夏ももう終わりに近い。
世間では、盂蘭盆の季節になる。
祖霊を死後の苦しみから救済するための仏事だ。
「なんだか、この季節になると、夏ももう終わりだな〜って思いませんか?」
望美は、隣を歩く経正に声をかけた。
「そうですね。盆が過ぎると、一気に秋めいてくる気がします」
「涼しくなるのは嬉しいんですけど、少し切ないですよね」
あちらの世界の夏休みの宿題のことを思い出して、望美はげんなりと肩を落とす。
そんなことは知らない経正は、落ち込む彼女の背を、軽く叩く。
「そんなに、落ち込まないでください。神社で美味しいものでも買ってあげますから」
「―!ホントですか!?」
途端に嬉しそうに微笑む彼女に、彼は小さく笑みを零した。
「それじゃあ、早く行きましょう!」
「そんなに急ぐと転びますよ」
望美は彼の手を取り、走り出す。
今日はいつもの格好ではなく、浴衣だというのに、よくもこれだけ走れるものだと、経正は素直に感心していた。
灯籠流し〜現世に咲く華
二人は今、生田神社へとやってきている。
今日は盂蘭盆の終日。
生田神社で祖霊を祭る、霊祭が行われているということで、見物に来たのだ。
境内は灯籠に彩られ、辺りを幻想的に照らしている。
あちらこちらに物売りの姿が見受けられ、にぎやかな喧騒が響いていた。
「思っていたよりすごい人の数ですね!」
「離れないように気をつけましょう」
そっと差し出す彼女の手を、彼はしっかりと掴んだ。
「とりあえず、物売りを見て廻りますか?」
「はい!そうしましょう!」
人の波にのまれながらも、お互いに離れないよう、固く手を結んだ。
物売りが売る品は、食べ物から装飾品、民芸品に至るまで様々で、福原以外からわざわざ売りに来ている者もいるようだ。
少し前に行った熊野の市も、活気があってすごかったが、こちらもまた、出店独特の味わいがある。
望美は、美味しそうな唐菓子を買ってもらえて、上機嫌だった。
まるで子供のようにはしゃいでいる彼女が微笑ましくて、経正も自然と微笑む。
「望美さん、唐菓子だけでいいんですか?還内府殿から頂いた金子は、まだ残ってますよ?」
「私はこれだけでも十分ですよ。残りは経正さんが欲しい物に使ってください!」
そう言うと、彼は少し思案し、何かを思いついたように微笑んだ。
「そうですか?では、ここで少しだけ待っていてください。すぐ戻りますから」
「はい、じゃあ待ってますね」
石灯籠の傍に望美を残し、彼は人混みの中へと消えていった。
唐菓子をつまみながら待っていると、しばらくして、彼が息を切らせながら戻ってきた。
「すみません、お待たせして」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
「いえ、女性を独り残しておくのは、何かと危ないですからね。さ、行きましょう。そろそろ灯籠流しが始まるようですよ」
彼に手を引かれて、望美も歩き出す。
「そういえば、何か買ってきたんですか?」
「えぇ、でも今は秘密です」
「?」
疑問符を浮かべる彼女に、彼は優しく微笑んだ。
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川べりには、灯籠を手にした人たちが大勢集まってきていた。
「経正さんも流すんですね、灯籠」
望美は、彼の手にした灯籠を見て呟く。
「えぇ、一門の・・・戦で亡くなった者たちの魂を送るつもりで持ってきました」
そう言い、彼はなんとも言えない表情を浮かべる。
悲しいような、胸が苦しくなるような、そんな憂いの表情を・・・
「・・・本当なら、私もこの灯籠に送られるべき存在なのですね・・・」
「―っ!!」
彼の言葉に、望美は返せる言葉が無かった。
忘れていたわけでは、決してない。
三草山で、その事実を知らされたあの時から、忘れるはずもないことだ。
けれど、だけれど・・・
こうして一緒に過ごしていると、彼が既に死せる身だということなど、忘れてしまいそうになるのだ。
言葉を交わせられ、触れることもできる。
それなのに、生きた者と何も変わらないのに、彼はそれでも、生きている者ではないのだ。
解っていたはずなのに、やっぱり、悲しい。
言葉に詰まる望美に、彼は小さく微笑んだ。
その表情も、どこか切ない。
「あなたにそんな顔をさせるために、お連れしたのではないのに・・・すみません。ただの戯言ですよ。・・・今宵は、現世と隠世が交わる時。少し、感傷的になっていたのかもしれません」
「経正さん・・・」
「さ、一緒に流しましょう。現世に戻ってきた魂が、迷わず戻れる導となるように」
「はい」
仄かに煌く灯籠を、二人はそっと水面に浮かべる。
人々も、思い思いに灯籠を流していく。
それぞれの、想いを籠めて・・・
ゆらゆらとたゆたうように、人の想いを籠めた灯籠は流れていく。
焔が光の導となり、現世に戻ってきた魂を、隠世へと誘うのだ。
水面に揺れる、無数の焔。
まるで花のように、幻想的で、頼りなく、儚い・・・
蝋が溶けるまでの、刹那的な、一瞬の美しさ。
それは、現世に咲く華だ。
「・・・綺麗ですね」
流れていく灯籠を見つめながら、望美は小さく呟いた。
彼女の横顔を眺めながら、経正は、そっと袂にしまった簪を取り出すと、彼女の束ねた髪に差し込む。
何事かと、身じろぐ彼女を、彼はやんわりと制止する。
「少しだけ、動かないでくださいね。・・・・・・・はい、もういいですよ」
首を傾けると、簪がしゃらんと綺麗な音をたてる。
「うわぁ、簪ですか?すごく綺麗・・・!」
「喜んでもらえて、買ってきた甲斐がありますよ」
「もしかして、さっき買ってきたのって、コレですか?」
望美の問いかけに答える代わりに、彼は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます!大事にしますね」
「この一時を、共に過ごせた記念です。いつか・・・・・」
いつか、私が消える時がきても、あなたが私を忘れないように。
それはほんの些細な、小さな願い。
あとがき
123Hitを踏んだ、我が友、may様のリクエストで、経正と望美のお話です!これ書いてる現在、夏はまだまだこれからなんで、ちょっと時期外れではありますが、お盆の話ですね。なんとまぁ、仏教色が濃い話だ!私はあんまり詳しくないんで、間違ってるかもしれないですけど・・・。灯籠流しをどうしても書きたかったんですよね。毎年、川に流すのを見に行きますが、綺麗だけど、少し切ない感じの行事です。あっ、隠世というのは、あの世のことですよ。現世の対の言葉がそれにあたるんで使ってみました。ルビふらないと読みにくい話で申し訳ない!may様、お気に召しましたらば、お持ち帰りくださいv
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