富士山

日本といえばフジヤマ、テンプラ、ゲイシャガール……というイメージがあるそうで、その筆頭に立つ「富士山」。
初夢は一富士二鷹三茄子、ともいわれこちらも筆頭格。
日本一の山、富士山は同時に「日本一の火山」でもあります。

この絵に描いたような姿の富士は、甲府盆地を隔てた八ヶ岳南麓、清里からのもの。2000年11月撮影
2000年記念(?)登山の記録      登山の記録 須山口  御殿場口
                                           須走口
                                           吉田口
 2000年8月5・6日、「第32回静岡県青年の船」での仲間と約10名で登頂してきました。
 初心者が多いというわけで、富士宮口往復です。この日五合目はおろか、宝永火口の下の方までどんよりとした雲に隠れていました。「中止しようか」との声もありましたが、時折雲が切れて地肌が見えるようになって、「回復し始めているようだ。とりあえず五合目までは行こう」ということにしました。
 JR富士駅集合、車3台に分乗して新五合目へ。途中雨に降られて心細くなりました。駐車場はかなり混んでいましたが、それでも私の車は下段の駐車場、あとの2台はなんと登山口の真ん前にとめることができました。
 金剛杖を買うのをためらうメンバーもいましたが、私と大学生(男)は買い求めました。今も部屋に焼印が並んだ金剛杖を飾ってあります。
 天気も回復基調にのり、登りだしは2時半。修学旅行かはたまた名物行事か、おそろいのジャージ姿の中学生が大挙して下りてきます。歩き出して間もなく、軽い「辛さ」を覚えました。息がハアハア言っています。が、実はこれ安静状態に負荷がかかったことによる現象です。そのまま行けば慣れるので問題ありません。新六合目で栄養ドリンクをぐいっと飲み、記念撮影して登りにかかります。
 先頭はリーダーが務め、私はしんがりで一行の様子を把握する係。これって精神的に疲れますね。
 次の休憩は元六合目(山室の跡が残るだけです)(左写真)。宝永火口に雲がかかっています。ここで第1回目の酸素吸入。先達(?)のKさんの話では、高山病の頭痛が出てきてから吸うのではなく、標高の低いところから少しずつ吸ったほうが、薄い空気に慣れるのだそうな。
 夕方遅くなるにつれ、天気は良くなってきました。というか、雲の上に出てしまったので上層の雲がなければあとは青空。眼下には雲海が広がっています。その下ではやはり曇り所により一時雨の天気でしょう。雲海のかなたに天城連山、さらに大島、三宅島まで見渡せました。
 この日は元祖七合目に一泊。山小屋の夕食はカレーです。レトルトですが、温かい食事にありつけるということ自体、山ではありがたいことです。同行のメンバーの中には、おつまみの「カツ」(魚肉練り製品のヤツね)を取り出し、カツカレーにしてしまった人もいました。
 トップシーズンだけあって滅茶苦茶混みあいました。他の登山客の足がボコボコと当たります。部屋の隅の方だったのでこれ幸いと、壁にもたれていました。そのうち部屋の中が暑くなってきます。閉め切っているせいです。近くの戸をそっと少しあけると、風通しが良くなりました。
これは他のお客さんにも好評だったみたいです。
 午前2時頃起こされました。ご来光を拝むということでこの時間の出発です。正直一睡もしていません。
 
  他のお客さんたちが続々と出発していくなか、私達のグループはなかなか発てません。年頃の女性が半数以上を占めているので、日焼け止めを塗るのに余念がないのです。「何を軟弱な」という方もおられましょうが、日焼け慣れしていない人が急に日焼けをするのは本当にヤバイんです。
 次の八合目までは一行ほぼ同じペース、ところがここから先頭と後尾が離れだし、間に他の登山者も入ったため、2班に分かれてしまいました。
 九合目で小休止、しかし遅れていると判断し再び登りだしました。実はこの時、先頭グループは九合目で少し長めの休息をとっていたようです。
 九合五勺を出ると登山道は人で渋滞していました。先達のKさんの姿も見えます。携帯に連絡が入り、初めて抜いてしまったことに気づきました。
先頭グループ転じて後尾グループは九合五勺でご来光を拝むとのこと。私たちは「まあいいや」と渋滞の中を歩きとおして頂上へ。
 後続を待つ間、頂上富士館で缶ビール(600円)を買いました。「空き缶は持ち帰ってください」とのこと。そんな当たり前のことをいちいち言わなきゃいけないのが、今日の富士山の悲劇なのでしょう。
 それはさておき、自然に冷えたビールをクアッと空けると、下界の眺めとあいまって気分は爽快この上なし。後続が登ってきたので朝食(山室で用意してくれた弁当)をみんな一緒に食べます。その時に撮ったのが左写真。浅間神社奥社裏手から馬の背をみたところです。
 もう限界という方々にはお待ちいただいて、まだ元気のある私たちはお鉢めぐりをすることになりました。いきなり馬の背の急登に苦戦。それでも3776m地点に到達、さらに展望台に上って眺望を楽しみました。
 剣が峰からはだらだらとした道になります。立入り禁止になっているルートもあるようですが、そちらへ行く登山者の姿も見ました。私たちは安全第一で歩を進めます。
 山頂にもかかわらず池があるのにでくわしました。昔は金命水、銀命水といって水を振舞っていたといいますから、水があるのは不思議ではないのでしょう。先達のKさんの話では、できたばかりの富士山は今よりさらに数百メートル高かったはずだとのこと(火口の大きさからの推定)。ということは今の山頂部はかつて中腹(といっても上のほう)の帯水層だった可能性もある(?)わけでして、そこで水が湧いたり池ができたりするのでしょうか……。
 推論はともかくとして、この池の水は山室か何かで利用されているようで、VP管の集水パイプが敷かれていました。
池の脇を通ると、再び下界が見えるルートとなります。左写真は富士河口湖町と富士吉田市の眺め。中腹付近は雲が発生しています。奥にみえるのは御坂山地です。
 河口湖口頂上は東京からのメインルートだけあって賑やかです。
 さらに御殿場口へ。駐車場までよく見通せました。再び富士宮口頂上に戻り、下山することに。当初御殿場口−宝永山−富士宮口五合目というルートも考えていましたが、体力的にどうか、というわけで登りとおなじ富士宮口を下りました。下りは早い早い。たちまち隊列がのび、私は後詰めでけっこうつかれました。
富士宮口について 補足

 上記登山記では富士宮口の登山道を下山しています。現在富士宮口の下山道はありません。しかし30年ほど前の航空写真を国交省のホームページで閲覧してみると、八合目救護所から新五合目までほぼ直線的に下ってくる下山道を確認することができます。現在の写真と組み合わせるとこんな感じ。
 この写真を撮ったのは新五合目駐車場から階段を登ってすぐのところ。ちょっとした三角広場になっています。登山道はここから東、チップトイレの方角へ向かいますが、その反対側が不自然に広くローピングされています。どうもこの辺りが下山道の名残のようです。

注 あくまでも推測です!また閉鎖されているということは、崩落していたり、落石等の事故が発生しやすいなどの事情も考えられますので、安易にこのルートに入らず、富士宮口の正規ルートを辿るようお願い申し上げます。

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