シーズン打率4割挑戦

  10回打数が周り、4本ヒットを放つ。残る6回は凡打で構わない。単純にいえばこれだけの話だが、これをシーズンを終え達成した者は、60年以上の歴史を誇る日本のプロ野球史上、いない。
 打撃の神様川上が、安打製造機張本が、「神様仏様」のバースが、そして前人未踏の6年連続首位打者、シーズン210安打を放ったイチローもこの数字に届くことはなかった。
 つまり打率4割はプロ野球の歴史の中では、まさに「夢の記録」なのである。
 
 シーズンを通じ最も4割に近かったのが、
86年のバースである。前年本塁打54本、打率.350、打点134をマークし、三冠王を獲得。タイガース21年ぶりの優勝に大きく貢献したバースは、開幕戦こそ5打数無安打に終わったが、6試合目で3安打を放ち、打率を3割に乗せると徐々に打率を上げた。自身40試合目で4打数4安打をマークし、首位打者に立つと、ますます打率を上げた。58試合目から62試合目にかけ22打数14安打の凄まじい固め打ちで、遂に打率を4割に乗せた。以降69試合目まで4割をキープするが、70試合目から74試合目にかけ25打数ノーヒットの不振に陥り、一気に打率を3割7分台まで下げた。結果的には、ここでの不振が4割の夢を砕いたともいえる。しかし、翌75試合目から再び安打を重ね、85試合を終わった時点で、.3994とあと1安打で4割に達する位置まで盛り返すものの、以降は3割9分台前半で推移。結果的には.3885と3割9分台を切ったが、それまでの張本のシーズン記録を塗り替える偉大な数字であった。

  バースによって書き替えられる前のプロ野球シーズン最高打率は、70年に張本が記録した.3884である。
張本は前年の69年まで4年連続3割3分以上、しかも3年連続首位打者を獲得するなど、最も脂の乗った時期であった。当然、この70年も4年連続の首位打者獲得を目指しシーズンに入ったが、出だしが悪く30試合を過ぎた時点でも3割を境に一進一退を続けていた。しかし37試合目からの14試合で3安打以上の猛打賞を6回マークし、53試合目で打率を3割8分台に乗せた。一時、3割7分台に打率を下げるものの、お得意の固め打ちで69試合目では遂に.3952と9分台を超えた。以降、8分台後半を前後するが、100試合を超えたあたりから、再び9分台に戻し、106試合目で自身最高の.3964まで打率を引き上げた。しかし、その後は固め打ちも出ることなく、7分台に低迷。当時のシーズン最高打率.3831(51年・大下)の更新も危うくなったが、125試合目で5打数4安打の固め打ちを見せ、辛うじて大下の記録を3毛上回る.3834でシーズンを終えた。

  現在のプロ野球で最も4割に近い男といえば、イチローをおいて他には見あたらないだろう。94年から99年まで6年連続の首位打者に、いずれも3割4分以上の高打率で輝いている。さらに99年こそ骨折のため、全試合出場はならなかったが、それまでの5年間は全試合出場での首位打者だから、その価値は尚一層高いものである。
 大記録が始まった
94年、イチローはレギュラーとして開幕から出場。20試合を終え、3割4分台、30試合時点では7分台と見る見るうちに打率を上げた。その後も着実に安打を重ね、63試合目で遂に打率を4割台に乗せ、7試合4割をキープする。一旦8分台に落ちるが、再び盛り返し、102試合目で.3967まで盛り返した。この時点で、安打数は169、前人未踏の200安打と4割の可能性も十分に出てきた。安打はその後順調に重ね、115試合目で藤村富美男の持つシーズン191本に並び、122試合目で遂に200本に到達。残るは、シーズン最高打率と4割の達成であったが、終盤での2試合無安打が響き、結局.3846でバースに次ぐ、歴代2位にとどまった。しかし、全試合出場と210安打による記録達成は、数字以上に評価されるべきである。

 以上の3選手は、最終的に4割に近い数字を残したが、最も
長期にわたって4割をキープしたのが89年のクロマティである。この年の開幕戦でいきなり3安打を放ったクロマティは、20試合終了時点で.4359、30試合終了時点で.4696と、57試合目まで4割をキープし続けた。一旦.3811まで下げるが、ここから恐るべき粘りを見せ、88試合目で再び4割台に乗せた。最終的に4割を維持したのが96試合目までで広瀬(南海)のもつ長期4割キープ記録を7試合上回った。その後は精細を欠き、シーズンを.3781で終えたが、序盤の驚異的な打率推移からみると、
少々物足りなさが残る。

 私見になるが、4割を達成する選手の条件を挙げると、まず左打者である、ということである。これは右打者に比べ、半歩分一塁ベースに近いこと、右投手が多い日本のプロ野球の中で、左打者が有利であることなどが理由として挙げられる。事実、プロ野球のシーズン打率上位10傑が全て左打者であることからも、理解できよう。
  次は、ノーヒットの試合を少なくすることである。
シーズン打率上位五傑を見てみると、イチローのノーヒットの試合数はわずか13試合。これに対しバースは30試合と圧倒的に多い。3安打以上の固め打ちは、ほぼ同じであるから、バースはノーヒットの試合を少なくすることで、4割到達が可能であったと思われる。仮に、バースがシーズン中盤の5試合連続無安打のうち、全て1安打放っていたら.3996になる。
 そして、四死球を多く選べる選球眼があることである。4割到達は安打を多く打つことより、いかに打数を押さえるかにある。94年のイチローは210安打放ったが、打数は546打数、四死球が66であった。仮にあと20多く四死球を選んでいたら、逆に同じく打数を20打数押さえていたら、4割に達したことになる。プロ野球のシーズン最多四死球は王の166であるから、十分すぎるほど可能な数字であると思う。
 因みにメジャーりーグでは、
41年のテッド・ウイリアムス以来59年間4割打者は出ていない。 

                                                   2000.3.20

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