺が?クッ・・・重盛兄上は、面白いことを言う。この俺が、その程度で満足するはず、ないだろう?」

 

怪しく笑うと、彼は望美の方へと歩み寄り、そっと抱き寄せる。

 

「きゃっ、な、何!?ちょっ・・・や・・・知盛、何す・・・」

「お前も・・・この程度で満足できるような女じゃあない、だろう?」

 

耳元でそう低く囁かれる声音が、妙に頭に響く。

 

「やめろよ!嫌がってるだろ!」

 

将臣が慌てて望美を知盛から引き剥がすと、自分の背に隠す。

 

「クッ・・・兄上も存外、大人気ない」

「お前がこいつに変なことしようとするからだろう!?」

「まだ、何もしていないが・・・」

 

まだということは、これから何かするつもりだったのか・・・

そう二人は思ったが、そこはあえて突っ込まないでおくことにした。

そんなことを言えば、この男は何を言い出すのかわかったものではない。

 

「それで・・・二人で何を話していた?」

「うん、ちょっと私たちの世界のことを・・・ね、将臣くん?」

「あぁ、まぁな・・・」

 

まだ知盛を警戒しながらも、将臣は頷く。

 

「望美が向こうが懐かしいなんて言うからな」

「将臣くんなんて、食べ物のことばっかり言ってたじゃない!」

「そうだったか?ま、実際、向こうの食い物は美味いしな」

 

そう言って、二人は可笑しそうに笑いあう。

何やら二人だけの会話になっていくのが面白くなくて、知盛は無言で二人の間に割って入った。

 

「ど、どうしたの、知盛!?」

「別に・・・どうということもないが、な」

 

不思議そうな顔をしている望美に対し、将臣はぽつりと溜息交じりに小さく漏らす。

 

「大人気ないのはどっちだよ・・・」

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

それから、望美を真ん中に挟んで三人、桜を眺めていた。

望美はお茶を飲んでいたが、二人はどこからか用意してきた酒を飲んでいる。

 

「でも、向こうが懐かしいって思うのは、こっちに結構馴染んだってことだよね」

 

お茶請けの安倍川餅を食べながら、そう呟く。

それはとても甘くて、美味しい。

聞けば、尼御前の手作りらしく、知盛も持参してきていた。

 

「ま、ある意味そういうことだよな。俺なんて、こっちに馴染みすぎて、もう向こうがどうなってるのか検討もつかねぇよ」

「還内府殿は、確かに馴染みすぎだな」

「うん、将臣くんならどこでも生きていけそうだよね」

 

妙に納得した様子の知盛と望美に、将臣はなんだか無性に泣きたくなった。

 

「お前等、一体・・・俺を何だと・・・」

「や、やだなぁ〜褒めてるんだって!あっ、でもカラオケとか行きたいよね・・・!」

「あー!!思いっきり歌いてぇよな!」

「空の桶・・・?何だ、それは・・・?」

 

真面目な顔で、そう問いかける知盛に、二人は思わず吹き出しそうになる。

 

「か、空の桶って・・・!お前ベタすぎだろ!!」

「あはははは!可笑しい・・・!お、お腹痛い・・・!!」

 

涙もうっすら浮かべるほど笑う二人に、知盛はむっとした様子になる。

 

「何がそんなに可笑しい?」

「いや・・・だって、お前・・・!なぁ?」

「うん、知盛・・・すごく面白いよ・・・!」

 

未だに可笑しそうな様子の望美を、知盛は無言で押し倒すと、問答無用で黙らせた。

何が起こったのか解らず、呆然としている望美と、いきなりのことに対応できなかった将臣をよそに、知盛は不機嫌な様子、極まりなかった。

 

「!?なっ・・・!知盛、お前・・・!!」

「ふん、俺のわからぬことで笑われるのは、気持ちの良いものではないから、な」

「だからって、お前・・・!望美に何すんだよ!」

 

見れば、望美の顔は真っ赤で、必死で何が起こったのか理解しようとしているようだ。

 

「何とは・・・神子殿を黙らせるために、口を塞いだまでだが?」

「この、馬鹿っ!そういうことは普通はやらねぇんだよ!」

 

しれっとした様子の知盛に、将臣は思わず掴み掛かった。

そんな二人に、ようやく我に返った望美が、慌てて止めに入る。

 

「あぁっ!私は大丈夫だから、将臣くん!笑った私たちも悪かったし、ね?」

「っ・・・そりゃ、まぁな・・・」

 

望美の言葉に、将臣はバツが悪そうに手を離した。

将臣から解放された知盛に、望美はそっと触れる。

 

「ごめんね、知盛。笑ったりして・・・」

「・・・謝る必要はない。お互い様、だから、な」

 

最後の言葉は、小さくて。

望美にかろうじて聴こえる程度だったのだが、それでも、彼がそんな風に言うのは珍しかったから、彼女は優しく微笑んだ。

 

「じゃあ、ちゃんと知盛が解るように説明しないとね!」

 

 

 

 

その後は、尼御前特製の安倍川餅をつまみつつ、異世界の言葉について知盛に教えていた。

どうも、彼がどんどん可笑しな方向に勘違いしてくれるおかげで、正しく教えられた知識は皆無な気がしないでもないのだが。

 

おかげで、望美と将臣は笑いすぎて腹筋が痛くなってしまった。

 

 

 

 

ひらひらと、舞い散る桜が、春日影の中で美しく映える。

そんな一時のちょっとした出来事だ。

 

 

 

 

 

 

あとがき

いや・・・その・・・あまりにお待たせしすぎてしまい、拙者、お詫びの仕様も・・・(切腹)あぁ、しかも短い上に、リクエストに沿えているのか自信がなく・・・!!(汗)というか、全然沿えてませぬ・・・!!(撃沈)面白いリクだったのに、生かしきれなかった拙者の力不足ですよ・・・前半は何やら将望風味でもあり、二人に妬いているチモな感じですしねぇ〜。何やら、コメディというよりほのぼのして甘い物になった気がすごくしまする・・・!!(ほのぼのも好きですよ・・・!!)このようなものでよろしければ、夜さんお持ち帰りくださいませ・・・!

 

 

 

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