「いやぁ、日野ちゃん。今日のセレクションも良かったよ!」
声に振り向けば、報道部の天羽菜美がメモ帳を片手に手を振っていた。
「これで2回連続優勝でしょ?普通科からの参加で、これだけの演奏ができるなんて、ホント凄いよ!」
「そんな、褒めすぎだってば」
「またまた〜ご謙遜なんだから。音楽科の立場が無いくらいだって、皆の噂よ」
第2セレクションも終わり、香穂子は連続優勝、しかも普通科からという快挙を成し遂げていた。
天羽の褒め殺しに、さすがに照れたように笑う。
「そんなこと無いって!月森くんとは、ほんの少しの差だったし、運がいいだけだよ」
「はいはい。あんたがそう言うなら、そういうことにしといてあげる。でもさ・・・こう、何か物足りないのよね〜」
「えっ?何が?」
考え込む彼女に、香穂子は首を傾げる。
「―あっ!そう、ヴァイオリン・ロマンス!!記事として何か足りないと思ったら、学内で噂のコレよ!!」
ヴァイオリン・ロマンス・・・・
それは25年前に起こった、一大ロマンス。
今では伝説として、夢見がちな少女の間で語られるのみとなった、奇跡の物語。
「やっぱりこういう要素を、人々は求めていると思うのよね。ね?だから、こういう話はないの?」
「えっ?」
「だって、ヴァイオリンを学園内の至る所で弾きまくり、何かを追うように走り回る姿は、ものすごく目撃されてるけど、そういう浮いた話は一つも聞かないんだよね〜。あれだけ美形の参加者がいっぱいいるんだから、何かあるでしょ?」
「・・・・・・・」
「えっ?まさか、本当になんにも無いの?」
忘れてた。
それはもう見事に忘れていた。
「くっ・・・私としたことが、このセレクションまで練習以外のことをしていた記憶がほとんど無いなんて!!」
さすがに乙女として、それはどうなのかと危機を感じる香穂子であった。
黄昏のロンド
AREA1:練習室
練習室前。
部屋の中からは、流れるようなヴァイオリンの音色が響いている。
「ふむふむ。この時間、月森くんが練習室に居るっていうのはホントなのね」
片手には天羽から借りたメモ帳があった。
しかしながら、天羽さんはいったいどこまで参加者のことを調べ上げたのだろうか。
一歩間違えば犯罪だ。
考えに没頭していた香穂子は、いつのまにか音色が止んでいることも、後ろから近付いてくる彼にも気がつかなかった。
「何してるんだ、日野さん」
「うわぁぁ!?」
「そ・・・そんなに驚かなくても・・・」
軽くショックを受ける月森。
「ご、ごめん。びっくりしちゃって・・・」
「いや、いい。それよりも練習室を使うのだろう?」
「えっ?」
「?そのために待っていたのではないのか?」
怪訝な顔をする月森に、戸惑う香穂子。
「いや、あの、私は・・・」
(うぅ・・・ほとんど話したこと無いのに、喋ることなんて思いつかないよ)
射るような視線が、突き刺さる。
そろそろ限界だ。
「ごめんなさい!なんでもありませぇぇぇん!!」
それだけ言うと、日頃ファータを追いかけている彼女は、物凄いスピードで駆け抜けていった。
「・・・・・何だったんだ、いったい」
流星の如く走っていく彼女の背を眺めながら、彼は呆然と呟いた。
AREA2:普通科エントランス
「やっぱり同学年でも、同じ普通科のほうが話しやすいはずだわ」
月森から逃げ去った香穂子は、次なるターゲットである土浦の様子を、忍者の如く、柱の陰から窺っていた。
「土浦くんが参加するきっかけを作ったのは私だし、今度は上手くいけるはず!」
「あれぇ?日野ちゃん、どうしたの?」
物陰で、無意味に意気込む彼女に、いつものように抱えきれないくらいのカツサンドを抱えた火原が笑顔で声をかける。
「あっ、火原先輩!」
「珍しいね。いつもなら、この時間は皆の前でおもいっきり演奏してる時間でしょ?」
「み・・・見てたんですか///」
「いやぁ、アレは目立つから。ハワイアン・レイとか着けてるでしょ?アロハシャツも結構目立っていいよね〜俺も着て吹こうかなぁ」
あからさまなドーピング現場を見られて、気まずい香穂子とは対照的に、本気で悩んでいる様子の火原。
「アレってやっぱりファータの店で買うしかないかな?アレ、日野ちゃん?」
「ごめんなさい、火原先輩!私、用事を思い出しましたので、失礼します!!」
これ以上居ると、自己嫌悪に陥りそうなので、香穂子は逃げるようにその場を立ち去る。
「えっ!?ちょっと待っ・・・」
「ホントに、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
申し訳なさでいっぱいだった彼女は、呼び止める声にも構わず走り出した。
「!?おい、日野?おまえ何をそんなに慌てて・・・」
「ごめん、土浦くん!!私はどうせ道具に頼るしかないダメな子なのよぉぉぉ!!!」
「は?何を言って・・・」
「火原先輩の素直さが眩しすぎるのよぉぉぉ!!!」
状況を全く知らない土浦は、ただただ首を傾げるばかりだった。
AREA3:講堂
「あぁぁ、思わず逃げてきちゃったけど、火原先輩と結構仲良く喋れてたじゃないの!」
あまり見られたくない所を見られていたので、構わずに逃げてきてしまったが、惜しいことをしたのかもしれない。
「土浦くんも何か話しかけてくれたけど、逃げるのに夢中で何言ったか覚えてないし・・・」
座り込んで、大きな溜息をつく香穂子。
「あ・・・日野先輩。どうか、されましたか?気分でも・・・」
見上げれば、冬海が心配そうな顔で佇んでいた。
「冬海ちゃん!ごめんね、大丈夫だから。ちょっと落ち込んでただけで。冬海ちゃんを見たら、ちょっと元気になったから、心配してくれてありがと」
「そう、ですか?それなら良かったです」
そう言って、彼女は小さく微笑む。
「あっ、そうだ!志水くんってここに居る?とある筋からの情報だと、ここに居るはずなんだけど・・・」
「はい、前の方の観客席に座っているのを見かけましたよ」
「ホントに?!ありがと、冬海ちゃん!助かったよ」
「それでは、私はこれで・・・」
会釈して立ち去る冬海に手を振り、香穂子は最前列へと移動する。
「志水くん、何してるの?」
彼女が話しかけると、ややワンテンポ遅れて、彼が振り向いた。
「あっ・・・先輩」
先輩とだけ言われると、彼は果たして自分の名前を覚えているのだろうかと、少々不安になるのだが、そこは気にしないことにして、話を続ける。
「今日は練習しなくていいの?」
「いえ、音が聴こえるのを待っていたんです」
「えっ?」
彼の言葉の意図が掴めず、香穂子は思わず聞き返す。
「じっとしていると、聴こえてくるんです」
「へ・・・へぇ・・・じゃあ、邪魔しちゃ悪いから、私、行くね」
あぁ、何が聴こえるのか聴いてみたいけど、少し怖い。
香穂子は複雑な笑いを浮かべながら、猛スピードで走り去った。
「先輩・・・何をしに来たんでしょうか?」
AREA4:屋上
「はぁはぁ・・・ふふっ・・・志水くんは、やっぱり不思議少年だったのね」
息を切らせながら、屋上まで走ってきた香穂子は、思わず呟いた。
もっと仲良くなれば、理解することができるのかもしれない。
「でも、謎が増えるような気も・・・」
「あれ?日野さん、そんな所で何をしてるのかな?」
「あっ、柚木先輩!」
風見鶏がある2階部分を見上げれば、柚木が笑顔でこちらを見ていた。
いつも親衛隊に囲まれている彼が、一人でこんな人気の無い屋上に居るというのも珍しいとは思ったが、さして疑問に思うことも無く、階段を上る。
「珍しいですね。先輩が屋上にいるなんて」
「そうかな?君こそ、いつもは練習している頃だよね?」
「わ・・・私だって、たまには練習してない時もありますよ!」
火原にも言われたが、自分はそんなに練習ばかりしていただろうか?
やはり、もっと積極的に会話を心がけるべきだったろうか。
「どうかした?疲れた顔をしてるね」
「えっ?そうですか?」
「疲れたときには甘い物が一番だよ。そうだ、後輩の子からクッキーを貰ったんだけど、食べる?」
その笑顔が、どこかプレッシャーを感じるようだったが、後輩の子=親衛隊という図式が脳内で展開され、そんなものを頂いた日には、報復は必死という結論に達した香穂子は、勢いよく首を横に振った。
「い・・・いえ!そういう物を頂く訳には・・・(親衛隊に殺される!!)」
「ふーん・・・そう・・・」
残念そうにする彼の後ろに、黒いオーラが見えたのも、きっと気のせいだ。
何故だか冷汗が流れるのも、たぶん気のせいだ。
そう、きっと・・・
「この俺が、お前にやろうって言うのに、断る訳か。随分と生意気じゃないか」
(ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!で・・・出たぁぁぁぁ!!)
香穂子は心の中で、盛大な悲鳴をあげた。
正直、自分がその場から、どうやって逃れたのか、あまり覚えていない。
AREA5:正門前
「おっ、日野ちゃん!!どうだった?私のメモ、役に立った?」
げんなりと肩を落として疲れきった様子の香穂子に、天羽は笑顔で尋ねる。
「うん、メモは助かったよ。けど・・・けどね・・・」
見てはいけないモノを最後に見てしまった。
彼女のメモにも書かれていない、彼の真実の姿。
思い出しただけで、冷汗が流れる。
悪夢としか言いようがなかった。
「世の中には、見ないほうがいいこともあるんだなーと思って」
「ちょっと、そんな遠い目をしないでよ!」
「あはは・・・あー・・・私、やっぱりヴァイオリン一筋で頑張っていくよ。うん」
彼女の乾いた笑いが、空へと木霊した。
あとがき
はい!ということで、2000Hitを踏んだ、我が友人のMIKE様からのリクで、ロマンスのないネオロマンスをお届けです。当初、遙かでやることも考えましたが、コルダのほうが書きやすいと思い、コルダでやってみました。微妙にうろ覚えというか、ゲームが今、手元に無いので、微妙な箇所はありますが、まぁ、そこはご愛嬌ということで(汗)全員出すつもりが、2名ほど、出せませんでした!!も・・・申し訳ない!!MIKEさん、これで良ければ、持って帰っておくれ!!君が耐えられるように、恥ずかしい台詞は、全然書かなかったから!!
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