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| 祭りの心得七ッのキーワード |
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| 「感 謝」 | 祭りはまず第一に神への感謝で始まり神への 感謝でおひらき。 |
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| 「 和 」 | 祭りは和をもって子子孫孫まで末長く続くこと をモットーとしている。 |
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| 「伝 統」 | その為何よりも伝統を尊重し | ||
| 「礼 節」 | 礼節つまり礼儀と節度を守ることがマナー。 | ||
| 「いさぎよさ」 | 祭りは日常という褻の世界に対して晴れがまし い晴の世界。 祭りが終われば又、日常という褻の世界へ。 祭りはそのけじめのあざやかなまでのいさぎよさ を義しとする。 |
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| 「心 意 気」 | 他の組には絶対まけないぞ。 と、体をはってガンバルゾ。 その心意気が祭りの原動力。 |
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| 「出 会 い」 | 人生は出会い。祭りは出会いの場。 今年の祭りもすばらしい出会いがありますように。 |
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| 素朴な疑問 其の一 | ||
| 祭りって何? | ||
| 現在「祭り」という言葉ほど幅広く使われていて、本来の意味が何であるかが見失われているものはありません。 祭りの古語は「万葉集」出てくる「まつらふ」で、神様をお招きして海の幸、山 の幸に、感謝して御供えを捧げ、心を和らげていただき、悪や病を退け、福を もたらしてくださるように祈ることを指す言葉です。 そして、神社の祭りの中で、神様が氏子町内をお巡りになる祭りを「大祭」 「祭礼」「神幸際」などと言い、これが一般に「祭り」と言われるようになった のです。 民俗学者、柳田国男は見物を楽しませる祭りを祭礼と呼びました。その点 でも今や祭りの華は山車と神輿といえるでしょう。 以上のように祭り本来の意味は私たち自身が神様への感謝と祈りを込めて 心身共に祭りに参加することにあります。 そして、その喜びの「躍動」と「感動」がすなわち祭りの醍醐味なのです。 |
| 素朴な疑問 其の二 | ||
| 祭りってなぜお酒を飲むの? | ||
| 昔から、神をもてなし、ものを献じる「まつり」で欠かす事の出来ない、たてまつり 物は、お酒でした。俗に「おミキあがらぬ神はなし」と言いますが、ミキは「御酒」 で、神に献じる尊い飲料なるがゆえに「御」の敬称を冠したのです。 あの米、稗などの穀類を醗酵させて生じるアルコール分が誘い出す心身の陶酔 感が、古代の人々には神が依りついた、いわゆる神がかりの興奮と受け取られたようです。 だから、神を迎えて神との交流をはかりたいと思えば、まず神からの授かり物で ある穀類を擂り潰し、あるいは噛み砕いて醗酵させ、それをまず神に献じ、次いでそのお流れを人々が頂いて、その液体の中のこめられたとみる神の御魂をわが身に依り憑かせようとしました。そしてやがてほのかに感じられてくる「酔い」が、その神霊の、わが身にやどったことの証拠と人々は感じたのです。 酒が祭りの必需品だということは、逆にいえば祭り以外飲酒が容易に許されなかった時代がわが国にはあったことを物語っています。 祭りと言えば、やたらと酒が出てそれを人々がやたら飲んで、おおいに酔っ払うのもそのためです。酔えば酔うほど神との一体感が深まるというのだから、まさに祭りは酔っ払い天国で、酔いにまかせて気持ちよく騒ぎまくっても、それが祭りの期間中なれば、神がかりの現れとして許されたのでした。「お祭り騒ぎ」とはこのことです。しかしくれぐれも飲み過ぎには注意しましょう。 「あとの祭り」にならないように。 |
| 素朴な疑問 其の三 | ||
| 祭り法被、祭り伴纏、いったいどっち・・・! | ||
| 法被・・・・丈長く、脇あき、広裾、袖長く、胸紐あり、襟を反してして着る。 | ||
| 伴纏・・・・丈短く、袖短く、袖口小さく、脇に襠がなく、胸紐なく、襟を 反して着ない。 |
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| 法被は武家社会で生まれ、伝えられてきたもので、民間で庶民の作業着 として発達してきた伴纏とは、明らかに違うものです。 この襟を折るとか反す法被は羽織と同じで江戸時代、庶民は羽織、法被 を着る事を許されなかったのです。 だから、伴纏の特徴は襟を折らないところにあって、襟を反す法被とはこの 点ではっきりと区別されます。 現在は法被と伴纏は混同されて呼ばれていますが、本来は「祭り法被」 ではなく、「祭り伴纏」が正しいのです。伴纏は本来仕事着だから、圧倒的 に木綿が主で、おおむね天然染料の藍草の藍染めでした。 そして江戸町火消し伴纏や祭り伴纏のように印伴纏として襟や背や腰に 印を入れて組とか集団で同じデザインのものを身にまとうことによって実用的 なものからかっこいいというか一種の精神性、誇りを強くもつように発展して いくのです。 現在でも伴纏といえば狭い意味では印伴纏を指しています。ですから、 印伴纏を着るというのは、自分たちだけが着る事を許されているという誇り、 晴れやかさとなり、その組に属しているという絆にもなっていくのです。 そのような誇らしい「心意気」という気持ちがあったればこそ、印伴纏は、 「粋なもの」「いなせなもの」とされているのです。 そして心意気の象徴として江戸町火消し半纏、祭り半纏の印半纏が広く 普及するようになっていくのです。 |